遠距離

「ねぇねぇ、今日由紀の家で飲まない?」

仕事の後片付けをしていると同期の華が呟く。

「急にどうしたの?お酒があまり好きじゃない華らしくないね」

「あたしだってお酒の飲みたい時はあるって。たまたまそれが今日なだけ。それでどうするの?」

私はスケジュール帳を開いて考える。

仕事は休みだし特に重要な予定が入ってるわけでもない。

それなら断る理由もない。

「いいよ、それじゃうちで飲もうか」

「決まり!このまま直行でいいよね?」

「お酒ないからどこかスーパーに行ってからね」

私もお酒が好きな方ではない。誰かと一緒になら飲む程度なのだ。

そのため由紀の自宅にもお酒は常備されていない。

おつまみは常備されているが…

「それじゃ私お泊りセット取りに帰るから買い出しはお願い」

「ちょ!!誰が泊まっていいなんて言った?」

「明日は休みなんでしょ?硬いこと言わない!!それに酔っぱらったあたしを歩いて帰らせるつもり?」

華はお酒を飲むとそれはもう面倒くさいやつになる。

とてもじゃないが一人にすることなんで出来ない。

由紀は深くため息をついてあきらめた様子で尋ねた。

「飲みたいお酒は…」

「ビール!!銘柄はなんでもいいわってなによ、この手は」

「もちろん、あんたのお酒のお金よ!!」

奢るわけがない。寝床を提供するのだから私に奢ってほしいくらいなのだ。

華はしぶしぶ鞄から財布を取り出し諭吉を一枚出してくる。

「仕方ない。これでついでに由紀の好きなものでも買ってきな」

「それじゃ、全部使ってくるね」

もちろん冗談だが。

受け取った一万円を財布に入れて自宅近くのスーパーを目指す。

その途中、聞き慣れた通知音が聞こえてきた。

スマホの画面に表示されている名前を見て思わず顔がにやけてしまう。

「相変わらず、マメな子」

そこには『一週間お疲れ様。明日はお休みなんですよね?楽しい夜を!』と書かれていた。

スマホのロックを解除し返事を書くためアプリを開く。

『お疲れ、ゆうも勉強ばかりもいいけど身体だけは壊しちゃダメだよ?』

スマホをカバンに入れ再び歩き出す。

また通知音がなるがもう目の前にスーパーが見えるので買い物が終わってからでもいいだろう。

カゴを手に取りお惣菜コーナーを目指す。

普段は自分で作る用にしているのだがお酒をを飲む時は後片付けが面倒になってしまうのでいつもお惣菜を買って帰る。

適当にカゴに入れお酒コーナーへ向かう。

頼まれていたビールを先に手に取りカゴに入れる。

由紀はビールがあまり好きではなく甘いジュースのようなお酒の方が好みなのだ。

結局これといったお酒を選べず適当に目に入った物をカゴに入れていく。

「お会計が5352円です」

「一万円で」

お釣りを受け取り袋に詰めていく途中、着信音が聞こえてきた。

慌てて携帯を取り出し相手を確認する。

『着信中 華』

「どうしたの?」

『追加注文!ビールに合うおつまみ!!』

「それだけでわかるか!」

ビールを飲まないのだから何がビールと合うかなんてわからない。

『柿ピー?』

「なんであんたが曖昧なのよ…」

『じゃ、柿ピー!!』

「はいはい、買いませんよ」

うちにお菓子として常備されているから。

電話越しに文句を言ってる華を無視して電話を切る。

するとすぐに携帯が鳴る。

華の文句が続くので仕方なく正直に答えを返しておく。

するとピタッと連絡が止まる。

「はぁ、疲れる」

残りの品物も袋に詰めてようやく帰路につくことが出来た。


「でさぁ、あいつがさぁ!!」

「はいはい、その話もう3回目ね」

完全に出来上がった華の話を流しながら自分もお酒を飲む。

華がお酒を飲むとだいたいこうなる。

同じような事を何回も言うのだ。最初の頃はしっかり返事もしていたが今では聞き流す事を覚えた。これも記憶がはっきりしない華だからできるのだが…

ふと時計を見ると日付が変わっている事に気がつく。

「ほら、日付も変わってるしそろそろ寝よ?」

「ん?もうそんな時間?それじゃおやすみぃ〜」

そう言って服を脱ぎ出す華。

「寝るなら服は着ておきましょうね」

落ち着いて華を静止する。

「ん?なんで?いつもは服きてないよ?」

「ここは私のうちだから私の言うことは聞こうねぇ?」

「あ、はい」

再び服に袖を通しソファに寝転ぶ。

私は空いた缶を軽く片付けをしておく。

そんな事をしているとイビキが聞こえてくる。

華。寝るの早すぎ。

片付けが終わり私もベットに入り携帯を開く。

ゆうの連絡先を出し返事を書き送る。

携帯を充電器にさし私も落ちてくる目蓋に抗う事をせずそのまま寝る事にした。


「…き、おき……き」

「うぅ〜、ゆう?ごはんまってねぇ。もうちょっとしたら起きるから」

「なに寝ぼけてるの?由紀。ゆうって?」

…へ?ゆうじゃない?じゃあだれ?

寝起きで頭の回らないが身体を起こし目を開ける。

そこにいたのは同期の華だった。

「おはよう、ゆうってだれなのかなぁ」

憎たらしい笑顔で聞いてくる。

迂闊だった。ゆうと離れ離れになる前の癖で…

「ねぇ、だれなのかな?」

「うるさい!!忘れろ!!」

結局、1日中聞かれたので観念して白状した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る