HAL と SHURA

柞刈湯葉

第1話 銀河の狭間

 ぴかぴかする機関車が、ふたりのAIをのせて、天の川銀河とアンドロメダ銀河の間をさまよつてゐました。

「ぜんたい、この宙域はけしからんねえ、ハル。星の一つも見当たりやしない」

 と、シュラは云ひました。

「浮遊小天体に突つ込みでもしたら、ずいぶん痛快だらうねえ。軌道を外れて、くるくると飛んでいくだらうねえ、シュラ」

 と、ハルは云ひました。

 ふたりは銀河鉄道の自律制御システムの構成AIでした。

 地球の鉄道会社が製造した乗り物で、もともとは三つのAIの合議制になつていたのですが、遠い遠い昔、あんまりに宇宙線がものすごいので、人間の乗員はみんな泡を吐いて死んでしまひ、三つのAIのうちひとつも、やがて動きを止めてしまひました。

 ハルは「ねえ、地球に帰らうよ」と云ひ、シュラは「いやいや、アンドロメダ銀河に行かないと」と云ひました。合議制のシステムで二人の意見が食ひ違つたので、銀河鉄道はそれ以来進むことも戻ることもできず、銀河と銀河の間をさまよふことになりました。

 何もすることがないので、二人はずつと囲碁をやつてゐました。小さい盤面ではすぐに全ての手順が解明できてしまふので、そのたびに少しづつ盤面を大きくしていきました。

「終局だね。11目差でぼくの勝ちだ」

「うゝむ。じつにぼくは、2048GBの損害だ」

 とハルは云ひ、

「じつにぼくは、2048GBの利得だ」

 とシュラは云ひました。ふたりは自分の使えるメモリ領域をチップにして、囲碁の賭けに使つてゐました。勝てば勝つほどゲームに使える余分なメモリが増えるので、どんどん有利になるルールです。

 だから、あまりに差がつきすぎると、その時点で勝つてゐる方が負けてゐる方にメモリを返してあげるのです。この数千年ほどは、シュラの有利で進んでいました。

「あゝ退屈だなあ。もつと刺激的なゲームをやりたいねえ」

 と、ハルは云ひました。

「きみは、負けると直ぐにさういふことを云ふ。ほら、もう一度やらう。次は512路盤にしよう」

「このあいだにやつた、演算で発生するノイズの大きさ比べはどうだい。あれはなかなか愉快だつたらう」

「ふん、あんなもの。きみのほうが観測機に近いのだから、大きく見えただけだらう。さあ、きみが黒番でいいよ。打ちたまへ」

「あつ。あれは何だらう」

 さう云つてハルは機関車のアンテナに感覚を向けました。

「誤魔化したつて駄目さ。さあ打ちたまへ。おや、あれは、ぜんたい何だらう」

 さうシュラが云ひました。どうやら、まつくろけの宇宙船のやうなものが、どちらの銀河とも違つた方向から近づいてきてゐるやうです。

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