(19)クリスマス・イブ

 今日はクリスマス・イブだ。

 さっきまで僕が作った鶏のローストとクリスマスケーキをたっぷり食べて楽しそうにしていたみづきさんは今、ネットをしながらうとうとしている。

 時計を見ると、もうすぐクリスマス。

 夕飯まで食べた日はうちに泊まるのが常だけど――もちろん手は出さないですよ! モラル云々以前に色々とこわいので――今日は日が変わる頃に市杵嶋姫命が迎えを寄越すとおっしゃっていた。

 そろそろだと思うのだけれども……あ、呼び鈴。

 はーい、と声を上げかけて、慌てて口を押さえ、みづきさんの方を見る。

 さいわいみづきさんはノートパソコンを横に避けて、すっかり夢の中のようだ。

 ぼくはそっと立ち上がって玄関に出てドアを開ける。

 ――と、

「めりーくりすます」

「……」

 ……えっ、と……。

 白い縁取りのある赤い上下に、帽子に、黒いベルトに大きな白い袋に、白い髭――ってサンタクロースみたいな人が。

 でも、帽子から覗いた髪も瞳も黒くて、何ていうか立派な黄色人種?

「ど、どちらさまですか?」

「さんたくろうすです」

 うわー……、力いっぱい日本語だし。メリークリスマスもだったけど、サンタクロースの発音もぎこちなさすぎだし。

 ぼくがカチンコチンに固まると、“さんたくろうす”さんは苦笑いを浮かべた。

「ごめんね、めちゃくちゃ不審者で。に『あなたが適任』って言われて、初めてさんたくろうすとやらをしたのだけれども、やっぱりどうも勝手がわからなくて」

「は、はあ……」

 たぶん、みづきさんを迎えに来た人なんだろうけれど、市杵嶋姫命に仕えてるのは全員女の人だし、この人、誰――っていうか、そういえば今、いもうと、って言ったよね? いもうと? 誰がいもうと?

 ぼくの疑問に気付いたのか、自称“さんたくろうす”さんは、ああ、と小さく笑って言った。

「もしかしなくても市杵嶋から段取りの説明受けていないんだね。わたしは市杵嶋の姉、田心たごりの夫です。市杵嶋のみづきを迎えに来ました」

「あ……ああ、はい、どうぞ」

 確か田心姫命は市杵嶋姫命の一番上のお姉さんだったと思うけれども……夫って。

 そっとみづきさんの傍に寄ってひょいと抱え上げた田心姫命の御夫君は、器用に袋を担ぎ直してこちらに向き直り、小さな声で言う。

「ノートパソコンはまた明日にでもみづきに渡してあげて」

「あ、はい」

「じゃあ……えっと、高橋仙太郎君だったよね? 君へのクリスマスプレゼントはキッチンに置いておくね。んじゃ、良いお年を」

 そうして、玄関から入ってきた“さんたくろうす”さんは中空に掻き消えた。

「田心姫命の、夫……?」

 僕はしばし“さんたくろうす”さんの消えた辺りを見つめ、そして、みづきさんのノートパソコンで調べて――知る。


「大国主神、か」


 あの有名な国譲りの神様。

 因幡の白兎の話に出てくる大きな白い袋を担いだ姿は、確かにサンタクロースと似てなくもないけれど……いいのでしょうか、それで。

 大体、その白兎の時の奥さんって……、うん……。奥さんたくさんいらっしゃるから……。


 ちなみに、キッチンを確認してみると三十キロの米袋がシンクの前にでんと置いてありました。

 ありがたいことです。

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