第3話 渋谷迎撃戦の英雄
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鬼月ルナのターン
登場人物 鬼月ルナ 18歳 国防軍准尉
渋谷迎撃戦の戦功により国防軍准尉になる。
特殊狙撃小隊を指揮
元戦略級予備兵候補生
元ヨコハマナンバー1 元アイドル
アキトの元押しかけ戦術級予備兵
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2119年4月2日 午前2時10分
国防軍准尉鬼月ルナが第78女子抜刀中隊の天幕を訪れたのは、夜中の2時を過ぎたころだった。
ルナの指揮する狙撃分隊が、最前線に隣接した廃ビルから牽制射撃を絶え間なく続けていたところに、抜刀隊の顔見知りが尋ねてきたのである。
話を聞いたルナは即答で断ったのだが、迎えに来た抜刀隊員は元々しつこい性格の女であったうえ、長引きそうな戦闘の休憩代わりに、戦場を抜けて話を聞いてくるように古参兵にうながされたため、嫌々天幕まで来たのだった。
「何?」
テントに入って、ルナは不機嫌だと宣言するようにぶっきらぼうに言った。
抜刀隊中隊長にも敬礼はしなかった。
柏木軍曹以下、みなどこかで見かけた顔ぶれだった。
その中に、抜刀隊とは少し毛色の違う学生がいた。
面倒を持ち込んだのは、この女か・・・と思いつつも、ルナは表情を引き締めたまま、抜刀隊中隊長柏木軍曹を睨みつけるように見据えた。
「鬼月准尉殿に敬礼っ!」
視線が交差した瞬間、女中隊長は立ち上がりブーツを鳴らして敬礼した。
彼女の部下たちも、一斉に神妙な顔でルナに向かって敬礼した。
妙な光景だった。
15個小隊300人を指揮する抜刀中隊中隊長の柏木が軍曹で、一個狙撃分隊5人を指揮するルナが准尉で階級は彼女の方が上なのだ。
抜刀中隊300人と言えば、前線でも大戦力であり、ゾンビとの戦闘の主力と言って間違いない存在だった。
それなのに、彼女たちの階級は低く戦場での待遇は酷いものであった。
ゾンビ発生のドサクサで地位を築いた138士族たちに統治された世界のひずみが、最前線には如実に表れていた。
「わざわさ来てもらって悪かったわね。前線は、だいぶ落ち着いてきた?」
椅子をすすめようとした柏木の言葉に、ルナは遠慮無く噛みついた。
「はぁ? そんなこと聞きたくて私を呼びつけたのか?」
「そ、そういう訳ではないわ。第一、あなたは私より階級が上なのですから・・・」
なぜか、柏木中隊長の口調は柔らかだった。
こんな女だったかな? そう考えてしまうのも無理は無かった。
直接会話をした記憶は無いが、78抜刀中隊の分隊長・小隊長クラスとは戦場で多少の接触があったため、彼女たちの上官である柏木の怒鳴り声は、ルナもよく耳にしていた。
「いや、何か取り付く島もないっしょ? 会って、ちょっと話したところからこんな感じだし」
ルナを連れてきた小隊長が柏木の横に立ち、ヒソヒソ話をするように手を口元に付けながら、テントの全員に聞こえるような大きな声で話した。
「いや、鬼月准尉もご無事で何よりです。分隊に被害は?」
「そういう軍事機密は、ペラペラ喋らないように教えられてるのよっ」
あきらかにテント内で最年長に見える副隊長が、愛想笑いを浮かべて話しかけてきたが、ルナは露骨に嫌な顔で答えた。
実際、国防軍軍人も抜刀隊員も、戦場にいる人間の全てがルナは嫌いだった。部下としてあてがわれた古参兵とも、まだ、まともに噛み合う会話をしてはいなかった。
全員の視線がルナに向けられていた。
期待と不安が女たちの瞳に浮かんでいる。
ルナは彼女たちの視線を跳ね返すように、冷たく告げた。
「アキトは前線から離脱して極秘作戦中。あんたらに付き合ってるヒマなんかないわ」
アキトが何をしているかなど知りはしなかった。
だが、彼女たちを都合よく使おうとする抜刀隊の根性が気にくわなくて、出てきたのだ。
「こんな感じで、話したら、いきなり拒否られたんで引っ張って連れてきました。任務完了っす」
前線大崩壊の非常時というのに、抜刀隊女子は脳天気な口調で柏木に報告した。
元戦略級予備兵候補生であった鬼月ルナは、前線抜刀女子たちの、このチャラい口調が嫌いだった。
「何でアキトが、学生を助けなきゃならないの?」
とりあえず、トーンを落として冷静に尋ねてみる。
いつも、大好きなセシリーは教えてくれていた。冷静に情報を集めて、冷静に情報を吟味しなさいと。
「可愛そうな学生が、ゾンビの巣窟に閉じ込められてるわ。ギリギリ救助できそうなラインに潜んでいるの」
「学生? もう立派な大人に見えるけど? 私なんて14歳で予備兵として前線送りになりましたが」
毛色の違う学生服を着た女子に視線を向けて、ルナは言った。どう見ても、18歳のルナと同世代だった。
「美人って大変だよなぁ。あっ、ご、ごめん・・・・」
ルナと同年代の分隊長が口をすべらせ、慌てて自分で口を両手で塞いだ。
「アキトは便利屋じゃないし。やっと戦場から少し離れたんだ。それを・・・・あんたら、アキトの事なんか何にも知らないだろう!」
ルナの叫びに近い声に、柏木中隊長が少し伏し目がちに落ち着いた口調で返してきた。
「私は少しだけ知ってます。セシリーとも話したことあるから。彼が幼年学校にも行かず遠隔攻撃小隊を指揮していたって話は有名だし、部下のビアンカを死なせすぎて壊れかけてることも承知しています」
ルナの中で、言い知れぬ怒りが沸き上がってきた。
「壊れてるとか言ってんじゃない、軍曹っ! 私は元予備兵のマキエだけど、今はこれでも准尉だっ! アキトはガキでもっ・・・中尉殿だぞっ!」
天幕にルナの怒鳴り声が響いた。
ルナの激怒した表情に、その場の全員が姿勢を正し直立不動で対峙した。
「でも、もう誰にも頼れないんだ。うちの上官たちは前線の維持さえ出来るかどうかでずっと会議中なんだ。この子たち助けてやってよ・・・」
ルナを迎えに来た小隊長が、悲しげな顔で言った。
「都合の良い時だけ、頭下げるんだな抜刀隊は・・・・」
ルナの中にわだかまりがあった。
一生消すことの出来ない嫌な記憶が、抜刀兵や軍人にはある。
戦場で戦う仲間である前に、予備兵としての、あの時の事が頭から消えない。そして、それなのに・・・・と思うのだ。
この気持ちは誰にも分からないと思い。このまま帰ろうと考え始めたところで、柏木中隊長が妙に女の表情で一歩前に進み出た。
「ごめんなさいっ・・・あなたのことは、私、覚えてる・・・・よく覚えてます・・・」
柏木の瞳が涙で潤んでいた。
ごめんなさい。と言ったとたん、抜刀隊長の瞳から大粒の涙をボロボロと流し始めた。
「た、隊長?」
「は、はぁ?・・・」
「ど、どうしたんっすか?」
300人の抜刀隊を束ねる中隊長である。部下を助けるために、ゾンビの大群に突撃したという武勇伝を数知れず残した抜刀術達人の、予期せぬ涙と号泣に部下たちは元よりルナも驚かされた。
大粒の涙を流し少し肩を落として抜刀隊中隊長は話し始めた。
「よ、四年前っ、あなたの予備兵着任を拒否したのは、うちの大隊長です。そして、大隊本部から追い出されたあなたが、本部正門で・・・・あの時、私、正門の当番兵で会ってる・・・・あなたの、あの時の顔は記憶にずっと残ってます・・・・」
嫌な記憶だった。
高官専属の戦略級予備兵として育成されていたルナだったが、些細な誤解から戦術級予備兵に降格され、タイミング悪く大きな戦闘があったため、14歳という若さで彼女は最前線佐官付き予備兵として前線送りとなったのだった。
高貴な魂の宿る美少女を好むと考えられるバンパイア。その習性を利用し優秀な軍人や貴族を奴らの魔の手から救うことが、「予備兵」の役目であった。
簡単に言えばバンパイアに襲われた時の身代わりなのだが、前線では逆に解釈して「予備兵」の配属を拒否することがあった。
美人過ぎる「予備兵」はバンパイアを呼び寄せると、考える軍人が多かったのだ。
惨めで、薄汚い記憶だ。
14歳で初めて訪れた城塞の外は、腐敗臭で息をするのもためらわれた。
戦略級予備兵トップのプライドがあった。
しかし、おぞましいゾンビと対峙する最前線は、その雰囲気だけでルナを怯えさせた。
そして、そんな場所で、彼女は引き合わされた軍人に着任拒否を告げられた。
「お前は、いらない」
ただ、そう告げられ、14歳のルナは大隊本部から追い出されたのだ。
最後のプライドだけは捨てられず、「助けてください」と言えないまま正門前に座り込んだ。
「14歳の私は簡単に見捨てたのに、兵学校の学生は一丸となって助けるんだ・・・」
ちょっと、あきれたといった感じで笑みが浮かんだ。
あの時の、思い出したくもない記憶がわきだしてきた。
「ちょっと、ルナっ。あたしら友達じゃん。ていうか、何でそんなこと今まで教えてくれなかったの?」
迎えに来た抜刀隊女子が、驚きと困惑の表情で彼女に迫ってきた。
「私はあんたたちを友達なんて思ってない。話してたのは、単に情報収集。ただそれだけ」
「はぁ? マジ・・・・ひどいよルナ・・・・だって、私が生体ゾンビに囲まれた時に助けてくれたのはあんただよっ」
「それが仕事だ。そういう任務だろ。それに生体ゾンビをぶっ殺してあんたと私を助けてくれたのは彼女たちだ・・・」
助けに飛び込んで一緒に死にそうになった。
ただ、がむしゃらに鉄パイプを振り回して助けに入っただけだった。何かを考えていたわけでもなく、ただ、叫びながら生体ゾンビに立ち向かった。
「そ、そう・・・でも・・・。私はあんたがいたから生きてるっ・・・ありがとう・・・助けてくれてありがとうっ・・・」
脳天気で明るい彼女は、ルナの手を握り泣き出してしまった。
「何だ? 二人して泣き落としか?」
普段絶対泣き顔など見せそうもない2人が、ルナの前で泣いている。
妙な風景だった。
14歳の時、こうやって女の子として泣けばよかったのか? そう思った時、人影が動いた。
斜め前に立っていた学生服を着た女子がルナの前に出た。
「ワンガン兵学校抜刀隊をひきいています。美山紫音と申します」
日本刀を左手に握りしめ、美山紫音は敬礼した。落ち着いた表情で話始めた彼女の瞳に、涙が浮かんできた。
「鬼月准尉殿にはご迷惑だということが分かりました。でも、でもっ、お願いです。私の友達に生きるチャンスをください。後生ですから、どうか助けてくださいっ。私の同級生をっ・・・わたしの友達を助けてくださいっ・・・・」
何度も何度も、お願いしますと頭を下げる紫音も泣いていた。
あの時、ルナが言えなかった「助けてください」という言葉を、彼女たちは口にしていた。
友達を助けたい一心で言っているのだと思うと、少し羨ましくなった。
「チャンスか・・・・そこの泣いてる隊長にはチャンスをもらえなかったけど、水はもらった記憶がある」
記憶がよみがえった。
あの時、おびえが絶望になり、絶望から憤りが怒りに変質して立ち上がった。そんなルナに若い女が水を手渡してくれた。
フッと笑みが浮かぶ。
「す、すまない・・・」
「いや、皮肉で言ったんじゃないよ。三日間正門前に居座って、最後にあんたから手渡された水は美味しかったのを覚えてる。その後、生きるために歩きだして、そしてガナフ中隊に出会ったんだ」
少し顔をあげ、遠い目でルナは中空を見た。
最前線で途方に暮れたあの時の寒々とした記憶が心に刻み込まれている。
「私も、当時のガナフ中尉にチャンスをもらった。だから、今、こうやって生きてる・・・・ガナフのおっさんにセシリーを紹介されて・・・・アキトに拒否られて・・・・」
ルナは自分に言い聞かせるように呟き、大きくため息をついた。
「はぁ・・・・」
気は進まなかった。
「じゃあ、生きるチャンスをくれるかもしれない・・・ヤツをとりあえず紹介したらいいんだな・・・・・」
少し小首を傾げつつ、ルナは言った。
「何か、まだ問題が?」
中隊長の問いかけにルナは眉をひそめた。
「いや、あいつ、こんな話は基本的に相手にしないと思うんだけど。そもそも、私の時は速攻拒否られたし」
「えっ! すぐ予備兵になったんじゃないの?」
そう驚いて突っ込んできたのは知り合いの小隊長だ。
「ああ、基本的には、押しかけ予備兵みたいな?」
「なんで、疑問系なんだ?」
「い、いや。そもそも、ちゃんとした予備兵として扱われていたのかも、自分でも不明だし」
「だって、いつもアキトのそばに控えてたんだろう?」
「ん? アキトのそばにいるセシリーにくっついてたから・・・」
「でも、戦場に出るときは、セシリーじゃなくてアキトのそばにいたって聞いたわよ」
中隊長が割ってきた。
「ああ、だって私って戦闘能力低すぎて、戦場でお荷物1号とか呼ばれてたかな。ちなみにアキトはツカエネー1号ね」
「そ、そう・・・」
「は、はぁ?・・・・」
「ふ、ふうぅぅぅぅんっ・・・」
ルナはアキトなんかより、ぜんぜん私は使える女なんだと言いたかったのだが、抜刀隊女子たちには全く伝わっていなかった。
「ま、まあ、これで、また一歩前進したわけだし」
その副隊長の言葉に生徒会長が頭を下げた。
「あ、ありがとうございますっ・・・」
「無理言って、ごめんねっ・・・・」
生徒会長と中隊長は、涙ぐんだ美貌に何とも言えない笑みを浮かべて、ルナの手を握ってきた。
「い、いや。だから、アキトがだな・・・・・」
女ってヤツは、なんでこう人の話を聞かないのだろう? とルナは思う。
「アキトに会ってどうするんだ?」
「お願いします」
生徒会長は真顔で答えた。
ノープランなの・・・・・
「そんなの作戦にもならないだろう。そもそもお願いするなら、ここの上層部にお願いしろ」
そう言ったルナの言葉に、抜刀隊員全員が一斉にため息をついた。
「うちの方面司令部は、もうダメダメです。それに臨時だし」
情報収集専門の連絡兵が駄目だしすると、生徒会長以外の全員がうなずいた。
「いや、それはそうだが・・・・」
実のところ、前線から近い場所に避難しているのであれば、自力脱出させて前線から援護すれば何とかなるのではと思う。
なにせ、アキトの中隊を動かせば、とんでもない大騒ぎになるのは、目に見えていた。
「ねえ、どうしたらいい? それも、ルナに聞きたかったんだ。アキト攻略の極意」
顔見知りの抜刀兵が、ルナの腕に手をからめて言った。
相変わらず、なれなれしい女だ・・・・
「はぁ? 全部あたし頼り?」
抜刀兵たちが、ウンウンとうなずく。
「最低だな・・・抜刀隊・・・・」
本音が出た。
「いや、そもそも、アキトの存在自体が私たちには理解不能なんで」
アキト中隊が戦場を席巻する姿は、前線で戦う人間にはお馴染みだが・・・・
「そうなの? 前線の上層部や正規兵小隊長レベルには異常に受けがいいのにな? アキトが前線に出てくるとオッサンたちがワーッて寄ってきて大騒ぎになるし。本人は露骨に嫌な顔してもアキトは照れ屋だなぁ、とかいいながらみんな力一杯抱きついてくる」
「あーっ、その光景は一度見たことあります。不思議な光景でした。てっきり、何かのお祝いかと思ったら、先輩があれが殲滅のセシリーの御主人様だと教えてくれた」
「ある意味、ゾンビに襲われてる光景に近いような・・・」
クスクスと笑いがおこる。
「しょうがない・・・・とりあえず連絡してみるか」
端末を取り出しルナはアキトに発信した。
しかし、呼び出し音だけがむなしく響いた。
「ていうか、アキトが壁の向こう側にいるなら電波届かないだろ?」
副隊長が突っ込んできた。ちょっと、しゃべりが馴れ馴れしくなってきている。
周りもウンウンとうなずくが、ルナは少し自慢げに言った。
「ふんっ。アキトくらいヤバゲな奴になると、端末も回線も特殊なのよ。あいつの端末、海外にもつながるんだ。会話は全部日本語だけど」
しかし、出ない。
アキトと端末で話す機会など、数えるほどしかなかったので、着信拒否かよ? とか勘ぐってしまう。
「何で出ない。バカアキト」
イラっとして毒づくと、左腕に抱きつくようにしてくっついている抜刀女子が言った。
「寝てんじゃね?」
「あいつ、暗い時間は絶対に寝ない」
「じゃあ、何で?」
腕に抜刀女子の胸の膨らみがぷにょぷにょ押しつけられて、ウザイ。
「あっ!・・・・」
頭の中で閃いた。というか思い出した。
「な、何ですか?」
「ごめん、私の端末が普通の軍用だからだ。予備兵の時は、アキト中隊の端末使ってたから・・・今は普通の将校用端末だから、壁の向こうに電波届かないんだ」
何だ、着信拒否じゃないんだ。とちょっと安心したが、まわりの女どもの顔がこわばっている。
「ど、どうするのよ?」
真剣な顔で柏木中隊長が言った。
「いや、どうしようも、できないだろう?」
事実を、そのままサラっと言ってみた。
「えーっ!」
抜刀兵全員が声をあげ、生徒会長の顔から血の気が引いていた。
ルナを中心に、テントの抜刀隊員全員が彼女を見詰めていた。
「そんな目で見るなよ・・・・」
すがるように見られても迷惑だ。
「何とかしてよ、ルナ」
「何とかするって・・・・」
基本的に何ともしようのない状況だ。それなのに、全員がルナを潤んだ瞳でみつめている。
取り囲んだ一番外の若い抜刀兵など、なぜか両手を合わせて拝んでいる。「ナンマンダァ、ナンマンダァ」と変な言葉を呟いている。
全員がルナを見詰める中、彼女は目を閉じて少し考えてから、大きくため息をついて言った。
「わかったわ。朝一で私がこいつと一緒に、アキトに会ってくれば文句ないでしょう?」
意を決し、ルナは生徒会長を指さして言い切った。
「マジ?」
「やったーっ!」
「すげーっ! 完璧じゃん」
十代女子抜刀隊の活気づいた声が天幕にあふれだす。
しかし、ルナは思う。会うだけなんだけど・・・・と。
そんな中で、真正面に立った中隊長の柏木が真面目な顔で言った。
「いま、防衛戦の真っ最中だが、あなたの上官には何と言うのです」
「あ、それは簡単。アキトかセシリーに呼び出されたからって、言えば行くなとは言わないでしょ?」
「そりゃ、言えねえなぁ・・・・」
柏木の後ろに立った副隊長がウンウンとうなづいた。
「自分の部隊は大丈夫なの?」
柏木が新たな問題を提起する。部下を持つ同じ立場として、色々と気にかけてくれているのだろう。
「え? ああ、うちのヤローどもは全員百戦錬磨のおやじ達だし。女子はヒヨコだけど全員モデラーズAクラスなんで戦闘能力もAクラス。正直、一番使えないのがわたしかな? だから居なくても大した問題じゃないよ」
少し自虐的に貌をしかめつつ言った。
「すげーな。さすが渋谷迎撃戦の英雄がひきいるエリート部隊」
誰かが感心するように声をあげたが、ルナにとっては何か嫌みを言われているような気がした。
「はっ・・・・皮肉を言うなよ」
「い、いや、皮肉じゃないし。て言うか、渋谷迎撃戦のことはウワサでしか知らないんだ。みんな」
情報に精通しているはずの連絡兵がそう言うと、続けて副隊長が少し暗い顔で話した。
「ああ、あの時、私らの部隊は完全に敗走状態だった。本部防衛の命を受けて一度は本部に集結しようとしたけど、既にゾンビの大群に包囲された後だった」
副隊長の瞳から精気が消えていく。
「斬り込んでみたものの、あっさり押し戻されて、あとはもうただ敗走・・・・」
何人も部下を失ったのだろう、副隊長の言葉が詰ったところで別の小隊長が話し続けた。
「敗走しては部隊を再集結させて、再度の反撃を試みては失敗してって感じの連続」
抜刀隊員たちは前回の悪夢を思いだし、どんどん表情が暗くなっていく。
「今のこのあたりに第二戦線を構築すべく集結をしていたところで、目の前をリナたん重戦車が信じられないスピードで突出していったんだ」
そう話した抜刀隊分隊長の瞳は涙でうるんでいた。
「あたしなんか、その光景を見ただけで泣いたよ・・・・死なずに済むんだって・・・・ゾンビにならずにすんだって・・・・」
抜刀隊員たちの顔は同じように神妙な面持ちだった。みな同じ気持ちなのだろう。
「見たのはそれだけだ。そして前線から、あの数回におよぶ大爆発と砲撃音が響き渡ってきたんだ」
当時の状況を副隊長がそう締めくくると、腕に抱きついて離れない小隊長が瞳を輝かせてルナを見た。
「凄かったよな。ルナはあそこに居たの?」
「いたって言いたいけど、実は連絡兵としてガナフ少佐のところに行ってたんだ」
「ああ、じゃあ援軍を連れて颯爽と乗り込んだって訳だ」
「んな訳ないじゃん。そもそもガナフ戦車中隊って、元は治安維持軍なんだし大した戦車を使ってる訳でもないんだ」
そう言ったルナの言葉に、全員が小首を傾げた。
「どいうこと?」
「どういうことって、所詮治安維持軍の戦車なんて、この戦争では棺桶と同じなんだ」
「はぁ?・・・」
「ゾンビも、生体ゾンビも、バンパイアも、みーんな殲滅掃討された後で、私らはノコノコ出て行ったんだよ」
少し肩をすくめながら、ルナは渋谷迎撃戦の真実を話した。そもそも、最大の激戦地で何が起こったのか彼女は知らない。
「完全に決着がついたところで、私たちは到着したのさ。自爆ゾンビも完全に掃討された状態で、アキト中隊ビアンカとモデラーズ兵に周囲を守られて渋谷方面軍本部前に到着したんだ」
あの時の、特別な雰囲気をルナは忘れられない。ただの勝利とは何か違って、妙な雰囲気があった。解放した方も、救助された方の軍上層部たちの顔も、ずっと緊張した表情が消えなかった。
「で、本部にはガナフ少佐と私の乗った戦車が一番乗りして、それで、変なウワサになった訳」
渋谷迎撃戦の英雄として、ルナもガナフも昇進した。そして、ネットニュースでは、殲滅騎士団がその栄光と名誉を独占する情報があふれだしていた。
「でも、それで准尉になれたんだし、良かったじゃん」
超軽いノリで言われ、イラッとしてしまう。
「はぁ? 邪魔だから体良く追い出されたんだよ。まあ、しょせん私は役立たずのマキエって訳だ」
4年弱生死を共にしてきたビアンカ中隊を追い出されたのだ。何か納得できないわだかまりがルナの中にあった。だが、そんなことなどお構いなしに、目の前に立つ生徒会長が間抜けな質問をしてきた。
「あ、あのっ・・・・マキエって何ですか?」
いま、そんなこと質問してるとこかよ? と空気の読めない生徒会長を睨みつけようとしたが、すぐに周りの抜刀兵たちが反応してきた。
「はぁ? 生徒会長はマキエを知らないのか?」
「へーっ、案外生徒会長は育ちが良いとか?」
若い抜刀兵が少し好奇の目で生徒会長の美山紫音を見た。
「い、いえ、そんなことはありません。ただ、私も数年前、中等部で先生達からマキエに使えそうとか言われたことがあります・・・・」
「あーっ。まあ、確かに生徒会長なら行けそうだな。ははっ・・・・」
顔を見合わせ、抜刀隊員たちは笑顔を引きつらせた。そんな彼女たちを制しながら、副隊長が説明した。
「ひどい教師だな。マキエってのは魚をおびき寄せる撒き餌のことで、この場合はバンパイアを呼び寄せる撒き餌ってこと。要は予備兵の隠語だな。元々は予備兵自体が隠語だったらしいんだけどな」
そう言った後で、副隊長はルナを見て言った。
「美人って大変だよね。こんなご時世だと」
どうも、この副隊長は何かトゲがあるが、そんなことを考えても仕方ない。ルナは視線を美山紫音に向けた。
「おい。学生」
「はい。鬼月准尉っ」
「とりあえず、少しだけ打ち合わせをしておこう。夜が明けたら城塞通過手続きに行くからな」
「は、はい。ありがとうございます」
学生の顔に希望が見て取れる。しかし、そんなに期待されても困るのだが・・・と思いつつ、ルナは彼女を天幕端の椅子に座らせて、お互いの情報精査を始めた。
救難ビーコン受信データをコピーし、自分の端末で救出ポイントを確認する。
「明日引き合わせるアキトは、正規国防軍中尉様だ。まあ生まれながらの職業軍人なんだが・・・・ちょっとヘタレで人見知りでヒキコモリだな」
アキトの人となりを少し説明すると、横から茶々が入った。
「ヒキコモリってなんだ?」
横から抜刀女子が話しに割り込んできた。めんどうくさい連中だ。
「ヒキコモリっていうのは、バンパイア戦争が始まる前の生活習慣みたいなものだ。城塞都市に立て籠もってるのと同じようなニュアンスだな」
「はぁ? なんかよくわかんないけど、ルナって賢かったんだな。ちょっと見直した」
「はあーっ! 私をどんな目で見てたんだよ?」
「いや、てっきりドジで使えない駄目な子かと・・」
「お、おい。お前が、おバカな子だろう?」
ルナを駄目な子呼ばわりした抜刀女子に向かって、他の女子たちが怒った視線で一斉に睨みつけた。
「ルナは戦略級予備兵候補生だったんだぞ。そんなもん、ただ美人なだけじゃなくて中身も、お前の十倍は知的でお上品にできてるんだ」
「まあ、アホの子は無視して、話を続けてくれ」
横から話に割り込んできた抜刀女子の首根っこをつかみ、副隊長が彼女をどこかに連れて行ってくれた。
「この際、ハッキリ言っておくが、アキトのことはあまり詮索しないことだ。ハッキリ言って、軍事機密の塊みたいなガキだからな」
「軍の中でも、特別な存在なのですか?」
生徒会長が困惑した顔で尋ねてきた。
「ああ、今時の軍の組織なんて、ガチャガチャなんだよ。後方の憲兵軍や治安維持軍にしても、その中で色々な派閥や諜報組織がお互いを牽制しあって勢力争いを繰り広げてる」
「しかし、アキトのことが分からないと、口説きようもないわよね?」
そう話に割り込んできたのは、柏木中隊長だった。
「まあ、確かにそうだけど。かといって、私がペラペラ喋るとでも思うのか?」
そう睨む視線を柏木中隊長に向けると、彼女は少し首をすくめてさらに言った。
「多少は、何かアドバイスしてあげないことには、あなたもアキトに会いに行くだけ無駄ということになりませんか?」
「ま、まぁ、そうだけど・・・・・」
アキトを紹介すると安請け合いしたことを、ルナは少し後悔していた。
彼には敵が多かった。
アキト中隊の驚異的な強さが、ゾンビ以外の敵を作り出していた。
彼の主たる敵対勢力は、憲兵軍とその諜報部関連組織と、そしてバンパイアであった。
ここの抜刀隊が憲兵軍に操られていないという確証は無い。そして、後方の兵学校生徒を操ることなど、憲兵軍には造作も無いことだろう。
「なぁ、後方予備戦力である兵学校の抜刀隊が、なぜあんなところにいたんだ? そもそも今回の渋谷方面軍司令部急襲は、完全な奇襲だったから、上からの出動命令など出てないはずだ」
その問い掛けに、美山紫音の口から思いがけない答えが返ってきた。
「華族重装殲滅騎士団から出撃命令を受けました」
「そ、そうか・・・・・」
華族重装殲滅騎士団と聴き、余計に疑心暗鬼となってしまう部分もあったが、反対に憲兵軍との関係は払拭された。
「後退する華族重装殲滅騎士団を追ってきたゾンビの集団と戦闘になりました。そして、ゾンビの大群を押し戻せず、部隊を寸断されてしまいました」
ゾンビとの戦闘を思い出しているのか、美山紫音の唇は震えていた。戦闘経験の少ない人間には、ゾンビの集団との対峙は地獄絵図だっただろう。
しかし、そんな学生の心情など気にしてはいられない。ルナはさらに質問した。
「それで、戦死した学生はどれくらいだ?」
「ご、50人は下らないと・・・・お、思います・・・」
膝に置かれた紫音の手が震えていた。
「ちょっ、ちょっと待って。なぜ、そんなことを聴くのです?」
助け船を出すように、柏木中隊長が話に割り込んできた。どいつもこいつも、抜刀隊は面倒臭い女ばかりだ。
「邪魔をするな。こいつがアキトをハメようとしてるかもしれないだろう?」
「は、はぁ?」
「そ、そんなっ・・・」
生徒会長と中隊長は驚きの表情でお互いに顔を見合わせ、抗議の表情をルナに向けてきた。
「ちなみに、ここの抜刀中隊も共犯でないことを願うがな」
少し小首を傾げて、ルナは意味ありげな微笑みを浮かべた。
「そ、そんなこと、あり得ない。な、何を言い出すのです」
柏木中隊長が困惑の表情で一歩前に出た。少し声のトーンが変だ。
「そうか? アキトの名前が出てきたところで、もう怪しいのさ。アキトの部隊ってのは、それだけヤバイ部隊なんだよ」
「い、言ってる意味は・・・分かるわ・・・・・」
「は、はぁ? 隊長、わかるんですか?」
柏木の言葉に、近くにいた小隊長が声をあげた。
「ええ、彼の武力は強大なのよ。バンパイア信奉者や、現状を維持したい連中には、とてつもない脅威なのよ。だから、彼を何とかしたいと考える連中は数え切れないほどいるというウワサだわ」
その場で聴き耳をたてていた全員が顔を見合わせている。
「言っておくが、この女がアキトをハメようとしたら、この中隊全員が殲滅のセシリーにぶっ殺されるからね」
「ま、マジ・・・・・」
ルナの脅しに抜刀隊女子たちの視線が、美山紫音に向けられていた。
「ち、誓って、何かを画策したり誰かに指示された訳ではありません」
抜刀兵たちの視線に、美山紫音は立ち上がって必死に喋った。
人の嘘や画策など分かりようも無いが、とりあえず脅しというか、最低限の牽制くらいはしておきたかった。
「殲滅のセシリーが、なぜ味方殺しとして有名なのかわかるか?」
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・さあ?」
抜刀隊女子達は答えなかった。
「フレンドリーファイアーで間違って殺してる訳じゃ無い。単純に、友軍から攻撃されたから反撃してぶっ殺してるだけのことなんだよ」
「ま、マジッすか・・・・」
「じゃ、じゃあ・・・・」
抜刀女子たちは、ルナを見た後に紫音に視線を向けた。
「そうだ、その女が何かやらかせば、お前ら全員アキトの敵ってことになるんじゃないか?」
「ちょっ、ちょっと待って。アキトやセシリーの話を始めたのは私たちの方で、生徒会長はアキトの存在自体を知らなかったわ・・・・」
柏木中隊長が慌てて、事の細かな経緯を説明した。
ワンガン兵学校抜刀隊と第78女子抜刀隊の関係から、生徒会長が救援要請に訪れ、アキトに救助を依頼するしか手がないと思い至った経過を話して聴かせてくれた。
「ふーん・・・・そうか・・・・そういう話の流れか、了解した。じゃあ、少しアキトのことを話しておくよ」
「へ?」
「ど、どういうこと?」
「な、何?」
「もう、納得したのか?」
軽い調子で「了解」を告げると、真顔で集まっていた抜刀女子たちが、意味不明だと文句を言い始めた。
「なによ?」
「い、いや。なによじゃないっしょっ!」
「ああ、今の話の流れだと、スパイ疑惑か暗殺者疑惑があるような話しぶりだったし・・・・」
「ああ、そんなのは日常茶飯事だから。そもそも私なんかに、スパイだ暗殺者だ、バンパイアだなんて見分けられないからね」
「は、はぁ! それじゃあ、どうするの?」
「いや、どうもしない。とりあえず一通り情報は収集したから、後はアキトが考えるわ」
ルナの台詞に抜刀隊全員が呆れたといった表情を浮かべたが、生徒会長の瞳に明るさが灯った。
とりあえず漠然としたアキトという人物の説明をしてから、ルナはさらに話を続けた。
ちなみに抜刀隊女子たちが、一番食いついた情報はアキトの年齢が14歳だというところだった。「14歳なら、もう大人だよねぇ」と言った誰かの言葉を聞き流しつつ、ルナはアキト攻略の核心部分を話始めた。
「まあ、アキトを手っ取り早く確実に動かしたいなら、何らかの報酬を与えるというのが確実なんだけど」
「報酬って、金銭とかそんな感じなのでしょうか?」
美山紫音は困惑した表情でルナを見た。バンパイア戦争が始まってから70年、国家という概念が無くなり、生活の全てを城塞都市を支配する華族の命令によって決められる世界である。
人々の生活は配給でまかなわれ、お金を使って何かを購入するということは無くなっていた。
近年、若者たちの間で話題になっている「自由市民」も、城塞都市の配給券が通貨のかわりになっていた。
「いや、そうじゃない。詳しくは話せないけど、アキトはたった一つの目的のためにずっと行動してる。だから、その目的に有意義な代償を支払えば動いてくれると思う。たぶん」
「どんな代償ですか?」
「うーん、そこだけど。アキトが兵学校になんか入学したというところで、何か交渉的なことが出来ないかと思うんだが・・・・」
「思うんだがって、それで?」
気の短い抜刀女子が突っ込んでくる。
「いや、そもそも、何でアキトが兵学校に入学してるのかが、全くわからないから・・・・」
「お聞きしてないんですか?」
小首を傾げたルナに、真剣な顔で生徒会長が尋ねてくる。
「ああ、ちょっと前にアキトの予備兵から正規兵に変わったからね。それから死にそうなくらい忙しくって過労死寸前なんで、あまり会ってないしなぁ」
実は、一応の話は聞いてはいた。「休暇ついでに後方の兵学校でマッタリしてくるねぇ」というのが、アキトがルナに言った全てだ。さすがに、そんな話は信じられなかったし、それを、ここの連中に話しても仕方ないだろう。
「ただ、何かの目的で兵学校に入学したんだろうから、そのあたりで後々役に立ちますよアピールしてみてもいいかもしれないな」
「そ、そんなことで、大丈夫でしょうか?」
美山紫音の表情が強ばった。
「まあ、ただ単にお願いするより、いいんじゃない?」
ルナはかなり軽く言った。アキト中隊で最前線を飛び回っていたためなのか、最近では物事を真剣にとらえないようになっていた。
「い、いや。何かもっと、ちゃんとした作戦とか無いの?」
「そんなんじゃ、絶対駄目だろう?」
話を横で聞いていた抜刀兵女子が、ガヤガヤと言い始めた。
まったく面倒臭い女どもだ。
うるさい抜刀女子は無視して話を続ける。そもそも、アキトの情報などペラペラしゃべれるわけがない。
「まあ、そうだな。アキトと一緒にセシリーが居たら、私からセシリーにお願いしてやるから」
ルナがそう言った途端、抜刀兵数人が同時に声をあげた。
「あっ! ルナはセシリー派なのか?」
「あんた、ガナフ戦車中隊と仲良いんだから、当然リナたん派と思ってたのに」
「お前ら、セシリーの顔とか知らないだろう?」
自称「リナたん派」女子が小首を縦に振った。
「リナ派ってヤツは、ドジっ子ですと言ってるようなものだぞ」
「何でだよ? ガナフ戦車中隊も、みんなドジっ子なのかよ?」
頬を膨らませ若い分隊長が顔を近づけてきた。
「ああ、あいつらは、ドジっ子戦車隊だよ」
「はあっ!? ど、ドジっ子戦車隊とか言ったしぃ」
「ふん。どうせヘマやってゾンビに食われそうなところを、リナに助けられたんだろう?」
「な、何で知ってるんだぁ!」
「そりゃ、リナがそういうビアンカだからさ」
「どういうこと?」
「うーん・・・・ビアンカ最終生産型タイプリナは、人を助けるという行動抑制ができないんだ」
「はぁ! ど、どういうこと?」
「大切な任務中でも、近くで人間が危険な目にあってると助けずにはいられない体質なのさ」
「あっ! だから私も助けてもらえたのか・・・・」
「そう、ドジっ子戦車中隊も、リナに助けてもらったのさ」
「ちなみに少し矛盾する話だが、そもそもタイプリナというのは対人間攻撃用に生産された個体らしい・・・・・」
「はぁ? 言ってる意味がわかんね・・・・」
「スマン、話がそれた・・・・・」
ここの連中に、人類の内輪もめを話してみても仕方の無いことだ。
「何にしても、朝一で兵学校に行ってアキトにお願いするしかないってことだな」
「なぁ・・・・」
真面目担当小隊長がボソリとつぶやいた。
「今度は何よ?」
「この戦況で、ゲートを通してくれると思うか?」
「あっ・・・!」
ルナ以外の全員が声を上げた。
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2119年4月2日 午前7時15分
ホワイトゴールドゲート第一ゲート守備隊司令室
国防軍ホワイトゴールドゲート守備隊司令官一条中佐は、「朝一番の来訪者」の報に困惑させられていた。
スクリーンには、ゲート前に立つ美女二人が映っている。
一人は兵学校の学生服、このさいあまり問題は無い。しかし、もう一人の准尉の美貌は、この司令室全員から守備兵全員が覚えていた。
「なぜ、この一大事に、この女はやって来たのだ?」
中佐は、身を乗り出して小首を傾げた。
その場にいた将校や兵士達も、上官の言っている意味を漠然と理解していた。
モニターに映る美貌の准尉は、最近でこそ「渋谷迎撃戦の英雄」とのうわさもあるが、それ以前からの彼等の認識では、あの最強最悪のビアンカ中隊のルナであった。
バンパイアの世界と人類のわずかな生存スペースを隔てる城壁のゲートは、城塞都市防衛の基礎であり、そこを守備する部隊は最強の防衛部隊が配備されていた。
その最強のエリート部隊という誇りも、あのビアンカ中隊を前にすると、無意味な見栄のようなものなのだ。
ゲートの守備隊には国防軍から独立した命令系統がある。絶対の命令は、戦闘時におけるゲートの封鎖であった。
城塞の外にある国防軍防衛線が崩壊の瀬戸際にあるとの連絡を受けたところに、この女は現れた。
「第二ゲート憲兵軍にも、映像は流れているだろうな?」
問い掛けに、通信兵がうなずいた。
「どういたしますか?」
甲高い声で若い副官が尋ねた。あまりに馬鹿げた質問だ。
「どうするもないだろう? 通すだけだ」
お前は馬鹿か? という視線を向けたが、副官はさらに続けた。
「よろしいのですか? 相手は国防軍の、ただの准尉ですが」
「はっ・・・・そのただの准尉が、誰かに会いに行くのだろう? 今、このタイミングだぞ。通すことが最善策だ」
「しかし、軍規が・・・・」
「軍規に照らせば、昨日逃げ帰った殲滅騎士団を通したことも違反だと思うが、君は何も言わなかったな」
「・・・・・・・・・・・」
「私はな、華族なんかよりブロンドのお嬢ちゃんの方が、よほど恐ろしいのだよ。後ろの憲兵軍守備隊も同意見だと思うぞ」
一条が意味ありげに笑みを浮かべたところで、別モニターをチェックしていた下士官が声をあげた。
「第二ゲート通用門オープン。第二ゲート憲兵軍、通過許可を出しています」
「ハハっ。尻尾を振るのが早いな憲兵ども。第一ゲート通用門を開けろ。お姫様のお通りだ」
「了解しました」
老練な下士官が一条の命に答えて、命令を守備隊に伝えた。
「守備隊に通達。ゲート通用門を開放。守備隊は速やかに照準を外して交戦の意思がないことを示せ。繰り返す、狙撃手及び重火器操作要員は銃口を決して向けるな」
正面ゲート脇の通用門が開けられ、鬼月ルナ准尉と兵学校生徒が門を抜けていった。
18歳前後と思われる若い女二人が通り抜けるというだけで、一条以下守備隊司令部の面々は息をのんで見守った。
ビアンカ中隊がらみというだけで、どんな災難がおこるか分かったものではなかった。
最近では、ビアンカ中隊やあの重戦車を目にすれば、守備隊兵士達も何も言わず銃口を下げるようになっていた。
しかし、過去には、おもしろ半分にレーザー照準を合わせた監視塔が、対戦車ライフルで吹き飛ばされた事件を引き金に、大規模な戦闘に発展したこともあった。
戦争慣れしたビアンカ中隊の一斉攻撃に、守備隊の半分が戦死した不幸な事故があったのは、数年前のことであった。
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