第33話 協力

弥彦山(やひこやま)を正面に見据えて俺たち栃尾(とちお)の兵は越後国(えちごのくに)中央、現代では県央とも言われている辺りにやって来ていた。


現代でも霊峰として名高い弥彦山。

蒲原(かんばら)平野に置いては西方に位置する霊峰であることから、古くから西方浄土の入り口として信仰を集め、麓には越後国一の宮としてこの西暦1500年代に置いても既に創建してから700年以上経過している弥彦神社が存在する。


そんな弥彦のすぐ隣、現代では村山集落と呼ばれる場所に長尾(ながお)景虎(かげとら)を筆頭とした栃尾衆。そして使者として来た山岸(やまぎし)秀能(ひでよし)と弟である村山与七郎が率いる徳合(とくあい)勢(現:新潟県糸魚川市徳合)が戦を今か今かと待ちわびていた。


「皆の者!逆賊、黒田(くろだ)秀忠(ひでただ)は我が兄、景康(かげやす)と景房(かげふさ)を亡き者とし、守護代長尾晴景様すらもその毒牙に掛けようとした。だが我が長尾家の精鋭により事なきを得反撃したのもつかの間、黒田秀忠に一太刀も与えることなく黒田城(くろだじょう)に籠らせてしまった!」


大衆演説や選挙演説でもしているかのように身振り手振りで集まった多くの者に聞こえるよう大きな声で話し始める景虎。


兄を殺され君主を殺されそうになった景虎の表情は普段の穏やかさとは掛け離れた険しいもの。幼少の頃殺された二人や長尾晴景にいじめられ疎まれていた景虎は、きっと今だって全てを流す事なく思う所があるに違いない。しかしそれは自分でやるから良いのであって、人にやられていい気持ちはしない。

加えて仮にも血の繋がった家族(そんざい)。憎悪と愛情が渦巻き、それでも今は愛情の方が上回っているという事なのだろう。


兄の仇を討つ、その一心で景虎はこの戦いに臨んでいるのだろうから。


「だがしかし!黒田秀忠が春日山で多くの仲間を失ったのに対し、我々にはまだ多くの友が仲間がいる!山岸秀能という守護代長尾晴景様直々の余力と村山与七郎という由緒正しき信濃源氏の者も助太刀に参ってくれた。我らには理と地、そして力と仲間。黒田秀忠には無い全てを兼ね備えている」


そこで一度大きく息を吸い込むと一気に吐き出した。


「今こそ黒田秀忠を討伐する時!全軍進め!」


「「「おおぉー!!!」」」


周囲の山々にぶつかり大きく反響する勇ましい声。怒れる怒声とも震える咆哮とも言えるその決起の声は、きっと黒滝城にいる黒田秀忠にも聞こえただろう。

恐怖と不安を声と一緒に乗せながら……。






黒田秀忠が根城としている黒滝城は越後国(えちごのくに)の中央にあり、標高は246メートルほどのそれほど高い山ではない山頂に建っている。

しかしその山はたかが200メートル強とは思えない程険しい山容を誇っており、山頂からは日本海や金山で有名な佐渡島(さどがしま)も見渡せ、何よりも北陸道がその麓を通っている事からも非常に軍略的な要となる山城である。


黒滝城という城はそれほど越後国にとって重要な城であり、その城を任されている黒田秀忠という人物が如何に越後上杉家にとって重要な人物であったかを伺わせる。


しかしそれほどまでに越後上杉家家内で力を持っていた黒田秀忠も今はもう見る影も無い程にまで弱っている。

越後国ナンバー2の守護代である長尾晴景に牙を剥いただけではなく、その実弟二人を殺害し長尾晴景の命すらも狙おうとした。隠し切れない程の謀反を働いたのだ。


だが結果は春日山城内まで侵入し長尾晴景の実弟二人を殺害したまでは良かったものの、肝心の守護代であり実権を握っている長尾晴景の首は捕れず、そればかりか府内長尾(ふないながお)家の重臣たちにより返り討ち。

逃げる途中で黒田秀忠の部下は何人も討ち取られてしまい生き残った者は僅か。事前準備をして総力戦を仕掛け黒田秀忠だったが、それでも長尾晴景の首は捕れなかった結果だけが彼には残った。


黒滝城に帰った時、兵の数は百程度にまで減ってしまった。城の周りは敵ばかりの状況下で部下の兵は大きく数を減らした状況は非常にまずい。今度はいつ自分が狙われるかも分からない。


一早く防衛の準備をしようとした矢先、その動きよりも早く景虎が挙兵し黒滝城を包囲した。


「黒滝城は黒田秀忠が住まう主郭(しゅかく)まで大きく掘られた堀切(ほりきり)がいくつも存在します。加えて最低五つの曲輪(くるわ)が存在するはずです。これだけの大人数が動いている事からも、相手が気付かない訳がない。待ち伏せしているのは間違いないでしょう」


「北陸道に沿って建てられた為に街道だけではなく、日本海を一望し海道まで監視できる重要な拠点だ。幾重にも防衛に関しては考えられて建築されているのは分かっている。しかしそれでも、それを分かった上で彼らは付いて来てくれたんだ」


そう言って景虎は前方にいる先陣、村山与七郎。そして村山与七郎の後詰(ごづめ)として控える実兄、山岸秀能の方へ視線を向けた。


俺と景虎の黒滝城をどう攻めるかの話し合い。


現代でも有名な『黒滝城の戦い』において、新潟県が地元だったということもあってそれなりには弥彦神社には足を運んだ。


御蔭で近くにある黒滝城跡もそれなりには目にしている。城の堀切や曲輪の配置は十分に頭に入っている。その知識を十分に生かし今回の作戦を立てた。

といってもやる事は簡単。徹底的に相手を攻める、ただそれだけだ。全ては現代において黒田秀忠が降伏するという事前情報ならぬ知識を有しているからこそ。


「景虎様。此度の戦、必ずや景康(かげやす)様や景房(かげふさ)様の仇を取りましょう」


「分かっている。あぁ……分かっているさ。兄上たちの仇、必ずや果たして見せよう」


山頂(いただき)へ向ける視線。その瞳には兄を殺されその仇を取ろう、という確かな決意を秘めた強い意志が感じ取れる。


だが俺は知っているんだ、景虎。

降伏してきたら一度は許してしまうという事を――――。

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