気付きはじめた心
ここ数日、避けている自覚はある。
朝はみんなスタートが同じなので顔を合わせるのは仕方がない。その時にキョウスケの帰りの時間を探るのが日課になっていた。
あえて帰宅時間をずらすためだ。
なのに今日は、玄関のドアを開け帰ってきたところに運悪く風呂上がりのキョウスケと鉢合わせした。
「おかえり」
「……ただいま」
目も合わせずひとこと発しただけで、次の言葉が出てこない。
(いつもどんな会話してたっけ……?)
いたたまれず無言でキョウスケの横を通り過ぎようとした時、いきなり腕を掴まれドキリと胸が鳴った。
「顔色、悪いぞ」
「え? あ……そ、うかな」
「ちゃんと睡眠はとってるのか」
腕を掴まれたままチラリとキョウスケを見やると、風呂上がりの無造作な髪や石けんの香りにアオイは軽く
「……なんともないよッ」
赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、思わずその手を振り払ってしまう。
「ッ! ごめ……」
「……ならいい」
いつもの無表情で離れるキョウスケ。
その背中を見ながらアオイは無性に泣きたくなった。
(ちょっと傷付いた顔してたな)
普段は感情があまり顔に出ないキョウスケだが、長年一緒にいるアオイにはなんとなくわかった。
今のは完全に傷付けた。
もう完全に認めるしかないのだろうか。
傷付いた背中を抱きしめたい。
抱きしめて、何度も何度もキスして、そのカラダを組み敷いてぐちゃぐちゃに快感に歪んだ表情を見たい……と思う。
そんな想像だけで微かに下半身を反応させる自分には正直驚いた。
「……思春期かよ」
今日、何度目かのため息を吐きそうになってハッと気付く。
「やばい。勃たせてる場合じゃないよ、謝んないと」
トントン、と控えめにドアをノックして「兄貴、起きてる?」と声をかける。
廊下に部屋からの明かりが漏れていたので恐らく起きてるとは思ったが、いま話をする時間が欲しいという意味も込めて聞いてみた。
聡明な兄はその意味を察したのか、「起きている」とは言わず「入れ」とだけ言った。
部屋に入ると、机に向かって仕事をしてるであろう背中が見える。
「ごめん、仕事してた?」
「いや、もう終わるところだ」
言う通り、すぐに終わったようでタンッとエンターキーを叩く音が聞こえたかと思うとキョウスケがくるりと椅子を回した。
「何か用か?」
振り向いたキョウスケと目が合う。
アオイはとっさに目をそらすが、そらした先には淡いブルーのパジャマから覗くキレイな首すじがあり慌ててあさっての方向を見る。
そんなヨコシマな目で見るために来たんじゃない、と思い直した。
「あのさ、さっき、ごめん」
「……なにがだ」
「なんか今日、仕事が上手くいかなくて八つ当たり、した」
「別に。気にしてない」
嘘だ。少しだけ傷付いていたのを知っている。
それでも気にしてないと平気なふりをするキョウスケに愛おしさが込み上げる。
なんなら、今すぐ押し倒したい。
「そっか、ならいいんだ」
またイヤラシイ想像をしてしまいそうで、話題を変えることにした。
「あー。なんか、この部屋に来るのも久しぶりだね。ヒナの作戦会議しなくなったからだろうけど」
「そうだな」
「ヒナ、カスミちゃんとうまくいってるのかなぁ」
「順調だそうだ」
「聞いたの?!」
まさかキョウスケがリサーチしてるとは思ってもみなかったので、アオイは驚きの表情を隠せなかった。
でも、ある事に気が付いてしまった。
「……なんでちょっと寂しそうなのさ」
ヒナタのことでキョウスケが落ち込んでいるのを見ると胸がチクリと痛んで、妹にまで嫉妬してしまうのかと内心苦笑いした。
「そんなことない」
眼鏡の奥の形の良い瞳がスッと伏せられる。
また嘘だ。
いつもは何をするにも完璧なキョウスケが自分には弱味を見せてくれるのだと思うと本当に堪らなくなる。
ただ、「オレがいるじゃん」とは言えなかった。
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