第33話 アンビッション(野心)


人の心の隙間は悪意への道しるべ

命の波動が血管を流れ 赤く染める

それは目覚めかはたして盲目か

驚きと歓喜 失敗と挫折

そして光と闇が交差する



 第三十三話  『アンビッション(野心)』



 撫子の精神を封じ込められ、その姿は飛鳥萌になってしまった。

その萌を人質に、ヤマトを裏切った犬神善十郎は、シャルルのいるレジオヌールへと向かう。

人質を取られたヤマトと餓狼乱は共同戦線を組むことになる。

しかし、野望に染まる烏丸を見限った円は、ヤマトを脱出し、シャルルは萌を開放した。

そして、ヤマトとレジオヌールの純粋なる戦闘の最中、シャルルは最終兵器を用いるのだった。


「あの武神機は……まさか!」

致命傷を負ったシトヴァイエンから出撃した二機の武神機。

タケルが見たもの。その一機からは、強大なインガが発せられていた。


「できればこの武神機はまだ見せたくなかったのですが……仕方ないですね、シトヴァイエンを落とさせる訳にはいきません」

「シャルル様の伝説の武神機さえあれば、ヤマトなど恐るるに足りません」

金色に輝くシャルルの武神機は、細身の体型でありながら、威風堂々とした圧力が滲み出る。

究極に洗練された風格。それはまさに、シャルルにふさわしい武神機であった。

「いや、いくらヤマトから伝説の武神機が出ないとわかっていても、その戦力を侮ってはいけません。不用意に戦力を見せつける事は、相手の戦術の幅を広げることになります」

「はっ! 承知しました!」

「ふうう……」

シャルルは眼を閉じ深呼吸をひとつした。そして目を見開くと、眼前の敵全てを視野にいれた。

「いきます! ついてきなさい、般若!」

「はっ!」

カキュオン!

光の矢。

シャルルの武神機の動きを例えるならこうだった。一閃の光の矢が、瞬く間に敵を貫いていく。

キュイキュイ! キュオォン! ボゴボゴ!……ボッゴォン!

光の矢は戦場を縦横無尽に駆け巡り、あたり一面のヤマトの武神機を次々と破壊していく。


「な、なんなのだ! あの光は?!」

正体不明の光の矢の攻撃。その圧倒的な攻撃力の前に、烏丸は、ただ驚くしかなかった。

「あの兵器……いや、あれは武神機か?……まさか伝説の!」


 シュオオオッ……

まわりの敵を一網打尽したシャルルの武神機は、ヤマトの光明のブリッジを見据えて立ち止まる。

「はじめまして、光明の艦長さん。いや、事実上、ヤマトの総指揮官とでも言っておきましょうか?」

烏丸は、シャルルの武神機をジッと見据える。

「聞いているぞ……レジオン王亡き後、レジオヌールを短期間で復興させた、恐るべき統括力を持つ童の存在を……」

「ボクは特別なことはしていません。ただ人を信じ、人を裏切ることのないような国にしただけですから」

「ほう……それは私に対しての当て付けと受け取っていいのか? おっと失礼、自己紹介がまだだったな」

「はい、まだですね」

シャルルは落ち着いた口調で言った。

「私の名は、からすま。烏丸神だ」

「ボクの名はシャルル。シャルル・ド・レジオンです」

距離は遠く離れても、お互いのインガは激しくぶつかり合っていた。

それを側で見守る般若。

(ヤマトの烏丸という男、なかなかやる。シャルルさまのインガの圧力に屈することなく反発している……)

「ではシャルル、その圧倒的な戦闘力……やはりそれは伝説の武神機なのか?」

「はい、我がレジオヌールの伝説の武神機、『神武威』(カムイ)です」

「カムイだと……」


 烏丸はこう考える。

(まずいな……まさかシャルルが伝説の武神機を手にしていたとは……しかも、完璧に乗りこなしている……もし、こちらの理幻が目覚めたとしても、あれに対抗できるかどうかわからん……しかも、レジオヌールには朱雀もいるからな……やはりここは、撫子の力を利用するべきか? だがどうやって……)


「心配ありませんよ、烏丸さん。もうこちらに、朱雀はいませんから」

ドキリ。烏丸は驚いた。

「な、なんだと? ど、どういうことだ」

「ヤマトでの戦いから、朱雀はこちらに帰ってきていません。彼も必ず地球にやってきているはずです……おそらく、タケルさんとの再戦に向けて、どこかで傷を癒しているのでしょう」


(こ、このシャルルという童、まるで私の考えを読んでいるようだ……そこまで研ぎ澄まされたインガを持っているというのか……?)

烏丸は、あらためてシャルルのインガに驚かされた。

「烏丸さん、あなたの取った行動は、結果的にヤマトの首を絞めることになってしまったようですね」

「何だと? まるで全てを見透かしたような事を言うではないか!」

「はい、あなたが犬神をワザと泳がせ、萌さんを人質として誘拐させた。その結果、あなたがヤマトの主導権を握ることになったのではないですか?」

光明のブリッジにいる兵たちは、烏丸の顔を疑惑の目で見た。

「だ、だまされるな! あの童の言うことなど本気にするな!」

しかし、自軍の兵をあざむき、撫子の安否を誤報した烏丸を、部下の誰もが信じてはいなかった。

「貴様ら! そ、その目はなんだ! この私を疑うというのか!」

ズバシュッ!

感情を抑えきれなくなった烏丸が、部下のひとりの首を刀ではねた。

「ひ、ひえぇ! 俺はもうこんな戦いたくさんだぁ!」 「お、俺もだぁ! もういやだぁー!」

その場にいた部下達全員は、皆叫びながら逃走しようとした。

♪ピィ~……ヒョロロォ~♪~……

しかし、烏丸の吹く笛の根の前に、ブリッジにいた部下は催眠術にかかってしまった。

「おのれ~シャルルめ! 私の計画を壊すとは許せん! 無残に殺してくれるわッ!」

催眠術にかかった部下達は、シャルルの『神武威』(カムイ)に向かって一斉射撃した。

バシュシュシュ!

無数の火弾が、カムイを取り囲む!

「ぜんぶ見えてますよ」

シャルルのカムイは、まるで光速のような動きですべての攻撃をかわし、それを打ち落とした。

「な、なんだとォ!」

カムイの戦闘能力に驚く烏丸神。シャルルの手にした伝説の武神機の威力は、それだけ強大だった。



 一方、遠く離れてその戦いを見守るタケル達。

「すげぇな、シャルルのヤロウ! いつの間にあれだけの力を身につけたんだ!?」

「それに、なんだか以前のシャルルとは違うね……何て言うか、インガが成長したっていうか……」

「ああ、それは俺も感じた。インガに厚みがある」

「もとの強大なインガに加えて、伝説の武神機の力を手にいれたんだからね……並じゃないよ、あれは」

「ああ……それよりも、まさか烏丸のヤロウがあれほどまでに野心を剥き出しにするとはな……まるで何かにとりつかれたようだぜ」

「この地球にはびこる、黒い大渦の邪気にあてられたのでしょうか……?」

「そうかもしんねぇな、ザクロ。黒い大渦は人のインガばかりか、心の底に眠っている悪い心を増大させてしまうみてぇだからな」

「何でですか? なんで人はこうも容易く、悪意をあらわにしてしまうのですか!?」

ザクロは少し興奮気味だった。

「落ち着きなよ。悪意を持つのは人の定め。そしてそれを抑えるのも人の定めなのかもしれないね……」

「キリリさん……」

「とにかく、黒い大渦は絶対にブッ壊さなきゃいけねぇんだ! 俺の命に代えてでも……!」


 確かに烏丸は、ヤマトの作戦参謀として撫子に忠誠を誓っていたはずだった。

だがしかし、この戦場に蔓延するインガの邪気によって、烏丸の心に火がついてしまった。

それは、男なら誰しも夢みる思い、征服という名の野心であった。

撫子が萌と入れ替わり、その力が弱まれば自分にもチャンスがある。

心の隙間にはびこった邪念が、その傷口に入り込み、蔓延していったのだった。



「おのれ~、まさか貴様がここまでの力を手にするとは……侮ったわ!」

「ボクにはわかる。あなたの目に映っているのは真の平和ではなく、偽りの独裁です」

「だまれ! 童にわかってたまるか! 私は自分の実力を試したいのだ、それを邪魔はさせんッ!」

「それは利己主義です! 自分中心にしか考えない人に、皆はついてきません。今のあなたのように」

「だまれ! だまれ! だまれーッ!」

「!!」

「仮に平和な世界になったとしても人の欲望はなくならない! 自我を満足させるために人は欲するのだ!」

「それはあまりにも乱暴です。確かに欲望は完全に抑えられませんが、それを覆うものがあります」

「なんだと? 欲望を覆うだと?」

「そうです」

「ふふ、童風情がたいそうな口をきく……では問おう、それはいったい何だ!?」

「……絆です。人と人が信じあったところに生まれる、暖かな気持ち。それが絆なのです」

「ふっ! 結局、戯言を吐いたところで、世界は何も変わらん! 弱者を導く指導者が必要なのだ!」

「それではまるで皇帝アマテラスと一緒ではないですか? また同じ過ちを繰り返すのですか?」

「私はずっとあの方を尊敬してきたのだ! あの方の意思は、ヤマトの崇高なる意思は私が受け継ぐ!」

「そうはさせません!」

「私は高みに立ちたいのだ! 邪魔をするな!」


「バッカヤロウ!!」


 そこに大声をあげて現れたのは、ヤマトタケルに搭乗したタケルだった。

「あ、タケルったらいつの間に?」

紅薔薇が気付く前に、いつのまにかタケルは出撃していたのだった。

「てめぇら! 何くだらねぇことくっちゃべってんだ! 戦争やってんだぞ? 人殺しやってんだぞ、俺達は!」

タケルは例えようのない怒りに震えていた。

「た、タケルさん……なんでここに……」

「ふっ、結局あなたがいなければ、何も始まらなくなってしまうのですね」

「烏丸神! なぜ反逆なんて起こしたんだ!? おめぇみたいな冷静なヤロウが!」

「冷静な私だからこそですよ」

「な、なんだと?」

烏丸は静かな口調で語り始めた。

「……そう、私は幼いころから冷静でした。そして、ずっとヤマトの国の平和の為、烏丸家の名を汚さぬよう生きてきたのです……だから私には、ヤマトの未来を背負う宿命があるのです」

「だったら……だったら何で撫子を裏切った?」

「あの方の理念には、ヤマトの未来など眼中にはなかった……実際、アマテラス様を見殺しにしました」

「アマテラスを見殺しにした……撫子が……それは本当なのか?」

「そうです、バーストした朱雀の一撃を、わざと光明に受け流したのを私は知っています」

「ほ、本当か、それ?」

「親を殺してまで撫子様は、このヤマトの実権を握りたかったのです。だから! あの方の理想よりも、私の理想の方が崇高なのです!」

「ちょっとまってください、烏丸さん。それでは、今のあなたがしていることはなんですか? 撫子さんと同じ事をしているのではないのですか?」

「だまれ童! 貴様のように王家の血筋を引くものに、私の気持ちがわかってたまるか!」

「ちがうぞ、烏丸! 確かにシャルルは王子様かもしれねぇ。けど、その生い立ちはけして幸福じゃなかった! 苦しいことをいっぱいしてきんだ!」

「タケルさん……」

「うるさーーーーいッ!!!」

当然の烏丸の絶叫。

「か、烏丸……」

「私の真実のために、貴様らふたりに消えてもらうしかない! 絶対に目前から消してやるぞッ!」

烏丸神の目つきは、邪悪なものへと変わっていた。

そして、光明からの一斉射撃がヤマトタケルとカムイを襲う。

「くっ! 烏丸のインガはもう黒い大渦に犯されてしまっている! なんとかしてやらねぇと!」

(タケルさん……あなたはこんな状態になっても尚、烏丸さんを救おうというのですか……?)

バシュシュシュッ! ボォン! ボオオン!

「しかしタケルさん!このままでは我々も耐えられませんよ!」

「そうだぞ、タケル! シャルル様をこれ以上危険な目に合わせられん!」

その時、後退していた般若がタケルの前にやってきた。

「何か方法があるハズだ! 烏丸の目を覚ましてやる方法が!」

「甘いぞ、タケル! もはやあの男には情けをかける価値などない!」

「くっ……だけどよぉ、あいつは烏丸神なんだぜ? 天才で冷静な烏丸神なんだ! なんでこんなことになっちまうんだ! 何でこんなにも虚しいんだよぉ!」

タケルは、怒りにも似たやりきれない思いをあらわにした。

「タケルさん……」


 最悪の状況。しかし皮肉にも、運命はさらに最悪な状況を許してしまうのだった。

「はははッ!相変わらず甘いぜよ、タケル!」

「だれだ?……うっ! このインガは!?」

バシュオゥッ!

頭上から高速で接近してくる武神機。それはバオームを操る朱雀だった。

「烏丸神とやら、おんしゃの気持ちはよっくわかるぜよ! ワシはタケルを討ちたい! だから共同戦線といこうぜよ!」

「なッ! なんだとリョーマ!?」

「朱雀というバーストした男か……よくもまぁ生きていたもんだな」

「ワシの怨念はケタが違うぜよ? そこらの武神機乗りと一緒にしてほしくないのう!」

「ふっ、気に入った。よし、貴様を今からヤマトの一軍と認めよう」

「かぁ! 別にヤマトに入りとうて来たわけじゃないき。でもワシも、おんしゃのその生意気なところが気に入ったぜよ!」


「おっと、私も仲間に入れてくれないか?」


そこに現れたのは、流鏑馬(やぶさめ)を奪った犬神だった。

「ほう……よくもまたのこのこと顔を出せたものだな、犬神。一体何の用だ?」

「かかか! この男は、もうどこにも行く場所がないき。情けない男じゃのう犬神!」

「だまれリョーマ! いや、今は朱雀か……私はこんなところで終わる訳にはいかない! 必ず上まで登り詰め、そしてタケルを倒す!」

「ふっ、まったく……皆してタケルさんタケルさんと、よくもまぁおモテになる方ですね」

「ふははっ! おんしゃもそうじゃろ、烏丸?」

「私はヤマトの実権を握りたいだけなのですが……まぁいいでしょう、あなた達の下らない戯言に付き合ってあげましょう」

「はっ! 素直じゃないのう、おんしゃは!」

「これで意見が一致したわけだな? タケルを討つという思いが!」

「そういうことらしいですね、ではいきましょうか!」

烏丸と手を組んだリョーマと犬神。

まさかの面子に、ヤマトの戦力は確実にアップしてしまったようだ。


「へへ、おんしゃと一緒に戦うのは、餓狼乱のアジトを襲撃した時以来だったな、犬神。あん時からおんしゃは狡賢い男じゃった」

「ふん、それのどこが悪い? 狡猾さに長けた男こそが、この世をその手に治めるのだ!」

「相変わらずじゃのう。ま、今回は同じ目的同士、お手柔らかに頼むぜよ、隊長さん?」

「皮肉のつもりか?……いいだろう、ついて来い朱雀!」

「かはっ、まったく調子に乗りすぎぜよ、犬神さんは」

バシュシュ! バキッ! ドガガッ!

犬神のヤブサメと、朱雀のバオームが同時にタケルを襲う!

「うわっと! ちょっと待ててめぇら! 敵になったり味方になったり、まったく節操ねぇヤロウどもだな!」

「ふん、貴様だって一時はヤマトにいたではないか!」

「それは仕方なかったんだよ! あの時はキトラに体を乗っ取られていたんだ!」

「とにかく、皆がおんしゃを倒したがってウズウズしているぜよ!」

「屈辱を味わされた恨みを思い知れ、タケル!」

犬神のヤブサメが、ヤマトタケルに切り掛かった。

「てめぇ、犬神! あいかわらず全部俺のせいにしやがって、成長しねぇヤロウだな!」

バキッ!

ヤマトタケルの蹴りがヤブサメを吹き飛ばす。

「どくぜよ犬神! その程度のおんしゃのインガじゃ、タケルを討つのは無理じゃ!」

「なんだと? 貴様も一緒に斬られたいのか、朱雀!」

「そんな乱れたインガじゃ、おのれをコントロールできはせんのじゃ、隊長さん!」

「貴様! バカにするな! 私の精神力を……甘く見るなーッ!!」

バシュオオ!

その時、犬神のインガが激しく膨張した。

ブオッ! ガギィン!

「くっ! やるじゃねぇか、犬神!」

「はぁっ、はぁっ! 見たかタケル!」

インガの力を上げた犬神と、タケルの戦いは互角だった。


「ほぅ、少しはマシになったようじゃな、隊長さん。では仕方ない、ワシはこっちでガマンするかの」

朱雀の睨む先には、シャルルのカムイがあった。

「……朱雀……」

「……シャルル……よくもワシを実験材料に使ってくれたの? そのお礼をしなくてはいけないようじゃな」

「聞いて下さい朱雀。このままではヤマトの世界は崩壊するでしょう、それにはこの地球を……」

「この地球を何じゃ? 手にするというのか? 所詮おんしゃもその程度じゃ! 結局、この地球を統治して、民衆を奴隷のように使いたいだけじゃろ!」

「それはちがいます! このままでは、人の心は荒んでいくばかりです! でも、人はもっと優しくなれるんです、その世界を創るのがボクに課せられた使命なんです!」

「そのためには誰でも利用していいと言うんかいの!? このワシを利用したように!」

ガギン! ギャリアァン!

カムイとバオームの激しい斬り合いが続く。



 そしてこちらは餓狼乱。

「アネゴ! どうやらヤマトとレジオヌールの戦いだけじゃなくなったみたいですよ!?」

「うん、そうらしいねぇ……まったくタケルったら、余計な事に首を突っ込むから……」

「でも、そこがタケルさんらしいですよ。あの人はそういう人です。だからボクたちはついていくんです」

「ザクロは完全にタケルにぞっこんだねぇ?」

「えへへ、紅薔薇さんだって、それに他のみんなだってそうでしょ?」

「……まったく、しょうがない男がウチのリーダーになっちまったもんだねぇ。どうする、キリリ?」

「砂の海賊の意思はとっくに固まっている。タケルを援護しに行くに決まっているさ。それとも、そっちはまだ踏ん切りがつかないのかい、紅薔薇?」

「冗談言ってくれちゃって! よし、これより餓狼乱はタケル援護のため、ヤマトの光明を攻撃する! アマテラス、全速全進!」

紅薔薇の号令とともに、戦武艦アマテラスと、砂の海賊船サンドサーペント号は光明に向かった。


 バシュシュ!

アマテラスからの援護射撃。

「ん、アマテラスか? 紅薔薇!引っ込んでろ!」

「そうはいかないよタケル! ヤマトを潰すチャンスだし、シャルルだって放っておけないよ!」

「すまねぇ、紅薔薇……それにみんな……ぐっ!」

ヤマトタケルの機体が大きな衝撃に揺れる。

ヤブサメは、背中の大型円盤から展開した、巨大火弾砲を発射したのだった。

「くはは! 何を余所見しているタケル! スキだらけだぞ!」

「ち!……そんなところにも武器を隠してやがったとは、てめぇらしいセコイ技だぜ、犬神!」

「何とでも言え! どんな方法を使ってでも貴様を倒す! 私の受けた屈辱を万倍にして返してやる!」

「まったく! 逆ウラミもいいかげんにしろっての!」

「逆恨みなどではない! 貴様を倒すのが私の生き甲斐なのだッ!」

「ぐ!……そんなくだらねぇ生き甲斐つくるんじゃねぇ!」

ガッギィン! バッギャァン!


 犬神は、タケルと剣を交えながらこう思った。

(私はさっき何と言った? タケルを倒すことが私の生き甲斐だと?

いや、それは違う。私の生き甲斐は、すべての人間を平伏させることだ。タケルなどではない!

……それなのに、私は今何をやっている?

タケルを倒すことに全てを投げ打っているではないか?

これでは完全に、私の目の前にある壁が、タケルということになる……

タケルを乗り越えることが、私にとっての壁だというのか?

違う!!

そんなちっぽけな事が私の壁であるはずがない! 私の意思はもっとでかいはずだ!

だが何故だ? タケルごときを倒すのに、私は全力で向かっているではないか?

いつもの狡猾な自分ではなく、真っ向からの勝負を仕掛けているではないか?

……認めろと言うのか? この男の持つ不思議な魅力を?

私にはない魅力、それが不快だ……それが私を嫉妬させているというのか? わからない……

だが、ひとつ言えること。それは、私は今、最高に気分が高ぶっているということだ!

それだけでいい! この瞬間を生きている自分がたまらなく心地良い!

わかったぞ、タケル! 貴様はやはり、どうしても乗り越えなければならない壁だったのだ!)


「くくく……くははははッ!」

「どうしちまった、犬神? 笑ってるなんて余裕じゃねぇか?」

「いや、失礼。どうにも私はおかしくなってしまったようだ」

「……なんだと?」

(さっきまでの犬神の邪悪なインガが薄れている……どうしちまったんだ?)

邪悪なインガを放っていた犬神のヤブサメ。

しかし、タケルと剣を交わす度に、そのインガは純潔さを取り戻すようであった。

それは、タケルとの激闘により、タケルの光のインガに触れたせいかもしれない。

どちらにせよ、今の犬神は、純粋にタケルに勝つことだけのために、その剣を振るっているのだった。


 朱雀は、犬神とタケルのやりとりを見ながら笑ってしまった。。

「わっはは! まったくおかしいぜよ! 犬神め、おんしゃも気付いてしまったかいの?」

「気付いた? いったいどういうことです、朱雀?」

「わからんかのシャルル。おんしゃのインガで犬神を探ってみろ」

「犬神さんを?……あ! ち、違う! さっきまでの高圧的なインガじゃなくなっている……」

「やっぱりあいつもバカじゃき。知らん間に、タケルの調子に合わされてしまっているぜよ」

「わからない……ただ剣を交えているだけなのに、何で人の心がこうも変わっていくのだろうか……」

「ふん、それがおんしゃにはない魅力じゃ! やっぱタケルはとんでもない怪物じゃ! わはは! こっちまで嬉しくなってくるぜよ!」


 シャルルは思った。

(口頭で諭すのではなく、剣を交えただけで、タケルさんは相手を諭してしまうだって?

そんなバカな……それでは一体、ボクがしてきた政策は何だったんだ?

国民のために良かれと思ってきたことを、タケルさんはただ剣を振るうだけで行ってしまうのか?

そんな都合の良いことが起こるものなのか?

わからない……あの人には、一体どれだけの魅力が詰まっているというんだ!

……教えてください!タケルさん!)


「ふはは! 迷っているのがわかるぜよ、シャルル!」

「なに? ボクのどこが迷っているというんですか!?」

「ワシだって同じぜよ」

「同じ……?」

「ワシは今まで、自分の運命を呪って生きてきた。そして、それをインガの力に変えてきたんじゃ」

「……」

「だがタケルは違う……あいつは自分の運命さえも味方につけてしまったんじゃ」

「運命を……味方に……」

「そうじゃ。人は皆、生まれつき運命を背負っておる。どんなに裕福でも、どんなに貧乏でも、悩みのない人生などありえん」

「それはそうです……」

「だったら人が大きく成長できる環境、すなわち人の痛みがわかる境遇こそが、おのれを一番成長させることが出来ると気付いたんじゃ。だから、ワシの境遇もこれはこれで良かったのかもしれん!」

「朱雀……」

「本当のことを言うとな、ワシはタケルが大好きじゃ。しかし、おのれの気持ちに素直になれず、境遇を呪ったフリをして背を向けてきたんじゃ……それがやっとワシにはわかった」

「だったら……だったらもう、ボクらが戦う必要なんてないじゃないですか!」

「そうはいかん、これはケジメぜよ。ワシはタケルを倒すことによって、はじめて前に進めるのじゃ!」

「それはわかります……けど!」

「もうどうしようもないんじゃ! どれだけ高い壁を越える事が出来るか、それが男の価値なんじゃ!」

「お、男の価値……ですか」

バッチィン!

両者は激突して弾き跳んだ。

「さて、お喋りは終わりぜよ。犬神はよく戦っているがここらで限界じゃ。はじめからタケルを倒せるとは思っとりゃせん。やはり、タケルを討つのはこの朱雀様ぜよ!」

バシュオッ!

朱雀のバオームは、ヤマトタケル目掛けて飛んでいった。

「あっ! 待ってください! 朱雀!」

あわててその後を追うシャルルのカムイ。


「待ちな! シャルル!」

「そ、その声は紅薔薇さん!」

「いくらあんたの武神機が強くたって、シトヴァイエンは落ちる寸前だよ! 後方にいる般若だってすでに手一杯だ! 状況をよく見な!」

「え?……あ……」

シャルルが後方を見渡すと、確かにレジオヌール軍はヤマトに押されていた。

このまま消耗戦を続ければ、ジリ貧となっていくのは明白であった。

「た、確かに光明を落としても、レジオヌールが全滅したら意味がありません……ここは軍を引くのが得策ですね。紅薔薇さん、そして援護してくれた餓狼乱のみなさんにお礼を言います」

「そんな礼はいらないよ、シャルル。あたしらも、タケルと一緒で好きでやったことだからね」

「あ、ありがとうございます……紅薔薇さん……」

「だから礼はいいって! 水くさいじゃないさ、そんなこと!」

紅薔薇は照れていた。


 シャルルの心情。

(レジオヌールとヤマトの世界の繁栄のため、良かれと思って行なった戦いが、はたして本当にそれで正しかったのだろうか? いくら敵対していたとはいえ、タケルさんや紅薔薇さんや餓狼乱の皆は、レジオヌールを助けてくれた……それは、けして損得などではなく、純粋で穢れのない気持ちだとボクは思う。

ならば、ボクたちはもう争う意味がないのかもしれない。

同じ平和を望んでいるならば、手を合わせるべきなのかもしれない……)


「シャルル様! 聞こえておいででしょうか!」

「その声は、般若。どうしました?」

「シトヴァイエンはかなりの深手を負いました。やはりヤマトの軍事力は並ではありません」

「それはわかっていることです、般若」

「不本意ではありますが、餓狼乱の手助けでなんとか持ちこたえている始末です……申し訳ありませんシャルル様……私が不甲斐無いばかりに……」

「何を言っているのです、あなたのせいではありません。それに、餓狼乱の皆さんはとても心強い仲間なのです。こんな素晴らしいことがあるでしょうか!」

「シャルル様……」

「もうここらで、お互いの意地の張り合いは終わりにしましょう。今からボクはシトヴァイエンに戻ります。そして、光明とともに相打ちする覚悟です」

「シャルル様ッ! そっ、それは!」

「いいえ般若、ボクは教えられました。正しいことを重んずるばかり、自分の我を貫き通してしまうことの愚かさを。だから、今度はボクが、餓狼乱の皆さんに恩返しする番なのです」

「シャルル様!」

「シトヴァイエンの乗組員に告ぐ。今から本艦は、ヤマトの光明と相打ちをかける。乗組員は速やかに脱出してください!」

戦武艦、シトヴァイエンのハッチに戻ってきたシャルルのカムイ。

そこには、般若の武神機、『蛇愚我(じゃぐわ)』が待っていた。

「般若、下がってください。あとはボクが……」

「……シャルル様、覚えておいでですかな? 私がシャルル様と初めてお会いした時のことを……」

「?……今はそんなことを言っている場合ではありません。早く脱出しなさい」

シトヴァイエンの損傷は酷く、各部からは火煙が上がっていた。

「私は忘れません。あの時のシャルル様の神々しさは、いずれこの世を治める人物だと直感しました」

「だから! 今はそんな話を!」

「……あなたに仕えることができ、この鏑一族の般若、光栄でありました……」

「般若……?」

ドガッ!

般若のジャグワが、シャルルのカムイを艦の外へと蹴り飛ばした。

「くっ!……な、なにをするのです! 般若ッ!」

「あなたはまだここで死ぬべき人物ではない! この役目、私めが引き受けましたぞ、シャルル様!」

シトヴァイエンのハッチが閉じ、般若の武神機は見えなくなった。

「般若! 般若ーーッ!」

シトヴァイエンのブリッジにあがった般若。

「さて、ここからが私の最後の役目だ。見ていて下さい! シャルル様!」

ボシュオオオゥ……!

シトヴァイエンが猛スピードで前進していく。般若は光明に特攻をかける気でいるのだ。



「あれはシトヴァイエン? レジオヌールは光明と相打ちをするというの?」

その時、その様を目撃していた鉄円。

円は、小型艇で撫子を救出していたのだった。

(撫子様……この場には、例えようのない人の虚しいインガによって満たされています……はたしてこれが正しい事なのでしょうか? これを乗り越えれば、真の平和が訪れるのでしょうか?……撫子様……)

円の気持ちは揺らいでいた。

人の心の奥底に眠る、邪心を増長させる黒い大渦の力。

それは、この地球ばかりか、この星に住む人々の心にまで浸透してしまうのではないのかと。

これでは、この戦いこそが、更なる邪悪を生む結末になってしまうのではないかと。

(萌ちゃん……まだ幼い顔つきをしているけど、あなたはこの星にとっては最後の鍵なのよ。それをわかっているの? 萌ちゃん……)

円は、まだ眠っている萌の頬を摩りながらそう思った。

「あっ!」

そしてその瞬間、円は驚きのあまり声を失った。

はたして、萌に起こった出来事とは何なのだろうか?



 グオオオーーォッ!

タケルと激戦を続けている犬神と朱雀の前を、シトヴァイエンが高速で通過してゆく。

「うおッ! なんじゃ?」

「シトヴァイエンか!」

「まさか! いったいどうしようってんだ、シャルル!」

シトヴァイエンのメインエンジンからは、黒い煙が立ち登り、各部の損傷もひどかった。

これでは爆発するのも時間の問題だった。

「シャルル! よせ! はやまるんじゃねぇッ!」

タケルは大声で叫んだ。

「聞こえるか、オボロギタケル」

「その声は般若か? シャルルもそこにいるのか!?」

「いや、ここにはいない。この艦には私だけだ……最後に貴様に話しておきたいことがある」

「最後だって?……まさかこのまま光明に突っ込むつもりじゃねぇだろうな!? よせッ!」

「いいから黙って聞けいッ!」

「うっ……」

般若のインガの迫力に、タケルは圧倒された。

「時間がないので、きさまには私の念のインガを送る」

「どういうことだ?」

「いいから黙って私のインガを受けろ! そうすればすべてがわかる!」

般若は、自分の思考をインガに込め、それをタケルへとぶつけた。

「うっ! これは……!」

タケルの頭の中には、般若の記憶が入り込んだ。



……………………

(般若の記憶)

鏑一族である我々は、代々、禁断の地の要石を守ってきた。

そして、そこに流れ着いた者達の到来により、すべてが動き始めたのだ。

それが幼少のキトラと撫子だった。

ヤマトの国のアマテラスの子供である二人は、六歳になりサムライの試練としてこの地へと送られたきた。

ところが、ある事故で付き人とはぐれてしまい、禁断の地へと迷い込んでしまった。

重度の怪我で記憶をなくした二人を、傷が癒えるまで鏑一族は看病してやった。

キトラと撫子はインガの天才だった。我らの教える術をいとも簡単に吸収していったのだ。

だが、それがいけなかった。

記憶を取り戻しつつあったキトラは、おのれを過信し、古の封印について興味を持った。

そして、要石の封印を解こうとしたキトラと撫子は、逆に要石に取り込まれてしまったのだ。

……………………



「そ、そうだったのか……だからキトラは禁断の地で要石に封印されていたのか」

「そして、ヤマトの世界に崩壊の兆しが見える頃、自我をなくした貴様にキトラの精神が入り込んだのだ」

「それはわかったが、いまはそんなこと話している場合じゃないぜ! 早くシトヴァイエンを止めろ!」

「よく聞け……禁断の地には、まだキサマの蘇っていない記憶があるはずなのだ」

「なんだって? キトラの精神と、古のタケルの精神、それが合わさったのが今の俺なんじゃないのか?」

「本来、キトラが中途半端に封印を解いてしまったのは事故だったのだ。その事故のおかげで、キサマは完全な形で蘇ることが出来なかったのだ」

「そうなのか……俺はまだ不完全ということなのか……?」

「そうだ。そして、禁断の地の要石には、まだ封印されている力があるのだ!」

「封印されている力だと!?……それは何だってんだ?」

「……わからん。だが、古の大戦をおさめたキサマの力はそんなものじゃないはずだ……」

「そうすると、今の俺は、まだ完全じゃなくて、封印された力が残っていることになるのか?」

「そうだ。だから貴様は本当の力を手に入れる義務がある。それが貴様の運命であり宿命なのだ!」

「おれの宿命……お、教えろ、般若! どうすればその力を手に入れることができるんだ!?」

「いいだろう、貴様には知る権利がある。今がその時なのだからな……あれは、十年ほど前になるか……」

般若は、もういちど自分の記憶をインガに込め、タケルの脳内に送った。



……………………

(ふたたび般若の記憶)

キトラが禁断の地に訪れる数年前。

要石を守る鏑一族の私は、修行に明け暮れていた。

ところが、その要石に異変が起きたのだ。

要石に封印されていた、古のタケルと萌の精神。だが、それとは別の精神も封印されていたのだ。

その精神はまだ赤子だった。

おそらく、古のタケルと萌が、おのれの精神を封印する際、一緒に連れてきた赤子なのだろう。

しかし、その赤子は何の拍子か封印が解けてしまったのだ。

生まれつきに強大なインガを持った赤子。

その赤子は、本能で親の封印を解こうとすると、要石に異変が起きた。

要石に封印されていた別の邪悪な存在までも蘇りそうになったのだ。

危険を感じた長老は、私にその赤子を外界で面倒を見る使命を与えた。

禁断の地を離れた私は、長老の薦めである王に相談することにした。

それが、レジオヌールの王であった。

子供ができず妻に先立たれた王は、自分の息子のように可愛がって育てた。

しかし、皮肉にも、私の返る場所は失われた。鏑一族は全滅したのだった。

数年後に訪れた、キトラの暴走を食い止めるために……

……………………



「どうだ? これで思い出しただろう、オボロギタケル」

「そ、そんな……シャルルが俺の子供だったなんて……」

「全て事実だ。受け止めろ! そして、どうかシャルル様をお守りしてやってくれ! これがおまえにする、最初で最後の頼みだッ!!」

「……わ、わかったぜ、般若! おまえの願いは俺が必ず守る!」

「それを聞いて安心したぞ……では、さらばだタケル!」

(思えば貴様とミブキの森で最初に会った時、私の直感は間違っていなかったようだ……

この男は、いずれ世界の中心になる男だと……オボロギタケル……貴様はたいした男だ……)

「は、般若――ッ! 生きて帰ってこいよー! てめぇとはまだ決着がついていねぇんだからなーッ!」

タケルの叫びは、虚しく響き渡った。

「ふふ、決着か……貴様が真の力に目覚めたら、私など到底敵わないだろうな……さらばだ、タケル……」



 そしてこちらは、ヤマトの烏丸神。

「シトヴァイエンが特攻をかけてきたか……おもしろい、受けて立とうではないか!」

(ふふ……いつも冷静な私としたことが、一体どうしたというのだ?

シトヴァイエンの特攻など、かわせばよいものを、むきになってそれに張り合うなどと……

これも全部タケルさんのせいですかね……あの男のように、真っ直ぐに生きてみたい……

そう思わせてしまう程の魅力を、あの人は持っている……)


「烏丸―! 聞こえるか!? 光明を避けさせろ! まだ間に合うはずだ!」

「タケルめ! シャルル様をお守りしろといったはずだ!」

「うるせぇ般若! てめぇだけ、いい格好させねぇぜ! うおおッ!」

シトヴァイエンの前に立つヤマトタケル。その体から、インガの光が広がってゆく。

「何をしているタケル! そこをどけ!」

「だから! いい格好させねぇって言ってんだろーッ!!」

パアァ……ッ!

ヤマトタケルから発せられたインガのバリアーは、シトヴァイエン全体を覆った。

「やめろタケル! キサマは私の終幕を愚弄するつもりか!?」

「バカヤロウ! もうこれ以上、俺のダチは見殺しにさせねぇッ!」

「タケル……」

タケルの叫びが、般若の心に響いた。


 ドバババッ!

光明を指揮する烏丸の攻撃、バオームの朱雀の攻撃、犬神のヤブサメの攻撃。

その凄まじい猛火を、ヤマトタケルのバリヤーが防ぐ。

しかし、雨のように降り注ぐ光明の火弾が、バリヤーを削り取っていく。

そして、バリヤーのスキを縫って、シトヴァイエンは傷口を広げていく。

「だ、だめだ。タケル! やはりこのまま特攻を……」

「うるせぇ! とにかく光明をやり過ごすんだッ!」

光明の正面から軌道を変え、横に並んだシトヴァイエン。

「もう少しもってくれ! 俺のインガよ! うおおおッ!」

「タケル……」

「全開だオラァッ!!!」

ブオオオァ!

タケルはインガの力を全開して、シトヴァイエンを守った。

そして、なんとか光明とすれ違うことが出来た。しかし!

ドボォン!

やり過ごしたシトヴァイエンの背後から、メインエンジンに直撃を受けた。犬神のヤブサメであった。

「どうだ! やはり最後に笑うのは俺だ! 俺が一番の戦果を出したのだ!」

「おいおい、戦果も何も誰も認めてくれんぜよ、おんしゃの帰る国はないんじゃろ?」

「う、うるさい! 俺が……俺が一番なんだぁ!」

犬神は、シトヴァイエンに飛び移った。

「爆発寸前のシトヴァイエンに飛び移るとは……よくやるぜよ、犬神!」


 そこには、インガのバリヤーを使い果たしたヤマトタケルが疲れきって倒れていた。

「ふふ、無様だな! タケル!」

「てめぇ、犬神!」

バキィン!

犬神は、反撃できないシトヴァイエンを、躊躇なく攻撃する。

「や、やめろ犬神!」

「バカめ! こんなボロボロの戦武艦を守るために力を使い果たしおって!」

「ち!……おまえの目的は俺のはずだ! やるなら俺をやれ!」

「ふはは! まずはシトヴァイエンを落として手柄を手に入れる! 手柄だ! 手柄が先だぁぁ!」

「くっ! 犬神のヤロウ、狂ってやがる!」


 実際、犬神の精神は崩壊寸前だったのかもしれない。

もともと、さほどインガの力のない犬神が、慣れない武神機で実力以上の力を出し、タケルと同等の勝負をした。それに加えて、手柄を立てることだけに執着した結果、精神は黒い大渦に取り込まれてしまったのだ。

犬神の体からは、黒い影が立ちのぼっていた。


「くはぁっ! くはぁっ!……手柄を……手柄を!……うおおお!」

一心不乱に取り乱し、犬神のヤブサメは、シトヴァイエンを破壊していった。

「それ以上はやめるんだ! おめぇも黒い大渦に取り込まれちまうぞ!」

「かまうものか! それで出世できるなら何でもやる! それを邪魔する奴は殺す! 死ねい、タケル!」

バッキィン!

「うぐおッ!」

シトヴァイエンから落ちそうになるヤマトタケル。なんとか翼の端を掴み、宙吊りの状態になってしまった。

「いい眺めだな、タケル……」

「これがてめぇの手柄だってのか? それでおまえは出世してどうなる? 偉くなってどうなるんだ!」

「やかましい! 俺は幼い頃から、出世することだけを考えてきた男だ! その先は偉くなってから考えればいいのだ!」

「バカヤロウ! それじゃあ何も意味がないぜ! 残るのは虚しさだけだ!」

「……それがどうした……」

「な、なんだと?」

「もし、出世の先に何もなくても、俺はかまわん……出世のために命を賭ける事が出来ればそれでいい!  その瞬間こそが生きている証なんだ! それのどこが悪いのだ! タケル!」

「く……!」


 犬神の執拗なる執念。

幼き頃からのその思いは、生活を取り込み、やがて己自身をも取り込んでいった。

犬神にとっては、出世したことの見返りより、出世することの達成感が大事だったのである。

歪んだ思想ではあるが、その生き方は男としては間違っていなかった。

欲に目がくらみ、私利私欲のための出世とは違うのを、タケルは感じ取った。

それは、タケルが、自分の意思を貫き通した男達を、幾人も見てきたからであった。

天狗しかり、アマテラスしかり、そして般若しかり。

不器用な男達の、哀れで滑稽な生き様。

しかし、それは、他のどんな男達よりも輝いて見えたのだった。


「わかったぜ犬神、てめぇの生き様ってヤツを。だがな、俺はそれを断ち切るぜ!」

「やってもらおうかタケル! やれるものならな……えやああっ!」

「だああッ!」

ブォン! ブォン! ガギャン! ドガッ!

しかし、インガの力を使い果たしたタケルは、犬神に押されていた。


 その様子を傍観する朱雀と烏丸神。

「まさか、このままタケルさんがやられてしまうことなど……」

「あれだけの集中攻撃を防いだんじゃ、タケルにはもう、インガは残っとりゃせんじゃろう」

「それでは、あの犬神に、むざむざタケルさんが倒されるのを黙って見ていろというのか?」

「そうなったらそれまでじゃ……今のタケルは弱っている。だから、弱いタケルを倒しても、ワシには何の意味もないぜよ……」

「たしかにそうだが……しかし」

タケルの窮地の前に、朱雀は腕組みしながら黙って見守るだけであった。

(ここで終わるような男じゃないじゃろ、おんしゃは……

きっと、どんなピンチでも乗り越えてくるぜよ。そういう男じゃ、おんしゃは……)


「くっそぉ! ぜいぜい!……どうやらインガの力を使い果たしちまったぜ! このままじゃ……ぐわっ!」

「ふははッ! どうしたタケル! いつもの生意気なセリフはどうした!?」

「ち!……この距離じゃあ、紅薔薇にも助けを呼べない……どうする……」

その時、タケルの頭の中に、何者かの声が聞こえた。

(タケル……私の話を聞け……)

「なんだ? 誰だ!」

(黙って聞くのだ……私は般若だ……シトヴァイエンのブリッジで気絶していたようだが、今はおまえの近くにいる。気づかれないよう、上を見るんだ……)

その声の言う通り、上を見るとそこには傷だらけの般若がいた。

「大丈夫なのか?」

(声を出すなタケル。いいか良く聞け。今から私はキサマにある技を伝授する……

いや、技の封印を解放すると言った方が正しいだろう……これは、私の最強の技だ……)

「……」

(それにはキサマにもっと近づかないといけない。だから、出来るだけ動かずに、攻撃に耐えてくれ)

「ち! 無茶言いやがる!」

「ん? どうしたタケル、ついに独り言か。いよいよ終わりだな!」

「うるせぇ犬神! そんな攻撃じゃ、ちっとも効かないぜ。もっと全力で打ってこいよ……へへ……」

タケルは、犬神が般若に気づかぬよう、気をひこうとした。

「いいだろう、オボロギタケル! キサマが私をバカにするのはこれが最後になるだろう!」

ズドド! ドギャッ! バゴォン!

犬神の猛攻。それは、犬神の人生の中で、一番充実した時間であった。

「うおほほぉ! 私は今! 張り裂けんばかりに充実しているッ! これだ! 私の求めていたものだ!」

「こ、これが、てめぇの求めていたものだと……?」

「そうだ! これこそが私の人生の最高潮! そこに到達したと感じたッ!」

「これが……こんなのが最高であってたまるかよ!」

「だまれ! 私はキサマではない! 私は私だ!」

「なにをワケわからねぇことグチャグチャと……」

ピキーン。

その時、タケルの中で、錠前が解除されるような感覚を受けた。

「これか! これが封印の解放だな、般若!」

だが般若からは返事がない。どうやら力尽きて倒れてしまったようだ。

「般若! しかと受け取ったぜ! うおおッ!」

ゆらりと立ち上がるヤマトタケル。そこには強大なインガが溢れていた。

「なんだ?……この殺気……まさかタケル!」

「か、体が勝手に動きだしやがる! これが最強の技だってのか!?」

ズズズ……ガパッ!

すると、ヤマトタケルの両肩が開き、中からニ本の腕が現れた。

そして、背中に手にした武神刀が光り、4つの刀を抜いた。

四刀流になったヤマトタケル。その姿はまさに鬼神のようだった。

「ヤマトタケルが変わりやがった……般若の意思に応じたとでもいうのか……」

「そんな子供だましが通用すると思うか……ふざけるなッ! けやッ!」

ガギャン! ギャン! ギャン! ギャリン!

四本の武神刀を持ったタケルと斬りあう犬神。

以前よりは攻撃力が増したヤマトタケルだが、ヤブサメにはそれが通じなかった。

「ふはは! やはり思った通り! 刀を四本持てば四倍強くなると思っているのか!」

ゆらり……

「ん? 目の錯覚か……今……」

ガギャン! ギャギャド! ギャガリン!

「うくっ!……なんだ? いま、ヤマトタケルのパワーが上がったような……」

犬神は目をこすった。すると、ヤマトタケルがボンヤリとにじんだように見えた。

「俺の目はどうしたというのだ!? まるでヤマトタケルが四体に見え……はっ!」

「そうだ犬神! これが俺の封印していた技! 武神乱絶斬!」

「ば……バカなッ!?」

「般若から受け取った技と、ザクロが作ったこの四本の武神刀が、いまひとつの力になる!」

「くらえッ!」

ガギャギャギャギャン! ドギャギャギャギャリン!

四本の武神刀を持った四体の武神機による同時攻撃。

その凄まじい乱れ斬りに、犬神の武神機は無残に切り刻まれていった。

しかも、ザクロの作った四本の武神刀には、それぞれ違う属性が搭載されていたのだった。

すなわち、炎、冷気、雷、闇。

その四つの属性と四つの同時攻撃に、犬神は攻撃を防ぐ術はなかった。

「うわあああーッ!」

ズババッ!……ドズゥン……

両足と右腕を斬られ、その場に倒れたヤブサメ。完全に勝負ありだ。

「くそッ! またしてもタケルに負けたというのか!?……い、いや、まだ……まだだぁ!」

ヤブサメは飛び上がり、背中に背負った武器を使った。

「よせ犬神! もう勝負はついたんだ! これ以上の戦いは意味がねぇ!」

「うるさい! 私にはまだ貴様に勝つ方法が残されているのだ! くらえッ!」

「くっ!」

犬神の、最後の力を振り絞っての攻撃。だが、タケルはそれを避けようとしない。

何故かタケルは、この土壇場にきて、犬神を倒すのに躊躇してしまった。

ヤブサメの繰出す武神刀が、ヤマトタケルを貫こうとするその瞬間。

ズドッ!……

「うぐッ……て、てめぇ……」

「ふふふ……これで終わりだな……タケ……ル……」

ドザァン!

横たわるように倒れた機体。それは犬神のヤブサメであった。

なんと、犬神は、自らヤマトタケルの武神刀にその身を貫いたのだった。

「ど、どうしてだ? 犬神ッ!」

「こ、これでいい……やはり最後はキサマに倒されるべきなのだ……」

「バカヤロウ! こんなくだらねぇ死に方するなんて、てめぇらしくねぇぜ!」

「私は狡猾だからこそ、この死を選んだのだ……最後は自らの手で死を選び、これ以上ない絶頂を迎える事が出来た……これで私の勝ちだな! タケル! ふはは!」

「か、勝ちだと……?」

「そうだ! 考えてみろ。私はキサマよりも充実した人生を送れたのだ! これを勝ちとして何を勝ちとする!? これで私は、永遠にキサマに負けることはないのだ! ふははは! うぐっ!……」

ボオォーン……!

「い、犬神ーッ!」

ヤブサメの機体が爆発し、コクピットは炎に包まれた。

その時、タケルは見た。崩れゆく武神機の中で、万遍の笑みに包まれている犬神の顔を。

「い……ぬがみ……」


 この瞬間、犬神という男の生き様が、間違いなくタケルの心に刻み込まれたのだ。

それは、価値観という言葉だけでは例えようもない、人間の本質であった。

勝ちとは何か? 負けとは何か?

それらの言葉の意味が、全く無意味になるほどの虚しさを、タケルは痛感したのだった。



「ふう……ここは引きましょうか、朱雀」

「そうじゃな、この場にはもう戦いは似合わんぜよ」

「おやおや、やけに素直ですね?」

「けっ! あのキザな男を称える度量ぐらい、ワシにもあるぜよ!」

戦武艦光明は、その場から後退していった。

そして、朱雀のバオームもどこかへと姿を消した。


 シトヴァイエンはなんとか不時着する事ができた。

「なんとか助かったようだね……まったく、タケルったら無茶して……ま、今に始まったことじゃないけど」

紅薔薇は、タケルの側へと向かった。タケルは武神機から降りた。

アマテラスとサンドサーペント号からの消化活動で、シトヴァイエンの全壊はなんとか免れた。

地面をえぐるようにして機首をめり込ませているシトヴァイエン。

その横には、無残な残骸になった犬神の武神機があった。

タケルはそれをずっと見詰めていた。

「タケル……」

「……なぁ、紅薔薇……絶対に負けないことが、勝ったことになるのかな?……」

「さぁ、それは私にもわからないよ。それがわかるのは……」

紅薔薇は一瞬言葉を止め、ヤブサメの残骸を見た。

「そう言えるのは、あの男だけなのかもしれないね……」

一時とは言え、犬神に特別な感情を抱いていた紅薔薇。その目は哀しみに潤んでいた。

「あんなヤロウでも、やっぱサムライだったんだな……」

「ああ、そうだね……」

「おめぇのことは忘れねぇぜ、犬神……」


 ひとりの男の死が、戦いを中断させたという事実。

タケルは、この戦いを止めさせる術が、他にもあるのではないかと考えた。

そして、犬神の死に際の笑顔が、ずっと目に焼きついて離れないのだった。

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