後編:髪の一手を極める

 教室でのひと騒動を終えたあと、俺と鷹山は引き続きその場に留まってた。


「えーっと、つまりはお前の実家は由緒ある尼の家系なんだな」

「平安時代から続いておりまして、母が30代目となります」


 俺のターンを終えた後、鷹山から断片的ながら色々と事情を聞かせてもらった。それらを何とか繋げて理解に努めるとともに、確認する意味で聞き返す。


「そこで生まれた女子は、尼として一生、坊主頭で過ごさねばならないと?」

「それが鷹山家の家訓です。物心つくころには、私の頭は永久脱毛となっておりました」


 家訓とはさすが由緒ある家柄というやつだろうか。しかし現代では虐待扱いされそうな内容だ。俺は何とか冷静を装う。


「それで、今まではずっと白頭巾を被って過ごしていたと」

「はい。頭を隠すことだけは許されておりました。私、小中高とずっと仏教系の一貫校に通っていたのですが、このような頭を…頭をしている女子は他にいませんでした」


 涙目でカツラを外そうとする鷹山を俺は静止する。もういいよ。

 何てことだ。俺が抜け毛に悩むよりずっと幼い頃からそんな頭で……失礼、なかなか類を見ない生い立ちだ。

 

「学友など周りの皆さんは、私にとても優しかったと思います。でもこの頭をさらけ出して、応えることはできませんでした」


 最近は尼さんだって、皆が坊主頭ではないくらいは俺も聞いたことがある。

 それにしたって、若く幼い頃から頭を丸めさせられる女子は珍しい。


「ある日、ふと思ったのです。私の青春ってこれでいいのかな?と…」

「まあ、当然の疑問だと思うぞ」


「私は父と母にお願いしました。残りの学校生活を普通の女の子として過ごしたいと。最初は反対されましたけど、必死に説得をしました」


「それで、一年の三学期にこの学校に転校して、その…なんだ、カツラを身に付けるようになったんだな」


 静かにコクコクと頷く鷹山。


「大体の事情は分かったが、どうして死ぬ必要がある。俺がみんなに言い触らしたり、馬鹿にするとでも思ったのか?」


 実は俺が一番気にしているのはそこだった。

 俺が自分より頭の薄い他人を笑い者にする。そんな人間にだけは思われたくなかった。


「ち、違います。それはないと思っています。転校してきた時から鷲頭君のことはよく見ていました」


 とりあえず俺という人間が誤解されていないことにホッとする。


「だって、鷲頭君はそんな頭をしていながら、隠したり卑屈になることなく堂々と生きています。目つきも悪いですが、皆さんから慕われています」


 グサリとくるものがあるが、俺に秘密がバレたからと衝動的に死にたくなったとは少し違うようだ。


「じゃあ、あの小刀はなんだ。生き恥を晒すくらいならってやつか?」

「家訓です…家訓なのです」


 鷹山は胸に手を当てて顔を逸らしながら答えた。


「また家訓か」

「その…鷹山家の女子はカツラを被って生活する場合、絶対に身内以外に知られてはならないのです」


「厄介な決まりだな。それで、まさか…」

「はい。他人に秘密を知られた場合、自害しなければならないのです。だから…だから…その…死なせてください」


 途中から嫌な予感はしたが、それは的中した。

 鷹山は見るからに優等生タイプで校則はきっちり守る奴だ。当然、家訓とやらも従うことだろう。


「酷い決まりだが、そんなカビの生えたような家訓に従うことはないだろう?」


 昔の人間って奴は、無茶苦茶な決まりごとで家柄や権力を誇示する。

 家の誇りを馬鹿にしてはいけないが、そんな古いお家制度なんてクソ喰らえだ。俺はそれを理由に鷹山に生きるよう説得する。


「いえ、その家訓は改訂された第38版での追加条項でして、転校の許しを得る直前に両親が決めました」


 こ、こいつの親は何を考えてるんだ。

 思いもよらぬ答えに俺は言葉を詰まらせる。家訓の改訂版ってだけでも驚きなのだが、娘の命を危うくするような決まりを追加するか普通?


「お前の親御さん、よほど家柄に厳しい人なんだな」

「ええ、両親は家を離れる訳にはいけません。なので私がこの学校近くの親戚の家に一人で身を寄せる際、涙ながらに何度も読み上げておりました。だからこそ、私はその思いに応えなければなりません」


 鷹山は凛とした表情を見せるが、俺はどうも違うような気がしてならない。

 もしかして親御さんは、娘と離れたくなかっただけなんじゃないのか?

 

 娘が諦めるのを期待して、厳しい決まりを追加したとしか思えないぞ。

 何にせよ、このままでは鷹山は俺が目を離した隙にだって死を選びかねない。どうにかして、自らの意思で生きる道へと導かねば。


「お前、死ぬのは怖くないのか?下手すれば、いたーーーーいぞ?」

「確かに死ぬのは…怖いです。嫌…です。でも後悔は…しません」


 本心では生き延びたいように思えるが、覚悟がそれを上回っている。困ったものだ。


「よし、分かった。鷹山が死ぬなら、俺も死ぬことにする」


 俺は真顔で話す。


「そんな、鷲頭君には関係ないことです。あなたまで死ぬなんて困ります…!」


 予想だにしない発言に鷹山は動揺した。

 もちろん死ぬつもりは失礼ながら鷹山の頭以上に毛頭もない。だからと言って、どこで死なれても後味が悪すぎる。


「お前のところの家訓だが………」


 俺はひとつの賭けに打って出た。


    ◆


「じゃあ、明日また学校でな。とりあえず早まるなよ」

「…はい。その、色々とごめんなさい」


 薄暮となりつつある空色の中、校門を出た俺と鷹山は、別れの挨拶を交わしながら互いに反対の方角へと歩きだした。

 

 何とか死ぬことを留まってくれた鷹山。別れ際に見せた表情は申し訳なさそうな態度を見せつつも、笑っていたことに俺は安堵した。


 あの時、俺は教室で鷹山にこう訊ねた。


「お前のところの家訓だが、” 他人に迷惑をかけてはならない ”って内容のものは何かないのか?」と。


 鷹山は少し考えたのちに思い出したように首を縦に振った。

 どうやらビンゴだったようだ。


 自分の命を断つことによって俺も死ぬとあれば、他人を巻き込むことになるのであれば、鷹山はきっと自分以外の人を優先すると思ったのだ。


 俺が死ななければいけない理由についても、一応は筋は通してある。


「鷲頭家にも家訓ってやつがあってだな。” 困っている人には手を差し伸べろ "  そして " 女の子のピンチを助けられないような野郎は、心臓の毛まで毟られて死んじまえ " って決まりがあるんだ」


 家訓というのは嘘だが、これは親父の口癖だ。

 あいつはハゲ野郎だが、可能な限り不幸な目に遭いそうな他人を見過ごさないという考えには共感している。俺もそういうところは親父の影響を受けたのかもしれない。


 それにしても、俺はとんでもない秘密を知ってしまった。

 まさか鷹山がカツラだったなんて誰が思っていただろうか。それに加えて家柄やら家訓やら、秘密の漏洩は死を持って償うとか…。


「まるで漫画や小説の出来事のようだ」


 俺は思わず声に出してしまった。

 あいつには何度も話したが、カツラである秘密をバラすつもりは微塵もない。だが、それと同時に周りにも絶対にバレないようにしなければならない。


 鷹山は学園のアイドル的存在だ。それだけ目立つ彼女の頭の秘密が、白日の下に晒されようものならば、そのときは本当に問答無用で死を選ぶだろう。


 あいつのこれまで毛がない人生だが、詳しくは聞かなかったが、きっと俺以上の苦労もあったのではないだろうか。男と女では事情は天と地ほど違うだろう。そう思うと何とか、あいつの力になりたい気持ちが芽生えてきた。


 やれやれ。結局、色々あって育毛剤を使うタイミングを失ってしまった。

 今夜は寝る前につけるとしよう。何より、明日から何事も起きないことを願いながら帰路についた。


 しかし、翌日早々にピンチが訪れることを俺はまだ知らなかった。

 俺は自分の席に隠していた鷹山の小刀のことをすっかり忘れており、抜き打ちの持ち物検査でそれが生活指導の教師に見つかることを。


 そして、それを没収されるところを目撃したクラスの連中から「鷲頭はキレたら刃物で何をするか分からない」と噂がたった。


 誤解が解けるまでの間、誰も俺の頭部のことには触れず、皆から気を使われる哀れみを受けるのだった。


(つづく)

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