第7話 二人の辻斬り犯

 困ったのは奉行所だ。

 例え正義の味方でも、ご公儀にとっては許しがたい犯罪者である。しかも、奉行所が追い切れていない悪党を懲らしめて見せたというのだから、奉行所の面目は丸つぶれ。南北両奉行所の枠を超え、それぞれの奉行所から精鋭の与力と同心を結集して事の次第に当たらせていたのだが、ここに来てもう一人の辻斬りが出たと聞いて、南の仏も北の鬼も、奉行二人は肩を落とし、深いため息をついた。

 この数ヶ月、「月夜の使者」を追うのに必死で、奉行所の役人たちは皆、疲弊している。そこに来てもう一人の辻斬り捜査にかける人員も、時間も無い。

 江戸の町の噂はお城にも届いていたから、城に行くたび、老中に「月夜の使者」の進捗を聞かれるのだが、刀の長さは一般的な太刀より少し大きめのおよそ2尺5寸(約75センチ)ほど。亡くなったゴロツキたちはみな、背中を袈裟懸けに切られ、背骨と腰骨を損傷して亡くなっている……ということしか、わかっていない。

 それだけ大きな傷だから、刀の方も欠けたり、傷がいったり、場合よっては折れていても良さそうなものだが、そのようなかけらが見つかったという話も聞かない。


 すっかり気落ちしている鬼奉行を、阿津あつ忠慧ただとしは気遣った。

「なあ、姉上。月夜の使者ともう一人の辻斬り……俺には、どちらも同じ人間に思えるんだが」

 年が明け、数え14になった忠慧がそんなことを言う。

「あら、どうして?」

 こちらも数え19になった阿津が、忠慧に尋ねた。

「左利きなんだよ、下手人はどちらも」

 忠慧が、姉の前で竹刀を構えて見せた。

「左利き……?」

「斬った方向が、どちらも同じ。あれは、左利きの人間の斬り込み方だ」

 姉の前でわざと左利きの構えを見せて、忠慧は目の前の的に何度か切り込む。

「それに踏み込みが弱いから、剣術を得意としている者ではない。斬られた方は相当、痛い思いをして長い間、苦しみながら死んでいったんじゃないだろうか」

 いづれも奉行所が追っていた極悪人とはいえ、むごい死に方をしたものだと、忠慧は死んでいった者たちを憐れむ。

「では、『月夜の使者』はなぜ、矢七を襲ったの?」

「そんなこと聞かれても、俺は月夜の使者じゃないし……」

「そうよねえ……」

 万が一、忠慧の言うとおり、矢七を襲った犯人が「月夜の使者」で、辻斬り犯が同一人物だったとしても、左利きで剣の達人ではない者。たったそれだけの情報で「月夜の使者」の素性がわかるわけではなく……。忠慧も阿津もただ、首をかしげるしかなかった。

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