第14話 交戦②

 瞬時に折野はバックパックを背負うと、近くの建物に身を寄せた。

 それに遅れて、俺とミラも足音を殺して折野の前に移動する。

 無音の夕焼けに緊張が走る。オフィス街である周辺に、気を張る。

 ミラは目をつぶってヘッドホンに取り付けられたツマミを調整する。

 深く静かな呼吸を二つして、ミラが声を潜めて言う。

「大丈夫、そんなに近くない……ねえ、半径二百メートル以内に、シャッターのある建物ない? 大きめだと思う」

 俺は折野に目線を飛ばすと、既に折野の手には地図データが展開されたタブレット端末があった。

 地図に目を通す。

「どうですか驤一先輩」

「周辺となると……北に百五十メートルくらい行くと、マージス工業のオフィスビルがあるな」

「オフィスビル? 戦部さんはシャッターを上げる音をとらえたみたいですけど」

「マージスはどこのオフィスにも自社倉庫を併設している。俺が今まで見た場所は全部そうだったし、ここもそうだと考えていいだろ。リフトやトラックでそのまま乗り入れるから、規模も大きい筈だ。ここを目指すぞ。ミラ、人数は?」

「ごめん。この距離だと流石に足音は」

 そう言いながら、ヘッドホンをいつたん外す。

 ヘッドホン型リミッター付き集音器。戦部ミラの索敵能力を大幅に底上げしている、とんでもない代物だ。

 ミラですら出所を知らないこの集音器は、周囲の小さな音を一定まで増幅、一定以上の音を圧縮する異常な程の高性能を誇る。

 ミラが単独時代から奇襲を成功させ続けて来た要因の一つ。ミラはこの無音の箱庭の中では、この恐ろしい程のテクノロジーと完全にみ合って脅威を発揮している。

 この場の音を支配下に置くミラを先頭にして、臨戦態勢を取り移動をする。

 ゆっくりと息を潜めて進み、マージスの倉庫の裏に立つ建物まで進んだ所で、ミラが俺達を制止する。

「五人……見張りかな……? でも固まってる。後は何も聞こえないから、多分倉庫の中だと思う……あは」

 この距離ならば呼吸音すら逃しはしないミラは、建物の裏側の配置までも把握している筈だ。

 だから、もう遅かった。

 五人程度ならば、何の障害もない。

 戦部ミラにとっては、〝そういう状況だ〟。

「戦部さんっ─」

 折野は懲りもせず制止をしようとした。

 だが、既にミラの両手にはナイフが握られていたし、金髪の間から覗く青眼は、炎を宿した様にあいまいに揺らいでいる。

「あは。行ってきます。五人。まとめて」

 最後まで言葉を聞き取った訳ではないが、どうせ短文でさして中身のない事をつぶやいたのだろう。

 正に目にも留まらぬ速さで道を駆けると、ミラの姿は直ぐに建物の裏、倉庫の方に消えた。

「ああ、もうっ。戦部さんはどうして僕の言う事聞いてくれないんでしょうか……僕の事嫌いなのかな」

「仕方ねえよ。ありゃ病気だ病気。あいつ、外区の事知らなかったらきっとおりの中だろうぜ」

「笑えないですよその冗談」

「冗談じゃねえよ。お前さっき言ってたじゃねえか。あれがミラの異常な部分だろ」

「……まあ、そうですね……いつか、治るといいですよね」

「無理だ無理。それに、別に困る訳でもねえだろ。あいつ強いんだし」

 ミラを追いかけながら早足で進む。

 結果は分かり切っているから、ファントムを握り込むものの、心は既に臨戦態勢を解除している。

 戦部ミラがナイフを抜いた時点で、相手はもう死んでいる様なものだ。

 角を曲がってマージス工業のオフィスビルを見据える。その隣に、読み通り大きな倉庫が併設されている。

 そのビルと倉庫の間。白いセメントが広がる場所に、人が五人倒れている。

「戦部さん、他に脅威は?」

「ないかなー。音聞く限りは倉庫の中に結構居るみたい。動き的に、こっちには全然気づいていないよ」

「周辺の索敵してきてもらえる? 誰も居ないだろうけど、一応ね」

「はーい、行ってきまーす」

 起きた事に言及するのは無駄と判断したのか、折野は頭を抱えながらミラに指示を出す。ミラは二つ返事で飛び出した。

 その背中を見て、ファントムをホルダーに戻す。

「そんな気に病まなくても。あいつは誰にも止められんだろ」

「いえ、そうじゃなくてですね。戦部さんが居るなら、僕や驤一先輩が指示を出したり、作戦を展開する意味があるのかなと……」

「あいつ目の当たりにすると強くなる気とかせるわな。ただ、ミラがいつでも居る訳じゃねえし、ミラ以上の脅威が居ないとも限らない。現に、あいつは南部で自分と同じくらい強い奴と戦ってるんだし。それを考えたら、俺達が居る意味もあるさ」

「そうですね……」

 戦部ミラが戦場に立ったのならば、展開した作戦に戦部ミラが居たのならば、それはもう終結を意味しているといってもいい。

 俺達は一度だけ敵としてミラと対面した事があるからこそ、あいつの脅威は嫌という程分かっている。

 本当に、仲間で良かったと思う。

「それよりも折野教授、今回の不幸なこいつらはどこの国の誰でしょう?」

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