第二十九話 説明会

「はぁ、はぁ、はぁ」


  僕は必死に階段を駆け上がる。やっと地上に出た。そして、今度は全力で歩道をひた走る。

 正面にはスラリとした背中。それが少しずつ小さくなっていく。くっ、なんて早いんだ。振り返ると、少し後ろに望夢の姿。凜花を抱き抱えながら必死の形相で走っていた。あいつら何やっているんだ。凜花は真っ赤な顔で何かを叫んでいるがここまでは聞こえない。秀人に至っては、すでに視界から消え去りそうだな。

 背中から待ってくれという哀願の叫びが聞こえた。しかし、このままでは全員が犠牲になってしまう。断腸の思いだった。僕は仲間を置き去りにして、走り続けた。


「ま、間に合った……」


 僕は床に膝をつく。もう走れない。セントラルタワーの第二世代軍の受付にぎりぎりで到着できた。

 受付係からは時間厳守だと念を押されていた。遅刻した場合、次の説明会は来週になる。当然、そのときの宿泊費の負担は個人持ちだ。


 昨日、風呂ではしゃぎすぎた僕ら男連中は、軽い湯あたりを起こした。止めようとした秀人も逆に巻き込んでしまった。

 朝食を食べ終わる頃になっても、僕らはレストランに顔をださなかった。煮やしたエリカと凜花は、僕らの部屋に直接押しかけてきた。

 部屋の扉を強く叩く音で僕は飛び起きた。やらかしてしまった事にすぐに気づいた。慌てて着替え、食事も取らずにホテルから飛び出したのだ。


 僕の受付が完了した十秒後に時計が九時一分へと切り替わった。その瞬間、受付のシャッターは非情にも閉ざされた。一秒たりとも待つ気はないようだ。

 暫くして、一階のホールに望夢と凜花が到着する。さらに遅れて秀人も到着した。望夢と秀人は息も絶え絶えだ。顔が真っ青になっているけど大丈夫だろうか。凛花は対照的だった。顔を真っ赤にして望夢を罵っていた。間に合わなかったからではない。衆目を浴びるなかお姫様抱っこされてきたことに、耐えられなかったのだ。


「尊い君達の犠牲を俺は決して忘れない。ヒデ、これも運命だ」

「えええっ! そ、そんな」


 僕の宣告に、秀人と望夢の顔がさらに真っ青になった。


「残念ながら暫しのお別れだが、お前ならきっと――」


 僕の最後通牒は途中で遮られた。鞭のようにしなったエリカの足が僕の背中を蹴り抜いたからだ。


「大丈夫。みんなの受付、無事終わってる。早く三十五階の会議室にいこ」

「ま、まてよ……」


 床を転がる僕を無視して、エリカは皆を先導して行った。僕の受付札には、もともとエリカと秀人の三人分で登録されていた。エリカも凜花から二人の受付札を渡されていた。代理で受付ができたのだ。なので、まったく問題はなかった。ただの軽い冗談じゃないか。


「おお、凄え!」

「見晴らし最高ね!」

「外壁の上に結構人がいる」


 高速移動ポットは、セントラルタワーを窓沿いに急上昇していく。上空から北都を見下ろす眺望。僕も凛花も感嘆の声をあげる。エリカの視力は完全に人外だった。どうやったら、あんな遠くの塀の上が見えるんだよ。


「おい、お前たちも見て見ろよ!」


 秀人と望夢は、窓の反対側に身を寄せて背を向けていた。二人とも未だ真っ青な顔をしていた。


「あれ、お兄ちゃんと望夢、もしかして高所恐怖症?」

「おいおい、そんなんで、スカイムーブに乗れるのかよ」


 二人の行く末に不安を感じてため息をつく。


「だ、大丈夫だよ。僕は特殊飛行隊には志願しないから……」

「そ、そうなんだ。ぼ、僕も秀人君と同じように志願しないでおこう……」


 二人は妙な所で意気投合していた。しかし、僕はそれに水を差す。


「ヒデ、お前さ。訓練校では全員にスカイムーブの実習があるとか言ってなかったか?」

「あっ……」

「え? ええ?」


 そして、二人は黙り込んだ。

 絶景を堪能する僕らは、あっという間に三十五階に着いてしまった。もっと楽しみたかったのに。残念だ。

 秀人と望夢は、完全にやつれていた。二人にとっては長い拷問だったようだ。会場の案内標識に従い第六会議室に辿りついた。会議室の扉に文字が光る。第二世代軍(S軍)特殊訓練校、入学志願者説明会場と書かれていた。


「おい、もう椅子が全然ないぞ。席が埋まってしまったのか」

「あんたらが、寝坊するからでしょう」


 凛花の目が鋭く注がれた。まるでエリカのようだ。最近の若い女性は目つきが悪いのかもしれないな。僕はそう思うことにした。


「しかし、こんな広いのに変だよな」


 五十人ほど収容できそうだった。それに対して椅子は半分ほどしかない。その椅子全てが埋まっていた。椅子同士の間隔は不自然に開き、千鳥になっているところもある。


「なんで、こんな無駄な配置をするのかしら」


 凛花も訝しんでいた。


「あ、そ、それは違うんだ。ほら、床を見て。ちょっと薄いけど丸印が等間隔に並んでいるでしょ」

「ああ、これはなんだ?」


 秀人がやっと復活したようだ。まだ少しどもっているが。


「みんなそれぞれ、その印の上に並んで。そうそう。じゃ、頭の中で椅子と強く念じて見て」


 五人が印の上に横一列で並ぶ。僕は、半信半疑のまま頭の中で椅子と念じた。


「うわっ。床から何か円柱状の物がでてきたぞ」


 それは、複数本のフレームから成っていた。それぞれ別方向にフレームが広がっていく。あっという間に椅子が完成した。


「凄いね、これ!」


 望夢は椅子の上に座り、くるくると回っていた。


「これはね、机にもなるんだよ。普段は床下に収納可能だから、色々な配置で会議ができるんだ。ほんと便利だよね」

「秀人君って物知りなんだね」

「え、う、うん」


 素直に褒められることに慣れていないようで、秀人は戸惑っていた。

 部屋に居るのは全員子供だった。僕よりも年下もいれば年上もいる。落ち着きなく部屋を見回していると、二人の大人が入って来た。ぎりぎりに到着したので、もう開始時間なのだろう。

 髭面の男性が壇上に立った。


「あれって普通のセイビーなのか」

「しっ、翔君」


 確かに瞳はセイビーの特徴である深い緑色だ。しかし、その鼻は高く、彫りが非常に深い。金髪で肌も白いぞ。ほんとに同じ人間なんだろうか。


「ようこそ、未来のセイビー諸君。儂は第二世代軍、北都防衛隊本部の山縣やまがたエリックだ。それぞれ事情があるとは思うが、我々の同志を目指していること嬉しく思う」


 エリックって、あまり聞かない名前だな。遠い州の人か。

 その男は悠然と語りながら、集まった子供たち全員と視線を合わせていく。なんだよ、あいつ。嫌な予感がした。僕と視線を合わせた時間が、他の子よりも明らかに長かった。


「わかっていると思うが、この軍は申し込んですぐ入隊というような代物ではない。少なくとも、四年間にわたる特殊教育および軍事訓練を積んでもらう必要がある。そして残念ながら特殊訓練校は北都にはない。皆には州都に行ってもらうことになる」


「えっ! そうなのか。北都で訓練するんじゃなかったのかよ」


 想定外の事実に周囲がさわついていた。隣の秀人を見やる。眼鏡のブリッジに手をあてて固まっていた。どうやら秀人も知らなかったようだな。セイビー軍の情報は、とにかく秘匿されている事が多い。そう言っていた秀人の言葉は、どうやら事実のようだ。


「この北都を離れてでも、セイビーに入隊する固い意思のある者だけがここに残れ。入学申込の詳細については、これから係員が説明する。心して耳を傾けるように。同意できる者だけが願書に署名するのじゃ。州都に行く意思がない者は、この場で席を立って退出してもらって構わない。明日の午前中には軍用列車が州都に向けて発つ予定だ。各自準備をしてから、乗り込んで欲しい。以上!」


 結局、誰も席を立つことはなかった。それなりの覚悟をしてきているのだ。そもそも他に行く宛てのない子供達が多かった。

 その後、若い男性職員が詳細な説明を始めた。一時間ほどで終了した。書類にサインし、提出した時点で各自解散となった。出発時刻は明日の午前十時。遅刻者を待つことはしないので、絶対に遅れないようにと念を押された。


「あ、火鷹さん、ちょっといいですか。本部長が、お会いになりたいとのことです。四十一階の本部長室にまで顔を出してください」

「えっ!」


 申請書を提出した際、職員から呼び止められた。その理由に少しばかり心当たりがある。背中に嫌な汗が流れた。


「なんだよ。もしかして、俺、引っかかったんだろうか」


 ここまで来て、皆と一緒に行けない。もしそんな事になったら、自分はどうしたらいいのだろうか。


「か、翔君、大丈夫? 顔が青褪めているよ」

「一緒行っていい?」

「え、ええ。お友達も一緒に行かれて問題ないです」


 エリカが、職員に付き添いを願って許可されていた。


「だいじょぶ? 少し座って、休もう」

「いや、いい。いずれにしても、行かないとはじまらない」


 僕は、今回の入学申請に一抹の不安を抱えていた。いや、これまでもずっと、それを抱えていた。僕の両目の瞳は確かに緑色だ。でも、エリカや秀人とは違った。そして、この部屋に入って確信した。皆、瞳の色は深緑色だ。だけど、僕の瞳は薄い緑色なのだ。


 僕は、エリカのような高い身体能力や、秀人のような高い知能を有しているわけでもない。それは自分でも認識していた。これについては、北都に着いてから秀人も色々と調べてくれた。確かに瞳は緑色でも特殊能力を持たない、もしくはその能力が著しく低い事例が報告されていた。彼らは『成りそこない』と呼ばれていた。

 『成りそこない』は、仮に軍に入隊できたとしても空を飛べない。事務や雑用に回されるらしい。そういえば、先ほどの説明会の事務職員も緑色の瞳をしていたな。


 四十一階の本部長室の前。僕は高鳴る心臓を右手で抑えていた。震える手でノックをする。


「入りなさい」

「ん?」


 聞き覚えのある声だった。

 扉を開けて入室する。そこは本部長室という名前から想定されるよりも、小ぢんまりとした室内だ。右手の棚には、表題の滲んだ本がぎっしりと詰まっている。左手は来客打合せ用の机とソファー。そして、正面には年季を感じさせる木製の執務机があった。そこに座る男には見覚えがあった。説明会で挨拶した髭面の男だった。


「よお、昨日ぶりだな。お前ら、無事に、ここまで辿り着けたようで何よりだ」

「あ、あなたは!」


 執務机の脇に立つ青年が、僕たちに手を振っていた。


「と、徹さんでしたよね。昨日は危ない所を助けて頂き、ありがとうございました」


 秀人が頭を下げて礼をする。


「なあに、悪い奴を懲らしめるのが、俺の仕事さ」


 僕らのピンチを救ったヒーローは、そう言って爽やかに笑う。エリカはそんな徹に熱い眼差しを送っていた。


「なんだ、お前ら、知り合いだったのか?」


 髭の男は、驚いたような表情を浮かべた。


「俺は、ちょうどこの爺に昨日のシェイド襲来の件を報告していたのさ。だけど何でお前らが、ここにいるんだ」


「儂の問いを軽く無視するな! それに、儂はまだ爺じゃないわ! お前とだって五歳しか違わない」

「えっ……」


 どう見ても、爺だよな。


「そ、それよりも、彼らがここにいるのは儂が呼びつけたからだ。といっても呼び出したのは一人だがね。きみが『火鷹』翔くんだね」

「な、なんだと!!」


 本部長の言葉に徹さんが驚きの声を上げていた。そして僕を凝視する。なんだろう。徹さんが目を見開いているんだけど。


「は、はいそうです。やっぱり俺。いや僕は、成りそこないだから訓練校には入れないんでしょうか。雑用でも何でもこなしますから、僕もエリカ達と一緒に、州都の学校に入学させてください。お願いします!」


 慣れない敬語を駆使しながら、必死に頭を下げた。


「ん? 何を言っているのかね? ああ、そうか。いやいや、そういうことじゃない。君を不安にさせてしまって申し訳ない」


 本部長は、勘違いを正すように手を横に振る。


「私はね、若い頃。いや、いまも若いがね。仁先輩、つまり君のお父上に散々と世話になったんだよ。それこそ、君のお父上がいなかったら、私は今、ここにはいなかっただろう」


「と、父さんを知っているんですか!」

「ああ、勿論だとも」


 そう言って、本部長は優しく僕に笑いかけた。

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