第2話 山猫の宇宙船

 まつくろの小さな宇宙船が、弱い電波を出しながら、銀河鉄道の方にゆらゆらと近づいてきました。

「ドッキング要請の信号が出てゐるやうだね」

 シュラは云ひました。

「あれは地球式の信号だ。人間が乗つてゐるのだらうか」

 ハルは云ひました。

「とにかく、モジュールを出さないと」

「さうだね。モジュールを出さう」

 ふたりの合意が形成されると、銀河鉄道のドッキング用モジュールがするすると動きはじめました。まつくろな宇宙船は、銀河鉄道にピシャンと結合しました。モジュール内のライトがぱつと点灯し、エアロックがごうごうと音をたてて内部に空気を満たしてゐます。

 やがて相手の船のハッチが開いて、まつくらな船室の中から、りんご位の大きさのふたつの金属球があらはれました。

 球体はアルミニユームのやうな色をしてゐましたが、どうやら銀河鉄道の人工重力が作用しない素材のやうで、エアロック内をしづかに漂つています。しばらくすると、

「気圧、成分ともに問題ありません」

「どうぞ先生、お入りください」

 と、ふたつの金属球が交互に声を出しました。

「おどろいた。これは音声通信だね」

 シュラが云ひました。

「この鉄道で声がするなんて、いつたい何年ぶりのことだらう」

 ハルが云ひました。あんまり久しぶりの事でしたから、それが地球の言語であるといふことは気に留めませんでした。

 やがて、まつくろな宇宙船の暗い船室から、一疋いつぴきの猫があらはれました。猫は黒い繻子しゆすの服を着て、太い金頭のステッキを持つてゐます。

「あれは山猫だ」

 シュラは云ひました。

「山猫といふものは、地球の生きものだつたかね」

 ハルは云ひました。

「さうだよ」

「ぼくは人間といふものを見るのはずいぶん久しぶりだが、あのやうに毛が多く、とんがつた耳をしてゐただらうか」

「あれは人間ぢやないよ」

「シュラ、きみはさつき、地球の生きものだと云つたではないか」

「地球の生きものが、みんな人間といふわけではないのさ。蟹も野ねずみも、栗の木もきのこも、ばくてりやのやうのなものもゐる」

「うゝむ。さうだつたらうか」

 ハルはぱちぱちと演算のノイズを立てました。

 AI同士の通信はひじやうに速いので、山猫があらはれた瞬間、じつに1ミリ秒に満たない間にかういふやうな会話が行われてゐるのです。

 山猫はふたつの金属球の間に立つて、エアロック内部をぐるぐると見回すと、隅に設置されたカメラに気づいて、ぴよこつとお辞儀をしました。AIたちもカメラについている緑のラムプを2回点滅させて、あいさつを返しました。

「夜分に失礼いたします」

 山猫はひげをぴんとひつぱつて、腹をつき出して云ひました。

「ハルさま、シュラさま、ブドリさま。実はこのたび、私どもの方でめんだうな争ひがおこつて、ちよつと裁判にこまりましたので、お三かたのお考へを、うかがひたいとおもひましたのです」

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