第3話 けものの村


脳内に刻まれるのが記憶ならば

胸の内に刻まれるのは記憶ではないのだろうか

人は人の心の感情こそが鮮明なる記憶だと

意識して生きるべきなのだ



 第三話 『けものの村』



(あ、熱い……)


 ここは樹木が生い茂る森林地帯。

日光は樹木によってさえぎられ、薄暗くジメジメした湿気と蒸し風呂のような熱気。

背の高さほどの巨大なシダ植物と、不気味な色合いをした巨大なキノコ。

底が見えぬほど黒緑色に濁った池には、得体の知れない生物がうごめいている。

草陰では、何かがガサガサと這いずりまわり、この森の雰囲気をいっそう妖しく盛り立てる。

正常な人間ならば、一秒でも早くこの場から立ち去りたいと思うだろう。


(はぁはぁ……あ、熱い)


 そこに、ひとりの男がこの森をさまよっていた。

体中傷だらけで服はビリビリに裂け、杖をつきながらヨタヨタと歩いていた。

例えるなら、生死の境をくぐり抜けてきたという感じだ。

男は、数日間何も口にしてないのか、ひどく衰弱し虚ろな目をしていた。

 ところで、この森には掟がある。

弱者が強者に喰われるという、ごくあたりまえの掟だった。

掟に従うなら、弱者としての使命をまっとうする運命にあった。男を付け狙う肉食獣達によって。

 ガルルゥ……

暗闇に獣の赤い目が光る。

男が虫の息と判断した獣たちは、あからさまに姿を見せて警戒を解いた。

忍び寄ってくる、大きな肉食獣たち。

食欲という生物の自然の欲求を満たすべく、

獣たちは、大きく鋭いキバを光らせながら、一歩二歩と歩み寄ってきた。


(くそ……もうだめか……)


 ついに男は、その場に前のめりに倒れこんでしまった。

獣たちは待ってましたと言わんばかりに遠慮なく男に群がった。

自然の掟の厳しさを、男は薄れゆく意識の中で身を持って知った。

それは、弱肉強食の世界では当たり前の光景であった。



どんどこどっど、どんどこど……

どんどこどっこ、どんどこど……

どどんど、どんどん、どどどどど……


「あ、目が覚めたきゃ?」

どこからか太鼓のような音色が聞こえ、男が目をあけると、そこには藁葺きの天井が見えた。

(生きているのか……オレは……?)

 寝たままの姿勢で首を傾け横を見ると、毛皮をかぶった人の姿が見えた。

男はゆっくりと体を起こし、ぼぅっとする頭を左右にニ度振った。

やっと意識がまともになり、かすんでいた目も正常に見えてきた。

それにしても、何故この人は、こんな暑さで毛皮をかぶっているのか?

そう不思議に思い、もう一度目をこすって見た。

「うわッ! ぎゃ、ぎゃあっ! お……オオカミ……人間!?」

 男は驚きのあまり大声で叫んだ。

 毛皮だと思ったのは見間違いで、人間のように2本足で立って歩いている狼人間がそこにいた。

「おんめぇ、人を見てバケモンみてぇに驚くこたぁねぇだきゃよ。

オラァ、人間はキライだども、長老の命令で仕方なく助けたんだきゃよ」

 その狼人間は、女性のような口調で人間の言葉をしゃべった。

 男は夢でも見ているのかとポカンとしていたが、頭を抱えて考え込んだ。


(まてよ……俺はだれだ?……何故こんなところにいるんだ?)


 どうやら男は記憶をなくしているようだった。

 しばらく考え込んでいたが、目の前の葉っぱに果物が乗っているのを見てそれに飛びついた。

「くっ、食いモンだッ!!」

 男は夢中で、ガツガツと乱暴に口に放り込んだ。

「あんれ、まっこと行儀の悪い人間だぁな、コイツは。食べる前にはいただきますだきゃよ」

 男は果物をペロリとたいらげ、いびつな陶器に入っている水をゴクゴクと飲み干した。

「ふぃ~、もっとだ……」

「え? 何だきゃ?」

「もっと食いモン持って来いっつってんだよ!はじめは狼人間だと驚いたが、

食いモンさえもってくれば狼男だろうが狼女だろうが何でもいいや!早くしやがれっ!」

「あ~れ~だきゃ!」

 男は怒鳴りながら狼女に飛び掛って押し倒した。

もはや錯乱状態である。これではどちらがオオカミかわからない。

ところでこの男。このメチャクチャ自分勝手な性格を、どこかで見た覚えはないだろうか?


バッカァン!


 男の頭の上で、陶器の水差しが勢い良く割れた。

「いってぇな!何しやがんでぇッ!」

 振り向くと後ろには、体付きのよい大柄な狼男が立っていた。

グレーと白の毛並みにリンとした青い瞳。

上半身を交差するように巻かれた2本の太いベルト。

その隙間からは鍛え上げた厚い胸板をチラと覗かせていた。


「それはこっちのセリフだぎゃ!長老の許しのおかげでこの村に入れてやったのに……

そうでなければ喰っちまうところだぎゃ!」

「俺を喰うだと? おもしれェ! 空きっ腹で虫の居所が悪いんでぇ! 逆にテメェを喰ってやる!」

 男はその場で立ち上がり、狼男を睨みつけた。睨み合ったまま対峙する男と狼男。

その時、男の体が青白くボンヤリ輝きだした。

「何だこりゃ? なんで俺の体が光ってやがんだ?」

男は光る自分の体を見て一瞬戸惑った。

どうやら男は、何故、自分の体が青白く光るのか、自分でも理解出来ない様子だった。


(こ、こいつ、強いだぎゃ……!)

 狼男は、男の戦闘能力をとっさに読みとった。指先から伸びる爪にピクピクと力が入る。


「待つだぎゃよ!!」

 突如、外から大きな怒鳴り声が聞こえた。

藁葺き小屋の外には、三メートルほどもある白髪の大ネズミが仁王立ちしていた。

その風貌や威圧感、男はこいつがさっき聞いた長老であることを感じ取った。


「そちらは客人だぎゃよ、ベン!」

「はっ! も、申し訳ないだぎゃ、だども長老……」

長老の一喝で、ベンと呼ばれる狼男がおとなしくなった。

「狼男の次は巨大ネズミかよ? もう何が出てきても驚かねぇぜ」

男は腕を組み、鼻で息をフンと吐き、そっぽを向いた。

「客人よ、ベンの軽率な行動を許してやって欲しいだぎゃ」

そういってネズミの長老はペコリと一礼した。

「ハンッ! この狼男はベンって言うのか。ションベンのベンか! こりゃ傑作だ、わははッ!」

「キサマっ! 殺すだぎゃ!」

ベンはかっとなって男に飛び掛ろうとした。

「ムン!」

その瞬間、長老の体が黄色く光り、ベンの動きが封じられた。


(う!……あの光は、さっき俺の体が光ったのと同じだ!)

男はぎょっと驚き、長老の体の光をまじまじと見た。


「ホホゥ……どうやら自分以外のインガを見るのは初めてのようだぎゃな、客人?」

「インガだと?……」

男はハッと顔を上げ目を見開いた。そしてゆっくりうつむきながらこう言った。

「お、思い出した!インガ……俺はその言葉をしっている。そして、俺の名は……タケルだ!」


(むゥ、その名はやはり……)

長老の表情が怪しく曇る。その名前に聞き覚えでもあるのだろうか。


ぐぐるるゥ~……

唐突に間の抜けた音がした。それはタケルの腹のサイレンだった。

「ほっほ。話はあとだぎゃ、客人。ちょうど今夜は月に一度の宴。これもなにかの縁だぎゃ。

食って飲んで大いに騒ぐだぎゃ」

「おっ、話せるねぇ、ネズミの爺さん! そういうこった、ベン。

ケンカの続きはメシ食ってからだ。わははっ!」

タケルは一目散に小屋を飛び出して行った。

こんな状況でも食欲を失わないとは、なんとあっけらかんとした性格なのだろうか。


 自分の記憶を失くしてしまったタケル。

なぜ彼はこの場所に行き着いたのか?

そして、この獣人の村で、タケルの名を知る長老の正体とは?

謎は明かされぬまま、宴は盛大に行われていった。



どんどこどっど、どんどこど……

どんどこどっこ、どんどこど……

どどんど、どんどん、どどどどど……


わおーん! ギャウギャウ! ひひーん! ミャウミャウ! くえっくえっ!


 馬の顔に人間の体。二本足で歩く動物たち。犬の獣人もいれば、猫の獣人もいる。

様々な獣人たちが、大きなたいまつの炎を囲み、太鼓の音や歓喜の鳴き声が深夜の森にこだまする。


 メラメラと燃え盛る炎は獣人たちを照らし、その長い影は遠くの森まで伸びていた。

酒をくらう者、ご馳走をたいらげる者、陽気に踊り狂う者、談笑に花を咲かせる者、

口ケンカや取っ組み合っている者たちと様々だった。

その誰もが、生きている喜びに満ち溢れ活気づいていた。


 タケルは酒と御馳走をたらふく喰らい、気分が良くなって獣人たちと楽しげに踊っていた。

「ありゃサッサー! よいサッサー! はらひれほれ、よいサッサー!」

タケルの滑稽な踊りを見た獣人たちは、みな腹をかかえて笑い転げていた。

獣人たちは、すでにタケルと打ち解けあい、仲間のように接していた。


「ほっほ、客人はもう皆と打ち解けたか……不思議な魅力のある男だぎゃ」

長老は、酒が並々と注がれた杯をクイィとあけ顔を赤く染めた。

「ヘンッ! みんな騙されてるだぎゃよ、あの男によ!」

隣に座っている狼男のベンは、トックリの酒をゴクゴクと豪快に喉へ流し込んだ。

長老はベンの顔をチラと見て、また杯をクイィとあけた。

ベンは不機嫌そうな顔で、長老の杯に酒をトクトクと注いだ。


「お~う! ベンちゃん! 楽しくやってるかぁ~い?」

タケルは顔を真っ赤にして、ヨロヨロと千鳥足でやって来た。

そして挑発するようにベンの頭をトックリでポンポンと叩いた。

「キサマッ! ブッ殺すだぎゃ!」


 ガシャン!

ベンはまわりの食べ物を払いのけ、憤慨して立ち上がった。

「おっとっと! 悪りぃ悪りぃ、ジョーダンだよ、ジョーダン」

タケルはベンのそばにゴロンと寝転がった。

「ぐ……ぬ……!」

ケンカをする気のないタケルを見て、ベンは自分が激怒したことがバカバカしく思えた。

「ほっほ、ベン、おぬしの負けだぎゃよ」

長老は笑いながらまた杯をクイィと開けた。


「しっかし、最初はえれぇ驚いたぜ。なんたってみんなケモノ人間だもんな!

ま、でも世の中広いから獣の姿をした人間がいたって不思議じゃねぇな、もう馴れちまったぜ!」

タケルは気分良さげに大声で喋った。そんな様をベンは無言でチラと横目で見た。

「ここの連中には感謝しているぜ……サンキューな」

意外にも素直なタケルの態度に、ベンは戸惑って顔をプイと背けた。


「ここの連中はどいつもみんな優しくて良い奴等ばかりだな……

よそ者の俺に怪我の手当てをしてくれて、おまけに客として扱ってくれるんだものな。

こんなに楽しいのは久しぶりだぜ……」

「おめぇ、仲間はいなかっただぎゃか?」

「ヘン、仲間ねぇ……生まれてこのかた、人とつるむのは大キライなんでね。ずっとひとりだぜ」

「……そうだぎゃか」

「どいつもこいつもくだらねぇヤツラばかりだったぜぇ……それに比べると、こっちの世界の獣人の方が、俺の住んでた世界のヤツラなんかよりもよっぽど人間らしいぜ……」


 タケルは幼かった昔を思い出した。

両親は事故で亡くなり、親戚中が遺産を山分けし、邪魔になったタケルを施設へと入れたのだった。

天涯孤独の身であるタケルの性格が、ひねくれてしまっているのもわかる話だろう。

仲間はいないと言ったタケルであったが、幼馴染の飛鳥萌だけは頭に浮かんだ。

施設を経営していた萌の両親だけが、タケルの味方だった。


 タケルは空に浮かぶ月を見た。ベンも大の字になって寝転んだ。

「ちょっと待つだぎゃ。俺の住んでいた世界とはどういうことだぎゃ?」

「ん? なにかおかしいか」

「それじゃあまるで、別の世界からやってきたような言い方だぎゃよ? 

頭おかしいだぎゃ、おめぇはよ?」

 ベンはタケルの方を見て、タケルのおかしな言動に疑問を投げかけた。

「ああ、ひょっとしたら俺の頭はおかしいかもしれねぇ……

けどよ、俺は別の世界から来たんだと思う……」

「どうしてだぎゃ?」

「だってよ、俺のいた世界では、ふつう動物は言葉を喋らないんだぜ」

「動物は言葉を喋らないってことだぎゃか? オメェだって動物だぎゃよ?」

「あ?え、まぁ動物って言えば動物だけどよ。どう言えばいいのかな……

だって、狼は普通、4本足で歩いてワオーンって叫ぶモンだぜ?」

「ワオーンなんて誰でも言えるだぎゃよ。オメェも今、ワオーンって言ったけど狼じゃないだぎゃ」

「ああっ、もう! そうじゃなくて……俺くそっ! 俺は頭悪いから説明が下手なんだよッ!」

 タケルは起き上がってベンに向かってそう言った。

「ははっ! わかるだぎゃ、オメェ頭悪そうだぎゃよ」

ベンがタケルにはじめて笑った。そしてタケルもベンを見て笑った。


 長老はそんなニ人を見て微笑み、杯をクイとあけた。

タケルはクククと笑っていたが、また空をみて静かに喋りだした。


「俺のいた世界とここは明らかに違う……なぜここに来てしまったのかわからねぇ……

俺は何か重要なことを忘れてしまっている……」

 ベンには突拍子もない話だったが、タケルの思い詰めた顔を見て、嘘や作り話ではないと信じた。

「で、何なんだぎゃよ? その重要な事ってのはよ?」

「わからねぇ、どうしても思い出せねぇんだ……

俺のいた世界のことは思い出せても、その事だけが思い出せねぇ……」

ベンは、頭を抱えて悩むタケルの肩に無言で手をポンとかけた。


 そこに、今まで黙っていた長老が口を開いた。

「客人。どうやらおぬしの言っている事はあながち嘘でもないようだぎゃ。

その謎を解く鍵が、インガではないだぎゃか?」

「……そうだ、俺のいた世界にインガなんて超能力はなかった!」

「インガがなかっただぎゃか?」

「そうだ。それである日突然、インガが使えるようになった……その出来事が思い出せねぇ!」

「あせることはないだぎゃよ、客人。ここにはゆっくりしてけばいいだぎゃよ」

長老はそう優しく諭した。

「ああ。世話になるぜ、長老! それにベンよ!」

タケルは躊躇なく答えた。

「フンッ、あつかましい! 少しは遠慮するだぎゃよ!」

「ヘヘッ、遠慮して相手に気を使わせても悪りぃからよ。わはははッ!」

「まったく、この男には呆れただぎゃよ……」


ズドドオォンッ!!


「なッ、なんだ?!」

「何事だぎゃっ?!」


 突如、森の方角から白い閃光が見えた。

灼熱の業火が燃え盛り、森は一瞬にして火の海になった。

そこに妖しげな仮面をつけた集団が、刀と弓で武装し、一気にワラワラと押し寄せてきた。

恐怖に戦く獣人たちは、逃げまといパニックに陥っていた。

仮面の集団は、獣人を網で捕らえ、歯向かう者は容赦なく殺していった。


「ベンっ! どうなってんだこれは! これも何かの余興か?」

「そんなワケないだぎゃよ!……どうやら噂の獣人狩りというやつらしいだぎゃ!」

タケルとベンは、仮面の集団へ向かって走り出す。

「ベン! おまえは女子供の避難をさせろ! その間、俺がヤツらを食い止める!」

「オラも闘うだぎゃよ! オメェひとりには任せられないだぎゃ!」

「バカヤロウ! 捕らえられている者を助けるのが先だッ!」

ベンはハッとして気付いた。

「わかっただぎゃ!……みせてもらうだぎゃよ、オメェの力!」


 ベンは、タケルの隠された強い力を見込み、仲間の救助を優先した。この男なら任せられると思った。

タケルとベンは二手に別れ、タケルは仮面の集団へと突進する。


「おオオオオォォッ!!」

タケルの体がインガで青白く発光する。それに気付いた仮面の集団はタケルを標的に選んだ。

「きょほほぉぉっ!!」

仮面の集団のひとりが、タケルの心臓めがけてヤリを突き出す。

 ヒュンッ!

タケルはそのヤリを見切って頬の横寸前でかわし、

無防備になった相手目掛けて握った拳を力一杯突き出す。

 ガゴォオンッ!

敵の仮面にタケルの突きが炸裂!

バネ仕掛け人形のように上体が勢い良く「く」の字に折れ曲がり吹っ飛んだ。

 メキャッ!

そしてそのまま木の幹に激突し、にぶい音を立て仮面の敵は倒れた。

一瞬、仮面の集団の動きが止まった。タケルの放った強力な一撃に敵は動揺したのだろう

仮面の集団は、真正面から襲うのを止め、タケルを中心に円になって取り囲んだ。


「ほほほほぉっ! ほほほほほぉっ!」

燃え盛る炎が妖しい影を照らす。仮面の集団はその場で足踏みし、奇妙な踊りを踊った。

「ハンッ!まどろっこしい作戦立てやがって……かかってこないならこっちから行くぜッ!」

猛然と襲い掛かるタケルの気迫に、仮面の集団は物怖じした。

ズドドドムッ!

タケルの速射砲のような速く重いジャブ。

仮面の敵の頭部が鐘のようにカンカンカンと激しく揺れる。

とどめのアッパーで吹き飛び、敵同士が衝突した。うめき声とともに敵は悶絶する。

お次はノミでクイを打ったように突き刺さる強烈な蹴り。

敵は奇声をあげたまま倒れピクリとも動かない。


「まるで鬼神だきゃ!」

タケルの戦闘を見たネズミの長老は顔を曇らせた。


 タケルの猛攻はまだ止まず。

空中へ飛び上がり急降下したタケルの蹴りで、仮面の敵の首がありえない方向にグニャリと曲がった。

その敵を掴み振り回し、腕がもげて鮮血が噴き出し、赤い雨がビチャビチャと地面に降り注いだ。

もはや、タケルを襲う仮面の集団は誰一人としていなかった。

皆、悲鳴をあげ武器を捨て逃げ出してしまった。

「逃がすかよッ!」

タケルのインガはますます明るく発光した。

バヒュン!

仮面の集団に駆けつけるそのスピードは、もはや人間の領域を超えたスピードだった。

瞬く間に追いつかれた仮面の敵は、タケルの繰り出す突きや蹴りを受け、

バッタバッタと吹き飛んでいった。


(俺の体が勝手に動く! まるで何年も訓練したみてぇだ……

それに敵をブッ倒した時の爽快感はどうだ? 

俺はこの感覚を求めている! この臨場感を欲しているッ!)


「ラストだぁー!」

タケルは大きく振り上げた拳を握り替え前に突き出した。

青白い軌跡を描いた掌底が敵の腹部に決まり、背中からは臓物が噴射した。

ドバシャァ……ビチャッ!

臓物を撒き散らした残骸が、無惨に地面に横たわる。

もはやこの場は地獄という言葉以外、形容できないほど悲惨で凄まじかった。

敵の帰り血を浴び、真っ赤に染まったタケルの顔が、卑屈に歪み不気味に笑う。

「思い出した……俺は、何者かと戦っていた、そして、その最中にインガに目覚めたんだ……

だけど、誰と戦ってたんだ?他にも仲間がいたような……」


ゴゴゴ!ゴゴゴ!

その時、タケルの背後から鈍い金属音が聞こえた。

それは、戦車のような姿をしているが、砲塔の部分が大きな二本のヤリになっていた。

「な、なんだ、ありゃ!あれでも戦車なのかよ?」

「客人、逃げるだぎゃ!あれは無限双槍車だぎゃ!」

長老がタケルに叫ぶ。

「ムゲンソーソー車だと? なんだかマヌケな名前だな!」

無限双槍車は、獣人の家をメキメキと破壊しながら、タケルに向かって突っ込んできた。


(でけぇ……あんなデカブツをやれるってのか?相手は戦車だぞ……)

タケルは自分に問いかけた。だが、答えはすぐに出た。

「やれる!俺はやれる!」

ボウッ!

タケルの体が青白く光る。インガを集中しているようだ。

無限双槍車は、長い槍を振り回してタケルを攻撃した。

「そう来るのか! しかし、トロい攻撃だぜ!」

それをジャンプしてかわすタケル。しかし、もう一本の槍がタケル目掛けて発射された。

「なにぃ!」

不意をつかれたタケルは、空中で槍をかわす事ができなかった。

「ならば!」

タケルは両手を突き出し、手のひらを構えた。

ギャギャギャリィッ!

タケルの目の前で、赤い火花が弾け散る。タケルは槍を両手で止めてしまった。

「へへ、ちょっと痛かったけど防いだぜ」

こうなると無限双槍車にはもう武器がない。ただ突進するのを抜かして。

「よーし! こい!」

タケルは相撲のような構えをし、無限双槍車を受け止めた。

ガガガガガッ!……ピタリ

なんと、無限双槍車の突進を、生身の体で止めてしまったのだ。


「す、すげぇだぎゃ……」

驚愕する獣人たち。


「うりゃ!」

砲身の部分の槍をへし折ると、無限双槍車の装甲をひっ剥がした。

ベキキ! メリメリ! グシャ!

そしてそのまま、操縦席もろとも潰してしまったのだ。当然、運転していた者も一緒に。

無限双槍車からは煙が立ちのぼり、ただの残骸と化していた。

そして、タケルの活躍のおかげで、謎の軍団も壊滅した。全員が死亡することにより。


「ふうっ、これで全部だな……おいっ、ベンっ! そっちは大丈夫か?」

ベンは口をポカンと開けたままワナワナと震え、タケルの超人的な戦闘力に声を失っていた。

「おいッ! ベンっ! どうしちまったんだよッ!」

再度タケルが問いかける。

「あ、ああ!……こ、こっちはみんな無事だぎゃ!」

「そっか、良かったな。大丈夫か? ボウズ」

タケルは子供の獣人に歩み寄り、頭を撫でようとしたその時。

「こ、怖いよぉ!」

獣人の子供はタケルの顔を見て脅えた。

そこに獣人の母親が飛んで来て、子どもを奪うように抱きかかえ後ずさりした。

「お、オイ……どうしたんだ……」

タケルは周囲を見てハッと気付いた。

村の獣人達が、自分をバケモノでも見るかのような目で見ていることに。


本来なら、村を救ったお礼に祝福されるはずのタケル。

しかし、あまりにも人を超越した力の前に、祝福は恐怖に変わった。

タケルは眉をへの字に曲げ、訴えかけるような悲しい目で皆を見た。


「どうしたんだよ? 何で逃げる?」

獣人の村人たちは後ずさりしている。

「へへ、ちょっとじゃねぇか……ちょっとやり過ぎちまっただけなんだ……

だって、あいつらこの村を襲って来たんだろ?

それを俺がやっつけてやったのに! なんで、なんで皆そんな目で俺をみるんだよ!」


タケルは、ベンと長老の方に目を向けたが、どちらもタケルに微笑みかけてはくれなかった。

「ヘン! なんだよ? てめぇらだってオレから見ればバケモンみてぇな格好しているじゃねぇか!」

タケルは開き直った態度で、村人に罵声を浴びせた。子供のように、幼稚で稚拙な態度で。


(いつもそうだった……いつも俺はこんな目で見られてきたんだ……

結局、どっちの世界でも俺は嫌われ者ってこったぜ……)


「くっそおぉーーッ!」

バッゴォン!

タケルは拳を振り上げ、村の守り神のトーテムポール像を殴った。像はコナゴナに砕け散った。

「俺は何か間違ったことをしたのか? だったら教えてくれ? 何がいけないんだ!」

タケルの張り叫ぶような問いかけに答える者はなく、その声は村中に虚しく響き渡った。

ベンは何かを言い出そうとしたが、長老がそれを止めた。

「だども……長老……」

長老は無言で目を閉じ首を横に振った。


「ハン……わかったよ、どうせここには俺の居る場所なんてねぇんだろ」

タケルはうつむいたまま下唇を噛み締め、ふらふらと村の外へ歩いていった。

そこでタケルはピタリと止まった。

「それと、俺のケガ治してくれてサンキュな。メシもけっこうイケてたぜ? へへ……」

そう言い残し、タケルは走リ去っていった。

子供の獣人が追いかけようとしたが、母親が手を掴んで止めた。


タケルは村の外へ出ると我武者羅に走った。

そして、森の中を無我夢中で走り続けた。

哀しくて哀しくて涙が溢れて止まらなかった。

タケルはただ闇雲に、いつまでも走り続けていくのであった。

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