第23話
先輩に腕を引かれながら、連れてこられたのは屋上だった。
「少し寒いね……大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
ここに来ると、告白しようとしていた自分を思い出すから嫌なんだけどなあ。
まだ空は明るいが、風通しがいい屋上は少し肌寒い。
ひんやりとした空気は、こみ上げてきていた涙や感情を抑えてくれそうでいい。
顔を見られないよう俯いていたのだが、少しだけ顔を上げて久しぶりに正面から奴の顔を見て……驚いた。
「ど、どうしたんですか……それ!」
整った綺麗な顔の両頬が、不自然に赤くなっていた。
寒くて赤くなっているというわけではなさそうだ。
……叩かれた?
そういえばこの一週間、顔が赤く腫れているのを何度か目にした気がする。
「あれ、まだ赤いかな? ま、まあ、気にしないで……」
「はあ……」
気にしないでと言われても、話していると視界に入るから気になりますけど!
……まあ、泣かないように俯いていたら見えないからいい……かな?
「俺が仲良くしたい女の子は黄衣だけなんだ。だから……ちゃんとしてきた」
「ちゃんと……?」
「黄衣、聞いて欲しい」
やけに真剣な目をこちらに向けてくるかと思いきや、両手を掴まれた。
え? ……何?
「本当の俺は地味だし、田舎者で、要領が悪くて冴えないダサい奴なんだ。だから……容姿がいいとちやほやされて、調子に乗っていたんだ。周りを見ず、人の気持ちを考えず……。自分が楽しくなることばかり優先していた。でも、黄衣に拒絶されて気がついた。今の愚かな自分と、本当の自分に――」
もしかすると『本当の俺』というのは、前世のことだろうか。
私が知る限り、今の神楽坂葵は田舎育ちではないし、外見はダサいとは思えない。
要領が悪いという印象もない。
度々俯きながらも必死に伝えようとしている姿は、懺悔しているようにも見える。
「自分と向き合うようになって、黄衣のことをよく考えるようになったんだ。やっぱり……黄衣が笑うと嬉しい。もっと欲しくなるんだ、全然足りない。でも……俺には、笑ってくれなくなった……。それなのに、他の男に見せたりしている。それが我慢ならない。黄衣の笑顔を独占したい」
握っている両手に力が入っている……熱い。
緊張しているのか、微かな振動が伝わってくる。
「……黄衣が好きだ。黄衣に俺を見ていて欲しい。だから……お、俺と付き合ってください!」
「…………?」
予想外過ぎて、きょとんとしてしてしまう。
これは……『告白』というものだろうか。
男女交際の申し込み申請である、あの『告白』……?
以前私が、ここで先輩にしようとした『告白』だよね?
純粋に疑問なのだけれど……どうして私?
あんなに冷たい言葉を吐いたのに……。
私は全く可愛くなかったはずだ。
わけも分からず混乱しながら先輩をみる――。
「…………っ」
さっきよりも全体的に赤くした顔で私を見ていた。
冗談を言っている様子はなさそうだ……。
本気で私に告白しているの?
もしかして、私に告白するという話を、他の攻略対象者にしていたのだろうか。
それを聞いて彼女達は、私のところにやってきた?
そんなことをするなんて……それだけ真剣だということ?
ハーレムを捨てて、私を選んでくれたということなの?
そう思った瞬間、体温が一気に上昇するのを感じた。
顔も熱いし、胸にも熱いものが込み上げてきた。
「あの……えっと……」
言葉が出てこない……何も言えない……!
まさか……私、嬉しいの?
さっきとは違う涙がこみ上げてくる。
私が停止してしまっている間も、先輩の真剣な眼差しはこちらに向けられている。
正直、逃げたい――!
どうしてこんな状況になったのか、理解できない。
でも……今は逃げちゃ駄目だ……。
さっきは――ううん、私はずっと逃げてきた。
他の攻略対象キャラ達には偉そうなことを言っておきながら、真っ先に逃げ続けてきた。
私は先輩を非難していたけれど、自分だって卑怯だったのだ。
でも、先輩は逃げずに、こうして私に向き合ってくれた。
私もちゃんと向き合わなければ……。
ちゃんと言おう、自分の気持ちを――。
……緊張する。
ツインテールを揺らしながら告白しようとした、あの時よりも――。
大きく息を吸い込み、呼吸を整えて口を開いた。
「……お断りします」
今度は先輩が固まる番だった。
「………………え」
目がさっきよりも見開かれた。
予想外の言葉だったのだろうか。
その目を見ながら、私は言葉を続ける。
はっきりと言わなければならない。
私の嘘偽りない気持ちを――。
「私はまだ、貴方のことを信用していません」
「…………」
握られた手をゆっくりと解き……離した。
体も距離開けようと一歩下がろうとしていると、ガシッと両腕を掴まれた。
「俺がわざと女の子達に期待させるような態度をとっていたことを、黄衣が気づいていたことは分かっている。だから……黄衣が好きだから、そういうのはやめるって話をしてきたから……!」
焦って必死な表情が目の前に映る。
言いたいことは分かるし、それは分かっている。
分かった上での返事だ。
「私が信用していないのは、そういうことではありません。もちろん、それも大事ですけど――」
私の言葉を一つも聞き漏らさないようにしているのか、腕を掴んでいる力も増しているし、距離も近くなっていく――。
「そもそも、私は本当の先輩のことをあまり知らないんです。そんな人と付き合うなんてできません。だから……。あなたのことを教えてください。私のことも知ってください。話はそれからです」
正直に言うと、もう憎しみは殆どない。
くすぶった怒りは残っているけれど……それを押さえられるくらい『好き』という感情が今はある。
……いや、私はずっと神楽坂葵が好きだった。
こんな奴は止めた方がいいと頭では分かっているのに、断ち切れなかったくらいに――。
でも、だからといってすぐに、胸に飛び込むなんてことはできない。
これはきっと『意地』だ。
意地っ張りな私の意地——。
すぐには攻略されてなんかやらない。
ある意味『復讐』だ。
「黄衣……」
「お互いのことが、もう少し見えるようになって、それでも私を好きだと思ってくれたのなら……その時は、もう一度さっきの言葉を聞かせてください。もちろん、どう返事するかは分かりませんが……。出来るものなら、私を攻略してみてください」
『やれるものならやってみろ』
言葉にはしないけれど、ニヤリと笑った笑顔にそれを込めた。
先輩は私を見て固まっていた。
言葉が出ないのか、空白の時間が流れたが――。
「……分かった。それまでに、レベルを上げておくよ」
私の意思は伝わったのだろうか。
神楽坂葵も、綺麗な顔を強気に綻ばせていた。
少し寂しそうにも見えたけど……これでいいと思う。
私達は、羽が落ちてきたあの日から……最初からやり直そう。
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