第22話 裏切り者 タケル


人は人を殺すことを躊躇う生き物

だが、他の生物同士の殺生は自然の摂理

罪とは、人間の視点での都合の良い価値感

人を殺すと罪ならば、生きること自体が罪となる



 第二十二話 『裏切り者 タケル』



 ズゴゴゴゴゴ……

ヤマトの国上空を飛行する巨大な影。

それはヤマトの国最大級の戦武艦(せんぶかん)、『光明(コウメイ)』であった。


「どうじゃな、タケル、この艦の乗り心地は?」

「こんなでっけぇモンが空を飛ぶなんてなかなかのモンだな……見晴らしもサイコーじゃねぇか!」

「ふふ、当然じゃ、我が国最大級の戦武艦じゃからな! ふふふっ!」

「そりゃスゲェな! わははははっ!」

戦武艦、光明の艦橋で高らかに笑う二人の男。

それは、タケルとアマテラスだった。


 一体、この状況はどうしたというのだろうか?

タケルは紅薔薇救出の為、ヤマトの国に侵入していたハズ。

そして烏丸神との死闘の際、萌は視力を失い、大きな悲しみを受けたハズ。

それが何故?

ヤマトの国の皇帝アマテラスと、タケルは一緒に戦武艦に乗っているのだろうか?


「こんな巨大な戦艦こしらえてどうしようってんだ? 世界征服でもする気かよ?」

「ふはは、そんなことはせずとも、このヤマトの世界はとうに余の手中に収まっているわ」

「じゃぁ何を企んでいるんだ? アンタは」

「さてな……まぁオマエ如きに理解できる思想でないことは確かだ」

「へんっ、俺ごときには理解できないか……まるっきりお山の大将だな」

「何を言っておるのだ? 男だったら誰もがてっぺんを目指すものじゃぞ、タケル」

「ち、お説教かよ。アンタは俺の何様だよ、まったく!」

「ワシはオマエの親のようなものだからな。ダメな息子に教えるのも親の役目じゃからな」

「知るかよ。あいにく、俺にはオヤジがいなかったんでな」

「そうか。では、オマエも親になればわかる日がくるだろう」

「親にもなってねぇのに親の気持ちなんかわかりたくもねぇよ。それに、あんたが俺のオヤジなんてゴメンだね。冗談は顔だけにしやがれ」

「冗談のような顔はお互い様ではないか。ふはははっ!」

「ぷ!……まったくだぜ! わははははっ!」

「ふはははははっ!」

「わはははははっ!」

広いブリッジに、タケルとアマテラスの笑いが響いた。

まわりの兵が、その異様な光景に呆気に取られていたのも仕方のないことだった。


「ところで……どうじゃな?」

「ん……」

アマテラスのその一言でタケルの笑いがピタリと止まった。

「どうって?」

「この期に及んでとぼけおって。貴様の考えを聞いておるのだ。余の考えに賛同し配下に加わるのか……それとも……」

タケルは、やれやれという顔でため息をついた。

「反対もなにも、この高さから放り出されたくないんでね。選択の余地もクソもねぇだろ?」

「ふはは、確かに! これではまるで脅しているようなものじゃからな」

「ああ、まったくだ。脅しそのものだな」

「余はそういった無理強いを好まんのでな。やはりお互い合意の上で決めて欲しいのじゃ」

「合意の上ねぇ……それじゃぁ獣人達も、洗脳されることに合意したのか?」

「あやつら種族は、この世界ではまだ未熟じゃ。それを正しい道に導いてやるのがワシらの役目でもある」

「本人の意思は関係ねぇってか? それがアンタの言う合意なら仕方ねぇけどな」

「ふはは、トゲのある言い方しおって。ではタケル、もう一度だけ聞こう、余に賛成か反対か?」

「……」

タケルは艦橋から見えるヤマトの大陸に視線を向け、少し考え込んだ。

「……OK、賛成だ。これからよろしく頼むぜ、大将!」

そう言ってタケルとアマテラスはガッチリと握手を交わした。


 これは全くもって不可解な行動である。

タケルは、ヤマトの国に自分の魂を売ってしまったのだろうか?


「これで貴様もヤマトの国の住人であり、余に仕える忠実なサムライじゃ。しかも特務攻撃部隊隊長の位を授けるぞ、光栄に思うがよい」

「その特殊なんとかって部隊はどのくらい偉いんだ?」

「冠階十六位 では大将(濃青■)になる」

「いや、そんなワケわかんねぇ位じゃなくて、白狐隊とか烏丸神とかと比べてだよ?」

「白狐隊よりは上じゃ。じゃが烏丸の『神選組』よりは格が劣る。奴は小使(薄赤■)じゃからな」

「烏丸神よりは下か……ま、あいつの強さは俺も認めてるから仕方ねぇか」

「あやつは烏丸家の天才児じゃからな」

「へぇ、天才児ねぇ……さ、そんじゃ早速、仕事の支度でもしてくらぁ」

「貴様の働き、楽しみにしておるぞ? タケルよ」

タケルは振り向きもせずに軽く手を上げてそれに答え、ブリッジから出て行った。

兵達は、その姿をずっと目で追っていた。

皆物言いたげな表情であったが、誰も何も言い出せずにしばしの静寂が過ぎた。


「お、恐れながら申し上げます! アマテラス様!」

その均衡を破り、側近の兵が声を上げた。

「ん? 何じゃ、申してみろ」

「はっ! あのような者に部隊長を任せて大丈夫でしょうか?」

「どういう意味じゃ?」

「仮にもこのヤマトの国に無断で侵入してきた賊であります! この先どんな行動を起こすか信頼できぬものと察しますが!」

「ふむ……まぁ常識的に考えればそうなるな。じゃがこの先、世界を統治しようとするものがそんなケツの穴の小さい考えでは天下は掴めぬ。敵すらも許す寛大な心こそが必要なのじゃ。わかるか?」

「そうでありましたか! アマテラス様のご意向に大変感動いたしました! 大変失礼致しました!」

「いやいや、余には貴重な意見じゃったよ。では最後に何を言い残すのじゃ?」

「は? あ……さ、最後……でありますか?」

「当然じゃ。余に意見したからには死を覚悟したからであろう? その決意は無駄にせぬぞ。ほれ、最後の言葉を早く言ってみろ? ん、どうした?」

側近の兵は、ガクガクと脅え何も喋れなくなってしまった。

「なんじゃ、何もないと申すか。ではこやつを処刑せい」

「わ……あわわ! た、助けてーーっ!」

ガシャン!

その兵は扉の奥へと連れていかれ、間も無くその命を絶たれた。

残虐非道。それがヤマトの国の最大権力者、『皇帝アマテラス』であった。

それが何故、タケルにだけあれほど寛大な措置をとったのだろうか?

そして何故、タケルはこの男に仕うと誓ったのだろうか?

それはやはり、この国の軍事力の偉大さを、身をもって思い知らされたからだろうか?

だとしたら、それは仕方のないことで、タケルを責める事は出来ないのかもしれない……


 カツーン……カツーン……

タケルは、戦武艦内の渡り廊下を歩いていた。

そこには窓がいくつもあり、戦武艦そのものの巨大さを、身近に垣間見ることができた。

「それにしてもバカでけぇ戦艦だな。この光明(コウメイ)ってやつは……

ヤマトの軍事力は、まったくとんでもねぇ……こんなのにケンカ売ってたら、命がいくつあっても足りやしねぇ」

タケルは、改めてヤマトの軍事力に感心していた。


(オヤジか……)

タケルは、艦内を歩きながら、ある事を思い出していた。

それは、タケルがまだ5歳という幼き頃の思い出であり、父との最後の記憶だった。

毎日ギャンブルで金をすり、毎晩酒を飲んで暴れていた父。

母に暴力を振るい、幼いタケルまでも殴ってきた父。

借金を残して消息を絶った父のおかげで、母はノイローゼになり過労で倒れ、死んだ。

そんな存在は、タケルにとって父ではない。まして人間だとも思ってはいない。

タケルにとって父とは、母を不幸な死に方をさせた憎むべき人間であった。

タケルは、いままで忘れようとしていた過去を思い出し、非力だった自分に腹を立た。

「ち!……ムナクソわるいぜ! くそがッ!」

タケルは壁を思いっきり蹴り破った。


「な、なんだ、今の衝撃は! 敵か?」

タケルの超越したインガで、壁が破壊されていた。

「おい、ちょっとここ通して欲しいんだけどよ?」

タケルは艦内の牢獄へと向かい、牢の門番に話しかけた。

「ん? 何だ、キサマは! いったい何の権限があってここに……!」

門番は、タケルの胸についている特務攻撃部隊隊長のバッジを見て驚いた。

「し! 失礼しましたぁ! どうぞお通り下さいッ!!」

門番は敬礼し、タケルを通した。

「ふ~ん、このバッジってそんなにエライのかぁ、ふふん♪」

タケルは少し得意げだった。

そして、とある牢屋の前で立ち止まり、弱者を哀れむような蔑みの目で見詰めた。

「……貴様、一体何の用だ! この裏切り者!」

薄暗闇の牢獄の奥からオパールの声が響いた。

「へっ、元気そうじゃねぇかオパール」

「タケル!……よくもっ!」

「おめぇら食いモンすらまともに食ってねぇんだろ? なんなら俺が少し差し入れでもしてやろうか? なんたって俺は隊長なんだからよ、偉いんだ。これ見てみ。わははははっ!」

そう言ってタケルは、胸のバッジを得意げに見せびらかした。

「タケル! 貴様は心底腐ってしまったようだな! おまえがそんな人間だとは思わなかったぞ!」

「へへっ、いい褒め言葉だねぇ。ま、俺は実力を買われたけど、てめぇらみてぇなカスは用ナシだね。逆恨みされても困るんだよねぇ~オパールくん?」

「ぐっ! こ、この!」

オパールは鉄格子からタケルをブン殴ろうとした。

「あちゃ、動物園の猿じゃねぇんだからさ。あ、そうだ! 今度バナナ持ってきてやるよバナナ! お似合いだろ? わははははッ!」

タケルは嫌らしく笑った。

「……タケルさん……どうして、どうしてなのですか? 何でタケルさんは変わってしまったの!?」

隣の牢屋からは、か細い少女の声が聞こえた。そこにいるのはネパールだった。

「ち! だからションベンくせぇ女はキライなんだよな。」

「う……ひどいわ……」

「だから、現実をもっと見詰めろっての。まぁ、おまえは顔とかまぁまぁだから、俺の世話係くらいやらせてやるぜ。そのかわり下の世話だけどよ、どうだ? ぎゃははは!」

タケルはいっそう下品な笑い方をした。

「……タケルさん……うぅ……」

ネパールは、それ以上何も言えず、ただ黙ってシクシクと泣いた。

「ん? そういやポリニャックはおとなしいな、またションベンでもちびってるのか?」

「……」

ポリニャックのいる牢屋からは何も聞こえない。

「そうだ! オマエは便所掃除係にしてやるよ。俺様が言えばそれくらいはやらせてもらえるかもな、なんたって俺は隊長なんだぜ。ここでどのくらいエライかわかる? ん?」

タケルは門番にもバッジを見せつけた。それを見て門番は愛想笑いした。

「ま、いいや、どうせテメェらはもうじき処刑されるんだから、今のうちにせいぜい人生楽しむこった。あ、ここじゃそう楽しめねぇか? あはは、ざーんねーん! じゃな、バイ!」

そう言ってタケルは、オパール達の牢獄を後にした。

「あれが、オボロギタケルか……ウワサどおり悪魔のような性格してやがるぜ……」

門番のひとりが言った。

「あぁ、まったくだぜ、あれがもと仲間に対する言葉かね? 敵ながら同情するよ。しかしアマテラス様は何だってあんなヤツを目にかけておいでなんだ?」

「さぁな、アマテラス様のお考えは常人には理解できんよ」

「しっ! あまり勝手な事を喋ると殺されるぞ! さっきもひとり意見した兵が殺されたようだ……」

「ひぇぇ! くわばら、くわばら」

誰の目から見ても、タケルは悪魔に魂を売ってしまったようだった。

ともに助け合った仲間すらも簡単に裏切ってしまったのだ。

「ダーリン……」

放心状態のポリニャックは、虚ろな眼差しで天井を仰いでいた。


 カツーン……カツーン……

タケルは、もうひとつ別の牢獄へと足を運んでいた。

その牢の前に止まり、一瞬だけ中を見ると、また視線を外した。

「貴様か……オボロギタケル……」

「お元気? 犬神ちゃん」

薄暗い牢獄にしばしの沈黙が続く。どうやらタケルはここに何度か出入りしている様子だった。

「いったい何を考えているのだ? タケル」

先に口を開いたのは犬神だった。

「なんのことだ? わからねぇな」

「ふっ、まぁよかろう。いずれ私もこの牢を出る。そうしたら私が貴様の悪巧みを暴いてやる!」

「へっ、そうかい。言い忘れてたがな、俺の位はてめぇより上だぜ。ここを出たらコキ使ってやるから楽しみにしてやがれ」

カツーン……カツーン……

タケルはそういい残してその場を去った。

「くっ……!」

(おのれ! オボロギタケルめ! 私の紅薔薇様を奪い、そして私の地位までも略奪するというのか!

すべてヤツのせいだ! おのれ、おのれ! 許さん許さん! 絶対に貴様だけは許さんッ!)

犬神の、全ての原因を他人に転嫁してしまう性格は、相変わらずのようだった。





 場面変わって、ここはヤマトの国と同盟を結ぶ隣国、『レジオヌール』。

シャルルはこの国を訪れていたのだが、今はどうしているのだろうか?

レジオヌールに何か隠された謎があると直感し、単独で王に会いに城へ向かったシャルル。

そのシャルルは、今、とある男に抱き締められていた。

その男とは、この国の国王、『レジオン王』であった。

「お・お……シャルル……わが息子シャルルよ……大きくなったな」

レジオン王は、涙を流しながらシャルルを抱いた。

困惑の表情をするシャルル。

一体どういう事であろうか? シャルルがこの国の王子だというのか?

はたしてシャルルには、どんな生い立ちが隠されているのだろうか?

「ちょ……ちょっと待って下さい! 突然ボクを息子だなんて、そんなこと信じられないですよ」

「すまなかった……信じられなくて当然だ……おまえがこの城にいたのはたった二年の間だけだからな。

ワシを覚えてないのは致し方ないことだ」

「ボクはこのお城にいた……それも二年の間……」

シャルルは、いまだにその事を信じる事が出来なかった。

それも当然だろう。天涯孤独の身であった六歳ほどの子供の生い立ちが、実はある国の王子だったという驚愕の事実。これを、「はいそうですか」と受け入れられる訳がない。

「ホントにこのボクが……だ、だったら何で! 何でボクはあの山でメイプおばあちゃんと暮らしていたのですか!?」

「うむ……すまない、おまえには苦労をさせてしまったようだ。実をいうとおまえは生まれながらにして、とてつもない強いインガを持っておったのだ」

「え、ボクがですか……?」

「そうだ。だがその頃、同盟を結んだヤマトの国では軍事力強化の為、インガの素質ある者を集めておった。当然、おまえほどのインガを持つ子供を、ヤマトの国は目をつけない訳はない。おまえの存在がバレたら、我が子であれど、サムライとして献上せねばならなかったのだ」

「そ、そうだったんですか……」

「情けない話だが、当時の我が国は、ヤマトの国を敵にまわして勝てる相手ではなかったのだ。二年の間でおまえのインガは凄まじく成長し、とても隠し通せる存在ではなかった。そこで、メイプ婆とともにおまえをあの場所へ隠させたのだ。あの森にはインガの力を抑える不思議な場所がある。仕方なかったとは言え、わが子を隔離した情けない父親を許してくれ……」

「じゃあ、メイプおばあちゃんもこの国の……」

「そうじゃ、この城で一番の世話係じゃった。そしてインガの達人でもあった。惜しい人物を亡くしたよ……」

「え? 何でメイプおばあちゃんが死んだって知っているのですか?」

「おまえがここに来たというのが一番の証拠。それにメイプ婆から一ヶ月に一度、手紙を書かせていたんじゃ。それによるとおまえは、たまに自分の強いインガを抑えきれなくなり別人格になるという話じゃ。思い当たる節もあるじゃろう?」

「……ぼくが強いインガをもっている……そして別人格になってしまう……」

シャルルは、思い当たる節を思い出していた。

「ワシも実際目の当たりにした訳ではないので、おまえがどう変わるのかは知らん。だがメイプ婆はその事をえらく気にしていたようだ。だが、突然その手紙もこなくなったよ。それがどういう事かはわかるな?」

「メイプおばあちゃんが死んだ時……ボクが目を覚ましたら、まわりがあちこち爆発したように壊れていて……それでメイプおばあちゃんは、賊に襲われたと嘘をついて……」

シャルルは、ワナワナと震えていた。


 レジオン王は、しばらくシャルルの頭を優しく撫でてくれた。

「おまえにも辛いことだが、メイプ婆はかなりのインガ使いであった。だがおまえの強大に膨れ上がるインガを抑えきれずに、己の命を賭けて抑制したのだろう」

「うぅ……あああ……おばあちゃん、ごめんなさい!」

「よいのだ、シャルル。わしにはわかる。メイプはおまえの成長を感じて満足して死んでいったと思うぞ」

「うう……メイプおばあちゃん……」

「シャルル……」

「そうだ、ひょっとしたら、はじめてタケルさんと会った時も、ボクは自分のインガを抑えきれなくなって倒れていたのかもしれない……」

「タケル? 誰じゃ、それは?」

「あ、ハイ、ボクの命の恩人です。それに、とっても頼りになる優しいひとです」

「そうか、良き出会いをしたな。それともうひとつ、おまえには監視役をつけてあったのだ」

「監視役? それは誰なのですか?」

「うむ、紹介しよう。おまえが赤ん坊の頃からずっとおまえを見守って来た人物だ。入るがよい」

そこに現れた二人の人物。

「えっ? ひょっとしてあなた達は……!?」

シャルルは、その意外な人物の登場に驚きを隠せなかった。

それは、ジグソーパズルの最後のピースがピタリとはまったように、すべての謎が解けた瞬間だった。

はたしてその人物とは誰なのだろうか?



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それから数日が過ぎた。

ここは、戦武艦『光明』の武神機格納庫。

「さぁって、オレの乗る武神機はどれだ?」

タケルは整備されている武神機を見回した。

「何を言っている、貴様は伝説の武神機で出撃するに決まっているだろう。貴様はそれだけの為にアマテラス様に認められたのだからな!」

禁固刑から解かれた犬神が、さっそくタケルに噛み付いた。

「あぁそっか、俺は大和猛で出るのか。そうだよなーあんな強えぇ武神機使わなきゃダメだよな、ははっ。じゃ、サポート頼むぜ、紅薔薇に銀杏よ?」

タケルの特務攻撃部隊には、紅薔薇と銀杏、それに犬神が配属された。

紅薔薇とは気まずい雰囲気である筈のタケルだったが、そんなことは全然気にしていなかった。

「ん? どした、紅薔薇。それと銀杏。隊長に対して返事はねぇのか?」

「……あ、は、はい☆隊長!」

「了解です、隊長……」

戸惑いながらも返事をした銀杏であったが、紅薔薇はどうにも納得していない返事をした。

「……まったく、貴様の神経はどうなっているのだ? 貴様は紅薔薇様を救出する為にヤマトの国に侵入してきたはずなのに、今ではヤマトのサムライになってすっかり浮かれているようだ」

犬神は嫌味交じりで言葉を吐き捨てた。

「言いたい事はそれだけかな、犬神くん? ま、どうあれ隊長は俺だから、今後、口の聞き方には気をつけたまえよ? わはは!」

タケルは、犬神をバカにするようにして笑い捨てた。

(くっ!)

犬神は拳を握ってじっと堪えた。

禁固刑から早く解いてもらい、しかも部隊に復帰できただけでも有難い事だった。

しかし、タケルに恨みを持つプライドの高い犬神が、素直に命令を聞くとは思えない。


 そのやりとりを見ていた武神機の整備員が内緒話をしていた。

「しかし、あのタケルってやつはどんな神経してるんだろうな? 紅薔薇様を救出に来たらしいが、今ではああして平気な顔でヤマトの隊長だぜ、まったく」

「やっぱ長いものには巻かれろってことだろ。プライドなんか持ってるよりも、位を持ってたほうがよっぽどここではイバれるんだからな」

「ああ、納得。人間なんて権力の前じゃそんなもんだからなぁ」

その話に気付いたタケルが、整備員に声をかけた。

「おい! おめぇら聞こえてるぞ! 俺は地獄耳だからな。最前線に飛ばされたくなかったら、だまって俺の命令だけ聞いてりゃいいんだよ!」

「は、はいぃッ! し、失礼しましたぁッ!」

そのやりとりを見ていたひとりの整備兵。彼の名は『ザクロ』と言った。

彼は後に、この物語に関係してくる人物であったが、ここではまだ紹介するまでもないだろう。


 紅薔薇は思った。

(タケルは本当に、ヤマトのサムライになるつもりなのか?

確かに餓狼乱とは比べ物にならないほど大きな戦力を目にすれば、どれだけ自分達がちっぽけだったか痛感するのもわかる……

でも、ここまで私を助けに来た時の、あんたの熱い気持ちは、きれいサッパリなくなってしまったのかい?

所詮あんたは……いや、人間なんてそんなものなのかい?……)

紅薔薇の心中は複雑だった。


「おい紅薔薇。そんな腑抜けたツラしてると早死にするぜ。」

「……どういう、意味ですか?」

「ふん、どうやら気合がたりねぇようだな……歯をくいしばれ!」

バッチイン!

タケルは容赦なく紅薔薇の顔面をひっぱたいた。唇からは血が流れ、頬が赤く染まった。

紅薔薇はタケルをキッと睨んだ。

「よーし、いい目だ! その気持ちを忘れんじゃねぇぞ。そんじゃ出撃すっか!」

タケルは、武神機の発進口から外へ走って飛び出し、そこからブリッジに向かってジャンプした。

バシュン!

そして、ブリッジにいるアマテラスに視線を投げつけるとニヤリと笑った。

「うわあ! コイツ、生身の体で外に出やがったぞ!」

ブリッジのクルー達はタケルを見て驚いた。そしてタケルは両手をあげて天に向かって叫んだ。

「来いッ! 大和猛! 今から大暴れさせてやるぜッーー!!」

ズガガッ! バシャーン!

そう叫ぶと空が曇り、雷とともに大和猛が現れた。

「あ、あれが伝説の武神機か!? まるで悪魔のようだ……」

ブリッジのクルー達は、始めて見る伝説の武神機を前に恐怖した。

大和猛とメンタルコネクトしたタケル。黒い翼がバサリと大きく開かれ空中で静止した。

「おお! あれが伝説の武神機……あれが大和猛か!」

アマテラスはその武神機から発せられる、神々しいインガの圧力を感じた。

「今からこの大和猛の力を見せてやるぜ、大将!目ン玉ひんむいてよーく見てろよ!」

「隊長! 格納庫のハンガーに降りて下さい。渡したいものがあります!」

タケルのもとに無線が入った。

「誰だてめぇ、渡すものって何だ?」

「新しい武器です。これがあれば、ヤマトタケルの戦闘力は四倍以上になる筈です!」

「ほう……おもしれぇ、どれだ!?」

そう言うとタケルは、格納庫のハンガーにある武器を見つけた。

それは、四本の刀を装備したアタッチメントパーツだった。

「こいつか! どうやって使うんだ?」

「はい、それをヤマトタケルの背中に背負って下さい。羽には干渉しない筈です」

「こうか……なるほど、なかなかいいな。だが、いつのまにこんなもの作ったんだ?」

「はい、餓狼乱の時の隊長の戦闘データを参考にしました」

「へん! いつの間にかそんなモンとってやがって。 だが、気に入ったぜ!」

「ありがとうございます。その四本の刀は、烈火、氷舞、雷光、慈御といって……」

「面倒くせぇ説明はいらねぇ! 使ってたしかめるぜ! おまえ、名前は?」

「あ、はい! ザクロと言います!」

「ザクロか……憶えとくぜ! サンキューな!」

「お気をつけて! 御武運を!」

バシュウ!

そう言うと大和猛は猛スピードで急降下していった。

それを追う紅薔薇の秋桜紅蓮(コスモスグレン)と、銀杏の春紫苑(ハルジョオン)、そして犬神の操る紫電。

「さぁって、行くぜ! 野郎どもついてこい!」

「あぁん☆ 早いよう隊長☆!」

「タケル……あんたはいったい……」

「貴様の好きにはさせんぞ、オボロギタケル! そして紅薔薇様は私のものだ……!」


 様々な思いを胸に、四機の武神機はインガ光の軌跡を噴出しながら、地上へと降下していった。

目指すは、ヤマトの国に敵対する『黒蟻』と呼ばれるレジスタンス基地。

最近、対抗勢力を伸ばしてきたそのレジスタンスは、例えるなら『餓狼乱』と似ていた。

黒蟻は、ならず者の集まりで構成され、ヤマトの国の軍事圧力に反発したのだった。

そのレジスタンスを叩き潰す命を受けたタケル。

それは、今までの自分を否定するような、過酷な任務であった。


 紅薔薇は、タケルの後姿を見つめていた。

(タケル……これからあんたがする事は自分自身を壊すことと一緒なんだよ……

それでもやるのかい? 私も人の事言える身分じゃないけど、もう取り返しつかなくなるんだよ……

今のアンタは、もう昔のタケルじゃなくなってしまったのかい?……)

紅薔薇の胸中は複雑であった。

萌への嫉妬で居場所を失くした自分にとって、タケルと一緒にいられるのは願ってもない事だった。

だが、今のタケルは、ヤマトの軍事力に目が眩み、仲間を売ってまで力を欲したカス男にしか見えなかった。

(いまのあんたには、なんの魅力も感じないよ……)


 そして戦闘は始まった。

レジスタンス『黒蟻』と、ヤマトの特務攻撃部隊の戦力の差は歴然であった。

加えて伝説の武神機、ヤマトタケルの異常なまでの攻撃力の前に、黒蟻はなす術もなかった。

修行でインガの力を上昇させた結果、ヤマトタケルの力も大きく飛躍していた。

それにも増して、新たな武器の力により、鬼神の如き力をむさぼるように発揮させるタケル。

灼熱の業火に包まれ、崩れ去る魂の叫び声とともに、全てが消滅していった。

レジスタンス基地は跡形も残らないほど破壊し尽された。

ゴゥゴゥと燃え盛る炎の中、ヤマトタケルは、自分の力を誇示するようにそこに立ち尽くしていた。

「わはは! メタメタにブッ潰してやったぜ! どうだ、これが伝説の武神機の力だ! わははッ!」

高らかに笑うその声には、後悔や遠慮など微塵も感じられなかった。

タケルの目には、壊滅していく黒蟻の姿と、餓狼乱を重ねることはなかったのだろう。

今ここに立っている男には、昔の甘い感情など、既に消え失せているのだった。


 それを見守る紅薔薇と銀杏。

「さすがタケルだね☆……アッというまに片付けちゃったよ☆」

「この十日ほどの間にタケルに何があったんだ? 戦闘力がまるで違う……」

銀杏も紅薔薇も、凄まじいタケルの戦闘力にただただ驚くしかなかった。

(たしかに恐ろしい力だ、オボロギタケル……このままでは私は奴には勝てん!

このままでは……一体どうすれば奴を超えられるのだ……!)

犬神は歴然とした力の差を見せ付けられ、自分の未熟さに怒りすら覚えた。

その様子を一部始終、戦武艦から監視していたアマテラスは喜びに打ち震えていた。

「ふふふ! これだ、この力なのだ! この力さえあれば目覚めの時は近い! ふははははッ!」

アマテラスの目に映る炎が赤々と燃え上がる。それは、野心を剥き出しにした暗黒の瞳であった。


「どうでぃ、俺の力を見たか? なかなかのもんだろ、大将?」

戦闘を終え、ブリッジに上がってきたタケルは得意げに言った。

「ふふふ……相変わらず生意気な口をききおるな、タケル。だが生意気なのは己に自身がある証拠。貴様の働き具合、まずは合格としよう」

「へっ、そうかい、これで俺のことを信用してくれたみてぇだな」

「信用? ワシは初めから貴様なぞ信用しとらんわ。ただ貴様がワシのコマとなって動けばそれでよいのだ」

「ち、まぁいいや、俺は自分の力を最大限に引き出せる戦いがしてぇんだ。お互いの利害が一致すればそれでいいや」

「ふふ、本来、人と人との繋がりとはそんなものかもしれんな。利害の一致が人間の繋がり。友人を作るのもしかり、男と女もしかり……そして親と子もな……」

「へん、あんたの小難しい講釈を聞く気はねぇよ。俺はさっさと休ませてもらうぜ」

タケルはアマテラスに背を向け、その場を去ろうとした。

「おっと、どこへ行くのじゃタケル。まだ貴様には仕事が残っておろう?」

「はん? よしてくれよ、俺はもう寝てぇんだからよ。雑用なら誰かに命令してくれや」

「そうはいかん。これは貴様にしか出来ない仕事じゃからな」

「俺にしか出来ない……だと?」

「そうじゃ、その仕事とは、貴様の仲間達の処刑じゃ」

「処刑ッ!?」

タケルはアマテラスの目を睨んだ。

「ふふふ……どうした、出来ぬとは言わせぬぞ?」

「お……おもしれぇ。もともとこの国に侵入してあんたらに敵対してきた俺だ。ちょっとやそっとで許してくれなんて虫のいい話があるわけねぇ」

「ふふ、そのとおりじゃ。よくわかっているではないか」

「いいぜ、あいつらの首をはねりゃいいんだろ? それでヤマトのサムライとして地位を確立できるんなら安いモンだぜ!」

タケルはアマテラスに粋がって見せた。

そんなタケルの表情を、不適な笑みで見据えるアマテラス。

「よ、よォし! そんじゃ処刑でも何でもおっぱじめようか! で、いつやるんだよ?」

「ふふ……当然、今すぐにじゃ」

「そ、そりゃ、ばかに急なこったな。それじゃせめて天国にでも行けるように念仏でも教えてやっかな……この世界に仏教なんてあるのかな、わはは!」

「タケル、少し動揺しておるな? 無理もない、もともとは貴様の仲間だったのじゃからな」

「は、はん! あんな奴ら仲間なんて思ってねぇよ! 俺は自分の為なら仲間でも平気で殺すぜ!」

「ふふふ……その言葉わすれぬなよ。では只今より、不法侵入者の公開処刑を行う! 準備をいたせ!」


 アマテラスの命令のもと、ポリニャックとオパールネパールの公開処刑が始まろうとしていた。

ヤマトの国に不法侵入した罪は重い。タケルも本来ならば捕らえられ死刑になる筈であった。

しかし、その戦闘力と伝説の武神機を操れる能力をアマテラスに買われ、ヤマトのサムライとして寝返ったタケル。

それどころか、強大な軍事力と特務部隊隊長の地位に魅せられ、仲間の命までも売ろうとしていた。

それは悪魔としか形容できない醜い行為であった。

もはや、人としての価値を失ってまで、タケルは自分自身を守ろうとするのか?

すでに、この物語の主人公がタケルである必要はないのかもしれない……



 そして数分後。ここは戦武艦の上部に位置する広々としたデッキ。

そこに、ポリニャックとオパールネパールが鉄の柱に括り付けられていた。

彼女等の命は風前の灯火であった。

そこにタケルがやってきた。

「おほん! 諸君、元気かね?」

「タケル~ッ! 俺は本当に貴様を見損なったぞ! そこまで性根が腐り切っていたのか!?」

「はん! 言いてぇ事はそれだけか? 最後の最後までおまえは口うるせぇ奴だったなぁ、オパール」

「タケルさん! ウソだと言って下さいっ! あなたが何故、こんな事をするのか私にはわかりません!」

「だからなんべんも言ってるだろ? 俺はヤマトの国のサムライになったんだ。ここでは俺の地位も安泰なんだよ。もうガキの遊びしてる気分じゃねぇんだよ、わかったか? ケツの青い小娘ちゃん? うけけ!」

タケルは、オパールとネパールに対して嫌らしい笑いを放った。

ポリニャックは、生気のない青ざめた顔で、ただタケルを見詰めていた。

「どうした、どうしたポリニャック? いつもの調子でギャーギャーわめいてくれよ。それも今日で最後なんだからよ、ぎゃはは!」


 もと仲間に対しての愚弄。

まわりの兵も、そんなタケルのやりとりを見て押し黙ってしまった。

(悪魔だ……あいつは悪魔だ……)

そこにいる誰しもが、タケルに対してそんな感情を抱いていた。

だがタケルは、そんな皆の視線を感じることもなく、刀を抜きポリニャック達の前に歩み出た。


「ふふ、素晴らしいショーのはじまりじゃ。タケル! 己の過去を切り裂き決着をつけて来るのじゃ!」

タケルは、アマテラスの言葉にニヤリと頷いた。

ギラリと光る刀を上頭に構え、ゆっくりと歩み寄るタケル。

「タケル、最後に教えてくれ。オルレアはどうしたんだ?」

「はぁ? ああ、アイツね。とっくのトンマに洗脳されちまって前線に送られたよ。あ、そういやもう死んでたっけかな? ギャハハ!」

「う!……くうぅ……」

オパールはがっくりとうな垂れた。

「いや……お願い……タケルさん、目を覚まして……」

ネパールは涙を流して哀願していた。

「へへっ、おめでたい野郎だな。この期に及んでまだそんな事言ってやがる……さって、どこから切り落としてやるか……簡単に殺しちゃツマンネェからな……うへへ!」

舌なめずりしながら、切り落とす箇所を考えるタケルの目は完全にイカれていた。

「決めた! まずは辱めを受けさせてやる! 服を切り刻んで裸にしてやらぁ!」

バシュシュ!

タケルの刀がネパールの衣服をきれいに切り刻む。

その下には、ネパールの赤裸々な下着姿があらわに露出した。

「おおーっ!」

兵の中には、女性の恥ずかしい姿に目を見開き、奇声を上げるものもいた。

「アマテラス様、良いのですか?」

「ふふ……タケルめ、なかなか盛り上げてくれるわい。構わん、続けさせろ」

次にタケルは、ネパールの胸元と腰に巻かれた極めて小さな布切れにねらいを定めた。

このたったニ枚の布切れで、ネパールは女としての尊厳をギリギリ保っているのだ。

弾けるようなもちもちとした女性の肌は、布越しにその見事な隆起を醸し出していた。

「や……やめてくださぃ……タケル……さん……」

ネパールは涙を流しながら、子犬のようなか細い声を搾り出して泣いた。

その悩ましげなシチェーションに、興奮しない男達はこの場には誰一人としていなかった。

「へへへ……さ~て切るぞォ、切っちまうぞォ……」

タケルの刀は、上か下のどちらの布から切ろうか、肌に刀を宛がいながらじらしていた。

「うおお! 上だ! 上から剥ぎ取るんだぁ!」  「いや、意表をついて下からってのもソソるぜぇぇ!」

餓えた野獣の大観衆は、異様な熱気に包まれていた。

「……ダーリン……ひとつだけ聞いていいだっぴょか?……」

今までずっと口をつぐんでいたポリニャックが口を開いた。

「ん、なんだ? てめぇもこんな恥ずかしい姿になりてぇってか? レディーのポリニャックさんよ」

「……モエは……モエはどうしただっぴょか?」

「う~ん、そういえばそんな女もいたな……どうしたっけ?」

タケルはとぼけた顔で答えた。

「タケル! 貴様、萌をどうしたんだッ!」

オパールが額に血管を浮き上がらせて怒鳴った。

「あぁ! あいつねぇ~、あいつは俺が真っ先に殺しちまったよ。だって目が見えねぇなら死んだほうがマシだろ? 俺ってやさしいなぁ~、わはは!」

「……貴様ッ!!」

オパールは歯を食いしばって哀しみに耐えた。

「ははは! いい顔してるぜオパール! そうだ、もっとオマエがいい顔するようにしてやるよ!」

「や、やめろ……やめろー!」

タケルの嫌らしい笑みの意味を、オパールは悟った。

「おーい、おまえら、この女をメチャクチャにしてもいいぞ! どうせ殺すんだからその前に楽しめや!」

「うおおおーーッ!!」

若い女性の健康な肢体は、溜まりに溜まった男達にとって、押さえつけられない衝動であった。

そして、そのタガが、タケルの一言によって全て開放されてしまったなら、一体どうなってしまうのか?

それは、ネパールに群がる野獣の群れを見れば一目瞭然であった。

「きゃああ~――!」

揉みくちゃにされつつ、ネパールは兵達の慰み物と化していた。

オパールは絶叫し、その行為の一部始終を強引に目に焼き付けられるしかなかった。

池の中に落ちた肉片に、群がるピラニアたち。

脈動を抑えられない獣達は、狂ったように女子の肌をすする。

「ああもう! やめろやめろ! テメェらの汚ねぇモンなんか見たくねぇんだよ、下がれ!」

タケルは兵の腹を殴り、掴んでその群れから引き離した。すると他の兵もそこから離れた。

そこには、使い古されたボロ雑巾のように、ネパールが無残に横たわっていた。

「……も、もう殺して……あなたに殺されるなら本望よタケルさん……私はあなたが好きだった……」

ドスッ!

「そうかい、ありがとよ」

タケルはその場に倒れるネパールの腹部に、無造作に刀を突き刺した。

「ぐふっ……これでやっと死ねる……」

ネパールの口元から紅い液体が溢れこぼれる。ネパールはその場で息絶えた。

次にタケルは、オパールの首を無造作にスパンと撥ねた。

「げうっ……」

ゴロンと転がったオパールの首は、無念の表情をあらわに残していた。

次にタケルは、残されたポリニャックの方を向いた。

「大将! この獣人のガキは生かして逃がした方がいい! 獣人どもがヤマトの国に逆らったらどうなるか、その怖さを伝えさせるんだ!」

「ふむ、その方が利用価値は高いな。いいだろうタケル、貴様の好きにせい」

タケルは、ポリニャックの縛られていたヒモを切った。

そして耳を掴み、上空から地上に向かって放り投げた。

この高さから落とされたら無事ではいられないだろう。

「そおれッ! 忘れもんだ!」

タケルは、オパールとネパールの死体も一緒に投げ捨てた。

処刑終了。時間にして5分ほどの短い時間。

タケルは血に染まった刀を握り締め、アマテラスにニヤリと笑いかけた。

そのドス黒い後味の悪さに、兵達はタケルに近づこうとはしなかった。

誰もが仲間を裏切った男の残虐さを見せ付けられ恐れ戦いた。

「見たか皆よ! これからの激動の時代の覇者となるには、この男のような修羅にすら負けない強い精神を持つ者なのだ! 皆の者! 弱い心を捨て、正しき明日の為に我々は戦っていこうではないかッ!」

「おおおおッ!」

兵達はアマテラスに拍手喝さいを浴びせた。

兵達はひとりの非道なるサムライと、崇高なる指導者の姿に力強い支えを感じた。

弱い正義よりも強い悪が正しい時もある。

人の心の奥底にある悪意を、大義名分として吐き出せる快感に、皆の心は酔いしれていた。


 その様子を遠くの物陰から見詰める紅薔薇。

「ついにやってしまったね……あんたはもう、あの頃のタケルじゃないんだね……

でもそれも仕方のないこと。あたしだってもうあの頃のあたしじゃないんだから……」

紅薔薇は、自分自身に言い訳するように、タケルを理解しようとしていた。

変えようのない過酷な運命を刻まれた者は、その運命に黙って従うしかない。

「あれがオボロギタケルの本性か……恐ろしい男だ」

紅薔薇の横には犬神が立っていた。

「紅薔薇様、あの男のところに行かなくてもよいのですかな?」

「タケルにはもうあたしは必要ないのさ……そして、あたしにとっても必要がない……善十郎、人は変わっていくものなんだね……」

「確かに人の心というのは変わっていくものです。しかし、唯一変わらぬものがあります。それは私のあなたへの愛なのです、紅薔薇様」

「……善十郎……」

「さ、ここは、私達のいる場所にふさわしくありません。私の部屋へ行きましょう」

「……あぁ……」

犬神は紅薔薇の肩を抱き、その場を去ろうとした。

紅薔薇は、一度だけタケルの方を振り返り、寂しげな表情を残した。

(これで本当にさよならだね……タケル……)


 大勢の兵の前で先頭に立ち、士気を高めているタケル。

それはまさしく、欲望と野望にとりつかれた悪魔のようであった。

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