第2話-8
「あのっ、よく分からないのですが、救出作戦が実行できそうなのですか?」
前線の確認などの指示を出し終えて一息ついた柏木に、紫音は尋ねた。
「ん? うーん。この場合どうなるんだろう?」
少し自信なさそうに柏木は首を傾げた。
「まあ、どうなるかはアキトまでたどり着いて、そしてアキトの気分次第ってとこですかね?」
物資補給書にサインした副隊長や連絡兵に小隊長たちも加わって、再び救出作戦の見込みについて話し始めた。
「アキトは、その所属さえ私ら下っ端にはよくわからない奴だけど、その戦力は私たちの常識を越えて圧倒的なんだ。だから、あの子に頼めさえすれば・・・・なぁ?」
副隊長が同意を求めるように視線を隣に向けた。
「一つだけ確実に言えることは、アキトが「うん」と言えばセシリーがやってくるってこと」
小隊長の一人は、セシリーという名前を強調して言った。
「ただ、アキトは簡単には動かないだろうし、後方にいるとなると色々と面倒かもなぁ・・・」
連絡兵が腕組みをして、難しそうな顔をした。そして、その横の普段から明るく前向きな小隊長は、いつものポジティブな性格のまま紫音に言い切った。
「しかし、アキトの部隊はムッチャ自由のきく攻撃部隊だから、要はアキトにさえうんと言ってもらえれば、それで道はひらける」
これで、勝ったも同然といった感じで、普段から前向きで脳天気な女子抜刀隊員たちは、紫音に対して「大丈夫」「心配するな」「絶対イケるって」と声を掛けて、肩を叩いてくれた。
しかし、その対局でもある慎重な性格の女子抜刀隊の面々は、色々と考えるところがあったようだ。
「上にはどうします? 話しておきますか?」
慎重派筆頭の真面目な小隊長が柏木に尋ねると、彼女は首を横に振った。
「いいえ、秘密よ。秘密っ! 彼の事は他言無用だからね」
「了解」
「お前らも、今日の件は絶対に外にもらすなよ」
副隊長が真面目顔で小隊長たちに言ってはみたものの、ガヤガヤとだべり始めた女子たちはあまり聞いてはいなかった。
そんな中で、一人の分隊長が新たな問題を口にした。
「ていうか、アキト以前に、ルナが承知しないんじゃないっすか?」
その言葉に、その場の雰囲気が一転して凍り付いた。
「うーん。まあ、そうだよねぇ。ルナって完全に人間不信だしなぁ」
それまでポジティブに話していた小隊長たちの表情も暗くなっていく。
「鬼月ルナ准尉か・・・・」
少しため息交じりに柏木中隊長がつぶやいた。
その脱力した雰囲気に、まわりの部下たちが小首を傾げた。
「何、隊長知ってるのルナのこと?」
小隊長の一人が柏木に聞くと、彼女は暗い表情で答えた。
「うん。むかし会ったことある」
「じゃあ、頼みやすいんじゃないっすか?」
「たぶん、その反対。私は最低な女だったから・・・・」
「隊長がぁ?」
「ああ、あたしゃ、最低な女なのよ・・・・」
「・・・・・・」
普段のキャラと全く別人設定で元気のない柏木は、うつむいたまま多くは語らなかった。
上官のあまりに暗い表情に、誰も何も言えなくなってしまって会話がとぎれてしまった。
少しでも情報が欲しい紫音は、沈黙を破って副隊長に尋ねた。
「あのっ、アキトさんという方はお若いのですか? 兵学校に入学というのは?」
有能な兵士を士官として教育するため兵士が士官学校に入学するというのは時折聞く話だった。しかし、士官が兵学校に入学するなどという話は聞いたことがなかった。
「ん、ああ、アキトは若いよ。たしか・・・?」
小首を傾げた副隊長に代わり、連絡兵の一人が答えてくれた。
「私が聞いた話だと、14歳くらいじゃね?」
紫音が、そんなに若い子なのかと驚くと同時に、小隊長たちが声をあげた。
「えっ、そんなに大人なの?」
「いや、もっとガキだろ?」
「まあ、ガキには違いないわよね」
「いや、わたし、年下の彼氏ぃ、募集中なんっすけどぉ」
冗談なのか本気なのか、瞳をキラキラさせた分隊長が、紹介してよオーラを出しつつ小隊長連中に目配せした。
「死にたいのか?」
「ゃ、やっぱりぃ?」
「セシリーに射殺されるに、晩飯10日分賭ける」
「リナたんのアンチマテリアルライフルに5日分」
「リナたん戦車に踏みつぶされるに一週間分」
「い、いや、変な小姑が付いてない年下君にします・・・・」
天幕の中が笑いに包まれた。
しかし、アキトという人物を全く知らない紫音には、何のことか理解できず困惑させられるだけだった。
「そ、そうなのですか・・・・」
バンパイア戦争では、殺すか殺されるかの戦いであった。少年兵の動員は50年前までは日常茶飯事であったが、防衛線の安定と共に社会秩序と社会組織が安定したことから、少年兵の出撃という話は近年では聞かれなくなっていた。
「ん? どうした生徒会長。アキトがガキと聞いて不安になったのか?」
「い、いえ、そんなことはありません。ですが・・・・」
そもそも子供で攻撃部隊をひきいているということが理解できない。
「ま、まあ、確かになぁ。でも、アキトの凄さは前線で戦った連中ならみんな知ってる」
副隊長が紫音に話すと、まわりの小隊長も続けて話してくれた。
「あたしも直接アキトは見たこと無いけど、アキト揮下の部隊に何度助けられたことか」
「違いねぇ。アキトがいなきゃ、ここにいる抜刀隊の少なくとも半分は今ごろゾンビになって、その辺ウロウロしてるだろうな」
その場の抜刀兵、特に小隊長以上はウンウンと神妙な表情でうなずいていた。
「まあ、アキト揮下のビアンカ中隊さえ引っ張り出せれば、生体ゾンビの大群が来ても蹴散らせることは間違いない」
「ビアンカ・・・・」
ビアンカという単語に、紫音は不安を感じてしまった。彼女は学生であり、後方で教育を受けている最中の人間なのだ。
「何だ、生徒会長はビアンカ知らないのか?」
「い、いえ。モデラーズ兵の前に生産されていたタイプのクローン兵ですね」
紫音の認識では、古いタイプで性能の悪いクローン兵だと教えられていたのである。
「クローン兵か・・・・まあ、確かにそれはそうだが・・・・」
「ああ、その言い方はやめておいた方がよくないかな」
「うん、私も嫌だ。お前らを助ける気が失せるわ」
紫音が発したクローンという言葉に、その場の全員が表情を険しくしていた。
「あっ! も、申し訳ありません」
何か地雷を踏んだのは確かだった。紫音は慌てて謝ったが、彼女たちの表情は険しかった。
「いや、少なくとも我々の大半はビアンカには恩があるんだ。だから・・・・」
小柄な同年代の分隊長が紫音にそう言ったが、その言葉を叱咤するように声があがった。
「極端に若い奴は別にして、このあたりの前線で2・3年戦ってる連中の前でビアンカの悪口だけは言わない方がいい。つーか、そんな奴は、あたしがぶん殴るっ!」
それまで何かにつけて紫音に気を遣っていてくれていた副隊長が、険しい表情を崩さず吐き捨てるように言った。
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