第二十六話 再会

「なぁ、俺の気のせいかな]

「うん」

「どうもこの街に入ってから妙な視線を感じるんだよ。エリカと一緒にいるせいかと思っていたんだけど、どうやら違うようだ」

「うん」

 

 通信系拡張ショップの店頭に様々な機器が並んでいる。その前で目を輝かせる秀人。僕は一人暇だった。

 夕食までの時間を潰すために、北都の繁華街をぶらつくことにしたのだ。現在、エリカは別行動中。今ごろ服を見て廻っているはずだ。秀人は何かに夢中なのか僕の言葉にまともに反応しない。


「若い女性が向ける視線ならまだ理解できるんだが」

「翔くん、それはないと思うよ」

「おい、ヒデ。お前ちゃんと聞こえているじゃないかよ」


 振り返りもせずに突っ込みをいれてきた。一緒に行動するうちに扱いがお座なりになってきたな。

 

「僕も視線には気になっていたんだ」


 本当かよ。ずっと目を輝かせて歩いていたようにしか思えないが。


「僕の隣に来て、これを見て」

「なんだよ。それが何だかまったくわからないし」

 

 興味もないんだけど。しつこく手招きされた。仕方ないなとため息をつきながら秀人の隣に並ぶ。なのに秀人は通りの方へと体を反転させた。こいつ何しているんだ。


「商品じゃなくて、ガラス越しに通りを歩く人を観察して。後ろは振り返らずにね」

 

 どうやら秀人は通りの反対方向を眺めている。歩行者と直接視線を合わせないためだろう。多くの人が秀人の脇を通り過ぎていく。そして秀人の瞳の色に気づき、様々な感情を表情にだす。好意的なものは少なかった。侮蔑、怒り、妬み、恐怖など負の感情がほとんどだった。


「おい、これはどういうことだ?」

「ごめん。実は僕にもわからない」

「ビニックで検索しても?」

「うん。セイジに関する情報って何か意図的な統制がされているみたいなんだよ」

「まともな情報が得られないと」

「そう。一般論だけだった。北都の人がセイジに対して実際に思っていること。その理由については全然わからないんだ」


「そういえば、あの時。審査官の奴らも俺らを侮蔑したような感じだったな」


 無駄に腹の突き出た姿と脂ぎった顔が思い起こされた。その後も向けられる負の視線。僕はなるべく意識しないようにした。様々な店を見て廻り時間を潰す。一度だけあからさまな輩にも出会った。僕と視線があった瞬間に顔を歪ませた。そして地面に向かって唾を吐いたのだ。


 二時間ほど街を散策し、エリカと合流した。


「なあ、エリカ。やたらと視線を感じなかったか」

「別に」


 残念ながら彼女は全く気づかなかったようだ。


「やっぱ、普段から脚光を浴びている奴は違うな」


 確かにエリカは、その類まれな容姿の所為でいつも周囲の人の視線を惹きつけるのだ。視線をいちいち気にしていたらまともに出歩けない。


「それどころじゃなかった」


 エリカの鼻の穴が膨らんでいた。生まれ育った街では見たこともない洋服。先進的なデザインや鮮やかな色づかい。それらに心奪われて何件もはしごしていたようだ。危うく僕らとの待ち合わせの時間すら忘れる所だったらしい。


 ホテルに戻る道中。後方から爆発音が響いた。突然の事に驚いて後ろを振り返る。五、六棟先の高層ビルがまさに崩れ落ちていく瞬間だった。衝撃で地面から灰色の噴煙が巻き上がり、爆風となって周囲の人々へと襲いかかった。


 幸いにも僕たちは現場から少し距離が離れていた。すぐにその場から距離をとったこともあり、被害はなかった。倒壊したビル近傍から悲鳴や怒号が聞こえる。現場は凄惨でかなりの死傷者がでているようだ。


「おい、何が起きているんだ」

「僕にも、わ、わからないよ」


 唖然とする僕らの脇から悲鳴があがる。


「なんだ? 倒壊したビルとは別の場所を指さしているぞ」


 周囲の人が同じ方向を指さして叫ぶ。思い思いの言葉であったが共通しているキーワードがあった。それは、『獣堕ち』。指さす方向に目を凝らすと上空を疾駆する人影。


「あ、あいつは――」


 見た瞬間に顔が強張った。紫のコートを身に纏い、フードで覆われた顔。間違いない。奴は午前中に接触した男だ。

 繁華街にサイレンが鳴り響き、遠くの空からも小さな影が複数浮かび上がる。


「他にもいるのか!」

「いや、あれはセイビーだよ」


 紫の男は高度を落とす。ビルの合間を縫いながらこちらへと向かって来る。そして僕らの上空二十メートルほどの高さを通り過ぎていった。


「あの野郎……」


 紫の瞳と目が合ったような気がした。男はあの時と同じように口角を釣り上げていた。


「翔、いいから戻ろ」

「ああ」


 確かに、これ以上騒動に巻き込まれたくなかった。三人は足早にホテルへと戻る。エリカは終始僕を気にかけていたようだ。午前中のように放心状態に陥らないか心配していたのだろう。


「ヒデ、あいつは一体何者なんだ」


 ホテル一階ロビーのソファーで僕は苦々しく口を開く。


「色は徹さん達のと若干違ったけどあれは確実に――」

「スカイムーブだったよな」

「うん。でもあれはセイジじゃないと乗りこなせないはずなんだよ」

「じゃあセイジなのか」

「けど、男の瞳の色はセイジじゃなかった」

「翔の言った通り、紫」

「あんなの僕も聞いたことないよ。あっ、そうだ!」


 何かを思いついた秀人が左手の中指で眼鏡のブリッジを押さえる。右手を眼鏡の前に翳し、不規則に動かす。眼鏡のガラス上に緑色の文字が流れた。


「そういえばそれ使ってなかったな」

 

 秀人は北都に入ってから初めてインテリグラスを使用していた。ビニックの方が高性能だったので、その出番を失っていたのだ。


「ああやっぱり。こっちの方が軍事情報のプロテクトが弱い。え! 何これ……」

「おい、どうしたんだ? 何かわかったのか」


「人類敵対人格障害、通称『獣堕ち』」

「なんだそれ。聞いたこともないな」

「セイジが何らかの原因で陥る精神疾患で、発症するとオリジナル人類への憎しみが著しく増大。最終的にオリジナルを殺戮する兵器と化す。新歴四年に初の症例を確認。罹患者は――」


「おい! ヒデ、そこまでだ」


 僕は話を遮った。その話は確かに興味深かった。だが、ここはホテルのロビーだ。衆人環視の中でする話ではなかった。


「場所を変えよう」

「そ、そうだね。部屋で話そう」


 エリカと三十分後にレストランで落ち合う約束をして別れた。彼女も聞きたそうにしていたが、後で僕が掻い摘んで話すと言い聞かせた。どうせ秀人の話は要点を得ないのだから。


 部屋に足を踏み入れると、ベッドの脇に見知らぬ少年が立っていた。少年は僕と秀人を凝視していた。シーツに寄った皺から先程までベッドに座っていたことがわかる。僕らが突然入ってきたので驚いて立ち上がったのだろう。


「あれ? 部屋間違えたか?」


 僕の問いに首を横に振る、秀人。


「おい、お前! 何で俺たちの部屋にいるんだ。言っとくが盗む物なんて何もないぞ」

「え、あ、、ち、違うよ……」


 少年が狼狽し始めた。明らかに怪しい。僕は逃がさないとばかりに飛びかかる。だが、体がうまく前に進まなかった。秀人が僕の腰にしがみついていた。


「翔くん止めて! 彼はおそらく僕らと相部屋の子だよ!」

「え?」

「フロントの話を聞いてなかったの!」


 宿泊する際、フロントより事前説明を受けていたようだ。部屋は男女で別々であること。そして、宿泊費はかからない代わりに相部屋になると。だが、僕はその時放心状態だった。そのような話は一切、記憶に無かった。



「わ、悪かったよ……。俺は翔。こいつは秀人だ」

「宜しくね」


 少年は黙ったまま。瞳が怯えたように揺れていた。


「なお、お前。片目だけ緑色だけどセイジだよな?」

「ぼ、ぼくは――」


 少年はしどろもどろだった。歳は僕と同じ位だろうか。異なる色の両瞳がせわしなく動く。決して目を合わせようとはしない。体格は僕よりも一回りも大きいんだけどな。様子を見る限り気が弱そうだ。声もか細いし。何度も聞き直してやっと少年の名前が望夢だとわかった。


「俺らの故郷は昨日シェイドに急襲されてさ。今日、何とかこの街まで避難してきたばかりなんだ。望夢もそうなのか?」

「え、ぼ、ぼくは――」


 望夢の話はまとまりがなかった。聞くのに非常に忍耐が必要だと思う。それでも僕は秀人である程度慣れていたので問題なかった。

 望夢の出身は北部域の最北端の街。連れは双子の妹と保護者の爺さんの二人。二日前に北都に入都し、それ以来このホテルに宿泊している。保護者の爺さんはセイジではないため別のホテルに宿泊している。要点をまとめるとそういうことだった。


「望夢、あとで一緒に夕飯を食べにいかないか」

「僕らにも幼馴染のエリカちゃんって女の子がいるから丁度いいと思うよ」

「ああ、互いの自己紹介もそこでしようぜ」


 望夢はびくっと体を震わせたがおずおずと頷いた。


「うん。僕も知りたい」


 どうやら彼も初めての同年代のセイジに興味があったようだ。


「さて、ヒデ。飯まで時間はまだあるし」

「うん、さっきの続きだよね」


 秀人が再び語り始めた。初めて『獣堕ち』した男について。

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