第32話 萌の大脱出


人は運という概念で物事を捉える

悪い事が起きたらそれは悪運

しかし本当の己を戒められたら

それも運でなくなるかもしれない



 第三十二話  『萌の大脱出』



 地球人の生き残りであるサクシオンと和解したタケル。

サクシオンは、撫子に最後の手段であるインガ封じの術を施した。

しかしその犠牲はあまりにも大きかった。

その後、インガ封じの術をかけられた撫子は、地球占領計画を着々と進行させていた。

そのハズだったが。


そろ~り……そろ~り……

「萌ちゃんどこへ行くの!」

「びくっ! あ、あのその、と、トイレに……」

「トイレはさっき行ったでしょ! もう、ちゃんとやってくれないと困るわ!」

「あの~それはわかっているつもりなんですけど、どうにもここは苦手な雰囲気で……」

萌はそういってまわりを見回した。

会議室では数十人の部下たちが、萌の顔をジッと見詰め、次なる作戦の指揮を待っていた。

「あ、あ、あ……あの~、やっぱ戦いなんてやめません? ダメかな?」

シ~ン……

萌が首をかしげて部下に問いかける。そのあどけない顔を見て、赤面する部下達。

次なる作戦を決めるこの場には、、緊張した雰囲気は一切皆無であった。

「もう! ダメに決まってるでしょ!……ふぅ、仕方ないわね。とりあえず休憩にしましょう」

鉄円はため息まじりで、ひとまずこの場を解散させた。

「すいません、円さん。私、何も役にたたなくて……」

それもそのはずだ。

萌と融合し、その体を支配した撫子の精神。

だが、インガ封じの術の後遺症で、一定の間隔で萌に入れ変わってしまうのだった。


「なんとかならないもんですかねぇ……」

烏丸神は、腕組みしながら壁に寄りかかり、終始あきれ顔だった。

「あの、とりあえずタケルのところに帰してください。そうすればタケルがなんとかしてくれると思います」

「あのねぇ、萌ちゃん。あなた自分の立場がわかってる? あなたは仮にもこのヤマトの総指導者であるのよ。それを、はいそうですかって帰す訳ないでしょ」

「でも~……」

萌は困惑した表情をした。

「そんな顔してもダメよ。もう、困っているのは私のほうだわ」

「ごめんなさい、円さん」

「あなたにそんな顔されると怒る気も失せるわ。でもね、あなたをタケルのところには帰せないわ」

「しかし、タケルさんとあなたの間には深い絆がありますから、何か解決の糸口になるかもしれませんね」

「ちょっと、烏丸、何をいうの?」

「えぇ!? そ、そんな深い絆だなんて……あいつとはただの幼馴染で……あの、その……」

萌はモジモジしながらテレ隠しをしていた。

「烏丸、それ本気なの? それじゃぁ撫子様をみすみす敵に渡すようなものよ?」

烏丸神は不適に笑った。

「ようするに、タケルさんと会わせれば良い訳ですよね?」

「ん、まぁ、そうだけど……」

「だったら何も萌さんから行くことはない。タケルさんの方から来てもらえばいいだけの話ですから」

「そうか。タケルは萌ちゃんの事だったら、すぐに飛んで駆けつけにくるからね」

「そ! そんなことないです! だってあいつったらバカでいいかげんで……あの、その……」

萌はさらに赤面してモジモジと照れた。

「もう! くやしいわねぇ、萌ちゃんはずっと私のお人形さんでいて欲しかったのに!」

「あ、でも、円さんの作ったお洋服って着てみたいです」

「あ~ら、ホント? デザイン画は完成しているから、実際に縫ってみるわね!」

「はい、楽しみです」

「私も楽しみよ~、ルンルン♪」

円は、嬉しくなって踊りだした。

「ゴホン……少々話がズレているようですけど……」

烏丸が咳払いをひとつする。

「あ、ゴ、ゴメンなさい、私ったらつい……」

「しかし、これ以上策がない以上、タケルさんにコンタクトを取ってみるのも止む終えないでしょうね」

「で、どうやってタケルをおびき寄せるの?」

「それはですねぇ、ゴニョゴニョ……」

烏丸神は、円の耳に内緒話した。

「ふんふん、なるほど」

「それで、こうです。ゴニョニョ……」

「なるほど、その作戦ならいけるかも!」

「フッ、私の完璧な作戦に落ち度はありませんから」

烏丸神は、得意げになって髪をかきわけた。

「……あれ? 萌ちゃんがいないわ! またあの娘ぬけだして! 早く探さなきゃ!」

円はあわてて萌を探しに部屋を飛び出していった。

「やれやれ……あの方がこのヤマトの指導者なのかと思うと、先が思いやられるな……」

烏丸神の苦悩は続くようだ。



 場面変わって、ここはタケルたちの乗る戦武艦、『アマテラス』。

「どうだ、気がついたか、マリュー」

「あ、ここは……」

タケルの子孫であるマリューは、撫子に対してインガ封じの術を放とうとした。

だが、同胞のサクシオンである、ラバス、ルポシエに、それを阻まれ意識を失ってしまったのだった。

「心配するな、ここは俺たちの船だ。今はこのばっちゃんの意見で、とりあえず安全な場所へ移動している」

ベッドで寝ているマリューの横には、サクシオンの長であるオババ様が、心配そうな顔をしていた。

「オババ様……ごめんなさい……」

「いいのじゃ、マリューよ」

「ラバスとルポシエ、それにメセルも……みんなやられてしまった……」

「知っていたのかマリュー?」

「うん、意識は無くなってたけど、ラバスとルポシエのインガが完全に消えたのはわかっていたから……」

「ふむ。だがまぁ、おぬしが生きのびただけでも幸運じゃったろう……あの撫子という女のインガは、おぬしらの力をとうに超えておったからの……全滅しなかっただけマシじゃ」

オババ様は、マリューの手を握って励ました。

「ごめんなさい!……私は何の役にも立てなかった……誇り高きサクシオンの名を汚してしまった……!」

マリューは震える声で涙を堪えながら、毛布で顔を隠した。

そんなマリューの姿を痛ましく思うオババ。

「ワシがそなたらを厳しく育てすぎたからじゃ……仲間を見殺しにしてまで、童魔退治を優先させたワシが悪かったのじゃ……すまんの、マリュー……」

「そんな、オババ様は悪くないよ!」

「いや、タケル様の戦いを見て、仲間の素晴らしさを知ったよ。それにもっと早く気付いていれば、サクシオンも変わっていたじゃろう……」

「ちがうわ! 悪いのはわたし!……わたしなの!」

そこに紅薔薇が、そっと近寄った。

「あんたのせいじゃないよ……悪いのはヤマトの連中、そして撫子さ……あいつとはあたしは姉妹なんだ。刺し違えてもあいつはあたしが倒す!」

紅薔薇は自らの境遇を、隠すことなく皆に話した。

「撫子の体に萌の精神が入り込んだのは、俺の責任でもあるんだ……!」

タケルはうつむいて拳をグッと握った。

「そうでしたか……皆それぞれの因縁を背負っておるのですな……まさに因果じゃな……」

皆は静まり返ってしまった。


「ところでオババ様、これからどこへ行こうってんだ?」

タケルが口を開いた。

「まずはヤマトの軍から離れるのが先決ですじゃ」

「そうだな、それが先決だ」

「聞くところによると、ヤマトの世界とはこの地球より遥かに狭い世界。だったら、ここら辺の入り組んだ地形を利用すれば、不慣れなやつらを撒くこともできますじゃ」

「なるほどな、それでいこう。それより、先に聞いておきたいことがあるんだが……」

タケルはオババの顔を真剣な目つきでジッと見詰めた。

「この地球の有様ですな? この地球を黒い大渦から守って頂いたタケル様には申し訳ない話なんじゃが……」

オババは、申し訳なさそうに口を開いた。

「言ってくれ。俺はどうして地球がこんなになっちまったのかを知りてぇんだ!」

オババは、少し考えたあと話し出した。

「あの古の大戦後、人々の心は荒み、誰もが人を信用しなくなったのですじゃ。そして愚かな人間が開発した破壊兵器、『灰色の太陽』を使ったのですじゃ」

「灰色の太陽……だと?」

「そうですじゃ。そして大地は死の灰に覆われ、大勢の人間が死んでいったのですじゃ……」

「なんてこった……」

「灰色の太陽とは、核爆弾のような破壊力はないが、発せられる光に当たることで、灰色に硬化してしまうんじゃ……そして、死の灰は、いつまでも人を蝕む毒として蔓延り、そこには人が住めなくなってしまったのですじゃ……」

シーン……

皆はその恐ろしい光景が頭に浮かび息を飲んだ。

「そ、そんな! せっかく守った地球を、人間自らの手で破壊してしまうなんて……!」

ザクロはどうしようもない虚しさをあらわにした。

「このマリューをはじめ、生き残った誇り高きサクシオンは地球復興に向け、いつかは復活するであろうオボロギタケル様を待ち続けておったのですじゃ」

「そ、そうだったのか……いやぁ~それじゃあ俺ってかなり期待されてたんだなぁ~。それがこんな男だと知ったらそりゃガッカリするよなぁ……ごめんなマリュー?」

タケルはベッドで寝ているマリューの顔を覗き込んだ。

「ふ、ふん、そうでもないよ……」

マリューは、また毛布をかぶって顔を隠してしまった。

「ありゃ、やっぱ嫌われちまったのかなぁ、俺って?」

「ほっほ! そうでもござらんぞタケル様。この子は照れておるのですじゃ」

「もう! オババ様ったら余計な事言わないで!」

暗く沈んでいたタケル達であったが、それも少しだけ晴れた雰囲気になったようだ。



 そして、ここはふたたびヤマトの戦武艦、『光明』。

とある暗い部屋で、神妙な顔つきをしながら、酒を浴びるように飲んでいる男がひとりいた。

それは、数々の任務で失敗を重ねた犬神善十朗であった。

以前は、ヤマトの攻撃部隊隊長であった彼も、今ではその功績の影もなく落ちぶれていた。

無精ヒゲを生やし、髪もくしゃくしゃに乱れていることからも、その落胆ぶりがうかがえる。

「くそっ! なんというザマだ……家柄の低い私が、死にもの狂いで隊長まで出世したというのに! それなのに、あのタケルのせいで、俺はその全てを失ってしまった!」

ガシャン!

犬神は、酒の入ったとっくりを壁に向かって叩き付けた。

「どうしたら!……どうしたらタケルの奴を見返してやれるのだ? 俺はもっと上の人間になれる器を持っているのだ! こんなところでくすぶっている身ではないのだッ!」

ドガッ! ドガッ! ドガシッ! ガシャン!

「くっそおぉ! くそっ! くそっ! くそやろうーッ!!」

犬神は八つ当たりで壁を蹴り、辺りの物を壊し始めた。

「はぁ!……はぁ!……くっそおぉ! 俺はどんな事をしてでも這い上がってやるぞぉ!」


 今の犬神には、以前のようなキザなプライドなどなかった。

もう周りを気にしている余裕などもない。

どんなに無様な姿を晒そうとも、犬神は己の欲望の為に必死でもがいていた。

ある意味、すさまじいまでの執念を持った男だといえよう。

その執念は賞賛に値するほどだが、いかんせんこの男、感情の向け先が捻くれているのだ。

幼き頃から貧乏を呪い、出世のために頭を下げ唇を噛み締め続けて生きてきた成れの果てかもしれない。


 その時、犬神の目にある人物が映った。

「ん? あの娘は……」

そこには、部屋の外をこそこそと歩いている萌の姿が見えたのだった。

「そういえば、兵たちが噂していたな……撫子様が別の女の姿に変わってしまう病気になってしまったとか。ふん、これでヤマトはもうお仕舞いだな。様子を見計らってどこかへ鞍替えするのが得策か……」

犬神はゴロンと床に寝転んだ。

そこに部屋の外から、兵たちの話し声が聞こえてきた。


「いたか?」

「いや、見つからない。一体どこへいったのやら……」

「とにかく急いで見つけるんだ。あの娘は餓狼乱のタケルのところへ逃げるつもりらしいからな」

「なんでだよ?」

「さぁ、詳しく知らないが、タケルにとって大事な女らしいぞ」

「そうか、じゃぁ一刻も早く探さないと、また円様にどやされてしまうな」

「ああ、そうだな、円様は怒ると怖いからな。急いで探そう!」

兵士たちは慌ててその場を走り去った。


 ニンマ~。

犬神の口元が、悪魔のように大きく吊り上がった。

「これだ! このチャンスを逃す手はない! 見てろよタケル……ふははははッ!」

妖しげな笑いを浮かべる犬神。はたして、何を思いついたのだろうか?


萌はまだ船内で迷っていた。

「ここ、どこなんだろ? もうこの船って広すぎだよぉ……はぁ、つかれた……」

萌は、迷路のように複雑な船内で、迷子になって途方にくれていた。

そして、薄暗い通路の脇でぺたんと腰を下ろし、小さく縮こまって座った。

(もう、なんでこんな事になっちゃったんだろ……

円さんは私の体は撫子だっていうし、いったいどうなっているの?

はぁ、早く助けに来てよ、タケル……ぐすん)

そこにいる少女は、ヤマトの統治者の撫子ではなく、ひとりの寂しげな少女であった。

「ここにいましたか」

ふいに優しい男の声が聞こえたので、萌は顔をパッとあげた。

「……だ、誰ですか、あなたは? 私を捕まえようとしているんでしょ!?」

「そんなに警戒しないで下さい。私はあなたの味方ですから」

「……みかた? ほんとに?」

「本当です。この私の目を見て下さい」

犬神は、嬉しさのあまり垂れ下がった目を見開いた。

「う~ん、暗くてよくわからないけど……だったら、味方だったら私をタケルのところへ連れてって!」

「もちろんそのつもりですよ」

「えっ、ホント? ひょっとしてタケルと知り合いなの?」

「そ、そうです! 私とタケルさんはとても仲が良かったのですよ! もうマブダチです、ははっ!」

「……ふ~ん……」

萌は犬神のことを少し警戒した。まずいと思った犬神は、必死に萌を説得した。

「し、信じてください。私はタケルさんを尊敬すらしていたのです。それにあなたがタケルさんの大事な人だと知ってたから、こうして助けにきたのですよ。このままあなたを放ってはおけないのです」

「そうなんだ。じゃあ、私とタケルが婚約者で、ラブラブだってことも知っているのね?」

「え? えぇ、そ、それはもうラブラブチュッチュッてくらい仲がいいと、タケルさんは話していましたよ。いやぁ、聞いてるこっちが恥ずかしくなりますよねぇ。あはは!」

「……やっぱり、ウソだったのね!」

「なに!?」

犬神はギクリとした。

「あの照れ屋で天邪鬼のタケルが、そんなこと絶対に言うわけないわ!」

「……キサマ、なかなか頭の切れる小娘だな……わたしにカマをかけるなどとは、こざかしいマネを!」

犬神の顔つきは、さきほどの優しい顔から、鬼のような形相へと変わっていった。

ダッ!

萌はとっさに逃げようと走った。

「逃がさん!」

ガシッ!

「うう・・!」

両腕を捕まえられた萌は、その場で縛られ口には猿轡をかまされた。

「まったく、タケルのまわりのヤツラは、どいつもこいつも私をバカにしやがって! だが、これでタケルを倒せるツキはまだ私にあるのだ! ふははははッ!」

はたして犬神は、萌をどうするつもりなのだろうか?


 場面変わって、ここはヤマトの光明のブリッジ。

「大変です! 新型の武神機が、命令もなく発進しようとしています!」

撫子の代わりに指揮をとっている烏丸神のもとに通信が入った。

「なに!? 『流鏑馬(やぶさめ)』はまだ試作段階だぞ? 誰が乗っているんだ!」

「わかりません! 強引にハッチをこじあけています!……うわぁッ!!」

「おい、どうしたのだ? おい!」

「ダメです! 格納庫は通信不能です!」

「ジャミング波を流し、こちらでコントロールデバイスを操作できないのか?」

「はぁ、なにゆえ試作型なので、そこまでの遠隔操作は干渉できません……ですが、完成度はかなり高い武神機だと、開発部から聞いています」

「だったら尚更悪い! それをみすみす盗まれたというのか!」

「もっ、申し訳ありませんッ!」

「……しかし、変ね。どうして武神機を勝手に動かせたのかしら? 整備兵は一体何をしていたの!」

「あっ、カタパルトから発進した模様です!」

「映像うつせ!」

そこに映った映像を見て、烏丸と円は驚いた。

「これはこれは、みなさんお揃いでどうかしましたか?」

「貴様は犬神ッ!

「烏丸様、御機嫌うるわしゅうございます」

「くだらん挨拶などよい! 一体どういうつもりで無断で出撃した? 答えようによっては容赦せんぞ!」

「出撃? 烏丸様、何をおっしゃっているのか意味がわかりませんねぇ」

「なんだと!?」

「私は出撃したつもりはありませんよ。だってこちらには戻る必要がないのですからね。見切りをつけたとでも申しましょうか? ふふふ」

「どうやってそれに乗り込んだ? 今のおまえの地位では、部下に命令も出来ないはずだ」

「ふふ、私が美形に生まれてしまったのが幸いしまして、女性をくどくことに関してはそれなりの自信があるのですよ」

「……それがどうしたと言うのだ? 整備兵に女性はいないぞ」

「だから、ふふ、烏丸様もニブイお方だ。女性だけが私に心を許す訳ではないのですよ」

「???……言っている意味がサッパリわからんが……」

烏丸はキョトンとした顔で、首を傾ける。

「春菊、わかるか?」

烏丸神は側にいる部下の春菊に問う。

「……サッパリ不明」

「ふ、不潔だわ!」

しかし、円だけは真っ赤な顔をしていた。

「どうしたのだ、円? 何かわかったのか?」

「し、知らないわ! とにかくどうやって武神機を手に入れたか私にはわかったわ!」

「え、わかったのか?」

顔を覗き込むように尋ねる烏丸。

「もうその話はいいの!」

「そうか……で、では貴様は、ヤマトを裏切った逆賊という事だな? なら仕方ない、『流鏑馬(やぶさめ)』を打ち落とせ!」

しかし、犬神は余裕のある笑みでクスリと笑った。

「おっと、それはよした方がいい。何故なら私には切り札があるのだからな」

「何? どうせくだらんハッタリだ! 貴様を見てると虫唾が走る! 撃て! 撃ち落せ!」

円は操作パネルに手を叩きつけ、部下に叫んだ。

「これを見てもまだそう言えますかね」

犬神はモニター越しに、捕らえられている萌の顔を映した。

「むが! むがが……ぐむー!」

しかし、萌は、猿轡をかまされているので喋ることが出来ない。

「あれは萌ちゃん! キサマ……わかっているのか? そのお方は撫子様本人でもあるんだぞ!」

「全て承知の上ですよ、この女はヤマトにとって大事な撫子様であり、タケルにとっても大事な女でもある……ということは、一度に二人の人質をとったということになりますね、ははは!」

「うぐ!……き、キサマ!」

円は下唇を強く噛んだ。

「ふはは! どうした、撃ってみろ! そのかわり貴様らの大事な撫子様も死ぬことになるがな!」

「卑怯な……!」

「さっきは私を見て虫唾が走ると言ったな? だがそれは私も同じなのだ、烏丸!」

「なんだと!?」

「貴様のように家柄だけで出世した人間に俺の気持ちがわかるか!」

「家柄など関係ない。実力があれば誰でも出世もできる……ヤマトは実力主義国家だ」

「ふ、どうやら烏丸様は現実というのをご存知ないようですな。まるでわかってない」

「聞き捨てならんな……何がわかっていないと言うのだ!」

「建て前では実力主義といいながら、ほとんどが上家の家柄による出世ばかりではないか! 身の回りの上官クラスはほとんどが貴族の出だろう!」

「そ、そんなことはない……実力があるからこその出世なんだ……」


 烏丸神の口調は下がっていった。そこにいる誰もが、犬神の言うことには同じ考えであった。

実際、ヤマトの階級制度は、上家の家柄でなければなかなか上官クラスになれないのが現実。

統治する者と統治される者は、生まれた家柄で階級が決まってしまうのだ。

アマテラスの唱えていた実力主義も、所詮は古いしきたりを破るには至ってはいなかった。

そのことは、鉄円も根深く思っていたことだった。

タブーを声にした犬神の行動は、少なからずヤマトの兵の心に響いたのだった。


「貴様……もし、撫子様が目覚めたら、その時はどうなるかわかっているのか!?」

「目覚める前に殺してしまえばよい。わはは!」

「くっ! そのような事になったら、貴様、ただではおかんぞッ!」

「心配しなくても結構ですよ、烏丸様。私もみすみす人質を殺してしまうほど愚かではない。もっと有効に使うのが人質の正しい活用法だからな」

「うぐ……!」

烏丸神には、どうすることもできなかった。

「最後に教えてやる、俺はキサマなんか大っキライだったんだ! 親の七光りだけで出世しやがって! 糞喰らえだ! さらばだ、わはははは!」

そう吐き捨てると、犬神の搭乗する『流鏑馬(やぶさめ)』は、背中に背負った大型の円盤をスライドさせ、その上に乗ると、超スピードで光明から遠ざかっていった。

「烏丸様! 犬神めを追いますか!?」

「……いや、やつを追い詰めたら、本当に撫子様を殺しかねない……」

「困ったことになったわね、犬神はどこへ行くつもりなのかしら?」

円は腕を組み、親指を厚い唇で軽く噛んだ。

「……ヤマトと餓狼乱の人質をとりつつ、自分を受け入れてくれる場所……」

「そうか、レジオヌールね! 撫子様を人質として持っていけば、犬神自身も守ってくれるハズだわ」

「サクシオンにかけられたインガ封じが、ここまで悪い結果となり尾を引くとは……これもサクシオンの怨念か。だてに古の時代から、地球を守ってきた後継者だけはある」

「感心してる場合じゃないわよ、烏丸! とにかく何か手を打たないと……」

「このまま犬神にやられたままでは、収まりがつきませんからね。こちらもやりかえすしかないでしょう」

「何か作戦があるのかしら?」

「そうですね……こちらも大胆な行動をとってみましょうか。犬神の驚く顔が目に浮かびますよ、うふふ」

烏丸の輝く瞳には、何かとてつもない作戦があるようだった。

円はその目を見て、あらためて戦略家としての烏丸を恐ろしく思った。

(一体どんな作戦を立てようと言うの? この男、やはりさすがだわ。ヤマトを裏で動かす力を持っている)

「ところで、円さん。犬神が女性に好かれる事と、武神機を手に入れた事とどんな関係があるのですか? 整備兵は男だったのですよ?」

「だ、だから! 犬神は女だけじゃなくて、その、男も……」

「ん? 男の整備兵が何で犬神の言うことを聞くのですか?」

「わかりました烏丸様、犬神は男にも女にもモテてたのではないでしょうか?」

春菊がそう言った。

「男にもてる?……意味がわからんぞ」

「も、もう! だからその話はもうおわり! 前言撤回だわ、まったく!」

「……わかりませんねぇ……」

どうやら生真面目な烏丸は、そちらの話に疎いようだった。

それにしても、烏丸の大胆な行動とは如何に?



 そして、海上を猛スピードで疾走するヤブサメ。

「さてと……」

ヤマトを脱出した犬神は、武神機のコクピットでこれからの作戦を立てていた。

「この娘を手土産に、レジオヌールへ行くのが得策だが、一体どこにいるのかが問題だ。実際この地球とやらに来てから、レジオヌールの姿はおろか気配すら感じたことがない……」

タケル達が地球に来た際、それぞれの時間軸が少しズレていたのかもしれない。

それならば、レジオヌールの時間軸もズレていても不思議な事ではない。

ひょっとしたら、まだこの地球に到着していないのかもしれない。

「まさか、この地球にはやって来ていないとでもいうのか? いや、そんなハズは……うっ! なんだ、この強いインガは!」


(……あなたはヤマトの兵ですね……)


犬神の頭の中に何者かのインガが送られてきた。

「なッ、なんだ? 脳を素手で触られているような不快な感覚……頭に直接言葉が響いてくる!?」

(私はレジオヌールの王、シャルルです。あなたのインガを感じ取り、直接話をしています)

「レジオヌールの!? だったら丁度良い。この横にいる女は、ヤマトにとって重要な……」

(わかっています、撫子さんでしょう。あなたは私と取引をしたくて私を捜していましたね?)

「そ、その通りだ、悪くない取引だろう。なにせこいつは、タケルにとっても大事な女……」

(それもわかっています。今からレジオヌールへ先導しますので。話しの続きはそこで)

「わ、わかった。とにかくそちらへ向かう」


 犬神は、頭に届くシャルルの声を頼りにしばらく進んだ。

すると、氷壁に囲まれた場所の奥に、レジオヌールの戦武艦『シトヴァイエン』が見えた。

「こんなところに隠れていたのか、どうりで見つからないワケだ……それにしても、氷壁を利用して要塞化してしまうとは、これではヤマトの戦力でもおいそれと近づけないな」

犬神は、シトヴァイエンのカタパルトに着艦し、暴れる萌を抱きかかえててブリッジへ上がった。

(それにしても、あのシャルルとかいう小僧は只者ではない……全てこちらの考えを見透かしているようだった。用心するに超した事はないな……)


「ようこそ、レジオヌールへ」

広いブリッジの頭上を見上げると、そこには二人の側近をかかえた、シャルルの姿があった。

(くっ……この小僧のインガ! なんて威圧感を持っているのだ!?ゆるやかに発せられているのに力強い。思わず目をそらしてしまうほどだ……こんな小僧がいるとは……それに、前に一度、レジオヌールで見た時とは明らかに容姿が違う……こんな短期間で成長したというのか?)


 確かにシャルルは成長していた。

あの、幼い顔は青年のように引き締まり、身長も伸び、髪形も変わっていた。

何故、短期間で?

それはどうやら、ヤマトから地球にやってきた際、膨大なインガ同士の反発で、時間軸がずれてしまった為だろう。レジオヌール軍は、シャルルの成長度合いから察するに、一年は先に地球に到達したようだ。

いずれにしても、一国の王としての実務を果たした業績が、さらなる成長に繋がっていたのかもしれない。


「貴様か、犬神という男は。ヤマトの撫子を人質にしてきたと聞いたが、どこにいるのだ?」

シャルルの側近である、般若が言った。

「目の前にいる、この女がそうだ」

「むぐー! むぐー!」

「この女が? アマテラス亡き後、ヤマトをまとめ上げた撫子だというのか? どうもそうには見えんが……」

「それはそうだ。この女は、地球人のサクシオンという奴等の術で、一定時間で姿が変わってしまうらしい」

「萌さんですね」

「シャルル様はご存知で?」

「はい。タケルさんと一緒にいた女性です。すぐに縄を解いてやって下さい」

「しかし、万一、暴れ出すとも限りません」

「大丈夫ですよ。萌さんは優しい人ですから」

シャルルはニッコリと笑った。

萌は両腕両足の縄と、猿轡をはずしてもらった。

「ぷはー! シャルルちゃん久しぶりねぇ! ところで、こんな所で何してるの?」

「この女、全く状況を理解しておらんな……それが逆に不思議だ」

般若は首を傾げた。

「ふえ?」

「はは、それが萌さんなのですよ。ところで犬神さん」

「な、なんだ?」

「貴様、シャルル様の御前であるぞ。口を慎め!」

「いいのですよ、般若。まずは確認したいのですが、撫子は禁断の地に眠っていた精神で、萌さんの体に憑依することで体を支配した……そして、地球人であるサクシオンは、撫子さんの精神を押さえ込んだことで、、もとの萌さんに戻った……つまり、こういうことですね?」

「まぁ、そんなとこだ……」

「そのサクシオンという者のインガの術は、力だけではなく特殊な能力もあるということです」

「なるほど、さすがはシャルル様。サクシオンとかいう奴等も要注意ですな」


 犬神は、シャルルと般若の会話からこう感じた。

(こいつらの読みはなかなか鋭いな……こういう奴等には対等以上の条件を出すのは危険だ。

ならば、下手な行動は慎んだ方が得策か……媚びへつらってでも信用してもらうしかない……)

今まで口先ひとつで成り上がってきた犬神は、相手にとりいる術に長けていた。

プライドも全て捨てた、犬神ならではの人生処世術であった。


「シャルル様! 私はあなたのような素晴らしい王のもとで働きたいのです! 是非お願いします!」

犬神は、突然シャルルの前で土下座して頼み込んで見せた。

それを顔色ひとつ変えずに、見下ろしているシャルル。

沈黙の時間が流れる。

(……くっ、いつまでこの俺にこんな無様な姿をさせるつもりだ? まさか俺の考えに気付いているのか?)

犬神の額から冷や汗が床にポタリと落ちる。犬神は堪えきれなくなって顔をそっと上げた。

「いいでしょう。あなたを正式にレジオヌール軍として受け入れましょう。誰かこの者に軍服と部屋の用意を」

「あ、ありがたき幸せ! 必ずやレジジオヌールの為に、この身をささげましょう!」

犬神は、シャルルに深々と頭を下げて礼を言うと、くるりと背を向けて部屋を出た。

(くっくっく! バカめ、やはりただのガキだぜ! この俺の野心を見抜けなかったようだな。ふはは!)

犬神の顔は悪魔のように歪んで笑っていた。


「よろしいのでしょうか、シャルル様? あのような野心に満ちた者を……」

「確かに悪意に満ちたインガを感じました。ですが、あそこまで野心を燃やす人間は、一皮向ければ必ず強くなるものです。だから、あえてそれに賭けてみることにしました」

「そうですか……シャルル様がそうおっしゃるならば従います。それにしても似ていますな、あの男と……」

「朱雀ですか……あの人の執念のインガも凄まじいですからね。ふたりが揃ったらどうなることやら……」

「必ずや大きな力になるでしょう。ですがそれは、手綱をしっかりコントロールできた場合です。その役目、この般若にお任せ下さい」

「たのみましたよ。この先の戦いは、必ず強大なインガ同士のぶつかり合いとなるのですからね」

あえて火中の栗を拾ったシャルル。その表情はどこか自信に溢れているようであった。


「あの~? シャルルちゃん、お話の途中わるいんだけど……」

「ああ、萌さん。気がつかなくて、すいません」

「それにしてもこの女、一定時間で撫子に戻ってしまうそうですが」

「それは大丈夫です。ボクのインガで抑え付けてますから、このまま撫子さんにもどることはないでしょう」

「さすがはシャルル様のインガですな。これで我がレジオヌール軍は有利に事が進みます」

「いや、まだそうとは思えません。今のヤマトを指揮している者は、撫子さんだけではないのですから」

「と、言いますと、他にも誰かが?」

「強力なインガと知識を得た人間によって、ヤマトの基盤をコントロールしている者がいます。その者が、もし唯一残された作戦をとってきたなら、この人質も無意味に終わるでしょう」

「人質が無意味になる作戦……それは一体?」

「それが起きない事を祈りましょう。ですが、とりあえず我が軍が有利な事には間違いありません。ここは攻めに出る局面です。全軍に継ぐ! 第一次攻撃態勢をとり、速やかにヤマトの軍への攻撃準備をせよ!」

シャルルの命令のもと、レジオヌール軍は、ヤマトへの総攻撃を開始した。

萌はその姿を見てキョトンとしていた。

「もう、シャルルちゃん。これは何の遊びなの? 戦争ごっこはいけないのよ」

「あ、いや、そうでなくて……ボクは今、レジオヌールの指揮を……まいったな」

シャルルは萌に言われて調子が狂ってしまった。

(うむ~……あのシャルル様を手なずけるとは、この女、只者ではないな……)

「ねぇ、お腹空かない? わたしペッコペコ! 一緒にドーナツ作ろうよ!」

「あ、は、はい……すみませんが、般若、少し指揮を変わってください……」

「う~む、本当に只者ではないな……」

般若は腕組みしながら、調理室へと向かうシャルルと萌を見送った。



 一方、こちらはヤマトの軍。

「レーダーに敵機発見! これはレジオヌールのシトヴァイエンかと思われます!」

「何!? もう先手を打ってきたか! やはり犬神は、撫子様をレジオヌールに渡したようだな……」

「どうするの烏丸? 撫子様を人質にとられたら、反撃のしようがないわ!」

円は動揺した口調で叫んた。

「落ち着いてください、円さん」

「とても落ち着いてられないわ! これではこっちは全く手出し出来ないのよ!?」

「確かにその通りです。ですが、もし、人質としての価値がなくなれば……どうなるでしょうか」

烏丸は、含みのある笑いをした。

「ど、どういうこと、烏丸?」

「ですから、撫子様の人質としての価値がなくなれば、レジオヌールはそれを盾に出来なくなる訳ですよね」

「ちょっと待ちなさい…… あなた!」

「落ち着いてください、円さん。これは作戦なのです。このままの状態では、我らヤマトにとって多大な被害を被るのは確実でしょう。一番の得策と打開策を、私は選択しただけです」

「でも!……少し粘れば、撫子様が目覚め、うまく脱出してくれるかもしれないわ!」

「おそらくそれはないでしょう。レジオヌールのシャルルを子供と思って侮ってはいけません。多分、撫子様のインガを抑え、もとの力を出せないよう封じているのでしょう」

「まさか……あの子供にそんな力があるというの?」

「インガは年齢に比例する訳ではなく、生まれつきの素質と精神力によって大きく変化していくのです。相手が相手だけに、致し方ないでしょう」

「それとこれとは話が違うわ。撫子様を見殺しにするっていうの? それに理幻様だって黙っていないわ!」

「あの方は、いま深い眠りについています。古の精神から目覚めて、まだ本来の調子が戻っていないのでしょう。一度戦闘を行うとしばらく睡眠を必要とするようです。だから今なら……」

円は烏丸の顔をじっと見詰めた。

「……今なら撫子様の代わりにヤマトを乗っ取れるというのね? それに理幻様ひとりなら、ヤマトの全勢力で潰すことも可能だわね……」

「ふふ、そこまでは言っていませんよ、あくまで作戦です。ですが、途中でのアクシデントはつきものですからね。ふふふ」

(こわい男だわ・、烏丸神……一見、撫子様に忠誠を誓っているけど、心の裏は野心家だわ……まさか、犬神が萌ちゃんを連れ出すのをわかっていて……そこまでは考えすぎかしら?)


 バシュシュ! ドガァン!

その時、シトヴァイエンから威嚇の矢が放たれた。

地響きを上げるヤマトの光明。

「いいわ、烏丸! その作戦乗ったわ!」

「そう言って頂けますか。では作戦を開始し先手を取らせてもらいますよ、レジオヌールのシャルルとやら・あなたの驚く顔が目に浮かびますよ」

バガァン! ドガン!

更なる攻撃を受ける光明。

「烏丸様! 指示を! このままでは被害が広がります!」

「よし聞け、皆よ! 今入った情報によると、レジオヌールは撫子様の偽者を使い、人質をとったと見せかける作戦らしい。だが!撫子様は無事保護された。レジオヌールの汚い作戦に負ける訳にはいきません! 全軍出撃! シトヴァイエンを落とせ!」

もちろんこれは烏丸の嘘であった。

そして、烏丸の指揮により、ヤマトは体制を建て直し反撃に移った。


 ズドドォン!

ヤマトの光明から発射された矢が、シトヴァイエンを狙う。

「ぐっ! やはり!」

「まさか、ヤマトが反撃してくるとは!」

「いえ、ありえない事ではないのですよ、般若。ヤマトの中に狡猾な指揮官がいたと言う事です」

「どういう事ですかな……まさか、ここにいるヤマトの統治者、撫子を見殺しにするというのですか?」

「ありえない話ではありません。人と人が集い、そこに統治する者とされる者の立場が確立されれば、必ず摩擦は生じます。絶対普遍の人の思考などありえないのですから」

(……さすがですシャルル様。さすが私がこの世の覇者と認めたお方……年齢や経験など、人を計る物差しにはならないのだ……このお方の崇高な意思は、この世を統治するにふさわしいインガなのだ……)

「どうしました般若?」

「あ、いえ……この般若、シャルル様の為にこの身を捧げる意思であります!」

「ありがとう、そう言ってもらえて。私は良い部下を持って幸せです」

「ははぁ! もったいなきお言葉!」

「しかし、まさかこうも、簡単に人質の価値がなくなるとは計算違いでした……さて、どう出ましょうか……」


 新たなる反逆の意思をあらわにしたヤマト。そして、更なる結束力によってまとまったレジオヌール。

激動の戦いの結果はいかに? そしてここに我らがヒーロー、タケルの登場により、物語は重厚を増す。


「バカヤロウ! おまえらはついてくるんじゃねぇ!」

「そうはいかないよ、タケル! あんたが感じ取った萌のピンチ、放っておく訳にいかないじゃないか!」

「紅薔薇……」

「そうだぞタケル! この世の鍵を握るのが、萌であり撫子であるならば、それを取り戻さねばならん!」

「オパール……」

「みんなで行きましょうタケルさん! もうあなたひとりの問題ではないんですから!」

「言ってくれるじゃねぇか、ザクロ……」

「角度修正、目指すはレジオヌールの戦武艦シトヴァイエン! いいわね、タケル?」

「キリリまで……てめぇらまったくバカだぜ」

「オマエに洗脳されちまったんだよ、みんな!」

「よっし! わかった! これから萌救出作戦を行う! だがな、みんな無理をするな! ヤバくなったら逃げるのも作戦だ。死んじまったら元も子もないからな!」

「オオーッ!」 「いきやしょうアニキ!」 

餓狼乱は一致団結し、レジオヌールに人質に取られている萌の救出作戦を開始した。



「ん? このインガはタケルさんか」

「やはり来ましたね、タケルさん……」

レジオヌールのシャルルも、ヤマトの烏丸神も、タケルのインガを察知した。

そしてここに、三つ巴の戦いが幕を切って落とされたのであった。

ところが。そこで烏丸の取った行動は意外だった。


「お久しぶりですね、タケルさん」

烏丸神は、部下に聞こえないよう別室に移り、タケルにコンタクトを取った。

「てめぇ、烏丸……いきなり通信してくるたぁ何の用件だ?」

「実は、同盟を結びたいと思うのです」

「なんだと!? ドウメイだと!?」

「そうです。今、あなたの目的は、捕らわれの萌さんを救うことですよね?」

「そりゃそうだ。だが、それがどうした」

「そして我がヤマトも、撫子様をお救いするのが目的です。だから、ここは共同戦線といきませんか?」

「ふん!……らしくねぇじゃねぇか、烏丸。おまえほどの男が、俺に頭を下げてくるなんてよ?」

「頭を下げたつもりはありません。ですが、レジオヌールはそう簡単に落ちませんからね」

「へへっ、珍しく弱音吐いてんじゃねぇか。地球の邪悪なインガに取り込まれてビビったか?」

「ビビる?……それは恐れるという意味でしょうか? でもこれで、お互いの利害が一致した訳ですね」

「ちょっと待て。もし萌を救出しても、そっちにとっては撫子だ。結局また奪い合いになるんだろ?」

「いえ、もしかしたら、萌さんと撫子様を分離させる事ができるかもしれません」

「なんだと!? どうやってだ?」

「そちらのサクシオンという方々なら、ひょっとして出来るのではないでしょうか?」

烏丸の口元が緩む。円は烏丸の思惑を感じ取った。

(わかったわ……烏丸は、萌ちゃんと撫子様を分離させたいんだわ……そうすれば、撫子様の強大なインガは失われるから……)


タケルは、マリューの方に振り向いた。

「どうなんだ、マリュー? おまえ達サクシオンなら、撫子と萌を分離できるのか?」

「わからない……インガ封じの術はとても難しいし、膨大な量のインガを消費する。ラバスとルポシエ二人掛かりで撫子の精神を封じるのがやっとだったから、私がやっても同じことだろう……でも……」

「でも……なんだ? マリュー」

「あなたなら、タケルなら出来るかもしれない……」

「俺が? でもよぉ、そのインガ封じの術ってそうとう練習しないとムリなんだろ?」

「そうね、私で3年、ラバスとルポシエは5年かかったわ。でもタケルなら一ヶ月もあれば不可能じゃないかもしれない」

「おいおい、いくら何でもそりゃムリだろ。マリューでさえ3年かかったのに、俺がたった一ヶ月で出来るワケねぇじゃねぇか」

「この前の戦いでわかったわ、あなたにはそれだけの素質がある。それに黒い大渦のインガを、光のインガに変換できれば必ずいけると思うわ」

「光のインガか……確かにあれは強力なインガだった。だが、あの時はみんなの力があったからだ」

「何言ってんだい。今だってあるだろ? みんなの力がさ」

紅薔薇はそう言ってタケルの肩に手を置いた。

「そ、そうだな、とにかく萌を救出しなけりゃ意味がねぇ。いくぞ、みんな! それと協力頼むぜ、烏丸!」

「おやおや、さっそくリーダー気取りですか? まぁいいでしょう。この場の指揮はタケルさんにお任せします。いいですよね、円さん?」

「あ、ああ、わかったわ……」

(これで烏丸の計画がハッキリした……まずは共同戦線でレジオヌールを潰す。そして、撫子様と萌ちゃんを分離させてインガの力を失わせる。そうなればヤマトの実権を握るのは烏丸本人。

残るは獣人族対人間の戦い。当然、烏丸は餓狼乱のタケルとも共同戦線を張るだろう……

そして獣人族を倒せば、あとはタケルのみ。ヤマトの全戦力を使えば、餓狼乱などたやすいが……

はたして、そううまくいくのかしら?……その時、わたしはいったい……)

烏丸の野心を読み取った鉄円。彼女の胸中は複雑に揺れていた。

「おい、円!」

タケルがモニター通信で円に話しかけた。

「な、なによ、タケル! 共同戦線だからって気安く呼ばないでよね」

「そうじぇねぇよ。なんだかおまえが悩んでいるように見えたからな。ま、便秘か何かだと思うけどよ」

「うっ、うるさいわね! そんなんじゃないわ! 余計なお世話よ!」

円はそう怒鳴ると、モニター通信を切ってしまった。

(円のヤロウ……何かを感じ取ってやがるな……たぶん烏丸の事だな……)

(まったくもう、タケルったら鋭いわね……でも、お通じが滞っているのは確かだわ……もぉ!)

共同戦線という表向きの同意の中、タケルと円の思惑は交差していた。



 こちらは、レジオヌールの戦武艦シトヴァイエン。

「まずい展開になってきましたね……タケルさんはヤマトと同盟を結んだようです」

「なんですと!? それは本当ですか、シャルル様!」

「はい、ヤマトの烏丸という男と、タケルさんのインガを感じ取りましたから……しかし、どちらかと言うと、利用されているのはタケルさんの方かもしれませんね」

「ヤマトの烏丸という男が、タケルを騙していると?」

「そのようですね……」

「奴は騙されやすい男ですからな」

「これでは撫子さんを人質にとっても、ヤマトと餓狼乱の戦力の方が我らより上ならば、強行手段で襲い掛かってくるでしょう。これでは人質の意味がありません」

「ですが、タケルは萌という女を救出したいはず。ならば、逆にタケルを我が軍に引き入れてしまえば!」

「……我がレジオヌールとヤマトの戦力はほぼ同等。ということは、それに餓狼乱の戦力が加わった方が有利になる……結局、この戦いの鍵を握るのはタケルさん次第と言う事になってしまうのですね」

「く!……皮肉な事ですが認めざるを得ないですな……ですが、このままでは我が軍が不利です」

「人質を、萌さんを解放します。そうすれば、ヤマトと餓狼乱が手を組む理由がなくなりますから」

「そ、それもそうですが……しかし!」

「般若よ、ボクは今回の件で、ある事に気付きました。人質を取って手に入れた勝利など、真の平和には繋がらないことを。そこまでして勝とうとしていた自分自身が恥ずかしいです」

「いえ、それも作戦のひとつなのですから! シャルル様が恥じる事など何ひとつありません!」

「ありがとう般若。ボクは真っ向から勝負をしてみたくなったのです……ここにいる母、萌さんと、偉大なる父、タケルさんの息子であるボクが、親を追い抜くことができるかどうかを……」


 シャルルの口にした驚愕の事実!

シャルルが、タケルと萌の子供とはどういう意味なのだろうか?


「そうですか……ならば私も、シャルル様にどこまでもついていきます」

「ありがとう、般若」

「いえ! もったいないお言葉!」

(さすがは私が見込んだお人……このお方ならば、私はこの身を捧げることが出来る! 私は幸せ者だ!)



 一方、こちらは餓狼乱。

「ん? 今度はレジオヌールからの通信か……何だって!? 萌を開放するだと!?」

それと同時に、ヤマトの烏丸神の所にも通信が入ってきた。

「バカな!……くそ、シャルルめ! やはりあなどれない存在だったか!」

烏丸は取り乱した。

「ふぅ……結局は、タケルが鍵を握っちゃったワケね。さすがだわ……」

「ぬうッ!? 円さん、あなたはヤマトでありながら、あの男を認めるというのですか? よりによっては……」

「いいわ、反逆罪でしょ? でも私には最後の仕事が残っているのよ。ここで捕まるワケにはいかない!」

ボウン!

円は煙玉を地面に叩きつけた。

「ふっ、この神選組の烏丸神をなめてもらっては困る! この程度の子供だましで……そこだ!」

煙幕の中、烏丸は円のインガを察知して切りかかろうとした、その時。

「う、わあぁーッ!!」

ドギャン!

烏丸の絶叫が聞こえ、円の攻撃を喰らって壁に叩きつけられてしまった。

烏丸ほどの男が、何故こうも簡単に円の攻撃を受けてしまったのだろうか?

それは、円の意外な姿。

なんと、円は裸だった。

とは言っても、大事な所には肌色の布があてられ、その姿に驚いた烏丸は、スキができてしまったのだ。

「あ~ら、女の裸を見るのは初めてだったかしら? もうちょっとそっちの方も勉強したら? じゃね、バイ!」

円は裸のままブリッジを走りぬけた。

「お……おい、いま円様が裸で走っていったような……」

「何を言っているんだよ。幻覚でも見たんじゃないのか?」

「あ、ああ……そうだな……そんな事あるわけないよな……最近、疲れてんのかな……」

幸いにも、円の去っていく姿を見たのは部下ひとりだけだった。


 円はシーツを体にくるむと、格納庫に向かって走った。

「萌ちゃんはわたしが助ける!」

「ぐうぅ、円め! この私を裏切るとは……ここから逃げられるとでも思ったか! 全てのハッチを閉じろ!」

しかし、円は格納庫の手前を曲がり、大きな通気口へと向かった。

そして、そこに隠してあった小型艇で脱出したのだった。

「烏丸様! 光明の後部通気口から、何かが発射した模様です!」

「何、後部からだと? シトヴァイエンに向けた砲座を後ろにまわすことは出来ん! くそっ、鉄円め……この私をコケにした報い、いずれ味わってもらうぞ……必ず!」

なんとか光明を脱出した円。その向かう先は一体どこへ?



「タケルさん、聞こえますか?」

「その声はシャルル……てめぇ、萌を人質にし……」 「萌さんは解放しました」

「なんだって!?」

「今、ある小型艇に向けて、萌さんを乗せたポッドを出射しました。その小型艇に乗る女性が、それを受け止めてくれるでしょう」

「ある小型艇? それには誰が乗っているんだ?」

「ボクもインガで察知したので詳しい事はわからないのですが、おそらく円さんという女性です」

「円が? ヤマトの鉄円がなぜ?」

「ヤマトの中で内乱があったようです」

「内乱だと!? どういうこった……」

「どういった経緯かわかりませんが、とにかく萌さんはお返しします。その女性ならば、必ず無事に萌さんを救出してくれるでしょう。ですから安心してください」

「まぁ、円ならば大丈夫だと思うが……それにしても、一体どういう風の吹き回しなんだ? さっきまで人質を取っていたのがウソのようだぜ?」

「そうですね、なぜでしょうか……強いて言うなら、それはタケルさんのせいかもしれませんね……」

「お、オレ? 俺が何かしたのか?」

「いえ、あなたは何もしていない……でも、まわりにはそれが影響してしまうのです。知らず知らずのうちに」

「何言ってんだかサッパリわからねぇが、とにかく萌が無事ならもうヤマトと協力する義理はねぇな」

「今回は引いてください、タケルさん……ボクは、ヤマトと正々堂々と決着をつけたいのです!」

「……何があったか知らねぇが、ケジメをつけてぇなら、今回はおめぇの戦いぶりを見せてもらうぜ」

「ありがとうございます、タケルさん」

「へっ! 言いって事よ。それに萌を人質にとったのにはワケがあるな?……ヤマトの誰かが裏切って萌を人質としてさらったんだろ?」

「さすがタケルさんですね、そこまでお見通しだとは」

「たぶん犬神だな。そんなキタネェ手を使うのはあいつしかいねぇからな」

「そのとおりです。ですが、今はもうレジオヌールを抜け出しているでしょう。萌さんを解放したと知ったらそう行動するハズですから」

「ははっ、ちげぇねぇ。ズル賢いアイツらしいぜ! ま、ガンバリなシャルル。一応、応援してやるぜ!」

「ありがとうございます、タケルさん。では、シトヴァイエンはこれより光明を撃つため、全戦力を解放!」

いまここに。ヤマトの光明と、レジオヌールのシトヴァイエンとの火蓋が切って落とされた。

(般若……シャルルのやろうを守ってやってくれよ……)

シトヴァイエンから遠ざかる餓狼乱。タケルは、その姿をずっと見守っていた。



「シャルル様、なぜあなたがタケルに一目置いているのか、私にもやっとわかりました。あの男の度量の深さは尊敬に値すると感じました」

「そうですね、タケルさんは度量が深いですね……というか、あの人は良くも悪くもいいひとなんです。ただ、それだけなのです」

「良い人ですか……」

「……」

シャルルと般若は、無言でタケルの姿を思い浮かべた。

ズッガァァン!

光明の攻撃が、シトヴァイエンを揺るがす。艦隊戦は激しくなっていく。

「このまま行けば、お互いの戦武艦のダメージは拡大していきます。その時は、武神機の戦いが要になってくるはず……般若、出撃の準備をして下さい。いざとなったら私も出ます」

「いよいよあれを……あの最終兵器をお出しになるのですね? わかりました。早速準備いたします!」


 般若の語る最終兵器。シャルルの出撃には、何か隠された力があるのだろうか?

とにかく、シャルルの予想していた通り、戦武艦どうしの戦いから、武神機どうしの戦いに重点が置かれていった。それは、両軍の戦力全てを出し切った、今までにない激しい戦いであった。

敵艦に取り付こうとする武神機。そしてそれを阻止しようとする武神機。

剣と剣がぶつかり、砲塔からは絶える事なく矢が発射される。

攻撃を受けて落下する武神機、直撃を受けて爆発する武神機。

そのおびただしい数は、この戦いの熾烈さを物語っていた。両軍決死の均衡は続く。

しかし、やがて、その均衡も崩れ始める。

ヤマトの武神機乗りの技術が、レジオヌールを若干上まっていたのだろう。

そのわずかな差が、時間とともに大きく反映していった。押されているのはレジオヌールだった。



 それを見守るタケル。

「やばいな、シャルルのやつ……」

「どうするんだい、タケル? 加勢しなくていいのかい?」

「バカヤロウ、紅薔薇! 俺たち餓狼乱がそんなこと出来るか! 仮にも敵だぜ、アイツは!」

「……でも、もと仲間だろ?」

「ぐっ……俺だってシャルルがやられるのを黙って見るつもりはねぇ。それでもあいつはレジオヌールの大将なんだ。俺たちの求める平和を奪う敵なんだ!」

「わかるけど……でもね、最近あたしはふと思うんだよ。もしみんなの気持ちが一緒になれたら、こんな争いしなくていいじゃないかってね」

「……」

「それにシャルルだって独裁をしたいワケじゃないだろ? あいつなりに平和のために戦っているんだろ?」

「それは誰もが同じだ! みんな平和のために戦っているんだ!」

「私がヤマトに寝返った時も、あんたは私を許してくれた。そして、あんたがヤマトのサムライになった事を責める仲間もいない。誰しも誤りがあって当然なんだから、それを許し合わなくちゃいけないんだよ!」

「ち……じゃ、じゃあ俺にどうしろって言うんだよ?」

「それを決めるのはリーダーであるアンタだろ? それに文句を言うヤツはいないよ」

「紅薔薇……」

紅薔薇は黙ってうなずく。

「みんな……」

みんなは黙ってうなずく。


 ボゴォンッ!

シトヴァイエンのメイン動力炉が直撃を受け、大きな爆発とともに黒い煙を上げた。

「今のはやばいよ!」

「わ、わかった! 今から餓狼乱はレジオヌールのシトヴァイエンを援護する! いくぞ!」

ヒュヒュン!

その時、シトヴァイエンのハッチから、二機の武神機が発進するのが見えた。

「ちょっと待って! あ、あの武神機は何だい?」

「あれは、般若の阿修羅……それともう一機の武神機……あのインガはただもんじゃねぇ……まさか……」

「伝説の武神機!?」


 ヤマトの攻撃を受け、今にも落ちようとしている戦武艦シトヴァイエン。

そこから発進された謎の武神機。

はたしてこれが、シャルルの言っていた最終兵器なのだろうか?

その時タケルは感じ取った。

謎の武神機に乗っているシャルルのインガが、強大に膨れ上がっていくことに。

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