第19話 葛藤
九月となればもうすっかり秋が深まり、木々は紅(あか)や黄に染まり秋の虫たちの合唱が耳に聞こえ始める季節である。
戦国の時代は実はあまり知られていないが氷河期時代とも言われており、平均気温が著しく低いことが特徴として挙げられている。1540年代からの僅か10年ほどは持ち直したようだが、それでもすぐに気温は低くなっていき冷夏(れいか)や長雨(ながあめ)による飢餓や飢饉が起きたりもした。
農民による一揆が何時起きるかわからない、薪の上の統治者とも言えるのがこの時代の大名なのかもしれない。
今俺は一人三条城の近くの川辺に一人来ている。
夜もすっかり更けて後少しで丑三つ時になろうとしている頃、辺りに人通りは一切ない。総人口が少ないのだから昼間でも会うほうが珍しいかもしれないが。
風に揺られたススキの雄蕊(おしべ)がカサカサと鳴らす音が如何にも秋の夜長と言える風情が漂っている。
「俺は一体どうしたらいいのだろうか」
草むらに寝ころびながら星が満天に煌く空を見ていると、ついつい嘆いてしまう自分がいる。
先ほど本庄(ほんじょう)実乃(さねのり)に言われた事。俺だって考えていなかったわけではないし、寧ろいずれは決断しなくてはならない時が来るという予感がしていたんだ。それを考えないようにしていただけ、気にしないようにしていただけ、来ないように願っていただけなんだ。
でも現実は残酷で、無情にもその時が来てしまった。
ただ世間話をしたり冗談を言い合ったりして笑い合い、毎日を無事平穏に過ごせればそれで良かったんだ。
争いの無い平和な世界を望んでいたんだ。でもダメだった。
「このまま我関せずで林泉寺に戻るか、それとも――――景虎に付いて行くか」
歴史を知っている、確かにこれはこの時代に生きるものとしては大きなアドバンテージになるだろう。
合戦相手の戦術や戦略、まけること将の数や兵数まで知っているのだから負け戦になることなどまず有り得ない。加えてこちらには戦術の神である後の上杉謙信がいるのだから、奴が出れば連戦連勝にもなるだろう。
この時代には多くの者が領地を広げようと争いを繰り広げているが、それは偉くなりたいとか敬われたい等の理由ではなく豊かになりたいからだ。食べる食糧を手に入れるために戦をする、それが合戦の理由である。
天下泰平(てんかたいへい)とか天下布武(てんかふぶ)を掲げて戦をしている人物など後にも先にも三英傑(さんえいけつ)くらいしかいないだろう。
上杉謙信はその典型と言ってもいい大名である。
上杉謙信という将は武田(たけだ)信玄(しんげん)の様に精力的に領地を増やす事はしなかった。もちろん甲斐(かい)国(現在の山梨県)は非常に山々に囲まれていた農作地の少ない地域であり、家臣や領民を満足させるような食料を得ることは出来ない土地であるという背景はあった。
全国的に見ても下から数えた方が速い約23万石の土地で痩せていたのだから。
対して謙信の納めていた越後という国は約39万石と甲斐国の2倍ほどあり一見すると裕福そうには見えるが、古くから土着している多くの国人衆が覇権争いを行っているような脳筋だらけと言ってもいい土地。
実効支配出来ている土地はごく僅かな土地でしかないのだから。
しかしそれでも謙信は他国へ兵力を進んで向けることはしなかった。
戦国の時代で武田と双璧をなす最強と謳(うた)われた越後兵を有していたのにである。
俺も戦いは積極的にしたくはないし平和主義者だから喧嘩を売るような行為はしたくない。だからこそ謙信のこの精神は共感できるし、俺は地味に正義感が強いから困っている人がいたら助けてやりたいし相手を懲らしめてやりたい気持ちもある。
「でも武力で解決するっていうのも何だか違う気がする。せっかく未来の知識があるんだから、こういう時に有効的に使うべきだとは思うんだが……一体どこまで通用するか分からないしな」
まさしくここが不安な点である。
一つでも歴史を変えてしまえばもう史実は異なってしまっているという事になる。すなわちその後の展開も変わってくるという事である。
もし、織田(おだ)信長(のぶなが)が本能寺(ほんのうじ)で死なず天下を取っていたら。
もし、豊臣(とよとみ)秀吉(ひでよし)が信長の家臣になっていなかったら。
もし、関ヶ原(せきがはら)の戦いで徳川(とくがわ)家康(いえやす)が負けていたら。
誰もが考えていた出来事が、様々な歴史の改変によって現実になるかもしれない。
最初は小さな小さな歴史の変化でも、時を経て行く毎にやがては大きな変化となって表れて来るかもしれない。
歴史の知識だって完全ではないし知っているのは地元の英雄・上杉謙信の一生に関わった様な大きな出来事だけだし、入試や学校の試験で出てきたような表面的な大きな出来事くらいしかない。
曖昧な知識のまま助言等をして反(かえ)って損害を広げてしまったらと思う時だってある。
俺はそれが怖い。自分の軽はずみな行動で今後の日本の行く末を変えてしまうかもしれないだけではなく、この時代の多くの人を不幸にしてしまうのではないかという事が。
でも、それでも……見てみたいかどうか問われればきっと俺はこう答えるだろう。
「見てみたい、な」
風の音に負けるくらいの小さな呟きだったが、そんな俺はどこか笑っていた。
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