第22話

 授業が終わり、放課後になった。

 クラスメイト達は部活に行ったり、遊びに行ったり――。

 次々に教室を出て行く。


「今日は顧問いないらしいよ」

「マジ? じゃあ、もう帰っちゃう?」

「そうしよ! カラオケ行かない?」

「賛成~!」

「あ、私割引クーポンあるかも!」

「そういえば……私ももってたわ!」


 同級生達の楽しそうな声をBGMにしながら、私は席についたまま考え込んでいた。

 今日は先輩と一度も遭遇しなかったな。

 このまま金曜日が終わってしまうけれど、何も起こらないのだろうか。

 私から会いに行く?

 何をしに……?

 金曜日に来るって言っていたじゃない。

 それを本気で信じているの?


 そんな考えが、頭の中でぐるぐる回っている……。


「あれ?」


 なんだか周りが静かだな……と思って気づけば、教室には誰もいなくなっていた。


「え……もうこんな時間!?」


 知らないうちに、かなり時間が経っていたようだ。

 窓から外を見ると、運動場では部活をしている人たちの姿が見えたが、教室には私だけで……。

 一人だけ世界に取り残されているようで、少し寂しくなった。


「はあ……。私、何をもじもじしているんだろう……」


 先輩のことは考えない! 知らない! と決めて起きながら、こんなに周囲が見えなくなるまで考え込んでしまっていた。

 

 少し前までは、学校で会わないように避けていたのに、今日は姿を見ないと不安になって……。

 今日は休んだのだろうか、風邪でもひいてしまったのだろうか。

 だから、私のところには来なかった? 

 『来ない』のではなく、『来たくても来ることが出来なかった』のだろうか。

 そんなことばかり考えてしまっていた。


 私は先輩を待っていた?

 期待していたのに、すっぽかされて……。

 自分が傷つかないように、先輩は仕方なく来られなかったという理由を探していたのかもしれない。


「……馬鹿みたい。帰ろ」


 いつまでも学校にいるのは、来ない人を待っているようで惨めだ。

 帰って甘いものでも食べよう。

 そう決めて立ち上がった。


「あれ、きいちゃん? まだ教室にいたんだね!」

「……ん? あ、英君。帰ってなかったの?」


 教室の扉が開いたと思ったら、英君が入ってきた。

 

「オレは部活。きいちゃんこそ、どうしたの?」

「えっと、ちょっとボーッとしちゃった。そっか、英君は部活かあ」


 確かに英君はジャージ姿だ。

 英君が部活をしているとは知らなかったなあ。


「もしかして……誰か待ってたの? ……神楽坂先輩とか?」

「え? ちっ、違うよ。本当にちょっとボーッとしてただけ」


 先輩の名前が出てきてビクリとしてしまった。

 英君は妙に鋭いな……って、私は先輩を待ってはいないってば!


「あ。そういえば……英君。この前、先輩に何か耳打ちされていたけど、何を言われたの?」


 耳打ちされた英君がなんだか怯えているように見えて気になっていたのだ。


「! あ、あれは……」


 あんなに覚えるなんて、滅びの呪文を言われたのではないかと心配している。

 思い出している様子の英君の顔色もみるみる悪くなってきた。

 大丈夫!?

 誰か、解呪の魔法を使える人を探さなければ……!


「いや……オレだって本気なんだ……勝てるとは思えないけど、こういうのは勝ち負けじゃないし!」

「え、英君?」


 もう手遅れなのか、俯いてブツブツと何か呟いている姿は異様だった。

 どうしよう、私は魔法を使えない!


「ねえ、本当に大丈夫……?」

「きいちゃん!」

「はい!?」


 突然大きな声で呼ばれてびっくりした。

 近くまで詰め寄られ、思わずシャキッと背筋も伸ばしてしまった。

 急に何!?


「オレと神楽坂先輩……どっちの方が好きですか!」

「はい?」


 唐突に何の質問……。

 私の頭の上には「?」がいっぱい浮かんでいるような状態だが、答えを待つ英君の目が真剣で戸惑う……。

 そんなに圧力を掛けられたら、気を遣わなければいけないような……?


「えー……うーん……英君かな?」

「!!!!」


 まあ、五股する心配がない英君の方が信頼できるし……人間として好き、かな。

 いつも母性をくすぐられ、友達というより母のような気持ちになってしまっているけれど……。

 養ってあげたいよ、英君。


「じゃあ、オレと神楽坂先輩、どっちといたら楽しいですか!」

「ええ? 質問、まだ続くの!? それはもちろん……」


『英君』と答えようとしたところで、先輩と行ったネットカフェのことを思い出した。

 一緒にゾンビ映画を見て、とても楽しかった。

 あんなにかっこつけているのにビビリで……ちょっと驚かしだけでソファーから落ちちゃって……。


 そして、英君と映画館に映画を見に行ったことも思い出した。

 あの時は隣にいるのが先輩じゃないことに、何故かとてもショックを受けて……。


 同じシチュエーションで映画を見た。

 記憶の中の私が、とても楽しかったのは――。


「…………」

「き、きいちゃん?」


 言葉に詰まって固まってしまった私を、英君が不思議そうな顔で見ている。

 頭では『英君だよ』と答えればいいじゃないかと思っているのに……それができない。


「ごめん……そろそろ帰るね」

「え? きいちゃん!?」


『英君だよ』と言えなかった……言いたくなかった……。

 だって、私がたのしかったのは……。

 黙るのは『逃げ』だと自分でも理解しているけれど、そうするしかなかった。


 困惑している様子の英君を残し、教室を出る。

 早く帰ろう……帰って落ち着こう。

 最近の私はどこかおかしかったけれど、今日の私は特におかしい。

 家に帰って、甘いものをたくさん食べて、リラックスして寝よう。


 先輩は五股ハーレムをしようとしたクズだ。

 五股どころか、デートをしているだけの女の子なら、相手はもっといる。

 私は乙女心を弄ばれたから、あのクズをハーレムから奪うという方法で復讐したのだ。

 それなのに――。

 

 英君とより、先輩と行ったネットカフェの方が、何倍も楽しかったなんてどういうこと!?

 この五日間、他の女の子のところには現れるのに、私のところに来ないのが寂しいだなんておかしい……おかしいよ……!

 今、無性に先輩の顔が見たいとか、先輩に会いたいとか、どうなっているの!?

 どうしよう、泣きそう……かも。


 なんだか感情が抑えられなくなってきた。

 こんなところで泣いたら……何事かと思われてしまう。

 英君が追いかけて来たら、自分が泣かせてしまったのかとびっくりしてしまうかもしれないし……。


 やっぱり早く帰らなきゃ!

 誰にも泣きそうな今の顔を見られたくない……!

 俯きながら、昇降口に向けて廊下を進んでいたら――。


「黄衣!」

「!」


 通り過ぎた脇の廊下から呼び止められた。


「…………」


 この声は……どうして、今頃声を掛けてくるの……?

 会いたいけれど……会いたくなかった……。

 タイミングとしては最低だ。


 振り向きもせず、返事もせず――。

 私はその場にピタッと止まってしまった。


 どうして止まってしまったんだ、帰った方がいいのに……。

 今先輩の顔を見たくない。

 そう思って、ゆっくりと歩き始めたのだが……。


「待って!」


 腕を掴まれ、止められた。


「遅くなってごめん! 話があるんだ。……今、いいかな」

「…………」


 別の日にして欲しい気持ちと、呼び止められて嬉しい気持ちが混ざって複雑だ。

 逃がして貰える気配はなさそうなので、私も覚悟を決めて頷いた。


「分かりました」

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