第4話 獣人奪回作戦


人は他人と同じ能力に安心感を抱く

人は自分を超えた能力に、恐れ、妬み、嫉妬する

憧れとは虚像、自分の卑しさを隠す言い訳

剥き出しの欲望よりも嫌らしい感情を人は認めない



 第四話 『獣人奪回作戦』 



 突然の雨。ここはある洞窟。

洞窟と言ってもそれほど中は広くもなく、ちょっとした岩間の切れ目にできた自然な穴。

中は薄暗くひんやりと静かで、緑や茶色のコケが生えていた。


 そこにタケルはいた。

虚ろな目をして膝を抱えて座り込んでいた。

岩の切れ目からは、ポタポタと雨が垂れてタケルの頬をつたる。

目の前の地面には、トカゲがチョロチョロと行ったり来たりしていた。

タケルはそのトカゲをギュウと鷲掴みにするとボンヤリ眺め、

しばらくしてそれに飽きると手を離し、トカゲを逃がしてやった。

トカゲは一目散に逃げ出し、「もう捕まるもんか!」と岩の切れ間に入り込んでしまった。

それっきりトカゲは出てこなかった。


 そんなどうでもよい事をしながら、希薄な時間が過ぎていった。

今だ止まない雨を、タケルはボーっと眺めていた。


「俺は何をやっているんだ……」

タケルは自分自身に呟いた。

記憶を失って彷徨い歩き、辿り着いた獣人の村で起こった戦い。そして村人たちからの疎外。

不安と孤独で、タケルの胸は傷ついていた。

何をしたら自分の精神が安定するのか、皆目検討がつかなかった。

だから、とりあえず何もせずに、ただ、呆けているのが一番マシだと思った。

獣人の村人を助けた事が何故いけなかったのか?

気が付けば、そればかりが頭の中をグルグルとまわっていた。


(俺のいた世界とは違う獣人の村……そしてインガ……

この力を使うことで、俺はとんでもねぇパワーを出せるようになった……

だが、何時から?そして何故?)

「俺はこれからどうしたらいいんだ……」

行き場を失ったタケルの瞳は、哀しみで枯れていた。


ドスン! ドスン! バキバキ!


 突如、地響きのような足音が聞こえ、それは近づいてきた。

タケルは洞窟の影からそれをうかがうと、大きな物体が目の前を横切った。

森の木々をなぎ倒しながら、タケルのいる洞窟の前を通り過ぎていったのだ。

その大きな物体は六~七メートル位もあり、人の形をしていた。

「あのロボットは……思い出した! あれは武神機だ」

良く見ると、武神機には網のようなものがぶら下がっており、中には獣人たちが捕まっていた。


「あれは獣人たち! あの武神機に捕まったんだな? でも、なぜ……」

タケルはその場にペタンと腰を降ろしてしまった。

「それがどうしたい。もう俺にはもう関係ねぇ。奴らがどうなろうと俺の知ったこっちゃねーんだよ」

獣人との出会いを経験したタケルにとっては、今更、何を見ても驚かなかった。

しかし何かが引っかかる……タケルは捕まっていた獣人の苦しそうな顔を思い浮かべた。


「た、ただの冷やかしだからな! けしてあいつらを助けたい訳じゃないぞ!」

タケルはブツブツと自分に言い聞かせ、武神機の方向へと走った。

武神機はジャンプを繰り返し、岩山の向こうへと消えていった。

普通に走ったのではとても追いつかなかったので、タケルは何気なしにインガを放出してみた。

すると、自分の身体能力が急激に上がったのを実感した。

(うおぉ! インガってのはこんな使い方もあるのか! ただケンカが強くなるだけじゃないんだ!)

 

 タケルは大岩を素早く駆け登り、木々から木々へとフワリと飛び移り、深い谷を大きくジャンプした。

深い木々に囲まれた周辺に、武神機が着陸するのを見た。

そこの景色は、なんだか獣人の村の風景に似ていた。

タケルは気付かれぬように、コッソリと森の奥深くへと潜入していった。

近くの木の枝にぶら下がり、葉っぱの隙間から様子を伺うタケル。


「いたいた、あれだな……」

やはり、そこには村があり、藁葺きの小屋の横に、さっきの武神機がニ体いた。

そして、網にかかった獣人が、大きな木の枝に吊り下げられていた。

「この野郎ッ! ここから出すだぎゃよーっ!」

どこかで聞き覚えのある声がして、タケルは目を見開いた。それは狼男のベンであった。

「あのバカ! やっぱ捕まってやがって!」

ひとりぼっちのこの世界で、数少ない知人との再開。タケルは少し嬉しくなり口元を緩ませた。

「別に嬉しくなんかないぜ。ただ、あのバカにちょっと聞くだけだ! ちょっとだけな!」


 村長の家と思われる少し大きな藁葺きの小屋。その横に待機する二体の武神機。

あたりから見渡しの良い木に獣人が吊るし上げられ、その真正面には見張りの人間が二人いた。

不思議なことに、見張りをしている人間の服装は、武士を思わせるような服装をしていた。


「あいつら、まるで戦国時代のような服装をしてやがる……

この世界の人間は、みんなそうなのか? しかし、どこかで見たような服装だな……」

タケルは必死に思い出そうとして頭をひねったが、一向に思いだせなかったので考えるのを止めた。

「まぁ、いいか! それにしても、何で人間が獣人を捕まえているんだ? あいつら仲が悪いのか」

獣人を捕まえる人間。これは何を意味しているのだろうか。

「さて、問題はどうやってベンたちを助けるかだが……

この見渡しのよい場所で、見張りに気付かれないように近づくのは難しい。

小屋から武神機の影へ移動しようにも、見張りは常に移動しているから死角がない……

よし……やっぱ、これっきゃないか。この雨が丁度良く音を掻き消してくれそうだぜ」

見渡しが良くて死角のない場所に、タケルはどうやって潜入しようというのだろうか?



 獣人が捕らわれている小屋の前。そこには見張りの人間が二人いた。

ボココ……ボコ……

「ん? 何か聞こえなかったか相棒?」 見張りのひとりが、相方に尋ねた。

「いや、別に聞こえなかったが……雨のせいで聞き間違えたんだろうさ」

「そうだな。それにしてもこの雨、やってられねぇぜ」

「まったくだ。でも、サボっているところを犬神隊長に見つかったらどやされるぞ」

「隊長はうるさいからな。さっさと獣人捕獲を終わらせて欲しいぜ」


ボコココ……ボココココ……ボコボココ……


 地中では、土を掘り進むタケルがいた。

なんと、インガを使ってモグラのように地中を掘り進み、木の裏側へとまわろうとしているのだ。

(よしっ、この上がちょうどベンのいる木のはずだ)

ボコッ!

タケルが頭を出した場所は、見張りの立っているすぐ後ろだった。危うく頭を引っ込めるタケル。

(フイーっ! あぶねぇあぶねぇ! ちょっと行き過ぎたぜ)

タケルは穴を引き返し、今度はちょうど木の根元に顔を出した。

「おいっ! ベンっ! タケルだっ!」

タケルは木の根元から顔を出し、小声で話しかけた。

しかし、ベンは暴れて疲れ果てたらしく、ZZZ……と眠っている。

(アイツが俺に気付かなきゃ意味ねぇだろーが!

俺の顔知らねぇ他の獣人もいるから、驚いた拍子に見張りにバレる可能性があるっ!)

タケルはギリギリと歯軋りをした。

(よーし……ベンのヒゲよ、燃えろっ!)


 タケルはインガを使って、ベンのヒゲに火をつけられるか試してみた。

はたしてタケルのインガでそんな事ができるのだろうか?

チリチリチリ……なんと、ベンのヒゲから煙が出てきた。


(よし! やっぱりだ。インガってのはこんな使い方も出来るんだな)

「熱ッ! 熱いだぎゃ!」

ベンは大声を出して驚いた。

「アホっ! 声がでかいッ!」

見張りには、なんとか気付かれずに済んだようだ。

「あ……アニキッ! アニキだぎゃか?」

「アニキぃ? ベン、何言ってやがんだよッ」

タケルはベンのアニキという言葉にとまどった。


「ベン、何なんだ、この人間は?」

ベンと一緒に網に捕まっている鳥の獣人が、タケルを疑わしい目で見た。

そして、他の獣人達も、タケルに気付いたらしく騒ぎだした。

「大丈夫だぎゃ! オラたちの味方だぎゃ!」

ベンのその一言で騒ぎは収まった。


「ベン、さっきのアニキって何なんだよ? それと、どうしてオメエがここに捕まっているんだ?」

「アニキ、許して欲しいだぎゃ。アニキは村を必死で守ってくれたのに……

オラはアニキの強さに惚れただぎゃ。だから、これからはアニキと呼ばせてもらうだぎゃよ」

「ふ、フン! 勝手にしろい!」

タケルは背中がむずがゆいような顔をした。

「オラは長老に無理言って、村を出てアニキを探すことを許してもらっただぎゃよ。

でも、他の村に行った時に、タイミング悪く獣人狩りに捕まってしまったんだぎゃ」

「そうだったのか……」

「アニキ、長老から預かっている物があるだぎゃ。それにはアニキがこの世界に来た理由と、

記憶を取り戻す謎が隠されているらしいだぎゃよ」          

「なんだと? そいつで俺の記憶がもどるっていうのか?」

「それを渡すには、まずはここを脱出することが先決だぎゃ」

「そ、そうだな」

「アニキ、インガでこの鋼鉄製のワイヤーを切って欲しいだぎゃ。

さすがにオラのキバでもこれは噛み切れないだぎゃよ」

「わかったぜ」


 タケルは見張りに見つからない様に木によじ登り、掌をワイヤーに充てインガを発動させた。

ポウッと掌が光り、ワイヤー高熱を浴び、飴のように柔らかくなって簡単に引きちぎれるようになった。


「あんた、タケルって言ったね? 助けてくれて感謝するよ!」

捕らえられていた獣人達は、タケルが味方だと理解してくれたようだ。


「アニキ、あの小屋には村の長のハリウッドがいて、村人と一緒に人質になっているだぎゃ。

ハリウッドはとても強いやつ奴だぎゃ。

人質さえ解放できれば、あいつらをやっつけることなど造作もないだぎゃよ」

「お、おいおい……何言ってるんだよベン」

「え?」

「人質やこの村がどうなろうと俺には関係ないことだぜ?

俺はその長老からの預かりモンさえ貰えりゃ後は用ねぇんだよ」

タケルは醒めた表情で冷酷にそう言った。

「やっぱりだゴン!やっぱり人間なんてしんじられないゴン!」 タヌキの獣人が怒って言った。

「アニキはそんな人間じゃないだぎゃ! ウソだぎゃね?アニキっ」


タケルは視線を反らして、しばらく黙っていた。

「人質には興味はない……

けど、このところウップンが溜まってたもんだから、ハデに暴れたかったんだよなぁ!

誰かをブン殴らなきゃ気がすまねぇ! どこかにそんな奴等いねぇかな~?」

「ははっ! まったく素直じゃないだぎゃね、そこがアニキらしいだぎゃ!」

「う、うるせぇやっ!」

ベンはハハハと笑い、タケルは照れ笑いをした。


「よし! じゃあ俺とベンで、地中の穴からあの小屋の人質を解放するって作戦だ! いいな?」

「待ってくれっケ。オレたちも連れていくっケ!」 鳥の獣人がそう言った。

「ダメだ! 大人数だと見張りにバレる。あんたは人質を助けたら安全な場所へ先導して欲しい」

「う、わかったっケ……」

それを聞いたベンは思った。

(アニキは見た目と違って、冷静で的確な判断が出来る男だぎゃ……)

ベンは、また少し、タケルのことを尊敬したようだった。



 一方こちらは、村の長、ハリウッドという獣人が捕まっている小屋。

部屋の真ん中には、巨大な熊の獣人が手足を鉄の鎖で繋がれて、身動きが取れなくなっていた。

どうやらこの獣人がハリウッドらしい。

身長は三メートルほどもあり、茶色い毛並みにぶっとい上腕。

額から顎までついた一閃のキズが特徴的だ。

小屋の隅には人質らしき獣人が、見張りの人間に刀を突き付けられて震えていた。

その人質の中のひとり、ウサギの子供が青い顔をしていた。

「ん? どうしたぁ?」 見張りの人間がそれに気付いたらしい。

「あ、あうぅ……我慢できないだっぴょ……」

ウサギの子供は震えながら、か細い声で言った。

「あん? オシッコでもしたいのか? したけりゃそこで漏らしちまえよ、ウケケ!」

意地の悪そうな見張りがニヤニヤしながらそう言った。

「レディの前でお下品な! ウチは女だっぴょ! 死んでもそんなこと出来ないだっぴょ~~っ!!」


 その時、タケルはすでに小屋の床の下に潜り込んでいた。

上が何やら騒々しいことになっている。タケルは床の木の節目から状況を確認した。


「でっかい熊のまわりに二人、人質の前に二人か。それにしてもあの子ウサギ、やかましいな」

赤いワンピースと、耳には大きな赤いリボンをした小さなウサギの獣人。

その子がギャーギャーと騒いでいた。

「あの声は……あれはウサギのポリニャックだぎゃ。あの子は昔から勘がえらく鋭いだぎゃ。

ひょっとしてオラたちが侵入しやすいようにワザと騒いでいるのかもしれないだぎゃ」

(う~ん、そうは見えないが……) タケルは半信半疑で聞き流した。

「とにかく、見張りは人質の子ウサギの方に目がいっている。

あの熊がハリウッドだな。近づいて鎖を切るぞ……」


 その時、タケルは鋭い何かを感じた。

それは、ハリウッドの前にいる人間からだった。

その男は、ウェーブのかかった金色の長髪に、キレイな顔立ちをしていた。

「あいつ……あいつの体から突き刺さってくるものは何だ? こいつ、要注意だぜ」

タケルのインガは、その人間のインガの力を感じ取ったようだ。

「あれは、ヤマトのサムライだぎゃ……どうやらこの部隊の隊長らしいだぎゃね」

「ヤマトのサムライ? サムライだと……」

タケルは、どこかでその言葉を聞いたことがある気がした。


「とにかく、作戦実行だ」

「おうだぎゃ」

タケルとベンは、熊のハリウッドのいる床の下に移動した。

そこでは、あの男とハリウッドが言い合っていた。

「……ですから、私は手荒な真似はしたくはないのですよ。わかってくれますか? 村長さん」

「フン! ここまでしておいてよく言う。犬神とか言ったな、だから人間は信用できんのだ!」

「おやおや、この世界の秩序が守られているのは、我々人間のおかげでもあるのですよ?

それを、おわかりになっていないとは、ヤマトも舐められたものですね」

「うるさい! ヤマトだからこそ信用ならんのだ! ここは獣人の住む森だ、出て行け!」

「ふふ……獣人狩りを完了させるのが私の役目。さぁ、他の村の場所を教えなさい、さもなくば……」

犬神という男は、部下に目で合図を送った。

部下は、人質の獣人に向かって刀を構えた。

「ま、待て! 村人たちには手を出すな! わ、わかったからやめてくれ!」

「最初から素直にしてればいいものを……もともと私は優しい性格なのですよ」


「こんなオカマやっつけるだっぴょ!」

しかし、人質の子ウサギ、ポリニャックの一言で犬神の態度が豹変した。


「……いま、なんと言いましたか?……いま何と!」

優しいスマイルをしていた犬神の顔は、般若の面のように恐ろしい形相に変わった。

「ひっ! こ、こわいだっぴょ!」

「またしても私を侮辱したな! 私の顔が怖いだと? 許せん!」

「ひやー! オカマ般若だっぴょ! コワイというかキモイだっぴょ!」

「貴様ッ!」

犬神は部下の刀を奪い取り、ポリニャックに向けた。

ポリニャックは、手を後ろに縛られたまま、ピョンピョンと飛び跳ねた。

「うぬ! すばしっこい奴め!」

「きゃっ! 簡単にはやられないだっぴょよ!」

ドタバタ! バタタ!

犬神はポリニャックを追い掛け回している。


「いまだぎゃ!ハリウッド、黙って聞くだぎゃ」

ベンは床下から小声でハリウッドにささやいた。

「むゥ?」 

熊のハリウッドは、床下に潜むベンに気付いたようだ。

「今から鎖を切るだぎゃ。オラが合図したらオメェは見張りを倒すだぎゃよ」

「う、ウゥ!」

しかし、もし目の前の見張りを倒せば、人質の前の見張りにも気付かれてしまい危険だ。

ハリウッドが納得しないのもわかる話だ。

「大丈夫だぎゃ、オラを信じるだぎゃよ。協力な助っ人もいるだぎゃ」

「ム、グゥ」

どうやらハリウッドは作戦に納得してくれたようだ。


(ち……やはり直接触れないと、インガで鎖を切るのは時間がかかっちまう……)

タケルは既に、床の節目の小さな穴から人差し指を向け、鎖にインガを放出していた。

ジジ……ジジジ……

だんだんと、少しずつではあるが鎖が溶け始めてきた。鎖を焼く音が見張りに聞こえそうだ。

子ウサギのポリニャックが騒いでなければ、とうに見張りに気付かれていただろう。

タケルとベンは冷や汗を垂らしながら、鎖が切れるのをジッと待った。

(もう少しだぜ……気付かれないでいてくれよ、たのむぜ、ウサギちゃん……)


ドスーン! 突然、床に響く衝撃!

(しまった! 気付かれたか?) タケルの眉間に冷や汗が流れる。


「だっぴょだっぴょ五月蝿いガキだ!殺してやる!」

ポリニャックはつまづいて転んでしまったようだ。このままではポリニャックが危ない!

「覚悟しろ!この子ウサギめ!」

「待ってだっぴょ! オシッコがもれちゃうだっぴょ!」

「なにィ? よ、よせ! 美しい私の前で放尿などするな!」

「もれるだっぴょ~っ!」


 ベンは居ても立ってもいられずにタケルの顔を見た。

「あのチビうさぎ、演技だとしたらアカデミー賞ものだぜ! いまだ!」

バチン! 鎖がやっと切れた。

「今の騒動のおかげで、一気に焼き切っても気付かれなかったぜ。さぁ、準備はOKだ!」

「さすがアニキ、機転が効くだぎゃ。よーし!」


「あ~ん!もうお嫁に行けないだっぴょ~!!」

相変わらず、子ウサギのポリニャックはバタバタと騒ぎ続けている。

「だれか、尿瓶を! いや、オマルを持って来い!」

犬神は部下に急いで命令した。よほど汚いものが嫌いな性格のようだ。


 タケルとベンは人質の下へと移動した。

さてこれからが正念場。失敗は許されない。

タケル、ベン、ハリウッドに緊張の汗が流れる……!


「あ、あんッ! も、もうダメだっぴょッ~~~~~~~~!!」


 ポリニャックの絶叫が、小屋中に響き渡る。外の見張りも振り返るほど大きな叫び声だった。

「いまだぎゃ!ハリウッド!!」

ベンの合図とともに、ハリウッドがその巨体をヌウッと立ち上がらせた。

そして丸太のように太い腕を、目の前の見張りに向かって振り下ろした!

ズバンッ! ドバシッ!

強烈な一撃を喰らった見張りは、藁葺きを突き破り外に吹っ飛んでいった。

「よくやった!チビ助!」

それと同時に、タケルが床下を突き破る。ポリニャックの前に居た犬神は不意を突かれた。

「な、なにィ!?」

バキィ! バリン!

タケルのパンチが、犬神の頬にヒット。犬神は壁を突き破って外に吹き飛んでいった。

「アニキッ! ナイスだぎゃ!」 

ベンが叫びながら、人質の見張りを殴り倒した。人質は解放されたのだ。


「う、うわああ~ん! うわあ~ん!」

ポリニャックはまだ演技を続けているようだ。

「おい、もう大丈夫だぜ、チビ助。おまえのおかげでうまくいったぜ」

「うわあ~ん!」

「おい、本当に泣いてんのか? そんなに恐かったのか」

「ち、ちがうだっぴょ~!」

「どした?」

「オマエのおかげで……おかげで! うわあ~ん!」

「?」

「あ、アニキ……」

ベンが床を指差した。すると、そこには……

ポリニャックの転んだ床を見ると、水のようなものが広がっていた。

「あらら……いたしちゃったのね?」

「ビックリしてチビっちゃっただっぴょ~! もうお嫁にいけないだっぴょ~! うわわ~ん!」

タケルは申し訳なさそうに苦笑いをした。しかし、その笑いも束の間。


「ふせろ!」

タケルが皆に大声で叫んだ。

ズバシュー!

突然、小屋の上半分が吹き飛んだ

バキバキバキ!……ドズゥン!

「貴様ら……いつのまに潜んでいやがったのだ……」

崩れた小屋の前には、頬を腫らした犬神が立っていた。


 タケルはポリニャックを抱きかかえ、ベンとハリウッドもなんとか人質の獣人を非難させた。

ポリニャックを降ろしたタケルは犬神を睨み付けた。ポリニャックは不安そうな顔でタケルを見上げる。

「ヘン、てめぇがシビンだオマルだ騒いでたからよ、そのスキに、チョイとな」

「人間が獣人の味方をするとは……貴様、ヤマトの人間ではないのか?」

「ヤマト……そう! それだよ?」

タケルは拳を手の平の上でポンとたたいた。

「俺ってさぁ、記憶がなくてどこから来たのかもわからねぇんだ。だから、ヤマトなんて知らねぇんだ」

「記憶がない……ヤマトを知らないだと……戯言にしてはもう少しましな嘘をついて欲しいものだな」

「ホントだって! ヤマトなんて見たことも聞いたこともないんだって!

おっと、前にナデシコってヤツに聞いたことがあったな」

タケルは誤解を解くように犬神に近づいた。

「貴様、撫子様を知っているのにヤマトを知らないとは、ふざけた奴だ

ならば教えてやる……この私はヤマト軍獣人狩精鋭部隊隊長……犬神善十郎だ!」

「犬神か、覚えておくぜ。俺はオボロギタケル、ええと……日本人……いや、地球人だ」

「チキュウジンだと? さっきから話が繋がらないようだが、

貴様がただの狂人かチキュウジンかなどどうでもよい! この私の顔を傷つけた礼をさせてもらうぞ!」


犬神はスラリと刀を構え、肩の位置で固定した。

刃の先はタケルに向けられ、その殺気も、目の前のタケルを殺すことにのみ集中していた。


(こいつの体からはインガが放出されている……

それも、高濃度な戦闘のインガだ……こいつ、できるやつだな)


「許さんぞ……私の美しい顔を傷つけ、そして、美しい私の前で汚れた放尿をしたことを!」

犬神の目はポリニャックも睨んでいた。

「いやぁん、コワイだっぴょ!」

「下がっていろ、あいつの相手は俺がする」

タケルの男らしい顔つき。ポリニャックは顔を赤らめて見とれた。

「早くむこうへいけ! ベン、チビ助をたのむ!」

「あ~ん!」

タケルはポリニャックを担ぎ上げ、ベンに向かって放り投げた。

「まかしておくだぎゃ、アニキ!」


「きえっ!」

犬神の鋭い太刀がタケルの頬をかすめる。刀から発せられる光の残像が宙に浮かぶ。

続けざまに犬神の突きが繰り出される。それをタケルは上体を屈しながらかわす。

ヒユッ! ヒユッ! ヒュン!

犬神の刀はタケルに当たらない。犬神は刀を持つ手に力を込め、思いっきり振り上げた。

ズバシュッ!

犬神の太刀筋から、光のような筋が発せられ、大地を削って向かってくる。

「これはさっきの! うおッ!」

タケルはなんとかかわすが、その衝撃でバランスを失う。犬神が鬼気迫る表情で迫ってくる。

「死ねい!!」

タケルのピンチ! ポリニャックは見ていられずに目をつぶる。

ギャリン!

金属のぶつかる音とともに、犬神の刀が弾かれる。

「貴様ッ!」

「へへ、どうやらギリギリセーフだったぜ!」

タケルの手には刀が握られていた。

ベンは辺りを見回すと、それを放ったのは、どうやらハリウッドのようだった。


 タケルと犬神は距離をとって睨み合う。

「タケルとかいったな……今の太刀、なかなかのものだな。おかげで手が痺れたぞ。

貴様、なかなかの剣の使い手と見た」

「ヘン! 敵をほめるなんて余裕タップリだな。犬神って言ったっけ?

だがな、俺は刀なんか持ったの初めてだぜ。マグレだよ、マ・グ・レ」 

「なにぃ? 本当に貴様は剣を握るのは初めてなのか?……信じられん」

「へへっ! 俺ってなんでもできちゃうんだな。この才能がニクイぜ!」


 強がりを言うタケルだったが、タケルの体は感じていた。体が自然に動き刀を扱っていたことを。

(俺は確かに刀を持ったのは初めてだ……けど、なぜだ?

なぜだか俺は、刀の使い方を知っている……それに、人を切る感触を求めている!)


「うおおッ!」

「てりゃッ!」


バッチィン!

刀が宙を舞う。弾かれて吹き飛んだのは犬神の刀だった。

「お、おのれ……おのれ! おのれ~ッ!!」

犬神は大声を出して、怒りをあらわにした。顔中から汗が噴出していた。

「お、くるか!……あ、アリ?」

しかし、てっきり向かってくると思った犬神は、後ろを振り返って走っていってしまった。

「ま、まさか……逃げる気か? このヤロウ!」

タケルも追いかけようとするが、犬神の逃げ足には追いつけなかった。


犬神は、巨大な人型ロボット、武神機に飛び乗った。

「ふはは! なかなか見事だったな、オボロギタケル! だが、いくら貴様でも武神機には敵うまい!」

犬神は操縦席に座ると、武神機を起動させた。

「ふふ! 常に動力を暖めておく私の作戦勝ちだな! このとおり、武神機はすぐに動くぞ!」

犬神の乗った武神機は、タケル目掛けて踏みつけようとした。

「うおっと! テメェ、きたねぇぞ! 降りてきて勝負しやがれ!」

「常に事態を予測して行動する……それが私のモットーだ。勝負など関係ない、勝てば良いのだ!」

「そいうのをヒキョーって言うんだよ! うおわ!」

タケルは、武神機のパンチをなんとかかわした。

「くそっ! こうなったら俺も……!」

タケルは、もう一体の武神機に乗り込み、スイッチを闇雲に押した。

しかし、武神機の起動には時間がかかるらしく、立ち上がることすら出来ない。

「どうなってんだこれは? う、動かねぇぞ!」

「バカめ! そんなにすぐに武神機が動いてたまるか! この初心者め!」

「うわあッ!」

犬神の武神機は、刀を抜いてタケルの乗った武神機に切りかかった。

「この衝動は私にも止められないのだ! 

しかし、皮肉なものだな。まさか、初の武神機同士の戦いが、このようなものになるとはな……

ヤマトの武神機同士切り合うのは、さすがに気が引けるがな!」

「だったら、やめろっつーの!」


ガッキィン!


「なっ、そんな!?」

「うおおッ!」

なんと、タケルの乗った武神機は瞬時に刀を抜き、犬神の攻撃を受け止めた。

「バカな! 何故動けるのだ?……何故動かすことが出来るのだ?……あ、あれは、あの光は?」


タケルの体が青白く光る。それはインガの発動だった。

インガの発動は、動けないはずの武神機までも動かす力があるようだ。


「残念だったな! 犬神!」

「うヌっ!!」


ズバシュ!……プッシュアァ!……

タケルの一太刀で、犬神の武神機の腕が切り落とされた。

武神機の切り落とされた腕からは、鮮血のような液体が噴出している。

これは、武神機にとってはオイルのようなものだろうか?

「ぐぬう、これでは刀が使えん!」

「勝負アリだな!」

「うう……武神機の腕を切られたせいで出力が下がっている……

体内の流動液が減ったからなのか? どちらにしても貴重なデータだ。こうなったら……」

犬神の武神機は、またもタケルとは見当違いの方に走った。

「またかよ? 今度は何だ!?」

バッ! ズシン!

犬神の武神機はジャンプして何かを踏みつけたようだった。それは、ヤマトの兵だった。

「てめぇ、仲間を!?」

「ふふ、このまま逃げれば隊長としての私の失敗が問われるのは確実。

ならば、せめて兵の口を絶っただけのこと。これでいくらでも言い訳のしようがある」

「キタネェ野郎だ!  そこまでして自分を守りたいのかよ!?」

「ああそうだ。私は自分が全てなのだ、それ以外には興味がない。ではサラバだ」

「ま、待ちやがれ!」

「おっと、そうだ。貴様の乗っている武神機は試作機でな。足の関節部に若干の問題点がある」

シュン! ガツッ!

犬神の武神機は、タケルの武神機の足首の装甲の隙間に、ナイフのようなものを投げつけた。

「うお! な、なんだ! 動かねぇぞ!」

すると、タケルの武神機の足の機能が止まってしまった。これでは犬神を追いかける事が出来ない。

「さらばだ、オボロギタケル! 次に会う時は、必ず貴様を地獄に落とすと約束しよう! ふはは!」

「ち! くそやろー!」

タケルは操縦席に両手を叩きつけた。


ヤマトの獣人狩り隊長であり、自分の為ならどんな卑怯な手でも使う男。

犬神善十郎。

タケルは、勝負に勝って試合に負けた気がした。

その後味の悪さは、タケルの胸元を締め付けるようだった。


「まったく頭にくるヤローだ!」

武神機を降りたタケルのもとに、ベンたち獣人が集まってきた。

「アニキ! さすがだぎゃ!」

「よくやってくれたな、助かったよ!」

獣人達は、皆、タケルに感謝の言葉を送った。

「へ、へん! あれくらいたいしたことねぇよ!」

鼻の頭を指で擦って照れるタケル。


「ダーリーン!」

その時、ポリニャックがタケルに飛びついた。

「へ? だ、だーりん?」

「そうだっぴょよ。ウチの恥ずかしい姿を見られて、傷ついた乙女心に責任をとってもらうだっぴょ!」

「せ、責任って、おまえ……」

「ストレートに言えば結婚だっぴょ、ウチを一生面倒見るだっぴょ、そして幸せにするだっぴょ。

あ、でも、ウチは家庭的だから家事も得意だから、ダーリンの世話もしてあげられるから、

こんなに良いお嫁さんはいないだっぴょよ、それに……」

「おいおい、か、カンベンしてくれよ! わー!」

「あ! 逃がさないだっぴょよ、ダーリン!」

ポリニャックは逃げるタケルを追いかけた。

それは、獣人達人質の解放の喜びと合わせて、皆は大声を出して笑った。

こうして、獣人の村に平和が戻ったのだった。



ところで、卑怯にも逃げ帰った犬神はどうしたのだろうか?

ここは、石畳で出来た廊下。豪華な造りはお城を想像させる。

ここがヤマトと呼ばれる場所なのだろうか?そして、そこに犬神はいた。

夕日が差し込み、石畳が赤く染まっていた。


「さて、今回の失敗をどうやって報告すればよいものか……」

犬神は、作戦失敗の言い訳を考えていた。


「おかえり、犬神ちゃん☆ 獣人狩りはどうだった☆?」

そこに現れた、小さな女の子。


「う、ぎ、銀杏か……い、いやぁ、その……こ、困ったことになってな、実は、兵からの通信があり、

何者かに部隊が全滅させられたそうだ。残念ながら、私が駆けつけた時には遅かったのだが……」

「ふ~ん☆」

その銀杏という名の少女は、犬神の顔をじっと見詰めた。

犬神は、刺すような視線に耐え、冷静さを保った。

「し、しかし、僅かな情報は得られた。部隊を全滅させたのは、オオロギタケルというらしい」

「オボロギ……タケル☆?」

「そうだ、部下の通信記憶に残っていたのだ。私はこれからアマテラス様に報告するのでな、では」

犬神はそそくさと、銀杏の前から立ち去ろうとした。

「ねぇ~☆」

「な、なんだ? 私は忙しいのだ!」

「アマテラス様にウソがばれないようにね、犬神ちゃん☆」

「うぐっ!」

しかし、犬神は何も言い返せないまま、黙って去っていった。


「タケルか☆……」

その名を口にする銀杏の顔は、笑顔に変わっていった。

「やっと見つけたね、タケル☆ 今度こそ殺してあげる☆……」


不気味な言葉を残す銀杏。

はたして、この少女はタケルのどんな恨みがあるのだろうか?

夕日はあいかわらず赤かった。

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