第32話 いちばん心に近い物

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 コウに手を引かれて行くのは、テイくんたちの後。

 悪いよ、といったら人差し指を立てられた。

 黙ってついてってみよう、ということなのだろう。

 趣味悪いよ? もう。


 二人は混雑の中、座れる場所に腰掛けた。

 少し離れた壁際に背中を預けて耳を澄ませる。

 コウがそうすると、あたしもなんとなく気になっちゃって……つい聞き耳を立てた。


「一つだけ、お前に聞きたいことがあって」

「……なあに?」


 ユウちゃんは緊張しているようだった。

 あたしと服を選んでいる時は終始ハイテンションだったし。

 思えばコウと二人でいた時もそう。


 ……緊張して、無理矢理出してたのかな。

 あげても無理が出るのがテンションだよね。


「……がきんころにした約束、覚えてるかなって」

「テイの方が忘れてる……と思ってた」

「じゃあ、せえの、な」

「……せえ、の」


 恐る恐る影から顔を出すと、二人は見つめ合って同時に言うの。


「お前は俺しかもらい手ねえから」

「テイはあたしくらいしか面倒みれないから」

「「だから結婚してやんよ」」


 ……わあ。

 なんだろう。

 なんて言えばいいんだろう。


 意地っ張り同士の意地の張り合いみたい。

 思わずコウと顔を見合わせちゃった。


「一つ訂正するよ」

「……なしにするの?」


 泣きそうな顔をするユウちゃんは、同性から見ても……可愛くて、健気で。


「ちげえよ」


 言い返すテイくんは顔を背けて……首裏を引っ掻いてからため息。


「お前の方が正解だった。離れてみて、実感した」

「……テイ」

「可愛くなりすぎて、正直どうすりゃいいのかわかんねえ」

「負けを認めるのが怖い?」

「……うっせ」


 嬉しそうだ。ユウちゃん、すっごく嬉しそう。

 テイくんは悔しそうで、俯いちゃった。


「今も、気持ちかわんねえか?」

「……ばかだなあ」


 きっと、これから決定的なことを言うんだ。

 そう思ったから、コウの手を引っ張った。

 それは二人だけの、大事な瞬間だから……覗いちゃいけないと思って。


 名残を惜しむコウを引っ張って、でも動こうとしなくて。

 まごまごしていたら、


「指輪、買いに行こうぜ」


 そんな声が聞こえてきた。今度こそあわててその場を離れる。

 人混みに紛れてふり返ると、テイくんの腕に抱きついているユウちゃんが見えた。


「絶対、好き同士だって思っても……躊躇うもんなんだな」


 コウの声になんて答えようか悩んで……考えて。

 コウの手を両手でぎゅっと包んでから、周囲を見渡してみた。


 家族連れ、カップル、おひとりさま。

 友達同士で来ている人もいる。

 みんながみんな楽しそうじゃなくて、ケンカしていそうな人たちもいて。

 ユウちゃんみたいに、一緒にいられることがただただ幸せ! みたいな顔をしている女の子もいる。

 たぶん……あたしもコウと一緒にいるとき、おんなじ顔になる。


 それでも……簡単に出来ることと、出来ないことがある。

 だから紆余曲折を経て……やっと旅に出ているんだ。


「指輪、買える?」

「……まあ、千愛(ちあ)が欲しければ」

「じゃあ、あたしの下着えらべる?」

「そ、それは、さすがに……はずい」

「全身コーデ考えてくれたり?」

「……俺のセンスでよければ?」

「下着込みで?」

「だからはずいっての!」


 笑いながら身体を預ける。歩きにくいはずなのに、嬉しそうな顔をして。


「そのはずいことみたいに、いろいろあるよ」

「……なるほど」


 わかったような、わからないような?

 おさまりが悪そうに肩を竦めるコウに悪戯をしたくて、下着屋さんに引っ張っていった。


「ちょ」

「コウの好みを教えて」


 一応言っておくと。


「あたしもはずいから。付き合って?」

「……なにそのわがまま。殺し文句すぎる」


 さんざんてんぱっているコウは、店員さんに声をかけられてより一層てんぱるのだった。

 旅の恥はかきすて。そうそうここには来ないだろうし。

 だからあたしは、めいっぱい困らせてやるのだ。




 つづく。

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