メッセージ

 おにいちゃんは家にいた。ただごとじゃないあたしの様子に目を白黒させて、掃除機をほっぽり出して飛んできた。


「う、麗? どうしたんだ? 具合悪いのか? ひょっとして痴漢にでも遭ったか? そうなのか? どこをさわられた?」


 勝手に慌て始めたおにいちゃんを、あたしはカバンで一発、ぶん殴った。


「おにいちゃんのバカ! そんなんじゃないわよ。あの……が、学校が面倒で、抜けてきただけよ」


 こんなこと、初めてだ。だから、おにいちゃんも戸惑ってる。あたしの嘘なんか見抜いてるんだろうけど、お説教しようとはしない。


「え? そ、そっか。まあ、麗がなんともないなら、別にいいんだけど」

「あ、あのっ、あのね……」

「ん?」

「……の、喉が、渇いた。レモンスカッシュ飲みたい」


 おにいちゃんがキョトンとして、それから、いつもの顔でにっこりする。


「今、炭酸を切らしてるんだ。買ってこようか?」

「十分以内に帰ってきて」


 あたしをあんまり長くひとりにしないで。


 部屋のドアを閉めて、制服を脱ぎ捨てる。


「行ってきまーす」


 おにいちゃんの声に、ショートパンツをはきながら返事をする。


「行ってらっしゃい」


 パタン、と玄関のドアが閉まった。あたしはひとりになった。起動していないPCのディスプレイに、あたしの顔が映っている。


「会いたい」


 ラフに会いたい。ニコルに会いたい。今すぐ会いたい。

 PCを立ち上げる。ピアズのサイドワールドに入る。メッセージボックスを開く。


 あたしがアドレスを教えた相手は今までで、ラフとニコルだけだ。ボックスには、運営からのメッセージがたまってる。


 新着はない。


「当たり前よね」


 毎日オンライン本編で会ってる相手に、わざわ、メッセージなんか送らないわよね。何を期待してたんだろ、あたし。


 あたしがログアウトしようとした、まさにそのとき。

 ぴろり~ん。

 間の抜けた効果音が鳴った。ディスプレイに現れた表示は、“NEW MESSAGE”。新着メッセージ、って。


 あたしはドキドキして、メッセージを開いて……ちょっとだけ、がっかりしてしまった。ごめん、ニコル。



シャリンへ;

ニコルです

そういえばメッセージ送ったことなかったなあ、と思って

別に用事があるわけではないんだけどね

ボクはメッセージで人と話すのが好きなので

気が向いたら、シャリンも何か話してよ

じゃあ、八時にホヌアで

ニコルより



「測ったようなタイミングね。ありがと、ニコル」


 あたしは、どう返信しようか考えてみた。

 落ち込んでるって、話しちゃえばいい?


 ねえ、聞いてほしい。学校でハードなことがあったの。学校、つらいの。逃げたい。もうイヤって言いたい。


 あたし、このままじゃ、どうやって生きていけばいいのかわかんない。


 ラフとニコルに全部、話せたらいいのに。そして、あいつらが、あたしを助けてくれたらいいのに。あたしをこの日常から連れ去って、あのワクワクする冒険の中に、一生、閉じ込めてくれたらいいのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る