最終日②

「……」


「真実を聞いてみていかがでしたか?」


「……」


「ここに証拠があります。必要ならば差し上げても…」


「黙ってろ!」


かしゃんと音がして小さな機械が払い落とされる。


話を聞いて誰が悪かったなんてありきたりな結論を言いたくはない。


こいつの言うとおりなら、ここにいる奴はどいつも衝動的に今回のような殺人事件を起こすことを前提にこの場所で監視されていることになる。

そうなれば逃がした奴が悪いことになるが、そいつもずっとどうしようもない罪の意識を背負ってきた。それに付け込んできた相手も悪い、それを黙認した『QUEEN』とやらも悪い。


だけどどいつも悪いを繰り返して、どこに結末を持って行っていいのかわからない。


きっと他の奴なら適度に折り合いをつけて誰が悪かったと言えたのかもしれないが、そんな器用な真似は俺には出来ない。


どいつも被害者で加害者で、無関心だった奴も加害者だ。


「…あなたは優しい、故に弱い」


慰められてるのかもわからない言葉に、いつもの強気で返す気力が戻ってこない。


「お前らと一緒にするな…」


「……」


子供相手にこんな風に返すのは大人気ないのはわかっている。


それでもずっと耳から離れてくれなかった鳴き声が、あいつが落ちた日からぴたりと止まった。


仲間が死んでしまったことをわかっていたのだろうか。それともやっと無念が晴れたと清々しているのか。


俺にはどうしても呼んでも返ってこないとわかってしまった仲間が、この檻から別の場所へ探しに行ってしまったかのように思えてしまい、最後に聞こえた高い笛のような一鳴きが、寂しさと罪と何もかもを一緒に持って行ってしまったように思えてならない。


こんな結末だったら知らない方がよかったのだろうか?迷宮入りにならなくてよかったと、適当に折り合いをつけて納得出来ればよかったのだろうか?


だけど何も知らないフリはもう出来ない。


「…どいつも悪い…だけど…」


悪いという言葉だけで全部を片づけたくない。


「何が悪かったとか…運命だったとか、そんな単純な理由で片づけたくない」


「……」


だったら下手に全てを公開して、何もわからない奴らに好き勝手に解釈されるよりは、わからないまま考えさせる方がいい。


そうやっていつかは考えることに飽きて忘れてしまったとしても、少なくとも忘れるまでの間は考えてやってほしい。


百舌鳥の犠牲になった、人がいたことを。


「人ならざる者と言われるここの住人にまで心を砕くとは…あなたはやはり面白い」


「…馬鹿にしてんならやめた方がいいぞ。子供が大人をからかうのはあまりいい印象ねぇからな」


「からかっている訳ではありません。あなたは弱いがしかし決して脆くはない」


「……そうかよ」


すっと席を立つと、座っている俺を上から見下ろすような不思議な瞳と目が合う。


相変わらず何を考えているのかいまいち読めない奴だが、瞳が瞬間的にふっと細められる。


「!?」


瞳に映り込む光が屈折を起こしぐにゃりと歪む。


わずかに色を変えた瞳の奥には、小学生くらいの男の子が映っていて、そこに向かって少し小綺麗なもっと小さい男の子が駆け寄っていく。


『にいちゃん』と声が聞こえた気がした。


「今の…」


俺だけにしかわからないだろう感覚に、だけど目の前の奴は反応するようにまた少しだけ笑うと目をつぶる。


「合格だ。あな……」


少年が凛とした声で何かを話そうとした瞬間、ドアがけたたましく開かれる。


「終わったー!…あれ?何でみたらしいんの?」


「お、まっ!」


力の加減がわからないとばかりに開かれたドアは蝶番のところが悲鳴を上げるかのように軋んでいたが、気にせず部屋に入ると俺を見て首をかしげ、さらにそれもすぐにやめると、俺の前に立つ奴を後ろからぎゅっと抱きしめている。


「首尾は?」


「えへへー、ばっちりに決まってんじゃん」


「そう」


尻尾があったらはちきれんばかりに振っているのが想像出来る位、喜びを全身で表している姿に大きな疑問が浮かび上がる。


「お前…見えんのか…?」


「は?何言ってんの?」


「だ、って。お前知らないって…」


だからきっとこいつはこの檻の中にある残留思念か何かと思っていた。

だからやたらとこの事件の事にも詳しいし、普通の奴なら知らないような詳しいところまで知ることが出来る…とそこまで考えて、1番最初に浮かんで消したはずの1つの結論が膨らみ続ける風船のように広がっていく。


「だってー、みたらし言ってたの“綺麗な男の子”だろ?いないもんそんな奴」


「……え…じゃ……そい……つ」


指を指すのは行儀が悪いとどこかで俺の行動をたしなめる声も聞こえるが、正直そんなことを気にしている場合じゃない。


ドールはちらりと少年の顔を見て、首を傾げる。


「だって、どう見たって“女の子”じゃん」


「え!?」


「正しく言えば私には性別の概念はありません」


「はぁああ!?」


「そうなの?だってついて『ない』じゃん」


「女性を象徴するものも私にはありません」


「よくわかんないけど、なんかすごいねー」


(すごいとかすごくないとかそんな問題じゃないだろ!さらっと言う問題でもないだろだいたい!!)


ぱくぱくと情けなく口を開けたり閉じたりしていると、相手は楽しいおもちゃを見つけた子供の様に少しだけ悪戯っぽく目を細めて見せた。


「あなたの問いにもう1つ答えましょう。私は『KING』。この檻の黒の主です」


「………………は?」


最期にとんでもない爆弾が降ってきた。


頭の中は哀れにも投下された爆弾で木端微塵になり、今まで散々悩んだことも、疑問に思っていたことも、何もかもが吹っ飛ばされる。


「あれー?言ってなかったの?」


「ええ。聞かれていませんでしたから」


悲しい事件だった、訳の分からない事件だった。だけど思えば、この問題が1番よくわかっていないものだった。


言葉は完全に置いていけぼりを喰らってしまって、目も瞬きを完全に忘れている。


「なっ……な……」


全然意味にも疑問にもなっていない俺の言葉を聞いて、2匹の鳥が年相応にいじわるそうな笑みを浮かべていた気がしたが、それを珍しいだとか思える気持ちももはや残されていなかった。


少年…もとい少女だか少年だかわからない奴は、すっと表情を戻すと最初に座っていたように体をソファーに預ける。


ゆったりと腰掛ける仕草はどこか威厳に溢れていて、そこではっきりとこの檻の中におけるこいつの立ち位置を理解する。


「あなたは私のゲームに勝った。歓迎します、新しい『檻の記録者crimson chronicler』」





それが俺と鳥達の、最初の出会いだった。





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記録停止【百舌鳥】

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crimson cage 蜜熊 @mochi_owl

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