鋭い瞳


 大きな窓から暖かな光が差し込む穏やかな日。

 休日は若い女性で賑わう店内も、平日の今日は主婦層や年配の人が多く落ち着いた雰囲気だった。


 アオイはいつもの人当たりのいい笑顔で接客している。爽やかな人柄と丁寧な対応は、ご近所のマダムにも大好評だ。


 カウンターでは、お気に入りの場所に座る初老の男性が津村と何気ない話をしていた。


「そういえば、今日なんだか伊勢谷くん元気ないねぇ」


「わかりますか」


「そりゃあ、毎日来てるから。明るい彼にはいつも元気をもらってるんだが」


 津村はコーヒーカップを磨きながら「若者は悩みが尽きないみたいで」と困った顔で笑う。

 2人がチラリとアオイを見れば、バチっと目が合った。


 空いたグラスとお皿を下げてきたアオイが笑顔ながらもハテナを浮かべている。


「なんのお話ですか?」


「若者は薔薇色や灰色、虹色といろんな色があって羨ましいね、という話だよ。年を重ねると色褪せてくるものが多くなるからね」


 さらにハテナが浮かんでしまったアオイが男性にその意味を聞きなおそうとした時、カランカランと入口の鈴が鳴った。


 いらっしゃいませの言葉は途中で霧散むさんしてしまう。


「あ、兄貴……?」


 ネイビーのシンプルなスーツに真っ白なシャツ、シックなストライプネクタイと黒のビジネスバッグ。雑誌から飛び出してきたかのように洗練された着こなしのキョウスケがそこにいた。


 驚くアオイをよそに、キョウスケは案内役の女性スタッフにカウンター席を希望している。


「なんでここに……?」


「近くまで来たから寄っただけだ」


 アオイが固まってしまったのも無理もない。

 いつも立ち寄っているような口ぶりだが、アオイが働いてきた数年間でキョウスケが店に来たのは今日が初めてだったからだ。


 いつも通りの仕事をしようとしても、どうしても緊張してしまう。チラチラとキョウスケを見ているため、3回つまずいて4回飲み物の分量を間違えた。


「伊勢谷、お前どうしたんだよ? いつもはこんなミスしねーのに」


「すみません。兄が来てるのでちょっと調子くるっちゃって」


「あーあの男前な。でもいつも家で会ってんだろ? なに焦ってんだ」


「いや、それはそうなんですけど。なんか緊張するっていうか照れるっていうか……」


「なんだそりゃ。まるで恋してるみたいだな」


 ケラケラと笑う津村の目の前で、アオイは顔から火をふきそうなほどボッと赤くなった。

 慌てて腕で隠そうとしてももう遅い。


「え。……………………マジ?」


「イヤイヤイヤイヤ! そんなわけないじゃないですか!」


「この前言ってた絶対想いを伝えちゃいけない男って、もしかして……?」


「う……」


 アオイの無言を肯定と取った津村は目を丸くしながらキョウスケを見ると、鋭い瞳もこちらを見ていて思わずギクリとした。


 中指で眼鏡のブリッジをあげる様子は大変サマになっているが、眼鏡がキラリと光った気がして非常に恐ろしい。


 大丈夫、こちらの会話は聞こえていないはずだ。


(伊勢谷の兄貴はなんであんな睨んでんだ?)


 アオイはキョウスケの視線には気が付かず、火照った顔をパタパタと扇いでいる。


「まさか……」


「え?」


「いや、なんでもない」


 津村は、少し考える素振りをしてから唐突にアオイの頬に触れた。


「顔、真っ赤」


「ッ! ほっといてくださいッ」


 わざとイチャついているようにみせかけた。

 そして再びキョウスケを見ると、その眉間には先ほどよりも深いシワが刻まれている。


 アオイとキョウスケの間に何があるのかは分からなかったが、津村を警戒していることは間違いなさそうだ。


(兄ちゃんも伊勢谷を好き……なわけねーか。娘を持つ父親みたいな感じか? でも男の俺を敵視するってことは、今のアオイの恋愛対象が男っていうのはきっと気付いてるんだよな……)


「……んちょう。津村店長っ!」


「んあ?」


「なに急に考え込んでるんですか」


「あーちょっとな。それより、今日店閉めたら飲みに付き合えよ。いろいろ聞きたいこともあるしな」


 ポンとアオイの肩に手を置くと、俯いたアオイから小さく了承の返事が聞こえた。


 津村は、後ろからまた殺気を感じたが今度は気が付かないフリをした。

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