第38話 瑠璃


憎しみで研いだ牙は 更なる憎しみを増長させ

悲しみで研いだ牙は 無限の悲しみを繁茂させる



 第三十八話  『瑠璃』



 話は少し、さかのぼる事になる。

あるひとりの男が、閉鎖された港に佇んでいた。

「やはり、まだここにいるのか……」

男は、瓦礫を蹴倒して先に進むと、倉庫の間をぬぐって、さらに奥へと進んでいった。

ある小さな小屋の前までくると、側にある大木を眺め、その木へよじ登って村全体を見渡してみた。

「ぺっ!」

男は、胸に込み上げてくる不快感をツバと一緒に吐き捨てた。


「帰ってきたのね……」

そこにやってきたのはひとりの女だった。

「いや、帰ってきたんじゃないぜよ」

「もう戦いなんてやめて……ここでのんびり暮らしましょうよ、ねぇ、お願い」

「それはできん」

「リョーマ……」

ふたりはそのまま黙って見詰め合ったが、男はたまらず目を逸らした。

「ヒナモ。なぜ、まだここにいるんじゃ?」

「う、うん……」

「ヤマトに住めば、もっと裕福な暮らしができるじゃろう? ワシのやったお金もあるじゃろう?」

「うん……でもね、私は賑やかなところは好きじゃないの。それに、どこにいたって戦争はなくならないわ」

「それはそうじゃが……さぁ、これで食料でも買え。また一段と痩せたみたいぜよ」

リョーマの言う通り、ヒナモの体は痩せ細り、顔からは生気が感じられなかった。

「こんなにお金はいらないわ……ここでもなんとか食べ物はあるし……」

「ええから、とっておけ。いざという時、金を持っていて困ることはないぜよ」

「いらないわ……あんまりお金を持っていると、なんだか不幸になる気がするの……」

「考えすぎじゃ。さぁ」

「……」

「さぁ! 持っとけ!」

リョーマは強引に、金の入った袋をヒナモの手に渡した。

「いらないわ! こんなのっ!」

「何をするんじゃ! ワシが命懸けで稼いだ金を……この!」

バシッ!

リョーマはヒナモの頬を叩いた。その場に倒れて項垂れるヒナモ。

「もうイヤなの! こんな物のために、おみんは死んでいったというの!?」

「う……し、仕方なかったんじゃ……」

「うわぁああ!……おみん、ゴメンね! ゴメンねぇ! うわぁ……!」

リョーマは、その場で立ち尽くすしかなかった。

そして、ただ、ヒナモの震える肩に手を置くしかなかった。

「……おぼえてる? あなたがここに帰ってきた時、どんなに私とおみんは喜んだか……」

「ああ、おぼえちょるぜよ……地球でタケルと一戦交えた時、ワシはヤツにやられて気を失っておった。そして、気がつけば、いつの間にかヤマトの世界にもどっていたぜよ」

「あの頃は、ヤマトの町で裕福な暮らしをしていたわね……その時はとっても楽しかったし嬉しかったわ……でもそれも一時だけだった」

「……」

「私たちは贅沢な暮らしをしたかったんじゃない、みんなが一緒に暮らせればそれで良かったのよ……でも、あなたは戦いを忘れられなくて、自分を苦しめるように、タケルを倒すためだけに生きているようだった」

「……」

「だから、それを心配したおみんは、もとのリョーマに戻ってもらいたかったのよ。昔、貧しかった頃、みんなで食べたイモ雑炊を作るんだって、買出しにいって……そこで……おみんは……うう!」

「あの時はすまんかった……ワシがちょっかい出した山賊が、仕返しの為に町で暴れ、おみんはそれに巻き込まれてしまった……」

「おみんはねぇ! あなたにイモ雑炊を食べさせたかったんだよ!? それで、もとの優しいリョーマに戻ると思っていたんだよ!?」

ヒナモは、途切れそうな声を絞り出して叫んだ。

「わ、わかっちょる!……でも、ワシはタケルを倒したいんじゃ! それにはまだ力が足りないんじゃ! だからこのヤマトの世界に戻ってきた……いや、足りない何かを得る為に戻されたんじゃ!」

「そんなに強さを求めたって不幸になるだけだわ! あなたは取り憑かれているのよ!」

「ち、ちがうぜよ!」

「ちがわないわ!……イゾーを殺したのも、あなただってわかっているのよ……」

ヒナモの鋭い視線が、リョーマの心を射抜く。

「い、イゾーは、せ、戦死したんじゃ……ヤツはインガを使いこなせなかったんじゃ!」

「もう、やめて……ねぇ、お願いだから……」

リョーマには、泣き崩れるヒナモを抱きしめる事はできなかった。そんな資格など、どこにもなかった。

どうしても、タケルを倒すことを諦められなかったからだ。

「ワシはどうしてもこのまま終われないぜよ……この世界に必ずあるハズじゃ……ワシに足りない力が。だからワシはここに戻ってきたんじゃ。必ずみつけてやるぜよ、その力を!」

(リョーマ……あの頃のあなたは、もう戻ってこないのね……)


 戦いに明け暮れ、戦いにとりつかれた男には、女の気持ちなど解る筈もなかった。

それが、もし間違っていることだとしても、結局、女は何もしてやれない。

そして。運命の糸は複雑に絡み合う。おみんの死が、リョーマの何かを変えていった。

そして、リョーマの探している力とは、ある出来事とともに目覚めるのだった。

このヤマトを襲った突然の崩壊の危機。

それは、地球の黒い大渦の封印が解けようとしているからだった。

そして、悪夢の元凶である地球では、さらなる悲劇が起こっていた。



「わたしはポリニャック!」

「ど、どうなっていやがるんだッ!? な、なんでポリニャックが!?」

そこにたたずむのは、悪魔のような姿をした生物。

手足には鋭いツメ、大きく伸びた耳、露出した肌に各所が白い体毛で覆われていた。

それは、悪化バーストベンの影響で、突如として変化してしまったポリニャックだった。

それも、我王を一撃で倒してしまうほどの、強大なインガを身につけて。

ポリニャックの豹変振りに、誰しもが驚き戸惑うのも当然であった。

「な、なんてこった……きっと邪悪なインガにあてられちまったんだ! そ、それで……!」

「ふふ、ちがうよ、タケル」

その大人びた声、それはすでにポリニャックのものとは違っていた。

「なんだと!?」

「わ、ワシはもうワケがわからん! まさかこれが、ワシの恐れていた不吉な予感じゃったのか!?」

ボブソンはパニックに陥っていた。

「うぅ……くそ……てめぇは……ポリニャックじゃねぇ……のか?……」

我王はまだ生きていた。そして残りの力を振り絞って、ポリニャックの顔に手を伸ばした。

手の平でポリニャックの顔をさすり、本当にポリニャックなのかを確認しようとする我王。

「しぶといね。じゃ、いま楽にしてやるよ」

「や、やめろーッ!」

ボブシュッ!

我王を貫いたポリニャックの腕が、我王をそのまま吹き飛ばした。

ピク……ピク……

無残な姿で横たわる我王。意識はもうすでに無かった。

「ゴミが、わたしの美しい顔に汚れた血をつけるなんてね」

ポリニャックは、顔に飛び散った血を舌でペロリと舐めた。

「お、おのれぇーッ!」

「やめろ! ジッちゃん!」

ブオッシュ! ドガガ!

飛び掛かろうとするボブソンに、ポリニャックの鋭いツメが光る!

そこに、タケルが横から飛び出し、ボブソンを守るためなんとか防御した。

だが、腕には三本のツメ跡が刻まれ、そこから血がポタポタと滴っていた。

「うぐ!……インガの盾を切り裂きやがった……とんでもねぇ攻撃力だぜ……」

キッとポリニャックを睨み付けるタケル。


 しかし、これは本当にポリニャックなのだろうか?

以前のポリニャックの子供のような容姿とは違い、大人の体型に成長していた。

それは、とてもポリニャックが変化したとは想像もつかない姿だった。

一体どうしてこのような変化が起こってしまったのだろうか?

それは、次に起こった出来事で、皮肉な運命を決定付けることになったのだ。


「さぁ、これで真の所有者はわたしになったね」

「所有者だと?……何のことだ!?」

「それは、あれを見れば、バカなおまえでもわかるよ」

ポリニャックの目を向けた先には、なんと!

グゴゴゴゴゥ!

それは、我王の所有していた伝説の武神機、『亞・魔・外威(アーマーゲイ)』だった!

「あれは!……伝説の武神機……なのか?!」

「そ。我王が死んだ今、伝説の武神機アーマーゲイはわたしを所有者として選んだの」

「アーマーゲイだって……それがあの伝説の武神機……」

「わたしはこの時をずっと待ち続けたんだよ……古の勇者タケルと会ってから、ずっとね」

「ずっとだと?……ど、どういうことだ……ま、まさか……」

「そ、思い出した? わたしがおまえと初めて出会った時のこと」


 タケルは、ポリニャックと初めて出会った時の事を思い出した。

それは、獣人の村で、ベンと一緒に捕らわれていた獣人の子供の姿だった。

それがポリニャックとの出会いだった。


「長かったよ……本当の意識を眠らせておくのは……」

「ほ、本当の意識だと?」

「そうよ、今までの子供のポリニャックはわたしが作り出した人格なのよ」

「ど、どういうことじゃ、ポリニャック……」

「よし、ジジイにもわかるように説明してやるよ。本来の私は、この体の心の奥底でずっと眠っていた精神体よ。だから、肉体はポリニャックのものってワケ」

「眠っていただと……?」

「そ。というか封印していったってワケ。だけど、どういうわけか、作り出した人格が一人歩きしてしまい、私を心の外に出すのを拒んだの……けど、今回の一件で、ポリニャックの人格が破綻したから、そのスキに私が姿を現したというワケね」

「し、信じるもんか、そんなデタラメな話!」

「わかっているよ、タケル。おまえの頭がおバカなのは。だから理解しなくてもかまわない。うふふ」

ポリニャックは妖しげに笑った。

「いつからその姿を封印したのじゃ? ワシが若かりし頃は、キサマのような獣人はおらなかったぞ」

「じじいが気付かなかっただけじゃない? ヤマトの世界でひっそりと息を潜め、タケル復活の時を待ち望んでいた、わたしのインガを察知出来なかったってコトね」

「どういうことじゃ?……その口調だと、まるで全てを知っているようじゃな?」

「知ってるよ。最果ての地の要石にタケルの精神が封印されていたのも知っていたし、大インガでヤマトを創造したのも知っているよ」

「そ、そこまで知っておるのか……」

「そ。だけど、タケルの精神が復活するには時間が掛かりそうだったし、ヤマトやレジオヌールも邪魔だったけど、いずれ相打ちしてくれるんじゃないかと思ったの。だから、余計な戦いを避けて子供の姿になったの」

「じ、時間稼ぎをしたのじゃな?……そして、高みの見物を決め込み、時が来たら獲物をかっさらう……」

「ん~、例えが悪いけど、そんなとこかな」

「……まさかとは思うが、キサマの本当の名は……」

「そ。アスピックよ。やっぱ、知ってた?」

「う!……やはり!」

ボブソンは驚愕の表情をした。

「じっちゃん……アスピックって誰なんだ?」

「うむ……ワシがまだ若い頃、武者修行の旅に出ていたんじゃ……そこである噂話を聞いたのじゃ……」

「ウワサだと?……」

「その噂とは、アスピックというとてつもなく強い獣人の女がその一帯を仕切っていると……ワシも強さには自信があったから、勝負したいと思って探したのじゃが、どこにもいなかった。てっきり、嘘だと思ったのじゃ」

「だとすると……こいつは、その頃からポリニャックになっていたというのか?」

「ばっか。それだと年齢合わないじゃん。他の体内を転々として眠っていたんだよ」

「そうか、それで……今現在がポリニャックだったってワケか?」

「そうだよ、やっと理解したみたいね。やれやれ、やっぱアンタ頭悪いね」

「この!……ぽ、ポリニャックを返せッ!」

タケルは、ポリニャック目掛けてパンチを放った。

だが、その攻撃は空を切るだけだった。

バッチィンッ!

「うぐッ!」

ポリニャックのしなやかな足が、ムチのようにタケルの顔面にヒットした。

体制を崩し、たまらずシリモチをつくタケル。

「ふふ、おまえのワザは単純だからね。ずっと側で見てきたから簡単に見切ることができるよ」

その言葉からも、ポリニャックの自信は確信付けられていた。

「教えて欲しいのじゃ、ポリニャック……おぬしの目的は何じゃ? その伝説の武神機を手にする為か?」

「そ。それも目的のひとつね」

「ど、どうしてなんじゃ!? どうして伝説の武神機を欲しがるのじゃ!?」

ボブソンは叫んだ。

「どうしてだって? 力在る物がこの世界を統治するのは当然。そのために、わたしは伝説の武神機の体内に宿る瑠璃玉を集めて、究極の大インガを発動させてやるのよ」

「そういうことか……だけど、これでわかったぜ。やっぱテメェはポリニャックのニセモノだ! 本当のポリニャックの精神は、こいつの体内に閉じ込められているだけだ!」

「さっきも言ったけど、わたしはポリニャック自身なのよ。子供のポリニャックも私が作った人格なんだから」

「ち、ちがう! テメェはポリニャックなんかじゃない!」

「あ~、やれやれね」

ポリニャックは、手の平を上げて首を横に振り、呆れ顔をした

「そのおバカな脳ミソと話すのも疲れてきたわ。さて、今回はこのまま帰ることにするから感謝しなさいよ、今回だけは見逃がしてあげるんだからさ」

「待て! このォ!」

タケルは、ポリニャックの腕を掴んだ。

「あ~ら、この手はなぁに? 私とお手々つなぎたいのかしら? だったら、い~わよ……」

ポリニャックは、タケルを両腕で抱きしめ、豊胸を顔に押し当てた。

「うぐ……むぐぐ……」

タケルは顔を真っ赤にして拒んだ。

「赤くなっちゃって。カ~ワイイ……」

ポリニャックはタケルにキスをしようと顔を近づけた。タケルは拒みながら目を瞑った。

「ば~か! するワケねぇだろ! きゃは!」

バギャン! ガガガッ!

「ぐおお……!」

ポリニャックの拳が、タケルの頬を貫くようにヒットした。そのまま後ろに激しく吹き飛んだタケル。

「今度はヤマトタケルの瑠璃玉をいただくわね。それまで首を洗って待ってなさいよ! キャハハ!」

ポリニャックは、伝説の武神機アーマーゲイとメンタルコネクトし、そのまま去っていった。

あまりにも驚愕な出来事に、その場にいた者は何も出来ずにいるだけだった。

タケルは、倒されたまま起き上がってこない。いや、起き上がれないのではない。

信じられない出来事に直面し、ズタズタになった心の痛みに耐えるのに精一杯だったのだ。



 そして。その時、その時間。

同じくして、別の場所でもある出来事が起こっていた。

その別の場所とは、この地球より別の空間にある場所。ヤマトの世界での出来事であった。

「こ、これが……ワシの求めていたものか! フフフ……フハハハハッ! ワシは手に入れたぞぉ! これがワシの本当の力じゃき! ワハハハハッ!」

そこには不適に笑うリョーマがいた。一体何が起こったのだろうか?



 場面はまた地球に戻る。こちらは餓狼乱。

そこに、体中傷だらけのタケルが帰ってきた。

いや、それよりも、心の傷の方が重症なのは誰の目にも明らかだった。

うつろな目で悲しみに暮れるタケル。

ベンとポリニャックの二人を失ったショックは相当に大きかった。そして深かった。

そしてそれは、とても残酷なことであった。

タケルに起こった全ての出来事を、皆はインガによって全て聞いていたのだった。


「まさか、ポリニャックがあたし達をずっと騙していたとはね……」

紅薔薇の悲しい現実に、誰も何も言えなかった。

獣人族だから、成り行きで敵対したと思っていたポリニャックが、まさか本当の敵であったという事実。

そして、獣人族で最も強い我王を倒してしまったという事実。

その事実を誰も受け入れることが出来なかった。

「ちがう……あれはポリニャックじゃねぇ……あれはニセモノだ……」

疲労困憊した顔つきのタケルがぼそりと呟く。

やっとベンと和解できたと思っていたのに、その束の間の喜びは切り裂かれた。

受け入れたくない現実を、その心に突き刺されてしまったタケル。

それも、最悪の現実に。その心の痛みは、とても言葉で表せるものではないだろう。


 そこにいる皆は、タケルに何と声を掛けたら良いのか皆目検討がつかなかった。

「タケルさん……とにかく、ヤマトの攻撃を警戒しておかないと……獣人族の我王さんがいなくなった今、ヤマトは必ずどちらかを潰しにかかってくるハズです」

「そうだね……確立から言えば獣人族だろうね。リーダーがいないんじゃぁ、戦力はガタ落ちだからね」

「でも、そのウラをかいて攻撃してくる可能性もゼロじゃありませんよ。ねぇ、タケルさん?」

「ああ……」

しかし、タケルは上の空で、ボンヤリと遠くを見詰めているだけだった。

「タケル……あんたの気持ちもわかるけどさ、皆だって辛いんだよ? だから、リーダーのあんたがしっかりしてくれないと……」

「うるせぇ! テメェらに……俺の気持ちなんかわかってたまるかッ!」

いきなり立ちあがったタケルの顔は、鬼のような形相をしていた。

その気迫に飲まれ、紅薔薇は何も言い返せなかった。

「おれは……俺は……うぐっ!」

タケルは、溢れる涙を堪えるようにその場を去った。

「あっ! ちょっとタケル! どこ行くのさ!?」

「仕方ないですね……タケルさんがいなくても、ボクたちでなんとかしないと……」

「そうですね、私達はいままでタケルさんばかり頼って来たわ。だから今度は私達が、タケルさんが立ち直るまで頑張らないといけないわ」

「ネパールの言うことも一理あるか……そうだな、タケルが戻るまで我々でなんとかしよう」

「だけど、神出鬼没のあの撫子を、どう回避すればいいのだ?」

「マリューはまだ休んでないとだめだ。よし、俺が追憶の淵の研究所に残されたレーダーを改良してみるよ。もしかしたら、役に立つかもしれないからな。それと……」

「どうしたんだ、コロサス?」

「誰かそっちで機械に詳しいヤツはいないか?」

「それならザクロが適任だけど……どうしてだい?」

「そこには、古の時代から祭ってある物があって、ひょっとしたらそれを利用できるかもしれない」

「なんだか面白そうな話ですね……わかりました、ボクをつれてってください」

早速コロサスは、ザクロを連れて追憶の淵へと向かおうとした。その時。


「いけませんねぇ~、そんなもの全然役に立ちませんよ?」

そこに現れたのは、なんと。獣人族の作戦指揮官である黒ヒョウの獣人、ハイネロアだった。

「あんたはたしか……獣人族の!」

「ハイネロアと申します。以後お見知りおきを」

突然あらわれた敵に対し、皆は構えをとった。

「一体何しに来たんだい!」

「おやおや、そんなに恐い顔をしないでください」

「獣人族のハイネロアさんが、ここに何の用なのですか? ひょっとして何か情報があるんですか?」

「さすがはレジオヌールの国王シャルル殿、察しがいい。私はそういう人に親近感を持ちますよ」

ハイネロアの少し皮肉な言葉に、餓狼乱の部下は痺れを切らせた。

「やいやい! てめぇら獣人族が何しに来たんだ? 用がないなら帰りやがれ!」

「ここには好戦的な人間が多そうですねぇ。ま、野蛮なのが人間ですからそれも当然ですか」

「くっ! このヤロウ!」

部下はハイネロアに殴りかかろうとした。

「だけど、私がここに来た理由を知れば、多少は友好的になると思いますよ?」

ハイネロアは、そう言ってある機械を差し出した。それは腕時計のような機械だった。

「ハイネロアさん、これは何ですか?」

「これは、邪悪なインガを察知するレーダーです。かなりの距離でも感知することができます」

「レーダーですか……もし、それがあれば、ヤマトの撫子のインガを察知することも……」

「当然できますね。でも、向こうがそれに気づいてインガを抑えてしまった場合は効力がありません」

「いや、そこまで慎重にはならないでしょう。どちらかと言うと、撫子は自分の力を誇示したがっていますから、このレーダーはきっと役に立ちますよ!」

「私の発明したレーダーが役に立てば幸いです。これで、取引も成立するというものです」

「取引だって? どういうことだい?」

「はい……実は我王様は、まだ生きておられます」

「なんだって? あれほど絶望的にインガが弱まっていたってのにかい?」

「我王様の生命力には私も驚きました。本来ならば、敵対する人間にそのことを隠し通すのですが、そうも言ってはいられない状況でして……」

「それで、治癒系のインガが使える人を捜しているんですね?」

「さすがシャルル殿。やはり察しがいい、その通りです。私達獣人族は、攻撃系のインガに長けてますが、治療系は苦手な分野でしてね」

「わかりました。こちらから何人かを派遣します」

「ちょっと待ちなよ、シャルル! タケルは我王と和解したかもしれないけど、私達は獣人族と手を組んだワケじゃないんだよ? 我王が治ったら、また攻めてくる可能性だってあるんだ!」

「そうですね……でも、このままでは、いくら我王さんでも危ないでしょう……タケルさんを助けてくれたお礼もありますから……」

紅薔薇はしばらく目をつぶって考え込んだ。

「……ふう、わかったよ。それに攻めてこない可能性もあるか……ネパール頼めるかい?」

「は、はい! 喜んで。私とあと数人が、治療系のインガを使えますから」

「おお! ありがたい! では早速お願いしてもよろしいですかな」


 こうして。

餓狼乱から何人かの治療系インガ使いが、アシュギィネへと向かった。

人間と獣人が助け合うという、ヤマトの世界では当たり前だった光景。

戦況が悪化した今では珍しいことであった。それは、戦争という愚かな行為によって生み出された溝。

人間も獣人も、考えを改め直さなければいけないのかもしれない。



 ここは、ある洞窟。

そこに、ひとりの男がうずくまっていた。それはタケルだった。

タケルはまだ落ち込んだまま、洞窟から見える外の雨を、ボンヤリと眺めていた。

(へへ……前にもこんなことあったなぁ……あの時も俺は落ち込んでいたっけ……)

タケルは昔の出来事を思い返していた。

(そういや、ベンの村が襲われた時、俺があまりにも残虐だったから、村から追い出されちまったんだよなぁ……それで今みたいに不貞腐れていたんだよなぁ……)

タケルは、ベンのことを思い出した。

(臆病で、弱っちいくせにカッコつけで、それで生意気で……)

タケルはくすりと笑った。

(でも、アイツとはウマが合った……一緒にいると楽しかったんだ……それなのに、邪悪なインガに取り込まれやがって……バカヤロウが……)

そして、タケルは、ポリニャックのことを思い出した。

(あいつは、ほんっとうにおマセで、お節介で、ぴょんぴょんうるさくて……それで……それで……)

タケルは足を抱え、縮こまったまま肩を震わせた。二度とは帰らぬ、あの時を思い返しながら。


 グゴゴゴゴゴォォ……!


「なっ、なんだ、今の音は……あれはッ?」

タケルは凄まじい轟音に驚いて外に出た。すると、空中には次元の捻れが起きていた。

それがおそらく、ヤマトの世界からの渦なのだと、タケルは察知した。

そして、その捻れた渦の中から現れた一体の武神機。

「あれは!……リョーマのバオーム?……いや、ちがう、どこか違っていた……」

タケルは武神機を走って追いかけたが、ふと我に返って立ち止まった。

「いまさら何をしようってんだ?……俺には誰も助ける力はねぇ……もう戦いはしたくねぇんだ……」

タケルは、そのまま洞窟へ戻ろうとした。そして、振り向いてバオームが消えていくのを見ていた。

もう、タケルの顔には、以前のようにみなぎったインガは無くなっていた。

このまま、タケルは戦いを忘れようというのか? 更なる熾烈さを極めようとする戦いを前にして。


 獣人族のボブソンは、当然のようにその禍々しいインガを感じ取った。

「こ……この感じはなんじゃ!?」

「どうやら、レーダーは役に立たなかったみたいですね……」

「ああ、これだけ強大なインガが集まっているんだからね」

餓狼乱のシャルル達も、その怪しげなインガを感じていた。

「このインガ……ひとつじゃない……まさか!」

シャルルの顔が青ざめていくのがわかった。

「どうしたってんだい? いったい今から何が始まろうってんだい!?」

「……終局です……」

「なんだって!? おい、シャルル!」

シャルルは、そういい残すと出撃していった。

伝説の武神機、『カムイ』を駆って。


 ヤマトの世界から戻ってきたリョーマは、今までとは違う恐ろしい力を身につけてきたようだ。

「ウハハッ! 感じる、感じるぜよ! この強大なインガの力! これこそ伝説の武神機が集結する時じゃ!ワシはそれに惹きつけられているんじゃ!」

「どうやらそのようだな……」

「ムッ、誰じゃ?……このインガ、ヤマトの撫子さんかの」

リョーマはあたりを見回すがそこには誰もいなかった。

ゆっくり見上げるリョーマの上空には、撫子のコスモスネオが異様なインガを放っていた。

「言え。なぜ貴様の武神機が、瑠璃玉のインガを放っておるのだ?」

「へん! そんなことは言わなくてもわかるじゃろう? ワシのインガが変化しているのに気付かんのか?」

「キサマのインガだと?……これは……」

「そう、伝説の武神機です!」

そこに、カムイに乗ったシャルルが現れた。

「朱雀……生きていたんですね」

「来たかシャルル……だが、もうワシは朱雀じゃないぜよ。伝説の武神機乗り、リョーマぜよ」

「朱雀になったり、リョーマになったりと忙しいですね」

「うるさいぜよ! こっちにもいろいろと都合があるんじゃ!」

「くだらん話はどうでもいい。リョーマ、どういうことなのか、早急に説明しろ」

「かぁ~、相変わらず傲慢な女じゃ! まぁええ、今までワシに起こった出来事を教えるぜよ。ええか……」



(リョーマの回想)

それは、リョーマがレジオヌール軍のサムライとして戦った時の話だった。

シャルルから、与えられた武神機、『バオーム』。

インガの力を増幅させる装置、インガエクスポーターを装備した機体。

しかし、その装置には、事前にインガを凝縮させておくことで、限界以上の性能を発揮できた。

実際、リョーマが自分の力だと思い込んでいたものは、実はシャルルのインガが込められていたのだ。

それは、試作型武神機のデータを取るためだけの実験であったのだ。

シャルルを利用するリョーマだが、実際に利用されていたのはリョーマであった。


 タケルに敗れたリョーマは、自分のインガが適わない事を認めざるを得なかった。

そして、悩み葛藤を繰り返したある時、その異変は起こった。

リョーマはバオームとともに、地球からヤマトの世界へと連れ戻されてしまったのだ。

それは偶然か? それとも必然か。

ヤマトの世界に戻ったリョーマは、ヒナモやおみんとまた一緒に暮らし始めたのだった。

一時は戦いを忘れたかにみえたリョーマ。

だが、心のどこかで、打倒タケルを忘れきれないでいる自分に苛立ちを覚えた。

いつしかそれは憤慨となり、あるとき限界を突破し、リョーマの心を突き破っていった。

誘われるように『最果ての地』へと向かったリョーマは、そこで要石から封印されし瑠璃玉を得た。

それに反応するかのように、バオームは伝説の武神機へと変化した。

そして、新たなる力に目覚めたリョーマは打倒タケルを誓い、地球へと舞い戻っていったのだ。


 リョーマは回想を終えた。

「……これがワシに起きた変化ぜよ」

「最果ての地の要石が、リョーマさんのバオームを伝説の武神機へと変えた……ということですか?」

「そうじゃ! バオームは伝説の武神機、『邪皇武(ジャオーム)』へと変わったのじゃ!」

「ジャオームだと? そうか……それでキサマは瑠璃玉の資格を得たのか」

「伝説の武神機とは、その名前の通り伝説だけではなかったのですね……瑠璃球に認められさえすれば、その者の乗る武神機を、伝説の武神機へと変えてしまう力があるということですか……」

「そうじゃ! このワシのインガが、伝説の武神機へと変えたのじゃ! ワハハハハッ!」

高らかに笑うリョーマ。その笑いには自身が満ち溢れていた。

「リョーマ、ご苦労であったな」

「な、なんじゃと?」

「我に瑠璃玉を献上するため、わざわざヤマトの世界から戻ってきたのであろう? だから、ご苦労であった」

「おんしゃ! ワシをバカにするんじゃないぜよ!」

「とにかくこれで、伝説の武神機の体内にある瑠璃玉が四つ揃ったということですね……」

「四つだと? 小童、それはどういう意味だ」


ここに集まった伝説の武神機。

シャルルの神武威 (カムイ)

撫子の真秋桜 (コスモスネオ)

リョーマの邪皇武(ジャオーム)

瑠璃玉の数は三つのはずであるが?


 シャルルはさらに上空を見上げた。すると、そこにはもう一機の武神機が見えた。

「そうか、あやつがおったな……」

「だれじゃ、あれは? 並ならぬインガを感じるぜよ!」

そこには、我王から奪った伝説の武神機、ポリニャックの亞・魔・外威 (アーマゲイ)がいた。

「キャハ! 笑いが止まらない。伝説の武神機を手にいれたと思ったら、こんなに早く瑠璃玉が全部手に入るとはね♪」

ポリニャックは無邪気に笑っていた。

「ポリニャックさん……」

「ふん、口が達者なヤツこそ、実力が乏しいのを隠すというが」

「それって何が言いたいのかな?……ああ、そうか。オマエには礼を言わなくちゃね」

ポリニャックのアーマーゲイは、撫子の武神機の方を向いた。

「礼だと?」

「そう、オマエがベンを殺してくれたおかげで、ポリニャックの……いや、わたしの本当の人格が目覚める事が出来たんだよね」

「ふん、礼など言われる覚えはない。こちらも楽しい余興を見せてもらったよ」

「な、な、なんじゃと!?……まさかおんしゃは、タケルの側にいたあの獣人の子供だというのか?」

「信じられないかもしれませんが、その通りなんですよ、リョーマさん……」

「これは驚きぜよ……まさか獣人族の我王に変わって、おんしゃが伝説の武神機を手に入れるとは……では、今タケルはどうしているんじゃ? まさかショックで寝込んでおるのか?」

「それが……その……」

シャルルが口を濁らせていた時。その場に何者かのインガが感じられた。

「!!」

「このインガは……タケルか! フハハッ! やっと役者がそろったということじゃな!」

この場に近づいてくるインガ。それはヤマトタケルのものだと皆が感じていた。

四体の伝説の武神機からは、瑠璃玉に共鳴するかのように点滅する光が放たれていた。

シャルルは思った。

(確かに、これはヤマトタケルのインガ……すると、タケルさんは立ち直った……そうだろうか?)

「いや、ちがうな……」

撫子はそれを否定した。だが、ヤマトタケルがこちらに向かってきているのは間違いなかった。

「これはどういうことじゃ……まさか」

四体の伝説の武神機の前に現れたヤマトタケル。だが、そこからはタケルのインガは感じられなかった。

「このヤマトタケルには、タケルさんは乗っていない……やっぱりタケルさんはまだ立ち直れていないんだ」

伝説の武神機ヤマトタケルは、他の四体と共鳴するかのように、ここに集結したのだった。

契約者のいない伝説の武神機。やはり、オボロギタケルは見捨てられてしまったのだろうか。


 それでも、いまここに。

全ての伝説の武神機が揃ったのだった。

それは、五体の武神機の、五つの瑠璃玉が集まったという意味でもある。

五つの瑠璃玉が集まるということは、究極のインガ、『大インガ』の発動の時なのだ。


 古の時。

黒い大渦の邪悪なインガによって、崩壊の危機を迎えた地球。

だが、古のタケルの活躍によって地球は救われた。

そして、大インガの発動により、ヤマトの世界を創り出したのだった。

とてつもなく強大な力を持つ大インガ。

それを手にする者は、ある意味、この星をも支配できる力を得るだろう。

いや、もしかしたらこの宇宙でさえも。

様々な思惑が交差する中、瑠璃玉が全て集まるのは、何か意思があってのことなのだろうか?

とにかく、ここに。瑠璃玉争奪戦の最後の戦いが始まろうとしているのだった。


「けっ! 拍子抜けじゃ。どうやらタケルは伝説の武神機に見放されちまったようぜよ!」

「丁度良いではないか。キサマも瑠璃玉を置いて、他所でタケルと他愛もないケンカでもやればよい」

「そうはいかんぜよ! その前に、ワシの気に入らん連中を黙らせねばいかん用事があるようじゃからの」

「気に入らない連中とは誰のことかの……下賎の者よ?」

リョーマの米神にピクリと血管が浮き出る。

「その言い方が気に入らないのじゃ! 撫子ッ!」

撫子のコスモスネオに、リョーマのジャオームが襲い掛かる!

いよいよここに、最終決戦の火蓋が切られてしまうのか?


「ま、待ってください! 提案があります!」

シーン……皆の動きが止まった。ふたりの戦いを止めたのはシャルルだった。

「ふん、我に命令するというのか、小童?」

「ワシを騙した分際で、今更何を言うんじゃ! シャルル!」

「このまま皆がバラバラに戦うより、瑠璃玉を合理的に手にいれる方法があります……」

「ほう、おもしろい。その方法を聞かせてもらうぜよ」

「はい、それは……勝ち抜き戦にするんです」

「わははっ! 勝ち抜き戦じゃと? 子供の考えそうなことじゃ、くだらん! おおかた、タケルが来るまでの時間稼ぎでもしようという作戦なのじゃろう」

「!……い、いえ、そうじゃありません。ボクはただ、公平な決着をつけようと……」

「けっ、バカバカしい! それならワシもひとつ提案してやるぜよ、シャルル。おんしゃにぜよ」

「え? ぼ、ボクにですか?」

「命懸けの戦いに、甘ったれた事をぬかすガキを全員でやっつける……ってのはどうじゃ?」

「キャハ、おもいしろいね、それ」

ポリニャックはケタケタと笑い、それに賛同したようだ。

「……」

撫子は何も言わず、相変わらず冷静な目でシャルルの方を見詰めていた。

「 そ、そんな……」

(う……まずい……この相手が三人がかりでこられたらひとたまりもない……)

シャルルの額から冷や汗が流れる。

「どうやら意見が一致したようじゃの。まぁ、撫子さんはどっちつかずって感じじゃが、そっちの獣人とはウマが合いそうぜよ」

「こんなガキ、わたしひとりでもやれるけどね。ウオーミングアップってヤツ? それなら丁度良いし!」

ビシュン! ガゴッ!

「うぐっ!」

突然、ポリニャックのアーマーゲイが、シャルルのカムイに攻撃を仕掛けた。

背中に生えた爪を伸縮させての攻撃だった。

「ほう、おんしゃとは気が合いそうぜよ。話の途中で攻撃するとはえげつない奴ぜよ」

「戦い好きって言ってくれる? この至近距離でボサッとしてる方が悪いんじゃない?」

「同感じゃ! まずはシャルルの瑠璃玉を奪うぜよ! そして次はヤマトタケルじゃ!」

「じゃ、さっさと終わりにしちゃおうか!」

ガギッ! ドゴッ! バギャン!

「ぐっ! うわぁッ!」

シャルルのカムイは、リョーマのジャオームとポリニャックのアーマーゲイに同時攻撃されていた。

伝説の武神機の高い攻撃力を、流石に同時に受け止める事は出来ず、カムイはどんどんとダメージを負っていった。


(うっ……た、タケルさん……今何をしてしているんですか?……

このままでは本当に、ヤマトタケルの瑠璃玉を奪われてしまいます……

それとも、まだ、立ち直れていないんですか……タケルさん……父さん……)

シャルルの思いは届かずに、ただ、ヤマトタケルは佇んでいるだけだった。

ヤマトタケルの本体である邪神竜アドリエルは、本当にタケルを見放してしまったのだろうか。


「くはははッ! 以前は屈するしかなかったおんしゃの圧倒的なインガを、今ではワシの方が超えてしまったようじゃの! 伝説の武神機に認められたワシの力を思い知るぜよッ!」

「わたしも長い間、ポリニャックの心の中に閉じ込められていたから運動不足なんだよね。だから、軽く運動させてもらうよ!」

ジャオームとアーマーゲイの執拗な攻撃は尚も続く。このままでは、本当にシャルルが危ない。

どうしたタケル? 一体このピンチに何をやっているのだ!


 ズボシュッ!……ズルゥリ……


「うご……」

リョーマのジャオームに、その機体を貫かれたシャルルのカムイ。

その内部からは、瑠璃色に光る玉がゆっくりと抜き出されていった。

これこそまさに、大インガを発動させるキー、『瑠璃玉』であった。


 ジャオームの手にした光る玉。

「これが瑠璃玉か……この色合い、このツヤ、そして輝き。不思議な玉じゃ……」

リョーマは、瑠璃玉の美しさに見とれた。

「うう……タケル……さん……」

「ふん! まだタケルが来るのを信じているのか? おめでたいヤツじゃ!」

「おまえもそうなんだろ、リョーマ?」

「ふん、バカを言え。ワシはそんな事これっぽっちも思っとりゃせん。けど……」

「けど?」

「このまま無抵抗のヤマトタケルから、瑠璃玉を奪うのはワシの流儀に反する。あくまで相手を倒して奪うのがワシの流儀じゃからな」

リョーマのジャオームは、カムイの体内から取り出した瑠璃玉を、アーマーゲイに向かって投げた。

それを受け取ったポリニャック。

「どういうこと? これをわたしにプレゼントするなんて。あ、ひょっとしてナンパってことかな?」

「ばかをいえ! ワシには女がおるし、浮気など三流の人間のすることじゃ。それは交換条件ぜよ」

「交換条件? 意味ワカんないね」

リョーマはヤマトタケルに近づいて、後ろから羽交い絞めにした。

「ワシはタケルと戦って、それに勝って瑠璃玉を手にしたいのじゃ。だからカムイの瑠璃玉はやるが、ヤマトタケルはちょっと借りるぜよ」

「ふ~ん。なんだか言い訳クサイけどね。素直にタケルを立ち直らせたいって言えば?」

「ばっ、バカを言え! そんな事ワシの知ったことじゃないき! けど、サムライとして正々堂々と……!」

「はいはい、わかった、わかった。どっちでもいいけど一応この瑠璃玉はもらっとくわね」

「そういうことでよろしいかの? 撫子さんよ」

「ふん、誰が持っていようとかまわん。いずれ全ての瑠璃玉は我のものになるのだからな」

「相変わらずたいした自信ぜよ……まぁええ。それで、タケルは今どこにいるんじゃ、シャルル?」

「い、言いませんよ……言えばこれからタケルさんを倒しにいくのでしょう?」

「そうか、じゃあ聞くがポリニャック。タケルはどこにいるんじゃ?」

「自分で探すつもりはないのかな? まぁ、いいわ。プレゼントのお返しに教えてあげるわね」

ポリニャックのアーマーゲイは、シャルルのカムイの頭部を鷲摑みにした。

キュイィィン……!

「うわああっ!」

ポリニャックの不思議なインガによって、シャルルの記憶を吸い取っているようだ。

「ふむふむ、わかったよ。追憶の淵からずっと南西にいったところ。岩山の大きな洞窟があるわ」

「そうか、礼を言うぜよ」

「ま、待ってください! タケルさんのところには行かせませんよっ!」

瀕死状態のカムイは、ジャオームの足を掴んで止めようとした。

「ふん、死に底ないの王子様が! これは、ワシが受けた屈辱のお返しじゃッ!」

バギョオゥッ!

「うぎゃあっ!」

ジャオームの強烈な一撃! シャルルのカムイは致命傷を受け、地面に落下していった。

「これで、ひとり脱落だね♪」

(う……うぅ……タケルさん……気をつけてください……)

そして、リョーマは、ヤマトタケルを羽交い絞めにしたままこの場を去っていった。

この場に残った撫子とポリニャック。そして、敗れ去ったシャルル。

「くだらん事で水をさされてしまったな。どうするのだ? 我々も決着をつけようか?」

「ん~ん、今は興味ないからやめとくよ。それより、タケルの方を見物だね。私も追っかけよっと!」

ポリニャックは、撫子に背を向けると、リョーマの後を追うようにして去っていった。

「まったく、どやつもこやつも。瑠璃玉よりタケルに興味があるというのか……ふっ。まぁ、それもわからなくもないがの……あやつは面白い男だ」

そう言いながら、目を閉じ不適に笑う撫子であった。


 五体の伝説の武神機が集結し、そして五つの瑠璃玉が揃った。

だが、それらを奪い合う事はなく、皆はひとりの男の動向に興味を持っていたのだった。

目の前の瑠璃玉を奪い合わないのは、皆、いつでも奪える絶対の自信を持っているからだろう。

こうして、幸か不幸か大インガ発動の時は次回に持ち越されたのであった。

だが、タケルにピンチが迫っているということに変わりはない。

はたして、タケルは、過去の呪縛から立ち直る事が出来るのだろうか?

そして、敗れ去ったシャルルの安否はいかに?



 場所は変わって。

ここは、追憶の淵から南西に100キロほど離れた場所。

大きなゴツゴツとした岩山が四方に聳えていた。

そこに、タケルはいた。


「あ~あ、もうこの世界のことなんてどうでもよくなっちまったな……」

タケルは、洞窟内に寝転びハナクソをほじっていた。

「そもそも、本当に俺が古の勇者タケルだってのか? たまたま名前が同じでインガが少しばかり強いだけじゃねぇのか?……」

タケルはうつ伏せに転がって顔を埋めた。

「よし、もうやめた! 別に俺がこの世界をどうこうしなくても、誰かがやってくれるさ。例えばシャルルとかさ。あいつだったらマジメだし、しっかりしてるから大丈夫だ……うん、そうだ、それで決まりだな」

タケルは仰向けにゴロンと転がって天井を眺めた。

天井からは水滴が滴り、タケルの顔に落ちてきた。それをインガで、顔面直前で消し飛ばした。


(……俺のインガ……これって何の為にあるんだ?……戦いに勝つためか?

だけどひとつの戦いは次の戦いを生むだけだ……

それで、ひとつの戦いには悲しいことがいっぱい起こる……

だから、強くなればなるほど、いくつもの戦いは起こり、無限の悲しみを生むことになるわけだ……)


 ドンッ!

タケルは、起き上がって洞窟内の壁を叩いた。

「それじゃあ、いつまでたっても、本当の平和なんてくるワケねぇぜ! 今まで何人もの仲間が死んでいった……アジジも、キリリも、ベンも……そしてポリニャックだって……!」

タケルの目からは涙が滲んでいた。

「敵だったヤツラも同じさ……天狗も、犬神も、烏丸も、円も、戦いにとり憑かれていったんだ……そして、アイツも……」

タケルは、ある男の顔を思い出していた。

それは、タケルにとっては宿命の敵なのかもしれない男。その名は。


 ドッズゥン!


 すると突然、タケルの耳に大きな衝撃音が聞こえた。

「うわっ! な、なんだ!?」

タケルは飛び起きて洞窟の外へ出た。そこにはなんと。

「よう、相変わらず、シケた顔しちょるのう」

「お、おまえは……リョーマ!」

武神機から顔を出したその男は、かつてのタケルのライバルであったリョーマであった。

それも、伝説の武神機とともに、ヤマトタケルも運ばれていた。

「どんな気分じゃ」

「な、なんだと?」

「落ちぶれた人間の気持ちはどうだと聞いておるんじゃ」

「お、俺はべつに落ちぶれちゃいねぇ!」

「どうかの? 今のおんしゃは、落ちぶれて落ち込んで、地獄のドン底でうごめいている死人に過ぎんぜよ」

「なんだと! 言わせておけば!」

「ほう、まだ怒る気力だけはあるのか? ワシはてっきり、おんしゃにそんな気力はないと思ったぜよ」

「く!……てめぇ」


 タケルは、リョーマの顔を睨みつけていた。

だが、その顔にはいつもの気力が感じられない。

虚勢を張るために、リョーマの目から顔を逸らさないのが精一杯だった。


「がっかりぜよ、今のおんしゃには伝説の武神機に乗る資格はない。ヤマトタケルも泣いちょるぞ」

タケルは、地面に叩きつけられ、無残な姿勢で横たわっているヤマトタケルを見た。

「リョーマ、おまえの武神機……まさか……」

「そうぜよ。もとはただの武神機じゃったが、最果ての地で伝説の武神機に生まれ変わったぜよ」

「最果ての地だと? まさか、ヤマトの世界から戻って来たというのか?」

「そうじゃ。おんしゃは知らんじゃろうが、今のヤマトは荒れ放題じゃ。このまま地球が黒い大渦に飲み込まれれば、ヤマトの世界も崩壊するのも時間の問題じゃ」

「……」

「じゃからワシは、伝説の武神機の瑠璃玉を集め、ヤマトの世界とこの地球を浄化するつもりぜよ!」

力強く叫ぶリョーマに圧倒され、タケルは何も言えなかった。


 遥か昔。

この地球を黒い大渦から守った、古の勇者タケル。

その生まれ変わりであるオボロギタケルは、自らの使命を全うさせるべく戦っていた。

だが今では、その影も形もなく、ただ悲観と傍観を繰り返しているだけであった。

しかし、リョーマはこの世界を平和にしようと願っていた。誰に言われるまでもなく。

タケルは、そんな自分にたまらなく憤りを感じた。そして、情けなくて悔しくて、その場に崩れて震えていた。


「ふん! ただ震えるだけなら誰でも出来るわ。今のおんしゃを見ていると腹がたつぜよ」

ズカズカとタケルに歩み寄るリョーマ。それを、捨てられた子犬のような目で見上げるタケル。

「お、俺にはムリだ……だからリョーマ、おまえが何とかしてくれ……そうだ、瑠璃玉も持っていってくれ。そうすればヤマトタケルも喜んで……」

ドグシャ!

すると突然、リョーマはタケルの顔を思いっきり踏んづけた。

「うごっ! な、なにを……」

ドバキャ!

次にタケルの横っ面に思いっきりケリが入る。そのまま吹き飛ぶタケル。

「う、うう……ひ、ヒデェぜ……リョーマ……おがっ!」

今度はタケルの腹部に鋭いケリが突き刺さった。たまらずに苦しむタケル。

「殺す! そんなおんしゃは死んでしまえばいいんじゃ! だからワシが殺すぜよ!」

「ちょ……ま、待て! 待ってくれ! 俺は瑠璃玉をやると言っているんだぞ!?」

「おお、わかったわ! それならおんしゃを殺して瑠璃玉を頂くぜよ!」


 メギャ! ドバキッ! ドバッシャァン!


 無抵抗のタケルに対して、リョーマの執拗な攻撃が繰り返される。

タケルはただ、無防備に攻撃を受け続けるだけだった。

その痛みの中で、タケルは思い出した。以前、自分が地球で暴力を振るっていた時のことを。

ケンカに負けるということは弱いこと。弱いことは負けて当然という勝手な思い込み。

自分の力が強いばかりに、相手の気持ちなど微塵も感じられなかったあの頃。

だが、今はそれがタケルにもわかった。

無抵抗でも殴られ続けることの理不尽さ。命を削られるような恐怖心。


(ああ、痛ぇ……なんで俺がこんな目にあわなきゃいけねぇんだ?……

悲しい……恐い……殴られるのってこんなにつまらないことなんだ……

それに、殴っているリョーマだって全然楽しそうにしてねぇな……

ああ……ケンカってこんなにくだらねぇことだっけ?

もっと楽しいもんだと思っていたが……今ではものすごくムダなことに思えてきたな……

もう、やめてぇな……こんなクソくだらねぇことはイヤだなぁ……むなしい……ただ、虚しいけだ……)


 そして、遂にタケルは身動きできないまでに痛めつけられてしまった。

「うぎ……うごぉ……」

「はぁっ! はぁっ! これでとどめじゃぁ!」

「!!」

瀕死のタケルに、リョーマの全力の攻撃! このままではタケルは死んでしまうぞ!?

ガッギャァン!

「ほう、まだ抵抗する気はあるということじゃな?」

「ふぅ! ふぅ!……し、死んでたまるかッ!」

リョーマの攻撃をインガの盾で防御したタケル。その目は鋭く光っていた。

「そうじゃ、その目じゃ。野獣のような鋭い殺気。それが本来のおんしゃの目じゃ!」

「うおおッ!」

ダガガ! ドゴッ! バッキャァン!

ふたりは戦いながらもお互いの気持ちを叫び続ける。

「ふん! やっと復活したようじゃの! じゃが、今のおんしゃではまだ足りんぜよ!」

「足りないだと? 何がだ!?」

「この世界を本当に救いたいという気持ちじゃ! そして、本当に守りたい人への想いじゃ!」

「守りたい人だと?……クセェこといいやがって!」

「素直になるんじゃ! おんしゃにもいるハズじゃ! 大切な女が!」

「大切な女だと?……ちっ!」

ドバキャ!

リョーマのパンチを食らって地面に叩きつけられたタケル。両者が距離をとる。

「ワシは自分の気持ちに正直になれる! ワシはヒナモを守る! それが死んでいったおみんへの弔いじゃ!」

「死んだだと?……あの子が……?」

「そうじゃ! 二度とそんな悲しい思いをヒナモにはさせんのじゃ!」

「リョーマ……」

「情けはいらんぜよ! さぁ言え、タケル。おんしゃにもいるハズじゃ、守りたい女が! それを言え!」

「へっ! いつの間に、そんなロマンチストになったんだよ?」

「自分を誤魔化すんじゃないき! 素直になって、正直になって、その気持ちをパワーに変えるんじゃ!」

「くそ!……くだらねぇことベラベラとぬかしやがって!」


 だが、タケルの言っていることとは裏腹に、心の中ではある女の顔が浮かんできたのだった。

それは、幼馴染であり、撫子と肉体を共有している飛鳥萌であった。


「さぁ言え! おんしゃの守りたい女を言うんじゃ!」

「バッカヤロウ! 告白ごっこしてる場合かよ!?」

「そんな場合じゃないから言っているぜよ! もう二度と悲しむのは御免なんじゃぁーッ!」

「リョーマ!」


 ズッゴゴゴ……ドッズゥン!


 その時、地面が大きく揺れ、地鳴りとともに衝撃が起きた。

「う! この揺れはなんじゃ!?」

「ヤマトの世界が限界にきているんだ! それが共鳴してこの世界にも影響していやがる!」


ズズズズズ……ズゥン……


「お、おさまったのか?」

「いや! あれを見るんじゃ! タケル!」

リョーマの指差す方向。その先には、黒い大渦が拡大し、ヤマトの世界を蝕んでいくのが見えた。

「くっ! もうあんなにも侵食してやがる! どうして……」

「きっと、五つの瑠璃玉が集結した影響じゃ! それで黒い大渦が過敏に反応したんじゃ!」

「このままじゃまずいぜ……あんなものを封印することが出来るのか?」

「おんしゃじゃムリぜよ」

「なんだと!?」

「ワシひとりでもムリぜよ……じゃが、もし、ワシとおんしゃが手を組めば……どうかの?」

「てめぇ……」

タケルとリョーマは目を合わせた。そしてタケルが笑った。

「わかったぜ、どうやら俺達は、共通の敵と戦う運命にあるようだからな!」

タケルはリョーマに向かって手を差し出した。そして、リョーマもその手をとろうとしたが。

「まだじゃ。まだおんしゃと組むワケにはいかん」

タケルはずっこけた。

「にゃにぃ?……どうしてだ? いまは一刻も早く急がねぇと……」

「おんしゃの守りたい女の名を言え。そうすればワシはおんしゃと手を組もう。それが条件じゃ」

「こ、こんな時になに言ってやがる……!」

照れて顔を背けるタケル。だが、リョーマはタケルの顔をジッと見続ける。

「ち!……しょ、しょうがねぇな! どうしてもってんなら言ってやるよ! い、言えばいいんだろ!」

「ふ。そんなに顔を真っ赤にして照れんでもよかろう」

「うるせぇ! 殺すぞ!」

「さぁ言え、そしてあの邪悪な黒い大渦を封印するんじゃ!」

「言われなくてもわかってらぁ! お、おれの守りたい女はだなぁ!……」

「女は?」

「お……おれ! おれの女は!……も、も……も!」

「も……なんじゃ? モモかの?」

顔クシャクシャにしながら、なんとかその言葉を吐き出そうとしているタケル。

あまりにも純情なその態度に、リョーマは思わず笑いそうになったがなんとか堪えた。


「お、俺は萌が好きなんだーッ! だから絶対に俺が守るッ!」


 この瞬間、タケルとリョーマは黒い大渦を封印するために手を組んだ。

地球とヤマト崩壊の危機は、もうすでに始まっているのだ。

さぁ、いぞげ! この世界を守るため、そして大切な女を守るため。

まさしく、最強のコンビとなったタケル達は、黒い大渦に最後の戦いを挑むのだった。

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