続編・第三章『風見夜子と壊された休暇』

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 焼却炉の爆発から一週間が過ぎた。

 当時、現場に面した廊下で歩いていた生徒数人が、軽傷を負い、作業員の二人は死亡した。テレビでもとりあげられ、校門にはいくつもの取材陣がおしかけた。調子のいい生徒はインタビューまで受けていた。

 学校側もその週のうちに保護者に向けた説明会を開いた。ちなみにおれの親は参加しなかった。

 焼却炉の爆発から翌日、警察がちょうど現場に向かっていくのを朝の登校時に見かけた。そのなかに、警部補である桐谷の父親がいて、おれはこれが事故ではなく、事件であることを悟った。

「怪我をした生徒数人の証言だと、作業員が袋にはいっていた蜂の巣を入れた瞬間に、爆発が起きたそうよ。つまり仕掛けられていたのは、蜂の巣のなかってこと」

「仕掛けられていたって? 何が?」

「爆薬よ。それが高温で熱せられた焼却炉のなかに、放り込まれたの」

「誰がなんのために」

 桐谷はそれには答えなかった。それはつまり、警部補も、まだつかめていないということだ。

 学校中でもその話がもちきりになった。かと思いきや、週があけてみれば話題はがらりと変わっていた。学校という特異な空間で起きた死傷事件よりも、生徒が優先してとりあげる話題は、ひとつだった。

「明日から夏休みです」

 担任の白埼先生がぱんと手を叩くと、クラスで歓声がわいた。興奮した男子はノートを放り投げていた。

 季節や時期が違っていれば、爆破事件もしばらくは話題にあがっていただろう。犯人がもしも愉快犯であるなら、そいつにとっては運悪く、事件は早めの消費期限を迎えてしまった。それこそ爆発が起きるみたいに、一瞬で。

 現場を目撃し、ショックを受けているだろうと思っていた風見も、意外に平常運転だった。今朝も家の前で待ち構えていて、

「どうも、100点女の風見夜子です」

 などとあいさつをよこしてきた。過去の経験もあり、ひとの死を目撃して、もっと引きずって落ちこんでいるかと思っていたので、その自己紹介が三割増しで癪にさわった。

 風見の百点に、この爆破事件。いい意味でも悪い意味でも感情の整理がおいつかず、気づけば夏休みがやってきた。いまは前日、最後のホームルーム中だ。

 白埼先生は背中を向けて、黒板に何かを書きだしていく。今日も彼女の髪型は変わらない。白ウサギというあだ名の由来にもなった、髪の束を二つにまとめた、ツインテール。

 数人の生徒はすでに自分のカバンに手をかけて、教室から一番に飛びだす準備をしていた。白埼先生はペースを変えず、ゆっくりと、細い字で書きすすめる。よく見ると、渡された『夏休みの心得』というプリントにあったことと、同じ内容だった。

「いちいち書かなくてもいいじゃないですか」誰かが言った。

「念には念をよ。あわてなくても、夏休みは逃げないから」

「白埼先生、夏休み後のスケジュールまで書かなくてもいいじゃないですか」

「それも、念には念を」

 端々からとんでくる生徒の文句を、ひらりとかわす。念には念を、というのは、もはや彼女の決め台詞になっていた。

 ところでおれは、まだ科学の再テストを受けていない。白埼先生からはまだなんの連絡もなく、覚えているかどうかも怪しかった。テストを抜けだした生徒の面倒などいちいち見ていられないのだろうか。正直に言えば、このまま気づかれずに済ませればという、小さな悪意が脳にわきはじめている。

 白埼先生が出席表を閉じて、身の回りの支度をはじめる。それは教壇を離れ、ホームルームが終わるという合図でもあった。

「それではみんな、よい夏休みを。業務に追われるわたしの分まで楽しんできてくださいね。それから凪野くん。凪野陽太くん。あなたにも業務が残っているので、今日の放課後、私と一緒にお仕事をしましょうね。再テストの日時を決める、大事なお仕事ですよ」

 びしっと指をさされて、クラスの視線がおれに向いた。まったく、嫌なことをしてくれる。横で佐藤がにやにやと笑っているのがわかった。とにかく、これで逃げられない。

 本当に、念には念をいれる先生だった。

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