第15話 交戦③

「止めてくださいよ、何なんですかその呼び方」

 俺の冗談にげんな表情を浮かべながら、折野は横たわる死体の装備を確認する。

「……本当、何者なんでしょうね」

「さあな。聞いて答えてくれりゃ苦労しねえんだけどな」

「僕は彼等の居る外区しか知りませんが、昔は居なかったんですよね? 驤一先輩が一人だった最初の頃には」

「そうだな。去年の初め頃だったかな……寒い夜だったと思う。もしかしたらそれまでも居たのかもしれない。この広い外区の事だからな。でも、俺が認識したのはその頃だ。どこからともなく湧いて来たこいつ等を」

 世間の認識として、外区というのは皇都と大地世界が分断の際に設けたセーフティーゾーンだ。

 互いを隔てるゴーストタウンは、不可侵の証明。この世界のどの国にも属さない街を挟む事で、皇都と大地世界はその分断を成し得た。

 皇都側は、よくこんな馬鹿げた条件をんだな、と思う。

 自国内で武力を行使され独立を一方的に宣言された上に、その領土の多くを失うこの提案を受け入れた。

 それは、いち早い内戦の終結を目指したからだし、何より自国民の安全を優先したからだ。

 当時、中央各庁長官達の決断はおくびょうな放棄とさげすまれたが、結果からいえば、その決断はまるで内戦の激動を感じさせない日々を皇都にもたらした。

 分断の直後から今日まで、皇都には事件以前と変わらぬ風景が流れている。

 その平和の為に作られたはずのアンタッチャブルゾーンを、俺達がいびつに感じている最大の要因。

 それがこれだ。こいつ等だ。

 どこから湧いたのか分からない、外国の人間達。

 俺が外区に来てから二度目の冬、昨年の初め頃から現れ始めた軍従事者達。

 先日は地球の反対側、軍事国家『イビリア』。その前は、かの大戦の主役の一つ、東の大国『金国』。その他もろもろ、東西南北問わず、様々な国から、はるばるこんな小国の箱庭にやって来ている。

 互いに不可侵と決めた外区の中に居たのは、皇都の人間でも大地世界の人間でもない、どこかの誰かだった。

 対話は出来ない。言葉が通じない上に、余裕がない。

 外区で出会う奴等は、問答無用で襲い掛かって来る。こちらを認識すれば、ちゆうちよなく。

 どこの馬の骨とも分からない奴等について、何も分かっていない。

 少なくないかいこうの中で分かった事といえば、ここで出会う外国の人間は、軍事国家か大国に属しているであろう事。

 そして、かの大戦以降、世界協定で軍備の縮小が推進されている中でも、整った装備でここに来ている事。

 かち合えば、問答無用で襲い来る事。

「こいつ等を見る度に、僕は父の言葉の真意がどんどん見えなくなります。この外区を、異常だと言い切った父の言葉の、意味が」

「そうだな。この国の国防そのものが曖昧になるからな」

 それらは、大きな懐疑心を生む。

 隣国、ウルバ公国に面している東以外の方角を海に囲まれた半島である皇都。その海上の防衛は、全て皇都防衛庁海上局が担っている。

 かつての大戦で皇都が中立を保てた要因には、その前身である皇都海軍の力があったに他ならない。圧倒的ではない軍事力の中、策をろうして各国の侵略、略奪をけた、防衛戦に終始した海軍。

 そんな誇るべき組織は、今もこの国を守っている筈だ。

 それは、大地世界が分断された今も、変わらない。

 不可侵の取決めから、大地世界とは不干渉を貫いているものの、海上の防衛は国防の関係から今もなお続いている。

 それが、皇都の常識だ。俺達の知る、海上局の姿だ。

 それならば何故、外区に、彼等が居るのだろうか。

 大地世界から来ているのか、外区の海岸から来ているのか。それは分からない。

 ただ、彼等が居る事に、海上局が関わっている可能性を否定するのは難しい。

 だから、彼等の存在は、皇都の歪さの何よりの証明だ。

「何かあったか?」

「んー……特定出来そうな物はないですね」

 ミラに対して発砲するに至らなかったライフルを持ち上げながら折野は眉を顰めた。

「ランバー・モデルH59ショートアサルトライフル。世界中で流通している型ですね」

 ライフルを下ろすと、死体のジャケットを開き、ポケットの中をまさぐる。

 一見略奪行為に見えるので、いい気分はしない。

「こっちも特に。防弾チョッキにショートアサルト……ドッグタグとかあれば助かるんですけどね。あとはしゃべっているのを聞ければ、大凡おおよその言語は特定出来るのですが……」

「となると、中に居るのもどうにかしなきゃな」

「そうですね。殺しちゃいましょう」

 立ち上がると、折野は息を吐く様に言った。

「いや、一応確認してから、な」

「はい、もちろんです。その後、殺してしまいましょう」

 折野春風は馬鹿が付く程真面目だ。

 外区に来ている理由も、俺やミラの様に自分本位のものではない。

 だから、この場に存在する居てはならない彼等に対して冷然たる姿勢で立ち向かう。

 だから、悪だと断定してしまえば、戦部ミラと変わらぬ凶行さえいとわない。

 折野春風は、外区の中だけにおいては、暴虐にそのてっついを下す。

 正義という名でさんくさくくられた、断罪のこぶしを。

「戦部さんが戻ってきたら倉庫内に突入、掃討しましょう。中の構造って分かります?」

「他の場所と同じなら、只管ひたすらコンテナが並んでるだけだな」

「それならば、戦部さんを先頭にして静かに行きましょう。僕と戦部さんで徐々に戦力をぐ形で。驤一先輩は殿しんがりで後方確認です」

「了解。極力撃たない方がいい?」

「そうですね。少なくとも三分の一に敵勢力を減らすまで撃たないで欲しいですね。まあ、撃ってもいいですけどね。自分の勝手な判断で。スリーマンセルで二人が言う事を聞かないタイプの人間なので、慣れていますから。慣れ、て、います、から。慣、れ、て、い、ま、す」

 俺を責めるように単語を繰り返す折野。ひとみに光がない。

「いや、ほら。たまには俺、作戦通りに動くじゃん? 場所によっては情報も持ってるし……」

「そうですね。でも、その情報あるからって一人で行きますもんね。ね。ね」

 これ以上自分に対するフォローが思いつかないので、沈黙の中、目線を折野かららす。

 ミラが戻ってくれば作戦開始だ。この重たい空気からとうとん出来る。

 そうして、意識が二人同時に離れた。

 会話の最中、足元に転がる五つの死体から徐々に意識がずれていった。

 その、最終点。

 完全に離れた瞬間に、五つの内の一つが、うつ伏せから上体を反転させた。

 生きていた。死んでいなかった。

 気配に気付いて視線を送ると、銃口と目が合った。

 反転して起き上がった状態から伸びる腕に握られた小型の銃が、俺をとらえている。

 手遅れだと確信しているのに、ホルダーに手を伸ばす。

 明確に自分の頭部が吹き飛ばされるイメージを浮かべて、銃声を聞いた。

 無音の箱庭に銃声が反響する。弾丸は空を切った。

 俺の顔は形を変える事なく発砲の方向を向いて、冷たい汗を滴らせた。

 起き上がった敵は、死体に戻った。

 頭部は折野に踏み抜かれて原形をとどめていない。折野の靴底は、多分白いセメントと密着している。

 その衝撃でもって再び地面に上体が倒されたので、俺を狙った弾丸は空に逸れてくれた。

 会話を挟まずにホルダーからファントムを取り出す。

「撃たれちゃいましたね」

「ああ、中に気付かれただろうな」

 折野が白いセメントに靴底をこすりつけながら言う。

 飛散したドス黒い赤が、独特の匂いを放つ前に歩き出す。

 大きなシャッター脇、ドアノブが取り付けられた作業員入り口。

「中から来るの待つか?」

「シャッターを開けられて大勢に来られるのは嫌です。そこから入って三方向に展開しましょう」

「個人戦だな」

 開戦だ。

 大きな倉庫の中で、大人数がうごめく気配を察知する。

 それにしても珍しい。

 戦部ミラにしては、本当に珍しい出来事だ。

 ミラが人を殺しそびれるなんて、本当に。

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