第39話 黒い波動


黒い空間に浮かぶ黒い心と黒い意識

黒い憤慨と黒い暴虐と黒い憎悪

すべてが黒のまま すべてを飲み込む時

黒い大渦は回帰に掌握されてゆく



 第三十九話 『黒い波動』



 地球で起こった悲劇は、悲観へと変わり、黒い大渦に取り込まれた。

そして、別次元にある世界、ヤマトでもその兆候は顕著に表れているのだった。


 強風が吹き荒れ、空は鳴り、台地は裂け、かつてない天変地異が起こっていた。

黒い大渦から送られた邪悪なインガは、ヤマトの世界で人々の精神に刷り込まれていった。

その邪気を体内に吸い込んだ人間は、人間本来の悪戯だけが目覚めてしまうのだった。

すると、人々は、私利私欲に捕らわれて自滅していく。

きっかけは小さな穴からでも、その穴は大きく膨らんでいき、やがて崩壊の道をたどる。

それは人のサガか? それとも新たなる目覚めの咆哮か?


 どちらにしても、今、地球を取り巻く環境がピンチなのに変わりはない。

今ここに、歴史の証人は動きだしていた。共通の敵に向かって手を組んだタケルとリョーマ。

はたして二人は、黒い大渦を封印する事ができるのだろうか?



 ヤマトの軍。

「撫子さま! 突如現れた黒い大渦が、こちらに接近しています!」

「あわてるでない、理幻……」

「し、しかし、このままでは!」

「取り乱すなと言っておる」

「は、はい……」

「この黒い大渦はいきなり現れたのではない。我が呼び寄せたのだ」

「そ、それはどういう意味なのですか? 撫子さま」

「言葉どおりの意味だ。全ての事象は偶然ではなく必然である……あの黒い大渦も来るべくしてやって来ただけの話だ」

「は、はい……それが撫子さまのお望みであるならば……」

「ふふ、この世を司る者への試練の壁というところか……我は必ず手に入れてみせるぞ」

はたして、撫子の前に現れた黒い大渦は、本当に撫子が呼び寄せたのだろうか?

そして、その意味は? 黒い大渦の出現によって、物語は急加速していくのだった。


 黒い大渦へと向かう、タケルとリョーマ。

「タケル! この怪しげなインガウェーブ、そうとうの邪気を放っておるぜよ!」

「そんなの言われるまでもねぇぜ。このデタラメな邪悪なインガは、あの黒い大渦しかねぇ!」

タケルとリョーマは、黒い大渦のインガが感じられる方角へとスピードを上げた

だがしかし、これだけ大量の邪気を放つ相手に、タケル達は勝算があるのだろうか?

もし、あるとするならば、それには五つの瑠璃玉を集め、大インガを発動しないといけないだろう。

しかし、お互いが敵対する相手同士に、それを求めるのは無理なのかもしれない。


「それにしても……くくくっ」

「おい、なに笑ってんだよ? リョーマ」

「いや、さっきのおんしゃが、あまりにもおかしかったから……くくくっ!」

「て、てめぇが守りたい女の名前を言えっつったからじゃねぇか!」

「それはそうじゃが、好きな女を言えとは言っとらんぜよ?」

「こ、この野郎! ふざけやがって!」

「ははは、すまんすまん。おんしゃが意外と純情だったのがわかったぜよ」

「けっ!……か、勝手にしろい!」

タケルは腕を組んでふくれてしまった。


 空の色はますますドス黒く染まっていく。

「やばいぜよ……どんどん黒い大渦のインガが強くなっちょる……このままではヤマトは危ない。ヤマトに戻って被害を防ぐか、それとも……」

「決まっているだろ! 黒い大渦をたたくのが先だぜ!」

「ふっ、そう言うと思っちょったぜよ。しかし、これだけ強大なインガを封印するには、伝説の武神機乗りのワシら二人がかりでも、相当骨が折れるぜよ」

「へん! 骨が折れる程度で封印できたら安いモンだぜ。命取られるよりマシだ」

「おいおい、脅かしっこなしぜよ、タケル。ワシらは好きな女を言い合った仲じゃろ?」

「言い合ってねぇっての! さっきのはなしだ! うそ、ウソだからな!」

「ははは、わかったぜよ」

「……なぁ、リョーマ」

「ん? なんぜよ、タケル?」

「おめえのとこのヒナモは……その……幸せか?」

リョーマは一瞬考え、そして口を開いた。

「……ああ、どうかの……でも必ず幸せにせんといかんと思っとる」

「そうか……そうだな……」

「そうぜよ……ん?」

「どうした、リョーマ? 何かを感じる……こ、このインガウェーブは撫子か?」

「どうやらそのようじゃ、ヤツもこの邪悪な波動に惹きつけられたようぜよ」

「とにかく急ごうぜ!」

「わかっちょるぜよ!」

タケルとリョーマの武神機は、さらにスピードを上げた。

黒い大渦に接近する撫子のインガ。それは何を意味しているのだろうか?



 ゴォウ! ゴォウ! ゴォウ!

一方、こちらでは、黒い大渦を目の前にしている撫子がいた。

黒い大渦の大きさは、光明よりも遥かに大きかった。

そして、光明ともども、黒い大渦の邪気に蝕まれようとしていたのだった。

その突然の危機に、ヤマトの兵たちは驚き慌てていた。

「な、撫子さま! これでは光明もろとも邪悪なインガに飲み込まれてしまいます!」

「落ち着け! 多少の邪気が入り込むくらいではこの光明は落ちん。それよりも、インガを高めて己をガードするのだ。さもないと死ぬことになるぞ!」

「は、はいぃ!」

ヤマトの兵の中には、黒い大渦の邪悪なインガに取り込まれ、放心状態になっている者も多くいた。

それだけ、一般兵にとっては耐え難い、凄まじい邪気を放っているのだった。

「むぅ、思った以上に邪気が強いか……だが、それでこそ好都合だ……」

「撫子様! このままでは艦に被害が出る一方です。ここは私めが武神機で黒い邪気を払います!」

「それはいかんぞ、理幻。貴様も同種の邪悪なインガである故、同調したインガがさらに膨張し、あっという間に取り込まれてしまうぞ」

「そ、それでは新型兵器で焼き払いますか?」

「実体をもたぬ相手にそれは効かん。なぁに案ずるな、これは想定した通りなのだ。ここからは気が進まぬが、ヤツの力を借りることにしよう……」

撫子の言う『ヤツ』とは一体誰なのだろうか?

ヤマトには、まだ見ぬ力をもったサムライがいるのだろうか? はたしてその人物とは。


 そしてこちらは、タケルとリョーマ達。

「おいリョーマ、どうやらヤマトの奴らもやられているようだぜ……」

「ああ、ヤマトの兵の悲痛なインガが感じられる。どんどん死んでいるようじゃ……しかし、なぜ、撫子は逃げなかったんじゃ?」

「あいつは……黒い大渦の邪気を利用しようとしている……」

「なに、そうなのか? 何故それがわかるんじゃ?」

「さぁ、なんとなく、な。あいつとは長い付き合いだからわかるんだ……」

「なんとなくって、おんしゃ。そんないい加減な」

「この戦いは、黒い大渦のインガを拡大させちまっている。撫子はそれを知ってやっていやがる……」

「たしかに、大きな戦いの度に、黒い大渦の邪気が強くなっていくのを感じたぜよ。ワシがヤマトから戻って来た時、バースト級の大きな戦いが更にそれを助長させたようじゃの」

「……」

「タケル、ひょっとしてそれは、おんしゃの所にいたオオカミの獣人か?」

「……ああ……そうだ」

「やっぱりそうか。前に見た時はただの臆病者だと思っていたが、そこまで成長していたとは……」

リョーマは、タケルの方をチラリと見た。

「ベンの事はもう言わないでくれ。あいつは臆病者なんかじゃない……」

「何があったか知らんが、とにかく黒い大渦の邪気は、間違いなく人々を不幸にする。絶対に封印しなければいけないんじゃ!」

「封印じゃねぇぜ。影も形も無くなるぐらい、コナゴナに吹き飛ばさなきゃいけねぇんだ!」

「そうじゃの。見えてきたぜよ! タケル!」

タケル達の向かう先には、ヤマトの光明が黒い大渦によって取り込まれようとしていたのだった。

はたして、光明のピンチに、撫子は誰の力を借りようとしているのだろうか?


 パワワァ……!


 するとその時、光明に近づくタケル達の前に、目も眩むようなまぶしい光が発せられた。

「うわッ! なんだこりゃ!? この光は一体なんだってんだ!?」

「わ、わからん! とにかく眩しすぎて目も開けていられんぜよ! まさか敵の兵器か!?」

「……い、いや、ちがう……この光は、このインガは……」

「む? どうやら光が弱まったようじゃの……うっ! あれだけの邪悪なインガが消滅しておる!」

「どうやら、撫子が何をしたかわかったぜ」

「本当か? 一体何をしたんじゃ?」

「とにかくチャンスだ! 一気に突っ込むぞ!」

「チャンスだと? お、おい、待つぜよタケル! 本当に大丈夫なのか!?」

ドバシュー!

光明に猛スピードで向かうタケルと、それを追うリョーマ。


 パワワァ……

ヤマトの光明からみるみると浄化されていく邪気。

「これほどまでの力を持っているとは……恐ろしい女め……」

理幻は、ある人物に向かってそう呟いた。

その人物こそ、撫子に変わって、黒い大渦の邪気を取り払った人物であった。

そして、その姿を理幻は知っていた。

「今回だけは貴様が役に立ったようだな……だが、いい気になるなよ!」

「……」

「貴様! 聞いているのか!?」

その人物がくるりと振り返る。

「うるさいわね!」

「な、なんだと!? 貴様という女はどうしてそう品格がないのだ!」

「もう、相変わらずね! その口の聞き方。ちょっとは私に感謝しなさいよ、理幻」

そこには、ある少女の姿があった。

それは、撫子の体に精神をともにしている『飛鳥萌』であった。

「どうやら撫子様が精神を許せば、簡単に貴様と入れ変われるようだな。さぁ、もう貴様の用は済んだ。もとの撫子様に戻るのだ!」

「もう、せっかちね。でも、どうやって戻るのかしら? 私そんな方法知らないわよ」

「な、なんだと~! 貴様もインガ使いなら、それぐらいなんとか出来るだろう!」

「だから知らないって。撫子が勝手に私を呼んだのだから、撫子にもどってもらえばいいでしょ?」

「うぐ……き、貴様~、撫子様にもしもの事があったら許さんぞ!」

「はいはい。それより、いまは私の体なんだから、タケルのところに帰してちょうだいよ」

「ふざけるな! そんな理屈が通る訳なかろう!」

「まったく理幻はアタマがカタイんだから。それじゃあ女の子にモテないわよ」

「やかましい! さっさと撫子様に戻れと言っているのだ!!」

「ちょっと、耳元で怒鳴らないでよ。ただでさえあんたの声はハスキーだからキンキンうるさいのよ」

「なんだと~! 私の美声をバカにすると許さんぞ!」

「おーこわ。あ、あれ……なんだか体がおかしい……あっ、あっ!」


 ポワアァァ……ドバシュ!


 突如、萌の体が輝きだした。そして、なんと、萌と撫子に分裂したのだった。

「おお、撫子様! ご無事で!」

「ふむ、どうやら萌のインガが、サクシオンどものインガ封じの術の効果まで無くしてくれたようだ」

「あー良かった、これであんたと離れることができたわ」

撫子は、萌の顔をジッと見詰めた。

「撫子、タケルのところに帰してって言ってもムダなんでしょ? どうせあんたのことだから」

萌は、皮肉まじりに撫子に言った。

「ふふ、望みとあらば帰してやってもよいぞ。貴様には借りができたからな」

「ほ、本当? やったー! じゃ、早く帰してよ、はやくはやく!」

「急くでない。どうやらタケルもこちらに近づいているようだからな」

「あ、ほんとだ。確かにタケルのインガを感じるわ。ありがと! なでし……」


 ドサッ


 しかし、萌はその場に倒れてしまった。

一体どうしたというのだろうか? だが、それは当然だろう。

萌の腹部には刀が深々と刺さっていたのだから。

「ふふ、帰してやるぞ。貴様の用が済んだらな」

「た……タケル……に、逃げて!」

萌は、薄れ行く意識のなかで、タケルのことを案じていた。



 黒い大渦の邪気が晴れ、タケルとリョーマは光明に近づいていた。

「む? いま感じたインガは……」

「このインガは撫子ぜよ。それとあともうひとりのインガ……これはだれじゃ?」

「やっぱり萌だ! どういうことか知らねぇが、撫子と萌は分離できたようだぜ!」

「そうなのか……あぁっ!」

「どうしたリョーマ?……うっ!」

光明のブリッジには、撫子と理幻が立っているのが見えた。

そして、その傍らには、意識を失くした萌の姿があった。

「なで……しこ・……撫子おッー!!」

「よせッ! タケル! それはワナぜよ!」

「うるせぇッ!」

リョーマが制止するのも聞かず、怒りで我を忘れたタケルは、撫子に向かって斬り掛かっていった。

その時!


 ドシュキュゥン! ボボッ!


 突如、高熱源がヤマトタケルの左肩と右足を貫いた。

「うぐあッ!」

「バカが! ワナにかかりやがった!」

「ふふ、我がヤマトの新型電熱兵器、『我瑠陀(ガルダ)』の威力はどうじゃ? 続けて撃て!」

ドキュシュ! ドキュシュ!

「タケルッ!」

間一髪! リョーマが素早く助けに入ったおかげで、なんとか次の攻撃を食らわずにすんだ。

「くそっ! よくも萌を……!」

「落ち着くぜよタケル! あの娘は傷ついておるが死んではおらん! かろうじて生きちょるぜよ!」

確かに、リョーマの言う通り、萌のインガはかすかに残っていた。

「し、しかし! このままでは萌が!」

「まったく困ったもんじゃ、あの女のことになると見境がつかなくなるぜよ。いいか、ここは引くぜよ」

「バカを言え! このまま引き下がれるワケねぇだろ!」

「撫子は、おんしゃを怒らせて黒い渦に取り込ませようとしちょるぜよ。それに、プライドの高いヤツが姑息な手を使うのは、相当に追い詰められている証拠じゃ。現にヤマトの兵を半分以上失っておるぜよ」

「それなら、逆に光明を落とすチャンスだぜ!」

「いや、分があるのは撫子の方じゃ。今のおんしゃでは、感情をコントロール出来ずに黒い 大渦に取り込まれてしまうじゃろう。それがヤツの作戦ぜよ」

「だ、大丈夫だ! おまえは知らねぇだろうが、俺にはゼロインガがある……それなら!」

「知っちょるぜよ。インガを使わずに精神力だけでパワーに変えるワザじゃろ」

「だったら!」

「気付いておるか、タケル。そのゼロインガとやらを使えば、ヤマトタケルがダメージを負うことを」

「なんだと?……そ、そう言えば、ヤマトタケルの正体は邪神竜アドリエル……戦いを好む邪悪な竜……」

「今までの戦いで、おんしゃは聖なるインガを使っていたが、その度に武神機は痛めつけられていたんじゃ」

「そうなのか……おまえはそれに耐えていたというのか? アドリエル……すまねぇ……」


 タケルは、今まで気付かずにヤマトタケルを酷使していたことを悔やみ、そんな自分に腹が立った。

戦いを好む邪神竜アドリエルは、己が傷つきながら、尚も戦いを欲していたのだった。


「これでわかったじゃろう。今のヤマトタケルの傷では、ゼロインガに耐える事は出来んぜよ」

「しかし!……いま萌を救出しないと!」

「わからんヤツじゃのう! それが撫子の策略なんじゃ! 今はそれにのってはいかんぜよ!」

リョーマの必死の説得であったが、タケルは納得できなかった。

それだけ、タケルはどうしても萌を救出したかったのだろう。


「ふふ、どうしたタケル。この女の命が惜しくないのか?」

「てめぇ撫子! キタネェ手を使いやがって! 卑怯だぞ!」

「タケル! 貴様、撫子様に向かってなんという無礼な口をきくのだ!」

「うるせぇぜ、理幻! てめぇもそこまでして俺に勝ちてぇのか! あ?」

ピク……理幻の米神が引きつった。

「勝ちたいだと? そもそも私は、おまえに負けた事などいないのだぞ!」

「だまっておれ、理幻。ヤツの挑発になど乗るでない」

「へん! 撫子、てめぇの態度が一番ヘドが出るぜ! なんでも自分が一番だと思い上がったようなその態度がな!」

「ふっ、それで我の心を揺さぶっているつもりか?……まぁいい、それなら望み通り挑発にのってやるか。そのかわり、萌はどうなっても知らんぞ?」

「よ、よせ! 待ってくれ!」

「もう遅い。はじめから萌は人質でもなかったのだ。貴様が黒い大渦に取り込まれるためのエサに過ぎなかったのだ」

「撫子! 俺たちは古の大戦を戦い抜いた仲間だったじゃねぇか!? それなのに!」

「仲間? ふん、相変わらず甘い男だ。その甘さが黒い大渦の拡大を招いたのに気が付かんのか?」

「やめろーッ!!」


 ズバシュ……


 タケルの目に映ったのは、撫子に刀で斬られ、その場に崩れてゆく萌の姿だった。

にやりと笑う撫子。その瞬間、タケルは既にタケルではなかった。

己の感情を超えた怒号が、あたり一体に一瞬にして拡散していった。

そのインガウェーブは、まるで悲しみへのプレリュード。

これから起こる破滅へと、物語は進んでいくのだった。


 ズゴゴッ! ズガガガガッ!


「ウオおおおおッ!」

「た、タケル! インガを抑えるんじゃ! 黒い大渦に飲み込まれるぞ!」

しかし、リョーマの叫びも虚しく、タケルのまわりは黒い大渦の邪気に覆われていった。

「うぐおッ! うわああぁッ!」

タケルの悲痛な叫びは、体が邪気に蝕まれている証拠だった。

「いかん! 体力の低下したタケルのインガがでは邪気に抵抗できん! それに、タケルは黒い大渦に取り込まれても萌を助けたいと思っちょる! 捨て鉢になっちょる!」

「おおおおッ! 撫子―ッ!」

「うっ! なんじゃ?……ヤマトタケルが変化しちょるぜよ!」

黒い大渦の邪気に取り込まれていくタケル。そしてヤマトタケル。

その邪気の影響で、ヤマトタケルの体に変化が起きていった。

顔はガイコツのように凶暴になり、口からは牙が生え、肩や膝からは爪が生えていった。

邪悪なインガにとり憑かれた者は、醜い姿へと豹変していくのだった。

それは、悲しみと怒りに翻弄されている、タケル自身も同じであった。


「撫子さま! タケルめのインガが膨れ上がってます!」

「落ち着くのだ、理幻。あれは邪悪なインガに体を乗っ取られておるだけだ。所詮、己をコントロールできぬ未熟な者の末路なのだ」

「しかし! このままでは光明が!」

「取り乱すでない。最初の一撃さえ防ぎきれば、ヤツは自滅するだろう……むん!」

ブオァッ! バシューッ!

撫子の体から、凄まじいインガが発せられ、それが光明全体を包んだ。

それは、今までに見せたことのない撫子の全力のインガであった。

それだけ、黒い大渦の邪悪に取り込まれたタケルのインガは、おぞましいほどに増大していたのだ。

「光明が……あれは撫子の全力のインガバリアーぜよ! それで防ぎきれるがか!?」

「うがああッ! あああああーッ!」


 ズガシュッ! ブアアゥン!


 邪悪なインガに取り込まれたタケルの攻撃。

その凄まじい太刀筋は、光明を更に超えるほどの大きさだった。

その巨大な太刀を、インガのバリアーで防ぐ撫子。

「くぅッ!」

側で見ているリョーマですら、絶句するほどの凄まじさだった。

「がああああッ!」

「ぬああああッ!」

バリバリバリ! ブアアアアッ!

タケルのインガと撫子のインガが激突し、その光はさらに大きく膨れ上がっていく。

やがて、その光が消える頃、勝負の行方が見えてきた。

そこには、小さく縮こまりながら、尚も黒い大渦の邪気に蝕まれてゆくヤマトタケルが落下していた。


「はぁっ! はぁっ!」

「な、撫子さま! だ、大丈夫ですか? お怪我は!?」

「案ずるな、理幻よ……かなりのインガを消耗したが、なんとか持ち堪えたぞ……はぁっ、はぁっ……」

「撫子さま! とにかくお体をお休めください!」

「よい、まだ我にはやることがある……それに見よ、あのタケルの姿を……」

撫子の視線の先。そこには、黒い大渦の邪気に体を乗っ取られてゆくヤマトタケルがあった。


「た、タケルー! 大丈夫かー!?」

リョーマは、力尽きて落下していくヤマトタケルに近づいた。

ヤマトタケルの体中には、ウネウネとした黒い触手のような物がびっしりと蔓延っていた。

「リョーマ……す、すまねぇ……俺は自分をコントロールできずに邪悪なインガに負けちまった……」

「萌にあんな事されたら怒って当然じゃ。それより、この邪気を早く取り払わなければえらい事になるぜよ!」

「どうやら、もうムリのようだぜ……へへ、まったく情けねぇぜ……」

「喋らんでいろ。ワシがなんとかするぜよ!」

リョーマのジャオームは、ヤマトタケルへとインガを送った。

はたして、そんなことでタケルの邪気は取り払われるのだろうか?


「ふふ、バカめ。撫子さま、やつらめがムダな足掻きをしているようです」

「たしかにな……あそこまで黒い大渦の邪気に蝕まれてしまえば助からんだろう……だが、あのタケルのことだ、用心するに越したことはない」

「撫子さま! それはタケルを買い被りすぎです!」

「理幻、貴様も忘れたわけではあるまいな? 古の大戦時、ヤツは何度も奇跡を起こしてきたことを」

「ぐっ……そ、それは……」

「とにかく、我も速やかに手に入れねばならん……あの、黒い大渦の力を……」

両手を広げ、撫子の見詰める先には、黒い大渦の邪気が蔓延していた。

はたして撫子は、あの黒い大渦をどうやって手にいれようというのだろうか?

「のう、理幻。黒い大渦とはなんだ?」

「は?……といいますと」

「あの黒い大渦の邪気とはなんだと聞いておる」

「は、はい。あれは地球外からやってきた邪悪な意思を持つ存在。そして、人の心を狂わす邪気を放つ禍々しいものでございます」

「そうだ……あれがこの地球にやってきて数百万年の月日が経った……古の大戦時、我達であれをなんとか封印し、一時的であるが事なきを得た……」

「忘れもしません! それが撫子様との出会いだったのですから!」

撫子は理幻の顔を横目で見た。理幻の目からは撫子への忠誠心が向けられていた。

「あの戦いで出会った者共と、時を超え、またこうして対峙しておるとは何とも奇妙な出来事ではないか」

「そうですな、人の感覚はあの古の戦いの後に激変しました。人の肉体から浄化された意思は、強い念によっていつまでも、未来栄光生き長らえる事ができる……それが人の発展だったのかもしれません」

「うむ。だが、それがわかったところで、人の意思……もっと核心的な概念は何ら成長しておらん。いつまでも戦いに明け暮れ、憎しみと怒りによって心を翻弄されている始末だ」

「おっしゃるとおりで御座います。高い志を持たぬ人間など、牛や豚の家畜となんら変わりありません。しかし、撫子様の崇高なる意思は、やがてこの世界全てを塗り替えると私めは信じております!」

「そういってくれるのは、理幻、おまえだけじゃな……」

「もったいないお言葉!」

「どいつもこいつも、上辺では私を慕ってはいるが、心底信頼しているのは僅かな兵達だけとわかっておるがな……ふっ」

「それは、今までの人間の単純な思考では理解できないのです! 撫子様の超越したお考えは、間抜けな民には神の気まぐれな采配にしか感じられないのです!」


 撫子はその言葉を聞き、ゆっくりと天を仰いだ。

「神の采配か……昔から人は、その事象の理が解明できなければ、全て偶然という都合のよい言葉でくくってきたからな……それが結果的に、己の成長を閉ざすことに他ならなかった……だからなのだ」

「だから?……そ、それはどういう意味でしょうか?」

「もし、あの黒い大渦が、人の成長を促すために、必然的に地球にやってきたとしたら……」

「な!……あの黒い大渦が、この地球にやってくることは然るべき事だったと言うのですか?」

ニヤリ。撫子は唇を僅かに動かして笑った。

「そう考えるのが当然であろう? 偶然というのは己を超越した事象の事。その意味を理解しているのならば、それはもう偶然ではなく必然なのだ。だからこそ私は、あれを己の力とする!」

「お!……おお!……おおおッ! 素晴らしい! 撫子様はこの世界を統治するにふさわしいお方だ!」

「ふふ……力を貸してくれるか、理幻?」

「はい! 喜んで! この身、撫子様に捧げる覚悟です!」

「そうか……うれしいぞ、理幻……」

撫子は、理幻の手の平を持つと、手の甲に接吻をした。

「な、撫子さま! も、もったいのう御座います! あ……あああ……あああああッ! 感激が止まらない!」

「ふふふ、いや、これでよいのだよ……これで……」

「は?……と、申しますと……」

「これで黒い大渦を操る媒体ができたのだからな」

「えっ? そうれはどういう……まさか!……うっ! ぐああああッ!」


 突如、理幻の手の甲から赤い玉が浮かび上がってきた。

そして、そこから黒い大渦の邪気がドンドンと流れ込んでいった。

瞬く間に全身を黒く染めた理幻の体は膨らみ、それに耐えられずに理幻は苦しみもがいていた。


「うぐあッ! おぐれああああッ! むおぅごッ!」

「ふはは! そうだ! もっと邪気を吸い込むのだ! そして全てを吸い尽くすのだ!」

「な、撫子さま! お助けをっ! うぐおごッ! がががごばぎッ!」

「私がそなたに植え込んだ灼玉の吸収力はすごかろう? それは、邪気を無尽蔵に吸い尽くし、やがて黒い大渦そのものになる。その時、それを操るのが我なのじゃ!」

「だ、だまじやがったな! うごばろッ! ぎががッ! ぐっ、ぐっぞお!」

「聞こえんな……さっき、そなたは言ったであろう? 我に身を捧げると」

撫子は冷酷な顔で笑った。

「なでじごッ! なでじごうぼああああああッ!!」

「感謝しておるぞ……貴様は最後まで私に尽くしてくれたな……最高の媒体としてな、ふふっ!」

理幻の体は弾けるように膨張し、巨大化した体は光明のブリッジを突き破っていった。

そして、黒い大渦の中へと消えていったのだった。


 グゴゴゴゴガッ!


「なんじゃあれは!? 黒い大渦が光明を中心に集まっていく……そうか! 撫子は黒い大渦を自分の力にしようとしているんじゃな! これはまずいぜよ、タケル! 目覚めるんじゃ!」

リョーマは必死に自分のインガをタケルに送り、邪悪なインガを中和しようとしていた。

「だ、ダメじゃ! ワシの汚れたインガでは逆効果じゃ! ど、どうすればいいんじゃ!?」

パワワワワ……

その時、タケルの体に優しいインガが流れてきた。それを感じ取ったリョーマ。

「うっ! これは誰のインガじゃ!?」

「タケルー! あんたを死なせないよ!」

そこに駆けつけたのは、餓狼乱の戦武艦アマテラスだった。

紅薔薇やマリューたちのインガが、そこからタケルに送られてくるのだった。

「餓狼乱か……こんな危険な場所に何をしに来たんじゃ?」

「あんたには関係ないね! タケルを助けるために決まっているじゃないか!」

「しかし、タケルの体は邪気に蝕まれて重症じゃ! これでは一時しのぎに過ぎんぜよ!」

「確かに、タケルさんの体にとりついた邪気は強力です! 私の治癒力じゃ到底治せないわ!」

「じゃあ、どうするって言うんだい、ネパール! 治癒のインガが強いのはあんただけなんだから!」

「いえ、もうひとり、強力な治癒のインガを持った人がいますが……しかし……」

「そ、そうだったね、もうひとり……それもタケルにとって一番強力な治癒のインガ……だけど、今はそれに期待することは出来ないんだよ!?」

「それはわかっています! けど!」

「ゴチャゴチャ言ってないで、タケルにインガを送るんだよ!」

そこにマリューが皆を一括した。

「わかっているさ! タケル! 邪気に乗っ取られるんじゃないよっ!」


 ズババババッ!

餓狼乱から送られてくる温く優しいインガ。

しかし、それは邪気の流動を一時的にとどめるに過ぎなかった。

このままでは、タケルが黒い大渦の邪気に取り込まれるのは時間の問題であった。

黒い大渦の某体となった理幻の体は、光明を覆いつくして同化していった。

そして撫子は、それをコントロールする為にインガを集中していたのだった。


「ふふふ、もうすぐだ……もうすぐこの力が我のものとなるのだ! はああッ!」

「そうはいかないんじゃなーい?」

「何ッ! 誰だ!?」

ブオッ! ガッキィン!

突如、空から鋭い攻撃が撫子を襲った。

「むぅ? この攻撃力……貴様は……」

「ポリニャックちゃんが来たからには好きにさせないってんの!」

「ふん、獣人ふぜいが……この我に敵うと思っておるのか?」

「とうぜん♪さぁ、やろうよ、見物は飽きたからさ」

「我に従えば死なずにすんだものを……愚かな」

「だって、ウチ、あんたのこと好きじゃないから。だから殺したいの、わかる?」

「家畜が……吠えるがよい!」

「いくよッ!」


 ドガガッ! ガキィン! バッキャァン!


 黒い大渦に取り込まれた光明。

それは以前の姿とは変わり、おぞましい姿へと豹変していった。

それは、大きな翼を持った悪魔のようであった。

その艦の上では、撫子とポリニャックが戦いを始めていた。

お互いが強大なインガを持った者同士、激突する意思には逆らえないのであろうか。


「なかなかやるねぇ、撫子ちゃん!」

「馴れ慣れしいぞ! 家畜!」

「あ~、その言い方つれないなぁ。せっかくお友達になれたかもしれないのにね」

「友達だと? あいにくそんな低俗な言葉など、我には興味がないのでな」

「そうなんだ、残念。だって友達を殺すと、とってもカイカン! それに食べると美味しいのよ♪」

「……つくづく獣人の知能の低さには辟易する。欲望をコントロールできぬ愚かな存在よ!」

「またムズカシイことを言っちゃって。その続きはウチに勝ってからにしなよ!」

「では、そうさせてもらおうか、貴様を殺してな!」


 ズババババッ!

撫子の目にも留まらぬ高速の太刀。

だが、ポリニャックは、それを超人的反射神経でスイスイとかわしていく。

そしてかわした反動で両腕のツメを繰出した。

ババシュッ! ボッゴォン!

「!」

撫子はそれを見切ってジャンプでかわす。その凄まじい一撃の威力により光明の一部が吹き飛ぶ。

「あっは! おもしろいね!」

「くだらん。戦いを好む者の心理はひとつ、ただの幼稚にすぎんのだ」

「それでもいーじゃん。気持ちよければ!」

「それではいつか、必ず自滅の道を辿る……力ある者ならば統治する心得を知れ!」

「もう! あんたはムズカシイことばっか! それじゃオモシロくないよ!」

「遊戯で生きている己の恥を知れ!」

「だから、くどいって!」


 撫子とポリニャックの力は互角だった。

お互いの攻撃力、防御力、移動速度、反射神経、すべてが互角だった。

しかし、だからこそ、この場で有利になるのは撫子であった。

ドシュッ! ボギャン!

「うぎゃ!」

黒い大渦と一体化した光明からの攻撃により、ポリニャックに攻撃がヒットした。

「まだだよ! 武神機なら負けないからね!」

「面白い言い訳だな。どれ、付き合ってやるか……」


 ポリニャックは上空に留めておいた伝説の武神機、アーマーゲイを呼んで乗り込んだ。

撫子も、光明から出射された伝説の武神機、コスモス・ネオに乗り込む。

異様に気高いインガを放つ伝説の武神機。

大インガを発動させる瑠璃玉を体内に宿したその力。

ここに、伝説の武神機同士の熾烈を極める戦いが始まろうとしていた!

「いくよー! こんどは手加減ナシだからね! うりゃ!」

「おもしろい冗談だ。今迄は手加減していたというのか? えやあッ!」


 ズガガガガッ! ドキャ! ゴギャン! ブオガァッ!


「あ、あの凄まじいインガのぶつかり合い……あれは撫子とポリニャックの武神機ぜよ!」

タケルの側に集まった餓狼乱たちも、その凄まじいインガを感じていた。

「あの武神機に乗っているのが、まさかポリニャックだってのかい?」

「そうじゃ、あの獣人の子供じゃ。恐ろしいほどのインガを持っておる」

「撫子のインガもとんでもない力です!……ぼ、ボクたちとはレベルが違いすぎる!」

「あまりにもインガの激突が凄くて、頭が割れるように痛いです!」

「ああ、確かにとんでもないね! それでいてどちらも互角のインガ! どうなっているんだい!?」

「たしかにお互いとんでもないぜよ……じゃが、勝負はいつまでも互角じゃないぜよ……」

リョーマの言う通り、お互い互角の戦いにも均衡が崩れていった。

ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!

黒い大渦と一体化した光明の主砲からの攻撃が加わった。

「これでは、完全にポリニャックの方が分が悪いよ!」

「いや、ちょっと待って。まだわからないよ……」

「なんでそうだとわかるんだい? マリュー」

「感じるんだ……それは、あれさ!」


 邪悪と化した光明の攻撃にひるんだポリニャック。そこに撫子の追加攻撃!

「うぐっ!」

そして、光明から伸びる触手に、アーマーゲイの動きが封じられてしまった。

ポリニャック、絶体絶命!そこに。

ガッキィン!

「そうはさせませんよ! 撫子さん!」

「何? 貴様は!?」

撫子の攻撃を受け止めた武神機、それはシャルルのカムイだった。

「ポリニャックさん! 今のうちに脱出を!」

「どーにも気がきくね! くらえぇ!」

アーマーゲイは、光明の触手を切り落とした。

「この、死にぞこないがー!」

「まだ死ぬわけにはいかないのです!」

ガギンッ!

シャルルのカムイは、コスモス・ネオの背後にまわって動きを封じた。

「今です! ポリニャックさん!」

「もうやってるよ!」

アーマーゲイの手にインガのパワーが集中していく。

「この!……家畜どもが!」

「喰らっちゃいなーッ!」

身動きできないコスモス・ネオに、渾身のインガを込めたポリニャックの攻撃が繰出された!

ドッゴオォン! ボボボウ……

「完全にヒットー! やったね!」

「はぁ、はぁ……いくら撫子さんでも、あれだけの攻撃を喰らえば……」

ポリニャックの攻撃で立ち込めた煙が、だんだんと薄くなり視界が晴れてきた。

はたして撫子は?


「ああッ!」

「だ、だめじゃ! 撫子のやつ、ぜんぜん効いとりゃせん!」

撫子の戦いを見守っていたリョーマは、大声を上げて叫んだ。

そこには、邪気光明によって攻撃を防いだコスモス・ネオが、無傷でたたずんでいた。

光明の一部が、コスモス・ネオをまるでヨロイのように包んでいるのだった。

「ふふ、家畜が二匹になったところで、このコスモス・ネオは討てんよ」

「な、なんであの攻撃がきかないのよー!」

「それだけ、黒い大渦と同化した光明の邪気が強いからでしょう……これではどんな攻撃も効かない……」

シャルルの額に汗が流れる。

「ズルイなぁ! 黒い大渦を味方につけるなんて!……よーし、それなら光明からやっちゃえば……」

「それはダメです、ポリニャックさん! あそこにはまだ萌さんがいるのですから!」

「え~、そんなのどうでもいいのに」

「ぜったいにダメです! お願いですから、光明のブリッジだけは攻撃しないでください!」

「んもぅ、しょうがないなぁ。そのかわり、撫子をやるのはあたしだからね♪」

「ふふ……ほざくがよい。所詮、貴様らは統治される運命にあり、その運命がただ現実になるだけだ、何も不思議なことはない。重力によって物が空から地面に落ちるように、至極当然のことなのだ」

「んもう、あったまくる! ぜったいにゆるさないんだからっ!」

「ほう……何が許せんというのだ? 家畜の分際で」

「あんたのすべてっ!」

アーマーゲイはコスモス・ネオの頭部めがけて蹴りを繰出した。

ガシィ!

しかし、いとも容易くその攻撃は止められてしまった。

アーマーゲイの足首を強く掴むコスモス・ネオ。そこから邪悪なインガが注入される。

バリバリバリ!

「どうやら獣人族というのは学習能力が足りんらしいな……これでは本当に家畜になるしかないか……」

「うぐっ! このっ! はなせっ!」

「我が調教をしてやろうというのだ!」

ズババババッ! バリバリ!

そして、アーマーゲイを放り投げ、コスモス・ネオの手から黒い電撃が放射された。

「うああああっ!」

その攻撃を受けて苦しむポリニャック。その凄まじさにシャルルは手が出せないでいる。

「くっ! これではうかつに近づけない! このままでは……!」

シャルルは、地面に横たわっているヤマトタケルを見た。

しかし、以前としてタケルは戦える状態ではなかった。

「余所見している場合ではなかろう!」

ズババババ!

コスモス・ネオのもう一方の手から、カムイに向かって黒い電撃が放射された。

「ぐああ! バカな! これほどのインガを同時に扱うなんて!」

たったひとりで、二体の伝説の武神機を手玉にとる撫子のインガ。

まさか、ここまでの力をもっていたとは、シャルルもポリニャックも想像できなかった。

そして、黒い大渦と同化した光明も加わり、このままではどこまで強くなってしまうのだろうか?


 その時、タケルは薄れ行く意識の中で、この戦いを感じていた。

(ダメだ……このままじゃシャルルもポリニャックもやられちまう……

ポリニャックが味方についてくれたのはいいが、光明のブリッジには萌がいるから攻撃できねぇ……

なんとか萌が脱出してくれればいいが、あの傷では動けねぇハズだ……どうすれば……)


 ボッゴォン!


「!!」

突如、光明のブリッジ側面が爆発した。皆がそちらを振り向く。

爆発で出来た小さな穴から、一機の小型艇が飛び出していった。

その小型艇から感じるインガ、それは烏丸神と鉄円のものだった。

「聞こえますか、餓狼乱のみなさん! 萌さんは救出しました!」

「これで光明に攻撃しても大丈夫よ!」

「烏丸と円のインガ……それにあれは!」

紅薔薇は、もうひとりのインガを感じた。

「薊! 生きていたんだね!」

その小型艇には、瀕死の状態になっていた烏丸と円を救った、烏丸薊の姿があった。

もと白狐隊であり、鉄円と死闘を繰り広げた烏丸薊(からすま あざみ)。

己の美貌を絶対視するあまり、捻くれた強大なインガを使う強敵であった。

円との相打ちによって死亡したと思われていたが、どうやら改心し、姿を隠していたようだ。


「烏丸薊か……白狐隊ごときが我に逆らうというのか?」

「撫子様……いや、撫子。あなたはもうヤマトの指導者でもなんでもありません。黒い邪気に魂を売った悪魔なのです!」

「ほう……我にそんな口を聞くとは小ざかしい。烏丸家も所詮、三流であったな!」

「なんですって!」

烏丸達が乗った小型艇に、撫子の攻撃が放たれた。このままでは、せっかく助けた萌ともども沈んでしまう!


「させませんッ!」

ズガッ! ビガビガガガッ!

間一髪! 撫子の攻撃を、シャルルのカムイが背中でガードした。

「ぐうッ! は、はやく萌さんを安全な場所へ!」

「くたばりぞこないが……そんなに死にたければ望み通りにしてやるぞ! 童!」

「うわああああッ!」

撫子の黒い電撃の威力はますます上がっていった。

このままではシャルルは持ち堪えられない! ピンチは続く!

そして、その瞬間。誰もが思いもしなかった出来事が起こった。


「させねぇぜ!」


 ズガガガガ! ガッゴオォン!

光明に衝突した巨大な影。それは、戦武艦アシュギィネだった。

「な、なんだと!? 獣人族の……我王か!」

その意外な出来事に、撫子も驚きを隠せなかった。

「どうだ! 撫子! さすがのてめぇも、戦武艦をぶつけてくるとは思わなかっただろ!」

「バカな……どうやって我に感づかれずに近づいた? それに、貴様は瀕死の状態のハズ……」

「へん! 今だってまだ療養中よ! けどな、ムカツクてめぇをぶっ飛ばすには、こんなキズ屁でもねぇ! ボブゾンのムガイルでインガを中和させ、背後から近づいたって寸法よ!」

我王の腹部の傷はまだ完治しておらず、血が滴っていた。

「我王よ……おぬしは重症であっても寝ている場合ではないのじゃ……この邪悪な戦いを、何としても止めねばならん。その為ならワシの命、くれてやるわい!」

「ああ! 覚悟の上だぜ! 黒い大渦の邪気を利用するヤツは、ぜったいに生かしちゃおけねぇ!」

ボブソンは、己の生命エネルギーをインガの力に変換し、ムガイルを発動していた。

その反動により、ボブソンの命はもはや燃え尽きようとしていた。

そして、我王もまた、重度のケガをかえりみず、インガを極限まで高めていた。

「我王さまー! 我らのインガも送りますぞ!」

ハイネロアたち獣人族も、必死に我王にインガを送った。


 ズゴガガガ! バキバキッ! ボゴォン!


「うぐぐぐ! これほどまでに、アシュギィネのインガが強大になるとは……ぬかったわ!」

アシュギイネは、光明の邪悪なインガを跳ね除け、内部へと突き刺さっていった。

我王とボブソンのインガ。それは、生命エネルギーを最高潮に燃焼させた、まばゆい光のインガであった。

「地獄へ行って後悔しやがれー! 撫子―ッ!」

「くっ! 奴等は討ち死ぬ決意! このままでは……!」

メシメシメシッ! グゴバキャ!

アシュギィネは、さらに光明へと深く突き刺さっていく。


「い、いけー! そのままやってしまえー!」

地上では餓狼乱たちが、我王の戦いぶりを応援していた。

「さすが、獣人族の王じゃ……その戦い方には、誇りすら感じるぜよ……」

リョーマは、我王の決死の覚悟を尊敬していた

今ここに。撫子を倒すため、人間と獣人が一丸となったのだった。


(!……我王とボブソンのインガが撫子を上まわった……このままならいける! 我王、正念場だぜ!)

タケルも意識の中でそう感じていた。


「うおおおおッ! 撫子ォ!」

「ぐああっ! バカな! この我がこんなところでやられるというのか!……理幻! 何をしておる! もっとインガを高めるのだ!」

「どうやら、ここまでのようだな! 撫子ッ!」

「ぬおおおッ!」

「あとを頼んだぜー! タケルーッ!」


 カッ!


 光明とアシュギィネから放たれた光と爆発。

それは、何を意味しているのだろうか? そして、黒い大渦の邪気による、この戦いの決着は?

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