第5話 少女と腕相撲

運命とは交差する糸

それはまるで決められた環境

それはまるで仕組まれた構図



 第五話 『少女と腕相撲』



「ぜーッ! ぜーッ! あ、熱い! 死ぬーっ!」


 タケルは今、砂漠にいた。

ここは、熱砂の砂漠、「ジュジュエン」と呼ばれていた。

その、ジュジュエンの砂漠を横断するタケル達一行。

ん?一行?


 そう。

ある目的のために、砂漠を越えようとするタケルと、それに同行するふたりの獣人。

それは、ベンとポリニャックだった。


「あ、あちぃ~だぎゃ~」

「ウチ、ジュースが飲みたいだっぴょ! リンゴ、パイン、アップル~!」

「うるせぇな、テメェら! 文句言うならついてくるんじゃねぇよ、こっちまで暑苦しいぜ!」


 タケル達一行は、オンボロのバギーでガタゴトと走り続ける。

ジリジリと刺すような太陽光線が、タケル達の肌に突き刺さる。

この砂漠は、すべてを溶かし、すべてを飲み込んでゆくようだった。


バギーが砂の段差を飛び越えると、砂塵がブワッと舞い上がる。

「うわっ! ぺっぺっ! まったく、ここはなんてとこだよ? 早くどこかで休みたいもんだぜ」

「もうすぐだぎゃ。地図によるともうすぐバザーにたどり着くだぎゃよ」

「こんな砂漠のド真ん中に、ほんとにそんなモンあるのかよ?」

「オラにまかせるだぎゃよ。あ、アニキ、もっと右方向に走ってくれだぎゃ」

「オッケー、右だな」

「ちがうだっぴょ、もっと左だっぴょ」

「何言っているだぎゃポリニャック! 地図ではこっちの方向で……あれ?」

「どうしたよ? ベン。まさか、てめぇ……」

ベンの顔が青くなっていくのがわかる。

「ちょ、ちょっと、地図の向きが間違っていたみたいだぎゃ……どうしよ?」

「てめぇ、ベン!」

タケルは、ハンドルを放してベンの首を絞める。

「だいじょうぶだっぴょ。ウチがインガでバザーの方向を感知しているだっぴょ。ウチの言う方向に進むだっぴょ」

「ふぃ~、さすがポリニャック、助かったぜ。どっかの誰かみてぇな役立たずとは違うな」

「ムッ、それって誰のことだぎゃ! アニキ!?」

「てめぇに決まってるだろ! このションベン野郎!」

「いくらアニキでも許さないだぎゃ!オラは一生懸命に地図をみていただぎゃ!」

「うおっ! く、苦しい、やめろ!」

ベンは助手席からタケルの首を絞めた。

バギーは、ぐらぐらと挙動を揺らす。

「や、やめるだっぴょ~! あっ!」

バギーは砂の斜面を飛び上がり、そのままころげ落ちていった。



 そして、やっとの思いでバザーに到着したタケルたち。

「まったく、てめぇのせいで3時間も余計にかかっちまったじゃねぇか!」

「何言っているだぎゃ! アニキがしっかりハンドルを握っていないからいけないだぎゃよ!」

「もう、ケンカはよすだっぴょ! それより、ウチ、早くジュース飲みたいだっぴょ~」

「そ、そうだな、よし! 早くバザーとやらに入ろうぜ!」


 気を取り直して、バザーに入ったタケル達。

様々な色、形のテントが商店街のように建ち並んでいた。

そこには、人間や獣人が沢山集まり、そこで買い物をしたり、物々交換をしていたりした。


「ふ~ん、なかなか活気があるところじゃねぇか」

「ここのバザーはけっこう大きいほうだぎゃね。売っている品揃えも豊富だぎゃ」

「リンゴ、パイン、アップル~!」

ポリニャックは待ちきれずにピョンピョン飛び跳ねている。

「まったく、ポリニャックはお子ちゃまだなぁ」

「む、ダーリン! レディーにそれは失礼だっぴょよ!」

「はいはい、そんじゃ、レディーにおジュースでも飲まして差し上げるか」


 タケルは、冷たい飲み物を売ってそうなテントを探して見回した。

「お! あそこがいいんじゃねぇか?」

タケルはオレンジ色のテントを指差すと、そこに向かった。

「なかなか良い雰囲気だっぴょね。さすがダーリンだっぴょ」

「でも、中は込んでいて座る場所がなさそうだぎゃ……」

「はん、心配しなさんなって。俺にまかせな」


タケルはそう言うと、カップルの男女が座っている席の前に向かった。

お願いして相席にしてもらうつもりなのか?


タケルはカップルの男の顔を睨みつけた。

「いや~、暑いねぇニイちゃん。ところで、そこの席ちょっと譲ってくんねーかな?」

「な、何を言っているんだ、キミは!?」

「ほう、俺に逆らうつもりかよ? おもしれぇ……」

タケルは、男の胸倉を掴んだ。

「ひぃ! す、すいません! 席は譲りますのでお許しを!」

男は女の腕を引っ張って、一目散に逃げていった。


「一丁上がり! これで席も空いたぜ」

「アニキ、脅すなんてひどいだぎゃね」

「でも、そんなダーリンのワイルドさが好きだっぴょ」

「へへ、さって、何を飲もうかな? やっぱビールかな?」

タケルは白いテーブルに座り、ヨダレを垂らしながらメニューを見た。

「ありゃ、ビールねぇのかよ? なんだか、ワケわかんねぇもんばっかだぜ」

「ビールなんて聞いたことないだぎゃよ。オラは麦汁とトビトカゲの丸焼きをたのむだぎゃ」

「むぎじる? トカゲ? 俺はそんなもんいらねぇな。仕方ねぇ、ジュースふたつな」

獣人のウェイトレスに注文をするベン。


「それにしてもよぉ、この世界でも金ってあるんだろ? なんて単位なんだ?」

「ヤマトの世界では、ちゃんとした通貨もあるだぎゃよ。けど、オラたち獣人は金を持ってないだぎゃよ」

「なに? それじゃあ、どうやって買い物するんだよ? まさか、タダなのか?」

「それはないだっぴょよ。人間はお金を使って買い物をするけど、ウチらは物々交換をするだっぴょよ」

「へ~、何とするんだ?」

「例えば、木の実とか薬草とか……あと、山で掘られるめずらしい鉱物とかだっぴょ」

「ふ~ん、なんだか原始的だな」

「それで丁度良いだぎゃよ。人間みたいに金を貯めることばっか考えていると、嫌らしくなるだぎゃ」

「ま、たしかにそれもそうだな……俺のいた世界では、みんな金、カネ、かね、ばっかだったからなぁ」

「人間の物欲は無限だぎゃよ。金だけじゃなく、領地までも欲張って欲しがるだぎゃ。だから争いが起こるだぎゃ」

「でもよ、このまえみたいな獣人狩りは人間がやってんだろ? 何でここの奴らは仲良くやってんだ?」

「あれはヤマト軍の一部が行っているだぎゃ。その事実を知っている者は少ないだぎゃ」

「何だか知らねぇけど、どっちの世界も揉め事はあるってことか。ま、俺には関係ないけどな」

「そんな無責任なこと言って欲しくないだぎゃ! もとはといえば人間が……」

「ちょっと待った。やっと冷たいもんが来たんだ」

タケル達のテーブルに、注文品が運ばれてきた。


「ではカンパーイ! って、これは麦茶だけどな」

「おいしーいだっぴょ! やっぱミックスジュースは最高だっぴょ! 美容にもいいし」

「ゴクリ!……むしゃむしゃ……」

ベンは、もくもくと注文の品を飲み、食べていた。

「おいベン、それってまさかビールか? 麦汁ってビールのことなのか? 俺にもよこせ!」

タケルは、ベンの麦汁を奪って飲み干した。

「あーっ! 何するだぎゃアニキ! そ、それにトビトカゲも!」

「うん、うめぇ! この味は焼鳥みてぇだな、気に入ったぜ。おーい、おかわり!」

「まったく、アニキは卑しいだぎゃね。オラもおかわりだぎゃ」

二人は麦酒をどんどんおかわりしていった。



その頃。

タケル達の様子を、遠くから伺うひとりの人物。

黄色い派手なフードには奇抜な模様。サングラスにマスク。

あからさまに怪しい人物だった。

「オボロギタケルめ……獣人の村でとった不覚、けして忘れんぞ!……」

その人物はタケルの名を口にした。タケルを知る人物なのだろうか。

「それにしても暑い! この私にこんな真似をさせおって……早くシャワーに入りたい」

フードとマスクをずらして風を入れる。その顔は、犬神善十郎だった。

「銀杏などに任せられるか! タケルを倒すのは私の役目なのだからな!」

獣人の村でタケルに負けたことが、犬神にとってよほど屈辱なのだろう。

それにしても、遠くから尾行するならば、何故、こんなにハデな格好をするのだろうか?

犬神のセンスというものが伺い知れる。



そして、タケル達の宴会(?)はまだ続いていた。

「あり?」

「ん~、どうしただぎゃか?」

「いや、あそこの黄色いコートのおかしな男、どっかで見た気がするんだが……」

犬神は、タケルに気づかれまいと顔を隠した。

「気のせいだぎゃよ。オラ達の知り合いに、あんなおかしなヤツはいないだぎゃ」

「そだな。それにしてもよぇ、この麦汁ってけっこうアルコール度数高いんだな~

なんだか飲みすぎちまったぜ、うぃ~」

「そりゃ高純度のホプラから抽出されているからだぎゃ、泡のキメも細かくて喉越しも最高だぎゃ」

「なんだよ、ベンってビール通みてぇだな」

「こだわりは必要だぎゃ。そんなことより、さっきの話の続きをするだぎゃよ」

「さっきの?……なんだっけ?」

「人間の物欲だぎゃよ!」

「あー、その話か、俺はパスだね。そんなの考えるのもメンドクセェし、知ったこっちゃねぇや」

「アニキは好い加減すぎるだぎゃよ! もっと、この世界の発展を考えなくちゃダメだぎゃよ!」

「ほ~う、ならテメェはどんな考えなんだよ? エラそうなことばっか言ってやがって」


タケルは麦汁をグイと飲み干した。ベンもグィと飲み干す。


「オラの考えは、人間も獣人も、もっとしっかりした指導者が必要だぎゃ。その点では人間の方が少し進んでいるだぎゃ。

だけども、あまりにも人を管理しすぎると暴動が起きてしまうだぎゃ、だから、もっと尊敬される人物が……」

「ベン、ちょっと飲みすぎだっぴょよ」

「まったくだ、コイツ何言ってるのかサッパリわかんねーよ」

「だからアニキは頭が悪いだぎゃよ! いつも食い物のことばっか考えているんじゃないだぎゃか?」

「テメェ、酔っ払ったからってその言葉は許せねぇ!」

タケルは、テーブルをひっくり返し、ベンに掴みかかった。

「てめぇ! 誰にケンカ売ってんのかわかってんのか!」

(し、しまった! ついアニキを本気にさせてしまったぎゃ! まともにやったらオラ殺されるだぎゃ……)

ベンは冷や汗を垂らしながら、とっさに機転を利かせた。

「あ、アニキとケンカしても勝てっこないだぎゃ。それなら公平に力比べはどうだぎゃ?

当然、インガを使うのはなしだぎゃよ」

「ハンッ、おもしれぇ! 乗ったぜ! それなら腕相撲で勝負だッ!」

「ぐふふ、腕相撲なら自信あるだぎゃ!」


 テーブルを挟んで対峙するベンとタケル。

2人とも腕相撲にはそうとう自信があるらしく、不適な笑みをかわしている。

いつの間にか、まわりにギャラリー達が集まり、勝手に盛り上がっていた。

「ケンカはやめるだっぴょ! ケンカ両成敗っ!」

ポリニャックは二人の間のテーブルに立ち、ベンとタケルの顔に水をかけた。

「うぷっ!」 「何するだぎゃ!」

さすがに二人は目が覚めたのかすっかり正気に戻り、まわりのギャラリーたちも残念がって散らばっていった


「ダーリン、長老の言葉を忘れてしまっただっぴょか?」

ポリニャックは、ポケットからある石を取り出した。それは、ネズミの長老からベンに渡された石だった。

長老が言うには、タケルの記憶を蘇らせる場所があるというのだ。

その石からは光が放たれ、長老の映像が小さく映し出された。それは、石に込められた長老のインガだった。

石から映し出される長老の映像はこう言っていた。

「タケル……村での一件はすまなかっただぎゃ、おぬしの凄まじい戦闘に村人は怯えてしまっただぎゃ。

さて、おぬしの来た世界と記憶の謎を知りたかったら、砂漠を越えたサエナ遺跡に向かうだぎゃ。

そこに、秘密が眠っているだぎゃ。それと、ベンを共に連れて行くが良いだぎゃ、少しは役に立つだぎゃ。

最後に村を救ってくれた礼を言うだぎゃ、ありがとうだぎゃ。

では、頑張って己の記憶を取り戻すだぎゃ。おぬしの無事を祈っているだぎゃ……」

そこで、長老の映像は終わった。


 タケルはイスにどっかりと腰かけ、腕を組んだ。

「へっ、そうだったな。今はケンカしてる場合じゃなかった。早く俺の記憶を取り戻さないとな」

「アニキ、すまなかっただぎゃ。オラも言い過ぎただぎゃよ」

手を握って仲直りするタケルとベン。

「まったくもう、ベンは酒グセが悪いだっぴょよ。ダーリンもね」

ポリニャックは思った。

(それにしても、ベンは少し政治思想が強すぎるだっぴょ……

でも、ほとんどの獣人はそんなこと考えていないから、先進的な考えであることは確かだっぴょけどね……

それが、悪い方向にいかなければよいだっぴょ……)

ポリニャックは、ベンの思想が捻じ曲がらないかを心配した。


「さぁて、飲みなおすか! ビールおかわり!」

「ビールじゃなくて麦汁だぎゃよ。こっちもおかわりだぎゃ!」

「おにいちゃん……あの……」

すると、そこにフードをかぶった小さな女の子が近寄ってきた。

タケルは隣のテーブルを見ると、さっき騒いだせいで、その女の子のジュースがこぼれてしまったようだ。

「わりぃ、わりぃ、ジュースをこぼしちまったようだな。おにいちゃんが弁償するからカンベンしてくれ」

その女の子はフードを取ると、ニコリと笑った。タケルもつられてニコリと笑った。


「なんで、おにいちゃん達は殺し合わないの?☆」


 タケル達の空気が止まった。

「え? い、いま何ていったのかなぁ? おにいちゃんよく聞こえなかったよ」

「だーかーら☆ なんであそこまでケンカしたら殺し合わないのかって言ったの!☆」

「あ……えと……その」

タケルが返答に困っていると、ベンが横からこう言った。

「ははっ、もし、どちらかが死んじゃったら困るだぎゃよ。ネ、おじょうちゃん?」

「なーんだ☆ その程度の覚悟でケンカしてたんだ☆

するんだったら、どちらか死ぬまでやらなきゃね。途中でやめるなんて、カッコ悪―いっ☆」

タケルとベンはア然とした。それもそのはず。こんな幼い少女の言うセリフではないのだから。

「あ、あのさ……人が死んだら痛いんだよ? それにいなくなったら悲しいし……」

「えーっ☆ 困らないよ! 兵士なんてまた補充すればいいんだし。それが戦争でしょ?☆

おにいちゃんたちは、とっても臆病なんだね。あーあ、つまんないー☆」

「な、なんて生意気な子供だぎゃ。言っていい事といけない事があるだぎゃよ!」

「ベン、こんな子供相手にムキになるな。大人気ないぜ」

「あれー☆ こんな子供にバカにされても悔しくないのぉ? プライドのない男の人はモテないよー、ダンゴっ鼻さん☆」


 それを聞いてニコヤカだったタケルの顔がピクピクとひきつった。

(おいベン……子供相手にムキになっちゃいけないよな……)

(ああ、そうだぎゃよ……ここは大人としてガマンだぎゃ……)

ベンとタケルはお互いの肩を掴み、ワナワナと怒りを堪えていた。


「でもさー、確かに我慢ばっかしてる大人って魅力ないだっぴょねー。男だったらやるときはやらなきゃ」

どうやらポリニャックが、余計な一言を言ってしまったようだ。

「あれ? 気が合うねーウサちゃん☆ ホント、こんなだらしない大人だったら、私でも楽に勝てそうだよー☆」


「なんだと!?……」

さすがにこの言葉を聞いて、黙っていられるほど2人は大人ではなかった。


「おじょうちゃん、オラたちに勝つなんて無理だぎゃ……それを教えてやるだぎゃ!」

ベンはタケルの方を振り返った。タケルは腕を組み、ウンと大きくうなずいた。

「教えてやれ、ベン! 大人をからかったらどうなるか!」

ベンとタケルの目は完全にマジになっていた。本当に大人気ない二人であった。

「それって私と勝負するってことかなー?☆ だったら腕相撲で勝負しよっ☆」

ベンとタケルは顔を見合わせて、ぷくくと笑った。

「わははっ! やっぱ子供だぎゃ! オラ達と本気で勝負する気だぎゃよ!?」

「くくく、まぁいいじゃねぇか、ベン、ちょっと遊んでやれよ。そのかわり手加減してやれよ」

タケルとベンは完全に悪ノリしていた。

「もー、ダーリンもベンもやめるだっぴょよ!」

あきれたポリニャックが止めようとしたが、二人は引き下がろうとしない。

「よっし、やろー☆ でもただの勝負じゃオモシロクないよねー☆ 負けたら罰ゲームねッ☆」

「罰ゲームだぁ? おしりペンペンじゃすまねぇんだぜ? おじょうちゃん? わはは!」


 ベンと少女の腕相撲。この異色の戦いをマジで見守るギャラリーはいない。

誰もがやれやれという顔で、大人気ない二人を笑って傍観していた。


「それじゃ、れでぃーごーっ☆」

テーブルの中央で肩肘をつき手を組み合わせ、ベンと少女の腕相撲が始まった。

ベンはニヤニヤとしながら少女を見下していた。


(いきなり勝つのも大人気ないだぎゃ。最初はじわじわと敗北感を刻ませながら、

最後は一気に地獄に突き落としてやるだぎゃよ! この子の泣き叫ぶ顔が目に浮かぶだぎゃ! いひひひ……)

ベンは相当にイヤな性格をしていた。


「やれやれ、ベンのやつマジだな。その子を泣かせない程度に頼むぜ?」

タケルはこんな勝負見るまでもないと思い、イスに腰掛けて背を向け、麦汁をグイイと飲んだ。


ズダアァァン!


「おいおい、もうかよ?」

手の甲がテーブルに勢い良く叩きつけられる音が響いた。当たり前だが、早くも勝負は決まってしまったようだ。

ベンは本当に大人気ない性格をしているようだ。

「おいおい、ベン。その子を泣かすつもりかよ? マジになるなっていった……!!」

しかし、タケルはテーブルの上の状況を見て目を疑った。

なんと、手の甲が先に着いて負けているのはベンの方だった。

ベンは信じられないという顔をしたまま固まっていた。

「そんな、バカなだぎゃ……こんな子供にオラが負けるなんて……!」

「わーい! わーい! 勝ったぁ☆ じゃ、オオカミさんには罰ゲームね!☆」


 ブビュビュ……ビュシュン!

すると突然、ベンの体が歪み、一瞬でその場から消えてしまった。

「な?……消えた!……ベ、ベンはどこにいったんだッ!?」

それを見て驚いたタケルは、テーブルを蹴倒して立ち上がった。


「へっへーん☆ ちょっと遠くに飛ばしちゃった☆ だって、負けたら罰ゲームっていったよね~?☆」

少女は無邪気に笑ってそう言った。

「な、なんだと! たかが腕相撲に負けたぐらいで何しやがる! それに今のおかしな技は何だ!?」

「たぶん、インガだっぴょ……」

「なんだとポリニャック? こんな小さな子供でもインガを使えるって言うのかよ?」

ポリニャックは無言でうなずいた。


「これが勝負の厳しさなんだよー☆ さっ、次は、オダンゴのおにいちゃんね☆」

「コノヤロー、よしわかった。その代わりに俺が勝ったらベンをここに戻せよな!」

「んー、なんでそんなこと約束しなくちゃいけないの?☆

おにいちゃんが負けたら飛ばしちゃうけど、さっきのオオカミさんをここに戻すなんて約束しないよー☆」

「くっ、てめぇが負けたら、どんな罰ゲームが待ってるかわかってんだろーな?」

「ふふ~ん☆」

「おい、答えろ! もう子供の冗談じゃすまさねぇぞ!」

「うふふ☆」

ゆっくりと顔を見上げる少女。その顔はニコリと不敵な笑い顔をしていた。

「それって私を殺すってことかなぁ?☆ でも、私を殺しても、オオカミさんは戻ってこないけどそれでもいいの?☆」


(こ、このガキ! さっきと雰囲気が違いやがる。

それに駆け引きってのを知ってやがるな、先手を取られたぜ……一体何者なんだ……?)

タケルが勝ってもベンは戻ってこないし、負けたらタケルは消されてしまう。タケルには不利な状況だった。


「ウチが人質になるだっぴょ」

突然ポリニャックが、平然とした顔でそう言った。

「ウチらはこの女の子に先手をとられ、詰みにはまっただっぴょよ、ダーリン」

「だ、だからって、おまえが人質になるなんて!」

「ダーリンが勝ってもベンは戻ってこないし、負けちゃったら飛ばされてしまうだっぴょ。

この不利な状況を打開するには、ウチが人質になるだっぴょ。

その変わりダーリンが勝ったらベンをここに戻して欲しいだっぴょ」

「ふーん☆ 賭けゴマ増やして条件変更ってわけだねー☆ でも、もし私がそれをイヤって言ったらどうするのー?☆」

「大丈夫だっぴょ。アンタは絶対にそこまで汚い手は使わないだっぴょ。

それをやっちゃったらレディーとして失格だっぴょよ?」

ポリニャックは得意げな顔でニヤリと笑った。


(ポリニャックのやつ、なかなか上手いな……それにこの状況で冷静に相手の裏まで読んでやがる……

こりゃただのオテンバレディーじゃぁないぜ)


「しかたないなー☆ じゃあ、それでいいよー☆ だって、ぜったいに私が負けるわけなーいもーんねー☆」


(絶対だと? ふんっ、確かにこのガキ少しはやるかもしれない。

でもそれは、ベンが油断していただけだ。この俺様がインガを使えば負ける訳ないんだ!)


 少女とタケルの本気の勝負。

先ほどのベンの時とは違い、ギャラリーも大勢集まり、血気盛んに盛り上がっていた。

中にはどちらが勝つか賭けをしている者までいる。


「まったくここの連中は……ま、俺が勝つに決まっているから賭けにならねぇだろーがよ!」

タケルは服の袖をまくった。ハリの良い筋肉に満ちた腕が、テーブルの上に置かれる。

オオ~!

ギャラリーたちは、タケルのウデを見て、皆タケルに賭けを変更した。


「うふふ、わかってないなぁ☆ それじゃ、ウサちゃん、合図してね」

よ、よーし、いくだっぴょ……れでぃー……ごーっ!!」

 

 ウオオッ!!

大勢のギャラリーが見守る静寂の中、盛大な歓喜が広まった。


 ガッグウン!

お互いの握り合った拳から肘へ。

その衝撃がテーブルに伝わり激しく揺れた後、ミシミシときしむ音が聞こえる。

それは、誰が見てもこの勝負の凄まじさを物語っていた。ギャラリー達が更に盛り上がる。


「へん! やるなッ! とてもガキの力とは思えねェ……だがッ!」

タケルの体が青白く光ってインガを放出し、パワーをグンと上げた。

「どうだっ! これならっ!」

タケルはニヤリと笑い少女の顔を見た。しかし、少女は微動だにせずにニコリと笑った。

「なっ、なんだと!?」

タケルは、確かに全力を出していた。だが、少女の腕は動かない。

そのおかしな光景。

まるでタケルが手を抜いて、少女を喜ばせようと演技しているかのように見えた。


「うぐぐ……!!」

勝負が始まり1分ほど経過したが、まだ勝負はつかない。

それどころかタケルの顔に焦りが見え、反対に少女の顔には笑みが溢れている。

タケルの額に汗がにじむ。


(バ、バカな! なんでこのガキは、インガを使っている俺のパワーを受け止めることができるんだ!?)

「あははー☆ その程度のインガじゃぁ、私には勝てないよー☆」

「な、なにぃ! 俺よりもおまえの方がインガが強いってぇのか!? こんなガキだってのに!」

タケルは、焦りを隠せずにポリニャックの方をチラと見た。

「ダーリン……ちがう、この子はインガを使ってないだっぴょ」

「なんだと? インガを使ってないのにこんなにパワーが出せるのか! ぐ、押される!!」


 何故、インガも使わずにこれほどのパワーを出せるのか?

勝負をジッと見守っているポリニャックにも、この少女の秘密がわからないようだった。

少女はいまだ顔色を変えず、ニコニコと笑っている。そして遂に、タケルの手が半分まで押し下げられてしまった。


「ぐおおッ!」

タケルは必死に戻そうとするが、少女の腕はビクともしない。

「私のこと覚えてないのかな、おにいちゃん?☆ そっか、覚えてるわけないよねー☆」

「な、なんだと!? 俺のことを知っているのか?」

どうやら少女はタケルのことを知っているようだ。

「ダーリン、どういうこと!? ウチ以外にも女がいたってこと? キーッ! 悔しいだっぴょ!」

「そうじゃないよ、ウサちゃん☆ でもね、このおにいちゃんは、とってもヒドイことしたんだよー☆」

少女はニコニコと笑いながら話を続けた。

「おにいちゃんを殺すのが私の目的☆ でもまだ殺さないよ……タケル☆」

「な、なんだってぇーッ!! うぐ!」


 バッシィン!

大きな音を立てテーブルに手が着く音が響いた。先に手をついてしまったのはタケルの方だった。


「ま、負けた……バカな……でも、なぜ俺の名前を知ってんだ!?」

タケルは負けたショックを隠し切れず、虚ろな目で少女の顔を見上げた。

「まだナ・イ・ショ☆ おにいちゃんが生きてたら教えてあげるねっ☆ じゃあ罰ゲーーム開始っ!!☆」

少女はタケルとポリニャックの手をサッと掴んだ。

「お、おいッ!」

「楽しかったよ、タケル☆ それと、私の名前は銀杏だよ、覚えておいてねっ☆」

ブビュビュ……ビシュン!

ベンの時と同じように、タケル達の体がグニャグニャと歪んで消えていった。


「うおおおおッ!」

「これはなんだっぴょぉ!」

タケル達は一体どこに飛ばされてしまったのだろうか?



「う……ううぅん」

タケルが気がつくと、まわりは砂だらけだった。

どうやら、ジュジュエンの砂漠のド真ん中らしい。

「うぉ! 暑ちぃ! これは異常な暑さだぜ!……それにしてもあのガキ、許さねぇぞ!」

タケルがあたりを見回すとベンとポリニャックが倒れていた。

すでに、この暑さのせいでやられていたようだ。このままでは二人の命が危ない。

「まずいな……なんとかしねぇと……」

タケルはインガを使って、とにかく何かを念じてみた。

すると、インガの効果か自分の体温を調節できたのだ。

「おっ! 少し涼しくなってきた、インガって便利なんだな。おっと、ベンたちも冷やしてやらねぇと」

タケルは、ベンとポリニャックの体に触れ、インガを送った。

「とりあえずこれでよし。しかし、ケンカ以外で使うインガってのは持続させるのが難しいぜ。

ちょっとでも気を抜くとうまくいかねぇ。それに、やたらと疲れるぜ。ハァ……ハァ……」

タケルは、使い慣れないインガに戸惑っていた。

それに、二人をひきずってインガを集中するのは余計に大変だった。


 あたり一面は熱砂の海。

押し寄せる高温の波がタケルを溺れさせ、蜃気楼が目眩を誘う。

「ク、クソっ! あのガキャ、こんど会ったらぜったいブッ殺してやるぜ! ぜひぃ~、ぜひぃ~……」


 タケルを一瞬でこんな場所まで移動させた不思議な能力。

タケルのインガでも敵わなかったあの腕力。

どうやら、タケルの名前を知っているらしく、タケルを殺すのが目的らしい……


(なぜ、俺の事を知っているんだ、あのガキは……俺は一体何者なんだ?……)

薄れゆく意識の中で、タケルは少女の名を思い出した。

(そういえば、あいつの名前、銀杏とか言ってたな……銀杏か……銀杏に……撫子……)


 その場に倒れたタケルは、完全に意識を失ってしまった。上空では人食い鳥が輪をかいて飛んでいた。

少女との勝負には負け、灼熱の熱砂に飛ばされ、今まさに怪鳥に狙われている始末。

そんな良いとこナシのタケル達一行に、はたして明るい未来はあるのだろうか?


「おい、どうだ! 生きてるのか?」

「ん~、死んでんじゃねぇのか。金目のものは……けっ、ナシだ」

「しかたねぇな。不味そうだが、人食い鳥のエサになる前にこいつらを喰っちまうか」

「そうだな。それにしても、何でこいつらこの砂漠でこんなに軽装なんだ? 死にてぇのかよっぽどのバカだな」


 タケルは、意識を失った状態で、おぼろげにそんな声を聞いた。

不運につぐ不運。このままタケルたちは何物かに食べられてしまうのか?

そしてあの少女と、また再会することが出来るのだろうか?


 ここは灼熱の砂漠ジュジュエン。

すべてを溶かし、すべてを飲み込んでゆく……

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