5 “聖女の寵愛”(1)

『私の封印が解かれようとしています。五つの部位の封印のうち、一つはすでに解かれました。残り四つの封印を守ってください』


 エミリオの頭の中に直接響く声は、今までの明るく朗らかな声色とはうって変わって、至極真剣な眼差しで……いや正確にはどのような表情をしているかはエミリオには分からないが……エミリオにそう告げた。


「え……それはどういう……?」

『言葉の通りです』

「いや、でも封印てのは……」

『あ、待ってください』

「?」

『上の方が騒がしいです。その、おっぱいが大きい私の石像の裏に一端隠れましょう。戦闘が起きているのかもしれません。キリッ』

「それは分かったけどおっぱいは余計だ」


 この自称『リーゼ』の意味不明な懇願の後、頭上に位置する『始業の教会』の地上部分がにわかに騒がしくなったことを自称リーゼが感じ取ったようだ。そのためエミリオは、聖女リーゼの石像の背後に身を隠すことを優先した。背後の壁と石像の隙間は思った以上に狭いため、エミリオは背後にまわるため仕方なく石像に密着する。石像は実際の聖女リーゼよりもかなり大きく作られているため、ちょうどエミリオの顔が石像の腰あたりにきていた。


『私のケツに顔くっつけ過ぎじゃないですか?』

「ただの石像だ石像!」

『まぁ実際私のケツはそこまでセクシーじゃないですけどね』

「頼むから俺の聖女リーゼへの幻想をぶち壊さないで」

『エミリオさんこそ私への過剰な期待は謹んでください』

「すごくカッコイイこと言ってるけど、きみ聖女様なんだよね?」


 この『始業の教会』の地下礼拝堂は、地上にある礼拝堂の地下奥深くにある。リーゼの舌が祀られている場所の更に地下に位置しており、地下礼拝堂は『始業の教会』地上部分からよりも地下道から入った方が近道になる。


 故にエミリオも、下手に動きまわるよりもこの場にとどまった方が安全だと判断した。今慌てて地下道を走り回れば、逆にこの地を襲った集団に見つかる可能性が高い。先ほどの上の喧騒から察するに、規模は分からないが『始業の教会』の地上部分で戦闘があったのは確かなようだ。


 そのまま頭上の喧騒が落ち着いてくるまでかなりの時間を要した。この地下礼拝堂に設置されている蝋燭は、大人の肘から手首までの長さのもの一本で、約一日は持つ。その蝋燭の長さが若干短くなったことを感じ取れるほどの時間を経た頃、頭上の喧騒が落ち着いてきたようだった。


『エミリオさん、そろそろ静かになったみたいです』

「そのようだね。様子も確認したいし、一度地上に出る」

『わかりました。あー……またお日様の下に出られるなんて思わなかった!!』


 自称リーゼの脳天気な一言を聞き流し、地下道を通ってわざと『始業の教会』から離れた地上出口に出る。選んだ地下道出入り口は『始業の教会』から少し離れたところにあり、大きな岩や木々が生い茂っていて『始業の教会』の様子を探りながら身を隠すことができる。


 木々の影に隠れながら、『始業の教会』の様子を見るエミリオ。建物の周囲には人影はなく、建物の中も極めて静かで、戦闘はおろか人がいる様子すらない。だが建物の周囲には折れた剣や血の跡、巨大な盾や弓矢などが散乱しており、先程まで激しい戦闘が繰り広げられていたことを物語っている。


「ねえ。自称リーゼさん」

『んーやっぱりお日様は気持ちいいー!! ……はい?』

「一つ頼まれてくれる?」

『いいですよ。なんですか?』


 この自称リーゼ、本当にあの聖女リーゼなのか定かではない。だが何か超常的な存在であることは確かなようだ。ならば、何か便利な術のようなもので、周囲の索敵を行うことは出来ないものか。エミリオはそんな期待を込めてこの自称リーゼに聞いてみたわけだが……。


「術みたいなので周囲や建物の中の様子を探ったりできる?」

『無理です。そんな便利な法術、今の私が使えるはずが無いです』

「まじかー……」


 やはりというか何というか……そんな便利な話はないらしい。やはり建物の中を探るには、潜入するしか無いようだ。


「俺はこれから教会に潜入して様子を探る」

『わかりました!』

「キミもついてくるの?」

『というより、私はすでにエミリオさんに憑依してるようなものなので、私も常に一緒です』

「なるほど。じゃあキミも周囲に気を配ってくれ。人影や怪しい物を見つけたら、すぐに教えてくれ」

『了解です!』


 意を決し、教会内部に足を踏み入れる。『始業の教会』は聖女リーゼの体の一部を祀っている由緒正しい教会のため、建物そのものは非常に大きい。第一礼拝堂に続く正面入口に立つと、自分の身の丈の何倍もの高さを誇る大きな木製の扉がエミリオの前に立ちふさがった。


『窓から中の様子って伺えませんかね?』

「この礼拝堂の窓は全部ステンドグラスになってるから、中の様子を伺うのは無理だ」

『うーん……なんか気になるなぁ……』


 自称リーゼはそう言いながら、少し考え込むように唸った。実はエミリオも先ほどから気になっていることがある。この扉の向こう側……つまり『始業の教会』の第一礼拝堂の中から、地響きにも似た、低く重い音が聞こえるのだ。ズシ……ズシ……という一定のリズムを刻むその音は、エミリオに何かとてつもなく大きな動物が歩く姿を想像させた。


『エミリオさん』


 さっきまでこの非常事態にふさわしくない脳天気さを振りまいていた自称リーゼが、真剣な声色でエミリオに語りかけてきた。この声を聞けば、誰しもが彼女の真剣さと緊張を感じ取ったことだろう。


「どうした?」

『イヤな予感がします。この礼拝堂には入らずに私の身体が封印されてる部屋に入ることは出来ませんか?』

「それは出来ない。リーゼの舌が安置されている部屋へと続く通路は、この第一礼拝堂からでなければ入ることが出来ない。この礼拝堂には入らないと……」

『そうですか』

「うん」


 リーゼの舌が安置されている部屋は第一礼拝堂からしか入ることが出来ない。ゆえに、どのような侵入経路を辿ったとしても、第一礼拝堂は通過しなければならない。昨日から自警団として警護にあたる予定だったエミリオは事前に各施設の構造を頭に叩きこまれている。


 『うーん……』と唸る自称リーゼを無視して礼拝堂の扉を開けるべく、エミリオが扉に手をかけたその時。


『待ってください!』

「ん?」

『入らなければならないのはわかりました。だから待ってください』


 待ったところでどうこうなるものでもないだろう……とエミリオは反論したかったのだが、この不思議な少女の声が醸しだす妙な迫力に押され、エミリオは手を止めた。


『この中、何かイヤな予感がします』

「分かってるよ。分かってるけど行かなきゃ」

『分かってます。でもエミリオさん、あなた今、何か武器はありますか?』

「あるけど。今日自警団から至急されたサーベル」


 エミリオはそう言いながら、自身の腰に下げている一本のサーベルの柄に手を触れた。このサーベルは自警団全員に支給されるもので、作りそのものは丁寧で頑丈な品だが、別段上質なものではない、何の変哲もないごく普通のサーベルだ。片刃の刀身がエミリオの胴体ほどはある。サーベルにしてはやや長いシロモノではあるが、それ以外に突出した特徴があるわけではない。


『ちょっと鞘から出してください』


 自称リーゼの謎の凄みに押され、ついサーベルを鞘から抜き放ってしまうエミリオ。鞘から抜き放たれ右手で持たれたサーベルの刃は、新品の物らしく美しくピカピカと輝いてはいるが、それ以上の特徴はない。


『うーん……普通ですね。これ以上なく普通ですね』

「そらそうだよ。俺は昨日から自警団員になったばかりだ。そんなペーペーにスゴい武器なんて持たされるはずはないからね」

『でしたねぇ。エミリオさんペーペーでしたねぇ』

「う……なんかキミに言われるとものすごく腹立つ……」

『なんでですかッ! ……わかりました。その剣、そのまま持っててくださいね』


 そう言った途端エミリオの両耳を大きな耳鳴りが襲った。それも普通の音量の耳鳴りではない。周囲の風の音や礼拝堂から聞こえてくる重く低い音……およそ周囲から聞こえる環境音のすべてが聞こえなくなるほどの大きな耳鳴りだ。


 そして同時に、手に持つサーベルが青白く輝き始めた。


「うわッ!? なんだこれ!?」


 思わず声が出てしまう。サーベルは輝きを増し、次第に眩しくて目を開けてられなくなってきた。まぶたを閉じるエミリオだが、サーベルが発する光はまぶたを安々と突き抜け、エミリオの目に直接突き刺さってくる。目を閉じているのに眩しい……まるで真夏に太陽を直接見ているような、そんな感覚をエミリオに与えた。


 あまりに不快で大きな耳鳴りの音に加えてまばゆく輝くサーベルの眩しさにエミリオは狼狽したが……その時、剣を持つ手に不思議な温かさを感じた。誰かが剣を持つエミリオの右手に、左手を優しく添えてくれたように感じる。眩しさで目を開けられないためそれが誰かはわからない。だがその左手の感触とぬくもりは、不思議とエミリオの動揺を沈めてくれた。


『大丈夫』


 同じ人物の声とは思えないほどに静かで落ち着いた、それでいて優しさを感じる自称リーゼの声が聞こえた。


「キミがやってるのかッ……これはッ!?」

『あと少しです。だからこのまま剣から手を離さないでください。大丈夫。私もエミリオさんを支えます』


 自称リーゼの言葉で幾分落ち着きを取り戻したエミリオはそのまま剣を握りしめ、静かに事態の鎮静を待った。やがて耳鳴りが止み、サーベルの輝きに陰りを感じ始めた。


『終わりました。目を開けても大丈夫ですよ』


 自称リーゼの一言にさらに安心を感じながらもエミリオは、恐る恐る目を開いてみる。


『今の私にはこれが精一杯です』


 自称リーゼの声が聞こえる。発光が止まったサーベルは、先ほどの何の変哲もない姿から劇的に変化していた。刀身はうっすらと青白く輝き、片刃の峰の方には、何か筒のような部品が付属していた。筒は柄の部分にある小さな機械につながっており、その機械からはボウガンの引き金にも似た小さなレバーが伸びていた。


 思い出した。エミリオは以前に一度、小さな鉛の球を火薬の力で撃ち出す武器を見たことがある。確か名前は『銃』という名前だったはずだが……今エミリオが持つそのサーベルは、ちょうど剣にその銃と呼ばれる武器が取り付けられたような……そんな形状に変化していた。


「これは……」

『この剣は、法術“聖女の寵愛”を一度だけ撃ちだすことが出来ます』

「キミが……やったのか……?」

『“聖女の寵愛”はあらゆる生物から例外なく命を奪う法術。扱いの難しい法術ですが、これをあなたに託します』


 あたりが柔らかく、耳に心地いい声色の自称リーゼの説明を聞きながら、エミリオは変貌した自身のサーベルを見つめた。ほんの少し青白く輝いている刀身を見つめながら、これが先ほどまで自身の腰に下げられていた何の変哲もないサーベルであったことを思い出す。それをこのような形に変えてしまったこの少女が、本当にあの聖女リーゼなのではないかという気持ちが芽生え始めた。奇跡を目の当たりにし、エミリオは次第にこの少女の言葉に説得力を感じ始めていた。


「キミは本当に……聖女リーゼなのか……?」

『だから最初っからそう言ってるじゃないですかっ!』

「いや……だって、今まで全然そんな感じがしなかったし……話をしてても聖女リーゼみたいな感じが全然なかったから」

『私はそんなに説得力ないですか……しょぼーん……』

「だって今まで、やたらおっぱいにこだわってるセリフしか聞いてなかったから」

『そらぁあんな石像を見せられたら、女の子なら意識しちゃうでしょ』

「いや女じゃないからわかんないけど」


 さっきまでの神秘的で優しさに満ち溢れたリーゼはどこへやら……元の表情豊かで朗らかな……悪く言えば俗っぽい彼女のセリフを聞き流し、エミリオは再度サーベルを観察する。恐らくは、柄の部分から伸びている小さなレバーを握り込むことで、峰の部分に取り付けられた筒から“聖女の寵愛”という法術が射出されるのだろう。いざという時のためにもちゃんと射出されるのか、一度確認しておきたいが……本当に射出は一度だけなのか。


「一度だけ撃ち出されるって言ってたよね」

『そうですね。本当は何度も射出出来るとよかったんですが、力のほとんどが封印されている今の私では、これが精一杯です』

「撃ち出した後はどうなる?」

『再び撃ちだすことができるようになるまで、火にかけた大鍋の水が煮え立つまでぐらいの時間がかかります』

「なるほど……」


 どうやら本当に一度きりの射出というわけではなく、時間を置けば再度射出できるようだ。本音を言えば確認をしておきたいが……今はこの不思議な少女の言葉を信じ、礼拝堂の中に入ろう。少なくとも、自身のことを惑わそうという魂胆は、エミリオには感じることが出来なかった。


『あと一つ。元々“聖女の寵愛”という法術はこうやって射出させるような使い方はしません。故に、有効距離がどれだけあるのかさっぱりわかりません』

「いざ射出してみたら、相手に届かなかったってこともあるってこと?」

『その通りです』


 射程距離不明で使える回数は一度だけ……確か銃という武器は相手との距離を開きつつ攻撃を加える事ができる武器だったはずだが……これではあまり意味が無いような気もする……


 とはいえ、使い方さえ間違えなければ非常に強力な武器を手に入れたことには変わらない。その辺りは、このうさんくさい自称聖女のリーゼに感謝すべきだとエミリオは思った。


「よし分かった。ありがとう」

『どういたしまして!』

「それじゃあ礼拝堂に入ろう」

『はい!』


 エミリオはいつの間にやら形状が変わっている鞘に自身の光り輝くサーベルを右手でしまいつつ、左手で自身の眼前にある扉に触れた。礼拝堂内部にはこの事件を引き起こした集団がいるかもしれない。そうなれば即戦闘になる。命をかけた戦いが始まるかもしれない……意を決し、右手でサーベルを握ったまま左手で扉を少し開き、隙間から中の様子をうかがう。


『うっ……』

「キミも匂いは感じるの?」

『えぇ……まぁ……』


 扉の隙間から礼拝堂内部の空気が漏れだし、不快な匂いをエミリオの鼻腔に届けた。舐めとった血液の味をそのまま鼻で感じたかのような、鉄にも似た生臭い匂いと味が、エミリオの鼻の中に充満していく。


 気を抜くと嘔吐してしまいそうな匂いを我慢しながら、中の様子を伺う。床は赤黒く染まっており、集団と集団が戦いを繰り広げた様子が伝わってくる。剣や盾、槍といった手持ち武器がいくつか散乱している様もそれを物語っていた。


 人の姿や気配はまったくない。その代わり、やはり先程からズシ……ズシ……という静かな低音が礼拝堂に響いている。音が聞こえるたび、礼拝堂の中の空気が少しだけ振動しているように感じた。


 隙間からだけでは中の様子が分かり辛いと判断したエミリオは、礼拝堂に入ることを決断した。扉に触れた左手に力を込めて扉を押し開き、礼拝堂に入室する。


『うう……血の匂いが……』

「死体がない」

『へ?』

「これだけの血糊と武器の量から考えるとけっこうな戦闘があったはずだけど……その割に死体が全然ない。人の気配が感じられないのはそれが理由か」


 礼拝堂に入ったエミリオは改めて内部を見通す。巨大な柱が立ち並ぶ礼拝堂は、床が血糊で赤黒く染まり、室内の至るところに破損した武器が散乱していたが、その武器で負傷させられ、その血糊の原因になったであろう犠牲者の死体がまったく見当たらなかった。


『うう……それよりもエミリオさん……私ちょっと気になることが……』

「奇遇だね。俺も」

『なんかさっきからズシズシ音が鳴ってますよね』

「鳴ってるね」

『確実に近づいてますよね』

「近づいてるね確実に」

『これ足音ですよね』

「足音だね」


 先ほどから鳴っていたズシ……ズシ……という音が次第に大きくなってきた。音量そのものは変わらない。おそらく音源がエミリオたちに近づいているから音が大きく聞こえているのだ。同時に、音が鳴るたびに礼拝堂に散らばる武器の数々がチャリチャリと音を上げ、礼拝堂全体が振動していることをエミリオたちに知らせた。


 この礼拝堂に来てはじめてこの音を聞いた時、エミリオはなにか巨大な生物の足音であるかのように感じたわけだが、それは誤解であることをエミリオは実感した。そして同時に、血糊や散乱する武器が激しい戦闘を物語っているにも関わらず、犠牲者の死体が一つもない理由も、やっと理解できた。


『エミリオさん……あの……ちょっといいですか?』

「……うん」

『えーと……奥の柱の影……見えます?』

「見えてる」


 エミリオから見て礼拝堂の一番奥の柱の影から、テラテラと赤黒く輝く巨大な人の姿をした何かが出てきた。その巨大な何かはたくさんの人間が寄り集まって姿を成しているように見えた。


『ひぇえええ……フレッシュゴーレムですよあれ……』

「ゴーレム……? お伽話とかに出てくる……あれか?」


 聞いたことがある。邪悪な魔術師が人の死体を寄せ集めて作り上げる人造の生命体。伝説やお伽話の中だけの存在だと思っていたものが、今こうしてエミリオたちの目の前で動いている。


 やがて柱の影から出てきたそれは、雄叫びを上げるでもなくエミリオたちを威嚇するわけでもなく、ただ重い足音だけを礼拝堂内に響かせ、無言でエミリオに近づいてきた。近づけば近づくほど、それが異様な光景であることがわかる。フレッシュゴーレムは周囲に血の匂いを撒き散らし、時折身体から肉片がぼとぼとと落ちていた。鎧や剣、弓矢や槍、斧といった人間の装着品が混ざった巨体は、エミリオの背丈の3倍ほどはある。その巨大な右腕は、大木を加工することなくくっつけたかのように太く、巨大だ。


 その異様な光景に呆けてしまったエミリオの眼前まで迫ったそのゴーレムは、丸太のように太い右腕をゆっくりと振り上げ……


『エミリオさん!!』

「!?」


 そのままエミリオに向かって勢い良く振り下ろした。自称リーゼの呼びかけで我を取り戻したエミリオは、寸前でその振りおろしを避けた後、走って距離を取る。振り下ろされた右腕はその勢いで床を破壊していた。もしあのままあの拳を食らっていたら、エミリオはただの肉塊になり果てていたことだろう。


「ォォォオオオオ……」


 ゴーレムが口を開き、地響きのようなうなり声を上げた。途端に室内に腐臭とも血の匂いとも形容できる不快な匂いが立ち込め、あのゴーレムが数多くの死体で作り出されたモンスターであることを、エミリオに問答無用で伝えてきた。


『エミリオさん』

「……なに?」

『えーと……こういう経験ってあります?』

「こういう経験って……どんな経験……かな?」

『えーと……ゴーレムとの戦闘経験というか……』


 あまりにも間抜けな自称リーゼのこの質問に、エミリオはこんな怪物との戦闘経験がある人物がいるというなら目の前に連れてきてくれと叫びだしたくなった。ゴーレムなぞお伽話や物語の中でしか聞いたことがない。ましてや今、目の前で自分にプレッシャーをかけてきているこのゴーレムは、人の死体を寄せ集めて作ったフレッシュゴーレム。名前だけは知っているが、それが目の前に実物として存在していると、こんなにも不快で醜悪なものだとは思わなかった。


 そのおぞましい外見を改めて見つめる。そのフレッシュゴーレムを形作るたくさんの人間の死体は、一つ一つがもぞもぞと動き続け少しずつ体勢を変えながら、かろうじて全体で人の五体の形状を維持している。死体の中には顔面をこちらに向けているものもあり、その顔は赤黒い血とヨダレを口から垂れ流し、生気のない両目からは血の涙をとめどなく流し続けていた。


 不快な感情の塊というべきそのフレッシュゴーレムは、周囲に悪臭を振りまきながら再び一歩一歩エミリオに近づいてきた。目の前まで来ると再度その巨大でおぞましい右腕を振り上げ、それを勢い良くエミリオに向かって振り下ろした。

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