第21話 愛すればこそ


想いが重なれば、大きな力を発揮する

想いがすれ違うならば、大きな虚しさに繋がる

諸刃の剣を握ったサムライは

自らを傷つけるように剣を振るう



 第二十一話 『愛すればこそ』



 ドッズ……ウゥ……ン!

激しい衝撃と爆発音が鳴り響く。

タケルと紅薔薇の戦いの波紋は、ここヤマトの城内まで届いていた。


「うお? い、今の地響きは?」

「どうやら、第三の門まで進入を許してしまったようだな」

「本当か? まったく何をやってんだか白狐隊は……」

牢屋の見張り番が言葉を吐き捨てる。

「第三の門……紅薔薇様か……」

牢屋の中にいる男がそう呟いた。

「そう言えば、紅薔薇を連れ帰ったのはオマエらしいなぁ。あんな女を洗脳したって戦力になるのかね?」

見張り番は、牢屋の中にいる男に話しかけた。

「なるワケないさ、一度はここを逃げ出した女だろ? はははっ」

もうひとりの門番は、その男をばかにするかのように笑った。


 薄暗い牢屋の隅であぐらをかいている人物。

それは、タケルたち餓狼乱との戦いで失脚した犬神であった。

犬神は、見張り番を横目にチラと見ると、クールに笑って髪をかき上げた。


「貴様ら、その口のきき方、気にいらんな」

「なんだと? 作戦に失敗して処刑されなかっただけでもありがたく思え!」

牢屋の見張り番が声を荒らげた。

「ふふ……フフフ……」

「何がおかしい!」

「それでは聞くが、失敗を許さないアマテラス様が、何故、私を殺さずにここに入れたと思うのだ?」

「はん!? な、何を言っているのだ!」

「アマテラス様は、私に目をかけて下さっているのだ。私はこの牢で禁固刑を受けてはいるがいずれここを出る。その私に無礼を働けばどうなるか……わかるな?」

「くっ! お、おまえ如きが、そ、そんな脅しをしても無駄だぞ!」

「おい、よせよ! 確かに、作戦に失敗しても処刑されなかったって事は、やっぱり……」

「よく見てみろ、これを」

犬神はそう言うと、右腕に縫い付けてある紋章を指差した。

「そ、そう言えば、オマエの冠階はまだ小武……われわれは大兵……ということは……」

「私の方が、冠階は三つも上なのだぞ?」

ふたりの見張り番は、顔を見合わせて青い顔をした。


 どうやら、このヤマトの国では、腕の紋章によってその地位が決まっているらしく、

それは『冠階十六位』と呼ばれているらしい。ちなみに、その冠階は下記のようになっている。

(※カッコ内はその色を示す)


最皇 (濃金■)

賢皇 (薄金■) 


大臣 (濃銀■)

小臣 (薄銀■)


大使 (濃赤■)

小使 (薄赤■)


大将 (濃青■)

小将 (薄青■)


大武 (濃緑■)

小武 (薄緑■)


大長 (濃桃■)

小長 (薄桃■)


大兵 (濃紫■)

小兵 (濃紫■)


大民 (濃黒■)

小民 (薄黒■)



 ヤマトの国の支配階級は絶対である。

自分より位の上の者に逆らう事は、ヤマトの戒律を冒涜するものとされ罰せられた。

その厳しい秩序により、この世界で一番の軍事国家として繁栄しているのだ。



「しっ! 失礼いたしましたぁ! い、犬神さまぁ!」

「わかればよい。それよりも、その侵入者の情報が入り次第、私に教えてくれ」

「は、はい! 承知しましたぁ!」

牢番の2人は、深々と頭を下げ謝罪した。それを見た犬神は嬉しそうにニヤリと笑った。


(このヤマトに進入者とは……

まさか、あのタケルという男が、紅薔薇様を助けにきたのではあるまいな……

ふっ、まさかな。この国に単独で侵入するなど自殺行為に等しい。

それにしても、紅薔薇様はご無事であろうか?

洗脳されたのは致し方ないが、いずれ私が解いてあげましょう……私の愛の力で……)

犬神善十郎は、鉄格子の隙間から空を眺めた。それは、どこか妖しい曇り空だった。



 場面変わり、こちらはヤマトの第二の門。

鉄一族の復讐を誓う鉄円と、憎悪によってインガを増幅させた烏丸薊の戦いは続いていた。

円はその強大なインガの力によってピンチを迎えていた。

はたして、ふたりの決着は如何に!


「くひゃひゃ! どうやら片付いたようね!」

「か、片付いた……ですって?……」

「そう、紅薔薇の炎のインガは私も一目置くほど強力。それにしてもバカな女ねぇ、ヤマトを抜け出さなければ洗脳などされなかたったのにねぇ、くくくっ!」

「洗脳?……洗脳ですって……」

「まぁ、サムライの修行に脱落した、オチコボレの成れの果てには丁度良い結末だわねぇ」

「うく!……そ、そんな、ヒドイことを!」

円は、喋るのもやっとな程、体中傷ついていた。

「ひどい? 何が?」

「ヤマトは獣人族をも洗脳しているのよ! それがどんなにヒドイ事かわかっているの!?」

「ふふ、利用できるものをただ利用しただけ……人間ってそういうもの、あなただってそうでしょ?」

「ち、ちがう! 私はそんなことはしないわ!」

「利用する人間が利用される人間を利用するだけなのに、全く、私のまわりの人間はバカだらけですわ!」


 ドギャオン! ドガッ!

薊の攻撃が円を襲う。

円は無防備のままその攻撃を喰らい、階段に叩きつけられた。


「ぐうっ!……うぅ……」

薊はゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

「本当に世の中は馬鹿だらけですわ……紅薔薇もそう、タケルという男もそう、それにあなたもそう……そして父上も!」

薊はふるふると震えていた。

す ると、取り乱していた顔つきが、また冷静にもどった。

「ち、父上?……烏丸家党首の……」

「そうよ! 一番バカなのは父上だわ!」

「じ、自分の父親を悪く言うもんじゃないわ……それがどんな親でも……」

「うふふ! 私の事をウソつき呼ばわりする者は、たとえ親でも許しませんわ!」

「うそつきですって?」

「そうよ、私のついたウソがバレたのは三年前、そう、ついはずみでポロッっとね」

「な、なんの話よ?……」

「ふふ、あなたの父が殺された原因の話よ」

「なッ、なんだと!? お父様の!」

「あなたの父が殺された原因は反逆罪。それは私が、あなたの父がお父様の命を狙っているって嘘の告げ口をしたから。そして、私自身もわざと傷まで作って信じ込ませたのよ」

「お、おのれッ!!」

「うふふ! でもね、ついうっかり喋ってしまったのよ。あの時はちょっと機嫌が悪かったのに、お父様の説教が鬱陶しくてね」

「それがどうしたって言うのよ!」

「父上は私を問い詰めたわ……だから私は言ってやったの、騙されるほうがバカなのよってね?」

円は信じられないという顔つきで薊を見た。

「それよ! ちょうど今のあなたのような顔つきで、私に問い詰めてきましたわ。そして、烏丸家にドロを塗るつもりか! って言ったのよ? どう、おかしいでしょ?」

「な、なにがよ……?」

「だって、ドロを塗られたのは私の方なのに、幼き頃、あなたの言葉で傷つけられた私の心を、父上はわかってくれなかったわ」

「そ……それで、どうしたの……?」

「おほほほっ! 私を理解しない人間は、たとえ父上であろうと許しませんわっ! だからこの手で殺してさしあげましたわ。その頃の私のインガは、すでに父上を越えてましたからね、おほほほほ! くひゃくひゃくひ!」

薊の表情は、またもしても狂った顔に変わった。


 しばしの沈黙。そして、円はうつむいたままボソリと呟いた。

「そう、これで安心したわ……」

「何をいっておるのだ? くひゃひゃ!」

「確かに私はあなたの心に傷をつけたかもしれない……それはお互いまだ幼かったから、そしてあなたの心があまりにも繊細すぎたから……でも今の話を聞いて、あなたが心底腐った人間だってことがわかったわ……だから安心した……」

「ええぃ! さっきからワケのわからん事を! だからどうしたぁ! あひゃひゃあぁ!!」


「安心して殺せるからよ……」


 ドバシュッ!

突如、円の刀が薊の肩を切り裂いた。

「え?……あ、あぎゃぁ!」

突然の痛みに薊は何が起きたか理解出来なかった。それほど速い一撃だった。

「同じ女としてならまだあなたに慈悲の心があった……だが、あなたにはすでに人間の心すら残っていない……だから私は、あなたを殺しても心が痛まないわッ!」

「くひゃお! な、何をキレイ事をほざくかぁ! キサマだってあるハズだわ! 誰よりも美しくいたい! 誰よりも誉められたい! そして誰よりも勝っていたいと! それが人間の本性だわ! くきょおぉ!」

すでに薊の顔つきは、人間の顔ではなく悪魔のような形相をしていた。

「かわいそうなひと……」

ブババッ! ズバシュッ!

薊の攻撃をかろうじてかわす円。

だが衝撃波で円の体に傷が刻まれ、血が噴出した。

「あうッ!」

「くひゃはぁ! よくも私の美しい体に傷をつけたわね……キサマには私の受けた傷を万倍にして返してやるわ! 絶対に許さない……許さない! 許さないッ! きょへやーッ!」

薊は円に向かって猛然と襲い掛かる!

しかし円は微動だにせず避けようともしない。もはやあきらめたのか?

「烏丸薊……人間としてなくてはならないこと、それは痛みのわかる心……そして信じるということ……」

「許さないッ! 許さないッ! 許さないッ! 許さないッ! 許さないッ! 許さないーーーッ!!!」

「やあッ!」


 ガッキヤアァアン……!


 お互いは斬り合って体を重ねた

そして、薊の口からは血が滴った。

「な、なにぃ?……だ、誰よりも一番、う、美しい……こ、この……私が……」

ドサッ……

「あなたは女であり過ぎたのよ……」

円に持たれかかって薊が倒れる。

薊からドクドクと流れる血が、円の胸元に流れ、白い衣装を真っ赤に染めていく。

「これで終わったわ……お父様……鉄一族の無念を晴らしましたわ……」

ドサリ……

円もまた、薊に覆いかぶさるようにして倒れた。


いまここに。

十数年に及ぶ凄まじい復讐劇は幕を閉じた。どちらの信念が正しかったのかはわからない。

ただ、ひとつの執念を成し終えた後の虚しさは、簡単にぬぐえるものではなかった。


 円は薄れゆく意識の中で、夢を見た。

(父上、ごめんなさい! 私が間違っていましたわ!)

(ははは、もうよいのだ薊。私はおまえのような美しい娘を育てられて満足だった)

(うそよ! 父上!)

(うそではない。それに、おまえに素晴らしい友達ができて安心しているのだ)

(友達……?)

(そうだ。あの子はおまえにとってかけがえのない友達になるだろう。だから私はもういくよ。安心しておまえから離れることができる……さようなら、薊……)

(まって! 父上! 謝るから! 薊があやまるから待って父上! 父上~っ!)


 それは薊の心の意識だった。それが円の意識に伝わってきたのだろう。

(泣いていた……薊が泣いて、とっても悲しそうだった……かわいそうな子……)

すでに円の心からは、薊を恨む気持ちは無くなっていた。

円は血で染まった薊の顔をさすりながら微笑んだ。

「あなたの言った人を憎むという気持ち……それだけは正しいのかもしれない。

私は子供の頃から、あなたの美しさに嫉妬していたわ……だからお互い様ね……

あぁ、あなたは美しい……あの時のままずっと……」

円のまぶたはゆっくりと閉じ、そして深い眠りについた。


 ピィ~~、ヒョロロ~~……ピィ~……


 美しい笛の旋律が響き渡る。

「勝負がついたか……すでに姉上の邪念はこの場にない。これで姉上も安らかに眠ってくれる……

そう、私の知っている優しい姉上にもどってくれた……感謝せねばな、あのタケル一味には……」

その男は、笛を腰に仕舞い立ち上がった。

「さて、私も行くか、第四の門へ……」

「はい。烏丸様」

烏丸神と春菊は、霧の中へと消えていった。




 一方、こちらは洗脳された紅薔薇の攻撃を受けたタケル。

「タケルーーっ!」 「ダーリン!」 「タケルさあんっ!」

紅薔薇の十二点発火攻撃、『火影』の爆発で、辺り一面が爆風に包まれた。

モクモクと舞い上がる煙が、徐々に風に流され消えていく。

そこには……

「タケルっ! 無事だったのね!」

タケルは立っていた。

紅薔薇のインガを全身に受けつつも、タケルは立っていた。

「紅薔薇……今までおまえの気持ちをわかってやらなくてすまなかった……おまえの悲しみは全部俺が受け止める。だからもっと俺にぶつけてみろ! 俺は何度でも耐えてやるッ!」

「タケル……」

「ダーリン無茶だっぴょ! これ以上、攻撃に耐え切れないだっぴょよ!」

「大丈夫だ……だからおめぇらは下がっていろ……さぁ来い! 紅薔薇ッ!」

「ぎぎっ……こいつは敵! こいつは敵! ぎぎぎっ!」

紅薔薇は、両手を大きく挙げて掌からインガの炎を発射した。

ボヒュヒュヒュン!

紅薔薇の再度の攻撃! またも十二点、いやそれ以上の数のインガがタケルを襲う!

「タケルぅーー!」

ドッガァアアン!

門のまわりの岩は爆風でガラガラと崩れ、中心部はドロドロに溶解していた。

煙と蒸気がモワモワと立ち込もり、そこにタケルはかろうじて立っていた。

「ゼィ!、ゼィ!……まだだ、まだ打ってこい紅薔薇……ゼィ! ゼィ!」

「く!……こ、このォ!」


 洗脳された紅薔薇は、困惑していた。

自分の全力のインガを喰らって、何故この男は立っていられるのだろうか?

それに何故、攻撃を仕掛けてこないのだろうか?


「ぐ……うがぁ! 来るな……来るなッ!」

紅薔薇は、タケルに向かって炎のインガを目茶苦茶に投げつけた。

ヒュン! ヒュン!

しかし、タケルには当たらない。

というより、タケルの体のまわりの青白いバリアーが、炎のインガを捻じ曲げてしまっていたのだった。

「あれは……インガの盾?」

「ち、ちがうだっぴょ! あれは、攻撃そのものを逸らしてしまうインガだっぴょ!」

「す、すごい……いつの間にあんな技を?」

「円との修行中には見たこともない技だ……たぶん、この戦いで、タケルの悲しみによって編み出された技だろう……」

オパールは、戦いの中で強くなっていくタケルの成長に驚いていた。

タケルは、紅薔薇を睨みつけたまま歩み寄っていく。

「く……来るな! 来るなぁ!」

恐れ戦いた紅薔薇は、ついにそのインガを切らした。

「あ……あぐぐ……」

ぺたりとその場にへたり込んだ紅薔薇の前に、タケルは立ち止まった。

「紅薔薇、もういいんだ……もういいからさ……だから帰ろう、俺たちのアジトへ……」

タケルは屈み込んで紅薔薇を強く抱きしめた。

「あぐ! 放せ! この!」

「いや、はなさねぇ……やっとおまえを捕まえたんだからな、だから放さねぇ……どんなことがあっても……」

「タケル……」

萌やポリニャック達は、誰ひとり口を挟めず、ただそれを見守るしかなかった。

「うう……うああ!……」

一瞬だけ穏やかになった紅薔薇の顔は、またも苦痛に歪んだ。

「や、やめろーッ!」

「ぐああッ!」

紅薔薇のインガを間近に受けたタケル。

そして、遂にはタケルも限界になり、その場に倒れてしまった。

「これで終わりだ! 消えろ!」

紅薔薇は、タケル目掛けてインガを放った! タケル絶体絶命! その時!


 バッシュウ!


紅薔薇は何かの殺気を感じ、攻撃を止めて体を捻った。

腹部からは、血がしたたり、へそにつたった。

「貴様!?」

紅薔薇の睨む先。その先には、手刀を構えるオルレアの姿があった。

オルレアは、殺気の篭った鋭い表情で紅薔薇を睨みつける。 

「オルレア! いつの間に!」

オパールは驚いた。

「ま、また、オルレアが戦闘モードになっただっぴょ!」

「うがあッ!」

「うう!」

オルレアはその場から飛び跳ねて紅薔薇を襲った。

両手から繰り出される手刀を、紅薔薇はなんとかかわす。

「この! くらえッ!」

紅薔薇は炎のインガを放った。さすがにオルレアの手刀では防ぎきれないだろう。

しかし、オルレアは素早くタケルの持っていた刀を手にすると、それを構えて攻撃を防いだ。

そして、そのまま紅薔薇に斬りかかる! 紅薔薇も刀を抜き受け止める!


 ガッキィン……!


 耳をつんざく音が響き、オルレアと紅薔薇の鍔迫り合いが始まった。

「何者だ、貴様!? タケルの仲間か?……ん、おまえは……」

「うううッ! うあーッ!」

両者は弾かれるようにして距離をとった。

「うう! な、なんだ……私はおまえの事を知っている……誰だ……ううう! 頭が割れる! うううっ!」

その時、紅薔薇が激しく苦しんだ。

「紅薔薇! どうしたッ!? しっかりしろッ!」

「うわああああッ! おおおッ! く、来るな! 近づくんじゃない! おまえは達は私の頭をぐるぐると引っ掻きまわす! うあああッ!」

紅薔薇は頭を押さえてもがき苦しんでいた。

どうやらオルレアの事を知っているようだが……?

「ハァッ! ハァッ! この痛みから逃れるにはキサマを殺すしかない! 来い! 我が武神機、『秋桜紅蓮(コスモスグレン)』!!


 ズゴゴゴゴゴッ!

 

 鈍い地響きが起こり、門の向こうから真紅の武神機が現れた。

「あの武神機……どこかで見たことがある!」

タケルは知っていた。その武神機の姿を。

色こそ異なっているものの、それは撫子が地球で乗っていた武神機だった。

その武神機は、『秋桜一式(コスモスいちしき)』という名だった事を、タケルは思い出した。

「あの時の……でもこいつは全身真っ赤だ……まるで灼熱の炎のように赤い!」

紅薔薇は、その武神機、『秋桜紅蓮』に飛び乗った。

「おまえがいると私は不快になる! 蚤で頭を引っ掻き回される感覚だ! それを消してやる!」

「やめるんだ紅薔薇! その武神機から降りるんだ! そこはおまえのいる場所じゃねぇッ!」

「うるさーーいッ! だまれだまれ!消えろーーッ!!」

秋桜紅蓮は両腕を構え、炎のインガを発射しようとした。

いくらタケルと言えども、生身の体で武神機の攻撃に耐えることは不可能だ。

だがタケルは、その攻撃に怯える事もなく、正面からそれを受け止めようとしていた。

それはタケルの本気の誠意であった。

「なッ……! この男……私をなめるなーッ!!」

ズドドドドッ!

極大の炎のインガがタケルに向かって発射された。

「タケルーー! よけてーーッ!」

「ダーリン!」 「タケルさーーんっ!」

バシュウッ!

「なんだ!? 今のは……?」

オパールはその時見た。

萌、ポリニャック、ネパールの体が光り、その光がタケルのもとへ集まっていった。

それがバリヤーになりタケルの盾になったのだ。

「へへっ、すまねぇなみんな……ちょいと力を借りるぜぇッ!」

ボボボォウッ!

タケルの体のまわりを大きな光りが包み炎のインガを弾いた。

「なんだッ! あの光りはッ!? えぇーい、キサマは鬱陶しいんだ! くっ! なぜだ! なぜ攻撃できないッ!?」

紅薔薇は秋桜紅蓮で、タケルを攻撃しようとした。

しかし、秋桜紅蓮は攻撃できないどころか、操縦を一切受け付けなくなってしまった。

「どうしたというのだ、秋桜紅蓮! なぜあの男を攻撃しないんだッ! 私の言うことを聞けーい! ぐううっ! うわあああッ!」

紅薔薇は、締め付けられるような痛みに頭をかきむしった。

「ううう……この場にはいたくないッ! いや、いられない! うううッ!」

ボシュー!

紅薔薇の秋桜紅蓮は、空中へと飛び去っていった。


「ハァ! ハァ!……紅薔薇……待て! 待ってくれ!」

ドサッ……

しかしタケルはその場に倒れこんでしまった。

無理もない。いくらインガの盾で防いでいても、あれだけの攻撃を受ければ無事ではすまない。

「タケル、大丈夫?」 「ダーリン!」

みんながタケルを心配して集まってくる。

「あぁ、なんとか大丈夫だぜ……心配すんな……」

「ばか! そんなひどい火傷で大丈夫な訳ないでしょ!」

「なぁに、こんな傷、あいつが受けた心の傷に比べたら屁でもねぇさ……」

「タケルさん、とにかく私のインガで治療します! じっとしていて下さい!」

「いや、それよりも早く紅薔薇を追わないと……」

タケルは傷ついた体を無理やり動かそうとした。

「動いちゃダメですっ!」

バチンッ!

突然ネパールの張り手がタケルの頬をとらえた。タケルは驚いている。

「あ! ゴメンなさい!……で、でも、ヒドイです、タケルさんは……戦っているのはあなただけじゃないんですよ!……何の為に私たちがいるのかわからないじゃないですか!?」

ネパールの頬に涙がつたった。それを見たタケルは少し落ち着きを取り戻した。

「あぁ、すまないネパール……そうだったな、俺はもうひとりじゃない……こんなに頼りになる仲間たちと一緒だもんな……」

皆は顔を見合わせてニッコリ笑った。

「さっきはサンキューな……みんな、力貸してくれてよ」

先ほどのタケルを守ったみんなのインガ。あの不思議な現象は何だったのだろうか?

「それにしても、紅薔薇は一体どうしてしまったのだろうか……」

オパールは皆に問いかけるが、それに答えられる者はいない。

「あ、あの人、私の事を知っていた……それにとっさにまた戦ってしまった……私は一体何者なの?」

オルレアの問いにも答えられる者も誰一人いなかった。


「とにかくベニバラを追うしかないだっぴょよ……」

「そうね、紅薔薇さんをあのままにしておけないわ」

「あいつが向かったのはこの先、第四の門だ。こっから先はさらに危険になる……それでも皆はついてこれるか?」

「あたりまえ! というか紅薔薇さんを助けたいのはタケルだけじゃないのよ。ね、みんな?」

「そうですよ、タケルさんだけひとりで背負わないでください」

「ダーリンにはウチがついてないとダメだっぴょからね!」

「ここまで来たからには、最後まで行かせてもらうぞ」

「私も知りたい……自分が何者なのかを……」

皆はタケルと顔を見合わせた。

「よし! じゃあ紅薔薇を追う。いくぜーーッ!」


 ヤマトの国の洗脳技術によって、タケルを襲ってきた紅薔薇。

やはり何者かによって操られているのだろうか?

紅薔薇の搭乗した武神機、『秋桜紅蓮(コスモスグレン)』とは?

そして第四の門で待ち構える敵は誰?

とにかくいそげ! タケル!





 ここは第四の門。

喜怒哀楽の『楽』と名づけられた紫色の門。

だがその言葉とは裏腹に、苦しい戦いになることは容易に予想出来る。

タケル達は今、最後の門にたどり着いた。そこで待ち受けていた者は……?


「ついにここまで辿り着きましたか……タケルさん」

タケル達が第四の門へ到着すると、すでにその門は開かれていた。

そこには、タケルにとって忘れることの出来ない人物がいた。

その人物こそ、雪山でタケルが手も足も出ずにやられた相手、烏丸神であった。

そしてもうひとり、冷酷な烏丸の部下、春菊だった。

「キサマ……烏丸神ッ!」

「あ! 雪山で会った笛吹きだっぴょ!」

「お久しぶりです、タケルさん。それにそちらは、私の笛の音で眠らなかった獣人の子……これはありがたい、なぜ私の笛が効かなかったのか、これではっきりさせる事ができます」

「へへ……ポリニャック、あのヤロウはおまえをライバル視してるぜ?」

「ふん! ウチはあんな男に興味ないだっぴょよ!」

タケルとポリニャックは構えをとった。

「そう慌てないで下さい、まだ私は戦うと言ってないのですから」

「なんだと?……どういうこった!?」

「まずは、あなた達にお礼を差し上げたいのです」

「お礼だと? ヘンッ! 何を言ってやがる! 俺はてめぇに礼を言われる筋合いねぇぜッ!」

「勘違いしては困ります。私はあの鉄一族の女性に礼を言っているのです。お仲間なのでしょう?」

「女性……円のことか? 円がどうしたってんだ! あの二人の決着はどうなったんだ! 教えろッ!」

タケルは烏丸に、強い剣幕で問い詰めた。

「やれやれ、騒がしいお人だ。あなたには品性というものが全く感じられない」

「あの人すごい! そのとおり当たってるわ……」

萌は烏丸の観察力に関心した。

「ってオイ、萌! ちっ、どうせ俺は下品だよ!」

「ダーリン、男はそれぐらいがちょうどいいだっぴょよ!」

「おお、ポリニャック! わかってくれるのはおまえだけだぜ。それにしても萌は男を見る目がねぇよなぁ」

タケルは萌の方をチラッと見た。

「何よ! それどういう意味!」

「ちょっとふたりとも! 今はそんなことしてる場合じゃありませんよ!」

(もうっ、また仲良くケンカして!)

ネパールは、ふたりの夫婦喧嘩に嫉妬したので、それをすぐさま止めた。


「ふふふ……まったく楽しませてくれる人達ですね、あなたがたは」

「それで円はどうなったんだ! オマエがなんで円に礼を言うんだよッ?」

「第二の門……あの門番である白狐隊の烏丸薊……」

「烏丸薊……おまえの姉さんってヤツか」

「そうです、私の姉です。私の姉は病気でした、それも心の病気……」

「病気だと?」

「そうです。しかし最後は、優しい姉に戻って死ぬ事ができた様です。礼をいいます、ありがとう……」

烏丸神は深々と頭を下げた。

「あ、どういたしまして……」

タケル達も思わず頭を下げてしまった。

「死んだって……という事は円が勝ったってことか? やったぜ、さすが円だ!」

「それはどうでしょう? 私がインガで探ったところ相打ちだったようですから、鉄一族の女性も無事で済まないでしょうし、死んでいてもおかしくありません」

「なんだと! 円が……そんな……」

「タケル! まだ円さんが死んだって決まった訳じゃないでしょ! それには早くこの人を倒して紅薔薇さんを救出しないと!」

「そ、そうだな……早いとこ紅薔薇を救出して円を助けないと……それにはまずこの男、烏丸神を倒さねぇとな!」

「ふっ、ふふふ……」

「なにかおかしいか?」

「倒す? 私を? あの雪山で私に手も足もでなかったあなたが私を倒す? これは傑作ですね。ふふふっ」

「ヘン! 今のうちに笑っていやがれ! 俺だってあれから修行して、ちったぁ強くなったんだからな!」

(ホントは俺がこの烏丸神よりも強くなったって自身はねぇ……でも、ここはやるしかねぇ!)


「よぉし! 烏丸神! 勝負だッ!」

「おっと、まったく気が早いお人だ。さっきも言ったように、あなたと戦うつもりはない。それに私には他に用事があるのですから」

「何だと! 逃げるのかよッ!」

「これは無礼な……弱者に本気になるのは、私の美学に沿わないと言っているのです」

「ふざけんなッ!」

タケルは烏丸神に向かって刀を抜いて斬りかかった。

ガッキィン!

しかし、春菊がそれを受け止めた。

「キャハ! 烏丸様には攻撃させない! そのかわり私がアナタを殺してあげる!」

「このイカレポンチが!」

バッキィン!

タケルは力押しで春菊を撥ね退けた。

体勢を立て直した春菊は、着地した瞬間にクナイを抜き、タケルに向かって攻撃を繰り出した。

ガッ! ガッ! ガギッ!

それを刀で受け流すタケル。

「てめぇはお呼びじゃねぇんだよーッ!」

ドガギィン!

タケルは刀を持った反対の空いた手で、春菊を殴った。

ボゴォン!

タケルの攻撃を喰らって壁に激突した春菊。しかし、無表情のままムクリと起き上がった。

「へぇ、けっこうやるんだね、アハッ!」

「ち! こたえてねぇのか」

春菊は再び構えた。

「待ちなさい、春菊!……どういう訳か知りませんが、タケルさん、あなたはこの前よりも遥かにインガの力が上がっているようですね……」

「烏丸様~、タケルは私が殺しますゥ!」

「いえ、このまま春菊が戦っても勝てないでしょう……タケルさんはそれだけの力をつけたようです」

「あ~ん、そんな~! 烏丸様~!」


「ハハハッ! どうでぇ、俺の力は! 修行して強くなってやったぜ!」

(そういえば、紅薔薇と戦った時も感じたが、俺のインガは遥かに上がっているようだ……

この春菊ってヤロウの動きが手にとるようにわかるぜ……)

タケルは、修行で自分のインガが上がっているのを実感していた。

「さぁ、どうする!? 烏丸神!」

「いいでしょう、そこまで言うなら戦ってあげましょう。でも相手は私ではない……それは……」

「ううッ……!」

タケルは驚いて声を失った。なんとそこには、武神機から降りた紅薔薇が立っていた。

「やっぱ、ここにいやがったか……紅薔薇のインガがここから感じられたからな」

「タケルさん、こういう取引はどうでしょう? あなたは噂では伝説の武神機を手に入れたとか」

「ああ、そうだ、それがどうした」

「もちろん私はそんな噂を信じてません。だが、私より実力の劣るあなたが、それを手にしているのはおかしいと思いませんか?」

「何が言いてぇんだ……?」

「伝説の武神機という存在があるのなら、より強い者がそれを持つ資格があると思うのです」

「まわりくどいこと言いやがって! 大和猛を欲しいってハッキリ言いやがれッ!」

「伝説の武神機の名はヤマトタケルというのですね。ではその大和猛をここに置いていって下さい」

「何だと!?」

「そうすれば紅薔薇さんを元に戻しますし、あなた方の命も無事だと約束します。どうでしょう? 悪い取引ではないと思いますが……」


 タケルは黙って考え込んでしまった。

確かにタケル達にとってはいい条件であった。はたしてタケルの選択はどっちなのか?


「ヘンッ! 確かに紅薔薇は助けられるし、俺たちの命も無事……こんな条件の良い取引はねぇかもな!」

「だ、ダーリン!」 「タケルっ!」

「見かけによらず愚かではないようですね」

「ひと言多いぜ。それに、ちょっと勘違いしてやしないか? 俺は大和猛を渡すなんて一言もいっちゃいねぇぜ?」

「ほう……ではどうすると?」

「決まってるだろ! 大和猛は渡さない! 紅薔薇は助ける! そしてオマエを倒す!」

「それでこそダーリンだっぴょ!」

「やはり愚かでしたか……ということは、あなたの愚かさを読みきれない私もまた愚かということか……」

「なにを言ってやがるんでぇ」

「ま、いいでしょう、そちらの望み通り紅薔薇さんを連れていっても構いませんよ」

「え? ほ、ほんとか! い、いやぁ言ってみるもんだなぁ! 俺もまさか紅薔薇を返してくれるとは思ってもみなかったからよ」

タケルは飛び上がって喜び、体を躍らせた。

「まったくもう、タケルったら調子いいんだから!」

「ただし! 紅薔薇さんがあなたと一緒に帰ると言えばの話ですが……」

「そ、そうだった! 紅薔薇はまだ洗脳されたままだったんだ……どうだ紅薔薇、俺と一緒に帰らないか?」

タケルは洗脳されている紅薔薇に向かって言った。

「いやだ、私は帰らない……タケル、あんたは私の敵だ……」

「やっぱダメか! 洗脳されちまってるんだからなぁ!」

「だ、ダーリン!ちがうだっぴょ!……ベニバラは……もう洗脳から解かれているだっぴょ……」

「は? 何言ってやがんだポリニャック。さっきから見てただろ? あいつの様子を?」

「ふふ」

烏丸神はニヤリと笑う。

「見てたからわかるだっぴょ……さっきのベニバラとは目つきも話し方も変わっただっぴょ。だから……」

「そ、そういえば、さっきの紅薔薇さんとは雰囲気が違う……洗脳が解け、もとにもどっているの?」

「バカな! それならなんであいつは俺たちと帰らねぇんだよ!」

「ふふふっ、まったく理解の悪い方だ、タケルさんは。世の中、全て自分のいいように解釈してはいけませんよ。洗脳の解けた紅薔薇さんが帰りたくないのはどういう意味か理解できませんか?」

「なんだとッ! バカ言ってんじゃねぇ! おまえは本当に正気なのか? 本当に俺たちと帰りたくないのか? えぇ、紅薔薇ッ!」

「……」

タケルは紅薔薇の目をじっと見た。しばらく黙っていた紅薔薇が、やっとその口を開けた。

「そうよタケル、私はもう帰らない……私はヤマトの国の白狐隊、『炎の紅薔薇』。ここはあんたのような下等な人間の来るところじゃない。さぁ、とっとと帰んな! 今ならまだ見逃してやるよ!」


 ズガーン!


 その場にいた者は皆ショックを受けた。

このヤマトの国に潜入した理由は、囚われの紅薔薇を救出する事。

それなのに、当の本人がここから帰りたくないのでは話にならない。全く持って意味がない。

一体何のために危険を冒してここまでやってきたのだろうか? 誰しもそんな考えが頭をよぎった。


「待てよ紅薔薇ッ! おまえは洗脳されて記憶がおかしくなっちまってんだ! だから、だからとりあえず帰って、それで……そうすれば、いつもの紅薔薇にもどるハズだッ!」

「くどいよタケル。私はくどい男が大キライなのアンタも知っているだろ?」

「う……そりゃ、そうだが……」

「私はもうあんな小汚いところに戻るなんてウンザリだよ。それよりもこの偉大なるヤマトの国で、私の力を試してみたいんだよ」

「なんだと?……てめぇ、もういっぺん……もういっぺん言ってみやがれーーッ!」

「ダメよっ、タケル!」

「うるせぇッ! あのヤロウは俺がブン殴ってやるッ! はなせ!」

萌は、紅薔薇に飛びかかろうとするタケルを必死で止めた。

「このやろうッ!」

バキッ!

萌を払いのけ、タケルは紅薔薇の顔を殴った。

「ぐっ!……こ、このォ!」

バッチィイイン!

紅薔薇も負けずとタケルの頬を殴り返す。

「てめぇ!」

「なにさ!」

ベシィッ! バチィンッ!

ふたりは殴りあった。何度も何度も殴りあった。ふたりともインガは使わずに。


「はぁ……はぁ……」

「ゼィ……ゼィ……」

お互いの顔は真っ赤に腫れ上がっていた。

「まったく……強情なやろうだぜ……さぁ帰るぞ!」

紅薔薇の腕を引っ張るタケル。

「強情なのはどっちだい! あたしは帰らないって言ってんだよッ!」

「なんでだよ! 餓狼乱で皆が待っているんだぞ!」

「あんなちっぽけな集まりで何が出来るってのさ? タケル、あんたは知っているのかい? 今、この世界に何が起きているのか? そして何をすべきかを!」

「そ、そんな事、俺の知ったこっちゃねぇ! とにかく帰るんだ!」

タケルは紅薔薇の長い髪を強引にグイと引っ張った。

「おやおや、あなたには女性の扱い方というものがまるでわかってないようですね」

「うるせぇ、烏丸神! これは俺と紅薔薇の問題だ! ひっこんでろ!」

「ふふふ……そう言う訳にもいきません。紅薔薇さんもヤマトの国の重要な一員なんですから。もし、それを本人の意思とは無関係に連れて行くというのなら、私は容赦しませんよ」

ギラリ。烏丸神の目が鋭く光る。


(重要……このあたしがヤマトにとって重要……)

紅薔薇は、烏丸神の言葉に胸打たれた。


「待って!……あの、その……あなたは私の事を知っているの!?」

突然、オルレアが紅薔薇に向かって叫んだ。

「あんたかい……ああ、知っているよ」

「ほ、ほんとなの?……私はいったい誰なの?」

「ん?……そういうことかい、記憶喪失ってわけだね」

オルレアは無言でうなづいた。

「なんでアンタがタケルの仲間になっているかは知らないけど、アンタはもともとヤマトの人間なんだよ」

「えっ! そ、そんな……?」

「ウソじゃないよ、アンタはヤマトの特殊攻撃部隊、犬神の部下だったのさ」

「わたしが……ヤマトの?……そんな、ウソよ……」

「笑わせるねぇ、まさかアンタがそんな可愛らしい態度をしてるなんてさ? だって、アンタの本性は……」

「あ、あ、あ……や、やめてーっ! イヤ! イヤ! 言わないで!」

オルレアは頭を左右に激しく振った。どうやら、少しずつ記憶が蘇ろうとしているらしい。

「どうやら、思い出したようだね。ふふ、そうかい、そんなにタケル達に聞かれたくないことなのかい? だったら、尚更言いたくなってくるねぇ」

紅薔薇は意地悪そうに笑った。


「やめろーッ!」

その時、オパールがいきなり紅薔薇を攻撃した。

紅薔薇は軽々とその拳を受け流し、平手を繰り出した。

パァン! ドガッ!

オパールは勢い余って壁に激突した。

「兄さん! 大丈夫!?」

「うう……だ、だいじょうぶだ……そ、それより、オルレアがヤマトの兵だなんて、ウソだ……」

「しつっこい男だね、あたしゃ、こういう男が大っ嫌いなのさ!」

「く、くそ……この!」

オパールがふたたび紅薔薇を攻撃しようとすると、オルレアはそれを止めた。

「やめて! オパールさん!」

「し、しかし……!」

「いいの……私、少しずつ思い出してきたの……私がヤマトの兵だったのは本当よ……」

「そ、そんな……オルレア……」

「でもね? そんな私でも、オパールさんやタケルさんたちと一緒にいて、心が休まっていくのを感じたのは本当よ……なんていうか、戦いに明け暮れていた自分が、優しい自分に変わっていくようだった……」

「フン! だから何が言いたいのさ!」

「だから、私はみんなとこれからも一緒にいたい……オパールさん達と一緒にいたいの!」

「ふん……もとヤマトの兵にそれが許されると思っているのかい?」

「あ、あなただってそう思っている筈よ。タケルさん達と一緒にいたいって思っている筈よ!」

「ふざけるなッ」

シュッ! バギッ!

紅薔薇はオルレアに攻撃を加えた。よろめくオルレア。

ブンッ! バッ!

紅薔薇の次の攻撃。しかし、オルレアはそれをかわした。

そして、手にインガを集中し手刀を作り出し、紅薔薇めがけて繰り出す。

「おっと、やっとアンタの本性が見えたね!」

「う!……く!」

オルレアは、紅薔薇に攻撃をするのを躊躇した。

「むかつくねぇ、アンタの煮え切らない態度……それでもヤマトの攻撃部隊、残虐無情の殺戮鬼オルレアかい!」

「や、やめて! その名前は呼ばないで! ああああぁ……」

オルレアはその場に泣き崩れ、頭を掻き毟った。

「うくく……あっはっはっは!」

(そうだよ、それだよ……もっと悩み苦しむがいい!

あたしだって、もとヤマトだってだけで、どれだけ悩んだか……

そして、タケルの事でどんなにつらい思いをしたか……

それを誰もわかってくれない……あたしだけ悩むなんてバカらしい!)

「もっと苦しむがいい!」


 バチィッ!


 紅薔薇の頬を引っぱたいたのはタケルだった。

「ふん! いくらたたかれたって!……え……」

タケルの表情は、さっきまで怒っていた表情とは違い、とても悲しそうだった。

「紅薔薇……てめぇ……そこまで捻くれちまったのか……」

タケルの声は、震えるようなか細い声だった。

「う……」

その声を聞いた紅薔薇は、タケルが自分を愛想つかしたのだと感じた。

「も、もう知るもんか! こうなったら、あたしは絶対に帰らないよ!」

「いや……おめぇは俺が連れていく……どんな事をしてもな……」

タケルの気迫に紅薔薇は飲まれてしまった。


 一瞬の間が空いた。

紅薔薇は唾を飲み込むと、烏丸の顔をチラリと見た。

「ふ、フン! タケル、このままじゃ拉致があかないし、あんたの性格上、簡単には引き下がらないだろうね」

「当たり前だ!」

「だったらひとつ賭けをしようじゃないか? ここにいる烏丸様とあんたで戦うのさ」

「なにぃ?」

「ふふ……それも面白いですね」

烏丸はニヤリと笑った。

「そして、もしあんたが烏丸様に一太刀でも入れることが出来たらあんたの勝ちだ。あんたの言うことを聞いてやるよ。ま、無理だと思うけどね」


 紅薔薇の提案した『賭け』。

それは以前、烏丸神に手も足も出ずにやられてしまったタケルにとっては、十分に不利な条件であった。

神選組と呼ばれる超越したインガの前に、タケルには勝ち目がないことを紅薔薇は確信していた。

だから、タケルが烏丸神との力の差を思い知れば諦めて引き下がると思ったのだ。


「……いいぜ? 受けて立つぜ、その『賭け』とやらを! こいッ、烏丸神!」

「おやおや、私の承諾なしに勝手に話を進められても困りますね……」

「でもよ、まんざらでもねぇって顔してやがるぜ。てめぇも相当の好きモンだな。戦いの、な」

「タケルさんには言葉で言っても引かない。なら、私が体で教えるしかないでしょう?」

「教えるときたもんだ?」

「そうです。これは調教です」

烏丸神は腰から刀をスラリと抜き、刀が地面スレスレの位置になるよう片手で構えた。

静かながらも強いインガが烏丸神から発せられる。

「へへ、さすがだな。気を抜いたら一瞬でやられそうだぜ。こちらもエモノを出すとするか」

タケルも背中に背負った黒い刃の刀を抜き、両手でギュウと構えた。

「その刀は『一心』。鉄一族に伝わる名刀ですね。それをあなたに託すとは、鉄一族はよほどあなたに期待しておられるようだ」

「このボロ刀が名刀だって? ヘン! 刀の良し悪しだけで勝負が決まるかってんだ。大事なのはてめぇの腕だぜ!」

「ふふ……そうとばかりは限りませんよ? 刀の持つ潜在能力は、使う者の力を何倍にもすることがありますからね。例えるなら、あなたが伝説の武神機を使うのと同じようにね」

「それじゃ俺がまるっきり、武神機のおかげで強くなったみてぇじゃねぇかよ!」

「おやおや、今度は理解が早い。まったくそのとおりですよ。ふふふ……」

「テメェ! おりゃあッ!」

ガッキィィン!……ザス!

烏丸神は、手にした刀を片手で振り上げた。

すると、タケルの刀は吹き飛ばされてしまい、少し離れた地面に突き刺さった。

「うぐッ!」

「何をしているのですか? 早く取りに行って下さい。それとも、もう終わりにしますか? 最初の一撃でこれでは全く勝負になりませんね。ふふふ」

「くッ! っの野郎ッ!」

タケルは、地面に突き刺さった刀を引き抜き、烏丸に切りかかった。

ブンッ! ブンッ!

しかし、タケルの太刀は全くかすりもしない。烏丸は目を閉じて余裕の笑みを浮かべている。

「この野郎、余裕こきやがって! なら!」

タケルは左の手のひらを烏丸に向けた。

メキメキメキ! ボッゴオン!

タケルの放ったインガで、烏丸のまわりの地面が陥没し大きく弾けた。

「!」

烏丸は大きくジャンプ。そこにタケルもジャンプして合わせる。

烏丸はタケルの攻撃を読み、空中でタケルを蹴り飛ばした。

「ぐおッ!」

「ふっ、複合攻撃の初歩ですね、そんな技は私には通用しませんよ」

「へっ、そうかよ、じゃあこの攻撃もわかってたのか?」

「なに? ハッ!」

烏丸はタケルの手に刀が握られてないのに気付いた。地面から上を向いて突き立てられた一心の刃先から、烏丸に向けてインガの閃光が発射される。

バシュシュッ! バッチィン!

思わぬ方向からの攻撃に、烏丸はインガの防御が間に合わなく手で弾いた。

「ぐうう!」

インガの込められてない烏丸の素手は、ビリビリと痺れてしまった。

「なんでぇ、初歩の攻撃でも効果あるじゃねぇか、なぁ烏丸さんよ?」

タケルは小バカにした態度で、烏丸に向かって言った。

「キサマ! いつのまに刀にインガを送っていたんだ! この私がそれに気付かないとはなんたる不覚!」

「言っただろ、この前の俺とはちがうって? それに今のは飛び道具だから、一太刀には入れなくていいぜ」

「ぬぅ! 余裕を見せているつもりか?! この烏丸神に向かって!」

「来な!」

ガギィン! ギャンギャン! ギャリィン!

タケルと烏丸の刀は何度もぶつかり合い激しく弾かれた。どうやら今のところは互角のようだ。

「なにぃ! どういうことだ? さっきの一撃目とはまるで太刀筋が違う」

「へへん! どうやらこの刀と俺のインガが合ってきたみてぇだぜ!」

「確かにその刀と同調していくのがわかる……ふふ、どうやら今までのタケルさんとは違うようだ。私も少し甘く見ていたようです」

「いいってことよ、俺が強くなり過ぎちまったからいけねぇんだ。わりぃわりぃ」

「減らず口も終わりですよ……」

烏丸は腰から笛を取り出し口にあてた。

「お! いよいよそれを使うのね?」

「ダーリン、やばいだっぴょ! その笛の音を聞くと眠ってしまうだっぴょ!」

「わかってるって! さって、どうしたもんか……あいつの笛を聞かないようにするためには、ええと……」

タケルは必死になって考え込んだ。

「おそい! 考え込んだところでどうにかなるわけでもない! さぁ、お聞きなさい、私の美しい笛の音を!」

ピィ~ヒョロ~……

「でやぁッ!」

その時、タケルのとった行動とは?

タケルは、刀をぐるぐると必死に回しているだけだった。

その滑稽な姿からは、タケルが追い詰められた様が伺える。

「はははっ! ついにヤケになりましたか! それ以上無様な姿を晒さないよう、これで終わりにしてさしあげましょう!」

烏丸はまた笛を吹き始めた。これではタケルは完全に眠ってしまう。

それでもタケルは相変わらず刀をグルグルと回しているだけだ。

その行為に一体何の意味があるのだろうか?

「うおおおおッ!」

「ダーリンは何しているだっぴょか?! そんなことしたって……ん? なんだっぴょか、これ?」

「どうしたのポリニャックちゃん」

「うぐッ!……ぐわあっ!」

するとどうしたことだろう。突然、烏丸がうめき声を上げ、笛を手から落としてしまった。

「へへん、やっと効果が出てきたようだな! これぞ笛封じのインガだぜ!」

「タケルさんはいったい何をしたのかしら……うっ! これは!?」

「ど、どうしたのだネパール? むぐっ!」

「ふたりしてどうしたの?……あっ! タケル、まさか!」

「ふふ……そのまさかだぜ! これこそ笛封じのインガの正体!」

「これはダーリンのオナラだっぴょ! くっさ~い!」

「なはは! 俺の屁とインガのミックス技だぜ! 俺の屁は殺人的にクサイんだ。どうだ、烏丸!」

「げほ! げほ! ごほぁ!」

烏丸はその臭いに耐えかねて、四つんばいになってむせていた。

「ぐぐ!……まさか放屁とインガを合わせるとは……やるな、タケルさん!」

「おいおい、関心するなよ……」

「どうやら本気で私を怒らせてしまったようですね……もう容赦しませんよ……」


 グォオオオン……


 両手で刀を構える烏丸神。すると、烏丸のインガがどんどん強く膨れていくのを感じた。

「うっ! やつのインガがメチャクチャあがっている!」

「ふはは! 私の研ぎ澄まされたインガを刀に一転集中すれば、これくらいは造作もないこと! さぁ! 死んでもらいますよ、タケルさん!」

ドバシュッ! ギャアンッ!

タケルはなんとかその攻撃を凌いだ。

「うおッ?! こ、こいつは今までと比べ物にならないほど強い攻撃だぜ!」

「ははは! まだまだですよ! 私を馬鹿にした報いを受けてもらいましょう!」

ガァン! ドッガァン!

烏丸の凄まじい攻撃力に、タケルはそれを受け流すのがやっとだった。

「こいつはマジにやべぇ! うおおッ! 俺のインガよハジケやがれー!」

「無駄です! これで最後! 一閃雷光斬っ!」

「うがあぁー!」

バジュジュバシュー!

ふたりの刀から激しい光が放出されていく。

「た、タケルー!」 「ダーリンがんばるだっぴょー!」

「ふふ、人の声援などでインガが強くなるわけがない! 己の力こそが全てです! それを知れッ! タケル!」

「ぐおおおおッ!」

ドバシュウウゥ!

すれ違い様に立ち尽くすふたり。どちらも無傷であったが、決定的に違うことがひとつ。

しばしの静寂のあと、タケルの腕から大量の血が噴出した。

「ぐッ!」

痛みに顔を歪めるタケル。

「ダーリンっ!」 「タケルさぁん!」

ネパールもポリニャックもタケルの血を見て卒倒しそうになった。それを倒れないように抱えるオパール。

(た、タケル……!)

萌は両肩を自分で抑えながらガクガクと震えていた。

「これしきの血で驚かないで下さいよ。ふふふ……」

ボサッ。

烏丸が何かを地面に放った。そこに転がった物。それは物というよりは腕だった。

『腕』!!

タケルの左腕は、肩の付け根から綺麗にスッパリ切り取られていた。

「くくくっ! これが実力の差ですよ! はははははっ!……む?」

ガッギイィン!

「な、何だとぉ~……この男っ!!」

左腕を切り落とされたタケル。

だがそれに躊躇することもなく、すぐさま烏丸に斬りかかってきた。

「へ、へへ……片腕ぐれぇどうだってんだよ? 俺は命張ってんだぜ!」

ギィンッ!

(やる!……この男、実力はまだまだだが、それを凌駕する気迫がある。

片腕を切られたのに今まで以上の力を出してきた! あなどれん男!)

ザザザッ! ガギン! ギィン! ギャン!

「オラオラオラぁ! さっきの勢いはどうしたいッ!」

タケルの傷口からは血がドバドバと噴出している。

このまま止血せねば出欠多量で死ぬことは確実。

それなのにタケルは恐れることなく、目の前の敵にただ向かっていくのだった。

「見事ですね、タケルさん! 片腕を失いながらも気迫で私を追い詰めるとは……だがそれもここまでです! もうあなたには戦う力は残っていない! とどめっ!」

「う……おおおオオオオッ!!」



…………ん?

ここはどこだ?

その時、タケルの意識は別のところにあった。

真っ暗な暗闇の中で明るい玉が空中に浮かんでいた。

その玉のひとつを見ると、そこには片腕を失ったタケルと烏丸神が映っていた。

「あ! これ俺じゃねぇか! それに烏丸も!……あ、そうか、俺は腕を切られて……それで烏丸に殺されちまったのか? これは俺の最後の記憶なのか……ということは、ここは天国? それとも地獄か?」

(冗談ではない……)

「なんだ今の声は? どこから聞こえてきたんだ?」

(ここはお前の意識……まだお前は死んではおらん……)

「もしかしてお前、邪神アドリエルか? 伝説の武神機、大和猛のアドリエルなんだろ?」

(そうではない、私はおまえ自身なのだ。ここで死なれては私が困る。

少しだけ力を貸してやろう。そうすれば、烏丸神になど負けんだろう……さあ行け! 行って戦うのだ!)

「待て! おまえは誰だッ!……待ってくれ……!」

バシュウ!

景色が真っ白になり、タケルの意識は連れ戻された。


(あ……戻った……て、こ・と・は……俺はまだ戦える!)


「おおおおォォォォッ!」

「はああああッ!!!」


 ズバシュッ!!


 烏丸神の額からは、一筋の血が流れ落ちた。

「見事、タケルさん……この勝負はあなたの勝ちです。私に一太刀入れたのですからね……

しかし、それもあなたの命が続けばの話ですが……」

そしてタケルは。

「きゃああ! タケルぅ!!」

ドサリ……

タケルは勝負に勝った。しかし、その代償としてはあまりにも大きなものを失ってしまった。

そこに崩れ倒れるタケルには、もう刀を持つことは出来ない。

何故ならば、両の腕を失った者に、どうしてその刀を持つ事ができようか。

(タケルさん、あなたは恐ろしい男だ……両腕を失くしたあなたは、インガの気合だけで刃を作り、それで私の額を切った。あの爆発的なインガは完全に私を超えていた……あの力をもっと早く出されていたら……)

烏丸神の心に敗北の二文字が刻み込まれた。


「ダーリーンっ!!」 「タケルさんっ!!」

両腕を失い、出血多量で苦しむタケルのもとに皆が駆け寄る。

オパールはぐしゃぐしゃに泣きながら、治療のインガをタケルの体内に送る。

しかし、その切れた腕だけはどうしようもなかった。

せめて止血だけ出来れば……そう願うも、血は止まることなくドクドクと脈打って流れていく。

タケルの顔は真っ青になり、虚ろな表情だった。

「へ、へへ……あいつに一太刀入れてやったぜ……約束だぜ……紅薔薇……」

苦しみながらも紅薔薇に笑顔を向けるタケル。だが、そこで意識は途絶えてしまった。

「た……タケル……」

紅薔薇の表情は、驚きと後悔でグシャグシャに歪んでいる。

「……許さないだっぴょ! ベニバラっ! これがあんたの望んだ結果だっぴょか!!」

ポリニャックはわなわなと怒りで震えていた。

「あ、あぁ……まさかこんな事になるなんて……私はタケルがおとなしく帰ってくれればそれで良かったのに……それなのに、それなのにタケルが、私の為にこんな下らない勝負を受けるから……」

「くだらない?……それはどういう意味だっぴょかーーーーーッ!!!」

ビキッ! バチバチッ! ボッゴォン!

ポリニャックの怒りのインガで、石畳が裂け、柱が崩れていった。

(う!……凄まじいまでのインガだ! この獣人の子どもは一体何者なのだ?)

烏丸神はポリニャックの桁外れのインガに驚いた。

「やめなさい……ちょっと静かにして」

そうポツリと呟いたのは萌だった。

「何言ってるだっぴょか! ベニバラもこの男も許さないだっぴょ! こいつらはダーリンを奪っただっぴょよ!」

グゴゴゴゴゴ!……

ポリニャックの怒りで、地面がさらに激しく揺れる。

「しっ、ちょっと静かにしていて……」

萌はそう言うとタケルの前に座り、天に向かって両手を広げた。

「んっ……んんん!!」

萌の体が全身まばゆいピンク色に光り、その光りがタケルを包む。

そして、その光りは輝きをどんどん増し、やがて二人を大きく包んだ。

「ど、どうなっているのだ!」

「わからないわ、兄さん! ただ、萌さんのインガがどんどん上昇しているわ! でもこれは……とっても優しくて暖かいインガだわ!」

二人をつつむインガには誰も近づくことさえ出来なかった。


 それを見詰める紅薔薇の胸中。

(あなたがいけないのよタケル……あなたが私の忠告を無視するから……

烏丸様に歯が立つわけないのに……それなのに、それなのにあの女が何の役に立つっていうの!?

そんなことしたって無駄よ!

あなたなんかタケルのお荷物になるだけなのに!

私からタケルを奪った憎い女!

許さない! 何をしているの!?

私のタケルに何をしているの!

離れろ! 邪魔な女! 邪魔な女!)


 紅薔薇の体が燃え滾る炎のように赤く光る。

そして紅薔薇のインガが、萌に向けてぶつけられた。

「あなたがいるから! あなたが来なければタケルはあたしのものだった!!」

バシュシュシューーッ!

紅薔薇の赤い嫉妬の炎が、萌のインガとぶつかり、それが大きく弾ける。

「ベニバラ! やめるだっぴょ! これ以上ダーリンを苦しめないで!」

「うるさいッ! こうなったらこの女は絶対に許さない! 私のタケルを奪った憎い女ッ!!」

もはや紅薔薇の嫉妬のインガは誰にも抑えられなかった。


 ああ……何故、人は自分を正当化する故に相手を憎んでしまうのだろうか?

憎むことでは何も解決しないとわかっているのに。

それなのに人は感情を抑える術を知らず、ただ自分の我を貫こうとしてしまうのだろうか?

吐き出された鬱憤は新たな鬱憤を生み、そこに残される虚しさは消えいくことはないだろう。

人間の性は、憎むという本能からけして逃れることは出来ないのだろうか?

そしてここに、ひとりの女が感情のタガを外し、全てを破壊することで自分自身を守ろうとしていた。


 バチイィッ!

「うわぁッ!」

その場にいたみんなが叫んだ。

紅薔薇のインガと萌のインガ。弾き返されたのは紅薔薇のインガだった。

ピンクのインガに包まれ、タケルを抱いていた萌は立ち上がった。

「これ以上、タケルを傷つけるのは許さない……誰であっても……!」

萌は紅薔薇をキッと睨み付けた。

(うっ! あの凍るような表情……あれはどこかで見たことが……)

紅薔薇はその顔に怯え、身動きひとつできなかった。

シュウウゥゥ……

やがて二人を包んでいたインガは、小さく萎み、そして消えていった。

驚く事に、タケルの失った両腕は元通り体にくっついていた。

極限の状態で萌が放ったインガ。

そのインガが、タケルに奇跡を呼び起こさせたのだろうか?

「ダーリン大丈夫だっぴょか!」 「タケルさんしっかりして下さい!」 「起きるんだタケル!」

皆はタケルの側に駆け寄り声をかけた。

「ん……あ、あぁ……俺はどうしたんだ? フカフカの布団で眠っていた気分だぜ……

あれ、腕がちゃんとくっついている……なんでだ?」

タケルは自分の腕を動かし自由に動かせることを確認した。

「そうか、萌、おまえだな! おまえが治してくれたんだろ? 俺にはわかるぜ。サンキューな!」

「う、うん、治ったんだね?……タケルの腕はちゃんと治ったんだね……良かった」

萌はタケルの腕を掴み頬擦りした。

「良かったわ……本当に良かった……」

萌は顔をぐしゃぐしゃにして涙を流した。

「お、おい、ちょっとやめねぇか、恥ずかしいじゃねぇかよ! おいったら……」

しかし、萌はタケルの手を放そうとしなかった。

タケルは、手にこぼれる萌の熱い涙を感じて、無理に解こうとはしなかった。

「……」

それを見た紅薔薇は、何も言うことができずにガックリとその場にうなだれた。


「なるほど、そこのお嬢さんは素晴らしいインガをお持ちのようだ。自分の身を犠牲にしてまでタケルさんの腕を治すとは、素直に感動しましたよ、いや尊敬すら覚える……」

「あん? 何言ってやがんでぇ! 萌が自分の身を犠牲にしただと? 萌はこうして何ともなく……何ともなく……まさか、萌! まさかッ!」

タケルの腕を手探りで撫でる萌。すでにその目ではタケルの腕を見ることは出来なかった。

「萌! おまえ目が!……目が見えないのか? なんでそんなことに!?」

「極度に強いインガを使ったからですよ、タケルさん」

「なんだと!?」

「そもそもインガとは『因果応報』の意味であり、強い願いが実現する代わりに、本人に何かしらの報いが訪れる。それがインガの法則なのですから……」

「ちょ、ちょっと待て! なら俺は、なんで強いインガを使っても何ともねぇんだ!?」

「それは己を鍛え、インガの抵抗力を上げたからです」

「抵抗力だと……そ、そうなのか……?」

タケルは、仲間達の顔を見た。

すると、ネパールが静かに話し始めた。

「タケルさん……インガを使えば自分の精神力が減少して疲れますよね……でも、己の上限を超えたインガを使うと己にしっぺ返しが跳ね返って来るんです。上限を超えたインガを使うことは、並ならぬ精神力を必要とします。きっと、萌さんには未知なるインガが眠っていたのでしょうね……だから……」

そこで、ネパールの言葉が途切れた。


「バカヤロウ! 何で、何でこんな余計なことしやがるんだ、萌!」

タケルは目の見えない萌に向かって怒鳴った。

「タケル! 萌はオマエのことを思って……それなのになんて言い草だ!」

オパールはタケルの態度に怒り、拳を上げようとした。

「兄さん待って! ちがうのよ、タケルさんは萌さんに怒っているんじゃないわ」

ネパールはオパールの腕を掴んで止めた。

タケルは萌を抱きしめたまま、皆にそっぽを向け、地面の小石を軽く蹴った。

「あのよう、オパール……こういう時って、男はどんな顔をすればいいんだ?」

「……?」

「だからよう……俺ってバカだからよくわかんねぇんだよな。こういうとき怒ったらいいのか悲しんだらいいのかさ。男のおまえだったらわかるんじゃねぇか? なぁ、どうしたらいいんだよ?」

「タケル……」

オパールは何も言えなかった。紅薔薇の心を救えないどころか、萌の視力まで失ってしまった。

タケルは自分自身の不甲斐なさに、どんな感情を吐き出したらいいのかわからなかったのだ。

タケルは怒りと悲しみで顔をグシャグシャにしながら、涙を必死で堪えていた。

「タケル……」

オパールはタケルと萌の肩を後ろから軽く叩いた。

オパールにはそれしかタケルを慰める方法が思いつかなかった。

タケルは大声で咽び泣く獣のように吠えた。

それは悲しみと怒りが混同した例えようのない悲痛な叫びだった。


 この先、この男の感情は晴れることはない。

どうしようもない気持ちの行き違いと、取り返しのつかない事への後悔。

行き場のない感情はどうやっても消えいくことはなかった。

そして、この先、誰もが想像し得なかった展開が待つことになる。


「うおおオオオオッーーーー!!!」


 地面を震わせるほどの、タケルの怒号した号泣。

その瞬間。タケルの目が怪しく光り、体の中で何かが変わった。

「やっと……やっと目覚めることができたぜ!……」

天をあざ笑うかのように仰ぐタケル。

それは、今までのタケルではなかった。


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