遺された者たちの使命

 隊員専属医師であり、新薬開発の責任者であった上総が抜けた穴は、凄まじく大きいものだった。もちろん、充分な知識と度量を兼ね備えた研究者は数多く存在している。しかし、それだけではなにかが足りなかった。

 圧倒的な思考、圧倒的な知識、圧倒的な言動力。そして、有無をも言わさぬ存在感が彼にはあった。その代わりを務めることが出来る人間はとても存在しないと思われたが、昔医療をかじっていたという久瀬が自ら名乗りを上げた。


「都築ほどの知識はないので、ただ名前だけの役割になるかもしれませんがよろしく」


 確かに上総が言っていた通り、山梨の他にも裏切り者はまだたくさんいるようだ。目でわかる。自分がここに来たことに対し、少なからず動揺を見せている。

 いつの間に、こんなに仲間を集めていたのだろうか。そんなに私たちのことが信じられなかったのか。しかし、恩田の下についてなにか得があるとしたら金しかない。本当にそれだけのために……。


「おい」


 会議の最中、久瀬は隣に座る研究員に白衣越しに拳銃を構えた。


「なっ……、将官!今は会議の真っ最中ですよ。こんな真似は」


「これからプレゼンだろうが。この暗闇ならばれることもないし、サプレッサーをつけているからそれほど音も出ないぞ」


 研究員は、冷や汗をかき口を噤む。


「お前ら、司令官になにか弱みを握られているんじゃないか。そうじゃなきゃおかしいんだよ、あまりにも数が多すぎる」


「……自分には、なんの話だかわかりませんが」


 久瀬は撃鉄を起こす。それに驚き、研究員の顔が強張った。


「騙されているという自覚すらないのか。お前、今自分たちがどんな状況下に置かれているかわかるか。司令官がなにを企んでいるのかも。そのせいで、お前らはじきに全員解雇だ」


「なにを仰ってるんですか」


「橋本はな、都築が殺したんだ。司令官と橋本の企てを暴き、そして自らけじめをつけた。これが証拠だ」


 すると、前方のスクリーンに恩田と橋本の姿が映し出された。


「な、これはなんだ。中身が違うぞ……」


「いいからそのままにしろ。お前たち、これをよく観ておけ」


 久瀬は立ち上がり声をあげる。少しずつざわめきが収まり、皆映像に注目し始めた。映し出されている映像は、どうやら恩田の部屋のようだった。


「都築が撮影したんだ。お前たち、よく観ろよ。これが恩田たちの正体だ」


 スクリーンの中では、恩田と橋本がソファに腰掛け向かい合わせに言葉を交わしていた。


〈……司令官、先週の取引はどうでしたか。政府の方はうまく言いくるめることは出来ましたか?〉


〈聞かれるまでもない。もうじき完成する新薬の販売権利書の話を出したら、一気に金額が跳ね上がったよ〉


〈ではそろそろですね。都築がこちら側についた今、我々に敵はいません。こんな会社などさっさと捨ててしまいましょう〉


〈まあそう焦るな。少しずつ崩していくほうが面白いだろう。この製薬会社は使える、捨てるには惜しいな。まあ、いずれにしろここは終わりだがね〉


〈ここの社員たちはどうする気です。ただ解雇しただけでは面白味が足りないのですが……〉


〈ふん。お前も相当人が悪いな。そうだな、どうせなら自分たちで破滅に導いてもらおうか〉


〈……では、すべて久瀬のところにやらせてしまいましょう〉


 ここで久瀬は映像を切った。


「今、お前たちはその目でなにを観た。どう脅されていたんだかは知らんが、これが奴らの本性だ。恩田と橋本は新薬を不正に売り飛ばし、あろうことか政府とも裏で繋がりを作っていたんだよ」


 ここにいる研究者たちは、皆目を見開き青白い顔をしていた。自分たちは、この二人にまんまと騙されていた。汗水流して作った薬を、とんでもない額で裏ルートでばら撒かれていた。


「俺と都築は、以前から奴らのことを探っていた。都築は、自ら恩田らのもとに下りこの証拠を掴んできたんだ。わかるか、都築は嘘でも俺たちを裏切り、部隊長の座を捨て、部下を見放してまで奴らの言いなりになったんだ。それでもやらなければならなかった。時間がなかったんだ。……都築は病気で死んだんじゃないぞ。仕方がなかったにせよ、自分の行いが許せなかった。だから、自ら終わりにしたんだ……!」


 久瀬は一心不乱に喋り続けた。わかって欲しかった。君たちは騙されている、そして都築の思いを汲み取って欲しい。


「……久瀬将官」


 一人の医師が立ち上がった。上総担当の医師だった。


「これが事実だとしたら、都築一佐はどうしてここまでやってくださったのでしょうか。この製薬会社がたとえなくなってしまおうとも、法務省のもと組織はいくらでもやっていけるはずです。私たちのことなど、見捨てることも出来たはず」


「ああその通りだ。確かにここの製薬会社は組織の資金源ではあるが、組織があってこそ機能しているとも言える。だが、あなたもわかっているのでしょう。都築はただ上を目指していたわけではないし、ただ上に立っていたわけでもない。あいつが常に考えていたことは、組織や部下たちのこと、ただそれだけだ。皆が知らないところで、あいつがどれだけ身を削って敢闘していたか。それを知ったら、お前たちは都築に対して尊敬以上に恐怖すら感じるだろう」


 会議室は不穏な空気に包まれていた。突然こんなものを見せられて、はいそうですかとすぐに認められるはずがない。しかし、それでも伝えなければならない。


「……俺たちがここまで来られたのは、本当に君たちの努力のおかげだ。君たちが素晴らしいものを作ってくれているからここまで大きくなった。それなのに、恩田は自分の欲のためにあっさりと捨てようとしている。すぐにわかってくれなくてもいい、それぞれよく考えてくれ」


 大きく息を吐き、久瀬は一度目を閉じた。これは、自分の勝手な願いだ。どうか忘れないであげて欲しい。彼の生きた証を、彼の思いを、一人でも多くの中に残してやりたい。


「……都築。俺じゃあ、やはりお前の代わりは無理そうだ」


***


 その頃、大郷は恩田の隣の部屋に潜み随時監視を続けていた。しかし、恩田はなにも動きを見せないどころか、あまり部屋からも出ようとしない。


「ん……?また電話か」


 最近は、二日に一度は同じ人物と話をしているようだった。内容までは聴き取れないが、なにやら恩田の方はかなり焦っている様子だ。


「桐谷さん、やはり電話の相手は政府関係者でしょうね。その相手によって、司令官は行動を起こせない状況に陥っているとみて間違いないでしょう」


「今通信記録を調べてるんだけど……。だめね、今回も新しい番号で掛けてきてる。でも今繋がってる番号はここから結構近い場所だけど、あえて逆探知させるなんて相当余裕があるのね」


 本当に電話の相手が政府関係者だとして、もしそうなら恩田はここから早々に逃げるつもりなのだろうか。その段取りのための電話だとしたら。


「久瀬将官に知らせておく。大郷も準備しておいて」


「承知しました」

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