第二十五話 アイコ

「さて、まずは、この都市の全体像についてご説明します」


 そう言って軽く微笑んだのは人工知能のアイコ。


「なんか、アイコの姿がぼやけているな」


 それもそのはずだった。僕の視界は重なっていた。今いる部屋とそうでないものの二つ。その感覚に気持ちが悪くなる。


「翔の姿も、ぼやけてる」

「あっ! 二人とも目を瞑って」


 秀人が慌てて目を瞑るように促す。目を瞑ったら何も見えないじゃないか。そう思いつつも目を閉じる。

 

「おおおっ!?」

 

 僕は困惑した。目を瞑ったはずだ。なのにクリアな光景が瞼に映る。さきほどまでの重なった映像よりはましだ。だがこれはこれで慣れない。しかも空の上にいたから尚更だ。眼下には雪で縁どられた円形の未来都市が聳えていた。


「北都は半径約六キロの環状防壁都市です」

「こ、ここは北都の上空なのか」


「そうです。街の外周部が二重で強固な防壁となっていますのが見えますか」

「ああ」

「この外壁が出来て以来、この街にはシェイドの侵入を一切許しておりません」

「確かにこれは凄い」

「それゆえ北都の人口は増加の一途を辿っています。現在は七十万人と日本州において三番目に大きな大都市です」

 

 七十万人って俺らの故郷の何倍なんだ。検討もつかないな。


「交通網は中央から碁盤上に整然と整備された道路、そして特徴的なのが――」


 うわっ、視界が急に切り替わった。どうやら地下高速歩道の上のようだ。

 アイコが説明を続けていく。その後も視界が何度か切り替わる。交通手段を体感させながらの説明だった。僕にも非常にわかりやすかった。


「また、高度な文明を支える動力として主要なのは莫大な電力そして――」



     ◆◆◆◆


 全球的超災害の発生以前。世界では未だ化石燃料を用いた発電が横行していた。一時、化石燃料は直ぐに枯渇する有限で貴重な資源とされていた。しかし、それは誤りであった。石油メジャーが世界中の地層を深くまで探査した。結果、埋蔵量が旧来の試算値の数十倍にまで跳ね上がったのだ。

 しかもこれらは『化石』燃料ですらなかった。地球深部で無機物から生成されていた。所謂、二十一世紀初頭の『石油無機起源説』が正しかった事が証明されたのだ。

 

 まさに無尽蔵だったのだ。では、原油価格の変動は何だったのか? 石油の埋蔵量はあと数年しか保たない。そう言われた当時、原油製品は軒並み高騰した。

 その後、シェールガスや各種の再生可能エネルギーが世に現れた。原油価格高騰によりこれらの新技術でも採算が取れたからだ。しかし普及しなかった。それはなぜか? 枯渇するはずの原油価格が急激に安くなったのだ。

 当然、これでは採算が合わなかった。新資源を利用したエネルギー創出技術。それらが世に現れる度に原油価格が下降した。そして技術が潰えるとまた原油価格が徐々に上昇した。


 さすがに当時の人々も馬鹿ではない。何かおかしいと薄々感じていた。特定の国や資産家、投資家にあまりにも都合が良かった。価格操作されていたのかもしれない。マネーゲームの一種だったのか。

 いずれにしても原油価格の変動が及ぼした影響は大きかった。気候変動の悪化。いや、気候破壊と言った方が正しいだろう。これに一層の拍車をかけた主要因であったのは間違いない。


 それでも化石燃料代替のエネルギー創出技術が皆無だったわけではない。原子力発電や一部の再生可能エネルギーはある程度普及した。分散型の再生エネルギー源。つまり、水力、太陽光、風力、地熱、バイオマスなどが利用できた。しかしこれらの発電容量には限りがあった。

 世界経済は他国に追いつけ追い越せの市場競争原理が働いていた。世界の総エネルギー量は増加の一途。発電量はとても再生可能エネルギーでは追いつかなかった。しかも化石燃料の価格は安かったのだ。これらの技術は経済的優位性が明らかに劣っていた。


 それでも太陽エネルギーを活用した創エネ技術はある程度広まった。良心的な国も残されていた。太陽光発電や微細藻類の光合成を利用した燃料生産。さらには人工光合成インフラストラクチャー。これらが積極的に展開されつつあった。


 そこに未曾有の災害が起きた。発電所と送電網の多くが寸断された。深刻だったのは大気中に放出された莫大な量の火山性ガス。

 それが世界を一時的に闇に覆った。これでは太陽光を利用することすらできない。酸性雨や降灰により発電装置の故障も相次いだ。燃料生産藻類も死滅した。


 追い打ちをかけたのがシェイドの襲来。都市から離れた場所にあった分散型の発電所や原発、そして送電網。これらが次々と破壊された。石油や石炭などの燃料も、その供給・運搬ルートが壊滅的被害を受けた。全ての電源を失った。当然、人類は新たな発電技術を渇望した。


     ◆◆◆◆



「ここ北都では電力は主に二つの方法で発電されています」

「これって、熱は感じないんだな」

 

 僕は目の前の窪みに手を翳す。黄色い山肌のあちこちで蒸気が噴き出ていた。


「これは地熱発電ですか」


 秀人はやっぱり物知り博士だった。


「そうです。未曾有の災害後、世界各地で火山性活動が活発化しました」

「ということはここも」

「はい。北都の二十キロ圏内には多くの温泉が湧き出しています」


 この水蒸気を利用してタービンを回しているようだ。


「ただし、これはどちらかというと補助的な電源です」

「そうなのか」

「温水の主要用途はあくまで都市内における熱源としての利用です」


 膨大な温水は巨大な配管で都市へと誘導されている。北都の地中には縦横無尽に配管が走っているとのことだった。


「ああ、外壁の中に入ったときに実感したやつだ」

「なお、夏季にはこの配管内の水が冷水に置き換わります」

「な、まじかよ」

「冷水源は北都近傍の海洋深層水です。都市内の全建物でこの温冷水地中配管内の熱を空調利用しています」

「もう、よくわからん」

「要するに年間を通じて室内を常に快適温度に保つことことができるのです」


 室外機などは必要としない。非常にスマートな建物の作りとなっていた。


「では、主要な電力源は何なのですか?」

 

 秀人の目がキラキラとしている。エリカの目は死んだ魚になっていた。


「それは、シェイドです」

「え! どういうことだ」


 意味がさっぱりわからない。僕は耳を疑った。


「正しくは、シェイドの遺骸から抽出した核になります」


 シェイドの中心には核がある。取り出されたばかりのそれは数百度の高温の塊だ。真っ赤な鉱石にはある物が高濃度に含有していた。それまでに地球上で確認されたことのない元素だった。

 シェイド襲来前、世界中で元素合成実験が盛んに行われていた。毎年のように発見される新元素。元素の総数はすでに百四十を超えていた。


 シェイドのコアから抽出された元素はそのどれにも当てはまらなかった。そして、これまでに無い大きな特性を有していた。それは磁性にあった。好気条件下、つまり酸素の存在下で磁性が特異的な現象を引き起こすのだ。

 赤い光を放って温度が低下する。その過程で超短周期の磁極反転を繰り返すことだった。この現象は常温に冷えるまで延々と繰り返される。最終的には三元素にまで崩壊して安定化する。崩壊後の元素は一般的に地上で確認されているものだ。

 このシェイドコアを構成する元素はシェイヂウムと命名された。


「この元素特有の現象を直接利用した動力機関がいくつか発明されました」

「軍用列車や地下高速歩道ですよね」

「ええそうです。そして何よりSコア発電です」


 人類はすぐに気づいた。この元素の特性はまさに発電向きだと。従来の発電は熱を蒸気等に変えてタービンで磁石を回すものが多い。このため発電効率はどうしても悪い。

 これに対し磁極反転現象は直接発電に利用できた。磁力そのものだからだ。ほぼ百パーセントに近い超高効率の発電技術だ。その発電ポテンシャルは効率の高さもあり、シェイドの核一つで相当なものであった。


 人類は自らの天敵に新しいエネルギー源を見出したのだ。しかも、Sコア発電は地球温暖化物質を一切排出しない。クリーンな燃料でもあった。


「これにも使用されています」

 

 アイコが空中に浮いていた。全身黒づくめだ。


「それって、徹さんの着ていた」


 僕はそれを見た事があった。


「セイビー飛行隊の特殊装備です。私に合わせてサイズを小さくしてますが」


 スカイムーブのエネルギー源もシェイヂウムだった。背中のバックパックにシェイドコアの欠片を搭載していた。そこで常時発電しているのだ。生み出した電気は空気の吸引と圧縮に使用される。それを手足のノズルから噴き出す仕組みだった。


 さらにバックパックの両側面に付帯する小型ボンベ。これは液体水素と液体酸素だ。


 原料となる水は空気に僅かに含まれる水蒸気から得ている。空気から水分を捕集し凝縮して液体に変えているのだ。飛行中は多量の空気と接触するため量も確保できるのだ。得られた液体の水を電気分解すると、水素ガスと酸素ガスが生まれる。これを高圧で冷却凝縮し液体燃料としてボンベに充填していた。


 ブースト時には貯蔵しておいたこれらのガスを使用する。燃料である水素と酸化剤である酸素が燃焼。これにより爆発的な推進力が生み出される。二回のブーストでボンベは空になるが、一時間もあれば自然に充填される。


「これもそうです」


 アイコの右手にはブラッドが握られていた。


「それは、ブラッドの柄にシェイドのコアが入っているんですよね」

「ええ、そうです」

「黒い棒は特殊な炭素マテリアル製で、そこに磁力反転波を送ってシェイドを切断するんですよね」

「秀人さん素晴らしいです。その通りですね」

「えへへ」


 アイコと秀人の関係はまるで先生と出来の良い生徒の関係だ。秀人は眼鏡のブリッジを中指で押さえながら照れたように顔を赤くしていた。

 いつのまに秀人の名前を覚えただろう。正直、難解すぎてついていけない。僕は二人の会話を漫然と眺めていた。


「でも知っていますか? 黒い棒部分もシェイドの外殻から作られているんですよ」

「えっ、それは知らなかった!」


 シェイドの外殻は炭素の塊りであった。しかし、これまで確認されたことのない特殊な構造だ。弾性を保持しつつも、その硬度はダイヤモンド以上だった。


 ブラッドの黒い棒部分はシェイドの外殻を更に超高圧で圧縮成形したものだ。これに磁力反転波を纏わせると棒の周りが赤く煌めく。それはシェイドの外殻を構成する物質と極めて親和性が高かった。抵抗を一切感じずにシェイドを切断することができた。


「北都では主に旭日前線基地で撃退もしくは討伐したシェイドを原料としています。専用施設で核を取り出して都市内の四カ所の発電所に輸送しています」


「入都する際に見たあれか。運ばれていたシェイドの遺骸は発電のためだったのか」


 疑問が解けた僕はなるほどと頷く。


「そうです。そして先程も述べましたように、シェイドには多くの有用物質が含まれています。コアからはシェイヂウム。外殻部からは特殊炭素材以外にも大変貴重な資源が採れます。これらは、都民を脅威から守る外壁資材にも使われるなど、各種産業分野の原材料として余すことなく利活用されています」


 飛躍的な技術革新の源は、皮肉にもシェイドにあった。シェイドが生命体かどうかは今なお明確な答えは出ていない。今も基盤研究領域で白熱した議論が展開されている。ここでは便宜上、生命体と見なして説明する。


 シェイドはその死後、急速に体の内部に到るまでが岩石のように硬化する。漆黒の岩石。これはシェイド鉱石と呼ばれる。鉱石の主要成分は特殊な分子構造を有する炭素だ。そしてこの鉱石の内部には濃緑色の物質も高濃度で含まれていた。シェイドの血と呼ばれている。これもこれまで地球上で確認されてこなかった物質だった。それ以外にも微量ではあるが多くの新元素や物質が抽出された。


 そしてコアの存在。これはシェイドの特定部位で発見される。元の動物でいうところの心臓の部位で初めて発見された。さらに心臓部と比べるとかなり小ぶりではあるが、体の関節部においても同様の鉱石が確認された。



「やたらとあるな」


 僕らの前で矢継ぎ早に色々な製品が紹介されていった。それらは全てシェイドの素材を利用しているとのことだ。


「これってシェイドが人類を襲う限り安定的に供給される資源ですね」

 

 秀人が感心したように頷いている。


「そうですね。シェイドが居なくなればなったで困りません。物資の輸送ルートが復旧できます。エネルギーなら以前のように化石燃料を使えるようになります」


 アイコと秀人の言い分は最もだ。しかし何とも言えない感情を覚える。


「なんていうか、ただでは転ばないな人類。ほんと強か過ぎだろ」


 これでは人類がシェイドに襲われているのか襲っているのかわからない。


「続いて、北都の食糧事情についてご紹介します」


 目の前に巨大なテーブルが現れた。その上に様々な食材が山のように積み重なる。


「これらの安心、安全な食糧は北都内で全て生産されています」

「え、嘘だろ! 人口七十万人なんだよな?」

「ええそうです」

「それをこんな狭い土地で作るのなんて不可能だろ。この街は高層ビルばっかりじゃないか」


 俄かには信じられない僕を眩い光が包みこむ。


「なんつう強さの光だ。あれ、でも電球が見当たらないぞ」

「そうだね。どうやら天井一面がシート状の発光体で覆われているようだね」

「しかも、なんて広さだ。先が見えないぞ」

「あちこちで野菜や果物が栽培されている」


「背の低い植物は複数段の棚で栽培しています。発光体をシート状とすることで自由自在な栽培設計ができます」


「あれ、あそことここで光の色が違わないか」

「そうです。栽培区画ごとに光の色合いを変えています」


 複数の色が混ざっているエリアもあった。


「す、凄い。植物に合わせて光の波長を変えた光源を使用しているんだ」

「ええ、その通りです」


 それが理解できる秀人も十分に凄いと思う。


「うぉっと! な、なんだ!」


 僕の背後を銀色の何かが通り過ぎた。台車型のロボットだった。収穫された野菜で満載だ。よく見ると遠くの方には人型ロボットの姿。そこでは果物を収穫していた。


「ここは北都に複数カ所ある食料生産施設の一つです。作物全てが最適な条件で栽培されています。そして人の代わりにアグリロボが二十四時間稼働しています」


 この施設では光、栄養、温湿度、植栽基盤などの植物の生長に必要な条件が適切に制御されていた。これにより単位面積あたりの作物の収量は露地栽培の数倍を誇る。当然、作物の方も栽培条件に合うように品種改良されている。施設は階層ごとに気候条件を変え、同じ気候に適した作物を栽培していた。


 アイコ曰く、安心・安全とは放射能汚染が一切ないということらしい。露地作物の放射能濃度は確かに依然として高かった。それを食する地方住民の発癌率は都市よりも明らかに高かった。

 しかしながら、地方では誰もそんなことを気にしなかった。それはなぜか? その程度の発癌リスクよりも飢えによる餓死の方が余程深刻だったからだ。


 あまりに高度な技術の紹介に僕とエリカは無言で頷くだけだ。秀人は対照的にキラキラと目を輝かしたまま矢継ぎ早に質問をしていた。


「ところで食料生産施設とのことでしたが、家畜は別の建物で育てているのですか?」


「説明が前後になり失礼しました。この食料生産施設は北都で提供されるほぼ全ての食材を生産しております。一、二階層では魚介類の養殖、三階から十階層までは畜産、それ以上の階層で農作物の生産を行っています」


 視界が切り替わり一階フロアへと移動する。


「すげえ、まるで本で見た水族館のようだ」

 

 巨大な無数の円形プールが整然と並ぶ。濃青色を湛えた透明度の高い水。


「プールごとに条件が異なります。水温や水流など養殖種に最適な条件で制御しています」


 確かにプールごとに異なる魚が群れをなして泳いでいた。

 それまで死んだ目をしていたエリカの瞳に光が宿った。


「さ、刺身」


 泳ぐ鮪を指さしていた。


「エリカ、お前……」


 こいつは。何をどうみたらそれから刺身を連想するのだ。


「また、この施設の役割は養殖や栽培だけには留まりません。消費者の口にわたる最終形態にまでロボットによって加工されています」


 げ、本当に刺身が横切っていったよ。


「さらに、異なる生産階で副次的に発生する様々な物が相互に利用されています。例えば――」


 上層階で生産された飼料作物は加工され、下層階の畜産で利用される。畜産によって発生する糞尿なども廃棄物ではない。これも資源なのだ。微生物にとっては良好な餌なのだ。


 糞尿は分解されると、最終的に無機化された処理水と増殖した微生物となる。増殖した微生物はより高次の微生物の餌となる。そしてそれらの微生物は養殖の餌、つまり小魚の栄養源となるのだ。小魚は大型魚などの魚食性魚介類の餌となっている。

 一方、無機化された処理水は肥料となる。窒素やリンなど植物の生長に必須の栄養素を豊富に含んでいるのだ。上層階の作物栽培や一階の藻類培養に利用されている。増えた藻類は健康食品や植食性の魚介類の餌となる。


 食品加工プロセスで発生する残さも余すことなく使われる。家畜や養殖魚介類の飼料、骨も骨粉肥料となる。


「このように、多段利用クローズド循環システムを実現しています。この食料生産施設からの廃棄物発生量はほぼゼロです」

「でも、養殖はすぐに水が汚れてしまうので難しくないですか?」

「よくご存じですね。しかしその心配もありません」

「そうなんですか」


「細かい粒子状の汚れはマイクロフィルターによって取り除かれます。また、水中に溶け込んだアンモニアなどの有害物質も浄化装置によって取り除いています。清浄化した海水は養殖水槽などに循環、再利用されています。フィルターに捕集した汚れも資源ですので他のエリアで有効利用しています」


「それでは、この施設では全てが循環しているってことですか?」

「出荷分を定期的に補充するだけです」

「というのは?」

「食べ物に移行することでロスする水分やミネラル成分ですね」


 最先端の技術に秀人生徒の質問が止まらない。興奮しすぎて眼鏡のブリッジが顔に食い込んでいるぞ。あいつ大丈夫か。

 楽しそうに答える人工知能のアイコ先生。落第生の僕とエリカは完全に蚊帳の外だ。


「そういえば、あそこの緑色の水槽。やけに物々しい機械がついているけどあれは?」


 高音の機械音が先ほどから煩わしかった。 


「あれは微細藻類からプラスチックの原料を作っています」

「は?」

「あの藻類は分裂直後に細胞外に特殊な油を放出する性質があるのです。ただし、藻体を若く保つ必要があるため、常時水を入れ替えています。その排出水をあの遠心分離機で水と藻類から油を分離しています。分離精製した油からプラスチックを合成するのです。アルガスプラスチックと呼ばれています」

「よくわかりませんが」

「そうですか残念です。要はここで作られたプラスチックが北都内の様々な製品に用いられているということです。例えば身近な所ですと軽量食器でしょうか」

「ああ、あれはこれだったのか」


 これには思わず納得した。軍用列車で食べた夕食。その際に使用した食器が思い浮かんだ。


「翔くん、やっぱりここは凄いね! あれの制御方法にも興味がつきないよ。アイコさん、あそこはどうなって――」

「ヒデ、いい加減にしろ! 時間に余裕があるわけでもないし、そろそろ次にいくぞ」

「ええっ! ちょっと!!」


 抗議する秀人に取り合わずアイコに先を促す。

 エリカはずっと黙ったままだ。明確に反応したのは確か二度。さきほど魚群を見て刺身と口走ったのと、冒頭だ。巨大なテーブルの上に山のような食材が並んだ時。素早い動きでフルーツを掴もうとしていた。手がすり抜けて肩を落としていたが。


 その後も最先端の上下水処理やゴミ処理などの紹介が続く。僕の頭痛は最高潮に達していた。最先端の物理化学技術と微生物機能をハイブリッドした焼却灰からの金属単離技術。これはもう難解すぎて何を言っているのかさっぱりだった。

 それでも漠然と理解した。この都市は可能な限り資源を循環利用していると。


 シェイド襲来により都市外部からの物資供給が断絶状態に陥った。そこに生み出されたSコア発電。エネルギー効率は考慮しなくても良い状況。それが省エネよりも資源回収を重視する高度な技術を発展させたのだ。


「以上、簡単となりますが、北都のご紹介となります。何か他にご質問はございますか?」

「簡単な紹介という言葉にはまったく頷けないが」

「人によってはそうかもしれませんね」

 

 なぜか、人工知能から見下したような視線を感じた。


「俺が聞きたいのはただ一つ。これほどの圧倒的な技術と豊かな食料事情。それを維持できるにも関わらず、なぜ外部からの避難民の受け入れを制限するんだ。少なくとも食料にはまだまだ余裕があると思えるけど」


「申し訳ございません。その質問に対する回答を当方は持ち合わせておりません。それは私の職務から逸脱しますので役所の担当者に御質問ください」


「何だよ。これだけ延々と聞かされて当初の疑問はまったく解決していないじゃないか。ヒデはなんか検討ついたか?」


「うーん。さっきのホテルの昼食と今のアイコさんからの説明からすると確かにおかしいよね。僕も食料はまだまだ余力があると思うよ。翔くんは怒るだろうから、こんな事あまり言いたくはないけど……」

「なんだよ」

「み、みんな今の贅沢を手放したくないんじゃないかな。だから積極的に受け入れようという話にならないんだろうね。既得権益を独占したいという思いが強いのかな。入都のときの賄賂。あれも、この北都の素晴らしい生活と受け入れ制限の状況を利用して、相手の足元を見ているんだろうね」


「審査官、豚のように、丸々、太ってた」


 放心状態と思っていたエリカが口を開く。大事な要点はしっかりと抑えていたようだ。


「しかし、都合が悪くなると人工知能も逃げるのな」


 アイコの姿は既にない。僕らはいつのまにかホテルの自室へ戻っていた。向かいのベッドに寝転がっていたクーが頭を持ち上げる。そして、おかえりなさいと一鳴きした。

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