episode 6-2 生命の翼(中編)

 天上の惑星球殻からゆっくりと落ちてきたはまるで、巨大な花の蕾だった。

 その幾重にも重なった花弁状の構造が開いていく。


 旧市街を見下ろして空いっぱいに広がったその大輪は、推定直径10キロメートル以上。


 「……都市殲滅砲シティ・デストロイヤー……!!」


 麗子たちがそう呼ぶ巨大な空中要塞は、十年前に”彼ら”が現れて以来、世界中の都市を根こそぎ焼き払ってきた忌まわしき存在、人類敗北の象徴であった。

 これまで世界各国で幾度となく撃破が試みられたものの、その強固なバリアによって航空攻撃はことごとく拒絶された。とある国が核ミサイルを撃ち込んだときには、弾頭はなぜか作動すらしなかった。文字通り無力化されたのである。


 「岡山は1か月前に壊滅、会津若松は二週間前から音信不通……とうとう今度は京都ここか」

 伸也が麗子のデスクを見て呟いた。

 投影画面に浮かぶ地図は穴だらけの日本列島。大都市のあった平野部はほとんどが丸い窪みと化し、海の底に沈んでいる。都市殲滅砲に地盤ごと焼き払われたら最後、こうなる運命が待ち受けている。まるで虫に食われた葉っぱみたいだ、と彼は思った。


 「……もう、無理だわ。あれの攻撃を防ぎ切る手段は、今の我々にはない……」

 麗子ですら、その映像を前にしてはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

 その横で、シュボッ、と音がした。彼女が振り向くと、伸也がポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけていた。

 「ちょっと!指令室内は火気厳禁よ!!だいたいあなた禁煙中じゃなかったの!?」

 「どうせ俺らの命もたかだかあと数分だ。最期の一服くらい許してくれや……。博士も吸うか?」

 「あいにく酒と煙草は受け付けへんのや」

 「……へっ、そうだったな。たしか俺らで旅館泊まったとき、お前、食前酒だけでべろんべろんになって――」

 気持ちが張りつめていた麗子も吹っ切れたのか、くすくす思い出し笑いを始めた。

 同期三人がそろって過去を振り返ろうとしていたそのとき。


 混乱したオペレーター達の通信に混じって、凛としたひとつの声が彼女の耳に届いた。


 ”……さん、麗子さん、聞こえますか!?”

 「その声は……空ちゃん!?」

 ”さっきの敵が開けた穴から地上へ行きます!このままじゃ皆が!!”

 「だめよ、戻ってきて!!いくらセレスティアの力があっても、あなた一人で何とかなる相手じゃないわ!!」


 ”そんなこと言ったって、何もしなきゃ死んでるのと同じです!私たちはまだ生きてる!だったらやれるだけやってみたって、いいじゃないですか!!”


 その言葉に顔を見合わせる三人。

 「正論やな」

 博士がにやりと口角を上げた。

 「でも、気持ちだけでどうにかなる状況じゃないでしょう。もはや神様に祈るしか……」

 「せや。こうなったらもう神様の力に頼るしかない。偉大なる陰陽師はんの名前にあやかって、な」

 「お前、まさか……を使うのか?」

 「こういうときのために準備してきたんやがな。ま、ちょいと間に合わへんかったけど……」




 対都市殲滅砲電磁バリア防衛システム、通称『晴明せいめい』。


 数年前、防衛局が偶然鹵獲ろかくに成功した1体の敵生体。それは防衛局によって徹底的に解析され、やがてセレスティアの構成体として使われたが、それだけではなかった。リバース・エンジニアリングによって、敵性体の熱線を無力化する電磁場発生器フィールドジェネレーターが開発されたのだ。もっとも、作動には莫大な電力が必要であり、戦闘機への搭載は夢のまた夢、地上設置型の実用化すら困難を極めた。


 ”……このシステムはまだ未完成で、端的に言えば電力が足りないの。防げるのは想定出力の95パーセントが限界よ。だから残りの5パーセントを……”

 「私たちが受け止めればいいんですね?」

 地上へ通じる縦穴を上昇しながら、麗子の通信に空が答えた。

 ”そういうこと。だけど、その5パーセントでもこの地下都市を吹き飛ばすには十分すぎる威力よ。あなたとセレスティアでも耐えられる保証はないわ。それでもやるのね?”

 「お父さんが言ってたんです。みんなのために生きるんだって。そうすれば一人じゃないって。だからみんなを守りたいんです。学校のみんなも、麗子さんたちも」

 少しの間があって、麗子の口調が穏やかになった。

 ”強い子ね、あなたは。やっぱりあの人の娘だわ”

 「……麗子さんも、お父さんのこと、知ってるんですね」

 ”あなたのお母さんとあなたのことを、とても大事に想っていたわ。任務の合間を縫って家に帰ったときのことを、いつも幸せそうに話してた……”

 麗子が手に持った集合写真に、彼女の寂しげな瞳が反射した。

 「大丈夫。あなたなら出来る。あなたのお父さんとお母さんも、きっと見守ってくれてるから”

 「……はい!!」




 慌ただしくなった指令室にオペレーター達の声が飛び交う。

 「電磁バリア防衛システム、起動シークエンス開始」

 「核融合発電プラント、出力上昇。95、100、102パーセント」

 「電磁流体M H D発電装置群、1番から55番までチェック完了。プラズマチェンバー内、圧力すべて正常」

 「旧型の予備電源も全機投入しろ!可能な限り電力量を確保するんだ!」

 「防衛局および全ての避難シェルターの電力供給を、非常用電源に切り替えます」


 同時刻、とあるシェルター内。

 「先生!!」

 床に座り込む人々の間を縫って、蛍が田中先生のもとへ歩み寄った。

 「飛鳥井!心配したぞ、どこ行ってたんだ?」

 「空が……一人でどっか行ってもうて、探したけど見つからへんねん!」

 「きっとあの子もどこかに避難してるよ。とにかく君だけでも無事でよかった」

 先生がそこまで言い終えたとき、突然天井の照明が赤い非常灯に切り替わった。シェルター内に多数の悲鳴が響く。

 「……ウチら、もう、あかんのかな……?」

 「大丈夫だよ、きっと。そう信じて、一緒に祈ろう」

 先生が胸の前で両手を合わせる。蛍の手が、彼のワイシャツの袖をぐっと握った。


 指令室では、防衛システムの準備段階が大詰めを迎えていた。

 「稲荷山、大文字山、船山、嵐山、洛西、各フィールドジェネレーター、順次展開」

 地上の古都をぐるりと囲む山々。その山肌の一部が開き、奥から銀色の直方体をはめ込んだ装置が姿を現す。

 「敵生体中心部の高エネルギー反応、さらに増大。予想発射時刻まで、残り30秒」

 スクリーンに映る敵生体は、全身で発生させた光の粒子を中心へと送り込んでいた。一ヵ所に集められた青白いプラズマのエネルギー。穴の出口に差し掛かった空もその輝きを視界に捉えた。

 「ジェネレーター全機展開。最終チェック完了。システム全箇所正常オールグリーン

 「セレスティア、所定の座標に到達」

 「最終カウントダウン。10、9、8、7、」

 「プラズマチェンバー閉鎖弁開放。回路接続、バリア展開!!」

 麗子の号令とともに、ありったけの電力が地上へと送り込まれた。


 5つの山々に展開されたジェネレーターから、お互いの方向に白い稲妻が放たれる。

 古都を覆うように浮かび上がる光の五芒星。

 その中心に、蒼白い神のいかずちが撃ち下ろされた。


 一瞬形を崩すも、どうにか安定した星形のバリア。

 「電磁バリア、出力95パーセントで安定。まもなく透過が始まります」

 出力不足で莫大なエネルギーを受け止めきれず、バリアは下に向かって凹んでゆく。やがて突き抜けたプラズマが、一本の束となって空たちへと襲い掛かった。


 迫り来る灼熱の濁流。空の視界に、すべてを失った10年前の記憶が重なる。消し飛ぶ街並み、炎に飲み込まれる車、その中から伸びたひとつの手――。


 ううん、怖くない。今の私には、守ってくれる人たちが、守りたい人たちがいるから。


 絶対に、止めてみせる!!


 両手を天にかざし、自分を包み込む守護者に強い思念を送り込む。見上げた瞳が青く輝きだす。


 「高熱源体、セレスティアに接近!接触まで5、4、」


 ここで空とセレスティアが失敗すれば、自分たちの命はあと数秒で終わる。

 今はただ、信じるしかない。

 麗子が指先に祈りを込めて、胸の前で両手を組んだ。


 「3、2、1、今!!」


 破戒はかいのエネルギーと透明な思念の壁とが、真正面から激突した。

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