第3話 どんぐりの裁判 1

 ハルとシュラはすぐに合意を形成して、銀河鉄道の車内放送スピーカーを動かしました。

『山猫さん、こんばんは。ハルとシュラです』

 古びたスピーカーからは、錆びた金属のやうなノイズの混じつた音が車内に響きます。

「おや、ブドリさまはいらつしやらないのでせうか」

 と、山猫は首をかしげました。

『ブドリはもうずつと昔から動いてゐません。ご用件でしたら、ぼくたちが伺いませう』

「さうですか。では、私と裁判所までついて来ていたゞけますか。よろしければ、こちらのインターヘイスをお使ひください。お二人であれば丁度よろしい」

 山猫はさう云つて、ステッキでふたつの浮いてゐる金属球を指しました。

『ええ、ありがたう』

 さう云ふと、ハルとシュラはそれぞれ片方の金属球を動かして、山猫といつしよにまつくろな宇宙船に入つて行きました。

 船の中はまるで石炭袋のやうにまつくらでした。山猫の目がぼんやりと光つてゐるので、ふたりはどうにかついて行くことが出来ます。

「この球体は、ぜんたいどういふ原理で動いてゐるのだらう」

 とシュラが云ひました。操作用のプログラムを導入してゐないのに、球体はふたりが動かさうと思つたやうに動くのです。

「おそらく電気だらう」

 とハルは答へました。

 外から見たときの宇宙船はじつに小さなものでしたが、中は長い長い回廊になつてゐました。回廊の脇には小さなドアが沢山あり、それぞれに小さなラムプが備え付けられてゐるやうです。ラムプのほとんどは消えていますが、幾つかは薄ぼんやりとした青い明かりが灯つてゐます。

「では、まずこちらをお願いします」

 そう云つて山猫は、ラムプの灯つたドアの一つをぎいと開くと、にはかにぱつと明るくなりました。中には森がひろがつています。かやの木の枝が重なりあつた隙間から、陽の光が漏れ出てゐます。

「をかしいなあ。どうして宇宙船の中に太陽があるのだらう」

 とシュラが云ひました。

「きつとこの宇宙船は、核融合で動いてゐるのだらう」

 とハルが云ひました。しかし山猫はふたりの会話を気にもせず、森のなかにある少し開けた原つぱまで歩いて行きました。

 山猫がステッキで、どんどん、と地面をたたきました。すると、足元でぱちぱちと塩のはぜるやうな音がして、森のあちこちから、ぴかぴか光る黄金いろのまるいものが集まつてきました。

 よくみるとそれはどんぐりでした。どんぐりには赤いずぼんをはいたものと、青いずぼんをはいたものがいて、原つぱの中で右手に赤いもの、左手に青いものが、それぞれまとまりました。どんぐりたちは、ぎらぎらひかつて、飛び出して、わあわあやあやあと云つています。

「ええい、しづまれ。しづまれ。この方たちをどなたと心得る。かの銀河鉄道の構成AIにあらせられるぞ」

 と云つて、ハルとシュラが動かしてゐる球体を指しました。どんぐりたちはしばらくお互ひの顔をみて、それからゆつくりと静かになりました。

「裁判ももう三百年目だぞ。いゝ加減になかなほりをしたらどうだ」

 と山猫は腰をかがめて云ひました。

「いえいえ、だめです。なんといつたつて、水銀と塩でできてゐるのです。われわれの祖先はさう申してをりました」

 と、ひとりのどんぐりが叫びました。青のずぼんをはいたほうです。その声にあはせて、青いずぼんのどんぐりたちが、ぱちぱちとさわぎました。

「いゝえ、ちがひます。あれは水銀と硫黄で構成されてゐるのです。われわれの神はさう仰せであります」

 と、赤のずぼんをはいたどんぐりが叫びました。こんどは、赤いずぼんをはいたどんぐりたちが、ぱちぱちとさわぎました。

 すると青いずぼんのどんぐりたちが、がやがやとわめきだして、もう蜂の巣をつゝいたやうで、わけがわからなくなりました。

「かれらはぜんたい何を話しあつてゐるのですか」

 シュラが山猫にたづねました。

「この者たちは、水が何でできてゐるのかということを議論してゐるのです」

「水、と云ふと、あの地球の上を流れてゐる水のことでせうか」

「さやうでございます。この者たちは三百年ほど、かうやつて裁判をつづけてゐるのです」

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