14 手記(後)

12月24日

今日はリーゼの12歳の誕生日だ。

誕生日のプレゼントとして先生の本を上げた。

食い入るように熱心に本を読んでいるリーゼを見て、

好奇心や探究心は先生譲りなのかなと思った。


5月22日

リーゼは普通の人と同じように成長している。

そして成長すればするほど、ソフィさんの面影を感じる。

美しい銀髪といい、優しく朗らかな性格といい、ソフィさんそっくりだ。


10月5日

先生はリーゼが生まれてから、無理に私を最後まで愛そうとしなくなっていた。

そうせずとも、私と一緒にいるだけで心が満たされるそうだ。

そう言ってくれると、私もとてもうれしい。


11月12日

リーゼが泥だらけになって帰ってきた。

理由を問いただしたところ、沼で動けなくなっていた子犬を助けたらしい。

自分も動けなくなって大変だったが、なんとか出てこられたと言っていた。

私はそのことを叱ったのだが、先生曰く、

『献身的なところがキミそっくり』らしい。

先生とソフィさんの血を引いたリーゼが私に似ているというのが、

私にはとてもうれしいことだった。


12月24日

リーゼの13回めの誕生日。

リーゼが満面の笑みで私たちに『言いたいことがある』といい、

私たちがまったく教えてないはずの魔術『囁き』を披露して見せてくれた。

誰に教わったのか聞いてみたところ、自然に出来るようになっていたそうだ。

この子が先生とソフィさんの血そのものから生まれた禁忌の子供であることを、

まざまざと見せつけられた瞬間のように感じた。


1月12日

誕生日の日からリーゼは、どんどんと使える魔術が増えていた。

その様は生前のソフィさんを彷彿とさせるほどだったが、

リーゼの場合は誰に教わるでもなく自然と身につけているようだった。

はじめこそ喜んで見守っていた先生だったが、

最近はその笑顔に影が差すようになってきた。


2月1日

教会の方が来訪。リーゼを外で遊ばせ、私と先生が話を聞くことに。

先生は最初追い払おうとしたが、

どうか話を聞いて欲しいと懇願する教会の方に根負けし、話を聞くことになった。


リーゼを生み出すきっかけを作った聖職者は、

その後更迭され、宗教裁判にかけられ死刑となったそうだ。

今の教会はあの時とは異なり、健全な運営がなされていると聞いた。


その後、教会では魔術を扱える人間が激減。

これでは国内の不幸な人々を助けることが出来ず、

先生に、再度魔術の講義を聖職者に対して行って欲しいという申し出だった。


はじめはその願いを頑として聞き入れない先生だったが、

突然部屋に入ってきてしまったリーゼに対し、

『苦しませてしまってすまなかった。本当にすまなかった』

と涙目で頭を下げる教会の方を見て、気持ちが動いたらしい。

その申し出を受けることにしたようだ。


4月2日

教会の方に対する魔術講義が再開して2ヶ月。

何人かの聖職者の方が少しずつ魔術を扱えるようになってきた。

聴講に訪れる方々は皆人当たりの良い方々で、

ある意味では過去の教会の汚点とも言えるリーゼに対し、

朗らかに優しく接してくれる。


5月3日

リーゼは聴講に訪れる聖職者の方々から、

神と預言者ユリアンニの物語を時々聞いているようだ。

夕食時に目をキラキラと輝かせながら話してくれた。


6月21日

今日、リーゼと一緒に水浴びしたのだが、

その時に私の胸をジッと見つめていた。

どうしたのか聞いてみたところ、

『オズさんはどうしてそんなにおっぱいが大きいの?』

『私はまだ子供だからおっきくならないのかな?』と聞かれた。

まさかこんなところまでソフィさんに似てくるとは思ってなくて、

思わず笑ってしまった。リーゼ、ソフィさん、ごめんね。


10月3日

目を輝かせたリーゼが、私たちの前で魔術を披露してくれた。

リーゼは枯れ草を持っていたが、その枯れ草が突如青々とした瑞々しい草に蘇った。

このような魔術は私も先生も知らない。

リーゼ本人に問いただしたところ『遊んでいたら出来た』とのこと。

その場ではほめてあげたが、実は私は少し彼女の才能が怖くなった。

それは先生も同じようだった。


12月24日

リーゼの14回めの誕生日。

『話がある』とリーゼから言われ、私と先生は共に彼女の話を聞いた。

リーゼは聖職者の方々から預言者ユリアンニの話を聞くことで、

自分も預言者ユリアンニのように清廉で慈愛に満ちた人間になりたいと思ったらしく、

ユリアンニ教を信仰することにしたという。

私はそのことに反対はしなかったが、胸騒ぎがしていた。

先生は渋々といった具合で、リーゼの決心を認めていたようだった。


3月15日

教会の方が来訪。

リーゼの力は日増しに強くなっていくが、その力は教会も知っていたそうだ。

そしてリーゼが熱心な信者であることを鑑み、

彼女を弱者救済の旅に出すよう求められた。


その話を二つ返事で承諾したリーゼだったが、

その場で話を聞いていた先生は大反対していた。

教会の方が帰った後も、リーゼと先生の話し合いは続いていた。

お互いが一歩も譲らず、話は平行線のままだった。


2人の話が着地点を見ないまま終了した後、

今度は私と先生の話し合いが始まった。

先生は、リーゼの意思を出来るだけ尊重したいものの、

その旅に同行するのが教会関係者であることに納得がいなかいようだった。

やはり教会に対する不信感を拭い去るには、まだ時間が足りないらしい。


3月20日

教会の方が来訪。リーゼの弱者救済の旅の結論を聞きに来た。

先生は、リーゼの旅に私も同行させることを条件に、提案を飲んだ。

その話を聞いたリーゼはとても喜んでいたが、先生の表情は複雑だった。


4月17日

今日、私とリーゼは旅に出発した。

旅の道のりは順調。今日は街の宿屋に泊まる。

昨晩は、先生が久しぶりに私を求めてくれた。

私を抱きながら『リーゼを頼む』『キミが恋しい』と言ってくれた。

私のことを求めてくれたこともうれしい。

そして、先生の父親としての顔が見られて私もとても嬉しかった。


7月12日

干ばつに苦しむ土地に到着した。

この土地には大きな岩があり、それを見たリーゼは、

自身の杖でその大岩を軽く突いた。

その途端に大岩は割れ、

ひび割れた隙間から綺麗な湧き水が噴き出してきた。

リーゼはそれを見て、

『もうこの土地が干ばつで苦しむことはないでしょう』

と言っていた。

その様はもう立派な姿だったが、

その後私の元に駆け寄って、

『オズさん! 見ててくれた!?』と満面の笑みで嬉しそうに聞く姿は、

まだまだカワイイ子供なんだなぁと思った。


9月24日

飢饉に苦しむ村を訪れた。

リーゼの到着するなり村の代表者に対して、

『畑に案内して欲しい』と伝えていた。

村の畑は荒れ果て、小麦は枯れ果ててひどい状況だったが、

リーゼが枯れ果てた小麦を撫でたところ、一瞬で畑が蘇り、

黄金色に輝く稲穂で畑が満ち溢れた。


その後もリーゼは畑を周り、

そのたびに枯れ果てた作物を撫で、

畑を蘇らせていた。


2人になった時に頭をなでてあげると、

リーゼは『んふふー』とうれしそうな顔をしていた。


10月3日

流行病に悩む村を訪れた。

なんでもその村の住民のほとんどがその病に悩まされているそうだ。

リーゼは余命幾ばくかに見える子供を、

愛おしそうに両手で抱きしめ、頭を撫でていた。


10月4日

昨日リーゼに抱きしめられていた子供が完治した。

両親に涙ながらに感謝され、

『どのような方法で治したのですか?』と聞かれた。

私が答えようとすると、同行した聖職者が割り込み、

『神の奇跡の模倣、“法術”です』と答えていた。

私はそのことに違和感を覚えた。


12月24日

リーゼの15歳の誕生日。

昨日から家に戻り、三人で過ごしている。


昨晩、先生は私を求めてくれた。

『キミがいなくてずっと寂しかった』と言ってくれた。


私はリーゼの誕生日プレゼントとして、

白いワンピースをあげた。

旅の間、リーゼの目を盗んでずっと準備していたものだ。

リーゼは嬉しそうにそれを着ていたが、

胸のところが少し気になるようだった。少し大きく作りすぎたかも……


先生はリーゼに新しい本をプレゼントしていた。

食い入るようにその本を読むリーゼを見て、

昔から変わらないなと思った。


12月31日

再度、弱者救済の旅に出る。

昨晩、先生は私を激しく抱いてくれたが、

ついに最後まで愛しあう事が出来た。

その次の日に旅に出ることが残念だったが、

それでも先生はとてもうれしそうだった。


2月16日

宿泊のために立ち寄った村で、

もう何ヶ月も生死の境をさまよっている老人がいると聞いた。

リーゼはその話を聞くなり老人の元を訪れ、

老人の頭を優しく撫でた。老人は静かに息を引き取った。


老人の家族から『どんな方法で祖父を眠らせたのか』と聞かれた。

聖職者の方が『“法術”を使った』と言っていた。

後ほどその真意を問いただすと、

『人間の精神力“魔術”ではなく、神の奇跡“法術”で救われたという話にしてほしい』

と懇願された。

先生の努力の結晶たる魔術を否定された気がして複雑だったが、

肝心のリーゼはとてもうれしそうにしていたので、

私は何も言えなかった。


3月24日

次第にリーゼの名は王国全土に知れ渡るようになっているようで、

ゆく先々で『聖女様』としてリーゼは歓迎されていた。

今日もリーゼは村人たちに『聖女様』として迎え入れられていた。

リーゼはよく死の淵で苦しむ人を安らかな眠りに導いていたが、

その術に“聖女の寵愛”という名をつけたと聖職者に言われた。

形はどうあれ、命を奪う魔術に“寵愛”と名付けるその神経は、

私には理解できなかった。


6月31日

リーゼが聖職者の方にひどく叱られていた。

話を聞くと、どうもリーゼは街のゴロツキに対して

“聖女の寵愛”を行使し、命を奪ったらしい。

平和を脅かす存在であるゴロツキの命を奪って何が悪いのか……

とリーゼは拗ねていた。

私はリーゼに対して命の重要性を説いたが、

最後までリーゼは納得しなかった。


7月13日

リーゼと共に久しぶりに先生の元に戻る。

私は先生に、聖職者の方々が魔術を『法術』と称して広めていることを告げた。

先生は『どんな形であれ、魔術が広まるのは良いことだ』と言っていたが、

私は胸騒ぎがしていた。


7月24日

リーゼの旅も三度目になる。

今回はリーゼの希望もあり、私は同行しない。

先生もはじめは反対したが、

やはり自分の娘には甘い。最後には折れた。

リーゼは『行ってきます』と元気に旅に出た。

自分の娘が旅立つ寂しさもあったが、

私は先生と久しぶりのゆっくりした時間を過ごそうと思う。


8月9日

同行をやめて気付いたのだが、

『聖女リーゼ』は思った以上に人々の信仰を集めているようだ。

今日街に出た時、『聖女リーゼ』のうわさ話を耳にした。

なんでも、西の海沿いの街で発生した赤潮を沈めたらしい。


10月13日

教会の方が来訪。

最近の『聖女リーゼ様』の人気はすさまじいらしく、

伝承でしかない預言者ユリアンニよりも身近で、

人々にとっては神やユリアンニよりもありがたい存在とのこと。

『困ったものです。我々も、より研鑽に励まなければ……』と苦笑いしていた。


12月24日

リーゼの16歳の誕生日。リーゼは昨日から家に戻っている。

家に戻ってから、リーゼは旅のみやげ話をいくつも聞かせてくれた。

少し気になったのは、

リーゼが自分の魔術のことを“法術”と言っていたことだ。

なんでも、自分の力は神の奇跡の模倣だとか。


12月27日

リーゼに『お母さんの話を聞かせて欲しい』と言われた。

私はリーゼに、ソフィさんの人となりを聞かせてあげた。

魔術を巧みに扱い、キレイな銀髪でショートカットがよく似合う、小柄でカワイイ女性。

自分の胸が小さいことをちょっと気にしてる、朗らかで親しみやすい性格。

考えてみるとリーゼは、ソフィさんそっくりな女性に成長していたことに気づいた。


『なんでお母さんは亡くなったの?』と聞かれた。

『あなたのお母さんは不治の病に侵されて、命と引換えにあなたを産んだ』と伝えた。

リーゼは『お母さん……ありがとう……』と涙を流していた。


本当はリーゼを出産したのは私だと伝えたかったが……

彼女を混乱させてはいけない。黙っておくことにした。

私は、大切なリーゼを見守ることが出来るだけで充分だ。


12月30日

先生のたっての願いで、リーゼの旅に私が再度同行することになった。

先生は私を愛してくれた後、『私たちの娘を頼む』と言ってきた。

今回の旅は長い旅になると聞かされた。


2月15日

移動中に立ち寄った村の宿屋で一泊する。

私たちが『聖女リーゼ一行』と知ると、店主は無料で部屋を空けてくれた。


3月1日

今日たどり着いた村では、ある獣が定期的に街の作物を荒らしているらしい。

聞けば通常の武器では狩る事が出来ないそうだ。

それを聞いたリーゼが魔術を駆使し、

狩人の持つ弓矢を、より鋭く、殺傷力が高いものへと変質させていた。

その魔術は何かとリーゼに問いただしたところ、

リーゼは笑顔で『法術“匠の鍛造”だよ』と答えていた。

何か大切なものを盗まれたような感覚を覚えた。


3月4日

今日は野宿だ。

村を出発する際、一人の男の子がリーゼに対して、

『預言者ユリアンニよりも聖女様の方が素敵だ』と言っていた。

リーゼは困った顔を浮かべ男の子を諌めていたが、

それよりもリーゼを見る聖職者たちの冷たい眼差しの方が気になる。


5月6日

最近明らかに『聖女リーゼ』への人々の期待が上がっている。

今日も訪れた村ではこの上ない歓迎を受けた。

『我々下々の者にとっては、聖女様の方が預言者様よりもありがたい』

と言われる機会もとても多い。

そのたびにリーゼはそれを諌めるのだが、

私としてはそんなリーゼへの聖職者たちからの眼差しの方が気がかりだ。


6月1日

予定を早め、先生の元に帰ってきた。

最近ではリーゼも一端の聖職者で、以前に比べてだいぶ落ち着いてきた。

それでも時々、私の胸と自分の胸を見比べることはあるが……

そんな時はソフィさんの面影が見え隠れして、

私は懐かしい気分になることが出来る。


それにしても、本当にリーゼはソフィさんそっくりに育った。

外見はもちろん、性格までそっくりだ。

そのことを先生に話すと、『私はキミにそっくりだと思ってた』と言われた。

なぜかは分からないが、その言葉がとても嬉しかった。


6月2日

先生が何かを研究している。

何でも、人間の人格は誰でも4つに分けることが出来るらしい。

そしてそれは、人体の5つの部位をそれぞれ司っているそうだ。

好奇心と探究心はすべてを見通す目。

力を行使しようとする決断力と執着心は利き腕。

論理的な知性と表現力は舌。

自己防衛と慈愛は血液を介して各部位と繋がる心臓。

その人物の力と可能性は、すべての部位をつなぐ血液。

だいぶ昔にそんなような話を聞いたことを、日記を読み返して思い出した。


6月4日

先生の研究にリーゼが触発されたようで、

新しい魔術を編み出したと言ってきた。名前はまだつけてないそうだ。

私と先生の目の前で、湖の水の半分を手の平大の大きさの結晶に変え、元に戻した。

『これを使えばたくさんの水を運べるよね』と笑顔で語っていた。


6月13日

いつかの先生のように、リーゼの勢いが止まらない。

今日は『新しい友だち』として、土で出来た人形のようなものを紹介された。

聞けば魔術で作った意思を持つ人形なのだそう。

先生は興味深げにその製造方法をリーゼに聞いていた。

最初は不気味に感じたが……リーゼが転んで怪我をすると、

その人形はリーゼの周囲をおろおろしながら周っていた。

その様子がなんだかおかしくて笑ってしまった。


6月21日

リーゼが旅に出て一週間ほど経過する。

今回は私もお留守番だ。

それでも別に構わないと思ったのは、

今や『聖女リーゼ』はユリアンニ教の新たな聖女と人々に認識され、

リーゼを守る聖職者の数も増したからだ。

あれだけの衛兵に守られるのなら、身の危険はないだろう。


6月23日。

教会の方が来訪。いつぞやリーゼに対して謝罪していた方だ。

彼は開口一番、『魔術師の力の抑制方法』について訪ねてきた。

先生は戸惑いながらも、鍵は血液にあるという話をしていた。


6月27日

リーゼが私たちに見せていた液体を結晶化する魔術。

それが聖職者たちの間で、『法術“処女の涙”』として広まっているらしい。

私は“法術”ではなく“魔術”だと声を大にしていいたいのだが、

先生の手前、それは黙っていた。


6月28日

教会の方が再度来訪。

リーゼたちは南の外れにある村ドレスローに向かうと言っていた。

ドレスローは、最近発生した毒気のような淀んだ空気が問題となっていて、

村人の大半が力尽きた状態になっているそうだ。


また教会の方は別件として、

先生に化物の封印方法というものの相談をしていた。

どうも教会では、手に負えない化物の封印方法を模索しているらしく、

その方法の一つとして、身体の各部位を水晶化するという方法を編み出したそうだ。

この方法がどのような生物でも通用するか……という相談だった。

先生はしばらく考えた後、『理論的には可能では』と答えていた。


6月29日

穏やかな日だった。リーゼがいないことは寂しいが、

先生と二人で過ごすゆっくりした時間もいいものだ。


6月30日

教会は、いつの間にか異端審問というものを行うようになっていたらしい。

今日、先生が異端者の烙印を押されて連行されていった。

私は寸前のところで先生に逃され事なきを得た。

これからどうなってしまうのだろう。

先生と離れてしまって、私はどうなるのだろう。

先生はいつ戻ってくるのだろうか。


7月1日

街に逃げ込んだ私の耳に、

先生が宗教裁判にかけられるといううわさ話が飛び込んできた。

なんでも先生は神への反逆者であり、

魔術はそんな先生が神の奇跡の対極として編み出した罪深き業だとか。

『そんなことはない』『魔術を盗んだのは教会だ』と私は叫びたかったが、

それをしてしまえば私の身も危うい。


7月2日

先生は相当ひどい拷問を受けているようだ。

牢獄からは夜な夜な『殺してくれ』という叫び声が聞こえるらしい。


7月3日

先生の公開処刑が執行された。斬首だった。

そしてその最中、執行人の口から耳を疑う言葉を聞いた。


『ドレスローでの聖女リーゼのような賞賛に満ちた死ではなく、

 恥辱に塗れた後悔と懺悔の死を受け入れよ』


その言葉を聞いた先生は、悲痛な叫び声を上げながらギロチンで処刑された。

私もまた、その言葉に絶句した一人だ。

私は事の真相を探るべく、ドレスローの村に向かうことにした。


7月5日

もう6日も何も食べてない。


7月6日

食べるために、はじめて先生以外の男性に抱かれた。

先生への罪悪感と嫌悪感、吐き気が止まらない。

食べたものはすべて吐いた。


7月15日

ドレスローに到着する。村人たちは皆陰鬱な顔をしている。

何があったのか村人に問いただした。

聞けば、この街は『古き赤黒い獣』と呼ばれる化物に侵されていたらしく、

聖女様がその化物を自身の命と引き換えに封印したとのことだった。


7月16日

聖職者の一人を見つけた。

私と共にリーゼの旅に同行していた男だ。

捕まえて何をしたのか話を聞いた。

はじめは私のことを『魔女』と口汚く罵っていたが、

彼の足に釘を突き刺して拷問すると、

彼は泣き叫びながら真相を話してくれた。


リーゼは殺されていた。


人々の間で絶大な人気を誇るリーゼは、

次第に預言者ユリアンニよりも人々の心を掴みはじめていた。

神の存在すら脅かすほどに膨れ上がったリーゼへの人々の敬愛は、

教会にとって次第に忌むべき存在へと変わっていったそうだ。


要は、リーゼはやり過ぎてしまったのだ。

預言者ユリアンニ以上に人々の心を掴んでしまった偶像としてのリーゼ。

あくまでユリアンニ教の聖女という立場でいて欲しかった教会は、

そんな『聖女リーゼ』が邪魔になったらしい。


だから教会は、遠く離れたここドレスローで、

リーゼを毒殺したそうだ。


ただし、出自が特殊なリーゼは人間離れした力を持っている。

普通に殺害したのではリーゼは殺せないかもしれない。

そこで教会は、独自の封印方法を編み出した。


聖職者たちはまだ心臓が動いていたリーゼを腑分けし、

血液を一滴残らず抜き取った。

目と右腕と舌と心臓を血液で作った結晶体に閉じ込めてそれでペンダントを作り、

このドレスローの東西南北の教会施設に封印した。

村の中央にある鐘塔には、

抜き取ったリーゼの血の残りを祀ったとのことだ。

強大なリーゼの力がこもった体の部位は、

同じく強大な力がこもったリーゼの血で作った結晶体に閉じ込められることになる。

村の五つの宗教施設はリーゼの身体で緩やかにつながり、

同時に互いが互いの力で封印の力を補完し合うそうだ。


村の人々には、

『聖女リーゼは化物から村を救うため自ら命を絶ち、この村の一部となった』

と説明したようだ。リーゼをユリアンニ教の聖人として祀るためらしい。

村人たちは大層落胆したそうだが、

それ以上に『聖女リーゼ』の献身的な行為を賞賛したという。


私は聖職者の下半身に何本も釘を刺した。

その度に彼は『神よ』『御慈悲を』と泣きわめいていたが、

私は気にせず釘を刺し、傷口をえぐってかき混ぜた。

繰り返しているうち、彼の下半身はぐずぐずに傷んでいった。


7月17日

昨日私が拷問した聖職者は死んでいた。

私は村の北にある教会施設に忍び込み、

リーゼの右腕が祀られているという小さな部屋に入った。

部屋の鍵は、解錠した後に始末した。


部屋の中には、銀で出来た水槽があった。

水槽の中を覗くと、真っ赤な血液で満たされていた。

吐き気と涙が止まらない。

血液の中に手を入れると、中には一つのペンダントがあった。

ペンダントには真っ赤な宝石が埋め込まれてある。

恐らくこの宝石の中に、リーゼの右腕が閉じ込められているのだろう。

リーゼが……先生とソフィさん、そして私の娘が、

こんな変わり果てた姿になっていることに、私は愕然とした。


リーゼを助けたくて私はペンダントを持ち去ろうとした。

だが扉が開かない。誰かが再び施錠したのか……

こんな時に魔術『悪戯』を使うことが出来ればよかったのだが……

魔術が使えない私には、それは無理な話だった。


私は、自分がこの場所でリーゼと共に死ぬことを受け入れることにした。

せめてリーゼのペンダントだけは水槽の中から出してあげた。

宝石を壊そうと何度か石に叩きつけたが、宝石が割れることはなかった。


恐らくリーゼの物語は、

教会に都合のいい形で『聖女リーゼ』として語り継がれることになるだろう。


だが、私がこの日記と共にこの場に残る。

そうすればいつの日か、

誰かがこの聖女リーゼの封印を破り、

真実を知ることになるはずだ。


知ってほしい。先生が何を成し遂げ、

私たちが何を思い、そして『聖女リーゼ』とは何だったのか。


『聖女リーゼ』は聖女なんかじゃない。

先生が苦悩して、ソフィさんが命と引き換えに守った、

私たちのたった一人の愛する娘だった。


先生、ソフィさん。

私たちの娘を守ることが出来ず、ごめんなさい。

私はもうすぐ、あなた達のもとに行きます。


リーゼ。私たちはあなたを愛していました。

それなのに、あなたを守ることが出来なくてごめんなさい。

この場であなたと共に眠るのが、

あなたの本当の両親ではなく、私でごめんなさい。

本当のことを伝えることが出来ず、ごめんなさい。


ごめんなさい。


………………


…………


……


『オズさん……うう……オズさん……ごめんなさい……』

「……」

『私……何も知らなくて……オズさんがお母さんだったなんて……こんな風に死んでいったなんて……』


 エミリオの頭の中に響く自称リーゼの嗚咽。手記を読み進めていく中で、エミリオはページをめくる右手に温かい感触を感じる時があった。エミリオの右手がページをめくり終わると、その右手を誰かの左手が掴んだ。まるで迷子になった子供が心細さと怖さを紛らわせるために近くにいる大人の手を握るように、その左手はエミリオの右手を掴んでいた。


 エミリオの右手を必死に掴んでいたもの。それは恐らく自称リーゼの左手。彼女は自身とその周囲の親しい人の運命に、エミリオの左手を掴みながら必死に立ち向かっていたのだろう。


『ごめんなさいお父さん……お母さん……私、何も知らなくて……』

「……」

『私が人間じゃなかったから……みんな不幸になったんだ……私が旅になんか出なければ……私が人間だったら……こんなことには……』

「違う」

『ごめんなさいオズさん……私のお母さんなのに……私を産んでくれたのに……』

「キミは何も悪くない。悪いのは当時の教会だ。ハインツ先生とオズさん、ソフィさん……そしてキミをいいように弄んだんだから」

『分かってます。分かってますけど……』


 自称リーゼの左手が、自身の右手に絡んできたことをエミリオは感じ、その直後右肩に少女の頭の重みを感じた。彼女がその身体を自分に委ねてきたことが、エミリオには分かった。


『辛いよぉ……エミリオさん……痛いよぉ……』

「……」

『私の大切な人たちが……尊敬していたお父さんが……お母さんが……大好きだったオズさんが……こんな風に死んでいったなんて……苦しいよぉ……』


 自称リーゼが、その顔を右肩に押し付けてきたのが分かった。エミリオはかすかに見え……だがそこに確実に存在する、自称リーゼの華奢で小さな身体を抱きしめてあげる。彼女の身体は、この過酷な運命に立ち向かい、受け止めるにはあまりにも非力で小さすぎる。重い現実に潰されてしまわないよう、支えてやらねばならない。


 自称リーゼの身体もまた、エミリオの抱擁を拒絶することなく受け入れその身を委ねた。自身の身体に支えが必要であることを認めていたのかもしれない。


『痛い……体中が痛いよぉ……オズさん……お母さん……』

「……」

『ごめんなさい……ごめんなさい……』

「……」

『エミリオさん辛いよぉ……私がいなければよかったのかなぁ……』

「キミは悪くない」

『知らない人ばっかり助けて……私は、一番大切な人たちを助けられなかったんだ……痛いよぉ……苦しいよぉ……』

「悪くない……キミは何も悪くないんだッ……!!」

『助けたかったよぉ……痛いよぉエミリオさん……ごめんなさい……みんなごめんなさい……うああああ……』


 リーゼの小さい身体が過去を受け止めるには、いましばらくの時間が必要だった。彼女が落ち着きを取り戻すまで、エミリオはその場にうっすらと見える彼女の身体が壊れてしまわないように優しく、だが崩れ落ちてしまわぬようしっかりと力強く抱きしめ続けていた。


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