ありふれた国の仲良し兄弟

@LED-yy

(註:1話完結です)

<1>

 むかしむかし、あるところに、大変仲の良い人間の兄弟がいました。


 兄は非常に優秀で、物事の理解が早く、多才であったので、皆から慕われていました。

 弟は兄に比べ、おっとりしていましたが思慮深く、心優しい性格で、やはり皆から慕われていました。



<2>

 兄弟の生まれた国は、人間たちが魔族に支配されていました。

 魔族の王様と、ほんの一握りの強力な魔族たちによって、行政が敷かれ、工場や農場などが運営されていたのです。

 兄弟を含めた大多数の人間たちは、魔族の指揮の下、工場や農場で働かされ、生かさず殺さずの生活を送っていました。



<3>

 ある日のことです。

 人間たちの間で魔族に対する不満が募っていたのを知った兄は、弟に革命の計画を打ち明けました。


「弟よ。魔族の王様を倒すために、協力してくれ。たくさんの人間の味方を集めるんだ」

「大丈夫、兄さん? 魔族はとっても頭がいいし、力も強いんだよ?」

「確かに魔族は強い。でもあいつらは数は少ないんだ。

 十人で一人の魔族に挑めば、きっと打ち勝てるだろう。

 あいつらの百倍、千倍の人数で挑めば、多勢に無勢ってやつだ。きっと王様を倒すことができるさ」


 兄弟は力を合わせて、魔族に気づかれないよう、人間の味方を増やしていきました。

 兄はその優秀な才能を存分に発揮し、味方を訓練し、少数の魔族を完璧にやっつける計画を立てました。



<4>

 かくして機は熟しました。

 兄弟の地道な根回しの甲斐もあり、国中の人間たちが兄弟の味方になりました。

 大規模な革命が、魔族たちの気づかない内に、もはや手遅れな段階にまで進行していたのです。

 状況の不利を悟った魔族の王様は、僅かな側近と共に、そっと国を逃げ出していきました。

 革命は見事に成功したのです。


「万歳! 兄弟の英雄によって、邪悪なる魔族の王様は追い払われた!」

「もう魔族に支配されなくていいんだね。僕たち人間による、新しい国ができるんだね!」


 人間たちは大喜びです。

 革命成功の立役者である兄弟は、力を合わせて新しい国を作りましたとさ。めでたしめでたし。



<5>

 ……と、書いて締めたいところでしたが、実際は違いました。

 あれだけ仲が良かったはずの兄弟は、翌日にはどうした訳か、新しい国のあり方を巡って、激しく言い争いをしていたのです。


「弟よ。これから作る新しい国は、俺たち人間による素晴らしい国にしていかなければならない!

 生き残った魔族は、人間たちに嫌われているし、国外に追放するべきなんだ!」


 兄は声高に、自信満々に主張しました。兄の考えに賛同する者たちも一様に頷いていました。


「兄さん。いくら兄さんの考えでも、僕は賛成できないよ。

 魔族でも悪かったのは、王様とその側近だけだったんだから。

 それ以外の魔族まで追い出すのはおかしいよ」


 弟は兄の迫力に気圧されながらも、自分の考えを述べて抗議しました。弟の考えに賛同する者たちも、兄のそれと同じぐらいいました。



<6>

 二人の口論は平行線で、丸一日経っても決着を見せません。

 やがて議論に疲れ果てた兄は言いました。


「ならばこうしよう。この国の真ん中に国境を新しく作り、北と南の二つに分けよう。

 北は兄である俺が、南は弟であるお前が治めるんだ。

 どちらの国がより良い国になるかを競おう。そうすれば、どちらの主張が正しいかハッキリするだろう」


 弟はどちらかといえば、兄を説得して二人で国を治めたかったのですが、兄はどうしても引き下がりません。

 仕方なく、弟は兄の提案を飲みました。国の北側を兄が治め、南側を弟が治める事になったのです。


 優秀な兄は、心の中でほくそ笑んでいました。

 革命計画を練っている間に調べて分かった事ですが、この国の主要な工場や農場といった、近代的な建物は北側に偏っていたのです。

 南側には、開発も済んでいない荒れ果てた土地や、貧乏な人間たちの暮らしていた家があるだけでした。


 弟は悲しみにくれながら、兄と別れる事になりました。



<7>

 北の国を治める兄は、翌日には魔族たちを全て、追い払ってしまいました。


「新しい国にとって、古き悪しき支配を強いていた魔族など必要ない!

 人間の、人間による、人間のための、新しく素晴らしい国を目指そう!」


 兄は意気盛んに演説し、兄に賛同する人間たちも大喜びで歓声を上げました。

 噂によれば、南の国を治める弟は、魔族たちを追い出さず、むしろ彼らから、国を治める方法を教えてもらっているそうです。


「昔から思っていたが、バカな弟だ。

 結局魔族に教えを乞うんじゃ、何のために苦労して魔族の王様を追い出したんだか分かりゃしない。

 あいつの国は、結局今までと変わらないに違いないぞ」



<8>

 南の国を治める弟は、翌日には魔族たちに対し、頭を下げてお願いをしていました。


「どうか、新しい国を作る事に協力してください。

 南側には何もないし、僕についてきてくれた人間たちは、単純な仕事しかできないんです。

 どうやって農場や工場を運営していけばいいのか。

 ちゃんとした国にするためには、どれだけ税金が必要なのか。

 今まであなた達、魔族がやってきた事を、少しずつでいいので、僕たちに教えてください。お願いします」


 魔族たちは、弟の真摯な態度に面喰らっていました。

 王様が逃げ出した以上、自分たちも殺されるか、国を追い出されるだろうと思い込んでいたからです。

 魔族たちは、少しの間お互い顔を見合わせ、相談し……やがて弟に言いました。


「わかりました、新たなる王よ。顔を上げていただきたい。

 我ら魔族を虐げず、この国での生活を保障してくださるなら、王のお望みの知識や技術を、人間たちにお教えしましょう」


「ありがとうございます……感謝します!」


「ただし、一朝一夕で成果が出るとは思わない事です。

 我らとて、自分たちの培ったモノをすぐに身につけられた訳ではない。

 道を敷いたり、新たな農園や工場を作ったり、病院や学校を建てたりと……


 やる事や学ぶべき事は非常に多く、そして時間のかかる仕事です。

 今のあなた方からすれば、魔法のような不思議な力に見えるかもしれません。


 ……ですが、あなた方人間がその気になれば、必ず身につける事ができるでしょう。

 困難は多いでしょうが、心配する事はありません。我ら魔族も、何十年とこの国で暮らしてきたのです。

 この国は、我らの故郷です。故郷の繁栄のために、力を尽くすことを約束します」



<9>

 できたばかりの北の国は、最初はみんな、新しい国を作ろうという情熱に満ち溢れていました。

 ところが何年も経つにつれ、北の国の近代的な建物……農場や工場などは、寂れていき、まともに立ち行かなくなっていきました。


 もともとは、魔族によって運営されていた施設なのです。

 運営方法を知っていた魔族たちを追放した結果、何も知らない人間たちの手で動かさざるを得ませんでした。

 やり方を知らない者たちが、いくら知恵を絞っても、上手く行くはずがなかったのです。


 兄の考えた、いくつもの新しい法律や制度が定められ、施行されましたが、どれも失敗に終わりました。

 新しいやり方というものは、どうやれば成功するのか定かではないため、どうしても試行錯誤を繰り返してしまうからです。


 人間の、人間による、人間のための新しい国は、税金もまともに徴収する事ができませんでした。

 徴税の役目を担っていた行政府に勤めていたのもまた、魔族たちだったからです。


 新しく学校や病院を建てたりもしましたが、税金が集められないという事は、教科書や薬を満足に揃える事もできないという事です。

 何年も経つにつれ、これらの建物もまた、まともに機能しない廃墟同前のシロモノになってしまいました。


 北の国はやがて、失業者で溢れかえり、国民の不満がくすぶっていきました。



<10>

 できたばかりの南の国は、最初は貧乏で何もなく、新しい国を一から作っていかなければなりませんでした。

 ところが何年も経つにつれ、南の国は学校や病院ができ、新しく農園や工場が作られ、少しずつですが栄えていきました。


 生活を保障された魔族たちは、北の国から追放された同胞たちの協力も得た上で、人間に自分たちのノウハウを教え込んでいきました。

 税金の徴収の仕方。道路の作り方。農園や工場の建築。それらの運営方法など……旧王国で培われた技術や経験が、人間たちの中にもゆっくりと根付いていきました。


 思慮深い弟は、法律や制度を作る際にも、人間・魔族を問わず、意見ある者の助言を積極的に取り入れていきました。

 一般的に「悪しき風習」と呼ばれていたようなモノであっても、どのような過程で成立したものなのか? 何故悪いと言われているのか? どこを修正すれば、今の状況に即したモノになるのか? などを、十分に吟味した上で、存続や改正、廃止を決めていったのです。 


 弟のやり方は非常に時間のかかるものでした。

 ですが、人間も魔族も、そのやり方に不満を持つ者はほんの一部でした。


 南の国はやがて、生活は楽ではありませんが、国民が飢えずに暮らしていけるだけの糧を得られるようになっていきました。




<11>

 北の国と、南の国ができて10年の月日が流れました。

 二国の間には大きな格差ができ、北の国から、南の国へと脱出する人間が後を絶ちません。


 ある日とうとう、北の国の国民たちが、王である兄の失政に耐えかねて、反乱を起こしてしまいました。

 兄が反乱した国民を、武力で制圧しようとしたため、弟は見るに見かねて、反乱軍を助けるための軍勢を派遣しました。

 日々漏れ聞こえる、北の国に住む人々の貧しい生活や、悲惨な日常の噂に、心を痛めていた為でした。


 二国は戦争状態に入りましたが、ほどなくして弟の南の国が勝ち、北の国の王である兄は、捕えられてしまいました。

 その日、10年前に袂を分かつ事になった仲の良い兄弟は、ようやく再会する事ができました。


「兄さん、久しぶりだね」

「弟よ、立派になったな。どうだ? 落ちぶれた兄を見るのは気分がいいか?」

「何を言っているんだ、兄さん! どうしてこんなになるまで、国を放っておいたんだ?」

「放っておいた訳じゃあない。俺は、俺にできる事を、精一杯やっただけさ。

 俺は、自分で言うのも何だが優秀で、どんな事でもやり遂げられると、そう思い込んでいた。

 だが現実はどうだ? おっとりしていた弟のお前に、こんなにまで差をつけられちまった。

 俺の治めていた国では、俺の言う事をまともに実行できる奴は誰もいなかった。なんでだろうな……」


 兄の身勝手な言い分に、弟は悲しみを覚えました。

 兄はこの期に及んで、自分が失敗した理由を理解できていないように思えたからです。


「……兄さん。やり直せないかな? 昔みたいに。二人で協力して、魔族の王様を追い出した時みたいに」

「はッ、無理に決まっているだろ。

 10年前は俺を慕っていた連中も、今や、北も、南も。

 この国に住む誰もが、俺の事を恐れ、恨んでいるだろうさ。

 それに、二人でもう一度やり直すったって、10年前のようにはいかねえ。

 あの時は、俺が上で、お前が下だった。

 だが今はどう足掻いたところで、俺がお前の下につかなきゃならねえ。

 それは俺のプライドが許さねえよ」


 兄は悲しげに悪態をつき……そして、弟に懇願しました。


「俺は……俺を信じてついてきてくれた人々を、裏切った。ひどい目に遭わせちまった。殺しすぎた。

 弟よ、頼む。俺を殺してくれ! そうしなけりゃ、きっと国民は収まりがつないだろう。

 お前の手にかかって死ねるなら、それで本望だ」



<12>

 弟は悲しみにくれながら、兄と別れる事になりました。


「万歳! 偉大な南の王によって、邪悪なる北の王は追い払われた!」

「もう北の国はなくなったんだね。南の国の王による、素晴らしい暮らしができるんだね!」


 国民は大喜びです。その喜びようは、かつて魔族の王様を追放した時以上のもののように見えました。


 しかし弟にとって、どんなに評判が悪かろうとも、兄は兄でした。

 強く、優秀で、頼りがいのある、世界でたった一人の、仲の良い兄だったのです。

 その証拠に、弟はただの一度も、兄の言葉を否定できなかったのですから。



 これは、どこにでもある、ありふれた国の。

 とても仲の良い、兄弟のお話です。



(おしまい)

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