悩める白馬の王妃様


「見て見て!私の運転免許証!!」

そういって晴哉の周りを飛び跳ねる香夜。

朝、家を出るときのテンションとは大違いだ。

「まったく、朝の静かな香夜はどこに消えたんだか」

「しかし、なんで免許の写真ってこんなに美人に写らないんだろう?もっと綺麗に写りたい」

「プリクラじゃあるまいし、無理言うなっての」

そもそも免許の写真で可愛く写っていい事あるのだろうか。

晴哉はため息をしてはしゃぐ香夜の頭に軽くチョップをして動きを止める。

「ちょっ、何するの!」

「少しは大人しくしろっての」

流石に落ち着いた香夜は大人しくベッドに腰掛ける。

それでも自分の免許を眺めては気持ちの悪い笑顔を浮かべていた。

「おい、香夜」

そう言うと晴哉は香夜に向かって自らの車の鍵を投げる。

香夜は突然投げられたものに驚きながらもなんとか落とさずに受け取る。

「俺、今晩飲み会だからさ。迎え任すわ」

まったく意味がわからないと言う顔をしている香夜に続けて言う。

「母さんには俺から言っておくから連絡したら迎えにきてくれよ」

「え?え?ハル兄の車?え?」

混乱している香夜はひたすら『え?』と連呼。

あまりにも心配なので覚えているか確認する。

「大丈夫か?俺の言う事わかったか?」

「…ハル兄の車、運転、迎え?」

「なぜ片言なのかわからんがその通りだ。何心配するな。ぶつけなければいい」

相変わらずまだ放心状態だが大丈夫だろう。

ブツブツと言ってる香夜を放置して母さんに話をしに行く。

「母さん、今日から迎えしばらくいらないから」

「あら、どうやって帰ってくるの?」

「俺の車を香夜に運転させる」

そういうと母さんはニヤニヤしながら小声でとんでもないことを言い出す。

「そろそろお赤飯の準備が必要かしら」

「アホか。練習だよ。練習。少しでも早く慣れた方がいいからな」

「と言うのが口実ね」

…これ以上話をしていても無駄な気がしてきた。

さっさと用件を伝えて戻ることにした。

「とりあえず今日の夜、香夜が車取りに来るから」

「はいはい、わかりましたよ」

部屋に戻るとまだ放心状態で車の鍵を見つめていた。

仕方ないので今のうちに少しでも慣れさせておくために香夜を連れて少しだけ出かけることにした。


「そ、それじゃお借りします」

「事故だけは起こさないようにね〜?」

おばさんにそう言われなおさら緊張してしまう。

運転席に乗り深呼吸。

座席の調整をしてルームミラーの角度を合わせてエンジンをかける。

サイドミラーも調整し一通り準備をして再び深呼吸。

「えっと、足元にサイドブレーキがあるんだっけ」

自動車学校で乗っていた車はレバーだったが晴哉の車は足元にペダルがありそれがサイドブレーキになっているらしい。

ブレーキを踏みながらサイドブレーキを解除しギアをドライブまで持って行く。

徐々にブレーキを緩め周りを確認しながら車道に出る。

(あぁ、私運転してるぅ)

隣に誰も乗っていない、静かな車内。

香夜は信号で止まるたび大きく息を吐く。

そうして事故などに巻き込まれることなく無事晴哉の飲んでいるお店に着いた。

そこで重要なことを思い出す。

「私、バックで止められる自信がない」

自動車学校ではバックで駐車をする練習もあるのだがあれは先生に『あと植木が見えたらハンドルを切るんだ』とコツを教わったから出来ただけで実際の道にそんなものはない。

仕方なくお店から遠く車の少ない場所に止めることにした。

『いらっしゃいませ〜』

なんとか止め晴哉を呼びにお店に入る。

すると小部屋の一つから綺麗で美人の大人って感じの女性が顔を出す。

香夜を見つけると手招きをして来る。

恐る恐る近づくと小声で「香夜ちゃん?」と聞かれる。

「はい、そうですけど」

私にこんな美人の知り合いはいない。

「とりあえず入りな、まだ帰れないだろうし」

女性に促され靴を脱ぎ部屋に入るとまず眼に入ったのは酔って寝ている晴哉の姿だった。

「ごめんね、せっかく迎えに来てもらったのに。こいつが寝ちゃって」

「いえ、いいんですけど…」

「さっきから起こそうとしてるんだけどなかなか起きなくて。もしお腹空いてるなら適当につまんでいいよ」

そう言って彼女は香夜の前に残っているサラダを持って来る。

「あ、ありがとうございます」

もらったサラダを食べているとお酒を片手に持った男性が香夜の近くに座る。

「へぇ、なかなか可愛いじゃん。ねぇ、お兄さんと付き合わない?」

本当にこんなこという人がいるのかぁと感心しているとさらに近づいて来る。

お酒を相当飲んでいるのかお酒臭い。

「えっと、そういうのはちょっと〜」

なんて曖昧な返事を返してみるものの効果はなくより近づいて来る。

ここまで来るともはや恐怖でしかない。

それでもなんとかなっているのは先ほどの女性が近くにいてくれているから。

しかしそれも気休め程度。早く帰りたいと思っていると男の人の背後から手が伸び耳を引っ張る。

「おい、香夜が困ってるだろうが」

「いだだだだだだ!離せって悪かったって」

いつの間にか起きていた晴哉が男を引き剥がす。

「それじゃ、俺は帰るわ。いつの間にか迎えも来てたみたいだし」

そう言って立ち上がるもののお酒を飲んでさっきまで寝ていたのだから足元が覚束ずフラフラする晴哉。

「ハル兄、ほらゆっくり」

香夜も立ち上がり晴哉の手助けをする。

「それじゃ晴哉のことお願いね?私はこのバカの相手してなきゃいけないから」

女性はそう言うと笑顔で手を振って晴哉と香夜を見送った。


「いやぁ、恋する乙女っていいわねぇ」

「は?何のこと?」

「あんたには永遠にわからないことよ」

「??????」

「それにしても晴哉も気がつかないのかってこんなやつと一緒にいるくらいだから仕方ないか」

「????」

「あの子も大変ね〜」


晴哉を無事家まで送り届け香夜も自宅に帰る。

「はぁ〜、疲れたぁ」

もちろん初めての運転という事もあったが何より晴哉に助けられて余計ドキドキしてしまったのだ。

もっと言って欲しいことがあったのだがそれは望みすぎだろう。

「ハル兄」

結局その夜は一人悶々とした夜を過ごす香夜だった。


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