第20話 無常なる再会


出会いと別れ

それぞれ別の道を歩み、いつかまた交じり合う時

それが運命の糸というならば、絡みを解く術は困難である



 第二十話 『無常なる再会』 



 タケル達がヤマトの国に潜入してからニ時間と十秒が過ぎた。

その三時間十秒前……


 ピィ~……ヒョロロ~……ヒョロ~……

とある屋敷の庭先で、美しい笛の音が響き渡っていた。

その笛を吹く男のまわりには、小鳥たちが集まり、その音色に酔いしれていた。


「相変わらず美しい音色ですわね」

パパッ 

突然の人の気配に気付き、鳥たちは飛び去ってしまった。

「姉上……何時の間に……」

「ふふ……あなたが笛に夢中になっていたものですから、さっきからずっと」

「さすがですね、私に気配を感づかせないとは」

「うふふ」

「姉上も笛を覚えてみたらどうですか? 可愛らしい鳥たちも集まってきますよ」

「いえ、わたしは鳥が嫌いなのです……ちくちくと鬱陶しくて……」

「そうですか……そういえば姉上はご存知ですか? 伝説の武神機が下界でみつかったということを」

「もちろん知っていますわよ。何でも犬神の部隊がそれに接触したとか……」

「さすが姉上、情報がお早い」

「でも、本当かしら? あの薄汚い下級の下僕どもに、伝説の武神機を扱える者がいるなんて、にわかに信じ難いですわ」

「はは、姉上は下界に降りるのを嫌がりますからね。しかし、なかなかどうして、下界の人間の中にも侮れないインガを持つ者がおりますよ」

「うふふ……あなたほどの人が、下界の人間に何を恐れる事があるというのです?」

「恐れているわけではありません」

「私達は選ばれた人間なのですよ。下界を統括し、管理する義務があるのです」

「それはわかっています。しかし……」

「しかし? 何だと言うのですか?」

「私には安心できないのです。実際、私が下界で経験し、説明のつかないインガを使う者もおりましたから」

「それで? 当然、その者は排除してきたのでしょうね?」

「いえ、そこまでは……殺すには値しないと思い、それに至りませんでした」

「甘いですわよ。そのような力を持った輩が、いつ我が国に牙を向けるかわからないわ。そのような者こそ、即刻排除すべきですわ」

「お許しください、姉上。私の至らぬ部分でありました……」

「まぁ良いですわ。それにしても気になるのは、最近、アマテラス様がひとりの男を気に止めているらしいのですが、ご存知?」

「アマテラス様が?……それは何者なのでしょうか?」

「それはわかりませんが、あの方が気にかけているということは、よほど重要な事に違いありませんわね」

「伝説の武神機を手中に収めた者が他にもいるのでしょうか?」

「さぁどうでしょう? とにかくです。ヤマトの国での地位を維持し、我ら『烏丸家』の名を汚さぬよう、おまえも最善をつくしておくれ……私の愛する神(しん)よ……」

「はい姉上! この烏丸神、必ずやご期待に添えますように精進いたします」

「うふふ……それでこそ烏丸家の跡取りですわ……うふふ……うふふふふふふ!」

その高らかな笑い声に、鳥たちはさらに遠くへ飛び去っていった。



 その三時間三十分後。

「はぁ、はぁ! くっそ~。あれから三十分くらい走っているのに、まだ第二の門にたどり着かないのかよ!」

タケル達は、銀杏の守る第一の門を突破し、次なる門へと向かっていた。

「こんなに長い階段があるなんて……」

ネパールは立ち止まって、頂上を見上げた。

そこには、霧のようなモヤがかかった第二の門が、おぼろげに見えていた。

「確かにおかしいわね。こんなに走っても辿り着かないほど、ここはそんなに広いのかしら?」

ヤマトの国に詳しい鉄円も首をひねった。

「ウチ、もう限界だっぴょ! レディーにはしんどいだっぴょよ」

「何言ってんだポリニャック、ずっと俺にしがみついていたクセによ!」

「え? ははは。お互いに支えあうのが夫婦ってもんだっぴょよ、ダーリン」

「ち、仕方ねぇな。ちょっとここらで一休みすっか」

皆は階段に腰掛けて休憩をとる事にした。

「やっぱりだわ……」

「どうしたい? ネパール」

タケルは、階段の縁に手を当てているネパールに尋ねた。

「あの……私、この階段があまりにも長すぎるから、万が一ってこともあると思って、階段に印をつけておいたんです」

階段の縁を良く見ると、赤い字で『タケル』と書いてあった。

「でかしたわね、ネパール!……ということは、まさか……」

円がネパールの顔をジッと見た。

「ひょっとしてネパールあなたって……」

萌もネパールの顔をジッと見る。

「赤い字でタケル……あやしいだっぴょ~……」

そしてポリニャックも。

「えっ!? あっ、いや私はその……ここの階段が無限ループしてると思って、それでとっさに何かの印を書こうと思ったけど……えっと、みんな急いで走っていたから、真っ先に頭に思い浮かんだものを……あっ!

というか頭に浮かんだかことに意味がある訳ではないんですけど……あの、その……えっと……」


 ネパールは顔を真っ赤にして、タケルに好意がある事を皆に悟られぬよう、しどろもどろに言い訳をした。

しかしそれはかえって逆効果な態度であった。


「本当はそのあとに、『タケルのバカ』って書こうとしたんでしょ? 図星、ネパール?」

萌はくすりと笑いながら言った。

「あのなぁ~萌……そんなこと書かれたら反論しようがねぇじゃねぇか! ホントはそのあとに、『タケルさんってカッコイイ!』とか書くつもりだったんだろ、ネパール?」

「あ、いや……その……」

ネパールはますます顔を赤らめた。

「ある意味、イジメだわね~……」

円は、ネパールを気の毒に思った。

「ばっかじゃないのタケル! 自分で言うかな、そんなこと? ねぇ、円さん」

(まったくこの二人、どっちもどっちだわ……)

円はやれやれといった表情で肩をすくめた。


「とにかく、この空間には異様な術が施されているってことね。だから何時までたってもあの門にたどり着けないのよ」

円は、おぼろげに霞んで見える門を指差した。

「ひょっとしたら、銀杏のインガが関係してるのかもしれないぜ?」

「それはないだっぴょ! 銀杏のインガは全く感じられないだっぴょ!」

「じゃあどうすれば、この幻覚から抜け出せるのかしら……?」

「簡単だぜ、萌! 逆転の発想さ! 登ってダメなら降りてみる!」

タケルはそう言って階段を逆にダダダッと下り始めた。

「全く……アホとしか言いようがない。もしそんな簡単な方法で抜け出せたら、タケルの家来にでも何でもなってやるよ……」

オパールはタケルの単純な思考にフウッとため息をついた。

「でも、タケルさんの考えって何だかおもしろいですね……」

オルレアもクスリと笑った。それを見たオパールは少し安心したようだ。


「オッ! おい、ちょっと来てみろよ! こっから向こうにもうひとつの道が見えるぞ!」

「な! なにィッ!?」

みんなは急いでタケルのもとへ駆け寄った。

すると、そこには上からは見えなかったもうひとつの道が見えた。

そして、今まで自分たちのいた階段は、丸い円のようにぐるっと一周していることがわかった。

「どうりで着かない訳ね。私たちはいつのまにか、このニセの階段をグルグルと回っていたんだわ……でもこれは霧によって迷ったのではなく、何者かのインガの力で幻覚を見せられていたようだわね……」

「わっはっは! どんなもんでぇ、俺のおかげだぜっ! わっはっはっ!」

タケルは得意げになって笑った。

「そういやさっき何か言ってたよね、オパールくん?」

「うぐっ!……ううむ……」

オパールはぐうの音も出なかった。

「たまたまタケルが単純な頭してただけの偶然でしょ? 得意になっちゃってバッカみたい」

「んだとォ? まったく素直じゃねぇんだからなぁ萌は。俺の頭脳プレーに参ったって何で言えよ!」

「そこがいけないってのよ! あんたはリーダーなんだから、そんな言い方してたら誰もついて来なくなるわよ!」

萌はタケルを指差して怒鳴った。

(さすが萌ちゃんね。なんやかんや言ってもタケルを心配してんだから……くすっ……)

円はそう思って微笑んだ。

「と、とにかく先を急ぎましょうよ! タケルさん! 萌さん!」

ネパールはふたりのケンカを止めるようにして間に割って入った。


(まったく!……タケルさんたら、私の気持ちも知らないで……それにいつも萌さんと仲良くケンカしてばっかりでずるいわ……!)

ネパールの乙女心は複雑だった。


「ネパールの言うとおりね! さぁ、みんな! 次の門に向かうわよッ!」

円の掛け声のもと、新たな道へと向かうタケル達一行。

「おい、ポリニャック! 何してんだよ? おいてっちまうぞ!」

「あ~ん、もうちょっと待ってだっぴょダーリン!」

ポリニャックは、さっきネパールが『タケル』と書いたところに何か追記していた。

「何してたんだよ、ポリニャック?」

「へへへ……ナイショだっぴょ!」

階段の縁には、『タケル』の横に『ポリニャック』と書いてあった。そして三角の愛愛傘が。

こちらの乙女心は単純であったようだ。



 そして、第二の門へとやってきたタケル達一行。

ここでも白狐隊が行く手を阻んでくるのだろう。

はたして次の相手は、一体どんな敵なのか……?

「よしッ! 着いたぜ! ここが第二の門か!」

その門は、第一の門と同じく巨大に聳え立っていたが、門の色が真っ赤だった。

「同じ門でもどこかしら雰囲気が違うな……」

オパールは、その怪しい雰囲気をどこかしら感じ取っていた。

「ここにも白狐隊の刺客が待ち構えている筈……さっきは簡単に突破できたけど、今度は一筋縄じゃいかないわよ、みんな! いつでも戦闘を行えるように準備して!」

「ゴクリ……へん! そうこなくっちゃあ!」

タケルは息を飲んで、門の扉を押した。

ギギギ……

鈍く軋んだ音を立てながら、扉がゆっくりと開く。すると、そこには……


「あら、お待ちしてましたわ、みなさん」


 なんと!

扉の向こうには見事な桜の木が咲き並び、赤いじゅうたんの上に正座しているひとりの女性が見えた。

その女性の佇まいは、清楚でいて優雅、純潔にして可憐。まさにそんな感じであった。

「きれいなひと……」

萌を始めとする女性陣は、その姿に見とれていた。

もちろん男性陣もだ。とにかくそれほどまでに美しい女性であった。

「どうぞこちらへいらして下さいな。いま、お茶をお入れしますわ」

そしてその声も、ひばりのように甲高く格調ある美声であった。

「あ、ど、どうも……おそれいりいれいりイテッ!」

丁寧語を言い馴れてないタケルが、緊張のあまり舌を噛んだ。


 タケル達全員は、誘われるままに席に着き正座した。

その女性がお茶を煎じる優雅な手つきは、洗礼された美を感じさせた。

一同は黙って見とれてしまっていた。

庭先には、桜の花びらがひらひらと舞い、その景色に誰もが心和んでいた。

「どうぞ」

コトリ。女性からお茶を渡される。それを緊張した手つきでゴクリゴクリと飲み干すタケル。

「うげっ、に、にげぇ~!」

苦虫を噛み潰したような顔でタケルは舌を出した。

「もうタケルったら!」

萌が恥ずかしそうな顔をする。

「甘いお菓子もありますのよ、どうぞ」

その女性は、そう言ってお茶菓子の乗ったお盆を差し出した。

「ダーリンにはこういうお茶は似合わないだっぴょね~。その点、レディーであるウチは……」

ポリニャックは見よう見まねで上品そうにお茶を飲んだ。

「ぷわっ! にが~い! お、お菓子とってダーリン! わっと!」

ポテッ!

慣れない正座から立とうとしたポリニャックは、前のめりになって倒れてしまった。

「はははっ、そらみろ! 何がレディーだよ」

一同どっと笑う。

タケルは饅頭をむしゃむしゃと食べながら、ポリニャックにお菓子を渡した。

「ところで……」

今までずっと黙っていた円が口を開いた。

かこーん……

そこに、絶妙のタイミングで庭の猪脅しが鳴り響いた。

「あ、いや……」

タイミングを外された円はまた黙ってしまった。そしてまた桜の花びらがひらひらと舞い、沈黙が続く。

「ところで、おねーさんって……」

今度はポリニャックが尋ねた。

「はいなんでしょう、可愛いうさちゃん?」

女性はニッコリ微笑んだ。

その仕草がまた艶のあるというか色っぽい仕草だった。

とにかく眩しく光って見え、ポリニャックはもじもじと俯いてしまった。

「あ……な、なんでもないだっぴょ……」

そして萌が、その沈黙から突破口を開いた。

「やっぱりその……あなたは……敵さん……なんですよね……?」

「はい、そのとおりですわ」


 バババッ!


 今まで和やかムードだったタケル達は、じゅうたんから立ち上がり、その女性から離れた。

「や、やはりそうだったのね!……というか、わかっていたのに何故か言い出せなかったわ!」

「お、俺もだぜ……この女、どこか只者じゃない雰囲気がありやがる!」

「た、確かに! 攻撃することさえ躊躇ってしまう感じだ!」

皆はその女性の雰囲気に、完全に飲まれてしまっていた。

「うふふ、楽しいお茶会もここまで。残念ですがお開きのようですわね」

「お茶会だって?……アンタは一体何者なんだ?」

「それでは自己紹介させて頂きますわ」

そう言うとその女性は、胸元から扇子を取り出しそれをバッと開いた。

「私は、ヤマトの国特殊攻撃部隊、白狐隊の『薊』(あざみ)と申しますわ。よろしく、タケルさん」

「なにッ!?……俺を知っているのか?」

「だ、誰よ、タケル!?」

「ええ、『神』が先日お世話になったそうで。確か雪山でお会いになったとか」

「しん?……ま、まさか、そいつは『烏丸神』のことかッ!」

タケルは声を高くして驚いた。

「ええ、そうでございますわ。神は私の弟。誇り高き『烏丸家』の出身でございますわよ」

薊と名乗る女性は、着物の袖で口元を隠し、くすりと微笑んだ。その仕草がまた艶っぽい。

「烏丸家……ヤマトの国では知らぬ者がいないほどの名家ね……そう、あなたが烏丸薊……」

円は鋭い目つきで薊を睨んだ。

「あら? 驚いたわ。あなたは下界の者なのに烏丸家をご存知のようね? 下界にまで烏丸家の名が行き届いているのかしら?」

薊はまたくすりと微笑んだ。

「いいえ、違うわ。何で私が烏丸の名を知っているか……それは私が、もとヤマトの人間だったから……」

「何だってぇ!」 「ええっ!」

タケル達は皆驚いて声を上げた。


 考えてみれば、ヤマトの内部事情に詳しい円が、以前、ヤマトにいたとしても何ら不思議ではない。

円は薊の目をキッとにらみつけた。そこには、お互いの視線が激しく交差しているように見えた。


「そう……どうしてあなたのような下賎な者が、ヤマトにいたのかは興味ありませんが、ただ、私はあまり好きではないのですよ……そのような醜い嫉妬の目は」

バチバチバチッ!

お互い睨みあったまま、熱い視線が中央で交差する。

「うう……この睨み合いはなんだ? 女同士の戦いってヤツか? ケンカの時のガンの張り合いなら負けねぇが、これはさすがの俺も気圧されそうだぜ!」

タケルは、その異質とも言える激しい視線の中に割って入ることができなかった。

しばらくの睨み合いの後、円が口を開いた。

「タケル……私はあなたを修行して強くしてあげたわよね?」

「お、おう……そうだが……」

「だったら、今度は私に借りを返して。この女と一対一で戦いたいの!」

「で、でもよ、円! いくらおめえが強いったって、みんなで一気にやっつけちまった方が……」

「お願いッ! タケルッ!!」

円はさらに激しい目つきで薊を睨んだ。その凄まじい熱意に、タケルは言葉を返せなかった。

「わかった……おめぇにはその女と戦うワケがありそうだな。理由は聞かねぇ、悔いのねぇよう思いっきりやりな!」

「タケル、恩にきるわ!」

円はニヤリと口元を上げた。

はたして、鉄円には、烏丸薊に対してどんな執念があるのだろうか?





 場面変わってここは雪山。別名、『閉ざされし死の門』。

その崖の遥か底にある洞窟、『酔狂な宴の間』。

ベンはそこに閉じ込められ、ブルブルと震えながら、極寒の吹雪を耐え忍んでいた。

「うう、寒い……それに体中が痛い……こんなとこにいたら凍え死んでしまうだぎゃ……

そうなったら修行どころじゃないだぎゃ……はやくここから逃げるだぎゃ……」

ベンは、吹雪が入り込む入り口から上を見上げたが、断崖絶壁が立ちはばかりとても登れそうになかった。

仕方なく、洞窟内の氷の壁をガリガリと爪でかじってみたが、氷の壁の強度は硬くてビクともしなかった。

洞窟内は吹雪を防げるが、床から天井まで一面の氷で、キンと冷えた空気が徐々に体温を奪っていく。

絶望……

その言葉がベンの脳裏を何度もよぎる。今のベンにはここを抜け出せる術はない。


「……」

その様子を水晶玉に映し、黙って見詰めているボブソン。

「へぇ~、ボブじいでも心配する事あるんだな?」

「我王……ワシとて獣人の子じゃ……それ位の感情は持っとるよ」

「どうだか。オレをシゴいた時にゃ、そんな優しさのカケラ見たことなかったぜ?」

「ふぉふぉ、オヌシは生まれついてのインガの天才じゃからな、特別じゃよ。ワシの技をいとも簡単に吸収しおってからに」

「ヘン! ボブじいは、自分を追い出した獣人に復讐するために俺を鍛えたんだろ? 違うのか?」

「ふぉふぉ、さぁてな……」

「それに、まだ何か隠してやがるな? これから何かとんでもねぇ事が起きるって感じだ。どうだ、違うか?」

「オヌシは恐ろしいヤツじゃの……そこまで読んでおったか……」

「当然だぜ。大気の波動がいつもと違うからな。だがよ、それが何なのかはわからねぇ。それを教えろ」

「まだダメじゃ、機が熟してないからの……だがそれももうすぐじゃ……もうすぐな……」

「もうすぐだと? てめぇ何を隠してやがる。一体何が始まるってんだ?」

「……」

ボブソンは、また黙って水晶玉を見詰めた。

床に倒れたベンは、すでに虫の息だった。

このままベンは、凍え死んでいくのを待つだけなのだろうか?

それともこの試練を乗り越え、タケル達と再会出来るのだろうか?

だがしかし、ベンは既にピクリとも動かなかった。



 場面は戻って、ここはヤマトの国。第二の門。

烏丸薊と鉄円が戦いの火蓋を切らせていた。

「それじゃ、円! ここは任せたぜ! 色気ではオマエに勝ち目ねぇけど、戦いならオマエの勝ちだぜ!」

「言ってくれちゃって、タケル! 帰ったらもっと厳しい修行してやるからね!」

「おう、楽しみにしてるぜ! その代わり絶対に無事でいてくれよ!」

「あんたもね。萌ちゃん、このバカが無茶しないように面倒みてあげてね」

「う、うん! 円さんも気をつけてね!」

「大丈夫よ、そんな心配な顔しないで。そうだわ、萌ちゃんには可愛いお洋服を作ってあげる約束があったわね。それを今から考えとくわ」

「は、はい! ぜったい……絶対ですよ? 楽しみにしてますからっ!」

萌は精一杯の笑顔を送った。

「あ~ら? 何か勘違いをしてらっしゃるのね、あなた達?」

白狐隊の烏丸薊(あざみ)が、不適な笑みをした。

「ど、どういうことだっぴょか?」

「そこの下賎な女との戦いは受けて差し上げますけど、あなた達をここから通す訳にはいきませんわ。仮にも私はこの門の番人、白狐隊の烏丸薊なのですから」

「へん! いくらてめぇでも、この人数を相手にできねぇだろ? 強行突破だぜ!」

「いいですわ。通れるものならどうぞ? でも私も容赦しませんことよ」

薊はタケルの前に立ちはだかった。

「ぐ!……確かにこの女のインガは半端じゃねぇ……どこか妖しいインガだぜ!」

その静かで強大なインガはタケル達を圧倒した。

「タケル! ここは私に任せなさい! そしてあなたは早く紅薔薇を救出するのよ! 今頃、紅薔薇は裏切り者の罪で、どんな罰を受けているかわからないわ!」

「そ、そうだった……一刻も早く紅薔薇を助けねぇと!」

「紅薔薇……紅薔薇ですって? そう、そうだったの。あなた方は紅薔薇を救出しに来たのですね? うふ、うふふ、うふふふふっ!」

薊はさっきの上品な笑いとは違い、体全身を揺らして下品な笑い方をした。

「な、なんだ? 何がおかしいってんだ!」

「いいですわ、この門を通ることを許可しますわ。さぁどうぞ、通っても構いませんことよ。うふふふふ!」

「一体どういうこった? この女、紅薔薇の名前を聞いた途端、急に態度が変わりやがったぞ?」

「タケル! とにかく急ぎましょ!」

「そ、そうだっぴょダーリン!」

「よ、よし! ここを突破するぞッ!」


 ダダダダダッ!

 

 タケルの掛け声で、みんなは第二の門を突破することが出来た。

薊はピクリとも動かずに、まるで、わざとこの門を通らせているようだった。

「あなた……何を考えているの?」

円は、薊の不適な笑みの裏に、何か理由があると感じた。

「うふふ! もうおかしくって笑いが止まりませんことよ! あー、おかしい! うふふふふっ!!」

薊の笑いには上品さのかけらもなかった。

不幸な人間を見下すような、気分の悪い笑い方だった。

「あなたは紅薔薇のことを知っているのね? それでタケル達をワザと行かせた……紅薔薇は今、一体どうなっているの!? まさか死……」

「うふふ……ヤマトの国を抜けた罪は重罪ですけど、もと白狐隊、『炎の紅薔薇』を簡単に殺すなど甘いことはしませんわ、うふふ!」


 円は思った。

(コイツ! この薊という女! これからタケルに起こる不幸の意味を知っている……

それを承知の上でタケル達を通らせた……この捻じ曲がった卑猥で陰険な性格!

その容姿とは正反対のドス黒いインガを放っているわ!)

円は薊に対して軽蔑の視線を向けた。


「おほほ! それですわ! あなたのような醜い人間にはその表情が相応しいのですわ! おほほ!」

「何言ってんのよ! 醜いのはあんたの心だわ!」

「うん? 下賎の民風情がこの私を醜いですと?……その暴言は許しませんわ……ぜったい許さない……」

薊はうつむいてフルフルと震えている。

(ど、どうしたっていうの?……う!……この女のインガがどんどん上昇していくッ!)

円は薊のインガが、禍々しく膨れあがっていくのを感じた。

「ぜったい……ぜったいに許しませんわーーーーーーーーーーーーーっ!!」

(うッ! これはやばいわッ!)


 ボオオオンッ!!!


 その時、タケル達は次なる門を目指して階段を上っていたが、その大きな爆発音を聞いて振り返った。

「なんだ! 今の爆発はッ?」

「ダーリン! さっきの門から爆発したのが見えただっぴょ!」

「円さんは大丈夫かしら!? ねぇタケル!」

「わ、わからねぇ……だ、だが、ここで引き返したらあいつはきっと怒るだろうぜ……」

タケルは拳を握り締め、引き返したい気持ちをグッと堪えた。

「そうね、円さんなら、あたしの言うことちゃんと聞きなさいッ! って言うだろうね……」

萌もうつむいて唇を噛んだ。

「あ、あのタケルさん……円さんのことが心配ならあたしが戻りますから、タケルさんは早く紅薔薇さんを救出してください!」

「ネパール……そ、そうしてくれるのか?」

「ダーリン、ウチが見たところ、あのふたりのインガは互角だっぴょ。だからツブラならきっと大丈夫だっぴょよ。それにここからはひとりでも多くいなくちゃベニバラを救出できないだっぴょよ!」

確かにポリニャックの言うことにも一理ある。

「そ、そうだな……それにしてもポルニャック、あの女と円のインガが同じ強さだって事がわかるのか?」

ポリニャックは無言でうなずいた。

「いまは同じくらいの強さだっぴょ。でもあの女には、まだ隠された力がある……そんな気がするだっぴょ」

「隠された力だと? だったら尚更ヤバいんじゃねぇか!?」

「だいじょうぶだっぴょ……ツブラにも隠された力があるだっぴょ」

「そ、そうなのか……?」

タケルの戦闘のインガとは、種類の違うインガを持つポリニャック。

今までの戦いで、タケルのピンチを何度か救ってきたのは事実。

この獣人の少女、ポリニャックには、どんな潜在能力が眠っているのだろうか?

「とにかく、ここで立ち止まってもラチがあかねぇ。ここは円に任せて先を急ぐぜ!」

みんなは顔を見合わせうなずくと、次なる門、第三の門へと向かって走った。



「う……く!」

円は大きな桜の木の枝へジャンプし、薊の攻撃から逃れていた。

しかし、薊の放ったインガは、周囲の桜の木を影形も残さないほど強烈な一撃であった。

「私の一撃をかわすとは、なかなかお見事ですわね。でも足に少々お怪我されたようですけど大丈夫でしょうか? よかったらお薬でも差し上げましょうか、うふふ」

薊は余裕のある笑みをこぼした。

薊の言うとおり、円はさっきの攻撃をなんとかかわしたものの、足からは血がドクドクと流れていた。

「どうやらあなたは、得意とする防御のインガを張ったようですけど、足元がお留守だったようですわね」

薊は見透かしたような目で円を見た。

(この女……見抜かれている!)

「でもッ!」

ザザザ!……ドスッ!

円は薊の懐に入り込み、インガを込めた刀で斬りかかった。

「うふふ……でも、攻撃のインガもある……とでも言いたかったのかしら?」

薊は円の刀を手の平で受け止めていた。

「この程度では攻撃と呼ぶことはできませんわよっ!」

バッチイィンッ!

薊は平手を放ち、それを頬に喰らった円は吹き飛んだ。

「あぐっ!」

ボタ……ボタ……

円の口元からは異常なほど大量の血が流れた。

薊は円に向かってスタスタと間を詰める。

「さっき私のことを醜いとおっしゃったから、その口にお仕置きしてさしあげたのですよ。これでもうお喋りはできませんわ。出血多量になってもよろしければお喋りしても構いませんけどね。うふふ!」

「う……この!」

円が口を開こうとすると大量の血がボトボトと噴出した。


 どうやら薊の先ほどの攻撃は、インガで口内の血管を膨張させ、激しく出血させる攻撃のようだ。

円は自分の首の付け根を人差し指でグイッと突いた。すると流血がだんだんと治まってきた。


「あら、おやりになりますわね。私のインガを調和させ止血したのね? どうやら只の下賎の者ではなさそうね……いいですわ、私の攻撃を受けたことは賞賛に値します。名を名乗る事を許しましょう」

「……」

しかし、円は無言のまま、薊を鋭い視線で睨みつけた。

「どうしたのかしら? 烏丸家に名を名乗れるなんて名誉なことなのですよ。もう血は止まっているのでしょう? さぁ早く名をお名乗りなさい!」

「……の……ど……ない……」

「のどない?……変わった名ですわね。ではあなたの事を喉内と呼んで差し上げますわ」

円は肩を震わせて叫んだ。

「その態度が気にいらないって言ったのよッ!!」

「な、なんと無礼な!」

「いいわ、教えてあげる……いや、思い出させてあげるわ!」

「思い出させる?……どういうことかしら?」

「烏丸家にこの国を追い出された鉄一族のこと……そしてこの私がその長、鉄円だということをッ!」

「くろがね?……そう、あなたがその長……だからなのね? だから生意気な口をしているのねッ!」

ドシュッ! ガギャァン!

薊は円に向かって突進し、強力なインガを放つ。

それをインガの盾で受け止める円。

「忘れたとは言わせない! 私の顔を!」

「ふふ……思い出しましたわ……あなたの顔、あなたはあの時の……」

グググ……

両者は激突し、円は薊の攻撃を必死に堪えていた。 



(回想シーン)

円がまだ幼かった頃。

鉄一族の長である父に連れられ、烏丸家の門をくぐった。当時5歳。

当時、烏丸家はヤマトで三本の指に入るほどの権力を持っていた。

烏丸家当主への謁見。それは鉄一族がヤマトの国で実力を認められつつある証だった。

「お初にお目にかかります。我が娘の円でございます」

「おお、可愛い娘じゃな。うちの薊と同じくらいじゃろうか。そうじゃ、庭にいる薊と遊んでやってくれんか? 薊も喜ぶじゃろう」

「ははっ、勿体無いお言葉。これ円、薊さまのお遊び相手になってやりなさい」

「はい、お父さま」

円は厳しい父に育てられ、世の上下関係を教えられていた。

だから、ここの人は自分よりも身分が上だと理解していた。

円は庭に出て、薊にあいさつをした。歳も近いせいか、ふたりはすぐに仲良くなった。

「薊様は本当にお綺麗でありますなぁ。さぞお美しいお心をお持ちでおいででしょう」

「あ、ああ……そうだな」

その時、烏丸家当主のぎこちない返答に、円の父は少し気になった。


 それから薊と円の二人はよく遊ぶようになった。

烏丸家と懇意になるために、円の父は薊と遊ぶのを薦めた。

そして父からは、薊に対して絶対に逆らってはいけないと教え込まれていた。


 薊と円は庭で遊んでいた。

「これ、鉄の娘。私はあの空を飛ぶ鳥達と遊びたい。どうしたら鳥を捕まえることができる?」

「薊さま、鳥は捕まえるものではありませんよ。こうすればあちらから近づいてきます。見ていてください」

そう言って円は、口笛をちちちと鳴らした。すると鳥たちは円のまわりや肩の上に集まってきた。

「おお! 見事! どれ、私もやってみせるぞ! それっ!」

薊は空を飛ぶ鳥たちに向かって口笛を吹き手招きした。

しかし、鳥たちは薊の周りにいっこうに近寄って来ず、それどころか警戒しているようだった。

「ああっ!? なぜ私には鳥が寄ってこない? こんなに美しい私なら、鉄の娘よりもっと沢山の鳥たちが集まってくるはずなのに……なぜ、何故なの?」

薊は、円の髪の毛を無理に引っ張り問い質した。

「い、いたい! 薊さま、やめてください! 鳥たちが怖がって逃げてしまいます!」

鳥たちは、薊を怖がって逃げていってしまった。

「なぜ……私よりも美に劣るあなたに鳥が集まってくるの! どうしてっ!」

「そ、それは……鳥たちは姿形ではなく、その人の心の清らかさを見るからです……あ!」

円は、薊に対して失礼な言葉を言ってしまったことに気付いた。

いくら子供同士とはいえ、一族の当主の娘に対して失礼は許されなかった。

「ご、ごめんなさい薊さま! ほんとうにごめんなさい!」

「いえ、いいの……気にしないで……それよりあなたはもう下がっていいわ。なんだかあなたと遊ぶのも飽きちゃったわ……」

そう言って屋敷へと入って行く薊の表情は、氷のように冷たかった。

円はぼろぼろと泣きながら、何度も何度も頭を下げていた。


 それから数日後、鉄一族当主の父は、烏丸家の接待を受ける為に屋敷に呼び出された。

しかし円は、薊に対して失礼があったことを父に言えずに隠していた。

それが、あのような悲しい結末になるとは思いもよらなかったのである。


 次の日。円が父と再会したのは父の死体だった。

薊は、円が遊んでいるふりをして自分を殺そうとしたとウソをついた。

そして、それを命令したのは鉄の長であるともウソをついた。

しかし、父はそれを簡単に信じないと思い、自分で首の一部を切った傷を見せて信じ込ませたのだった。

当然、鉄の長に反逆の疑いがかけられ、激しい拷問のあと殺された。

そして信頼を失った鉄一族の村は反逆者として焼かれ、なんとか円と仲間数名だけが逃げ延びたのだった。

円は、燃え盛る自分の生まれ故郷を、涙を流しながら呆然と見つめていた。そして誓った。

「必ず……必ずこの恨みを晴らす! 烏丸家の娘……薊!……許さないッ!」

それから11年の月日が流れた。

だが、鉄一族の長になった円の悲しみは、今だに癒えることがない。

(回想シーンおわり)



 円は、薊の攻撃を受け止めながたも、怒りの表情を鋭く向けていた。

「あなたが忘れたと言っても忘れさせないわッ! 烏丸家当主の娘、烏丸薊……そして我が父に疑いをかけて殺した憎い女ッ!!」

バチインッ!

両者は弾ける様にして離れた。

「うふふ、忘れるわけがなくてよ? でもあなたが、鉄円が生きていて私はうれしいわぁ~」

「な、なんだと!?」

「だって私の美をけなし、屈辱を受けた相手を、あれから十数年の後に自分の手で殺す事ができるなんて……これが喜ばずにはいられませんわーっ!」

「うぐッ!」

ガシュイイン!

薊の攻撃! 円はインガの盾で受けるが、左腕からは血が噴出した。

「うふふ……そう、こんなに嬉しいことはないわ、鉄円。あなたは十数年の時を越え、恨みを晴らすためにここまでやってきた……そして私も恨みを晴らすためにここにいる……運命の糸を感じますわっ!」

「運命ですって? 冗談じゃないわ! 村を焼かれ父を殺された私の恨みを思い知れッ!」

「あなたの父や村がどうなろうと知ったことではありませんわ……私の美をけなした罪に比べたら、そんな虫ケラの命など比較するに値しませんわよ、うふふふふっ!」

「この女!……よくも父を侮辱したなッ! そんな歪んだ心のどこが美しいって言うのッ!」

「うふふ! 私の美は完璧なのよ! うふふ! うふははははっ!」

ガキイン! バチイン!

両者は攻撃と防御を繰り返し、何度も激しくぶつかり合った。

円は、薊の様子が次第に変化していることに気付いた。

(この女! さらにインガが強くなってきている……私がこの女を恨めば恨むほど強くなっていくようだわ……そうだわ、これは、怒りのインガ……私があの女に暴言を言う度にそれが増大していく……!)


 勢いを増す薊のインガ。その形相には、もはやあの上品さのかけらも残ってはいない。

ただ相手を痛めつけることに喜びを感じている、嫌らしく醜い形相へと変わっていた。


「うひひ! いいことを教えてやるわ! この4つの門には、それぞれ『喜・怒・哀・楽』の名がつけられているのよ。そしてここの門は『怒』。いかりを表す門なのよ! ちなみに第一の門は『喜』。あのクソガキに相応しい門ね!」

「白狐隊のひとり、銀杏の守っていた門ね……」

「私はここで見ていたのよ! あのガキがキサマらをやすやすと通してしまったのを! いずれ罰を受けるのは間違いないわ! くははははっ!」

「でも、それはあなたも同じでしょ? タケル達を通してしまったんだから!」

「確かにそうね! でも、私のしたことは逆に評価されるわ。だってあいつらは次の門番に会う事によって、さらに苦しむことになるのだからね! うひひっ!」

「何を言っているの、この女……頭おかしいんじゃない!?」

「くひゃひゃ! あぁ~気持ちいい……そうよ! もっと私に暴言を吐くのよ! そうすることで私の怒のインガは上昇し、もっともっと気持ち良くなれるんだから! くひゃひゃひゃひゃ!!」

薊は気のふれたような笑い方をした。


(この女は、自分がなじられ怒りを増すことによって酔狂している。狂っているわ! 

でもそれがこの女のパワーをどんどん強くしているッ!)


 バッガァン! ドサッ!

遂に、攻撃に耐えられなくなった円は、地面に伏して倒れた。

「ハァッ……ハァッ……!」

「ここまでのようね、鉄円! さぁ私を侮辱した罪に苛まれ、醜く無残に死んでいくがいいわ! くひゃひゃひゃあっ!」

怒りのインガで狂った薊の前に、円はやられてしまうのだろうか?

親子共々、この女によって無念の死を与えられてしまうのだろうか?



 場面変わって、ここは第三の門。ここにタケル達は到着していた。

「ここが第三の門か……灰色の門が薄気味悪いぜ……」

「ホントね。タケル先に入ってよぉ……」

萌とポリニャックはタケルを盾にして怖がっている。

「この門は、なんだか悲しい雰囲気につつまれてますね……そんな気がします」

ネパールの言うとおり、哀しみを封じ込めたような門であった。

「う……なんだか、頭が縛られるようだわ……」

オルレアは頭を抱え顔を歪めた。

「くう……よぉし! 三番目の白狐隊の顔! 俺様がとくと拝んでやらぁ!」

バァン!

タケルは恐れながらも、勢いよくその門を開けた。

「ここはかなり広いな……薄暗い大きな岩場に、それに霧がかかっていてなんだか気味わりぃぜ……」


 その時!

 ボウッ!


 突如、タケル目掛けて炎のインガが襲ってきた。

「うおッ! あぶねぇ!」

ボゴオンッ!

かろうじてよけるタケル。その炎の熱で門の壁が溶解した。

まわりに飛び散った炎が、この薄暗い場所を明るく照らす。

「くっ! 凄まじいインガだな! もうちょっとで焼け焦げるところだったぜ!……え? 焼け焦げる……」

「だ、ダーリン!……あ、アレ.……」

ポリニャックは、門の向こうの炎の中から現れる敵を見て驚いた。

そして、タケル達全員も、その敵の姿を見て驚き声が出せなかった。

「お……オマエはッ!」

はたして、その敵の正体とは?


 場面変わって、こちらでは円と薊の戦いが続いていた。

地面にうつ伏せになって倒れている円。そして、それを見下ろす薊。

「そうだわ、これから死んでいくあなたにひとつ教えてあげようかしらねぇ~? 第三の門のヒ・ミ・ツ! あ、やっぱり止めとこうかしら? くひゃひゃ! くひゃひゃ!」

「何を言っているの……あなたは何かを知っているわね……第三の門に何があるっていうの!? 一体誰が待ち構えているっていうの!?」

「うくく……くひゃ! くひゃひゃはひゃ、しゃあは! ははっはぁ~~!」

薊は耐え切れなくなって、いっそう不気味に大声で笑いだした。

円は薊の嫌らしい顔をキッと睨んだ。

「まさか!……いえ、そんな……でも、ひょっとして!」

「あ~ら? 勘のいいあなたにはバレちゃったかしらねぇ? あなたのお仲間のタケルってやつが、何のためにこのヤマトの国に侵入してきたか、それ聞いたらもうおかしくて噴き出しそうになっちゃったわ! ぷっ!

あひゃひゃひゃひゃっ! くわっはははぁしゃしゃ!!」

「まさか、本当に……だったら第三の門番って……」

「げひゃはひゃ! きぃやっはっはっしゃしゃしゃしゃしゃああっ~~~~っ!!」

絶望する円の顔を見てさらに興奮する薊。

薊は口元からは唾液が垂れ、目が完全にイッてしまっていた。

円は怒りで、体中がガクガクと激しく震えた。



 そして、タケルの目に映った人物。

「お!……おまえは! 紅薔薇ッ!?」

第三の門で待ち受けていた敵の正体。それは紛れもなく紅薔薇であった。

「ベニバラ!」 「紅薔薇さんっ! 無事だったのね!」

「な、なんだよ~、まさかおまえがここの番人だったなんてな。さっ、早く帰って餓狼乱の部下どもに会ってくれよ! アイツらったらおまえがいないと落ち込んじまって元気ねぇんだよ~、ははっ、笑っちまうだろ?」

ボゴオオンッ!

突如、炎のインガがタケルの足元に炸裂した。

紅薔薇は冷酷な表情で、炎のインガをまとった指先をタケルに向けていた。

「べ、紅薔薇……一体どうしちまったんだ? ははぁ~んわかったぜ! いちおうオマエもここの門番だから、俺たちを攻撃してるフリをしないとまずいんだな? そうなんだろ、紅薔薇?」

しかし、紅薔薇は黙ったままだった。

「どうした紅薔薇ッ! 答えろ! おまえは敵のフリをしているだけなんだろ? そうんなんだろッ!」

「ダーリン! あぶないだっぴょ!」

バシュッ! ボォン!

しかし、紅薔薇は無言のまま、タケルにまた攻撃を加えた。

「やめろ紅薔薇ッ! もうそんな芝居なんかしなくていいんだッ! 俺たちはおまえを助けに来たんだッ!」

ボゴオオンッ!

「うおッ!」

紅薔薇の攻撃がタケルに直撃する! しかし、タケルはインガの盾でなんとかガードして防いだ。

「だ、ダーリン……ベニバラは……」

悲しそうな顔のポリニャック。

「言うなッ!」

ポリニャックの言わんとした言葉をタケルが止めた。

その場にいた皆には薄々わかっていた。紅薔薇がすでに普通ではない事。

演技でタケルを攻撃しているのではないことを。

それは、紅薔薇のインガの凄まじさを見れば一目瞭然であった。

「タケル……どうしたらいいの?……」

萌は、タケルに何と声を掛けていいのかわからなかった。


 やっと。

やっとの思いでヤマトの国に潜入し、念願かなって紅薔薇に再会できたのに。

それなのに、運命の悪戯は、タケル達の心をズタズタに傷つけてもてあそぶのだった。


「おい、うそだろ紅薔薇?……いつまでもこんな芝居しないで……うごォうッ!」

ボギャン!

ついに、紅薔薇の攻撃をモロに喰らってしまったタケル。

「タ、タケルさんっ! 大丈夫ですか!」

攻撃を受け、吹き飛んだタケルの体からブスブスと煙があがる。そこにネパールが駆け寄る。

「その火傷、すぐに治しますからっ!」

ネパールは治癒のインガでタケルの火傷を治そうとした。

「いいから離れていろ、ネパール……あいつは俺を狙っているんだ……」

確かにタケルの言う通り、紅薔薇はタケル以外眼中になく、タケルだけを攻撃していた。

「こいつは俺がなんとかしねぇといけねぇんだ……ネパールは下がっていてくれ……」

「で、でも……」

「いいから離れろ! きたッ!」

タケルはネパールを突き飛ばし、紅薔薇の攻撃から救った。

「タ、タケルさぁああんっ!」

「ネパール! タケルから離れるんだ! 危険だ!」

オパールはネパールの肩を掴んで叫んだ。

「放して兄さん! 危険だってかまわない! 私は……私はタケルさんの力になりたいの!」

「ネパール……見てわからないのか!? あの紅薔薇という女は、すでに自分の意思を持っていない! あれは完全に洗脳されてしまっているんだぞッ!」

「わかっている……わかっているわ兄さん! それはタケルさんだって知っているわ! それなのに……それなのにタケルさんは……ううっ!」

ネパールは、タケルの気持ちを察して泣いてしまった。

「なんとか……なんとかならないのかしら、オパールさん?」

オルレアもどうしたら良いかわからずに、ただオパールに問う。

その場にいる全員が、どうしたら良いのか皆目検討がつかないのだった。


「やめるんだーッ! 紅薔薇ッ! 俺はおまえを助けに来たんだ! だからこんな芝居する必要はもうないんだ! 聞こえているのか紅薔薇!」

タケルは無我夢中であった。紅薔薇の攻撃を喰らい続けながらも必死で叫んだ。

それはどこか、紅薔薇の攻撃を……いや、紅薔薇の悲しみを受け止めているようにも見えた。

「タケル……」 「タケルさん……」

萌もネパールも、そんなタケルに声を掛けられなかった。

「ダーリンは今、必死に戦っているだっぴょ……ベニバラを救うために……」

ポリニャックも、そんなタケルを黙って見守った。

「どう……したんだ、よ……紅薔薇……」

インガの盾で炎を押し返しながらも、紅薔薇に近づこうとするタケル。

「敵! おまえは敵だ!」

「!!」

はじめて紅薔薇の口からでた言葉。それは、タケルの心に深く突き刺さった。

タケルのことを敵と認識し、さらに攻撃を続ける紅薔薇。

ボボボボ! ボオゥッ!

紅薔薇が両手を大きく広げると十二個の炎が空中に放出された。

それは紅薔薇の得意とする技、火影であった。それの十二点爆破。

これを喰らったら、いくらタケルでも無事ではすまない。

「やめろーッ! 紅薔薇ーーッ!!」

タケルは、上空から襲い掛かってくる炎に向かって叫んだ。それはまるで天に祈るようだった。



 ふたたびこちらは第二の門。

円と薊の死闘は続いていた。

「鉄円、トロいアンタもやっと気がついたかい? うしゃしゃ! アンタらの探していた紅薔薇は、ヤマトの最高技術で洗脳されちまっているんだよ!」

「せ、洗脳だって……?」

「そうよ! それを見たタケルって男は、どんなマヌケなツラをするんだろうかねぇ? 考えただけで笑いが止まらないよっ! くひゃぁひゃあひゃっ!」

「ゆ、許せない……そんな酷い結果になるのがわかっていながら……腐っているわッ! あなたの心は、あの幼少のころからすでに腐り切っていたのよ!」

「くひゃひゃひゃあああっ! たまらない! もうたまらないわ、その言葉っ! もっと私を愚弄しなさい! そして私はもっと美しいインガに包まれていくのよっ! ぐひゃあばひゃっひゃっ!!」


 ボッゴオオオオオ……ン!!


 その時。第三の門の方向で、凄まじい爆発音が聞こえた。

ゴウゴウと燃え盛る炎の中で立ち尽くす紅薔薇。

紅薔薇の炎のインガが、タケルを直撃したのか?

はたしてタケルは無事なのだろうか?

そして、熾烈を増す円と烏丸薊の戦いは?


 ヤマトの国、白狐隊との激しい戦い。

その戦いは、体と体のぶつかり合いではなく、

精神と心の削り合いであった。


 そして、虚しき炎はいつまでも消えることがなかった。

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