第18話 見せるのは……

 18...




 バスタオルで隠す前から、自分の身体を鏡で見て憂鬱だった。

 傷跡がある。手術の痕だ。

 心臓から鎖骨に向けて、一筋――……薄く。バスタオルで隠れる長さで。


 先生は目立たないようにしてくれたし、丁寧に消す方法を教えてくれたから今はもうだいぶ目立たなくなった。この調子なら綺麗に消えるよ、と言ってもらったこともある。

 それでも気になる。消えない限り、気になり続ける。


 コウは単純に私の裸が見れるとか、一緒に入れるみたいな。そういう男の子の楽しみで頭がいっぱいで、だから先に入ってもらった。


 問題があるのは……あたしの方だ。

 たぶんコウはバスタオルを外すことを期待しているだろう。

 でももし、この傷跡を見せたら? 手術の話をしなくちゃいけない。

 そうしたら……嘘を吐いていたことも知られてしまう。


 疑っている。コウはあたしを許してくれないんじゃないかって……疑っている。


 それでも最終的に扉を開けるだけの勇気をあたしにくれたのは、昨日のコウが凄く優しかったという事実だ。


 あたしの不安も知らずに脳天気にしているから、探りを入れようと思った。

 隣に入って、腰元を見て呆れて。

 本当にいつも通りのコウだったから、踏み出せなくて保留。


 そんなあたしの心中なんてお構いなしに――気づかれたら困るのはあたしだしいいんだけど――コウが腰に手を回して引き寄せてきた。

 ちょっとぎこちない。一緒にお風呂に入るのなんて、小学校以来なかったし。


「一緒に風呂とか、小学校以来じゃね? 久々すぎ」


 照れたように笑うコウは、あたしと同じ事を考えていたみたいだ。


「喜びすぎ」


 お湯を指先ですくい上げて顔にかけてやるのに、笑うばかりだ。


「……脱ぎたくない?」


 どきっとした。

 ごまかしたいと思ったし、言うなら今だとも思った。


「見て……後悔するかも。汚いよ、あたしの身体」


 たぶん、コウが思うよりずっと。

 嘘の象徴がある身体を見せるなら、せめて……先延ばしにしたい。

 だめだ。やっぱりこわい。無理だ。問い詰められたら、まじまじと見られたら……それだけでつらい。つらすぎる。


「千愛(ちあ)の身体なら、たとえば……そうだな」


 コウの腕はしっかり腰に回っていて、けどその手は添えるだけで。

 いつでも逃げ出せる程度の接触でしかない。


「胸がすげえたれてても、お腹がぽよってても。それこそへそが二つあってもいい」


 ばかだ。


「もしかして乳首が四つあるとか?」

「ばか」


 思わず強めにお湯をかけちゃった。「うわ、っぷ」

 咳き込んでからそのまま笑い声をあげて、あたしの腰から手を離す。

 離れてしまう。


「あ――」


 思わずあがった声に応えるように、コウはあたしの前に回ってきた。

 湯船の中で正座なんかしちゃって。


「どんな裸でも、何があっても見たい。いつだって服を着てしかえっちさせてくれない千愛に何かがあるんだとしても……俺は見たい」

「――……なんで」


 コウの言葉には、普段見せないような……気遣いがあって。

 その理由がわからない。ううん、もしかしたら……わかっていて、他の誰よりも信じたい事実を信じられない。


「好きだから」


 ずっと。


「全部、受け止めたい」


 ずっと。その言葉が欲しかった。


「好きな子の裸が見たいって、そんなに変か?」


 照れたようにほっぺたを引っ掻いて、今更目のやり場に困ったように視線をさ迷わせて。


「他の誰でもない」


 瞼を伏せて、一度深呼吸をすると。

 今度ははっきりとあたしのことを見つめて言う。


「千愛の裸が見たいんだ」


 本当にひどい。

 ひどいお願いだった。

 もっと他に、言い方なんてあっただろうに。

 よりにもよって。


「告白の時みたいに、ひどい……」

「だ、だよな! 我ながらどうかと思うんだけどさ」


 あはは、と笑うコウの前で「わかった」と呟いて、バスタオルの結び目を解いた。

 お湯に広がり流れていくバスタオル。


 もう……身体を隠すものはなにもない。


 あたしを見るコウの目は見開かれて、それだけに留まらず、


「……あ」


 ぽた、ぽたと垂れていく。

 鼻血が。赤いのが鼻から出て湯船に落ちていく。


「こ、コウ? 大丈夫? 鼻血でてる」

「や、まじで、うわ、うわ」


 動揺の言葉を吐くコウの気持ちがわからなくて、鼻血だいじょうぶかと気になるあたしの耳に、


「すげえ……綺麗で」


 そう感慨深く口にするコウの声が確かに聞こえた。


「うわ。うあ……やばい」

「あ、あの?」

「…………見てるだけで、いきそうです」


 目を潤わせて、鼻をずるると啜ってそんなこと言われても困る。


「へ、変じゃない?」

「ぜんぜん」

「……傷があるよ?」

「がんばった証なんだろ? 俺は知らないけど」


 心臓がぎゅっと掴まれるような苦しさを感じた時にはもう、


「ご、ごめん!」


 謝っていた。さげようとした頭を撫でられて、止められる。


「あ、あの?」

「謝る必要なし。気になるなら今度話してよ。千愛のタイミングでいいから」


 許してくれるの? と聞きたい顔になってたと思う。

 コウはすぐに頷いてくれた。


「いつでもいいから」

「……うん」

「それより、今はじっくり見せて」


 そう言うと、あたしの胸とかお腹とか……その下とか。

 遠慮無くじろじろ見てくるコウを見て、やっと……やっと気づいた。


 あたしの彼氏はコウで。コウ以外あり得ない。

 だって……こういう人なんだもん。笑って受け止めちゃうような人だったんだもん。

 そういうところも……大好きなんだもん。


「一大決心さえ出来なくて泣きそうだったのに、ひどい」

「って言うけどなー! ずっとお預けだったんだから、喜びしかないだろ-! 見れば見るほど綺麗だよな。乳首蛍光ピンクかよ」

「ばか!」

「はは!」


 何度お湯をかけても、めげずに身体を見てくるコウの欲求はなんなの。


「どんなんなっても好きだよ」


 そういうことはもっと前のタイミングで言って欲しかった!

 まったくもう……ばか。




 つづく。

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