一週間後。すべてのテストが終わり、その答案結果が順番に返ってきた。科学の答案用紙を受け取った直後の風見は、無表情のままだった。喜んでいるのか、落ちこんでいるのか、本当にわからなかった。

「点数は?」

「昼休みに、みんなの前でみせる」

 それだけ言って跳ね返されてしまった。買っておいた遊園地のチケットは、とりあえずまだしまっておくことにした。どのタイミングで渡そうか。昼休みに、結果は残念だったがと、桐谷たちの前で渡してしまおうか。それとも放課後、二人になった場面がいいだろうか。

 昼休みになり、四人で集まる。風見が問題の科学の答案用紙を、まず桐谷に見せた。おれは制服のズボンのポケットから、まさにチケットを取りだそうとしていた。

「信じられない」

 桐谷の力の抜けた手から、答案用紙が落ちる。空気に揺らされながら、不規則な動きで地面に落ちていく。荒田が拾いあげ、横からおれもその結果は見た。百点だった。思わず荒田の手から強引に答案用紙を奪っていた。回答欄がすべてうまっていて、すべてに丸がついていた。ぺケの印もなく、右上にはそれをあらわす100という数字。

「ありえない。カンニングか?」

「そんなばかな、いったいどうやって。白埼先生を脅したとか?」

「それとも職員室に忍び込んで解答用紙をみたの?」

「みんなのわたしに対する評価がよくわかったわ」

 おれたち三人のリアクションに、かすかに風見がすねた。山を張ったのだと彼女は主張してきた。

「わたしは白ウサギ先生と相性がいいみたいね」

 とどめに風見がふところからだしてきたのは、遊園地のチケットだった。白埼先生からもらったものだろう。見事におれが買ったチケットとかぶっていた。

 ちなみに風見のほかの答案用紙を見せてもらった。どれもぎりぎりで赤点をまぬがれている。本当に努力していたのだ。

 桐谷はほかの科学の答案用紙と、ほかの教科の結果を見比べている。

「あれ、でもこれって……」

「なんだ?」

「……いや、やっぱりなんでもないわ」

 妙に含みのある言い方だった。そんなふうに桐谷の様子が少しだけおかしかったことをのぞけば、風見は今回、理想的な結果で期末テストを終えることができた。

 ちなみにおれもまずまずの結果で、ただ科学のテストだけは、抜けだしたことによる再試が待っている。後日、白埼先生に呼びだされ、おれは日程を決められるそうだ。

 一度は疑いはしたものの、風見への祝福ムードにはいろうとしていた。その流れにのって、ごまかすように、おれはポケットのチケットを奥にしまいなおそうとした。

「あれ凪野くん、そういえばさっき、何かだそうとしていなかったかい?」

 めざとく気づいたのは、荒田だった。目を合わせると、明かに楽しんでいる様子だった。そうか、とここで確信する。こいつは最初からおれが用意していたのを知っていたのだ。このタイミングがくるまで、告発を待っていたのだ。

 観念して、おれはチケットを見せた。風見はテーブルに置かれた二枚のチケットを、無表情のまま見つめている。喜んでいるのか落ちこんでいるのか、やっぱりわからない。わからないのなら、ここは素直に謝るべきだと思った。

「すまない風見、お前を信用していないわけじゃなかったんだが……」

「いいのよ凪野くん。わたしも結局、凪野くんを追って未来の死体の現場にむかったんだし、これでおあいこね」

 雰囲気が和らいだのがわかった。これで仲互いせず、風見と遊園地にいくことができるようだ。微妙な空気は嫌いなのだ。

 余計なことをしてくれたと荒田を睨もうとしたが、まだ彼の策は終わっていなかった。荒田は二枚のチケットを手に取り、口を開く。

「いやいや、何の偶然か、ここにチケットが二枚ある。一枚につき二人まで使えるということは、このチケットで遊びにいけるのは四人までだ。ところで、ここにいる人数を数えてみようかな。いち、に、さん、し。おお、ちょうど四人だ。どう思う、風見さん?」

 最初から最後まで、実にわざとらしい口調だった。みんながそれにわざわざ付き合っていた。そのすがすがしさが受けたのか、桐谷は笑っていた。

 劇を終わらせるように、風見が最後にこうしめた。

「四人でいきましょう」



 放課後、みんなで昇降口をでようとしたところで、外を二人の作業員が横切っていくのが見えた。見慣れない格好の二人だったが、そのうちの一人が持っていたものには、なじみがあった。大きなビニール袋を持っていて、はいっていたのは蜂の巣だった。

 高藤先生が駆除を一度はまかされていたが、それは失敗していた。代わりに、外部の人間を雇ったのだろう。

 二人の作業員が校舎裏に姿を消したのを見送る。あの先には確か、焼却炉がある。なるほど、シンプルに燃やすという手だ。

「水に沈めてしまうのも効果的よ」

 実体験をまじえて風見が説明した。その流れで、事件解決の話をもう一度聞きたいと荒田がせがんできた。

「杉本は怯えていた顔をしていたかい? くそう、僕もテストを抜けだしておくんだった」

「ねじ曲がったお前の本性を、周囲の女子に見せてやりたい」おれが言った。

「期待を裏切られて彼女たちは、怒りを爆発させるのかな。こう、どかんとさ」

 そのときだった。

 どごおおおおん、と地響きが聞こえてきた。同時にガラスの割れる音もした。地面が軽く揺れていた。地震かと思ったが、違っていた。

 いまのは爆発音だった。校舎の裏からしたものだ。おれが判断したときにはすでに、風見が駆けだしていた。

 校舎裏へと向かう。いったい何があったのだろう。走りながら、いまさっきここを通っていった、作業員のことが頭に浮かんだ。

 校舎の角を折れて、現場につく。先についていた風見の肩を叩き、何があったのか聞こうとしたが、目の前の光景に、言葉を失った。

 そこにあるはずの焼却炉が、めちゃくちゃになっていた。頑丈な鉄でできていたはずのそれが、粘土にでもなってねじったみたいに、原型をとどめていない。近くの校舎の窓はすべて割れていて、どこかでうめき声もした。

 周囲の草が燃えていた。おれたちが立ち呆けている間に、ぞくぞくとほかの生徒が様子を見にくる。校舎の二階、三階からのぞく顔も見える。

 そしておれは、いままでそむけていたものに、ようやく目を向ける。

 さっきの作業員の姿が、地面にあった。体のあちこちが焦げていて、服にはまだ火もついている。関節がおかしな方向に曲がっていて、とっくに手おくれだとわかる状態だった。野次馬のひとりの女子が、おれと同じものを見ていたのだろう、近くで吐きはじめた。

 ここでようやく、教師がやってくる。一瞬ほど現場に圧倒されながらも、すぐに大声で生徒をどかしていった。おれたちも焼却炉から退散させられた。現場から離れても、ほおにはまだ、さっきまで浴びていた熱が残っていた。

 そばで荒田は険しい顔をしていて、桐谷はどこかに電話をかけていた。そして風見は、無表情だった。だけどその体は震えていた。

「助けられた。助けられたのに。わたしが、わたしさえ気づいていれば……」

「風見」

 もしもあの場所を、一度でも風見が見ていたとしたら。いや、それでもあれを人間だと判断することは、できなかったのではないだろうか。異常な状態であるはずなのに、なぜかぞっとするほど冷静にまわる頭で、おれはそう考えていた。風見に言うべきではないという理性だけは何とか残っていて、自分にホッとした。

 のちにこれがただの事故ではなく、事件であったことをおれたちは知る。


 風見夜子に、最大の敵が迫っていた。

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