episode 6-1 生命の翼(前編)

 鳴り響く警報音。

 スクリーンの中央に向かって移動する光点。

 警戒態勢の指令所は再び緊張感に包まれていた。


 敵の発見と同時に飛び上がった迎撃隊は、予想だにしない超遠距離からの狙撃によって次々と撃ち落とされていった。命からがら逃げ帰った八坂大尉たちが認めた通り、今度の敵は格が違った。


 「レーダー反応、旧伏見区上空に到達。なおも接近中!」

 「市民の避難状況は!?」

 麗子の澄んだ声が指令室の空気をさらに引き締めた。

 「第2層の避難は完了しています。第3層も順次シェルターに収容中。収容済みの市民ID、現在約72パーセント」

 若い女性のオペレーターがキーボードに指を走らせ、空中投影モニターの数字を読み上げた。

 「光学映像、来ます!」

 スクリーンに映ったのは、ゆっくりと旧市街の上を移動する青い灯篭のような形。

 それは上空で停止すると、中心の発光部分からまばゆい光を発した。


 青白い光の柱が、真下にあった旧市街のシンボルを跡形もなく溶かし去り、大地に深々と突き刺さった。


 「京都タワーが……!」

 引きつった副長の顔が画面の光に照らされた。

 だがその直後、さらに悲壮な報告がオペレーターからもたらされた。


 「高エネルギー反応、防御装甲に到達!第10……21……33層まで融解!このまま突破されます!!」


 冷静を保っていた司令官の顔が、天を見上げて蒼白になった。


 「……間に合わない……!!」




 警報を聞くなり校舎から飛び出した空は、警報の鳴り響く市街をひた走っていた。避難所に向かう市民とは逆方向に。

 セレスティアと最初に出会った場所へ。そこでふたたび彼女を呼ぶために。


 セーラー服の胸元から飛び出した銀色の識別票ドッグ・タグが、風に揺れた。




 街の地面にぽっかりと空いたその穴は、工事用の安全柵と黄色いテープで封鎖されていた。

 テープが繰り返す「立入禁止」の文字。その前で足を止めた空は、雷鳴のような轟音が上から降ってくるのを聞いた。


 地面が揺れ、穴のふちから亀裂が広がる。


 重力の魔の手が、張られた規制線を、後ずさりする空を呑み込んだ。


 落下する少女の体が、空中で真っ逆さまになった。

 

 「ティアーーっ!!」


 少女の悲痛な声は、深淵の底に吸い込まれていった。


 穴の底へと落下した瓦礫がれきが、透明な円筒形の装置に直撃する。

 ひび割れたすき間から漏れ出す青白い光。


 爆発のような閃光が、暗闇の底を照らした。


 逆さまに落下してゆく空の体が、青い霧に包まれて浮かんだ。

 目の前で銀色の水滴がひとつに集まり、すらりとした体を、端正な顔を、流れる髪をかたちづくる。

 「ティア……!」


 空中で巴のように手をとりあって浮かぶ、少女と戦姫。

 黒い瞳と蒼い瞳が見つめあう。


 ”敵が来ている。時間がない”

 「わかってる」


 つないだ両手が引き寄せられて、二人の顔が近づいた。


 少女と戦姫は空中でくちづけを交わし、ひとつの存在へと融けあっていった。




 「……今の声……!」

 もうひとりその声に反応したのは、蛍だった。


 一度教室に戻ろうとした彼女だったが、少女が見せた屈託のない笑顔に後ろ髪引かれて、やむにやまれず後を追いかけたのだった。


 その声は崩れ落ちた立入禁止区域からだった。ぎりぎりのところまで近づいて穴の底を覗くが、何も見えない。

 まさか……。

 最悪の想像をして背筋が凍る。そんな蛍の目に何かが飛び込んできた。

 闇の底から飛び出した青い光。


 は物凄いスピードで目の前を駆け抜けた。だが眩しさのあまり、蛍の網膜にはその一瞬の姿が鮮明に焼き付いた。


 銀色のドレスをまとい、背中の羽で風を切る天使。


 どこか超然とした表情で天を見据える横顔。その後ろになびくショートの黒髪――。


 つい昨日、少女が自分の懐に飛び込んだとき、自分を包み込んだ温かい光が脳裏をよぎった。


 ……いや、まさか、な。


 眩しさにくらんだ目をこすって、蛍は上空に舞い上がるその光を見上げた。




 セレスティアと融合し、上空に飛び上がった空。

 光輝く瞳が視界に無数の光線をとらえた。


 さいの目に切り刻まれる都市の天井。


 崩れた上の街が、下の街めがけて、降ってくる。


 ビルが、マンションが、歩道橋が、バスが、あらゆるものが。




 灼熱と爆炎に呑み込まれる街――記憶に焼き付いた十年前の光景が、脳裏をよぎった。


 「もう誰も……死なせたくない!!」




 空の決意が、セレスティアの鱗片を無数の子機ビットに変えて打ち出した。


 それらは青い光の粒子を散らして、街の上を飛び回った。

 そうしてできた光の雲が、崩落する瓦礫を受け止めた。


 蛍も、街の人々も、一瞬のあいだ、我を忘れてその美しい光を見上げていた。


 そのとき、天井に開いた空洞から、破壊神の蒼い光が飛び込んできた。

 少女に向けて光線が放たれる。


 すかさず力場フィールドを張って受け止める。だが、砲撃の威力は空の経験をはるかに超えていた。押し飛ばされた体が道路をかすめ、水切り石のように路面で跳ねる。それでもセレスティアが体を護ってくれているおかげで痛くなかった。なんとか着地して体勢を立て直し、すべる足に力を込めて踏みとどまる。

 見上げた先には、今までより数倍は大きい敵生体が浮かんでいた。

 それはちょうど枯れた鬼灯ほおずきの実のような形をしていた。銀色の網目状の構造が、中心の青い発光部を囲んでいた。

 「こいつ……強い!」




 指令室のドアがスライドして入ってきたのは博士だった。

 「えらいこっちゃ!さっきの崩落で封印装置がお釈迦になって……セレスティアが爆発してもうたぁぁ!!」

 頭を抱える彼に、麗子が落ち着き払った声で答えた。

 「ならもう空ちゃんと融合しているわ」

 「なんやて!!?」

 スクリーンを見ると、セレスティアと融合した空がすでに敵と交戦状態に入っていた。

 「そうか、無事やったか!ほんならちょいと……失礼するでぇ!」

 博士は麗子の指揮官席に駆け寄ると、横から操作盤に手を伸ばして何かを入力した。たくさんの文字と数字が並んだ画面がスクリーンの一角に浮かび上がる。

 「よっしゃ、データ来とるな!徹夜で作った甲斐あったわ!」

 「何なの、これ?」

 「セレスティアとあの子の融合状況をリアルタイムでモニタリングしとるんや。左上のでっかい数字が、あの子の生体組織にセレスティアが溶け込める限界値までの割合、パーミッション・レートや」

 画面の左上にひときわ大きく表示されたそのデジタル数字は、70パーセントあたりで小刻みに変わっていた。

 そこは撤退命令を受けて歯ぎしりしながら戻ってきた八坂もいた。スクリーンで空たちの戦闘の様子を見ていると、握った拳に力がこもった。

 (いさむ……お前がもし生きてたら、この状況を黙って見てられるわけないよな……?自分の娘が体張ってんのに、自分は何もしてやれないんだぞ……)




 いっぽう街の上空では、敵から四方に放たれる熱線を空が懸命に防いでいた。銀色の鱗片が縦横無尽に飛び回り、次々と射線上に先回りして力場フィールドで熱線を弾く。やがてそのひとつが耐え切れずに爆散した。

 「ティア、大丈夫!?」

 ”体組織の約128分の1を喪失。継戦能力に問題はない”

 「……さっきの、痛くなかった?」

 ”我々に特別な部分というものは存在しない。部分的な損失は問題にならない”

 「そうなの?……守ってるだけじゃ、ラチが明かない!」

 空が思念を浮かべ、手を伸ばす。銀色の液体となった装甲が腕の先に押し寄せ、一撃必中の武装を形作る。


 プラズマの青い光を刃先に宿した長槍スピアー


 背中の羽が広がり、溢れ出した光の粒子が彼女を加速する。

 「てやぁぁぁぁっ!!」

 空は向かってくる光線をかわし、猛スピードで敵に突撃した。

 狙いは光線を放つ中心部。外の網目部分の間を狙って槍を突き出す。

 が、その勢いは突然何かに阻まれた。


 槍の先が、「見えない壁」にぶつかっていた。


 それはプラズマのビームどころか、いかなる物体も通さない強力なバリアだった。何もないはずの隙間に突き刺さりビリビリと音を立てる刃先。力を込める手にその振動が伝わった。


 手こずっているうちに、中心部が明るさを増した。殺気のようなものを感じて後ろに引いて距離を取る。

 ふたたび空に強力な光線が放たれた。

 敵の周囲を飛んでいた鱗片が空のもとに舞い戻り、花のような放射状の形に集まって盾となる。

 こんどは吹き飛ばされずに受け止めたが、それでも力負けしていた。空の体がじりじりと後ろに押されていく。

 「ティア!もっと力を……もっと私の思いを受け止めて!!」

 空の瞳の中、光輝く光彩が、さらに青白く燃えた。


 「セレスティアのパーミッション・レート上昇!80パーセント!」

 指令室のオペレーターが画面の数字の変化に気付き、声を上げた。


 空の背中の羽が、さらに激しく光の粒子を噴き出す。

 広がった光の翼が、少女の体を前へ前へと押し戻した。

 「……このまま!!」

 流れ来るプラズマの勢いを跳ね返し、空は敵まで一気に詰め寄った。


 盾に跳ね返された熱で網目が溶け、バリアが破られる。

 「そこだぁっ!!」

 空が無防備になった中心部に槍を突き入れた。


 だが、一歩遅かった。敵の体は霧状に分散し、槍の先がくうを切った。




 仕留め損ねた。けれどひとまず時間を稼ぐことはできた。


 空はひとつ息を吐いた。下のほうを見ると、崩れ落ちた上の街の残骸が目に入った。街に人の姿はない。もうみんな避難して――。

 そのとき突然、空の心に金槌で殴られたような衝撃が伝わった。

 何かを感じる。セレスティアが私の気持ちを感じたように、誰かの気持ちを。

 論理では説明できない感覚に導かれて、空は瓦礫の間を探し回った。そしてすぐに見つけた。


 折り重なった瓦礫のそばで、小さな少女が泣き叫んでいる。瓦礫の下から伸びた腕と長い髪――。 


 それを見た空の視界に、十年前の悲しい記憶が重なった。燃える車の中から自分を押し出した優しい手――。


 空は歯を食いしばり、少女のもとに降り立った。

 

 瓦礫に向けて両手を伸ばし、持ち上げることを念じる。腕から放出された青い光の粒子が、上向きの重力でコンクリートの塊をゆっくりと浮き上がらせた。

 瓦礫の下で倒れていた女性に空が手を当てる。だが脈拍は弱く、呼吸も虫の息だった。

 「ティア、治せる?」

 腕から手を伝って銀色の液体が女性の体を覆う。

 ”蘇生は可能だ。完全寛解まで約3678秒”

 「1時間!?それじゃ間に合わない!」

 ”治療はすでに開始している。敵の回復完了まで効率優先で治療を継続する”

 「お願い、急いで……」

 目を閉じて祈る空。そのとき、横から甲高い声が割って入った。

 「ママは……ママはわたしがたすける!!」

 横を見ると、小さな少女が離れたところから空をにらみつけていた。

 手には瓦礫の中から拾った棒切れを持って、女児向けアニメの魔法少女の杖のように構えている。セレスティアをまとった空を敵だと思っているようだ。

 「大丈夫よ……ママは私が助けてあげるから」

 空は顔に優しい笑みを作ってあげた。

 「ほんと……?」

 「うん。ほんとよ。あなたも私が守ってあげる」

 少女はこくんと頷いて棒切れを下ろした。それでもまだ警戒してか、空には近づこうとしない。

 ふと、セレスティアが空に話しかけてきた。

 ”君はなぜそんなにも、この人間個体の回復に固執する?君たちの種族の存亡には何ら影響を及ぼさないというのに”

 「なんてこと言うの、ティア!人間が死ぬっていうのは、悲しいことなのよ。たとえ知らない人でも、一人一人にかけがえのない命があって……」

 そこで空はセレスティアが戦闘中に発した言葉を思い出した。


 ”我々に特別な部分というものは存在しない”


 「……まさか……私たちと違って、あなたたちは一人一人が意思を持ってるわけじゃないってこと?あなたたち、いえ、あなたの種族そのものが、ひとつの生命体だというの!?」

 ”人類というのは不思議な種族だ。それぞれの活動単位が独立な意思決定機能を持ち、ときに同じ種族同士で攻撃しあう。我々には理解しがたい。君は両手に凶器を持って、お互いの手を刺すようなことをするか?”


 空は言葉が出なかった。”彼ら”と自分達の”常識”が、これほどまでに違うとは――。


 だが空に、驚きに浸る余裕はなかった。見上げると、空中で銀色の液体が霧を取り込んで成長していた。

 「ティア、まだなの!?」

 ”身体組織の最低限の修復は完了した。だが意識が戻らない”

 そのとき、女性の唇がかすかに動き、顔に血の気が戻った。

 ”意識の覚醒を確認”

 「やった!!」

 安堵する空の背中を、暗い影が覆った。


 完全に回復した敵が、網を広げて空を取り込もうとしていた。

 逃げる余裕はなかった。女性の体からセレスティアを戻すだけで精一杯だった。

 

 足をすくわれ、閉じた網の上に倒れ込む。目の前の地面が離れていく。

 「おねえちゃん!!」

 自分を見上げて叫ぶ女の子。

 

 「捕まえたつもりでしょうけど……!」

 空はセレスティアに念じてこの網籠を破ろうとした。しかし突然、重力の方向が変わって体が浮き上がり、丸い籠の中心に吸い寄せられてしまった。

 周囲の網から銀色の液体が空に向かって流れてくる。その先が手足や体にまとわりつき、セレスティアの装甲を覆った。

 「こんなもの……!」

 鱗片を飛ばして焼き切ってやる、と思った空だったが、”彼女”が反応してくれない。

 「ティア、どうしたの?」

 ”量子思考ネットワークに外部から侵入、データ構造が凍結されていく……命令をじ実行できな101001101101001"

 「ティア!?」

 最後は人間には聞き取れない言語になって、彼女の声が途絶えた。

 そのとき、空は意識の内部に「何か」が侵入してくる感覚を覚えた。自分の思考がセレスティアではない何者かに読み取られ、同時に凄まじい量の情報が脳内に流れ込んでくる――。

 それは自分に何かを伝えようとしていた。だがそのスピードが速すぎて、理解が追い付かない。多すぎる情報量で思考回路が焼き切れそうになる。

 「……ああああああっ!!」

 見開かれた瞳から、青い光が失われていった。




 指令室のスクリーン上の数字が、次々と"ERROR"に置き換わってゆく。

 「モニタリングデータが途絶しました……セレスティアと融合者の状況、一切不明!」

 麗子が立ち上がり、攻撃の指示を出そうと手を振り上げたが、その手が止まった。

 「……人質に取られた……!」

 万事休すと思ったそのとき、彼女の肩に精悍な手が置かれた。

 振り向くと、八坂伸也のいつになく真剣な眼差しがそこにあった。

 「ひとつだけ手がある」


 「空戦用のEMP弾を……!?」

 麗子の叫ぶような声が指令室に響き渡った。

 「規格上は都市の防衛システムからでも撃てるんだろ?」

 「だけど……そんなことをしたら、防衛システム自体も含めて、都市のありとあらゆる電子機器が破壊されてしまうわ!こちらの指令コンピューターだって損害を受けるかもしれないのよ!!」

 「じゃあ他に手があるのか?あの子を守る方法が!あの子を傷付けても敵を倒す必要があるなら、君は攻撃命令を出したはずだ。でも君はそうしなかった。守りたいんだろ、あの子を……勇の娘を!」

 麗子がはっとして目を大きく開いた。

 「……そうね……今度は守ってあげなくちゃね、私達が」

 麗子はおもむろに指揮デスクの引き出しを開けた。そこには入隊したての同期4人が肩を寄せ合う写真。麗子、伸也、博士、そして、勇。

 麗子は伸也に目配せしながら、スクリーンのほうに向き直った。

 「整備班に伝達!EMP弾、装填準備!!」




 意識の中を駆け巡る情報の嵐。

 空は自我を保っているのがやっとだった。その意識もだんだん細くなり、今にも途切れてしまいそうだった。

 しかし急に、情報の入力が弱くなった。下から何か音がする。我に返って見下ろすと、敵が網目の間にバリアを張っていた。コーン、コーン、と何かがぶつかってきては跳ね返される。

 下を見ると、女の子が瓦礫の破片を腕に抱え込み、こちらに投げつけていた。

 「おねえちゃんをかえせーっ!!」

 小さな手で破片をつかんで思い切り振りかぶり、小さな腕を懸命に振り上げる。

 「だめ……逃げて……!!」

 空の精一杯の叫びもむなしく、敵は無慈悲な攻撃の準備を始めた。

 網目の一部が花の形に変形し、青白い光を蓄える。

 女の子の顔がその光に染まってゆく――。


 「EMP弾、」

 「待て!!」

 発射命令を出そうとした麗子を、伸也が止めた。画面に映る敵の変化に二人は気付いた。


 「私の目の前でそんなこと……させないんだからぁっ!!」


 空の強い意志が、その瞳にふたたび光をともした。


 できるはず。ティアに自分の思いを伝えるように、この敵に自分の意思を伝えることが。



 ――ティアを返して!!



 空の体から周囲に向けて、敵の体に青い光のひびが走った。


 それが全体に広がると、敵の体は形をなくし、上に向かって溶け落ちていった。


 溶けた雫が光の霧に変化して、少女を包んだ。


 「敵生体、完全に消滅……。モニタリングデータ回復。……パーミッション・レート、100パーセント……!」

 麗子も、伸也も、そして博士も、しばらく口を開けたまま、ただスクリーンを見つめていた。


 「……これが、セレスティアの隠された力……」

 「そうやな。そして、あの子の力や」


 麗子のつぶやきに、博士がしたり顔で返した。




 背中に光の翼を広げ、降臨する天使の姿。

 女の子の目に、その輝きが映り込んでいた。

 「おねえちゃん!!」

 地面に降り立った空の腰に、女の子が抱きついた。空もその背中に両手を当てる。

 「助かったわ、あなたのおかげよ……。怖くなかった?」

 「こわかった……でもだいじょうぶ!わたしおおきくなったら、おねえちゃんみたいなまほうしょうじょになる!!」

 自分は魔法少女じゃない。でも、似たようなものかもしれない。それに、女の子の純粋な眼差しを曇らせるわけにはいかなかった。

 「ありがとう。その勇気があれば、いつかきっとなれるわ」

 そのとき、女の子の背後からかすれた声がした。

 「……ゆめ……」

 「ママぁぁぁ!!」


 倒れたまま上半身を起こした母と、空の腕を離れた娘が、ひしと抱き合った。

 その光景を見守る空の心に、温かさと同時に、寂しさがこみ上げた。


 そのとき、空の体が光に包まれ、肌を覆う装甲が分解していった。

 セーラー服に戻った空。そして、彼女を優しく抱きしめるセレスティアの腕。

 ”君も、こうしてほしいのだろう?”

 銀色の手が黒い髪を繊細に撫でる。

 胸部装甲に押し付けられた少女の顔が赤くなった。

 「……こんなの、お願いしてないから……」

 そう言いながら、少女は目からあふれた涙を銀色の表面でぬぐった。


 ふいに、セレスティアの蒼い瞳が天を見上げた。


 ”…………来る”




 「重力異常、さらに増大!!……これはセンサーの故障じゃないのか……!?」

 指令室の副長が、手元の空中投影画面を見て慌てふためいていた。

 「映像、出します!」

 オペレーターが前方のスクリーンに地上のカメラ映像を投射する。

 「……これは……!!」

 麗子の額に冷や汗が浮かぶ。




 街を覆い尽くす巨大な空中要塞が、地上の廃墟を見下ろしていた。



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