3. 老獪な暗躍 -A Secret Maneuver for Square Princess-(4)

 一行は寮のホールに移動していた。学院の外に出るべく正門に向かったのだが、妖魔やミニョレ門下の魔術師が見張っていた。リルムに確認してもらったところ、数もかなり多い。どうやらレティシアを外に出さないことを優先したようだ。

 寮に残っている魔術師はいないかと少し期待したのだが、建物の中には誰もいないようだ。人の気配が無い建物の中は、少し肌寒く感じられた。

「さて」

 フォクツが勿体ぶるように咳払いをする。その隣にはフローレンスが座っている。向かい合うようにフィルとレティシアとウィニフレッドが並んでいた。

「あれはどういうことだ?」

「どうって……妖魔だよ!」

「そんなことは判ってる」

「じゃあ訊かなければ良いじゃん!」

 キャバイエ兄妹は言い合った。レティシアが間に割って入る。

「下らないことで争わないでください。問題は妖魔がどこから来たか、でしょう?」

「どこからって……街の外から入り込んだんじゃないの? そんな地面から生えてくるわけないし」

 ウィニフレッドはそう言って首を傾げた。

 ルサンの街の郊外には、しばしば妖魔が出没する。それはルサン建国以前からもそうだった。湖の近くで水に困らず、土壌も豊かで餌となる動物も多い。昔から人間だけでなく、妖魔にも住みやすい恵まれた土地だったのだ。

 今でも旅の途中で妖魔に出くわすというのはそれほど珍しいことではない。トラムの村の近くでも妖魔が目撃されて、追い払うための討伐隊が組織されたこともあった。この国で暮らしている以上、妖魔と関わり合うのは避けられない。

「いや。それは考えにくいよ。トラムならともかく、こんな大きな街の中心部に妖魔が入り込むなんて無理だ。それに野生の妖魔だったら、あの魔術師と一緒になって襲ってきたりしない」

 フィルは発動体の杖をいじりながら言った。

「うーん、そっかぁ」

「偶然あそこに現れたのではない。つまり学院長と妖魔が手を組んだ、ということになるわね」

 レティシアはそう眉をしかめてで言った。

「それが議会に圧力をかけた中身かしら。戦力不足を妖魔を引き入れることで補って、ルサンの支配を目論んでいるの?」

「そんな!」ウィニフレッドが悲鳴じみた声を上げた。「そんな妖魔に街を売り渡すような真似なんて……!」

「それはどうかな」フォクツはゆっくりと腕を組んだ。「いくら学院長でもそこまで馬鹿げたことはしないだろう。それに誰にも気づかれずにあんな大型の妖魔を学院まで引き入れるのは難しい。関所だってあるし街中を歩かせるわけにもいかないからな」

「五体くらいなら馬車を使えば誤魔化せるんじゃないかな?」

「その程度じゃあ戦力として計算できない」

 フォクツがウィニフレッドの意見を一蹴する。村にいた頃にはよく見た光景だったので、フィルは少し懐かしくなった。

「あの魔術師は妖魔を使役しているように見えました」フローレンスが遠慮がちに口を挟んだ。「もし共闘という形であれば、巻き込むような形で魔術を使いはしないでしょう。あれでは仲間割れが必至です。しかし妖魔は不満の素振り一つ見せず戦っていましたね」

 フィルは魔術師がイヴァキュエイティッド・カッタを唱えたときのことを思い出した。フローレンスの言うとおり魔術師は一瞬も躊躇せずに発動したように思える。

「明確な上下関係があるってことか……」

「妖魔をそんな風に従わせられた、なんて話は聞いたことがないですけど」

 レティシアははっきりとそう言った。フィルは少し考えてから言った。

「圧倒的な力の差を見せつければ、逆らう気も無くすかもしれない」

「……あの魔術師がですか?」

 フィルの意見をレティシアが否定した。たしかに一介の学院生にそれほどの力があるとはとても思えなかった。学院長やミニョレ導師にしたところで、そこまで強力な魔術が運用できるとは思えない。

「そもそもそんな力があるなら、わざわざ妖魔を従える必要はないでしょう? 独力でルサンを支配することが可能だもの」

「……そうだね」

 フィルは頷いた。それからレティシアの顔を見ながら別の可能性を提示する。

「妖魔の姫でも人質? 妖魔質かな? にでも取ったとか」

「……まあ、ありえない話じゃないけどな」

 苦笑したのはフォクツだった。宥めるように手を振る。

「まあここであれこれ考えて答えが出るような話でもないだろう。どうやって従えているのかは判らんが、思っていたよりも状況は複雑で困難だ。学院長の戦力が読めなくなったし、門を見る限りフィルとレティシアさんが逃げ出したのも既に把握されている」

「学院の外に出ちゃえば良いじゃん! 塀とか乗り越えてさ。警邏とか軍とかと合流できれば何とかしてくれるよ!」

 ウィニフレッドの言葉に、フォクツは首を横に振った。

「門以外は魔術結界で囲われてる。元々は内部で事故があったときのための対策らしいけどな。塀を越えて外に出ることは出来ないよ」

 フォクツの言葉に、一同考え込んだ。

「外に出るのが難しいなら、敷地のどこかに身を隠すしかないのかしら? 時間が経てば外からの働きかけで状況が変わることもあるでしょう。軍が突入するタイミングで内部から攻撃出来れば手助けにもなるでしょうし」

「まあ、有りと言えば有りだが……」

 フォクツが首を捻る。フィルも真似するように首を傾けた。

「そんなに長時間隠れていられるかな。それにいつまで潜んでいなくちゃいけないのか、判らないのがちょっとね。半日くらいならともかく、敵陣のど真ん中で何日もずっと、というわけにもいかないだろうし」

「そもそも、軍が本当に攻撃するかどうかが判断つかない」

「します」レティシアは断言した。「お祖父様なら、必ずそう決断なさいます」

「でも銀狼の族長は、まだティアが人質に取られていると思ってるんでしょ?」

「それは、そうですけど……」

 レティシアは不満そうに頷いた。少し唇が尖っていた。

「フローレンス様はどう思います?」

 黙って話を聞いていたフローレンスにフィルは意見を求めた。彼女は濡れ羽色の髪を揺らして首を横に振った。

「隠れているのは得策ではない、と私は思います。いつ発見されるか判らない状態では休まる暇もありませんし、時間が経てば水や食料の確保も必須です。消耗しきった状態で交戦するのは非常に危険です」

「なるほどな……」

 フォクツはそれを聞いて一つ頷いた。

「しかし、それだと学院から脱出するのもリスクが高い。かといって学院内に留まるのも避けたい、となっちまうな」

 レティシアは目を伏せて言った。

「何とかして、お祖父様に私の無事を知らせられれば良いのですが」

「難しいだろうな。リルムを飛ばすにしたって、結界をなんとかしないと外に出られない」

「結界の制御はどこでしているのですか?」

「知らん。多分学院長室かその近辺だとは思うが……。どちらにせよ、こっそり解除出来るほど警戒を疎かにしているとは思えないな」

 フォクツの返事にレティシアはまた口を噤んだ。両手を組んで考えを練り直しているようだ。

 しかし、とフィルは思った。当初思っていたよりも状況は複雑になってしまっていた。門に強襲をかけて外に出るのは待ち構えられている可能性が高い。しかし学院内に隠れてやり過ごすのは先が見えずリスクが大きい。

「ええと……」

 フィルは意を決して口を開いた。

「学院長を倒してしまえば良いんじゃないかな?」

「は?」

 フォクツが口を開いた。そのまま閉じられずにいる。

「外には出られない。中にも留まれない。そうなったら元凶を取り除くしかないよ」

「危険すぎます!」レティシアが叫んだ。「何を考えてるの? 相手は学院長なのよ? それに少なくともミニョレ導師は協力しているのは確実です。妖魔だってどれだけいるか判らない。私たちが真っ向から挑むなんて、リスクが高すぎます!」

「そうかな……」フィルは少し眼を細めた。「魔術師ってさ、基本的に戦いに向いていないと思うんだよ。白兵戦が出来るわけでもないし、攻撃魔法だってそんなすぐに唱えられる訳じゃない。例えば僕とフォクツとティアが居たとしても、距離が近かったらウィニフ一人に簡単にやられてしまう。魔術師なんてそんなもんだ。学院長もミニョレ導師も実際に魔術で戦ったことなんてほとんど無いはずだ。真っ向から挑んでも十分勝負になるんじゃないかな」

「でも、妖魔だっているのよ? しかも数や種類だってまったく判っていない。そんな状況で戦うのは無謀すぎる。一度時間をおいて情報を集めるべきです」

「むしろ、時間をかけた方が危険だと思う」

 フィルははっきりと言った。レティシアが目を丸くする。

「どういう意味?」

「僕たちが囚われていた地下牢だけど、なんで看守は人間だったんだろう。それが気になっているんだよ。しかもあれは学院の関係者ではなかった」

 フィルが目で問いかけると、フローレンスは頷いた。

「はい。恐らく流れの傭兵だと思います。あまり洗練されてはいませんでしたが、実戦的な戦い方でした。お金を積めば少々行儀の悪いことでも引き受ける方々です」

「妖魔が豊富に使えるんなら見張りだって妖魔に任せられたはずだ。それなのにわざわざ外部から金で人を雇っている。そして僕等が逃げ出した後に妖魔が現れて襲ってきた。でも僕たちは五人いるのに妖魔も五体だけだった」

「何が言いたいんだ?」

「つまりね、妖魔が出てくるのに時間がかかっている。そうじゃなかったら妖魔を何十体も送り込んできているよ。ティアを確実に捕らえられるようにね」

「そりゃな。どうやってるのか知らんが、妖魔を一気に学院の中に運んでくるわけにはいかないだろうからな」

「運んでくる? 厳重に監視されているはずの学院に? それは考えづらいんじゃないかと思うよ。街の外からこんなところに小分けにして連れてきたって手間の割に得られるものは大きくない。議会を脅すんだったら外から大規模に攻撃をかける方がこんなところで無駄使いするよりも戦略的に無駄が少ない」

「じゃあ、あの妖魔はどこから来たと?」

「象牙の塔の中からだ」

 問いかけたレティシアの目を真っ正面から見返して、フィルは言った。

「学院長は、妖魔を召喚している。妖魔を使役出来ているのもそのためだ」

「なっ……!」

 フィルの言葉にレティシアは絶句した。フォクツも声を無くし、フローレンスとウィニフレッドは目を瞬かせた。理解が行き渡るのを待って、フィルは説明を続けた。

「妖魔は元々異世界の住人だという説があるし、実際に召喚した例もある。ミニョレ導師の専門は召喚魔術だし、学院長も元々そっちの畑の出身だ」

「それは……たしかにそんな例もあるけれども」

「妖精でも妖魔でもそうだけど、召喚された側は基本的に魔術師の支配下に置かれる。それなら妖魔が学院長たちに従っていることの理由も説明できる。わざわざ監視をかいくぐって連れてくる必要もないし、ある程度なら使い捨てることだって出来る」

「ちょっと待て。そもそも妖魔なんて召喚するのには大量の魔力が必要になるぞ? おいそれと召喚して使い潰せるような魔術じゃない」

「うん。だからだよ。それがある程度簡単に出来るようになったからこそ、学院長は議会に対して強硬な態度に出られたんじゃないかと」

 フィルは確信を持って言った。

「時間が経てば経つほど、学院長が召喚した妖魔の数は増えていく。早めに対策を打たないと、本当にルサンの街が妖魔に支配されてしまう」

「……とても信じられない」

 レティシアが呆然と呟く。

「あまりに突飛な話ではない?」

「でも、そう考えると不可解だった学院長の行動にも説明がつく。ティアを監禁して学院に立て籠もったのは妖魔を大量に召喚する時間を稼ぐため。議会との対立を宣言して魔術師たちに決断を迫ったのも計算尽くだね。最初から魔術師の理解を得られないことを前提にした行動なんだ。賛同する魔術師が少なくても人員の不足は妖魔で補える。それに学院から魔術師を追い出せば、街の中心部に秘密裏に戦力を集められる。無関係な魔術師に妖魔の姿を見られるわけにいかないからね」

 フィルの言葉に、一同は口を噤んだ。それぞれに話の中身を整理しているようだった。

「たしかにそう考えると辻褄が合うな。しかしどちらにせよ、レティシアさんが学院長と戦うようだと、銀狼の民の内輪揉めに見えないか?」

「いいや。学院長の人道に悖る独断専行に学院生が反旗を翻しただけだよ。その中にたまたま親戚がいただけ」

「それでも拙速に過ぎませんか? もっときちんと準備をしてから突入した方が……」

「時間をかけるとその分妖魔が増える。そうなると学院の中だけじゃなくて街中にまで戦線が拡大することになる。一体どれだけの人が巻き込まれることになるか……。軍が勝てるとしても避けたい事態だ」

「……なるほど」

 レティシアは厳しい目つきになった。細められた目の中に、強い光が宿る。

「学院長のやり口は良く解りました。戦力的に、ルサンという国をひっくり返す力は無いのでしょう。けれど正攻法で鎮圧すれば被害が大きくなるように策謀を巡らせているのね。その上で、少しでも自分が有利になるように事を纏めようとしている。自分が勝つのではなく、相手の譲歩を引き出するように行動している」

「そんなところだろうね。ティアの件も妖魔の件も、その気になれば議会は解決できる。それでも強行したときの被害を考えると、ある程度要求を呑んだ方が良いように誘導している」

 学院長の行動にレティシアはかなり怒っているようだった。柳眉は逆立ち頬が少し色付いている。

「解りました。突入しましょう」

「おいおい」

 今にも立ち上がって塔に向かいそうなレティシアを宥めたのはフォクツだった。

「さっきまでとは大違いだな」

「学院長の卑劣な企みが解ったのです。必ず打ち倒さなくては!」

「まあ待て」フォクツはひらひらと手を振った。「相手が悪人だからと言って、勝てない相手に突っ込んだところで無駄死にだぞ」

「しかし力が無いからと言って悪事を見過ごせないでしょう」

「そんなことは言っていない。行くにしたって、まずは対策を考えるべきだと言っているんだ」

「まあ、それは勿論ですけど」

 フォクツの言葉にレティシアは一つ頷いた。

「でもさ。対策も作戦も立てようが無いんだよね」

 少し雰囲気が緩んだところに、フィルは意図して軽い調子で言った。

「結局、学院長側の情報が何も無いからさ」

「お前……。発案者がその態度はちょっとどうなんだ?」

 フォクツが呆れたように言う。しかし庇うように口を開いたのはレティシアだった。

「それはしょうがないでしょう。戦いとはそういうものですから。せめてこちらの全力が出せるように準備だけはしっかりしましょう」

 レティシアはそう言って、フィルに一つ頷いて見せた。

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