第19話 激戦!白狐隊


自分はダメな人間だ が、今では守る人を見つけた

自分はダメな人間だが、今では精一杯生きている

自分はダメな人間だが、今では自分が誇らしげだ

自分がダメということはない

ダメという自分がダメにしてしまうのだから



 第十九話 『激戦! 白狐隊』



 ここは木々がうっそうと生い茂る樹海。

タケル達は、捕らわれの紅薔薇を救出する為、ヤマトの国へ潜入しつつあった。

タケル、円、萌、ポリニャック、オパール、ネパール、オルレア。全部で七人。

皆は辺りを見回し警戒しながら、少しずつ歩を進めていた。


「みんな、ここからはヤマトの領土で警戒が厳しくなってくるわ。気を引き締めてね!」

鉄円の一言で、皆の緊張感が高まった。

「おい、円。このルートで本当に大丈夫なのかよ?」

「たぶん、ね……ここら辺一帯の警戒態勢が変わってないのなら、このルートが一番安全だと思うわ」

「たぶん安全ね……ま、ここはヤマトの国に一番詳しい円に任せるしかねぇか」


 タケル達一行は、ヤマトの国を取り囲む、森林地帯の北側から潜入した。

ここなら深い森と大きな岩場で、いざとなったら身を隠すのに都合がよい。

距離的には遠回りになるが、戦闘を出来るだけ回避したい円の作戦に丁度良いルートだった。


「とは言っても、最近のヤマトの動きからして、ここを手薄にするとは考えづらいわ。油断は禁物よ」

円の顔に余裕の笑みはない。それがさらに皆の気を引き締めさせた。

「うぅ……」

その緊張感に耐え切れなくなったポリニャックが、ひとつ冗談を言ってみた。

「だったら、地面に穴掘って進んでみたらどうだっぴょか? な~んてね」

「そんな事したら、たちまち地中に埋まっているレーダーで感づかれるわ。そんな浅はかな考えはヤマトには通じないわよ」

「う~……」

ポリニャックの冗談は本気で受け流されてしまった。

「でもよ、そんなレーダーが地中にあるんだったら、地上にもあるんじゃねぇか?」

「それは私のインガで、レーダーを麻痺させているからよ。何の為に私が先頭を歩いていると思っているの?」

「そ、そうだったなのか? なるほど……」


 確かに、円の体からは、微弱ながらインガウェーブが発せられていた。

このインガのおかげでレーダーに感知されないようだ。タケルは改めて、円のことを見直した。


「だけど、直接目視で発見されたら意味がないわ。そうならないように祈るしかないわね……」

「大丈夫だぜ! こっちには萌がいるからな」

「それって、私が幸福の女神ってことかしら? 珍しいわね、タケルが私を誉めるなんて」

「ば~か、ちげーよ。おまえって昔からよくアイスとか駄菓子とかのクジ運いいからな。ま、その分、他の運は悪いけどよ。金運とか男運とかな、はっは!」

「むっかぁ! 男運が悪いのはタケルのせいでしょ! がさつなアンタが近くにいると、イイ男が寄ってこなくなるんだから!」

「あのな! それは俺の責任じゃなくて、てめぇに魅力がねえって事なんだよ!」

「なによ!」

「んだよ!」

二人のケンカがまた始まってしまった。


 それを見たオパールは溜息をついた。

「はぁ……まったく、タケルは合い変わらずだな。でも、心配しなくていいよ、オルレア」

「あ、はい……でも、なんだかタケルさんと萌さんって羨ましいですね」

「え、そうか? オルレアはああいうのがいいのか?」

「そうですね……なんだか絆で結ばれているっていうか……」

「そうなのか、オルレアはああいうのがいいのか……ウ~ム」

オパールは腕を組んで真剣に考え込んでしまった。

(もう、タケルさんったら、いつも萌さんと仲がいいんだから!)

ネパールの心境も複雑なようだ。


「しっ! 夫婦ゲンカはそこまでよ……何か異様なインガを感じる……来るわっ!」

円が叫ぶと同時に、正体不明の何者かが木の枝から飛び掛ってきた。

「きゃあ!」

「うおっ!……あれは!」

なんとか皆はその攻撃をかわしたが、タケルはその敵の姿を見て驚いた。

なんと、そこにはオオカミの獣人が五人ほど、殺気走った目でタケル達を威嚇していた。

「あれは……ベン! ベンじゃないのか!?」

「ダーリンよく見るだっぴょ! あれはベンじゃないだっぴょよ!」

ポリニャックの言うとおり、その獣人はベンと似ているが違っていた。

「バカな! なぜヤマトの国の管轄に、あのような獣人がいるのだ!?」

「たぶん、ヤマトに雇われているんじゃねぇのか?」

「それはない。獣人達はヤマトを忌み嫌っている。だから、けして協力はしないハズだぞ!」

オパールがそう叫んだ。

「ウワサは本当だったようね……これがヤマトの国の獣人部隊なのね……」

「獣人部隊だと?……円! どういうこった! まさか獣人狩りの目的って……?」

「そのようね……本来獣人は、人間の起こした争いに関与しない種族。それに、あの獣人たちは戦闘用に洗脳されていると思って間違いないわ……」

「せ、洗脳?……ひどいだっぴょ! ウチら獣人をそんな事に悪用するなんて!」

「あぁ、まったくひでぇ話だぜ……ヤマトの奴らにはヘドが出るぜッ!」


「ガアルゥ!」

シャアアッ!

ヤマトの国の獣人部隊の容赦ない攻撃が始まった!

「く! こいつらを殺す訳にはいかない!」

タケルは、襲い来る獣人の爪をかわしつつ、手加減して獣人に反撃した。

バキン!

しかし、攻撃を受けた獣人は、地面に倒れてもまたすぐに立ち上がってきた。

「だめだ! こいつら手加減して勝てる相手じゃねぇぞ!」

「そのようね、もともと獣人としての戦闘力に、インガの力も増幅させられているみたい!」

「おいおい! 関心してる場合じゃねぇぞ! このままじゃやべぇぜ!」

「仕方ないわね……こうなったらもう倒すしかないわ!」

円は手のひらに、強いインガが集中させた。

「待ってくれだっぴょ、ツブラ! この獣人は操られているだけだっぴょよ!」

「け、けど……」

「きゃあ!」

そのスキに獣人が萌に襲いかかる! 間一髪、タケルが攻撃を防いで萌を守った。

「大丈夫か、萌?!」

「う、うん。ありがとうタケル」

「くそ~、やっぱこいつらを倒すしか方法はないのか……汚いぜ! ヤマトの奴等めッ!」

「私、やってみるわ……」

萌はそう言うと立ち上がり、獣人の真ん中へと歩み寄った。

「ま、待て! 萌! おまえじゃ無理だ!」

「大丈夫……大丈夫よタケル。なんだかそんな気がするの……」

円も、萌の自身に溢れた表情に何かを感じ、止めなかった。

「萌! やめるんだ!」 「萌さん! あぶないわ!」

オパールとネパールも止めようとした。

そこで萌のとった行動とは……

なんと萌はその場に立ち尽くし、静かに歌を歌いだした。

「♪~♪~♪~……」

その歌は、タケルが小学校の時に習った歌だった。

題名は思い出せないが、確かに聞いた事のある歌だった。

それは優しさと悲しみの入り混じった切ない歌声であった。

すると、―今まで殺気立っていた獣人が次第におとなしくなり、次々とその場にドサリと倒れた。

「一体どうしたと言うんだ? 萌の歌で獣人が眠っていくなんて……」

「なんだか雪山で見た、烏丸という少年の笛の音に似ていただっぴょ……」

「すっげぇな! 萌! おまえの歌のあまりにものヘタクソさに、敵が気絶しちまったぞ!」

「うるさいわね! タケルも気絶させて欲しいの!?」

「じょ、冗談に決まっているだろ? マジになるなよ……」

萌とタケルはまたケンカを始めてしまった。


 円は、その様子を見た後、黙ってジッと考え込んでしまった。

(あの技……あれは私が教えた事のない技だった……何故、あれをあの娘が使えたのかしら?……

萌ちゃん……とっても不思議なコね……)


「それにしても円も人が悪いなぁ。俺の知らない間に、萌にあんな便利な技を教えていたなら、もっと早く言ってくれよ!」

「私は教えてないわよ」

「へっ? そうなのか、萌?」

「う、うん……なぜだかわからないけど、ああやって歌ったら良いような気がして……それで……」

「ふぅん。おかしな話もあるもんだな。ま、いっか! とりあえず危険はなくなったって事だしな」

タケルの無関心ぶりは相変わらずであった。

ポリニャックは倒れた獣人を心配そうにしていた。

「大丈夫よ、ポリニャックちゃん。そのオオカミさんは今は眠っているだけだから。目が覚めたらもとにもどるわよ」

「ほ、ほんとだっぴょか! よかった!」

円はポリニャックを安心させる為にわざとウソをついた。円はヤマトの洗脳技術を知っていた。

おそらく、あの獣人はずっと洗脳から開放される事はなく、もしくは廃人になるだろう。

だが、その真実をポリニャックに言う事など出来なかった。

(ヤマトめ……許さないわよ……)

円は心静かに怒りを燃やした。

それを感じ取ったタケルは、円の優しさを知り、円の肩を無言で叩いた。

「いきましょう、タケル! これ以上、ヤマトの悪行をのさばらせておく訳にはいかないわ!」

「おうっ!」


 その時。

獣人の一人が起き上がろうとしていた。どうやら萌の歌の効果が薄かったのだろう。

皆の背後から忍び寄る獣人。だが、それに気付くものはいない。そして、獣人のキバが光る!


 ギャドッ!


 その鈍い音を聞いて、皆は一斉に振り返った。そこには、なんと。

獣人の腹部を手刀で貫くオルレアの姿があった。その顔は、いつものオルレアと違い鋭い表情だった。

「お、オルレア……」

オパールはその豹変ぶりに驚き、それ以上声が出せなかった。

「あ……私……? きゃあ!」

とっさに獣人を攻撃したオルレア自身、はっとして我に返ったようだ。

獣人の腹部から手を引き抜くと、赤い血とともに臓器がズルリと飛び出した。

「ひっ! きゃああッー!」

オルレアは絶叫し、そのまま頭を抱えて座り込み、ガタガタと震え出した。

その突然の出来事に、皆はどう解釈していいのか見当がつかなかった。

 

「う、うそだ?……あのオルレアがこんなこと……そ、そうだ! たまたま偶然だったんだよ! なぁ!?」

オパールは戸惑いながらタケルに返答を求めた。しかし、タケルは黙ったままだ。

当然、オルレアの攻撃が偶然でないことは一目瞭然だった。

よほどの格闘経験がなければ、手刀で人体を貫く事など出来るハズがない。

「あなた……何者なの?」

「わ、わからないわ……あ、頭が痛い!」

円の問いに、オルレアは首を振って震え続けた。

「やめろ! オルレアは記憶を失って動揺しているんだ!……いまは、何も聞かないでくれ!」

オパールは、オルレアを必死にかばった。

その様子を見て、それ以上、誰も深入りできないことだと皆は思った。


「ま、まぁ、その、なんだ! ここはひとつ偶然ってことにしようじゃねぇか!? オルレアは俺達を助けてくれたんだからな!」

「タケル……すまん」

オパールは深々とタケルに頭を下げた。

「よせよ! おまえが俺に頭下げるなんて気持ち悪りぃからよ! ははっ!」

「とりあえず、進むわよ。 オルレアには悪いけど、今わたし達は敵のど真ん中にいるんだから」

「す、すいません、円さん……私にかまわないでください」

「よっし! じゃあ出発再開だ!」


  そして、タケル達一行は、森のさらなる奥へと進んでいった。

しかし、オルレアの一件は、偶然で済まされるものではないと誰もが思っていたが、

ここヤマトの領地では、そのことを気にかけているだけの余裕がなかったのも事実だった。



 そこから遠く離れたとある場所。ここはヤマトの国の最初の門。

その様子を監視していたヤマトのサムライに、タケル達の侵入はすでに気づかれていた。

ヤマトの国に入るには、4つの門を通る必要があり、その門番には『白狐隊』が配属されていた。

最初の門番。そこで待ち構える門番を、私達は知っていた。

そう、その少女こそ、タケルとの戦いで戦死したはずの『銀杏』であった。

「うふふ☆ 早くタケルたちこないかなー、楽しみ楽しみ☆」

何故、戦死したはずの銀杏が生きているのだろうか?

そして、タケルとの再戦には、どんな意味が込められているのだろうか?



「いたた……」 「あっ、兄さん大丈夫?」

オパールはさっきの獣人に、軽い傷を負わされていた。

「なんだよオパール、あんな攻撃もよけられねぇのかよ? 情けねぇなぁ」

「う、うるさい! 少し油断しただけだ!」

オパールは、先ほどの戦いで足がすくんでしまったのを恥じた。

「へん! それだけ怒鳴る元気があれば大丈夫だぜ。そんな傷、ちゃっちゃと萌に治してもらえよ」

萌には、眠ったままの紅薔薇を治したように、治療系のインガが使える。

「それがダメなの。オパールのような外傷は治せないの……」

「へ? そうなのか」

「うん、紅薔薇さんのように内面の病気だったら治せるんだけど。ごめんねオパール」

「ふうん、そうなのか。どおりで修行中の俺の傷も治してくれなかった訳だ」

「私はそんなイジワルじゃないですよーだ」

「ははっ、インガってのも良い事尽くめじゃねぇんだな。その点、ネパールの治療は完璧だったなぁ」

「わ、私のインガはまだ未熟です……それに、タケルさんを治そうと一生懸命だったんですよ……」

ネパールは顔を赤らめてモジモジした。

「はいはい、オパールは傷口にツバでもつけとけば治るだっぴょよ! ほい!」

ポリニャックはオパールの傷口にツバをつけた。

「うわっ! き、汚いぞ!」

「どうしたんだ?ポリニャックの奴?」

「ん~、さぁ?」

タケルと萌は顔を見合わせた。

(相変わらずニブイ2人ねぇ……) 円はやれやれという顔をした。


「オルレア、調子はどうだ?」

「はい……だいぶ良くなってきました……皆さんさっきは本当にすいません……」

「いやぁ、謝らなくってもいいんだぜ。ちょっと俺らもビックリしただけだからよ」

「タケル、そのことは!」

オパールがタケルの口を止めようとした。

「いいんです、オパールさん……皆さんが驚くのも当然です……それに私自身も驚いちゃって……

でも、これで分かりました。私には、何か特別な事情があるということを……それを思い出すためにも、このまま皆さんと一緒に行動したいんです……どうか、お願いします」

オルレアの真剣な眼差しに、皆は無言でうなずいた。

「オルレアはオパールに守ってもらえばいいさ。それに、オパールより強くて役に立つかもな!」

「それはいえるかもだっぴょ!」

「おまえらな~……言いたいこといいやがって!」

オパールは怒りながらも、オルレアを受け入れてくれたことを感謝していた。

「さぁて、問題はこれからよ。この先には、ヤマトの中心部である天守閣へと続く門が4つもあるの」

「四つの門か……きちぃな」

「それを無事に潜り抜けるのは至難の業……最初の門ですら無事たどり着けるのかどうか……」

「おいおい、そんなオーバーに例えるなよ、円」

だが円の顔は、けして冗談を言っている表情ではなかった。

「はは……どうやら冗談でもねぇみてぇだな。最初の門ですら辿り着けるかどうか、か……」

タケル達の前途は多難のようだった。





 場面変わって、ここはとある王国。

ヤマトの国の隣に位置し、まわりを切り立った崖に囲まれた城砦都市、『レジオヌール』。

シャルルはひとり、この地に訪れていた。

ここの城下町は、石垣で出来た商店街が立ち並び、狭い領土ながら放牧も行っていた。

(ここに……ここに何か秘密があるハズだ……)

シャルルには何か直感めいたものがあった。

とりあえず目に付いた食堂に入り、パンとスープを頼んだ。

隣のテーブルでは小さな子供を抱えた親子が食事をしていた。

「あれ……しまった。お金が足りない……」

慣れない旅と空腹だったせいか、几帳面なシャルルにしては単純なミスをしてしまった。

しかし、すでにパンとスープに手をつけてしまった以上、お金は払わないといけない。

「あの……おばさん、すいません。実はお金が足りないんです。ここで働いて返しますからどうか許してください」

シャルルは素直に謝った。治安の良い国とはいえ、まだまだ貧困に喘いで食い逃げする人は多かった。

この店のおばさんは、そんなシャルルにたいそう感心した。

「おやおや、今時珍しいくらい素直な子だねぇ。足りない分はいいから全部お食べよ」

「すいませんおばさん……でも、残りは全部頂くわけにはいきません」

「この子ったら、そんな遠慮しなくていいんだよ」

「いえ、その……こんなこと言える立場じゃないんですが、もしよろしかったら、このパンとスープを隣のテーブルの子にあげて下さい」

シャルルの隣のテーブルには、母親と幼いニ人の子供が、たったひとつのパンを分け合っていた。

「まぁ! あんたって子はなんてやさしいんだろう!」

おばさんは隣のテーブルにパンとスープを運ぶと、母親とニ人の子供は喜んでそれを分け合って食べた。

母親は何度もシャルルに頭を下げてお礼した。

そしておばさんは、シャルルにも新しいパンを差し出した。

「ありがとうございます、おばさん!」

「いいんだよ。何ね、今はこんな時代だろ? この国が戦争に巻き込まれないように、ヤマトの国に物資を送っているからどこも貧しい暮らしなんだよ。人の心も貧しくなるのも無理ないわねぇ……」


 この国、『レジオヌール』は、ヤマト国の軍事に協力するために物資を送っていた。

だが実際は、ヤマトに攻め込まれないために仕方なく傘下に入っているという状態だった。


「そうなんですか……」

「でもあんたは立派だよ。他人に気配りできるなんて、その歳ではなかなか出来ないからね。おばさん、そんなあんたが気に入ったよ。名前はなんて言うんだい?」

「はい。シャルルと言います」

「へぇ! シャルルだって? こいつは驚きだねぇ」

「え? どうしてですか」

「だって、この国の王家はシャルル家って言うんだよ。まさかあんたは王家出身ってことはないだろうね?」

「まさか、ただの偶然ですよ。このボクが王家だなんて。あはは」

「そ、そうだわねぇ、おばさんビックリしちゃったよ。シャルル家って名前が縁起いいからあんたの親がそう名づけたのかもしれないね」

「いえ、両親はいないんです。捨てられていたボクをおばあちゃんがひろってくれて一緒に暮らしていたんです。でも、おばあちゃんも死んじゃって……」

「そうなのかい……あんたも苦労したんだねぇ……で、どこから来たんだい?」

「はい、餓狼乱のアジ……」

「ガロウランノアジ?」

「あ、いえ、西の方からです!」

シャルルは余計なことは喋らないように誤魔化した。

「西だって? そう言えば昨晩、西の山の盗賊が、何者かに皆殺しにされたって物騒なウワサを聞いたんだけど、あんたは無事だったのかい?」

「はぁ、このとおり何事もありませんでしたけど……」

「そうかい、争いごとに巻き込まれなくて良かったねぇ。あんたみたいな子供でも平気で襲う盗賊だからねぇ、あんたは運がいいよ。しばらくこの町でゆっくりしていきな」

「はい、とりあえずこの国の王様に会ってみるつもりなんです。それでヤマトの国との関係をどう考えているかを謁見して聞いてみるつもりです」

「へぇ、えらいねぇ!」

「そして、よりよい平和をつくるためにはどうしたらいいか? その手段を模索していきたいんです」

「あれま! この子は考えてるスケールが違うねぇ! 普通は明日の食扶持で頭がいっぱいなのに」

「食べることも大事ですけど……それ以上に、この国の未来が心配なんです」

「でもねぇ、あんたみたいな子供がいったところで、門番に追い返されるのがオチだよ?」

「そうですか……でもなんとかなると思います。今までだって自分の思うようになんとかなりましたから」

「こら。そんなに自分を過信しちゃいけないよ! たぶん今までは、たまたま偶然うまくいってただけなんだからさ。人生なんてそんなもんだよ」

五十年という月日を生きてきたこのおばさんのセリフは、妙に説得力のあるものだった。


「あの……」

そこに、さきほどのパンをわけた母親が話しに入ってきた。

「今の話を聞いてしまったのですが、私の死んだ夫が城の兵をしていて、そこの門番長と親友だったのです。王様に会えるかわかりませんが、私が紹介状を書けば城の中には入れてくれると思います。さきほどのお礼をさせてください」

そう言って母親から書いてもらった紹介状を手に、シャルルは城の門へ向かった。

「ありがとう! ではいってきます!」

シャルルは店のおばさんと、母親とニ人の子供に大きく手を振った。

「なんて運がついている子なんだろうねぇ。なんだかあの子には、不思議な魅力があったよ。なんていうか、幸運が向こうからやってくるような……そんな感じがしたねぇ」

おばあさんは、シャルルが小さく見えるまでずっと見送っていた。


 シャルルは、城の門へと続く長い石畳の橋を渡りながら考えた。

その橋の下を流れる川に、シャルルは自分の顔を映してみた。

(偶然じゃない……なぜかボクの考えは必ず現実になる……

あの山でおばあちゃんと暮らしている時もそうだった……

「この山をでたい」と思った日に、おばあちゃんは原因不明の爆発で死んでしまった……

そして、タケルさんがこのままでは大きく成長できない事を思ったら、雪山で挫折を味わい、それを乗り越え成長していった……

ヤマトの国へ乗り込んでいったタケルさんが、どういう決断をするのかボクにはわかる……

タケルさんはけして紅薔薇さんを救出できない……

そればかりか餓狼乱には戻らず、更なる力を手に入れる方を選ぶハズ……)

「ハッ!……ぼ、ボクは何てとんでもない事を考えているのだろう!」

シャルルは首をブルブルと振った。

(いや、そうじゃない……これは自分の考えではなく、予想に近い……

頭の中に突然ひらめく予感。それが全て現実に起こっている。

これはただの偶然? それともボクの頭がおかしくなってしまったのだろうか?

その謎を解く鍵がここにある。

ボクの運命を変える何かが、この国にはあると確信できるんだ……

一体この国には何があるのだろう?……それをたしかめてみたい)

シャルルの眼前に立ちはだかる大きな城の門。

はたしてこの門の先には、何が待ち受けているのだろうか?



 ふたたびこちらはタケル達一行。

タケル達は、まだ森の中を彷徨い歩いていた。

ブゥー……ン……

「あれ……?」

「どうしただっぴょか、ダーリン?」

「あ、いや、何だか一瞬めまいがしたような……」

「ちょっとしっかりしてよタケル! アンタがリーダーなんだから!」

「そうだぞタケル。気合が足りないんじゃないか」

ブゥー……ン……

「まただ!」

「もうダーリン! そんな冗談はナシだっぴょよ」

「ちがうわ! 私にも感じたわ!」

円も何かを感じたようだ。

キュワワワー……

その瞬間、タケルの目の前が虹色に歪んだ。

「うっ! な、なんだ!? この感じ……前にも似たような感じがあった!」

「だ、ダーリンこの感じ!……ま、間違いないだっぴょ!」

「えっえっ? 何なのこれ!」

タケル達の体が虹色に歪み、やがて白く輝いた。

皆はこの不思議な感覚に驚き戸惑った。

だがタケルとポリニャックだけは、この感覚を以前に体験した事があるようだった。それは……


 バシュン!ドササッ


 タケル達は、空中にポッカリと開いた穴から落ちてきた。

そこは森の中とは違い、大理石で出来た石畳と階段で造られていた神殿のようだった。

そして正面には、首を上げないと見渡せない程の巨大な門が、デンと構えていた。

それはまるで、雲にも届きそうだと錯覚する程の大きさであった。

「な、なんだここは? それにあのバカでかい門……まさかここが……」

「ピンポーン☆ ご名答だよ、タケル☆!」

「え……あああッ!!」

タケルは門の方を見上げると、開いた口が塞がらないほどに驚いた。

「おっ!……おっ!……おっ!……オマエはッ!」

「久しぶりだね☆ タケル! それにポリニャック☆」

「あっ! ギンナン! ギンナンだっぴょか!? 生きていただっぴょね!」

ポリニャックは全く警戒するでもなく、銀杏へ向かって走った。

「あ! 危ないわ!」

円はそう叫んだが、銀杏とポリニャックは手を取り合って、喜んでピョンピョンと飛び跳ねていた。

「キャハハッ☆」

「わーい、わーいだっぴょ!」

以前、サエナ神殿で激闘したタケルと銀杏。

ポリニャックは人質の最中に、銀杏と仲良くなり友達になったのだった。


「聞いたことがあるわ……ヤマトの国、特殊攻撃部隊『白狐隊』。その中に不思議なインガを使う少女がいるということを……」

「ピンポーン☆ 正解だよ、お姉さん☆!」

銀杏は無邪気に笑った。

「驚いたぜ、あいつ円のことを……」

「何が驚いたのよ、タケル?」

「だって、おまえのこと、お姉さんって言ったんだぜ?」

「それって、ど~ゆ~意味? まさかオバサンって言うと思ったのかしら?」

「ははっ、じょ、ジョーダンだよ! それにしても、まさかあいつが生きてるとはな……」

「あの、女の子が白狐隊の銀杏ってコトね?……あんな小さい子なの?」

「そうだ。それにしても円、ここってさっきオマエが言っていた最初の門じゃねぇのか? 案外簡単に来ちまったな」

「そ、そうね……」

円は返す言葉がなかった。

「でもどういうことかしら? いくらタケル達と知り合いだからって、あなたはヤマトの国の攻撃部隊、『白狐隊』でしょう? なぜ私達をここに……」

「ちょ、ちょっと待て! それよりさっきの不思議な現象は何だったんだ! それに何で森の中からこのような場所に我々は突如現れたんだ!?」

オパールは狐につままれたような様子だった。

「おめぇもオツムが弱いなぁ、オパール。誰がどう見たって瞬間移動ってヤツだろ? ワープだよ」

タケルが得意げに説明した。

「瞬間移動……そんなインガが存在するなんて……それにしても、タケルに頭が弱いと言われるのは納得がいかん! 取り消せ!」

「チッチッ! 物事は柔軟に考えなきゃな! はっは!」

「でも、タケルの場合は柔らかすぎなんじゃないの? オツムが」

「んだとぉ? ペチャパイの分際で俺をコケにするとは許せん!」

「ちょっと、今なんて言った!? もぉ~、タケルのバカぁ!」

どんな状況でもふたりのケンカは相変わらずだった。


「あはは☆ あいかわらずだね、タケル!」

「そうだっぴょよ~、ホントにダーリンはしょうがないだっぴょよ!」

銀杏とポリニャックは仲良く笑った。


「た、タケル! あの娘がどんな理由でここに呼んだか知らないけど、とにかくここを突破しないと!」

「そ、そうだな……よし! 久しぶりの再会で悪いが、ここを通させてもらうぜ、銀杏!」

「いいよ、別に☆」

「へ?」

タケルは銀杏の返答に拍子抜けした。

「いいってオマエ……オマエは仮にもヤマトの白狐隊だろ? それなのに紅薔薇を助けようとしている俺達をこのまま通すなんてよ」

「あ、タケルのバカ! 紅薔薇の事を喋るなんて!」

「しまったぁ! ついうっかり……いやぁ、悪りぃ悪りぃ!」

(やはりこの男を少しでも認めていた俺がバカだったか……)

オパールは少し後悔していたようだった。

「まぁバレちまったら仕方ねぇ! 俺達は紅薔薇を救出しに来たんだ! さぁ力づくでもここを通してもらうぜ!」

タケルは門の前の階段を駆け上がり、銀杏の横を通り過ぎようとした。その時……

ガシッ!

銀杏がタケルの腕をつかんだ。タケルはその腕を振り切れずに止められてしまった。

「うお! てめぇ、何のつもりだ! やっぱここは通さねぇって事か? 銀杏!」

「……」

銀杏は、タケルの手をつかんだまま、下を向いて黙っていた。

「この野郎! シカトこいてんじゃねぇぜ!」

タケルは銀杏に向かって手を振り上げた。

「待ちなさい! タケル!」

円の声で、タケルは踏み止まった。

「何だってんだよ……うっ!」

タケルは銀杏のうつむいた顔を見て驚いた。

銀杏の頬からは涙がつたり、それがポタポタと地面に落ちていた。

「おめぇ……泣いてんのかよ?」

「ギンナン……一体どうしただっぴょか?」

ポリニャックも心配そうに銀杏の顔を覗き込んだ……その瞬間!

「タケルが……タケルがバカだからいけないんだよっ☆!!」

ブオウッ!

銀杏はタケルの腕をつかんだままビュンと振り回し、大理石の柱に叩きつけた。

ドガンッ!

「ぐうぅッ! やっぱてめぇとは勝負つけねぇといけねぇようだな!」

「少しだけタケルを試させて☆」

「な、なんだと? どういうこった!?」

「タケルがこの先へ行くことが出来るのか試すだけだよ☆」

ビュン!

その瞬間、目の前にいる銀杏の姿が消えた。

「はっ!」

タケルは背後に殺気を感じ、攻撃をよけた。

そこには、瞬間移動でタケルの後方に移動した銀杏がいた。

「いまのはまぐれかもしれないから、もっといくね☆」

「なにィ!?」


 ビシュン! ビシュン! ビシュン!

 

 なんと。銀杏は次々に瞬間移動してタケルを困惑させた。

これではどこから銀杏が現れるのか予想がつかない。

タケルは、なんとか銀杏のインガウェーブを察知して攻撃をかわし続けた。


「すごいねタケル☆ わたしの位置がわかるなんて☆」

「へん! 今までのようなイノシシ攻撃ばかりじゃねぇぞ! インガを察知する方法を円に教えてもらったんでぇ!」

「そっか☆ 修行してけっこう強くなったんだね☆ タケルの力もわかったよ☆」

「俺のインガはまだまだこんなモンじゃねぇぞ! それを見せてやる!」

銀杏は瞬間移動をやめて、タケルの前に姿を現した。

タケルは銀杏に向けて拳を振り上げた。

「そこだ! くらえ!」

「待ちなさい! タケル!」

円は何かを感じたらしく、タケルの攻撃を止めるよう叫んだ。

しかし、タケルは銀杏に向かって攻撃を繰り出した!

「!……」

しかし、タケルは銀杏の顔の間近で拳をピタリと止めた。

銀杏は構えも微動だにもせず、ただタケルの顔を見詰めていた。

タケルは銀杏の潤んだ目を見た。

それは攻撃的な目ではなく、何か抑えきれない悲しみを堪えた目であった。

その目を見て何かを感じ取ったタケルは拳を引いた。

「銀杏……一体おめぇに何があったってんだ?」

「タケルが……タケルがバカだから、撫子が帰って来ないんだよっ☆!」

「ナデシコ……撫子が帰ってこない? どういうこった……?」

タケルには銀杏の言う意味がさっぱり理解出来なかった。

「いまは話せないよ☆……でも、ここは通っていいよ……だから撫子を早く助けてあげて☆……」

銀杏は泣きながら次の門の方角を指差した。


 タケル達一同は、銀杏の不思議な行動に困惑しながらも、銀杏の側を通過して第一の門を突破した。

だが銀杏は、萌が通り過ぎる時だけ、強い視線を向けた。


(あの子……何なのかしら?……私のことを見ている……)

萌は初対面の少女に対して、不思議な感覚を持った。


 ポリニャックは銀杏の方を何度も何度も振り返っていた。

だが、タケル達の手前、この状況で銀杏にこれ以上声をかける事が出来なかった。

それを見た円がポリニャックに言った。

「あの子とは友達なんでしょ? 何か言ってあげたら?」

円はポリニャックの肩をポンと叩いた。

「う、うん……でも……」

ポリニャックは少し戸惑って、タケルの方をチラリと見た。

「どうしたいポリニャック? 友達に挨拶してやらねぇのか?」

タケルはニッコリ笑って言ってくれた。

「う、うん! ばいばーいギンナン! また会うだっぴょよ~!」

ポリニャックは振り返って、銀杏に手を振った。

それを見た銀杏も、ポリニャックに向かって大きく手を振ってくれた。

タケル達は顔を見合わせ、ニコリと笑った。

「さあ、第二の門に行くぜ!!」

タケル達一行は次の門に向かって走り出した。


(萌の心中)

あの子は間違いなく私を見ていた……まるで私を知っているようだった。

私には覚えがないけど、どこかで会ったような……いつ? どこで? わからないわ……


(円の心中)

白狐隊の銀杏はたしか戦死したハズ……

だけど、まだ生きていると言う事は、やはり噂は本当のようね……急がなきゃ……

それにあの言葉……「撫子を助けてあげて」……気になるわね……


(タケルの心中)

なぜ銀杏が生きていたのかは知らねぇが、撫子を助けろとか言っていたな。

どういうこった? だが、あの悲しい目には何か理由があるようだった……

紅薔薇と撫子にも、何か関係がありそうだぜ……


 次なる門を目指し階段を駆け上がっていくタケル達。それを見送る銀杏。

「撫子を助けられるのはタケルしかいないの☆……

だって、撫子の一番近くにいるのはタケルだけなんだから☆……ひっく」

銀杏は泣きながら、タケルに何かを託したようだった。


 銀杏の言葉の真意とは何なのだろうか?

その謎は次の戦いの最中に解き明かされるのかもしれない。

はたして、タケルは、紅薔薇を無事救出することができるのだろうか?

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