胎内時計

宮間

胎内時計

「やあ、こんにちわ」

「あら、こんにちは」

 ぎょろっとした大きな魚類の眼をした鹿が、口から真っ赤な蛆を溢してぐるぐるぐると喉を鳴らした。


 誰しも体の中に時計を持っている。

 毎日の生活の中で、意識しなくとも日中は活動を、夜は休息するという事を繰り返している。それが自然と夜になると眠りを導く。朝目覚めた時に、体内時計はリセットされる。

 それは一日の話。

 は、それとは少し違ったものだ。

 作品を生むのは胎内なのだから。

 作品は我が子なのだから。




 ごぽごぽごぽごぽ。がぱがぱがぱがぱ。

 水に沈め、明日の心。

 ごぽごぽごぽごぽ。がぱがぱがぱがぱ。

 朝に浮かべ、太陽の声。

 ごぽごぽごぽごぽ。がぱがぱがぱがぱ。

 知らない声といらない音。

 ごぽごぽごぽごぽ。がぱがぱがぱがぱ。


 さよならあした。




 ずるっ、ずるっ。


「あ」


 くるんと後ろを振り向いた。


「いまとおった」


 ずるんずるん。

 びしゃんびしゃん。


『どうやらそのようだね』


 ずるんずるん。


「君は出なくていいんだよ」


 にちゃにちゃにちゃにちゃ。

 くちゃくちゃくちゃくちや。



「いっぱいだね」


『そうさ、いっぱいだ』



 このよはあくむで満ちている。



 お腹いっぱいめしあがれ





「コンニチハオジョウサン、ココハドコカナ?」

「こんにちは。ここは私の夢の中」

「ソウナノカユメナノカダカラコンナニナニモナインダネ」

「そうよ何も無いの。こんにちは。ここは私の夢の中」

「トコロデオジョウサンナニカホシイモノハアルカイ」

「何も無いわ。そうよ何も無いの。こんにちは。ここは私の夢の中」

「ムヨクナンダネソレハスコシカナシイナ」

「悲しいの?不思議ね。何も無いわ。そうよ何も無いの。こんにちは。ここは私の夢の中」

「カナシイヨキミハナニモモトメテイナインダカラ。ツマリキミハダレモシンヨウシテナイッテコトナンダカラ」

「あらそれは悲しいわ、そんなつもりはなかったのよ。悲しいの?不思議ね。何も無いわ。そうよ何も無いの。こんにちは。ここは私の夢の中」

「ジャアオジョウサン、キミノナマエハイッタイナンナノカナ?」

「私?私はユメミよ。あらそれは悲しいわ、そんなつもりはなかったのよ。悲しいの?不思議ね。何も無いわ。そうよ何も無いの。こんにちは。ここは私の夢の中」

「ゆめみ。オボエテオクヨ、マタアウコトニナルカラネ」

「あらそうなのそれはとても楽しみだわ。私?私はユメミよ。あらそれは悲しいわ、そんなつもりはなかったのよ。悲しいの?不思議ね。何も無いわ。そうよ何も無いの。こんにちは。ここは私の夢の中」

「ナニカシツモンハアルカイ?」

「そうね、あなたの名前が知りたいわ。あらそうなのそれはとても楽しみだわ。私?私はユメミよ。あらそれは悲しいわ、そんなつもりはなかったのよ。悲しいの?不思議ね。何も無いわ。そうよ何も無いの。こんにちは。ここは私の夢の中」

「ボクハひつじダヨ。ヨロシクネジャアマタネ」




「あの人は変わってるんだ。小説を書くことを生き甲斐にしてる」

「そう、変わってる。何って、人生の全てを小説にかけているんだ」

「それだけならまだマシだ。全てを、そう、己の全てにおいて、彼の中で一番になるのが小説なんだ」

「彼は生きること、話すこと、息をすることすらも小説にするんだ。それは一種のさがだね」

「どんな辛いことがあっても、どんな絶望を得ても、《これでもっといい小説が書ける》そういって笑うのさ」

「彼の頭の中、どうなっているんだろうね」

「彼は今、精神科病棟だよ。今も看護師さんにいてもらってるんじゃないかな」

「作品?僕は読んだことはないな。だってあんな気違いの作品、誰が読みたいと思うんだよ?」

「でも何が面白いって、彼の作品を読んだ人は必ずこう言うんだよね」

「《これは傑作だ》」




「agtpngw@k@mpd8々〒3$・_÷さん」

「?」

「もう直ぐ投稿しkjjpstodjgといけまavjvwuqよ」

「???」

「携帯小説。そろそろ投稿しないと、飽きられちゃいますよ」


 僕は足を組み直して、口の端を釣り上げた。


「そうかもね」


つい先程挨拶した鹿が、看護服を纏って醜く歪んでいる。

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胎内時計 宮間 @yotutuzi

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