星月夜の下で震える拳を

意思を継いで

 上総が遺してくれた情報には、恩田による不正事実と美月の両親の死についての真相が記されていた。

 恩田の最終的な目的は地位と金。組織は潰し、病理研究所を政府へ売る。そして、自分は罪を逃れいずれは政界へ。新薬も裏のルートを使い密売を繰り返していたようだ。

 しかし、これが公になれば製薬会社はおろかISAは後ろ盾を失ってしまう。たったひとりの人間のために、大勢の人間の未来を奪うことになる。


「覚悟は出来ております。元より、私たちはここにすべてを捧げました。この先どうなろうと、組織と共に散る覚悟です。しかし、一般隊員や社員たちは出来る限り護りたいと……」


 大郷の覚悟は本物だった。それは美月や相馬、そして多くの隊員がそうであろう。


「私も彼と同じ考えです。まだ、解決策は見つからないのですが」


 すると、静かに後ろの扉が開いた。


「失礼いたします。桐谷三佐、その件でしたらどうぞご安心を」


「相馬一尉……!」


 そこには、すっかり部隊長としての威厳を見せた相馬の姿があった。ここ最近は、上総からのデータに目を通すだけで精一杯な様子で、なかなか人前に姿を見せていなかった。


「お久しぶりです、少しでも早く皆さんにお伝えしたいことがありまして。製薬会社の社員たちのことです」


 相馬はノートPCを広げ、社員たちのデータを開く。


「これは、製薬会社全社員約千五百名の個々の資料です。なんとか全員、他社へ移れることが決まりました」


 こんなあり得ないような話に、美月たちは驚きを隠すことが出来なかった。


「私がすべて話をつけたわけではないんです。実は、以前より都築さんが極秘で進めていたようでして。すでに千名以上が完了していました」


「上総が、いつの間に……。本当によかった。でも、よく全員分の受け入れ先なんて見つかったわね」


「ええ。元々ここの業績が良かったのと、これから開発を予定している新薬の研究開発の権利を条件に出していたようです。ですが、決め手はやはり都築さんですね。都築さんが直接出向いて頭を下げていたようなんです。そうまでされたら、断れませんよね」


 上総はこんな先のことまで考えていた。死んでも尚、私たちを助けてくれる。


「相馬、よくやってくれた。礼を言う。ここの隊員のことは私がなんとかしてみせるさ。部下がここまでやってくれているのに、私はまだなにもしていない」


 久瀬もやっと前に進む決心をしたようだ。橋本が死に、本部に存在する裏切り者たちは慌てたのかあまり動きを見せなくなった。

 とりあえず、残るは恩田ただ一人。この男をなんとかすれば現状を覆すことが出来るだろう。


「ただ、なぜ恩田はここまで来て未だ行動を起こさない。……いや、起こせないのか?」


「司令官にとって不都合なことでも起こったのでしょうか。なにかあるとすれば、政府絡みのことしかありませんよね」


 こちらがどのくらいの情報を握っているかは、恩田自身は詳しくは知らないはず。ならば、別のどこかで裏取引きの実態が明るみに出そうなのだろうか。


 ***


 すっかり日も落ちた黄昏時。恩田は電話を目の前に、どこか落ち着かない様子で煙草をふかしていた。

 今ではストレスのせいか電子煙草などとうに捨て、一日に二箱三箱と吸うようになっていた。

 ここ最近、覚えのない人間から頻繁に電話が掛かってくる。変声機を使用しているらしく、男なのか女なのかもわからない。そのおかげで、恩田の行動は四六時中制限されていた。


「はっ……!」


 突如、目の前の電話が音をあげる。少々躊躇いつつも、恩田は恐る恐る受話器を手に取った。


「こんにちは。まだ逃げてはいないのですね、恩田司令官」


 相変わらずの機械の声。電話だけでなく監視までされているのかもしれない。


「……いい加減教えてくれ、目的はなんだ。私にいったいなんの用がある」


 しばし相手は黙り込む。いったい誰だ。こいつは私のなにを知っている。


「……あなたは、あなたの思い描いている未来は、どこまでが真実でどこからが理想だと考えていますか?」


「なに……」


 未来?なにを言っている。そんなこと決まっているではないか。


「君がなにをどこまで知っているのかは知らんが、私が今どれほどのことを成し、どれほどの金を手にしたかわかるか。それがすべてだよ。これが未来だ」


 またも相手は黙り込む。いや、微かに笑っている……!


「くっ……。そうですか、いやそれは素晴らしい。果たしてそれがいつまで続くのか、しかと見守らせて頂きますよ」


 そして電話は切れた。恩田は怒りで震える手を思い切り振りかざし、乱暴に受話器を置く。


「くそっ。私の邪魔をする奴は、皆消してやる」


 本部からそう遠くも離れていないビルの地下一室。そこに、電話の向こうの相手が身を潜めていた。


「未来ね……。本気でそう思っているんなら笑えるな。まあいい、すぐに終わらせてやるよ」

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