第2巻ダイジェスト

 大地世界は一枚岩ではない。

 消えた死体と、トーコの存在。そこからそんな疑問を持った驤一達は、更に外区の調査を進める事を決意する。しかし、それには現状の人員だけでは不足している事も痛感。

 被験体という皇都の技術を結した存在に、皇都各庁の関連を強く確信する故に、驤一が信頼する堂島、室実、ひよりは頼れず、折野もまた、祖父、父への猜疑心を深める。

 現状で出来る事は、皇都の裏側と関わりの内人間を探し、仲間を増やす事となった。




 皇都防衛庁防衛局第二課課長四季王子室実と課長補佐である三南神ひよりは、隣国達との軍事演習の為隣国であるウルバ公国に居た。

 六十年前の大戦以降、各国同士での戦力把握や、牽制の為に珍しくないその行事の中で、皇都は圧倒的な強さを見せる。それは、かつての大戦を経験した猛者カナメルム軍のサツキ大将をして舌を巻く程だった。


「お前等、怖えなあと思って」 


 サツキは、室実とひよりにそう言った。演習の中で圧倒的力量を見せつけた皇都防衛庁防衛局第二課の中にあって、更に異質な室実に対して、そう言った。


「戦争を知らないお前等の強さは、戦争中の兵のそれだ」


 かの大戦の原因であり、かの大戦で消えてしまった大国と金国との国境グルワール平原。その戦地で顔の半分と右手と両足を失ったサツキをして、そう評する。

 その時の兵と似ていると言い残し、サツキは去って行った。

 



 満月に近いのである丸い月が浮かぶ夜、驤一は皇都の裏路地でマフィアに追われる男と

出会う。華奢な体つきの男の名はリュコス・ルー。


「ツキがある」


 そんな事を呟いて、リュコスは驤一に助けを求める。流れからリュコスを助けた驤一であったが、その後リュコスに財布をすられてしまう。


「この国の一番高くて一番静かな場所で、満月を見てから帰る」


 リュコスはそうして自分の国に帰ると告げ、姿を消した。

 その場に残ったのは、リュコスが落としたと思われる青い錠剤だけ。大凡の事情を察した驤一は、すられたお金の回収を考え、リュコスの落とした錠剤をBAR PLANETARIUMへと持ち込む。

 BAR PLANETARIUMでは、庭口が立腹していた。驤一はトーコの戸籍を買い取った経緯を詰られながら、リュコスの映った写真を渡される。

 リュコスはバーランド系マフィア『ベルトールファミリー』の新入りであり、その身を追われているらしかった。驤一は庭口にリュコスと出会った事、満月を見てから出国してしまう事、リュコスが落とした錠剤を売りに来た事を伝える。

 庭口は少し首を傾げるものの、リュコスの情報と錠剤を受け取った。




 軍事演習の報告書作成に追われ、残業をしていた室実とひよりは、防衛庁長官である升田部と対峙していた。

 元海軍幕僚長を父に持ち、自信もかつての大戦で海軍に所属していた生粋の船乗り。

 かの大戦で、中立国である皇都を防衛した実績から、海軍軍閥に非ずば皇都軍人に非ずとまで言われた、その海軍贔屓は戦後も続いた。しかし、元皇都陸軍の医学チームが技術向上し、医療技術庁となって独立した事を契機に、状況は一変。陸軍軍閥もまた大きな力を持つ様になった。

 その事から、皇都防衛庁は、元海軍軍閥と陸軍軍閥の折り合いが悪く、升田部が室実やひよりを敵視するのも毎度の事であった。

 その中で、不意に升田部は室実とひよりの家を槍玉に挙げる。

 四季王子も、三南神も、皇都の名家である。升田部は、二人を一族の面汚しと非難する。

 激昂した室実を止めたのは、防衛局局長二丸京子。京子は、升田部を言いくるめ退散させると、室実とひよりに、大人の対応をする事を勧める。

 防衛局局長として成長した京子の姿に、室実とひよりは若干の寂しさを覚えながらも、学生時代からの羨望は変わらなかった。


 


 驤一は、ミラの誘いを受け、トーコを連れて両親の墓参りへと向かった。

 驤一の両親は元防衛局、そして、ミラの両親は元海上局であった。

 ミラの母は、幼少の頃に患った病を皇都の技術で治しており、その恩返しにと皇都に帰化した経緯があった。そんな両親の事もあり、ミラは殺人鬼でありながらも、当たり前の正義感を持って皇都という国を愛していた。

 そんな折、ミラが声をかけられる。ミラに新人先生と呼ばれる男は防衛庁付属病院に勤務する六繋であった。最近逝去した祖父の墓参りに来た六繋は、トーコを助けた夜に、ミラを診てくれた先生であり、怪我の理由を彼氏役である春風のドメスティックバイオレンスとでっちあげた経緯から、ミラに対して気をかけてくれている様子であった。

 驤一が挨拶をすると、六繋大学を出て直ぐ防衛庁付属学院の常駐医師をやっていた時に、驤一の両親と面識があった事が発覚した。

 不思議な縁に恵まれた刹那、トーコが突然倒れる。

 驤一の頭に、かつてトーコとした会話が回想される。

 トーコのタイムリミットは、誰にも分からない。




 同じ頃、防衛庁付属学院では、春風がひよりの授業を受けていた。教科書にない零れ話、大地世界の前身である、嵯峨野水産について。

 皇都が新たな電気エネルギー事業で成功した頃に、皇都西部沿岸沿いを掌握していた嵯峨野一蔵は、波力や風力による発電を推進、大地世界を設立した。

 教科書にない話ではあるが、海産業に従事し、諸外国と関わりを持つ嵯峨野水産だったからこそ、独立戦争の際に武装する事が出来た。物事の経緯を知る為に歴史を鑑みる事の重要性を説いた授業であった。

 春風にとっては既知の事ばかりであったので、春風はひよりに尋ねる。話は少し逸れて、七年前の大地世界独立宣言事件及び、皇都分断作戦。それに、学生として参加をしたひよりの話。

 七年前、室実とひよりは、学生でありながらその渦中に参戦した。現役の学生が防衛庁の作戦行動に参加するなど異例中の異例であるが、それ程皇都は追い詰められていたし、それ程二人は優秀だった。

 ひよりは、その経験から、学生達に忠告をする。もしもの覚悟をして欲しい、と。皇都は悲劇を繰り返さない為に万全の準備をしている。けれど、当たり前に享受している平和は、恒久ではないという事を。

 そんなひよりの言葉に、春風は強い覚悟を感じた。同時に、ひよりの様な人間が、皇都の闇に関わっているだろうか、とも。

 そんな時、春風の携帯が鳴る。トーコが倒れた一方。春風は病院へと急行する。




 春風の焦燥は当然だった。トーコが病院に運ばれた。ただ、トーコの体は不自然なものではないのだろうか。被験体として、電力を生み出す彼女は、怪物ではないのだろうか。

 病院に駆け付けた春風は、突然の事に行動を起こした驤一とミラを非難せず、打開策を提示した。

 もしもトーコの存在に疑問を持たれたのならば、六繋を殺さなければいけない。

 緊迫した待合室で、三人は覚悟を決めるが、それを嘲笑うように、六繋はトーコの症状は風邪と告げ、他に問題はないと言った。

 三人は安心すると共に、人間と変わりない人造人間を作り上げるその技術力に、より一層皇都の後ろ盾を確信する。

 その帰り道、ミラのひょんな発想から、皇都外区に置いて唯一電力が通い、ミラが打倒出来なかったガスマスクの刀剣使いと二度交戦した場所、旧皇都西十七番街南部の捜索を決意する。




 後日、回復したトーコを迎えに行った驤一は、病院で室実とひよりに捕まる。

 驤一とトーコの関係を堂島から聞いていた二人に散々弄られながらも、驤一はトーコに、二人が大事な人だと紹介をする。

 その帰り道、驤一はトーコを連れて皇都東一番塔を訪れる。

 地上四百メートル超に存在する展望台で、夜を眠らぬ皇都の街にありながら、星空を展望出来る最高のスポット。驤一は、トーコにこの世界を見せたかった。タイムリミットの分からないトーコに、普通の世界を。

 この場所を思いついたのは、リュコスの台詞だった。この国の一番高くて一番静かな場所で、満月を見てから帰ると言った男の言葉に少しだけ、驤一は感謝した。




 同じ夜、防衛局第二課は、ベルトールファミリーを殲滅していた。武装したマフィアの薬物取引現場を抑える。その作戦は、第二課にとっては造作もない事で、皇都の忙しい夜の中に紛れ、別段珍しい事もなく完結した。

 薬物の特定の為に駆り出されていた皇都医療技術庁医療技術局局長である六繋は、寝不足に文句を言いながらも作業に没頭した。

 ただ一つ違和があったのは、作戦が終わった頃に、防衛庁警察局第一課課長の犬伏が、激昂した様子で京子に詰め寄っていた事だ。

 それを横目に、ひよりはスキットルの中のウイスキーを呷った。それを室実に窘められながらも、ひよりは言う。

 未だに震えるのだと。作戦行動の中にあって、彼女の手は、歴戦の猛者に似合わさず震えていた。




 満月の夜、驤一一向は外区への探索準備を進めていた。驤一とトーコは、BAR

PLANETARIUMにトーコの新規装備を取りに行く。

 店で待っていた庭口は、驤一を見るや否や、受け取った青い錠剤について説明をする。

 このドラッグは路地裏よりも戦場が似合っている事。筋増強作用と興奮作用のある、非常に高純度な高級品である事。

 それならば新規装備の料金も賄えると考えた驤一であったが、意外にも庭口はそれを買い取り出来ないと言った。

 首を傾げる驤一に、庭口は新聞を差し出す。新聞には、ベルトールファミリーが防衛局によって殲滅された事が掲載されていた。

 そして、本来ベルトールファミリーは薬物を扱う事が御法度である事。それにも関わらず、武装した状態で薬物取引に臨んだ事から、防衛局の急襲を受けた事を説明する。

 庭口は、事件の暗部を恐れ、手を引いた。そして、驤一にもそれを進めた。

 驤一は、触らぬ神に祟りなしと、それを了承し、店を出た。

 満月に照らされる青い錠剤を見て、トーコは呟く。嫌な青色だ、と。




 その後、外区を訪れた四人は、旧皇都十七番街南部へと向かう。その地を知るミラを頼りに進む中で、ミラは自分が訪れていた数か月前に比べ、街明かりが少なくなった事に気付く。

 そんな中、驤一はグランディスク新タワーの存在を知る。五百メートル超の展望タワー、その存在は、驤一の脳漿を火照らせる。

 リュコスの言った、この国で一番静かで、一番満月に近い場所。

 もしもこの国の定義、外区を入れるのならば、正に一番静かで一番満月に近い場所は其処であった。

 トーコを連れてグランディスク新タワーを昇る驤一。最上階へとエレベーターが昇り、開いた扉の先には、驤一とトーコを見て驚くリュコスが居た。

 この場所で待ち人が居る風なリュコスを見て、驤一はリュコスから情報を引き出す事にした。

 リュコスの外の国からやってきている連中は海上局の手引き、との発言を引き出す。

 驤一は更にリュコスから情報を引き出そうとするが、トーコが割って入る。リュコスは驤一にとっても待望の邂逅であるが、トーコにとっても、自分達の存在を知る可能性のある人物は待望であった。

 青い錠剤について尋ねるトーコ。リュコスは、名をアザーサイドと答え、被験体のリミッター外しだと言う。

 トーコはその話を聞き、嫌な青いの理由に気付く。かつて研究所で打たれた注射と同じ青。自失して戦闘に没頭させられた、あの液体と同じ色、と。

 その事からかつての思いが巡り、トーコはリュコスに仲間になって欲しいと告げる。

 リュコスはその言葉を聞くと、腹の底から侮蔑し笑う。リュコスは、人間と共存しようとするトーコを嘲り罵る。

 そして、リミッターについて語る。被験体にはリミッターが二つある。自然と形成されるものと、被験体を製作した者たちが設けたもの。後者は青の薬物で人為的に開けるものだが、前者の開き方は千差万別、と。

 リュコスの場合は、満月。満月の夜のみ、リミッターが開く。

 被験体No,818、リュコス・ルーは、ライカンスロープ、狼男であった。

 リュコスは体を変質させると、トーコの願いを切り裂く様に襲い掛かる。驤一とトーコは応戦するが、その中で驤一はまたも命を投げ出す。

 死にたがりを掻き消すと、もう命を投げ出す事はしないと誓った筈なのにとトーコは驤一に詰め寄るが、驤一は理解をしない。


「トーコの為に生きるんだから、トーコの為に命を使うのは怖くない」


 驤一は、無意味に死ぬ事をやめた。そして、トーコの為に死ぬと決めた。だから、酒匂驤一にとっては大きな変革だったし、トーコが激昂する意味が分からなかった。

 追い詰められる驤一とトーコ、そこにエレベーターの到着を告げるアナウンスが響く。

 リュコスの待ち人かと思われた来訪者は、ミラと春風であった。形勢を逆転させ、一転した状況であったが、青い錠剤を服用し、更に狼男としての練度を上げる。

 春風は脱落するが、ミラは遊戯場に駆け出す子供の様にリュコスと戦闘を繰り広げる。

 そんな中、またしても来訪者が現れる。開いたエレベーターから出て来たのは、黒いガスマスクを付け、両の腰に日本刀を携えた人。いや、人かどうなのか。

 ミラを二度打ち合い、生存しているソレ。ミラは、リュコスへの興味を失い、笑い声を上げながらガスマスクの刀剣使いに突進した。

 その隙を突き、リュコスは戦場から離脱する。驤一とトーコは、春風を残してリュコスを追う。

 手負いのリュコスを追撃するのは容易で、外区の謎に近づくかに思われたが、リュコスにはまだツキがあった。

 空から落下して来たのは、スーツ姿の男。イスタと呼ばれたその男は、リュコスの待ち人であった様だ。

 次いで、驤一とトーコの背後から、猫型の被験体が現れる。ミラお気に入りのブランド、キャッツロイドのパーカーを着た女は、白い尻尾を揺らしながら立ち塞がる。

 挟撃される形となり、窮地に落ちいる二人だが、トーコは驤一に言い放つ。


「私も同じ。ジョー君に助けられたから、ジョー君の為に死ぬのは怖くない」


 そう言って、青い錠剤を服用したトーコは、リミッターを外し、三人を圧倒した。

 窮地を脱したが、トーコは気を失い、驤一はその場を離れる。同じく、刀剣使いに敗北したミラもまた、春風に連れられ戦場を離脱した。




 ベルトールファミリー殲滅任務を終えた室実とひよりの元にも、多くの来訪があった。

 まずは犬伏。犬伏は、作戦行動がどの様に伝わっていたのかを尋ねてきた。作戦行動に参加していない警察局の人間ではあるものの、信頼感から、二人は包み隠さず話す。

 それを聞いた犬伏は、そうか、とだけ呟き、ピリついた雰囲気のまま部屋を後にする。

 二人目は、防衛局第二課時期エースと目される八重樫愛海。室実に心酔している彼女は、満月の夜に、皇都と外区の境界である世界線の警備システムがダウンしていた事を告げる。システムが機能していなかったのは一部であり、その部分を、偶々世界線を訪れていた京子が直接警備し事なきを得たとの報告だった。

 次に現れたのは、六繋。ベルトールファミリーが取引していた薬物の成分報告であった。結論として、市場に流通する様な薬物ではない、出来損ないをベルトールファミリーが大量に所持していた事が分かった。まるでその薬物は、別の薬物精製の際の余り物を継ぎ合わせた様な、粗悪品だと。

 最後に現れたのは、京子。偶々近くに寄った京子は、二人の好物であるスイーツを差し入れして去っていた。

 差し入れにあったチョコレートボンボン、アルコールを含むそれを口に押し込むひよりに、室実は断酒を勧める。

 似合わない真面目な表情で言う室実に対して、ひよりは言う。


「まだ震えるの、何をするにしても、怖いの……嵯峨野の名前を捨てた今でも、それは変わらないのよ」


 ひよりは、嵯峨野ひよりだった頃を回想して、呟いた。




 外区の新たな闇に圧倒された驤一一行は、それでも確かな前進を感じた。

 今回の情報と、新たな課題。それらを踏まえた上で、再度外区に挑もうと。

 当分の目的地は、外区にあって歪な夜を眠らぬ区画、旧皇都西十七番街南部。

 

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