第三十話 買い物

 山縣エリック。彼が北都防衛隊に配属されたのは、今から八年前。その時、翔の父親は二歳年上の先輩にもかかわらず、すでに第一特殊飛行隊の隊長だった。


「仁先輩はとにかく人外なお人だった。あの頃はまだ、この街の外壁も建設中じゃ。このセントラルタワーなんて、もちろん構想段階だ。防御壁もなく屋上の主砲も無かった。シェイドが街に襲来するたびに仲間の誰かを失う、とても厳しい時代だった」


 山縣は髭面を顰めながら、当時を振り返るように宙を見つめる。


「そんななか、仁先輩は一度出撃すると必ずと言っていいほど数体のシェイドを仕留めてきた。いつのまにか北都の飛行隊員が彼を撃墜王という称号で呼んでいたほどだ。儂はまだニュービーもいいところでな、幾たびも生を諦めるような危機に直面した。そんなときに決まって、仁先輩がな、颯爽と現れて儂を助けてくれたんだよ。『諦めるな、馬鹿野郎!』と笑う彼は、まさに儂のヒーローじゃった」


 山縣はそう言って一旦会話を区切る。机の上の湯呑に手を伸ばし喉を潤した。顎髭を撫でながら語る仕草もそうだが、立ち居振る舞いの一つ一つが、徹と五歳しか違わないという事実を忘れさせる。


「おい、爺。茶なんてすすってないで先を続けろや」


 実は、徹もこの話を聞くのは初めてだった。興味津々なのだ。


「だから、山縣先輩と呼べと言うとるじゃろ」

「それはないな。少なくとも本部長だろうが」


「お前に本部長なんて呼ばれたことない気がするが」

「いいから続けろよ」


「たく、お前は目上の者をなんだと。まあいい。あれは、ちょうど外壁が完成した頃だったか。北都周域のシェイド掃討作戦で何度か野営する機会があったんじゃ。いつもなら野営といえば、どこからか仕入れた酒を部下に振る舞って、一緒に騒いでいるのが仁先輩なんじゃ。しかし、その日は皆と離れて、黙って座っておった。儂は体調でも崩しているのかと、心配になって傍に近づいたんじゃ。そしたらな、にやけた顔して何かをじっと眺めていた。そりゃ当然、気になって声をかけたんじゃ」


『なんだ山縣か。相変わらず年寄臭い顔だな。あ、俺より若いって? まあ怒るなよ。それよりもこれを見ろ! 天使のような愛らしさだろ。先月生まれたばかりだ。愛息子で翔って言うんだ。いいか、明日はさっさと片付けるぞ。家に帰ったら一番に翔と一緒に風呂に入ると決めているんだ。大きくなったら二人で登山したり、釣りしたり、海に泳ぎにいったり、息子とやりたいことが山ほどあるんだ。ん? 一番か。それは勿論、名前の由来通りだ。親子一緒にスカイムーブで自由な空を駆けることさ。だから、さっさと俺達でシェイドのお邪魔虫を全て殲滅して、平和な世の中にするぞ。わかったか、山縣!』


「当時はな、みんなこの北都を守ることだけで必死だったんじゃ。そんな中、あの人は街を守るどころか、この世からいかに早くシェイドを無くするかを考えていたんじゃ。まさに傑人じゃった。そんなあの人が志の半ばで夭逝してしまうとは……。あの方が亡くなられたと聞かされた時、儂は俄かには信じられんかった。とてもシェイドなんかにやられる人ではなかったからな。大事な人を庇って犠牲になったと聞いた時は、仁先輩らしい最期だと妙に納得したもんじゃ」


「父さん……」


 僕は言葉にならなかった。とにかく目頭が熱い。涙が止めどなく溢れる。それは頬から顎を伝い、床に小さな染みを作っていた。

 ありがとう父さん。僕を愛してくれてありがとう。心の中で感謝する。右手で胸元のペンダントを強く握りしめ、窓の外を見た。空は濃青色だった。高層ビルだからだろうか、父親がいつもより近くにいるように感じた。


 山縣は、たまたま訓練校入学志願者の名簿に火鷹の苗字を見つけた。翔という名前を見た瞬間、昔の記憶がフラッシュバックした。記憶の時期から考えると、年齢もほぼ合致する。そう思うと確かめずにはいられなかった。説明会場に乗り込んで、本部長自ら挨拶をする事にしたのだ。

 一目見て、すぐにわかった。仁と彼の妻の面影が色濃く残っていたからだ。山縣は何としても父親の勇姿を、息子の翔に伝えておきたかった。それが尊敬する先輩に対して、自分ができる数少ない恩返しだと思った。


「本当にありがとうございました。父の話が聞けてとても嬉しかった」


 あれ、頭に何かが響いた。山縣さんから? 僕は受理する。


『これが儂のIDじゃ。これで儂にいつでも連絡がとれる。相談事でも世間話でも、いつでも連絡しておいで』

『ありがとう』


 僕は、山縣さんに心からのお礼を伝え、部屋を後にした。



「しっかし、翔。お前、まさかあの仁さんの息子だったとはな」

「え! 徹さんも父さんのことを知っているの!!」


 僕の脇を歩く徹さんが、感慨深げにしていた。本部長への報告も既に終えていたようだ。僕らをエントランスまで見送ると一緒について来たのだ。


「ああ、仁さんはな俺にとってもヒーローさ」

「どういうこと?」

「子供の頃に命を助けられたんだ。仁さんに憧れてセイジの特殊飛行隊を選んだしな。しかも、わざわざこの北都防衛隊に志願した位だ」


 徹さんがセイビーになった理由って、父さんが関係していたんだ。僕にはそれが凄く誇らしかった。


「ま、撃墜数はいまだ仁さんの足元にも及ばないけどな。いつかきっと、あの背中に追いつき、そして追い越すことが、俺の生涯の目標なんだぜ」


「僕にとっては徹さんがヒーローだよ。あれは絶体絶命のピンチだったから」

「そうか、俺は仁さんに命を救われ、今度は、その息子の命を救ったのか」


 その事実が余程嬉しかったようだ。興奮気味に僕の背中を数回叩いてきた。僕は引き攣った笑顔でそれに答える。この人は力加減という言葉を知らないのか。


 一階のホールに望夢と凜花が待っていた。あれ、あの人は誰だ。二人の前に明らかに怪しい風体の男が立っていた。


「おい、望夢! 大丈夫か!」


 僕は二人の元に駆けつけ、声を掛ける。


「あ、翔くん。え、問題ないよ? ああ、そっか」


 心配した理由を理解したのか望夢が説明する。


「話をしたと思うけど、この人が僕たちの保護者のお爺ちゃんだよ。お爺ちゃん、彼がホテルで同室の翔君と秀人君。そして、あっちが凛花と同室のエリカちゃんだよ」


「そうなのか。見た目が怪しすぎだろ。目隠しとか意味わからんぞ」


 僕の後で、徹さんも頷いていた。


「これでも、しっかりと見えているから大丈夫だ。二人が世話になっているようだ。これからもよろしくな」

 

 爺さんは、皆に向かって挨拶した。この地方にはない独特の訛だった。一連の仕草は、確かに目が見えているように思えた。

 望夢の脇に立つ僕は、アイマスク越しに爺さんと目があった気がした。


「な、ま、まさか――」


 爺さんは体を硬直させる。


「あれ? 爺ちゃんどうしたの?」

 

 不思議そうに首を傾げる、望夢。


「い、いや。なんでもない。気のせいかもしれんしな……。そうだ、そこの兵隊さん」


 爺さんは、三人の後に控える徹さんに顔を向けた。


「ん? 俺のことか。驚いたな、本当に見えているんだな」


「州都行きの列車に医者は必要ないか? 儂はこう見えても医学と薬学の心得が多少ある。常に救急医療セットと薬も持ち歩いているんだが」


「おぉ、医者なら大歓迎だ。俺から担当者に一言伝えておく。乗るのは一般乗客車両の方になるけどな。明日は早めに来てくれ。軍の医療道具一式も用意してくるから積み込む物を適当に見繕ってくれ」


「わかった。儂は駅近くのホテルに宿泊しているので明日の時間は問題ない。宜しく頼む」


 望夢と凛花が手を合わせて喜んでいた。保護者は同伴できないとの話だったので、この街でお別れだと思っていたのだろう。


「あ、そうだ。あんたたち受付に寄るのを忘れないでよ。お小遣いをもらえるわよ。明日までに各自で生活用具など必需品を揃えなさいってことらしいわ。それと――」

「まじか!」


 凛花の説明も半ばに僕は受付へと駆けだす。そんな僕に呆れ顔でエリカも付いてきた。相変わらず素直じゃない奴だ。彼女の足取りは、普段よりも幾分軽やかであった。


「はい、入金処理が終わりました。ビニックにてご確認ください」

「え、こんなに」


 翔は金額を確認して驚いた。子供からすると、小遣いというよりも大金とも言える額だった。


「三大都市共通のマネーですので、州都に移動してからも使用できますよ」

「生活必需品を揃えても随分余るけど金額間違ってないよね」


「ええ、心配しなくていいですよ。それはご祝儀も含まれていますので」


 受付のお姉さんの笑顔は今日も可憐だった。


「なんの?」

「正式な入隊は先になりますが、訓練校への入学祝になりますね。そして、今日からはこちらをお付けください」


 それは嬉しいサプライズだった。


「まじか! これ、ずっと欲しかったんだよ! 徹さんに救ってもらったときから。緑目のセイビーの証。漆黒のスーツに輝くゴールドが、凄く格好いいんだよな!」


 僕は手の平の上の金縁のエンブレムをじっと見つめる。一つ目の両端から金の翼を生やしたフォルム。白目の部分は、黒で塗りつぶされている。その中央、瞳の部分に緑が輝く。まさにセイジの象徴。その緑の瞳の中には、小さく赤字でSの刻印がされている。


「そのバッジはな、訓練校生も俺らセイビー隊員も変わらないんだ。つまり、もう仲間ってことだ」


 誇らしげにエンブレムを掲げる翔を、徹は微笑ましく眺めていた。自分が初めてそれを手にした時の事を思い出していたのだ。


「またいつか、会おう」


 徹さんは僕に手を差し出した。


「はい、またいつか絶対に」


 僕らは硬い握手して別れた。なぜか別れ際に、徹さんがにやけていたような気がした。



 一旦、ホテルに戻り、早めの昼食をとる。凜花とエリカはすでにいない。さっさと昼食を切り上げて繁華街へと繰り出していった。


「なんだよ、女の事情って。ほんと買い物好きだよな。エリカのあの顔みたか、あいつ興奮して鼻の穴が開いていたぞ」


 僕は食後のコーヒーをまったりと嗜む。僕の向かいには小山のような高さのパフェが聳えていた。しかしそれは凄い勢いで低くなっていく。小姑の居ない望夢が天国のような時間を満喫していた。


「はぁ、こんなに美味しいもの初めて食べたよ。僕は買い物なんかよりも、ずっとここでスイーツ食べているね」


 望夢は、さらにパフェのお替りをした。それを完食したところで僕は動く。


「さ、俺らも必要な物を買いにいくぞ」

「ええっ! 僕はいいよ。ここで待っているよ」

「駄目だ。望夢も買ってないだろ。凛花に言われていただろ」

「次はケーキを食べ――」


 そんな望夢を引きずるようにして外に連れ出す。さすがにこれ以上、こいつに好き勝手させるわけにはいかなかった。後から、小姑の説教が僕らにまで飛び火する可能性があった。それは正直勘弁願いたかった。


 三人は手始めに洋服店で下着などの着替えを買う。僕と秀人は丸二日以上同じ服を身に着けていた。さすがに汗臭くてたまったものではなかった。次に本屋へと向かう。州都までの列車の旅路は長時間にわたる。暇潰しと情報収集には読書が最適だよ、という秀人のアドバイスに従ったのだ。


「おい、場所間違っていないか。俺の記憶の中の本屋のイメージとは明らかに違うぞ」


 隣では望夢が所在なげにしていた。彼の場合は本屋に入ること自体が初めてであった。それでも、さすがにおかしいと感じているようだ。なにせ本屋なのに本が一冊も置かれていなかったのだから。

 さほど広くない店内を小さなスクリーンが飛び交っている。それらはみな異なる映像だった。どうやら、本のタイトルとあらすじを紹介しているようだ。


「スクリーンの枠の色によって、ジャンルが分かれているんだよ。例えば、青は児童書だし、茶は実用書、白は学術って感じだね」

「でも、こんなスクリーンだらけの所歩けないぞ」


 小さいとはいえ、スクリーンがぶつかったら痛そうだ。なにより、壊して弁償とかは勘弁願いたい。


「あ、すり抜けるから大丈夫」

「は?」

「本当にあるわけじゃないんだよ。ビニックが見せているんだ」


 そう言って、望夢がスクリーンの一つに手を伸ばす。


「うわっ、本当にすり抜けた」

「もう何が現実かわからなくなるね」


 望夢は手当たり次第にスクリーンに手を伸ばしていた。


「電子化が高度に進んでいるからね。本を読むのもビニックにデータを送るだけだよ。あとは頭の中で直接読むことができるんだよ。勿論、音楽や動画も同様に楽しめる。欲しい本を見つけたら、そのスクリーンに意識を集中するんだ」

「おお、凄いな」


 秀人の顔から少し離れた位置で一つのスクリーンが浮かんで静止した。


「実際に買いたいと思ったら、このスクリーンの画面購入のボタンに触れるんだ。スクリーンが実在しないのに押せるんだよ。このタッチが認識できる仕組みは――」

「原理はいいから。やり方だけを教えてくれ」


 望夢も頷いている。原理に興味を持つ子供の方が珍しい。というか大人だってそんなこといちいち気にしないだろ。


「あ、ごめん。購入ボタンを押すとビニックを介した脳波で個人認証され、電子マネーがブレインバンクから引き落とされる。つまり、受付でもらったお金が自動で支払われるってことだね」

「ふむふむ」


「そうすると、電子と紙媒体を選択するボタンが現れる。電子を押すと、その場ですぐにビニックへと本の内容がダウンロードされるんだ。読みたいときに頭の中で念じればいつでも閲覧可能なんだよ。凄く便利な機能だね。でも、三大都市圏外では特殊な環境を確保しない限り、ビニックは使用できないんだ」


「え、これって北都とか、州都でしか使用できないのか」


「なんか著作権を保護するための仕組のようだね。で、今回はまさに移動中に読みたいよね。だから、その場合は紙媒体というボタンを押す。そうすると、あそこの書籍受け取りボックスから製本された本が出てくるんだ」


「なるほどな」


 とりあえず、購入の仕方は僕らにも何とか理解できた。なので、それぞれ自分の好きなジャンルに別れて探すことにした。スクリーンの枠の色別でコーナーが出来上がっていたのだ。確かに色々混ざっていたら選びにくいよな。


 最終的に僕は『新・図解 誰でもわかるシェイド入門』を購入することにした。同様の内容の本が何種類かあった。ただ他の本はビニックを介した映像付きのコンテンツが多かったのだ。それらは紙媒体だと意味がない。全て紙ベースで、わかりやすく図でまとめられているこの本を選んだ。

 紙媒体というボタンを押すと、どこからか小さな機械音が聞えてきた。二分ほどして受け取り口から新品の書籍が排出された。秀人曰くスペース削減のために書籍はその場で印刷、製本されるのだ。そもそも紙媒体で購入する人は、この都市では限定されているようだ。


「お前……。いや、何でもない」


 望夢は『州都の甘味所百選』という本を嬉しそうに抱えていた。僕も秀人も藪蛇になりかねないので、あえてそこには触れることは止めた。


 最後に雑貨店に立ち寄る。生活用品を揃えるためだ。口に含むだけで口内も歯も清浄に保てるマウスクリーンや再生型ボックスティッシュなどの必需品を籠に入れていく、

 ふと、水筒コーナーが目に入った。シェイドのコアと外殻の加工時に発生した二種類の屑粉を水筒の底内部に充填している製品だ。これにより丸二日以上の保温を可能としていた。


「これは買いだな」


 説明書きを見た僕は迷う事なくそれを手にとった。ホテルで飲んだコーヒーは最高だった。これに入れていけばいいんだ。州都までの道中、いつでもコーヒータイムを楽しめるな。

 ほくそ笑んでいた僕に胸元から声がかかった。いつのまにかクーが顔を出していた。僕の顔とある物を交互に見ていた。


「ああ、わかった、わかったから。クーはあれが欲しいのか。確かにだいぶ汚れたし、洗濯もできないもんな。しかし、さすが北都の雑貨店だよな。何でも置いてあるな」


 真新しい白い鉢巻を手にとり籠の中にいれた。余程嬉しかったのか、クーは僕に頬ずりを繰り返していた。

 秀人は防災用品コーナーで懐中電灯を購入していた。照射範囲を無段階に制御できる超強力タイプのようだ。耐久性の高い電球らしく、長時間使えるのが売りだった。確かに懐中電灯の展示品売場の近くは、青みがかった光で照らされ目が痛いほどだった。日中で店内も明るかったのにもかかわらずその光量だ。夜間だと数キロ先まで照らすことも可能だろう。


「おい、望夢。お前、生活必需品もちゃんと買っているのか?」


 リュックに購入済の商品を詰めていると望夢が合流してきた。彼の籠の中身を見て呆れた。チョコレートや果物の真空パックなどの保存食で満載だった。しかも甘味限定。さらに、それらを冷やして食べるためか携帯型冷蔵庫まで入っていた。ここまでくると、いっそ清々しいスタンスだよ。


 必要な物を粗方揃えた三人はホテルへと戻る。その途中、道を挟んだ街灯間で光の線が結ばれた。周囲はまさに人工的な昼といった感じだ。この街は本当に暗闇を知らないのかもしれない。僕は文明の差を改めて感じた。


 ホテルのフロントで女性陣からの言伝を受け取る。夜七時にレストランで待ち合わせとのことだ。


「ビニックを使えば、伝言なんて必要ないのにね」

「何ができるかなんて秀人以外はわからねーよ」


「ビニックで説明書を読みだせばいいんだよ」

「嫌だね。どうせ膨大な量だろ。それより食事までまだ時間があるから、温泉で汗を流そうぜ」

「そうだね。昨日の醜態を繰り返すわけにいかないからね」


 勿論、望夢も一緒だ。今朝の凛花の顔を思い出したのだろう。

 風呂でさっぱりした後、真新しい下着と洋服に着替える。クーの額も新たな鉢巻だ。三人と一匹は爽快な気分で夕食へと向かう。レストランでは、すでにエリカと凜花が席につき談笑していた。


「お前ら、いま冬だぞ。その格好で寒くないのか」


 二人とも購入したばかりの真新しい服装に変わっていた。エリカはホットパンツにロングブーツ、凜花は膝より少し短めの白いワンピースのスカート姿だ。


「なに言っているの。ホテルの中、こんなに暖かい」


 さも当然という顔で、二人の女性は互いに頷きあっていた。


「お前ら室内でしか役にたたないものを買いやがって、危機感なさすぎだろ!」


「さすが都会よね。珍しい化粧品も沢山あったわよ。大体、こういう時は、まず先に言う事があると思うんだけど」


 凛花は残念そうな顔で僕を見つめてきた。残念なのはこっちだよ。僕は頭を抱える。彼女はしっかりしていると思っていたが、どうやら勘違いだったようだ。まさかの女性陣の暴走だった。しかし、物事は諦めが肝心。これ以上、言っても無駄だと頭を切り替える。


「もーいや。さっさと夕飯を取りにいこうぜ」


 秀人と望夢を中央のバイキングテーブルへと誘う。


「お兄ちゃん、どこいく気?」

「どこって料理を――」

「そこにお兄ちゃんのトレーは準備してあるよ」

「えっ、でもそれ、空で何も入っていないよ」

「大丈夫よ。私が選んで来てそっちに分けるから。黙ってそこで座って待ってて」


 おずおずと自席へと戻る望夢の背中は哀愁を帯びていた。まあ、これは自業自得だろうな。


 夕食中、州都での新しい生活の話題で盛り上がる四人。ただ一人、望夢だけは別だった。悲壮な顔で黙々とサラダを摘まんでいた。

 スイーツ抜きの罰だった。生活用品ではなく甘味ばかりを買い漁っていたのがバレたのだ。僕もさすがに庇う気にはなれなかった。むしろ凛花はさすがだなと感心していた。自分だけでなく望夢の分の生活用品も買っていたのだ。二セットではなく男物を一セットしっかりと買っているところが凄い。全て想定内だったのだろう。


 女性陣とは朝七時に食堂で待ち合わせをして別れた。部屋に戻ってからも、僕は秀人と州都の話を続けていた。

 望夢は隣でずっと黙っていた。だが先程までとは反対だ。幸せに満ち溢れていた。食堂から隠し持ってきたカッププリン。それを愛おしそうに、ちびちびと口に運んでいた。

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