第4話 ワンガン兵学校

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    美山紫音のターン


登場人物 美山紫音 17歳 


 ワンガン兵学校抜刀戦術科3年生。

 ワンガン兵学校生徒会長。

 ワンガン兵学校抜刀術序列2位。

 抜刀術の技能は西村麻衣に及ばないが、柔らかな雰囲気の統率力と的確な判断力には定評がある。

 前線で孤立した同級生救出に奔走している。


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 2119年4月2日 午前7時56分



「交戦アラート2の状況で、これほど簡単に城塞内に戻れるとは思ってもいませんでした」

 首都圏城塞都市は外部城塞部分と、その内側に築かれた内部城壁の二重の城壁により、ゾンビやバンパイアから守られてた。

 城塞都市内部につながる2つのゲートは、外周部を国防軍が管理し、内側の内部城壁ゲートは治安維持軍と憲兵軍によって固く守られている。

 外部からのバンパイアやゾンビの侵入を極端に恐れるあまり、外から城塞都市に戻るには極端に厳しいチェックと無駄とも思える確認作業が延々と行われることが常であった。

 それなのに、大規模な戦闘の真っ最中でありながら、紫音は鬼月ルナと同行しているというだけで、国防軍の検問はおろか、憲兵軍の検問までノーチェックで通過できたのであった。

 さすがは「渋谷迎撃戦の英雄」だと感心したが、彼女の中で色々な矛盾が生まれていた。

 細かなことは別にしても、憲兵軍のゲートも難なく通過できたことに納得できないものがあった。

 昨晩の話しぶりからすれば、憲兵軍は敵と同じような言い草だったはずだ。

「憲兵軍ゲートが、あれほど簡単に通過できるとは思いませんでした」

 紫音は少し探りを入れるように、美貌の准尉に話しかけた。

 この准尉にしても、アキトと呼ばれる中尉にしても、本当のところは何も分かっていないのだ。

 それゆえ、話の内容につじつまが合わないことが気になった。

「ん? ああ、憲兵軍ね。あそこのゲートはしょっちゅう使ってるから私の顔を覚えているのさ、連中は」

「か、顔パスということですか?」

「私はアキトがらみだからね。痛い目は見たくないんだろう」

「は、はあ・・・・・」

「憲兵軍とも、表向きは手打ちが済んじゃいるんだ」

「て、手打ちですか?」

「ああ、憲兵軍と言っても色々いるのさ。で、アキトが一番やりあってるのは、バンパイア信奉者が裏で糸を引いている一部の憲兵軍ってことだ」

「あ、あの、「主義者」と戦っているのですか?」

「あれーっ? 君は「主義者」について知っているのかい?」

「そ、それは、ウワサだけですが・・・・」

 紫音は嘘をついた。

 バンパイア主義者とは、元々憲兵軍そのものを意味していた。そして、憲兵軍は60年前の創設時からずっと、「魔女狩り」と称したバンパイア狩りを公然と城塞都市内部で続けていた。

 ただし、この憲兵軍による「魔女狩り」は、本物のバンパイアを捕まえる訳ではなく、バンパイアが好みそうな女性を逮捕して、彼女たちをバンパイアに献上することで、自分たちを高位バンパイアの下僕にしてもらうことを目的とした組織であると教えられていた。

 これらのことは、一般の人間には知らされておらず、一部華族階級や軍人だけが知り得た情報なのだ。

 その事を知っているということは、紫音がただの学生では無いということを教えてしまったことになるが、准尉はそのことを追求してはこなかった。

 主義者と真っ向から戦っている人間がいることに驚くと共に、紫音の期待が一気に高まった。

 ゲートを抜け城塞内部に入ると、そこは一転してプレハブ製の雑多な建物が林立する人の住む世界になる。

 首都圏城塞内部の人口は3千万人。

 ゲートから兵学校まで、徒歩で1時間ほどかかる距離だった。

 紫音は、それとなくアキトという少年の話を尋ねつつ、駆け足で兵学校に向かった。

 そして紫音はようやく彼の名前を教えてもらった。

 ビアンカ中隊指揮官の名前は古代アキト。

 しかし、そこで困った問題が出てきた。

 古代アキトという名前に聞き覚えが無かったのだ。

 生徒会長の紫音は、入校する生徒全員の経歴に全て目を通していた。

 抜刀科が女子だけということもあり、基本的に男子の入校生は少ない。

 単純に記憶に無いだけなのかもしれないが、一抹の不安を覚えたのも事実だった。

「壁の内側は、平穏だよな・・・・」

 城壁の内側では、まるで何事もないかのように若い女性が行き来している。男の姿はほとんど見られない。

 城塞都市は、バンパイア戦争以来70年間毎日ゾンビと戦っている。慢性的な戦闘員不足を超長期的に解決する方法として、華族階級以外の中等部を卒業した男女は、軍人軍属として戦場に出るか兵学校で訓練を受けるということになっている。

 そして、新しい兵力増強の手段として、妊娠した女性に限り出産した子供が幼年学校に入学するまでの間、城塞内部での安全な生活が認められていた。

 バンパイア戦争が始まり、家族という形態は以前のモノとは全く違う格好になっていた。父親という存在は消え、母と子がわずか5年ほど一緒に暮らすことが、ささやかな家族となった。

 最終防衛線の一部が瓦解し、ゾンビが迫っていることなど城壁内部に住む女性たちには伝えられていない。

「私は生まれも育ちも人口島エリアなんだ・・・・」

 ルナが呟くように話始めた。

 人口島とは、トーキョー湾を埋め立てて造られた大半の華族が住む巨大なコンクリートの要塞島だった。そこで生まれ育ったということは、ルナがそれだけで特別な存在だっということが分かった。

「14歳で戦術級予備兵にされて前線に行ったときの話は少しだけしたけど」

「は、はい」

「君も、どこか育ちが良さそうなので、少し気をつけた方がいいかと思う」

「どういうことでしょうか?」

「今から会いに行くアキトだけど・・・まあ、まだ本当にガキなんだ・・・だから・・・・」

「だから?」

「まあ、だから話し方もガキだし、かなりムカつくこともあるかもしれないけど、我慢しなってこと」

 そう言った准尉は少し不安そうな表情で言った。

「最終的には、あなた次第だと思う・・・・」

「私次第? ですか」

「ああ、あなたが、あの小生意気なガキの信頼を勝ち取って、そして、あいつを信じることが出来るか・・・・かな?」

 准尉の歯切れが悪かった。

「あいつの、言いそうなことは・・・」

「何か変な要求などでしょうか?」

「いや、それならいいけど、あいつは案外正論を吐くんだ。まあ、男なんで理路整然と話す。感情抜きに」

 ため息を吐きつつ准尉は続けた。

「で、今回のことで正論を言われてしまうと・・・・」

・・・・そうか、そうなると最悪だわ・・・

「臨時方面軍本部の連中と同じようなことを言うと思う」

 そう言った准尉の眉がキュッと上がった。何か怒ったような表情に豹変したのだ。

「私も、初めて会ったとき、無茶苦茶正論を言われてしまった。10歳のお子ちゃまに・・・・だ・・・・」

 嫌な思い出を愚痴った准尉はさらに続ける。

「私の時は、私ひとりのことだったし、アキトは無視してセシリーにベッタリくっついてるだけで何とかなったんだが、君は時間を無駄にはできないだろう?」

「は、はい・・・・・」

 午前9時過ぎ、二人はワンガン兵学校北門に到着した。

「案外、でかいな・・・・て、いうか、そういうことか・・・」

 兵学校の規模に、ルナが少し感心したようにつぶやいた。

 ワンガン兵学校の生徒と教官は、定員2千人。教員と学生寮だけでも10棟の大きな建物があり、廃墟を模した広大な演習スペースなども含めると、巨大な施設と言えるだろう。

 北門に近づくと、抜刀科2年次生徒が駆けてきた。

「お姉様っ!」

 紫音の単独での帰校に驚いているのか、少女の瞳は大きく見開いたままだった。紫音の前まで来て、彼女は同行の准尉に気づき慌てて敬礼をしてフリーズしてしまった。

 兵学校の生徒からすると、正規国防軍准尉というのは階級的に雲の上の存在に近いモノがあった。

「式は定刻通り?」

「は、はい。だと思います」

 兵学校の生徒にしてはあやふやな答えだった。准尉の同行に動揺しているのか?

「新入生は全員そろっているの?」

「はい。全新入生は、既に大講堂に入っています。入学式は予定通りだと聞いています。ただ・・・・」

「ただ?」

「それが、何か正門でトラブルがあったらしく、ここの他の当番兵は応援に行っています」

「トラブルって?」

「詳しくは聞いていません。至急正門に増援を送るように連絡がありました」

「そ、そう・・・・」

 紫音は一瞬思案したものの、現状の緊急性を考え行動するしかなかった。

 兵学校内で言うところのトラブルのたぐいは、この際無視するしかない。兵学校でのトラブルの大半は生徒同士のイザコザであった。

 特に4月は、幸せ教育で大人になっていない新入生の常識外れの行動が原因で、学内が混乱するのは年中行事であった。

 紫音は北門警備担当の2年次生に、最優先の指示を出した。大講堂におもむき、古代アキトという新入生を生徒会室まで連れてくるように、生徒会長として命じたのである。

「いいこと、古代アキトさんを新入生と思わず大切なお客様として丁重にお連れするのよ。頼んだわよ、くれぐれも失礼の無いようにするのですよ」

 子供に言い含めるように何度も念を押し、古代アキトを迎えにやった。彼が正規国防軍中尉であるということは、伏せたままであった。

「准尉、こちらに。あの建物に生徒会室があります」

 教職員センター棟に並んで建つ第一学生棟を指差した。

「ああ、しかし、教官や校長は無視していいのか?」

「あ、はい。教官たちは伝統的に実戦には口を出しません。教練なども自習みたいなものです。特に抜刀科に関しては歴史教育と政治教育を教えていただく以外は、自主訓練ですし、教官や校長は華族階級に準ずる人達ですから・・・・」

 そう紫音が簡単に説明すると、鬼月准尉は口元に少し笑みを浮かべた。

「後方は、相変わらずってことだね」

「は、はい・・・・」

 准尉の微笑みの真意は測りかねたが、城塞内部だけで生きている人間と、城塞外に出撃する人間には、その世界感が天と地ほどの違いがあった。

 城塞内部から外に出たことがない上流階級の人間や、中等部を卒業するまでの学生には、城塞内部はとても退屈で窮屈な世界であった。

 実のところ、紫音も中等部を卒業してこのワンガン兵学校抜刀戦術科に入学するまで、自分の死や世界の滅亡など、教科書の世界のように考えていたところがあった。

 しかし、予備兵力として城塞外部に足を踏み入れた瞬間から、この世界の本当の危うさを目の当たりにして世界感は一変した。

 それは、たった2年前のことでしかない。

「か、会長っ!」

「みっ、美山会長!」

 第一学生棟3階の生徒会室に入ると、室内には予想に反し生徒会役員2名がいた。本来なら入学式を取り仕切るため、役員は大講堂に全員行かなければならないのだが?

 3年生徒会役員の女子2人は、すぐに紫音に駆け寄ってきた。

「式に間に合ったのね。よかったわ」

「他のみんなも一緒なの?」

 驚きと喜びの表情を見せて質問する2人の後方に、床に座った一人の男の子が視線の端に映った。

 少し嫌な予感がしたが、その男子の服装が兵学校の制服でも国防軍軍服でもなかったことと、新入生データで覚えている生徒の顔と一致しなかったので、紫音は男の子をスルーしてしまった。

「説明してるヒマは無いの」

 紫音が一歩横にずれて鬼月准尉が姿を見せると、二人は慌てて敬礼したのだった。

「こちらは、国防軍の鬼月ルナ准尉です」

 そう紹介すると、2人の表情は一瞬で驚きに変わった。

「鬼月准尉って、あ、あの鬼月准尉?殿ですか?・・・」

「渋谷迎撃戦で戦車中隊を先導してゾンビの大軍を撃破した。あの鬼月准尉?」

 この生徒会役員2人は抜刀科生ではないので、城塞外部に出たことは無い。しかし、そんな彼女たちでさえ「ヨコハマナンバーワン」鬼月ルナの英雄談は、抜刀科生たちからの又聞きでよく知っていたのだ。

 興奮した学生を前に、鬼月ルナ准尉は小首を少し傾けて生徒会室を見回していた。

 鬼月准尉は、紫音が少し気になっていた見知らぬ少年にも視線を走らせたはずだったが、彼女は驚きもせず泰然とした雰囲気だった。

「あなたたち入学式が始まるわよ」

「それがちょっと問題がありまして、いま待機中なんです」

 そう言った生徒会役員で書記の彼女が、チラリと床に座った男の子に視線を走らせた。

 この男の子が「問題」の原因なのだということは分かった。しかし、その問題に対応する余裕など今の紫音にはない。

 正規国防軍中尉を説き伏せて、すぐにでも救助に向かわなければ、前線で孤立した同級生たちは死んでしまうのだ。

 それに説き伏せる自信は皆無だった。何と言って頼めば良いのか、そのことで昨夜は一睡も出来ずずっと悩んでいた。

「そ、そう・・・・」

 正直なところ、ここにいる人間が邪魔に思えた。

 古代アキト中尉の身分を、この生徒会役員2名にさらしていいのかも分からなかったし、何より床に座り込んでボーッとうつむいた男の子も邪魔でしかなかった。

「私たち、急用で人と会わなければいけないの。大事なお客様だから・・・・」

 男の子を連れて席を外してくれるように言いかけたところで、生徒会室の有線電話が鳴り響いた。

 電話に出た書記の彼女が少し会話を交わしたところで、小首をかしげつつ紫音に視線を送ってきた。

「会長っ、式場から入電です」

 差し出された電話を耳に当てる。

「はい。美山です」

 電話の相手は、古代中尉を迎えに行ってもらった抜刀科2年生だった。

 電話の向こうで彼女は、申し訳ありませんと何度も言いながら、式場で何か問題があり、とても混乱した状態ですと説明し、そして一番肝心な事を口にした。

 生徒名簿に「コダイアキト」という人物の記載はないと言ったのだ。

「どういうこと? 新入学生データに載ってないって?」

 思わず声が大きくなった。

「ちゃんと調べなさい。その場に生徒会役員はいないの?」

 電話の向こうで、怒鳴り声や走る足音が聞こえてくる。

 神聖な入学式会場に行っているはずだが、かなり騒がしくドタドタと人が行き来し、そして若い女の子の悲鳴まで聞こえてきた。

「いったい、何があったの? どうしたのっ!」

 その紫音の問い掛けに、抜刀科2年生は明確な答えを返してくれなかった。ただ、大講堂内部で凄い混乱が起こっているとしか分からなかった。

 生徒名簿閲覧のため、大講堂事務室にいて現場にいないのだろうとは察しが付くのだが、悠長にまってはいられない。

 動じない性格の紫音だが、このときばかりは発汗で顔が真っ赤に熱くなるほどだった。

「いいこと。古代アキトさんよ。古代アキト」

 念を押すように、紫音にしては珍しくキツイ口調で言った。しかし、帰ってくる答えは一緒だった。

「載ってないって?」

 そう言ったところで、回線が切れてしまった。ゾンビ大戦後の通信インフラにはよくあることだったが、彼女のイライラも頂点に達していた。

「どうしたの? ちょっと聞こえてる?」

 明らかに切れた電話に、ちょっとキレた口調で怒鳴ってしまった。

「回線が切れてしまったわ」

 そうポツリとつぶやき、途方に暮れた。

 やはり准尉と共に直接式場に乗り込んで、中尉を探すべきだったと後悔していた。その紫音の目の前を、准尉がスッと移動していった。

 正規国防軍准尉鬼月ルナは、口元に少し笑みを浮かべたような表情で、床に座り込んだ少年の前に立った。

 紫音の背中を冷たい汗が流れ落ちた。

 生徒会室に入ってからずっと、床に座り込んだ男の子のことが気になっていた。

 昨夜の、第78抜刀中隊での彼女たちの会話が、頭の中に浮かんでいた。「年下男子」「ガキ」「十四歳」・・・

 ここに座り込んで視線を落とした男子は、まだ子供でやっと中等部くらいの年に見える。だから、ずっと気になっていたのだ。

 紫音は生徒会役員女子に切れた電話を渡そうと差し出した。

「式場にいる生徒会役員を呼び出してください。そして・・・・」

 紫音から受話器を受け取った生徒会役員が口を開いた。

「あ、あの。会長」

 生徒会役員2人は顔を見合わせ、かなり困惑した表情で言った。

「古代アキトなら、そこにいますけど・・・・」

 2人の視線が、床に座り込んだ少年に向けられた。ありがちな展開だと思いつつ、最低の展開に血の気が引いていった。

「何をしてるのかな? アキトは」

 座り込み床に視線を落とした少年に、鬼月准尉が少し茶化すように話しかけた。ヨコハマナンバーワンの美貌に笑みが浮かんでいた。

「ん? ルナこそ何でここにいるの?」

 顔をあげた少年は、少しというかかなりご機嫌斜めといった感じで准尉を見た。

 国防軍准尉を見て呼び捨てにするところを見ると、馬鹿な子供か国防軍中尉ということなのだろう。

「私はあなたに会いに来たのよ。で、何でこんなところに座っているのかしら?」

 ルナの質問に少年は視線を落とし、少し早口で言った。

「うーん。ぼく補欠合格だったからぁ、正式に入学させてくれるか会議をするんだって。だから、それまでは、ここで待たされてる。朝からずっと・・・・」

「ま、マジか・・・・」

 ヨコハマナンバーワンがあきれ顔をして口を半開きにしている。

「でも、そろそろ結論は出ると思うよ。入学を頼んだ人に、文句言っといたから何とかなるっしょ?」

 少年は不機嫌で面倒臭いといった顔で話している。この男の子に、同級生の救助を依頼するのかと思っただけで、絶望感がわいてきた。

 そもそも、こんな子供に何が出来るのかと疑ってしまう。

「ちなみに、その頼んだ人って誰なの?」

 座り込んだままの少年に鬼月准尉が尋ねると、彼は露骨に何言ってるんだこの女は? といった感じで表情をしかめた。

「そんな軍事機密、言えるわけないじゃん。相変わらずルナはおバカだね・・・・」

 おバカと言われた国防軍准尉は、少し肩をすくめて見せたが、抗議も反論もしなかった。

「ちょっ、ちょっと、どういうことなの?」

 中尉に質問するわけにもいかず、紫音は生徒会役員を問いただした。

「さ、さあ? 我々にも、よく分からないんです。ただ、首席教官の命令で、彼の入学はまだ認められていないと指示がありまして」

「それで、まあ、入学式の参加を認めずに、こちらに連れてきていた次第です」

 役員2人も、なぜこうなっているのかは理解していない様子で、淡々と話したが、紫音としては誰かに八つ当たりしたい気分であった。

「首席教官は、彼の事をちゃんと知っているの?」

「は? どういう意味でしょう?」

 とう見てもお子様に見えてしまう彼が国防軍中尉とは知らない2人は、ただ小首をかしげただけだった。

 このアキトという少年が本当に正規国防軍の中尉なら、後方兵学校の教官や校長などより実質的な上下関係は、絶対的に実戦部隊国防軍中尉の方が上なのだ。

 その中尉を、よりにもよってこんな場所に座らせておくなど普通でも大問題だが、その彼に救助依頼を今からしなければならないと思っただけで、目の前が真っ暗になりそうだった。

 中尉に対する無礼を早急に詫びなければならなかった。

「鬼月准尉・・・・」

 紫音が鬼月准尉に話しかけたその時、兵学校中の警報が突然鳴り響いた。

「け、警報?」

「こ、これって、非常警報でしょう?」

 緊急出撃時非常呼集警報と同じ緊急警報であった。本当の非常事態にしか鳴らされることのない警報に、紫音も役員2人も驚かずにはいられなかった。

 生徒会役員室の特別非常回線用電話が鳴った。

 役員が電話に飛びつき話始めると、緊急校内放送が流れ始めた。

『緊急警報が発令されました。学生は、その場に待機してください。繰り返します。緊急警報が発令されました。学生は、その場に待機してください。これは軍命です。指示に従わない学生は処分されます』

 あらかじめ録音されている緊急警報だが、初めて聞く放送だった。

 いやな予感がした。最終防衛ラインが突破され、学生の動員令が出たのかもしれないと、紫音は瞬時に思った。

「えっ、ど、どういうこと? ちよっ、ちょっと、落ち着いて説明してっ!」

 緊急電話に出た役員が、叫ぶような声で電話で話している。

「ねぇ、どうしたの? な、なに? 何を言ってるの・・・・はぁ? マジで・・・」

 大声で話していた役員が呆然とした顔で紫音を見た。

「会長、大変です!」

「な、なに?」

 緊急警報に関する連絡なら無視するわけにもいかない。頭が半分古代中尉のことでいっぱいの状態で、紫音は新たな難問を聞かなければならなかった。

「式場警備の2年次抜刀隊警備隊長からで、治安維持軍武装兵が式場に突入してきて校長と主席教官を逮捕したそうです。そ、それで、いま式場は大混乱になっているそうです」

「は、はぁ?!」

「マジ!」

 ほとんど意味不明といった状況説明に、もう1人の役員と紫音は同時に叫びに近い声をあげていた。

 治安維持軍という組織は、城塞内部を中心に活動する軍事組織であり、その活動は主に城塞内反乱分子を取り締まることを目的としていた。

 普通に生活している学生などは、政治授業で教えられるかネットテレビのドラマで見るような、極めて特殊な組織であったが、その権限は治安維持を名目に無限とも言える権力を持っていると教えられていた。

 その治安維持軍武装兵が、兵学校校長と首席教官を逮捕したなどという連絡は、あり得ないと耳を疑うほかなかった。

 紫音と生徒会役員2人が顔を見合わせていると、廊下を駆けてくる複数のブーツの足音が迫ってきた。

 その音に、鬼月准尉はすぐに反応して、腰に装着したハンドガンに手をかけつつ、古代中尉をかばうように背を向けて生徒会室ドアに身構えた。

 美貌の准尉にかばわれた男の子はというと、床にペッタリと座ったまま小さくアクビをしただけだった。

 ドアが乱暴に開けられた。

「動くなっ!」

 重防弾服に身を包んだ屈強な兵士が2人、自動小銃を構え生徒会室に突入してきた。

「我々は首都圏第二治安維持軍だっ!」

 ガッチリとした体格の兵士が、紫音たち学生に銃口を向けた。3人は驚き、1人が手を挙げるともう1人の役員も慌てて両手をあげた。しかし、紫音はその兵士よりも、ルナの対応に目を見張った。

「手を上げろっ!」

 突入してきたもう1人の兵士がルナに自動小銃を向けて怒鳴った。

「やるのか? 兵隊っ!」

 鬼月ルナ准尉は背中の下に装備していたハンドガンを素早く引き抜き、治安維持軍兵士に真っ向から向き合った。

 こんな状況で治安維持軍兵士に銃を向けた准尉の度胸に、紫音は驚かされた。城塞の外なら、正規国防軍准尉の階級も多少役に立つにしても、城塞内部においては治安維持軍や憲兵軍の力が圧倒的に勝っているのだ。

 美貌の准尉は表情を引き締め、自動小銃を突きつけた兵士に喧嘩を売るような視線を向けていた。

「我らは治安維持軍だっ!」

「うるさいっ! 治安維持軍だろうと憲兵軍だろうと、売られた喧嘩なら買ってあげるわっ!」

 今にも発砲しそうな勢いそのまま、鬼月准尉と兵士が銃口を向け合って怒鳴り合う。

 紫音は何も出来ず、ただフリーズして動けない自分が情けなかった。重防弾服に身を包み自動小銃を向ける兵士に対し、准尉はハンドガン一丁で立ち向かっている。

 全く勝ち目のない無謀な抵抗にも見えるが、元ヨコハマナンバーワンは一歩も引く気配を見せなかった。記憶が正しければ、准尉は紫音の1学年上なだけだ。

 そんな混乱状態の生徒会室に、将校服に身を包んだ女性士官が入ってきた。

「やめないか、馬鹿者っ!」

 治安維持軍中尉の階級章をつけた士官が、准尉と対峙した兵士に向かって一喝した。

「国防軍准尉殿に銃など向けるな」

 その中尉の言葉に、ようやく兵士は自動小銃の銃口を下に向けたが、鬼月准尉はハンドガンを構えたまま動かなかった。

「こちらに、古代中尉が連行されていると聞いたのだが?」

「何ですって? アキト狙いなの?」

 ルナが女中尉に銃口を向けた。

「何のご用ですか? 治安維持軍の中尉さん」

 その普通ではあり得ない行動に、兵士が再び自動小銃を上げようとすると、治安維持軍中尉は微笑みを浮かべたまま、部下を片手で制した。

 バンパイア戦争の直後から、世界の主要都市は世界をバンパイアから守り抜いた138士族によって統治管理されている。そして、その138士族に従った部下たちが、治安維持軍や憲兵軍といった特権階級となって人の住む城塞内部を直接支配していた。

 治安維持軍将校の大半は華族階級の人間なのだ。その中尉に銃口を向けてただですむとは思えなかった。紫音の心臓が早鐘のように鳴っていた。

「大した用事ではないわ。ご挨拶をしにきただけです」

 戦闘モード突入中の鬼月准尉とは対照的に、女中尉はハンドガンを向けた彼女にニコリと微笑んで見せた。

「あ゛・・・・・・?」

 治安維持軍中尉の大人な対応に、准尉は毒気を抜かれたのか少し小首を傾げて銃口を下ろすと、身体をずらして少年を彼女の視線にさらした。

「古代中尉殿でしょうか?」

「うん」

 兵士の突入騒動にも反応しなかった少年は、なおも床に座り込んだまま少し不機嫌そうな顔で答えた。

「首都圏第二治安維持軍諜報3課の藤原美咲であります」

 治安維持軍中尉は、立ち上がりもしない国防軍中尉に向かって敬礼した。ブーツを鳴らして背筋を伸ばす姿はエリート軍人そのままといった感じであった。

「第二の3課・・・諜報3課ね・・・・」

 美貌の女中尉に敬礼された少年はというと、親指の爪を少し噛みながら何かブツブツと言って答礼も返さなかった。視線もうつむいたままで、彼女の方を見ていなかった。

「・・・・・・・・・」

 官姓名を申告したものの、その後の反応が返ってこないことに、藤原中尉は困惑した表情を浮かべていた。そんな彼女にそれまで険しい表情をしていた鬼月准尉がニヤリと笑って肩をすくめて見せた。

 そこで、ようやく少年が呟くように言った。

「ねぇ。対応が遅くない?」

 すねた子供のように、少年は視線を床に落としたまま喋っていた。

 かなり失礼な対応だが、藤原中尉は姿勢を正し直立不動のまま少年に答えた。

「も、申し訳ありません」

 かなり異様な光景だった。すねて座り込んだ子供の前でエリート軍人が緊張しきった表情で受け答えをしている。そして、その横では飛び切り若くて美しい准尉が少し楽しげな表情で2人を眺めていた。

「ぼく、ハメられたかと思ってたんだけど?」

 少年は一瞬チラリと視線をあげて藤原中尉を見たが、彼女と視線が合いそうになるとすぐに顔を伏せてしまった。

「そ、そんなことは、決して・・・・ありません・・・」

 藤原中尉の表情が強ばっていた。話から察すると、叱られているのは治安維持軍中尉の方なのだろう。

「そうなのかなぁ・・・・?」

「はい」

「じゃあ、どうして僕は、こんなところに連れてこられて、座らせられてるんだろうねぇ?」

 少年は不機嫌そうな顔をあげて、生徒会室を見回した。部屋の人間と視線を合わせないようにしているのか、視線が足元を過ぎていく。

 自動小銃を構えていた兵士2人も呆気にとられた顔で固まっていた。そして、両手をあげていた生徒会役員の2人が、紫音の腕をギュッと握ってきた。

 彼女たちも、自分の立場の危うさに気づきつつあるのだろう。

「このたびは、こちらの不手際でご迷惑をおかけいたしました」

「ふーんっ・・・・」

「兵学校は現在我が軍のコントロール下にあります。ご安心ください」

「あんたが、一番ヤバげな人じゃないの?」

「ご、ご冗談を・・・・」

「あんた」呼ばわりされた藤原中尉は笑って見せようとしたが、その美貌に浮かんだ笑いはかなり引きつっていた。

 いったい何が、これほどまで治安維持軍中尉を恐れさせるのか、紫音に理解できるはずも無かった。

 藤原中尉の視線が宙を泳いでいるように見えた。紫音の推測か正しければ、彼女は高級士官用の三次元マルチスクリーンで、部下たちの配置を確認しているのだと思われた。

 それはすなわち、彼女の部下が何らかの行動を起こす可能性があるのではないかということだ。

 治安維持軍や憲兵軍の士官が使う三次元マルチスクリーンは、バンパイア戦争開始以前の最高機密軍事装備であり、特権支配階級である華族出身者に付与されている装備だった。

 マルチスクリーンの画像は、その使用者の前面に大きく表示されるものの、他者からはこれを視認することができない旧時代のハイテク装備であった。

 藤原中尉の少し不穏な視線に、鬼月中尉も少年も気づいていないように思えた。その、事実を2人に知らせるべきだと思ったが、下手な伝え方をしてしまうと、さらに混乱しそうで怖かった。

 だが、そんな思考を巡らせていた紫音の前で、藤原中尉が少年に視線を定め話し出した。

「と、ところで、そちらの狙撃手に連絡していただけませんでしょうか?」

 まるで上官にご機嫌伺いでもするように、藤原中尉は少年にとても丁寧に女性らしい優しい口調でお願いした。

「ん?」

 話しかけられ一瞬フリーズした少年の視線が、少しキョどって見えた。

「ああ、うちの部隊のこと?」

「は、はい。三次元リアルマルチモニターのアラートが点滅しっぱなしで落ち着きません」

「ふーん。ロックオンされてるってことは、君たちはやっぱり敵なのかなぁ?」

「めっ、滅相もありません。我々は中尉殿の支援におもむいただけであります」

「信じて大丈夫かなぁ?」

 少年はようやく少し顔をあげた。人とは視線を合わせないようにしているのか、少し視線の方向が変ではあったが、その表情は不信感でイッパイというか、すねた子供のような顔だった。

「お願いします。見たこともないアラートも点滅してます。いろいろ」

「ん? あーっ、たぶん暇なんで全員で狙ってんじゃないかなぁ?  親玉を・・・・」

「全員・・・ですか・・・・」

 藤原中尉は貌を硬直させてつぶやいた。そして、その少年の発言に素早く反応したのは、鬼月ルナ准尉だった。

「てことは、リナたんも戦車砲で狙ってるよねぇ?」

 少年の元予備兵というだけあって、准尉の言動には真実みがあった。彼女は、少年を叱りつけるように上から睨みつけた。

「大丈夫だよ。リナたんは射撃に関しては天才肌だし」

「いや、そういう問題ですか。はやく連絡してっ!」

 かなりキツイ口調で准尉は言った。すると少年は、少し不満げに声をもらした。

「えーっ・・・・」

「サッサとしてよ。あの子は気が短いから「面倒臭いニョ」とか言って、戦車砲発砲したら悲惨な結果になるし」

 そう鬼月准尉に言われた少年は、少し唇を尖らせ紫音たちの方に顔を向けた。

「だって、さっき、そこの人に端末取り上げられたし」

 悪戯を叱られた子供が先生に告げ口するように言ったその瞬間

、その場で武器を携帯した人間全員が紫音たち3人に視線を走らせた。

「はぁ? まじ・・」

 鬼月准尉の美貌が強ばっていた。

 いったい、何が起こっているのか紫音の理解を超えた展開だ。治安維持軍兵士2人が、自動小銃をあらためて向けてきた。

「きゃっ!」

「お待ちください。すぐにお返しします」

 生徒会書記がスカートのポケットから端末を取り出した。紫音は彼女から受け取り准尉に手渡した。

「も、申し訳ありません。こちらですね」

「ちょっと待て、情報を抜いてないだろうな?」

 端末を握った准尉が冷めた表情で言った。

「そ、そんなことは、し、していません」

 端末を預かっていた彼女は声を振り絞るようにして言ったが、准尉は険しい表情のまま小首をかしげた。

「そうか?」

 鬼月准尉の険しい表情が事の重大さを示しているのだろう。

 だが、兵学校の生徒である彼女たちに、中尉の持つ端末の意味など分かるはずもない。

 そして、この准尉の疑念を払ってくれたのは、いまだ床に座り込んだままの少年だった。

「うん。大丈夫だと思うよ。さすがに端末いじられたら一斉に仕掛けてただろうし」

・・・仕掛けるって・・・・なにを?

 治安維持軍中尉でさえ、猫なで声を出すような相手が仕掛けてきたら・・・・そう思うと、手のひらに汗が沸きだしてきた。

「連絡する前に確認していい?」

 ルナから端末を受け取った少年は、視線を落としたまま藤原中尉の方に少し顔を向けた。

「何でしょうか?」

「僕は、この兵学校に入学できるの?」

「中尉殿の作戦行動を邪魔しました2名は逮捕致しました。入学に異議を唱える人間など存在致しません」

「状況がよくわからないんだけど?」

「はい、状況を簡単に説明致します」

 そう言って中尉は大まかな説明を始めた。彼女の話はこうだ。

 古代中尉の兵学校入学手続きは、治安維持軍総司令部の命令で兵学校校長に伝えられた。これで入学手続きは完全なはずだったが、古代中尉の情報を知らなかった兵学校首席教官が、入学に異議を唱え実行してしまった。首席教官と校長は対立する派閥に属していたことが、このような事態を招いたのである。また、実務を部下に丸投げしていた校長の職務怠慢が、このような事態になった一因だと説明された。

 そして、兵学校入学が認められていない事実に古代中尉が苦情を申し立てたことで、藤原中尉の指揮する部隊に急遽出撃及び兵学校制圧が命じられ、現在のようになったのだと、彼女は説明した。

・・・・治安維持軍総司令部を動かした?・・・

 藤原中尉の言葉は、あまりにも信じられない内容であった。そして、校長と首席教官の2人が逮捕されたと聞き、紫音たち学生は息をのんだ。

 治安維持軍に逮捕されて、帰ってきた人間は皆無だと言われていた。たとえそれが華族階級出身の騎士であってもだ。

 説明を受ける少年は終始うつむいたままだったが、聴き終えると不機嫌そうな顔をあげた。

「それは、おたくの大ボスの影響力が落ちてるってこと?」

「い、いえ。そのようなことは、決して、ありえません」

「僕も、そう思いたいけどねぇ。何だかねぇ」

「も、申し訳ありません・・・・」

 少し遠目に見れば、その光景は女教師に叱られた中等部学生が拗ねて座り込んだといったところだろう。しかし、真実は、ほぼ真逆なのだ。おそらく、この場所で一番力を持っているのは、この男の子ということなのだろう。

「治安維持軍は、ツカエねーってことかなぁ?」

 この首都圏城塞都市の支配組織そのものと言っても過言では無い治安維持軍の中尉に、少年は無礼な言葉を平然と吐いた。

・・・・何なの、この子は・・・

 紫音は息をのんで事の成り行きを見守った。少し脇に移動した鬼月ルナ准尉は2人の掛け合いに笑みを浮かべている。

「い、以後、このようなことは・・・・」

 14歳の古代中尉に好き勝手言われ、藤原中尉の美貌が少し震えているように見えた。怒りを抑えているのだろうと、紫音は思った。そして、こんな我が儘な子供に、これから頼み事をしなければならないのだと思い出していた。

 少年が端末を操作した。

「セシリー、もう大丈夫みたいだよ」

 緊張感の欠けらも無い、ダレた表情で端末の相手と話し始めた。

 セシリー、殲滅のセシリー・味方殺しのセシリー。第78抜刀中隊で何度も聞いた名前だった。

「うん、ううん。了解。入学はできそうだし、まぁ、いっか、って感じかなぁ」

 通話を始めてから、少年の顔にようやく笑みが浮かんだ。可愛い男の子の表情だった。

「じゃあ、出張ってきたみんなには「おつ」って言っておいてね。あー、そっちは、うん、わかった。伝えておくから」

 会話を終えると彼は相変わらず視線を下に向けたまま言った。

「ねぇ? ぼく立ち上がってもいいかな?」

 その言葉に鬼月准尉と藤原中尉が顔を見合わせた。

 鬼月准尉がうなずくと、藤原中尉は2人の部下に手を振って銃を下げるように指示しながら、一歩前に出て答えた。

「ど、どうぞ・・・・」

 古代中尉は少し面倒臭そうに、気怠そうな感じで立ち上がった。身長は150センチもないだろう。骨格も細い。やはり、どう見ても子供だった。

 立ち上がった少年は、そのままゆっくりと生徒会室の奥に歩き始めた。彼の先には生徒会長室のドアがある。

「ねぇ。もう撤収していいって」

 軽くノックして彼が話しかけると、ドアが開いて中からゾロゾロと小さな女の子が出てきた。

 身長は130センチくらい。金髪に赤毛に茶髪に銀髪に黒髪と、カラフルな髪の美少女が、突撃銃を構えて現れたのである。

 最初にドアから出てきた赤毛の女の子が、ブツブツ文句を言いながら古代中尉の前に出た。

「チッ、邪魔者さえ来なければ突入してたのに。こんなとこまで遊びに来てんじゃないよ。馬鹿ルナっ!」

 赤毛碧眼美少女は、治安維持軍と古代中尉との間に立つと、自動小銃を藤原中尉に平然と向けた。

 その行動に治安維持軍兵士が反応したが、藤原中尉が慌てて下ろすように指示した。

「おーっす。ルナ」

「よぉ、ルナ」

「・・・・」

「ルナっち、おつぅ」

 ヒラヒラの可愛いミニスカートからスラリと長い美脚をさらし、身長130センチほどの茶髪に銀髪に黒髪にブロンドに赤毛の少女たちは、突撃銃から重機関銃といった多様な武装を藤原中尉に向けた。

・・・この子たちがビアンカ? 本当に子供だわ・・・

 紫音は登場した少女たちの姿に驚き、そして少しガッカリした。彼女たちの姿は、本当にカワイイという一言だったが、これでは救助作戦など無理のように思えたのだ。

「やあ、みんな。元気してた?」

 銃口を藤原中尉に向けてきた少女たちを制するように、鬼月准尉が間に割って入った。

「おい、ルナ。何回教えたら立ち位置とか理解すんだ? まじ、空気読めなさすぎだぁ!」

「そうだ、さっきだって、お前が変に立ちふさがらなければ、そこの兵隊共は私らが瞬殺してたんだぞ」

 赤毛ポニーテールの女の子と黒髪ボブの女の子が、その可愛い顔とは真逆の激しい口調で、鬼月准尉に怒鳴るように言った。

「ま、まあ。そんなに怒らないでよ。何とか丸く収まりそうなんだから、さあ」

「はぁ? なに調子づいてんだ、馬鹿ルナの分際で」

「ああ、さっきの、あれは何だ? 豆鉄砲で防弾装備の武装兵と対峙して何の意味があるんだよ」

「い、いや。ごめんっ・・・・さっきのあれは、まあ、気持ちだけ・・・」

 幼年学校女の子サイズに、たたみかけるように叱られ、鬼月准尉は肩を落としてうなだれた。

 渋谷迎撃戦の英雄も形無しといった感じであった。

 5人のビアンカが全員で今にも発砲しそうな雰囲気で銃を構えたので、室内は再び緊張感に包まれそうになったが、そこで少年が小さな声で言った。

「何か、みんな重装備なんだね」

「はぁ? 何言ってんだよ。アキトぉ!」

「そうだよ。アキトが寮とかいうのを確保できなかったから、あたいらにしわ寄せが来てんの」

 不用意な一言で、口の悪い2トップの矛先が彼に向けられた。

「装備の予備とか弾薬とかめっちゃ持たされて強襲作戦って、重くてしょうがないんだけど」

「ふーん・・・・そうなんだ」

「ふーん、じゃねぇし」

「大丈夫。今朝さぁ、なんか良さげな建物見つけたから」

「まじぃ?」

「う、うん。マジ」

「確保できそうなのか?」

「大丈夫。最悪、いざとなれば戦時接収ってことで」

「ああ、いつものパターンかよ」

「やっぱり・・・」

 少女たちは、5人そろって少し肩を落とした。

「じゃあ、君たちもおつかれ」

 少年のその指示に、口のなめらかな2人が即座に答えた。

「いや、先にこいつらから帰ってもらおうか」

「うん。治安維持軍にリボンなんか見せられねーし」

 背丈と同じくらいの重機関銃を藤原中尉に向け、黒髪ボブの少女が発言し、赤毛の少女も特殊なアサルトライフルの照準を合わせた。

 5人の少女の髪やスカートには、大きなリボンが思い思いに飾られている。

 少女たちに言われ、上官であるはずの少年は振り返って言った。

「じゃ、じゃあ、中尉さんもおつかれさまぁ。帰ったら今日の件は、ひとつ貸しにしておくからって伝えてね」

 少し視線を落としたまま、少年は治安維持軍中尉に告げた。

「はぁ・・・・」

 もう帰っていいよ、と言われているような状況に藤原中尉は戸惑っている様子だったが、そんなことはお構いなしに少年は少し辛辣な言葉をぶつけた。

「嫌なら伝えなくてもいいけど、伝言の一つも頼めないようじゃヤバくないかなぁ?」

 まるで喧嘩でも売っているような少年の口ぶりだったが、女中尉は背筋を伸ばして彼に敬礼した。

「はっ! 上にはそのように伝えておきます」

 完全に上官に対するような態度を示した彼女は、敬礼した手を下ろすと、視線を紫音たちに向けた。

 女士官と視線が合い、紫音は背筋が凍る思いだった。そして、その予感が的中する言葉を彼女は言ったのである。

「ここにいる連中の処分はいかがされますか? 全員連行ということで?」

 恐ろしいセリフを藤原中尉はサラリと言った。この城塞都市内部で、治安維持軍や憲兵軍に連行されるということは、絶望という文字と同意語だった。

 そして、その問い掛けに、少年は軽く答えた。

「うーん・・・・そだね・・・」

・・・そ、そうだねって・・・

 震えが来た。まるで、あの日の、あの瞬間と同じだった。しかし、ここに母はいない。自分を守り、友達を守らなければならない。

 なぜ、こんなことになってしまったのか? そんなことを考える間もなく、治安維持軍兵士2人が紫音たちに銃口を向け一歩前に出てきた。

 何とかしなければ、何かを話し説得しなければならなかった。そもそも、どちらの中尉に話しかければいいのかも分からなかった。一瞬躊躇した紫音たちの前に鬼月准尉が兵士達の銃口に割って入った。

「ちょっ、ちょっと待ってください。自分は中尉殿の元予備兵の鬼月ルナであります」

 鬼月ルナ准尉は、治安維持軍藤原中尉に敬礼して一礼すると、すぐに突撃銃を構えた少女たちに駆け寄った。

「ちゅっ、中尉どのぉ・・・」

 裏返った声で鬼月准尉は赤毛と黒髪少女の頭越しに話しかけた。

「可愛い元部下を治安維持軍に引き渡したりしないですよねぇ?」

 その問い掛けに即座に答えたのは、口の悪い2トップだった。

「いいんじゃね。欲しけりゃ、くれてやれば」

「異議なし」

 赤毛と黒髪の少女は、とても嬉しそうに笑っている。どう見ても、遊ばれている感があった。

 しかし、それまで口を開かなかった残りの美少女3人のうちの銀髪に特殊なヘルメットをかぶった少女が言った。

「あたし、このあいだルナにクッキーもらったから反対っ!」

 その発言にメガネをかけた茶髪の少女が、ルナに銃口を向けて真面目な口調で言った。

「私はもらってないです。どういうことですか?」

「ちょっと待てよっ。いま、クッキーより大事な話してるから」

 5人中4人に銃口を向けられ、鬼月准尉が慌てて少女たちに困り顔で喋っている。

 緊張した場の空気が、一度に吹き飛んでいた。

「あんたら、マジ、やばいんだから、ちょっと黙っててよっ!」

 少し強い口調で喋りながら、准尉は少女たちの突き出た銃口を両手でどけ、彼女たちが囲む少年の前に進んでいった。

「おっ! 馬鹿ルナ切れたっ!」

「切れても全然怖くないから、意味ないぞ」

「・・・・・」

「ルナっちは、所詮ルナっちなんっすよ」

「必死なルナも可愛いです」

 好き勝手なことを言う少女たちは、楽しそうに笑っている。

 中尉の前にたどり着いた鬼月准尉の表情を、紫音の位置から見ることは出来なかったが、声質の変化が全てを物語っていた。

「ちゃ、ちゃんと助けてよ」

 治安維持軍兵士に立ち向かった准尉の声とは全く違う、女の子の声が聞こえてきた。そして、その声に一番驚いたのは、そう言われた古代中尉だった。

「はぁ? そ、そうなんだ?」

 少年は少し間の抜けた声で驚き、そして小首をひねり、一瞬顔をあげて准尉の顔を見て再び顔を伏せた。

「べ、別に助けなくても、大丈夫じゃ、ないかな? 君はもう准尉だし、下手に手を出せばセシリーも黙ってないし・・・」

 治安維持軍中尉に対し、遠回しに警告するように彼は話したが、そんな少年の両肩を准尉は両手でつかみ、そして彼の身体を揺するようにして言った。

「私と、ここの学生を、ちゃんと助けて。お願いだから」

「えーっ・・・そいつらまでぇ?」

 本気で面倒臭いといった嫌な顔をした彼が、チラリと視線を紫音たちの方に向けたが、視線が合いそうになると慌ててうつむいてしまった。

「そいつらとか言わない。あなたの先輩になるんだから」

 聞き分けの悪い子供を叱るように言いながら、准尉は少年の後ろに移動して藤原中尉に視線を向けた。

「ほら。グダグダ言わず、ちゃんと中尉殿にお願いするのよ」

 しっかり者の姉がダメな弟を言い含める、そんな構図だった。

「えーっ・・・・」

 後ろから両肩をガッチリとつかまれ、少年は本気で露骨に嫌そうな顔をしている。

「藤原中尉。国防軍首都圏特殊作戦攻撃軍特務第二中隊中隊長の古代中尉が、お話ししたいことがあるそうです」

・・・・特殊作戦攻撃軍・・・

「古代中尉、な、何か?」

 痴話喧嘩的会話の内容はだだ漏れなので、藤原中尉は少し引きつった笑いを浮かべ、今さらと言った感じで尋ねた。

「ん? いや、あのっ、ここの連中はいいや。あまり騒ぎを大きくしても、後々面倒臭くなるだけだし」

 そう少年が告げると、藤原中尉は穏やかな笑みを浮かべ軽く敬礼しながら言った。

「では、職務怠慢と妨害工作の容疑で校長他1名の逮捕で引き上げます。このような対応でよかったでしょうか?」

「うん。ぼく、ここに入学できるんだよね?」

「はい。入学手続きに何の問題もありません」

「あ、ありがとう」

 治安維持軍中尉は不測の事態にそなえ、連絡将校を兵学校に置いていくと告げ、生徒会室を後にした。

「はーっ・・・・死ぬかと思った・・・・」

 生徒会室から治安維持軍兵士が姿を消すと、鬼月ルナ准尉は大きく息を吐きながら、少年の背後から抱きついていた。

 2人の身長差は20センチほどある。ヨコハマナンバーワンに覆い被されるように後ろからギュッと抱きしめられ、少年は微妙に迷惑そうな顔をしている。

「何でルナがビビんの?」

 何かの儀式でもするように鬼月准尉は、その綺麗な頬を少年の頭にスリスリとこすりつけながら少し強ばった表情で言った。

「はっ! あなたに話してないことが色々とあるのよ。いいこと、治安維持軍の将校はマキエの天敵だってことは覚えておきなさい」

「でも、ガナフのおやじとは仲良いじゃん?」

「あいつらは、もう、仕方なくよ。セシリーつながりっていうか、リナたんつながりぃ?」

「何で、疑問系なの?」

 その少年の突っ込みに、鬼月准尉は顔を上げて少しキョどった表情で小首を傾げた。

「はてなぁ?」

 ヨコハマナンバーワンと呼ばれた美少女のコミカルな仕草に、紫音はとても驚いたが、それ以上に反応したのは、2人を囲んでいたビアンカたちだった。

 銃口を、一斉に鬼月准尉の顔に向け、その甲高くも可愛い声で喋り始めた。

「ルナがアキトに媚びてるぅ。キモーっ」

 そう言ったのは赤毛の一番元気なビアンカだ。それまで、少し楽しげだった顔が、かなり不機嫌そうな表情に変わっている。

「マジキモです」

 茶髪でメガネの真面目そうな美少女も、少し頬を膨らませた表情で睨みつつ、突撃銃を鬼月准尉の顔面に突きつけた。

「そんな女は撃ち殺していいと、セシリー言ってるよな?」

 黒髪のビアンカが落ち着いた口調で、隣のブロンドツインテールに目配せした。大きな重機関銃が准尉に向けられた。

「そうね。やる?」

 一番軽装備のツインテールビアンカは、それまで構えていた突撃銃を肩からぶら下げると、腰からハンドガンを抜いた。

「・・・・・うん・・・・・あっ、あれっ・・・・」

 最後にコクリと大きくうなずいた銀髪のビアンカは、その装着していた特殊なヘルメットがズレて前が見えなくなったのか、何かあたふたジタバタとしている。

 そんな見た目がキュートな少女たちの会話と銃口を前に、鬼月准尉は面倒臭そうに大きくため息をついた。

「あんたら、マジ、相変わらずだよねぇ・・・・」

 そう言った准尉に向かって、美少女五人は一斉に可愛く小首を傾げて見せた。

「それに、何だあんたたちは? あんなにずっと一緒にいたのに、私を治安維持軍に引き渡そうとするなんてっ!」

 准尉が怒った口調で言うと、黄色い声が同時に帰ってきた。

「クッキーもらってない」

「うん。クッキー寄越せ!」

 口の悪い赤毛と黒髪のビアンカ二人が頬を膨らませて言った。どう見ても子供の喧嘩にしか見えない。そんな少女たちの反応に、准尉は肩を落としあきらめた口調で答えていた。

「はぁ・・・・今度配給が出たらお持ちします・・・・」

「マジ? なら許す」

「くれるって言うなら、もらってやるよ」

 口の悪い2トップは満面の笑みを浮かべていた。

 治安維持軍とのトラブルが回避され、紫音はホッとして気がゆるんでいた。そんな彼女の横にいた生徒会書記が、心配そうに尋ねてきた。

「あのっ、校長や首席教官はどうなるのですか?」

 紫音は二人と顔を見合わせ、それから鬼月准尉を見た。

「収容所送りか自由市民になるか、そんなとこじゃないかな」

 そう言った鬼月准尉の言葉を否定するように、少年がポツリと言った。

「銃殺じゃない」

「じゅ、銃殺?・・・・」

 背筋に寒気が走った。治安維持軍に連行されたということは、確かにそういうことなのだ。

「そうだな、あいつらのメンツをつぶしちゃった訳だしなぁ」

 鬼月准尉が冷静な表情でうなずいた。

「後方って怖いよねぇ」

 つぶやくように言った少年に、鬼月准尉が目をつり上げた。

「はぁ? 銃殺って言ったあんたが言うなよ。つーか、あんなヤツら召喚したの、あんただろう」

「えーっ! だって、超絶ものすごい上の人間に入学手続きを頼んだのに、補欠合格者の入学はまだ確定してないとか言われて、学生寮にも入れてもらえないし。今日は目障りだとか言われて、そこの人達にここに連行されてさ。連行だよ? どこの諜報部の罠か、バンパイアの手先かとか、いろいろ超考えてたんだから・・・」

 それまでの不満を吐き出すように、少年は饒舌に話した。

「へーっ・・・・大変だったんだなぁ・・・・ははっ・・・」

 鬼月准尉は半笑いのまま、古代中尉の愚痴を聞き流していた。

 紫音にしてみれば、その時点で銃撃戦にならなかったことが、反対に不思議でならない。

 一通り不満を鬼月准尉にぶちまけた少年は、小首を傾げながら彼女に尋ねた。

「ところで、ルナは何してんの? こんなところで」

 少年の言葉を待っていたかのように、鬼月准尉は振り向くと紫音に前に出るようにうながした。

 紫音が少年の前に進み出ると、ビアンカと呼ばれる少女たちが一斉に銃口を向けてきた。

「何だ? この女は?」

「識別データに無いぞ。新手の敵か?」

「治安維持軍、憲兵軍、国防軍のデータに該当なし」

 紫音の顔を見詰める少女たちの顔が険しくなった。

「い、いや。だから、学生だし。軍人じゃないから」

 この手の対応には慣れているのか、鬼月准尉がシッシッと手を振ってみせると、少女たちはブツブツと不満を言いつつも前を開けてくれた。

「あのね、色々と大変なところ悪いんだけど。アキトに頼みがあって今日は出張ってきたんだ。この子、ここの生徒会長で美山紫音ていうんだけど」

 そう少年に紹介され、紫音の中のスイッチが切り替わった。ここで何とか彼を説得しなければ、麻衣やユリたちの命が無いのだ。

「こっ、古代中尉殿っ」

 紫音は兵学校式に脇を引き締めて敬礼した。

 相手の中尉は彼女より身長は10センチ以上低く、年齢も3つは年下だったが、答礼はしてもらえなかった。

 それどころか、やはり視線すら合わせてもらえなかった。

 それでも、話し続けるしかなかった。

「私はワンガン兵学校抜刀戦術科3年の美山紫音であります。本日は当校の不手際で、大変ご迷惑をお掛けいたしましたことを、まずはお詫びいたします」

「ん? 何であんたが謝るの?」

 少年が小首を傾げたので、鬼月准尉が突っ込んでくれた。

「あなた、今の話の流れ全然聞いてなかったの?」

「ん? どいうこと?」

「この子、この学校の生徒会長です。だから、生徒を代表して、あなたにお詫びしているのよ」

「せいとかいちょぅ・・・・・あーっ、時々ゲームのボスキャラで出てくるあれ?」

 何やら、凄く納得したといった感じで少年はウンウンとうなずいたが、それを見た鬼月准尉は大きくため息をつきながら肩を落とした。

「い、いや、ごめん。ちょっと違うと思うわよ。マジ、アキト常識なさすぎよっ・・・・」

「あれ? 違うの?」

 古代中尉が少し不思議そうに小首を傾げると、まわりの美少女ビアンカたちも一緒に小首を傾げた。

 その少年少女たちの仕草はとてもキュートだったが、同級生たちの死が迫った状況では、こんな子たちで大丈夫なのかと心配が増すばかりだった。



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